宿毛泊地提督の航海日誌 -memories alive-   作:謎のks

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 堅牢に守られし過去

 色鮮やかに蘇りし記憶の迷宮

 その先に、真実があるのなら…




──さぁ、今こそ「打ち砕く」時…!


03.打ち砕く時

 太平洋付近にて発生した深海群と姫の軍勢。

 かつて倒したはずの「ヒメ」たちまで異形となり現れた…更には「深姫」なる新たな深海群のリーダーも出現、事態は混沌を極めた。

 宿毛泊地に戻った艦隊は、直ぐさま運営鎮守府に報告、そして彼らによる調査の結果、難題は更に複雑化していく…

 

 

──太平洋沖を中心に、深海群が日本を包囲するように散開。

 

 

 現在、運営鎮守府、並びに諸鎮守府等の提督の協力の下に防衛、迎撃を行うもあまり効力を発揮せず。

 列強の諸外国が見守る中、日本の深海群による本格侵攻は現実味を帯びてきた。

 

 

 

「…不味いですね」

 

 そう呟く徳田は、いつもの涼しい顔に焦りと苦い思いを滲ませた表情であった。

 

「一昨年の冬にも日本が空襲を受けて、その他にも前例はありますが…まさかここまでとは」

 

 少しズレを感じたのか、眼鏡をかけ直す徳田。

 現在展開中の作戦。それは、日本本土の防衛…かつての雪辱を果たすものであるが、これは訳が違う。

 日本本土への強硬侵攻、そして日本の包囲…歴史を繰り返し、人類に戦争の虚しさを訴え続けて来た彼女たち、そんな彼女たちには考えられない、野蛮で、残忍で、かつ効率的なものだった。

 

 それらを滞りなく、速やかに行えたのは新たな「中核」の存在が大きいだろう。

 

 深姫…彼女を中心とした深海群は、昨今の温厚なモノから打って変わり、憎しみに燃え、只でさえ無尽蔵で湧いてくる彼女たちは急速に勢力を拡大していった…それはあの「歌」の力か、はたまた深姫の持つ一種のカリスマが成せる業なのかも知れない。

 

「…いや、少し違いますね」

 

 誰に言うでなく、徳田は一人ごちに呟いた。

 

 報告では、彼女の周りの深海群はまるで「正気を失っているよう」であると聞いている…つまり、くうさんの無惨な姿を含め、この状況は彼女たちの本意ではない「可能性」がある…飽くまでも推測の域は超えないが。

 

 

「何にしても、先ずは当人に事情を聞くべきか…まだ回復には至っていませんが…おや?」

 

 思考を巡らせながら廊下を歩いていた徳田。彼の前に、神妙な面持ちで近づいてくる二人の少女。

 

「…徳田、ちょっといい?」

 

 満潮、そして涼月。

 

 徳田は予想していたのか、用意していたような台詞を機械的に吐いた。

 

「これはこれはお揃いで。どうしました? 可憐な二輪の花が、私の診察をご所望で?」

 

 仰々しい態度を、満潮は斬って捨てる。

 

「ふん、白々しい。私がそういうの嫌いだって知ってるでしょう?」

「これは失礼。ついいつもの口説き文句が」

「いいから聞きなさい。…アンタ、司令官の異常について何か知ってる?」

「…その話ですか。彼の身体には異常は見られませんでした。日頃の激務によるストレスでは?」

 

 執務室よりモニターで深海群の異常、そして深姫の登場までの一部始終を見ていた徳田と提督。

 だが提督はそれを見るなり頭を抱え、そのまま倒れてしまう…現在は診察を終え、執務室に戻り一人引きこもっていた。

 艦娘たちは提督の異常に不安を覚え、彼のために何かできないかと各々が模索している…というのが現状。

 

「いいえ徳田先生。貴方が知らない筈はないのです…少なくとも「深姫」、彼女の存在について何か心当たりがあるのでは?」

 

 涼月の問答に、満潮も頷いて、その意図を肯定した。

 その場にいた大淀が言うには、深姫を見た瞬間、二人は顔を強張らせ、徳田はまるで彼女を知っているようだったと言う…何かなければ有り得ない反応だ。

 それを聞いた二人は、こうして徳田に事情を説明してもらう為足を運んだ次第だという。

 

