宿毛泊地提督の航海日誌 -memories alive- 作:謎のks
代償は…──
──私のお父さんは、研究者でした。
何の研究かとか、どこでお仕事しているとか、それは教えて貰えなかったけど…でも「とても誇れる仕事だよ」と言った時の彼の顔は、とても輝いていました。
…でも、少し寂しい。
お母さんは、私が生まれた時には居なくなっていて、顔も知りません…兄弟もいません。
一人ぼっち…おばあちゃんはいたけど、何処かぎこちなくて。
近くの浜辺で、一人海を眺めるのが私の日課。
…広い海を見ていると、嫌なことや、辛いときも「頑張ろう」って思えたから…。
…私には、友達はいません。
楽しそうに話している皆、笑っている皆…それだけなのに、時々怖く感じて…。
だから、私のことは「浜辺で海を眺めてる変な子」と思われている…実際にそう聞いたこと、あるし…。
…そんな時、いつものように海を眺めていた、ある日……──
「なぁにしゆうが?」
地元の男の子が、話しかけて来た…最初は少し怖く感じて、俯いて、まともに返事出来なかった。
それでも、その男の子は話を止めなかった。
「何で一人でおるが? 何で海を見ゆうが? 海を眺めてそんな楽しいん??」
…矢継ぎ早に質問をする、話の「間」がない彼の姿勢は、正直…鬱陶しかった。
「……………」
ふと、隣を見ていると彼は海を見ていた…私の隣で。
「…綺麗やにゃぁ」
呟いたその一言、その純粋に景色を楽しむその顔が…意外だったので。
「…っぷ! あはははは!」
「えぇ…? 何でそこで笑うん?」
「だ、だってぇ…あ、あははは!」
「なんながよ…ふ、ふふ…にゃははは!!」
…これが、私たちの出逢い。
彼…お兄ちゃんは、私の寂しさを埋めてくれた。
「オレもな? 親父たちが遠くにおるがよ?」
「えっ? そうなの?」
「うん、仕事の都合でな? 時々帰ってくるんやけど」
「…お兄ちゃんのお父さんって、どういう人?」
「どういう? うーん…とりあえずすぐ怒るにゃ」
「そうなんだ? 怖い人なの?」
「いやぁ、オレがアホばぁ言いよるき、すぐどつくがよ。厳しいけんど、優しい時は優しいよぉ?」
「…そっか。いいお父さんだね?」
「そうかにゃぁ?」
「そうだよ。ふふ…♪」
隣に座る彼との何気ない会話が、私の幸せになっていった…
「~~~♪」
「…! おお…」
「…? どうしたの?」
「…いや、綺麗やにゃぁ…って?」
「えっ? 海の事?」
「いやいや…もうえいわ」
「? どうして怒ってるの? ねぇどうして顔が赤いの??」
「し、知らん! しわいぞ! ///」
「むぅ、お兄ちゃんに言われたくない!」
「うっせ! ……っふ、ふふふ」
「あはははは!」
…私に足りないものを彼が、彼に足りないものを私が。
こういうのを「運命の出会い」っていうのかな? って思ったり……そう、本当に嬉しかった。
…だから、あの言葉は本当に嫌だった。
「…っえ!? 帰るって!!?」
「うん、少しだけ東京の親父たちの所に行かんと」
「ど、どうして…?」
「いや、よく分からんけど必要なことやって言うき…」
「そ、そんなぁ…」
「そんな顔しなや! お土産たんまり持って帰ってくるき!」
「……ッ、いや!」
ひと時も離れたくない…この楽しい時間を奪われていくような気がして。
彼の腕を掴んで、離さない…我が侭だって分かってるけど、それが私の本心だった。
「わがまま言いなや、オレもう帰らんと…」
「やーだぁーー!!」
「う~ん………よし! まだ日もあるし、明日またここに来て、遊ぼ! 約束!」
「っ! …うん、約束だよ!」
その言葉を信じ、私は彼の背中を見送った……。
──…それから、「数か月」。
彼は一向に現れなかった…それでも「少し早く向こうに行っちゃっただけなんだ」と自分を納得させた。
──……更に数か月、もう一年が経とうとしていた。
待てども待てども、彼はその笑顔を見せてくれなかった…
──私は。
「…行こう」
何処に居るのか、知らない。
何であの浜辺に現れたのか、知らない。
一緒にいるのが、当たり前になり過ぎていて…彼の何も「知らなかった」。
「……」
分かっている。
もう、会えないんだって。
私の事、忘れちゃったんだって……!
