「えいっ!」
トゲトゲのついたメイスを振り回すピンクの髪が印象的な少女。やはり、初心者に最初からソードスキルは難しかったか、とそんなことを考える。
リズベットことリズを連れ立ってやってきたβテスト時代から懇意にしている武器商人のところへ行った。そこでいろいろ武器を持ってもらい、動機はなんでもいいが自分の使いたいものを使うといい、とアドバイスをした。しばらくしてリズベットが持ってきたのは、初期武器の種類の一つであるメイス。確かに、なんとなく彼女にあっている気がする。
武器が決まったら、早速敵を倒してみようということになり、始まりの街からフィールドへとその足を向けた。
そこで、冒頭に戻る。
俺が考え事をしている間もリズベットはメイスをしっちゃかめっちゃか振り回していたようで、肩で息をしている。リズベットの相手をしている青色のイノシシのダメージ表示を見れば、赤色になっているところは一寸たりともなかった。ブモ、とイノシシが鼻息をしているのが、リズベットを鼻で笑っているかのようだった。
「リズ、そうやたらめったら振り回してもダメだ。重要なのは初動のモーションだ」
「いっつー……あーいーつー」
リズにもイノシシの顔が笑っているように取れたのだろうか、頰をヒクヒクさせながらメイスを杖代わりにして立ち上がった。
「技はでないし、なんで当たんないのよー」
「それは君がソードスキルを発動できていないかつ当てられていないからだよ」
こちらを見ながら、口を尖らせ文句をぶーたれるリズベットに俺はやれやれと言った雰囲気をかもし出しながら答える。
全く当たらない攻撃を振り続けるそれをひらりひらりと躱すイノシシに毎度のように突進攻撃をお見舞いされ、リズベットのHPバーは半分ほどが赤く染まっていた。
そろそろいけるか?
「それに、動くのは当たり前だ。彼らだって生きているのだからな。さっき君はソードスキルが出せないと言ったな。そうだな、コツと言ってはなんだが。アニメで勇者が剣を構えて必殺技の名前を叫ぶだろう?それをやってみるといい」
「ふーん」
イマイチ納得してないようだが、先人の知恵だし、とぼやきながらリズベットはメイスを軽く振った。
「行くわよー!」
メイスを中段にかまえる。
「スーパー、アターック!」
そう叫ぶと、リズベットの持つメイスが青白く輝き、孤の形に同じく青色の軌跡を描きながら見事、青いイノシシの脳天に命中させた。
その一撃は、満タンだった青いイノシシのHPバーを一瞬で削り取った。
ピギィ、と声を上げながら青いエフェクトを散らすイノシシを呆けた顔で眺めているリズベットに声をかける。
「初討伐おめでとう、いやなに素晴らしい一撃だったな」
「ほんとにできちゃった……」
「肝心なのは最初のタメだよ。君が必殺技を叫んだ際、少し体の動きを止めていただろう?それによってソードスキルの初動モーションをシステムが感知して君のメイスを導いたのだよ」
「へぇ……」
「ちなみに、今のこいつは他のゲームではスライム並みの弱さだからな」
「え?てっきり中ボスクラスかと思ってたんだけど」
辺りを見渡す二人。
周りには俺たちと同じように、パーティーを組んだり、ソロでいたり、狩りをするプレイヤーであふれており、見当たるところにモンスターは沸いていなかった。
「そろそろこの辺も手が回ってきたか」
「そうねー。いやーにしてもさ、ここがゲームの中だなんてにわかに信じられないわよねー」
「そうだな。そんな体験をも可能にするというナーヴギアがそれほど次世代的だったということだろう」
顔を固定したまま、目線だけを視界の隅に向ける。現実世界での時刻を示す時計はそろそろみんなが帰ってくる時刻を指していた。
「そろそろ、解散するとしよう。夕飯の仕込みをしないといけないのでね」
「あ、ちょっと待って。このゲームでもフレンド機能とかってあるの?」
「無論だ」
「なら、登録!しようよ。色々教えてもらったお礼ってことで」
「ああ、構わんよ」
結局、フレンド機能もよくわかってなかったリズベットにメニューウィンドウの使い方を教えながらフレンド登録を終える。なんの文字もなかったフレンドの枠に始めて文字が加わった。
「これでよし!」
「そうだな。では、ここで解散というわけで」
「じゃ私も〜。また今度!」
「ああ」
