私は空を見上げて、頬に風を感じている。
人の気配はしない、風の音と時折聞こえる小鳥のさえずりだけがこの空間を支配している。
私はただひたすらその場に立ち尽くす。
何も考えたくない・・・。
それがただ現実から目を背けていることにすぎないのはわかっている。
でも、でも”この場所”でだけは、私が”私らしく”いることができたここだけでは、”現実”から逃れていたい。
訓練所と”呼ばれていた”建物があった空間の、裏であるこの場所では・・・。
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どのくらい時間が流れたのだろうか、私の瞳からは涙がずっと流れている。
誰も見ていないのに、私は涙が零れ落ちるのを防ぐように再び空を見上げた。
・・・そう、”あの夜”にアイツに泣き顔を見られたくなくて、星空を見上げたように。
何も考えないはずだったのに、私の頭の中にはこの場所で過ごした”自分らしい”時間が次々に浮かぶ。
私が泣くなんてことが許されない、涙を流す、過去を懐かしむ資格なんてないのはわかっている。
この場所を壊したのも、人が生きている証である喧騒を消したのも”私たち”だ。
でも私の感情は止まらない、涙が溢れるのも止まらない。
立っていることもできなくなり、地面に膝と両手をついた。
大声で泣き叫びたい、大声で”みんな”に謝りたい。
そんな感情を必死に押さえ込む。
・・・そんなこと許されるはずもない、泣いても謝っても”みんな”には届かない。
一瞬にも何時間にも思える時間が過ぎて、私は意地で、誰に張っているのかもわからない意地でなんとか立ち上がった。
しばらく私はまた空を見上げていた。
すると
「・・・アニ。」
背後から私のことを呼ぶ声が聞こえた。
「やっぱりここにいたんだな」
「・・・なんのようだい、ライナー。」
私は振り返らずに空を見上げたまま、私の名を呼んだ”戦士仲間”に応えた。
「明日、”故郷”へ出発するから準備しておくようだとさ。」
「・・・そうかい。わかったよ。」
ライナーの言葉に短く返答する。
「・・・やっと”故郷”に帰れるんだ。少しは嬉しそうにしたらどうだ?」
私にそう言葉をかけるライナーの声色にも、ちっとも”嬉しさ”は感じられない。
「・・・そういうあんたも嬉しそうにしたらどう?」
「・・・俺たちは”使命”を果たしたんだ。親父さんにも会えるんだぞ。」
言葉とは裏腹に、ライナーが悲しんでいる、苦しんでいるのが伝わってくる。
「・・・そうだね。」
ライナーの言うとおり、私たちは”使命”を果たした。
父さんにも、もうすぐ会える。
「これは”戦争”だったんだ。仕方がなかったんだ・・・。」
ライナーが絞り出すように言った。
「・・・”使命”と”戦争”、やるしかなかった、仕方がなかった、か。」
「・・・そうだよ。だからあまり自分を責めないでアニ。」
空を見上げたまま呟くように言葉を発した私に、違う声の主が話しかけてきた。
「。ベルトルト、怪我はもういいのかい?」
私とライナーとともに”壁の中”で”使命”を果たしたもう一人、ベルトルトだった。
「うん。”再生”したよ。」
「そうかい、よかった。」
ベルトルトにそう声をかけながらも、私は視線を空からは外さない。
最後の作戦でもっとも怪我を負ったのがベルトルトだった。
それは一番熾烈に戦線にいたことを意味する。
「アニ、やっと”故郷”に帰れるんだよ。」
「そうだね。やっとね。」
私たちはやっと”故郷”帰れる。
明日は待ちわびた日、のはず。
この日をどれだけ待っていたか、私の父さんにまた会うことができる。
・・・そう喜べると信じていた。
いや信じているように思おうとしていたのだ、私は。
「他に用件はあるのかい?」
「アニ・・・僕たちはっ!」
何かをいいかけたベルトルトをライナーが無言のまま視線で押しとどめる。
「いや、話しはこれだけだ。」
「明日の準備、しっかりしておいてくれ。」
「わかった。」
「あぁ、では明日な。」
ベルトルトはまだ何か言いたそうだったけど、ライナーが無理やり話しを終わらせてくれた。
ライナーは意外に気がまわるヤツなんだよ。
私はライナーの言葉には無言で空を見上げたまま二人が遠ざかっていくの待った。
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二人の気配が消えてしばらくした後、空を見上げていた私はゆっくりと視線を元に戻しながら、