「……お兄ちゃん」
絶望、裏切りの感触、心にぽっかり穴が開けられる。
それでも…信じたい、あの笑顔を、あの優しい……。
「…何処? お兄ちゃん……」
──瞬間。
私の身体は宙を舞っていた…鮮やかな赤色の水飛沫と一緒に…。
・・・・・
…そっか、でも…これで会いに行ける。
誰にも愛されず、そういうものが分からなかった私が…唯一感じられた一瞬を与えてくれた人。
彼の元へ、一目だけでもいい…会いに行きたい。
…そう思っていた私の前に映し出されたのは…。
「大丈夫だ…お父さんがお前を見捨てるものか」
…あれ?
「さあ、私と共に、奴らに復讐を…!」
何処で…間違えちゃったんだろう…?
『貴方ノ力ガ必要ヨ…!』
………まあ、いいや。
もう、眠い……何もかも、どうでも良い…。
一生会えないんだ……私は……わ………た……は…──
──美海!
『…!』
・・・・・
海の上、海面から上半身を浮かべ「二人」は見つめあっていた。
目を覚ました少女…美海は、自身を抱きかかえる男の顔を見やる。
『…オ兄チャン?』
「ああ、遅くなってごめん! …迎えに来たよ、美海」
…その言葉を聞いて、少女は視線を逸らし、俯きながら呟いた。
『…遅イヨ、本当ニ』
「…ごめん」
『ズット待ッテタ……本当ニ…ズット……!』
「本当にごめん、オレ…」
『…フフッ、モウイイヨ? チャント来テクレタシ』
朗らかに笑う少女は、生前と変わりなく可愛らしく、それでいて美しかった。
「美海…」
『…アリガトウ、オ兄チャン…私……私ッ!』
その顔はみるみる涙に濡れていく…悲しみや、喜び。様々な感情が入り混じり、溢れ出る。
『……ッ、ッウ…ヒゥ……ウゥ…!』
「…ずっと寂しい思いさせて、ごめんな? …これからは、ずっと一緒だ」
『……ゥン…!』
彼女を抱き締める…優しく、思いを込めて…。
長い、ながい…本当に長い時を経て、やっと二人は一緒になれた。
『…Vv……vwoo………』
両腕を支えにして、海面に屈す怪物は、力なく呻きながら黒い靄を放出していた…力の核たる「深姫」が離れた為か、まるで力が散り散りに霧散していくように見えた。
「やったの?!」
「いや照月、油断はするな? …警戒しながら、急いで二人の元に行こう」
「………」
駆逐艦3隻は、警戒しながら提督たちの救出を試みる。
長門も同様に、腕を組みつつ辺りを見回していた。
『……………………G…』
──キラッ
「…!」
頭上の怪物から、何かの気配を感じ取る…!
「っ! しまった、不味い!」
「て、提督ーぅ!!」
「司令官、逃げてぇ!!!」
三人は叫びながら駆け出す…しかし、間に合わないのは分かりきっていた。
長門は驚きながら、吹雪たちの後に続こうとしていた。
『Guuu………gyavwooooooooooo!!!』
怪物から最後の悪あがきと、一筋の閃光が放たれる。
「…っ!」
提督はそれに気づくや、腕の中の彼女を抱き締めた。
『オ兄チャン!?』
一瞬の出来事…瞬きをするたび、距離はどんどん近づく…正に風前の灯火。
『提督!』
海中から白い影が、勢いよく二人を突き飛ばした。
「…!」
頭上より降り走る閃光。
その光は…一直線に白姫の身体を貫き、そのイノチを奪った…。
「はっちゃああああああん!!!」
・・・・・
…あーあ、やっちまったなぁ?
あれ程言っておいたのに、
オレは…使えば使うほど人が不幸になる。間違っちゃいないが、詳しく言うと言い方は変わる。
運命を無理やり変えるにゃ、魂に刻まれた「生の運命」を奪わねえといけねえ…生きとし生けるもの全てには、それだけで膨大なエネルギーがあるっつーわけよ?
つまり、だ…オマエが幸せを掴めばそれほど、その度に一存在が「死に至る」…遅かれ早かれな?
…あ? 艦娘? それこそ与り知らねえな? ま、ヤツラの戦いはオレでもどーにもならん。
だが…魂がある限りは、ヤツラも人間と大差ねえっつうことかな? キキキ!
