多馬大橋――近隣の住民からは変態の橋と不名誉な俗称で呼ばれる橋だ。露出狂など目をそむけたくなるような性癖の連中が多数出没する場所だった。
普通は近寄りたくない場所だが、川神学園に通うものの中には通学路の一部になって居る者もいた。識も通学路の一部になっていたが別段思うところは無かった。もし実害が有れば排除するだろうが、今さら近くに露出狂などが出た程度で動じるような精神は持ち合わせていなかった。
「おい、聞いたか?」
識が橋を歩いていると話しかけてくる学生がいた。彼の名前は源忠勝、気性が荒く目つきや口調も悪いため周囲から不良扱いされている人物だった。識と同じ孤児院出身でクラスは違うが今でも交流が続いている程度には仲が良かった。
「何よ?」
「先週の金曜日、親不孝通りで喧嘩があったらしい。お前の家の近くでな」
「あの辺で喧嘩なんてよくあることだろ」
識も住み始めた当初は驚いたりしていたが、あまりに頻度が多いので慣れてしまうのにそう時間はかからなかった。識を傷つけられる存在がいなかったのも大きな一因だったが。
「まあな。でも今回のはヤバい奴が関わってるみたいでな」
忠勝は真剣な表情で語り始めた。
「ヤバい奴?」
「ああ、違うところから流れてきた狂犬って奴だ。地元では何人も病院送りにした札付きの悪だ。メリケンサックで顔の形が変わるほどどつき回す凶悪な奴らしい」
「なるほど、関わり合いになりたくない人種だな」
(メリケンサックねえ……そういえば俺に襲い掛かってきた奴も装備してたな。不良の間では割とポピュラーなのか?)
識は薄々察しつつも表情には出さず聞き続けた。
「そうだな。だが本題はこっからだ。そいつらが倒されて道の端に転がさられていた。遠くから見た奴の話だと一瞬で終わったらしい。やった奴はまだ誰か分かってないから気をつけとけよ。それだけの実力を持った奴がまだ近くにいるかもしれねえからな」
忠勝は識に忠告した。厳つい見た目で分かりにくいが、識を心配する様子が見え隠れしていた。
「ありがとな」
「知り合いが襲われたら寝覚めが悪いからな。それと、後から聞いた話だが金銭も強奪されていたらしい。まとまった金を持ち歩くときは特に気をつけろよ」
「分かった。まあ、ヤバそうだったら速効で逃げるし」
話を聞く限りそのヤバい奴はほぼ確実に識だった。天ちゃんがやった所業も合わさってはいたが。
話がひと段落した忠勝は河川敷を見ていた。視線の先には体操着姿で元気にタイヤを引っ張る少女がいた。
ホームルームの時間、識は顔をしかめた。Fクラスがいつも以上に騒いでいたからだ。時折鞭の音も聞こえるが一向に収まる気配はない。耳を傾けると中々愉快な話が聞こえてきた。
「今日はやけに隣のサルどもが騒がしいな」
不死川は不快な表情を隠そうともせず言い捨てる。
「留学生が来たらしいよ」
識は不死川の方を向く。不機嫌な表情も様になっているあたり、美形は得だとつくづく思う。
「そうなのか?それにしても騒ぎすぎじゃの。品性の欠片もない」
「ドイツから金髪の美人さんが来たらしい。しかも馬?に乗って」
識は隣のクラスから聞こえてくる雑音から留学生の情報を拾い上げた。
「馬?」
不死川は可愛らしく首を傾げた。
「うん。実物見てないから信じきれないけどそう言ってる」
「もしかしてあの雑音から拾っておるのか?」
「耳はいい方なんだ。おっ、決闘するみたい。留学生と川神さんが」
「それは誠か!竜野!」
横から割って入ってきた同級生は九鬼英雄。世界に名だたる九鬼財閥の御曹司で、顔も整っていて頭もいい完璧超人だった。川神一子に惚れているらしく、度々好意を寄せる所が目撃されていた。
「ああ、今グランドに向かってるよ」
「一子殿を応援せねば!行くぞ、あずみ」
「お供します英雄様」
九鬼が慌ただしく出ていき、すぐ後ろにメイドが付き添っていた。