「・・・嬉しい、はず、なんだけどね。私の”運命”は残酷だった、ということか・・・」
誰もいない、人間の心臓の鼓動や足音、人が生活している音が全く聞こえないこの場所で、あたかも目の前に誰かがいて、その相手に話しかけるように私は言葉を紡いでいた。
「明日、”故郷”に帰れる、こんなに嬉しいことはないはずだったのに・・・。」
私の顔にはきっと自嘲的な笑いが浮かんでいるだろう、と自分でも思いながら、そして再び涙とともに誰にも届かない言葉を口にした。
「壁の中の人類は悪魔だ!」
「悪魔は滅ぼさないといけない!」
私が”ここ”に来る前に嫌というほど聞かされた言葉だった。
その言葉を疑うことなく信じ、”故郷”に帰るためには、”家族”に再び会うためには”使命”を果たさなければならない・・・。
だから私たちはあの時躊躇なくシンガシナの壁とウォール・マリアを壊した。
”使命”のために、訓練兵団に入り”壁”を内側から壊す。
そのときは”使命”になんの疑いも躊躇もなかった。
”壁の中”で暮らし、”悪魔”と教え込まれた”壁内人間”と出会う前までは。
壁の中の人間たちは、私の、私たちが聞かされていたような”悪魔”ではなかった・・・。
人々は”普通の人間”だった。
ごく普通に生活し、家族がいて、友達がいた。
楽しいことに笑い、悲しいことに泣いていた。
夢を語り、恋をしていた。
そして、訓練兵の同期たちは、”仲間たち”は暖かった。
誰とも関わらない、心を開かないと私は訓練兵団に入るときに決めていた。
実際、入団当初は”氷の女”、なんて二つ名もついた。
しかし、月日が流れるうちに私の”氷”はゆっくりと、でも着実に融かされていった。
最初はうっとっしい、と感じた。
私に関わらないで、と。
・・・私はあなたたちを”裏切る”のだから。
それでも”仲間たち”は私の心に勝手に近づいてきた。
人を思いやるという、”仲間”を大切にするということ、”人”の心を受け入れるということ。
そのことを私は身をもって知った。
無愛想な私を気にかけ、人懐っこい笑顔で、時には心配そうな顔で話しかけてくれてた同室のミーナ・・・。
何も考えていないようで、実は周りのことを気にかけていた”芋女”、サシャ・・・。
”バカ”だけど、周りの人間を明るくしていたコニー・・・。
口が悪く、自分勝手そうに見えて誰よりも”仲間”を気にかけ行動していたジャン・・・。
口数は少なかったけど、温和で理知的だったマルコ・・・。
何かを私と同じように隠していながらも微笑みながら人に接していたクリスタ・・・。
いつもクリスタの傍にいて口は悪いけど優しさが隠し切れなかったユミル・・・。
何を考えているかわからず、ただ化けの物じみた力をもっているだけの女かと思ったら、強い優しさで周りの人間を包んでいたミカサ・・・。
バカみたいに”巨人を駆逐する!”なんてほざいていたけど、向上心のかたまりで、信念をもって行動でき、まっすぐな心で相手に接し、暖かい心で人を包み込んでくれた、”死に急ぎ野郎”エレン・・・。
そして・・・
弱いし、か弱いし、兵士には全く向いていないように見えて、その類まれなる頭脳と根性で”人類”を、”仲間”を、・・・そして”私”までを、最後の最後まで守ろうとした、私を多くの優しさと”愛情”で包み込んでくれた、私にとって”最愛の人”アルミン・・・。
”氷の女”と呼ばれ、心を消して日々を過ごしていた私に、”心”を取り戻してくれた”仲間たち”。
そんな”みんな”を私は、裏切ったのだ。
“壁”を壊し、巨人を呼んだ。
・・・私の手も真っ赤に血で染まっている。
何度ももう止めたい、と思った。
でも”戦士としての使命”が私を離してはくれなかった。
そして、”壁の中の人類”は滅びた。
”故郷”に帰るため、”家族”を守るために、私は”仲間”を裏切り、この手で命を奪った。
きっと、”故郷”に帰れば、私たち3人の”戦士”は”英雄”扱いされるのだろう。
憎っくき”悪魔の末裔”、”悪魔”である壁の中の人類を滅ぼしたのだから。
私たちは”復讐”を成し遂げた。
本当にそうなのだろうか?
”悪魔の末裔”は”悪魔”なのか?
生まれたときから”悪魔”な人間なんていない。
その”復讐”は何の罪もない多くの人間の命を、未来を、笑顔を奪ったのだ。
・・・終わってからこんなことを考えても仕方のないことだとわかっている。
昔に酷いことをされたから、”復讐”する。
では、今回の”使命”は酷いことではなかったのか?