こんな時、女性よりも早く言ってしまうのは如何なものか、なんて思ってしまい、リズベットを、見送ってから俺もログアウトしようと思い、ウィンドウの装備欄を見る振りをして待つ。
しばらくしてもログアウトする気配のないリズベット。
「どうかしたか?」
「ない、ないのよ!」
メニューウィンドウが開いたままだというのにこちらにずいっとよってくるリズベット。
「だから、なにがないのかと」
「ログアウトのボタン!」
「は?」
そんなバカな。遮られた言葉、ログアウトのボタンがないなんてあり得るはずがない。
ありえないことだと思いながら、装備欄を閉じ、システムメニューの欄を開き、下へとスクロールしていく。
正常なら一番下に『log out』の文字が踊っているはずだ。はたしてそこには、
なにも書かれていなかった。
「ど、どういうことだ?」
「やっぱないでしょ?」
「ああ」
どういうことだろうか。
おかしい、ログインした時にメニューウィンドウを調べた時にはちゃんとそこにあった。もう一回上からゆっくりと一つづつ確認していく。しかし
「ない、な」
「大丈夫なの?」
視線を上げると不安げな表情を浮かべるリズベットの顔があった。
「大丈夫だろう。今日が運営初日というのもあるしな、ある種のバグか何かだろう」
「そ、そうよね」
「今頃運営にはGMコールが殺到していることだろう。時期にアナウンスがあるはずだ。それまで待つとしよう」
「そんな悠長に構えてていいの?仕込みがあるじゃなかったの?」
しまった。
そうだ、そうだ。もうすぐみんなが帰ってきてしまう。みんなに協力してもらったおかげでソードアートオンラインがプレイできましたという、感謝の念を込めて今日の夕食は豪華にするって言ってたんだった。まずい。特にセイバー、遠坂と桜には特別なデザートも用意する手はずになっていた。
「ま、まぁ。大丈夫だろう、うん」
「なんかすごい動揺してない?」
「してない」
「そーおぉ?あっ!そうだ、シロウあなた、ログアウトの方法他に知ってたりしないの?」
「そうだな…………」
呟きながら考える。この
「いや、知らないな」
「え!?」
背筋に冷水を流されたかのような感触が二人を襲う。
「ないな。自発的にこの世界から離脱するにはメニューを操作する以外にはない」
「そんな!じゃあこの世界に閉じ込められたってこと!?」
戻れ!ログアウト!脱出!と飛び跳ねながら叫ぶリズベットを尻目周囲を見渡す。周りでも異変に気付いたのか、どうやら狩どころでらなくなったようだ。
「なに心配するな。運営も対応するだろうし、最悪、異変に気付いたご家族にナーヴギアをひっぺがしてもらうか、電源を落として貰えばいい。先ほども行ったが私の家には同居人がいるが、君は?」
「私も大丈夫、母さんがそろそろ帰ってくると思うから」
「そうか」
お互い、落ち着いたのか同時にため息をこぼす。
「でもアンタ、夕飯の仕込みの話さっきしたら青ざめてたけどこんなところで悠長に待ってていいのかしら?」
「いや、なんとか……ならない?」
その後、不安を紛らわせるためにソードスキルの発動の復習をしようというわけでしばらく時間を潰した二人。
しかし、一度生まれてしまった正体不明の不安感はずっと二人の体にまとわりついたままだった。
「ねぇー」
不安感を抑え切ることができなくなったリズベットが声をかけようとしたその時
リンゴーン、リンゴーン
鐘の音色にも、一種の警告音にも聞こえる音が大ボリュームで第一階層の全てに響き渡り、驚きのあまり肩を震わせる。
「な……っ」
「今度はなんなのよ!?」
取り敢えず落ち着こう、そう声をかけようとリズベットの方を向いた。
見れば、リズベットの体を鮮やかなブルーの光の柱が包んでいたからだ。俺の視界も青色に染まっていることからこちらも同様の状況に置かれているのだろう。
最初こそ焦ったものの、この現象には覚えがあった。βテスト時代に何度も体験した場所移動の時に発生する〈転移〉のエフェクトだ。しかし、今は発生条件であるポータルもアイテムである結晶も使用していない。コマンドも使用していないこと、現在の状況から考えて運営側による強制転移の線が濃厚だろう。
体を包む光がひときわ大きく脈打ち、視界に映る景色を強制的に切り替える。先ほどまで広がっていたモンスターの闊歩する草原ではなく、何度も目にした始まりの街の石畳が目に入った。さらに、リズベットと出会った場所でもある噴水があることから、ここは中央広場だろう。