……………ッチ、なんかスッキリしねえなぁ。
…まぁ、少しの間は時間位作ってやるよ。その間に…せいぜい別れを惜しむんだな?
・・・・・
「はっちゃん!」
提督は海面を力無く漂うはっちゃんの元へ泳ぐ。
『……テー…ト…ク……?』
はっちゃんに近づく、そのまま抱き寄せる。
「…ッ!」
『…良カッタ、提督、無事デジタ』
安堵の表情で提督を微笑みながら見つめるはっちゃん。
「…ごめんッ、オレ…オマエを…不幸に……!」
提督は内なる自分に言われたことを思い出し、後悔の念を吐露する。
「オレが…こんな無茶しなければ……ッ、オマエも…死ななくて…よかった…のに…ッ」
『…ウフフ』
「…? はっちゃん…?」
提督が戸惑うと、そのイノチが尽きようとしているはっちゃんは、それでも朗らかに笑う。
『提督…? ドウシテ、私タチハ沈ムノガ怖イノデショウネ?』
「え…?」
『私タチハ…兵器。ソレデモ、名前ヲモライ、人ト変ワリナク扱ワレ、ソシテ、沈ム。ソレ自体ハ、受ケ入レラレルノデス』
「………」
『デモ、私タチハ…心ヲ貰ッタ、貴方タチニ…冷タイ海ニイルトネ? ソンナ心ヲ忘レテシマイソウデ…貴方タチヲ認識出来ナイ、元ノ機械ニ戻ッテシマイソウデ…怖イノ』
「っ! はっちゃん…」
『ダカラネ…ドンナ形デモ、モウ一度貴方タチト一緒ニナレル。今度ハ…貴方タチト同ジ「形」デ……ソレガ、ドンナニ嬉シカッタカ』
「…うん」
『私タチハ……忘レラレタクナイノ、貴方タチニ……ダカラ、コレハ「オ別レ」ジャナイノ……笑ッテ見送ッテクレルト、嬉シイ…ナ……?』
…静かに語られたはっちゃんの思いは、全ての艦娘に通じるものがあるかも知れない。
それを聞いて、提督はゆっくりと口の端を上げる…目に涙を浮かべながら。
「…あぁ、分かったよ。はっちゃん…」
『…アリガトウ』
──私を、忘れないで、ね……?
…微笑みながら、彼女のイノチはその身体から抜け落ちた…最後まで、提督を案じながら。
「……ッ! はっちゃん………はっ…ちゃん…ッ!」
彼女を抱き寄せ、強く抱き締める。
彼女の勇姿は、70年前の活躍も含めて、この場にいるモノの心に刻まれたことだろう。
「…ありがとう、はっちゃん……!」
万感の想いを込めて、提督は彼女にお礼を告げた。
「司令官!」
吹雪たちが駆けつける。
「…吹雪」
「っ! …そんな、はっちゃんが」
「吹雪、そんな顔するな」
提督はまだ涙に濡れる目を引き締め、吹雪を元気付けた。
「はっちゃんがこうなったのはオマエの責任じゃない。オレが…オレがまたはっちゃんを沈めてしまった…」
「司令官…」
「でも…オレたちがいつまでもこんなだと、アイツが困っちまうから、さ? オマエは気にする必要はないよ?」
「……っ、はい」
吹雪も笑って、それに答えた。
…その直ぐ後、美海も近づいて来た。
『…オ兄チャン、大丈夫?』
「美海…」
『ゴメンナサイ…私ノセイデ…』
「美海」
提督は美海に向け、どこかぎこちない笑顔を作る。
『…アハ』
美海も、悲しみを抑え、笑う…それがはっちゃんの、何よりの願いだと彼女も分かっていた。
「…よし、別れは済ませたな? 淡々として済まないが、上のヤツがまた襲ってくるとも分からん。早くこの場を離脱しよう」
磯風の提案に、全員が頷く。
提督ははっちゃんの遺体を、海に還そうとした……その時。
『──h、フフフ………グハハハハ!』
辺りに低く悍ましい声が木霊した。
それは、頭上から聞こえて来た…つまり
『オロカモノドモガ……キサマラヲコノママカエストオモッタカ!?』
鈍重に鳴り響く、身体の奥から感じる畏怖、その重音は確かに「言葉」を発していた…!