「…はて、何のことやら? 仮にそうだとして、貴方たちは何を知りたいと?」

「私たちは全てを知りたい、って言うつもりはないわ。ただ…司令官の異常を知る為に、それを全部知らなきゃいけないのなら…その限りではないわ」

「…いい加減にしてくれませんか? 私は貴女たちに話すことはないと言っているのですが?」

 

 徳田は一変して顔に怒りを込めて、彼女たちの意思を遮る壁を作る。

 

「何かを知り得たとして、貴女たちに何が出来るのですか? 兵器は兵器らしく、何も考えずに戦っていればいいのですよ」

「それは本音? それとも欺瞞? アンタは仮面被るのが上手いかもだけど、この状況でそれが通ると思わないでよね!」

 

 捲したてるように言葉を撃ち込む満潮。

 

 一貫して真実を黙秘し続けた徳田…彼の仮面は、今まさに撃ち砕かれようとしていた。

 

「…はぁ」

 

 ため息を吐く。何を躊躇うのか、彼はそれでも口を固く閉ざしていた。

 

「良いですか? この世には知らずにいた方が良い事が多い。特に今、貴女たちが知ろうとしていることもそう。何かを知るより、何も知らない方が長生き出来るのでしょう」

「徳田…アンタ、そこまで腐っていたなんてね?」

「何とでもお言いなさい。とにかく、話すことはありませんのでお帰りを」

 

 徳田は言いながら二人に背を向けた。だがしかし、彼を引き止める声は止まない。

 

「…本当に、それでよろしいのですか?」

「…何?」

 

 今度は涼月が彼の仮面に槌を下ろそうとしていた。徳田は少し意外なのか、ギョッとしているようにも見えた。

 

「先生、私はここに来てまだ浅い…だから貴方を語ることは許されないのかもしれない…唯、一つだけ。私が言えることは」

 

 

──貴方は決して、そんな人間じゃない。

 

 

「…!」

「貴方は率先して、私たち艦娘…ひいては深海のヒトたちにも、治療を施し、救って来たと聞いています。私には…それはまるで懺悔しているように思えます。何故かは分かりませんが…」

「涼月…アンタ」

「そんな貴方が、私たちを兵器と見たり、ましてや世の中を皮肉に見るようなことを言うとは、とても思えません」

「……ッ」

「それらは全て…私たちを「傷つけない」為…何かから守るための行動なのでは?」

「…何を馬鹿な、私は」

「先生」

 

 涼月は徳田の目を真っ直ぐに見つめる…とても透き通った、嘘偽りの無い心と目で。

 

「私たちは、決して貴方を裏切ったりしません。だから…「信じて下さい」…私たちを」

 

 そのあまりの凛とした神々しさに、思わずたじろいだ徳田。

 

「私たちは真実を知りたいのでなく、その先に…あの人の笑顔を取り戻す方法があるのなら、それをやらずにはいられないだけなのです…」

 

 涼月の真摯な姿勢に、徳田は動揺を隠せず眼鏡に手を当てると

 

「…全く、馬鹿ですね? 貴女たちは」

 

 フッと険しい顔を和らげる。

 

 溜息を一つ。

 

 また、眼鏡に手を掛ける。

 

「…やれやれ、本当は墓まで持っていくつもりでいたのですが…致し方ありませんね?」

「アンタが喋りたくたいなんて、私たちでも解るわ。…ごめん」

「いいえ。私が意固地なだけですよ? では、今から言うメンバーを集めて下さい、話はそこから」

「ええ、ありがとうございます、徳田先生♪」

「参りましたよ、貴女には…ではまずは」

 

 こうして、徳田から自身の知る真実が語られることに…果たして彼の口から出る言葉とは…?