忍足あずみ――九鬼英雄の専属メイドで、護衛を兼ねて同じクラスに学生として通っている。一流のメイドで戦闘力もそこそこあり、一般人がちょっと引くレベルの忠誠心を持ち合わせている人だ。主人としては是が非でも欲しいレベルの人材だろう。
「識は見に行くのか?」
不死川が識に尋ねる。
「行こうかな。一緒に冷やかしに行く?」
「付き合ってやってもよいぞ、此方もちょっとだけ興味があるのじゃ」
不死川は少し嬉しそうな表情で言った。
識は不死川と一緒にグランドに向かう。他のクラスの連中も決闘を聞きつけたのか、授業中にも関わらず廊下には少なくない人影があった。
グランドに出ると既にかなりの人数が集まっており、ぱっと見、二~三クラス程度の人数は居そうだった。先に飛び出ていった九鬼は一番見やすそうな場所にしっかりと陣取っていた。流石としか言いようがなかった。
「何処でみる?」
識は手頃な場所を探しながら言った。
「葵君の隣が開いておるぞ」
同級生の元へ向かう不死川に、識も続いた。
「あなた達も観戦しに来たんですか?珍しいですね」
葵冬馬――学年一の成績、容姿端麗な見た目から女子生徒にファンが多数存在する。
ファンからは
たいてい同じクラスの井上と榊原と一緒にいる。
榊原小雪はアルビノの美少女でスタイルも抜群だが少々不思議ちゃんだった。ちょくちょく不死川のことをからかっているのを見かける。
「ちょっと興味があった。後、小遣いを稼ぎにな」
「留学生に興味がわいたからの」
Sクラスの連中は基本的に自分を高めることを優先する傾向にある。実際Sクラスの連中はほとんどが教室に残っていた。
「お前も賭けるのか?」
識が声をかける前に同級生の禿が話しかけてきた。井上準――ロリコン以外非の打ち所がない高スペックな人物だ。頭はストレスとかではなく榊原に剃られたらしい。
「ああ、胴元は風間?」
「そうだ。賭けるんだった早めに行っとけよ」
そう言って風間の方を指さす。そこには多数の生徒に営業を仕掛け、動き回る胴元の姿があった。
「おう」
識は人混みを器用にすり抜け風間のもとに向かった。ウォーミングアップをしている選手の動きを見て、識は既に留学生に賭けることを決めていた。
結論から言えば留学生――クリスティアーネ・フリードリヒが勝った。二人の実力は互いの武器込みで留学生の方が上だった。上といってもそれほど離れているわけではなく、川神さんにも勝ち目はそこそこある程度の差だった。ただしハンデを背負っていなければだ。何を思ったのかトレーニング用の重りを付けたまま戦ったのだ。今グラウンドの真ん中で川神は、重りを外して本気の実力を見せるとかなんとかのたまっているが、学園長に窘められていた。
「戻ってるのがやけに遅いと思ったら、重りに気づいて外すかどうかギリギリまで見てたのか」
井上は感心したような表情をしていた。
「ああ。どちらにしても留学生に賭けるつもりだったが、賭ける金額が変わるだろ」
重りを外さないままウォーミングアップを終えて、待機するのを見たときは、識は思わず心の中でガッツポーズをしたほどだった。これも風間が試合開始のギリギリまで受け付けていてくれたおかげだった。
「抜け目ない奴じゃの」
不死川はジト目で識を見てきた。
「稼げるとこで稼いどかないときついのよ。苦学生だから」
識は笑いながら冗談めかして言った。実際は奨学金があるためそれほど苦しいわけではない。遊ぶ金も割のいいバイトを、時間のある時にちょこちょこやっているためそれほど困っていない。そういうのは大抵が肉体労働だが、識にとっては準備運動にもならないレベルだった。
「大変じゃの庶民は」
不死川は心配そうに言う。
セリフはナチュラルに見下してる感じがあるが同級生を心配しているのだろう、たぶん。
「そうだね」
識は軽く聞き流す。
(今晩はちょっと豪華にするかな)
識の意識は夕食に向いていた。
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