最後の最後まで、死に急ぎ野郎やアルミンは私たち側との和解の道を探してくれた。
多くの”仲間”を失い、怒りの感情が渦巻いているときでも、今ある命を、そしてこれからの命を大切に考え、”血で血を洗うようなことを繰り返さないように考え、行動してくれた。
でも、それを”私たち”側の人間は利用し、結果”だまし討ち”のような形で最後の戦いを起こし、”復讐”を成し遂げたのだ。
ライナーとベルトルトと私は、その”最後の戦い”には反対した。
・・・でも、結局止めることができなかったからには、私たちも”同罪”だ。
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どのくらい時間がたったのか・・・。
ここにきた時は、頭上にあった太陽が夕日となって沈もうとしている。
ここにいる間、私の頭の中を色々なことが駆け巡った。
心が暖かった日、遠く感じる想い出。
その全てを私が壊してしまったのに。
・・・おかしいね、明日”故郷”に帰れるというのに、父さんに逢えるというのに。
苦しかった”使命”を達成したというのに。
これっぽちも嬉しさも達成感も沸いてこない。
今、私の心にあるのは、悲しさと罪悪感、そして”仲間”と”愛する人”を失くした【喪失感という絶望】だけ・・・。
・・・こんなはずじゃなかった。
「私は何のために生まれてきたの?」
そう呟くように口から言葉にしてしまうと、私の涙腺は我慢してくれなかった。
とめどなく涙が流れる。
「ごめん、ごめんなさい・・・。ごめんさない ”みんな”、ごめん・・・。」
再び私は立っていることもできずに、両膝と両手を地面について泣き崩れる。
口にしない、口にしてはいけないと思っていた謝罪の言葉が口から溢れ出る。
夕日も沈み、うっすらと暗闇が辺りを包み始めたころ、やっと私の涙は止まってくれた。
・・・枯れ果てたというのが正しいか。
なんとか身体を持ち上げるように立った。
本来なら明日の出発の準備をしないといけないのだろう時間になっていた。
でも、私は準備などする気になれなかった、いや、する気がなかった。
私は”戦士”ということ、”使命の枷”から逃れられなかった、逃れようとしなかった。
私は”運命”に負けたのだ。
人々の大切なもの、命を奪って”使命”を果たした。
私の心には喜びや達成感ではなく、”罪悪感”だけが刻まれた。
そんな私が”故郷”に帰り、父さんと再会して、幸せな人生を過ごす・・・。
そんなことが許されれるはずもなく、私自身が許すことはできない。
私は耐えられないだろう、きっと私は壊れてしまう。
私は”幸せ”に”生きる”なんて”資格”はない。
それが私の人生、”運命”だったのだ。
それであれば、私はその”運命”に少しでも最後は抗うことを選ぼう。
”運命”からの”逃げ”なのかもしれない。
でも、この先の”心の苦しみ”だけが待っている”人生”を、私は受け入れる勇気も強さもない。
・・・か弱い乙女なのさ。
「お父さん、ごめんなさい・・・。」
こんなことをしても、なんの償いにもならないことはわかっている。
でも、私にはこれぐらいしか思いつかない。
”みんな”に、そして”アルミン”に赦してもらえるはずもないのもわかっている。
ただの自己満足だということも。
ううん、ただの”逃げ”、さ。
私は懐のポケットからナイフを取り出す。
「どうして、何のために私は生まれてきたのだろう。」
もう一度私は”運命”を呪う言葉を呟く。
”違う運命”はなかったのか。
何かが”違えば”、私は生まれてきたことを呪うのではなく、生まれてきたよかった、と思えたのだろうか。
考えても仕方のないことを思いながら、私はそっと、ナイフを自分の首の後ろ、”うなじ”にあてた。
心臓を突き刺そうとも思ったけど、”巨人”らしく死に逝く方がいいような気がしたから。
「お父さん、ごめんなさい・・・。私は帰りません。」
「”みんな”、ごめんね。」
「アルミン・・・、本当にごめん・・・。」
最後にもう一度、謝罪の言葉を口にして、罪悪感と、でもどこか安堵した気持ちに包まれながら、 ナイフを握った手に力を入れて、真横に”削ぐ”ように動かした。
私は感じるはずのない”時間の流れ”を感じた。
・・・私はもう”消えた”はず。
でも確かに”時間の流れ”があった。
その時間の流れが、とてもゆっくりに感じた…
そして目の前が白い光で包まれた。
どこからか、いや私の頭の中に響くように声が聞こえた気がした…。