なにが起こっているのかさっぱりだった。目を見開いてボーっとするリズベットが隣にいることを確認し、ホッとしたのもつかの間。情報収集のため周囲を見回す。目算にして一万人以上、色とりどりの装備、鈍く輝く武器、間違いなくそこにはSAOプレイヤーが一同に集合していた。
不満を爆発させ、怒鳴り立てるプレイヤーたち。そのとき、自然とよく響く声が聞こえた。
「あ…………上を見ろ!!」
俺は弾かれたように上を見上げた。
百メートル上空、第二階層の底を真紅の市松模様が染め上げていく。
天井を埋め尽くす真紅のパターン模様、その中心部分だどろりと垂れてくると、それは地面に落下せず空中で形を形成した。
出現したのは身長二十メートルはあろうかという、真紅のフード付きローブを纏った巨大な人の姿だった。そのローブに俺は見覚えがあった。あれは、βテスト時代に、男性のGMが必ず纏っていたものだ。しかし、βテスト時代の時のものと今現在空中に鎮座するそれは大きな違いがあった。空中にいる人の姿をした何か。そのフードの中には、本来あるべき人の顔が存在していなかったのだ。
ざわざわと不安の声が波のように広がっていく。すると、その声を抑えるかのようにフードの右袖が動いた。
そして
『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』
そう、ローブをまとった何かが言った。
しかし、プレイヤーたちの困惑はさらに大きくなることになる。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
(な、なんでだ!?)
知らないはずもない。弱小であったアーガスという会社を持ち上げた天才ゲームデザイナーであり、量子物理学者。このSAOの生みの親で、ナーヴギアそのものの基礎設計をてがけた者だからだ。
(そんな天才という名がふさわしい彼がどうしてこんなことを)
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す、これはゲームの不具合ではなく、〈ソードアート・オンライン〉本来の仕様である』
「仕様……?」
そんな言葉が勝手に口から溢れる。
『諸君はこの城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトはできない…………そして、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない。もしもそれが試みられた場合ーーー
ーーーナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
まるで時を止められたかのようだった。彼は今何と言った?脳を破壊する、それはつまりこの場にいる人間を条件次第によっては殺すということだ。
「ねぇシロウ。あんな奴の言ってることなんて嘘よね?そうなんでしょ?殺すなんて、たかがげーむよ、そんなことあり得ないわよね?」
乾いた笑いを浮かべながら俺に問いかけるリズベット。
ナーヴギアのシステム。どうやってこのシステムに五感を入力しているのかそれを思い出すと同時に一つの結論にたどり着いた。
「いや、できる。原理的には………………そうか、
あの男をイメージした口調っも崩れ、素に戻りわなわなと口を震わせながら呟く
原理としてはまさに電子レンジと同じだ。高出力を出すためのバッテリーだって搭載されている。
「そんな」
リズベットの絶望が声に乗って流されていく。
そんな俺らの言葉なんてものをまるで気にしていないかのように茅場晶彦の言葉は続く。具体的な説明に続き、ご丁寧に現実世界の状況も教えてくれた。
『残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界から永久退場している』
その言葉が示すこと、すでに二百十三の人間が死んだ、ということ。みんなが同様に装着しているであろうナーヴギアによって。
どさりと音を立ててリズベットが石畳に座り込んでしまった。
「うそ、こんなの嘘よ」
そんな中、俺は真紅のローブを睨みつけることしかできなかった。