「っ!? 嘘!!?」
「あのバケモンが喋ったがか!?」
提督の言葉に騒然となる一同。
『ワレハ「憎悪」。ソノケッショウコソ「ワレ」ヨ…ワレハオロカシイジンルイニシンパンヲクダスモノ!』
「人類に審判…? ふざけんな! 誰も人を裁いていい訳ないだろう!」
『ショウシ! ナレバ…ワレハソノ「人」カラウマレタ…トイッタラ?』
「…おっとぉ」
ノリちゃんがしてやられたように言葉を漏らした。
『シカリ…ヒトヲサバクハ「ヒト」。ワレハソノヒトノヨクボウヨリウマレシモノ…デアレバ、サバクベキハワレニコソアラレバ!』
「世界を滅ぼすというのか? 総督が生み出したお前が!」
『ニンゲンノ「ゴウ」ガウミダシタノダ、マサニ「ジゴウジトク」。コノセカイヲホロボサントシテイルノハ…ホカデモナイ、オマエタチダ!』
謂れのない難癖とはこの事。だが…怪物の言うことに一理ある、と誰もが感じていた。
世界を滅ぼす「トリガー」を引くのは、いつだって人の欲望、傲慢さ。
だが…同時に世界を変える、救うのは
「…そんなこと、絶対にさせません!」
「そ、そうだよ! 私たちも世界を守るんだから!」
「うむ、例え神だろうと、この世界をやらせはせん!」
「…フッ! まぁ俺もぉ同じ気持ちだぜぃ?」
『…オ兄チャン』
「おう…オマエの好きにはさせん。それがオレたちの答えだ」
…彼らのような、真っ直ぐに世界と向き合うモノたち…なのかもしれない。
『ジツニオロカダ。ダガ…ワレノノコサレタチカラモスクナイノモジジツ。デアレバ…』
怪物はこの期に及んで何事かを企てるように言い含めた。
『ワレノ「ソンザイイギ」、タトエセカイハホロボセナクトモ…オマエタチノ「クニ」テイドナラ…イマデモジュウブン、ゾウサモナイコトヨ?』
「っ! まさか…」
『イマヨリ「ジバク」ヲカンコウスル…オマエタチモロトモ、コノウミヲフキトバシテクレル!!』
怪物の周りに、霧散した筈の黒い靄が集まり始めた…。
それは、怪物が自身の本懐を遂げることを意味した。
「!? 貴様!」
『フハハハハ! ニゲオオセルカ? シカシテキサマラニハトウニニゲバナドナカロウナァ? フハ、フハハハハ!!!』
吹雪たちは砲を構えるも、絶対的な力に、なす術なくその主砲を下ろした…。
『ホロビサルガイイ! オロカシイニンゲンドモヨ!』
──サセナイ!
『ヌゥ!?』
「美海?」
『私ノ歌デ…貴方ノ憎シミヲ払ッテミセル!』
力強く言葉を放つ美海。しかし怪物は尚も不敵。
『…フッ! ヤッテミセルガイイ! キサマヒトリデ、ゼンセカイノニクシミヲハラエルノナラナァ?』
『…ッ!』
空を睨む美海に、そっと優しく手が触れる。
「…美海、オレも一緒や。だからやってみぃや?」
『オ兄チャン…!』
「吹雪」
不意に吹雪に声を掛ける提督。
「っは、はい! 司令官?」
「…撤退や」
「は、はい……はいぃ!?」
「全艦、撤退命令。オレは…後から行く」
吹雪は分かっていた。彼が後からいけるはずがないことを…。
「司令官、それは…!」
「大丈夫や。オレは死なん…さっきも見たやろ? オレが側に居ったら、美海も助かるはずや」
「だからって!」
「…ごめん、吹雪。でも…オマエらまで沈めてしまったら、オレは…死んでも死にきれん」
「…司令官」
「吹雪」
ポンッ、と吹雪の背中を叩く磯風。
「司令は命を懸けて、今守るべきものを守ろうとしている…彼女と、我々もな?」
「磯風ちゃん…」
「その彼の心意気、我々も理解出来る筈だ。…そうだろ?」
「………うん」
吹雪は渋々、その命令を受け入れた。
「司令官…どうかご無事で! 必ず…必ず救援に向かいます!」
「…おう。ありがとうな、吹雪? …オマエが秘書艦で、良かった」
「私も、同じ気持ちです! だから…そんなこと言わないで、最後まで諦めないでください!」
「…ああ」
優しく微笑む。いつものように…
吹雪は、それが最後の別れにならないよう、強く天に願うのだった…。