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 一方、治療室として間借りしている部屋に、二人の白姫が。

 

『……クウサン』

 

 ボロボロになったくうさんを悲しそうに見つめる「潜水棲姫」…通称「アハート」。

 様々な治療器具が彼女に取り付けられていた…呼吸補助器、心拍表示器、更には点滴…こうしていると、くうさんも人間の女性とあまり変わらなかった。

 

『ドウシテ、コンナコトニ…』

 

 彼女を心配するアハート、だが心には僅かな違和感が。

 

『…? ドウシテ』

 

 胸を押さえるアハート。少しズキズキと不規則な痛みがあるようだ。

 

『…私ハ、クウサンガ心配、ナノニ……』

「…そう、ですよね?」

 

 ゆっくりと振り返るアハート、その場には「ヒトミ」が立っていた。

 

 

『ヒトミ、チャン…?』

「良かった…貴女は何ともないんですね? アハートさん」

 

 ヒトミの言わんとすることが理解出来ず、首を傾げるアハート。

 

『…何カアッタノ?』

「はい、それが深海の皆がおかしくなったみたいで…」

『ソウ…』

 

 得心がいった様子でくうさんを見つめるアハート。

 

「…アハートさん、こんな処に居ていいの?」

『…エ?』

「前に私に言いましたよね? どんなにゆっくりでも、思いは言葉にしないと伝わらないって…私には、今貴女が心配なのは「提督」なんじゃないかって」

 

 アハートは驚いた様子で、目を開いてヒトミを見つめる。

 

「貴女が提督の話をすると、とても嬉しそうで…それにあの時、話してくれた「誰かの為に戦っていた」って…あれは、この泊地での出来事なんじゃないかって」

『…ドウシテ、ソウ思ウノ?』

「確信はありません。でも…私には心当たりがあって」

 

 ヒトミは言葉を探すように少し考え、アハートに伝えた。

 

「この泊地には…昔、沈んでしまった艦娘がいて。その娘の名前は…」

『……ッ!?』

 

 突如、頭に亀裂が入るような割れる痛みを感じるアハート。

 

 額に手を当てて、苦しむ素振りを見せると、ヒトミは慌てて彼女に駆け寄った。

 

「あ、アハートさん!? どうしたの?!」 

『…ウ、ウウン。何デモナイヨ?』

 

 目を瞑り、笑って見せるアハート。

 

 …そして何か決意した顔をすると、ヒトミに言った。

 

 『…ヒトミちゃん。用事ヲ思イ出シタカラ、クウサンノオ見舞イ、代ワリニオ願イデキル?』

「っ! は、はい!」

 

 パッと明るい表情となり、快く承諾するヒトミ。

 アハートは頷くと、そのまま走り出していった…。

 

「…頑張って下さい、アハートさん」

 

 一人呟くヒトミ。その脳裏にはある場面が回想された…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…という訳で、私たちは元は「深海群」だった…かもしれないんだよ?」

「…そうですか。ありがとうございます、吹雪さん」

 

 彼女は吹雪から、艦娘と深海群の関連性を聞いていた…秋イベントにての徳田の説明をもう一度聞き直していた。

 

「でもヒトミちゃん。この事はあまり皆に喋っちゃダメだよ? 確かにもう隠すことでもないかもだけど…まだ受け入れられない娘もいるだろうから」

「いえ、私こそ…無理を言って、すみませんでした…」

 

 ヒトミは改めて、自分が深海の「姫」であったことを理解した。それ自体はすんなりと受け入れられた。…だが、彼女の頭に浮かんだ「一つの疑問」。

 

「……? 吹雪さん、それでは「艦娘が深海群になる」可能性も…?」

「えっ! うーんどうだろ? 徳田先生なら知ってるだろうけどね?」

「…そう、ですか………」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 吹雪の説明を受けて、ヒトミはある結論(という名の推論)に辿り着いた。それは…。

 

 

 

──アハートは、「先代の伊8号」ではないか?

 

 

 

 彼女の話は、自分が見聞きした話と一致していた…もしそうなのだとしたら自分が今やってることは「藪蛇」なのかもしれない…それでも。

 

 (今、提督を元気に出来るのは、貴女しか居ない…だから)

 

 塞ぎ込む提督を自分ではどうすることも出来ない。だが…宿毛泊地を古くから支え、提督の心を今も支え続けている「彼女」なら…或いは。

 

「提督を…お願いします」

 

 決意の顔でアハートを見送ると、ヒトミの後ろから声が。

 

「あっ! いたいた! おーい、姉貴ー!」

「…? イヨちゃん?」

 

 駆け寄って来たのは、ヒトミと瓜二つの娘…イヨ。

 

「どうしたの? イヨちゃん」

「あのね、満潮と涼月が呼んでたよ! なんか大事な話があるって?」

「そうなの? あっ、私くうさんを…」

「いーよ、今緊急事態だからすぐ行かないと!」

「…ん。分かった、行きましょイヨちゃん」

「うん…ん? 姉貴何か機嫌良い? どっかした??」

「うふふ…何でもないよ♪」

 

 そう言って小走りに先に駆けるヒトミ。イヨも「待ってよー!?」と言いながら後を追いかけていった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 一方、提督執務室のドアの前に佇む少女。

 

「…提督、調子はどう?」

 

 返事はない。中に居るのは分かっているが、それでも重い沈黙が続いていた。

 

「…提督、何かあったら声を掛けて。僕に出来る事なら、何だってするよ!」

 

 「時雨」は普段のトーンより一つ高く、明るい声色を装い中に閉じこもる彼を元気付けようとする。

 

 …だが、中の者が返答することは無かった…

 

「提督…」

「時雨ちゃん」

 

 落ち込む時雨の前に現れたのは、榛名と長門。

 

「榛名さん、長門さんも…」

「時雨、気持ちは分かるが今はそっとしておいてやろう…?」

 

 長門が優しく諭すが、時雨は首を振る。

 

「でも…提督は僕のために頑張ってくれたんだ。提督が苦しんでいるのに、何も出来ないなんて…!」

「私たちも、同じ気持ちよ? でも、一緒にいることだけがあの人を助けることではないと思うの」

「榛名さん…」

「今は見守りましょう。さ、行きましょう?」

 

 榛名に諭され、時雨たち3人はその場を後にする…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

──しばらくして、執務室前にまた足音が。

 

 

 

『…フゥ』

 

 深呼吸する、息を整えるとドアをノックする…反応は無い。

 

(提督…)

 

 果たして、「彼女」は何を語るのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 あの日の記憶が、鮮やかに蘇った。

 

 不思議と違和感はない。いや、思い出せなくとも、必死に「思い出そうと」していたから…なのだろうか?

 

 …彼女が笑う、微笑む、和やかに。

 

 そして、可愛らしくも美しい歌声。渚の空間に響き渡った。

 

 

 

──オレのせいだ。

 

 

 

 あの日…彼女と別れた後、急な重みに襲われ…そのまま倒れていった自分。

 

 親父たちが何したかは分からないが…それでも。

 

 もし、自分が約束を守れていたなら…彼女を守れていたなら。

 

 ずっと一緒にいてやれたなら…!

 

 

 

 何故ああなってしまったのか。

 

 目の前にいたのは、本当に彼女なのか。

 

 何故彼女が「深海の姫」に?

 

 

 

 分からない…でもそんなのは関係ない!

 

 ずっと思い出そうとしていた…でも、出来なかった!

 

 オレが忘れてしまったから…美海は……! あんな事に……!

 

 どうすれば…オレは、どうすれば…!

 

 

 

──コン コン

 

 

 

「!」

 

 

 …………──

 

 

 

『──あれ? 居ないんですか? 提督?』

「…え?」

『久しぶりに会いに行こうと思って、来ちゃったんですが…いつもの明るい声「はっちゃん」聞きたいです♪』

 

 

 

──…はっちゃん?

 

 

 

「はっちゃんッ!?」

 

 はっちゃん…艦娘の伊8号のあだ名であり、提督にとって最も思い入れの深い名前。

 二代目の方か? と彼は一瞬考えたが、なら「久しぶりに会いに来た」のワードの意味が理解できない。彼の頭に浮かんだのは…。

 

「オマエ…本当に「あの」はっちゃんか?」

『はい。()()()()()()()()()()()()、ウフフ』

 

 …この状況はあまりにも不可思議ではあるが、それでも…今時分まともな考えが回らない彼は、彼女の言葉に縋らざるを得なかった。

 

「はっちゃん…ッ!」

『はい、提督。ハチは…はっちゃんはここに居ますよ?』

 

 すっかり先代の「伊8号」が来たと信じた提督。

 

 ドアの向こうで佇む白き姫は、それでも優しく、和やかに笑うのだった。

 

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