六月に入り制服の衣替えも終わるころ、Sクラスにはピリピリとした雰囲気が漂っていた。原因は来月にある期末考査だ。川神学園に中間考査は無く期末考査のみの一発勝負だった。Sクラスの条件が“学年で五十番以内”それから外れると例外なく違うクラスに配属される完全実力主義だった。もしも五十番以内に入れなければ次のテストで上がるまで他の生徒から嘲笑の的になる。普段から他のクラスを見下しているため仕方ない部分もあるが、プライドの高いSクラスの生徒が“都落ち”などと後ろ指を刺される心情は想像に難くない。
基本的にSクラスに配属されるのは成績順だが、中にはSクラスの雰囲気を嫌い(Sクラスの連中は勝負から逃げ出したと見下している)違うクラスを選択する者もいる。そのため五十番以内と多めの設定にされていた。ちなみに今の順位は“一位・葵冬馬”“二位・九鬼英雄”である。一位と二位は入学当時から二人にずっと独占されていた。ちなみに識の順位は三十番前後で二十番台と三十番台を行ったり来たりしていた。
「今日は体育祭取り決めの儀だからチャチャっと書いちゃってね」
そういって担任がプリントを配った。体育祭取り組みの儀などと仰々しい呼び方をしているが、月末にある体育祭で何をするかのアンケートである。普通のクラスなら少しは悩みそうなものだが、このクラスの生徒は一切悩むそぶりを見せなかった。その証拠にプリントが配られて回収され終わるまで十分とかからなかった。
昼休みになり識は席をたった。昼飯を食べるついでに気分転換するつもりだった。普段は教室で食べているが、あの雰囲気の中にずっといるのもどうかと思ったからだ。Sクラス以外は平和なもので耳に入ってくる会話に期末考査の期の字も無かった。普通の学生は来月の期末考査より月末の体育祭の方が気になるのが心情だ。識も心の中では体育祭が何になるか気になっていた。
(できれば水上体育祭がいいよな。ここの女子可愛い子多いし)
識も他の思春期の男子と同じく可愛い子には目が行ってしまう年頃だった。三回目の人生とは言えまだまだ枯れるには程遠かった。
「!!」
識は考え事をしながら歩いていたため、他の生徒にぶつかりそうになる。しかし超人的な反射神経でぶつかる寸前に回避した。相手の方が先に。
「えっ⁉」
「あぶないなあ、ちゃんと前見て歩けよ」
識の目の前には関わりたくないランキング一位の川神百代がいた。
「すんません」
識は謝り、足早に立ち去ろうとする。しかし川神百代が進行方向に出てきて遮った。
「お前、確かマルさんと決闘した奴だよな?」
「そのマルさんとやらが俺のクラスのマルギッテさんならそうです」
「あの時全力で戦わなかっただろ?」
川神百代はじっと識を見つめてくる。まるで識の実力を推し量ろうとするように。
「全力でやりましたよ」
武器なし竜闘気無しという但し書きがつくが嘘は付いていない。もちろん表情に但し書きのことは一切匂わせない。戦闘好きで戦いに飢えている彼女に実力を知られるのは面倒なことしか起きないのは明らかだった。
「…………」
「…………」
互いに無言で見つめ合う
「昼飯行っていいかな?」
沈黙を破ったのは識だった。
「いいぞ。チェー、面白くないな」
川神百代はボヤキながら道を譲った。
「では」
識が会釈をしてすれ違う瞬間、巨大な闘気が浴びせられる。僅かに殺気も混じっていた。しかし識は平然と受け流す。
(しまった!)
識は直ぐに自分のミスに気付いた。一般人なら失禁して気絶するような圧力をあまりにも簡単に受け流してしまったのだ。もしこれを受けたのが戦闘のプロであるエーベルバッハなら直ぐに戦闘態勢に移行するだろう。それより実力が劣る武闘家なら竦んで隙を晒すだろう。しかし識はどちらでもない反応、見方によれば強者に見える反応をしてしまった。
「ほらやっぱり。何か隠しているだろ」
川神百代は満面の笑みで識を見ていた。
「いいんですか?」
「何が?」
「学校で……」
識の言葉はそこから続かなかった。
「コラー!百代、学校でなんて物騒な気を出してるノ」
「げっ!ルー師範代」
「ワシもおるぞ。何事かと思い文字通り飛んできたわ」
学外にいた学園長も一拍遅れて到着した。
「いやちょっと」
川神百代が言葉に詰まった。
識は何か言いたげな視線を感じるが綺麗にスルーし食堂に向かう。
「君は確か……宇佐美先生のところノ」
ルー教諭が識の方を見る。
「そうです。昼飯に行く途中川神先輩に捕まりました。ただそれだけです。飯行っていいですか?」
「そうカ、それはすまなかったネ。行っていいヨ」
識の日ごろの行いが良いのか、それとも川神先輩の日ごろの行いが悪いのか、ルー先生は識のことを被害者と思っている様子だった。どちらかと言えば後者に偏っている気がするが。
「ちょ!おま、可愛い先輩を見捨てるのか?フォロー位してけよ」
識は川神先輩を華麗にスルーしてその場を後にした。後ろから騒ぎ声が聞こえるが既に識の頭の中には学食のメニューのことしか頭になかった。
識は昼休みの後も川神先輩と顔を合わすことは無かった。何時までもつかは分からないが、学園長はキッチリとお灸をすえたようだった。
識は休日の早朝から板垣三姉妹と川原にいた。バーベキューをするためだ。いや薪に鍋をかけて具材を煮るのは炊き出しと言った方が正しかった。何よりバーベキューのメインである肉が無かった。
「休日に呼び出して悪かったね」
亜巳は識にねぎらいの言葉をかけた。
「いえ、暇でしたし」
「そうそう、気にすることないって。識も美女に囲まれて役得じゃん」
天使はおにぎりを頬張りながら言った。識が差し入れとして持ってきた奴だ。
確かに三人とも美女美少女と言って差し支えなかったが何か釈然としない。
識は三人を順に見て(主に胸元)天使の所で残念そうな表情を浮かべた。
「今あからさまにウチに喧嘩売った!」
「ほら、騒いで無いで食べな。識も女性の胸元を無遠慮に見るんじゃないよ」
「すんません」
「お鍋煮えてきたよー」
辰子は緩い口調で言ってきた。胸を見られたのも気づいているのかいないのか。気づいていたとしても笑って許してくれそうな雰囲気があった。
しだいに鍋から出汁のきいたいい匂いが漂ってくる。
鍋に視線を移すと野菜もいい感じで煮えてるのが見てとれた。
「おっ!旨そうな匂いじゃん」
釈迦堂は鍋が出来たころを見計らったかのように表れた。
「いくら師匠でもあげないかんね」
「けち臭いこと言うなよ。ほら肉持ってきたぞ」
「師匠大好き。食べてってよ」
天使は一瞬で掌を返した。
釈迦堂は苦笑しながら辰子に肉を渡すとその場にしゃがみこんだ。
「識、昨日百代にちょっかいをかけられただろ」
「ええ、でもよく気づきましたね」
「若干殺気も混じってたしな。一瞬実力バレしたのかと思ったぞ」
「まだばれてませんよ。川神先輩も灰色だと思ってるはずです。黒よりでしょうけど」
「あっ、それダメだわ。あいつ戦闘に関しては我慢とかあんまりしないんだわ。だから、またちょっかいを出してくるぞ」
「マジですか……」
識はうんざりと言った表情でため息をつく。
「マジマジ、昔師匠だった俺が言うんだもん」
釈迦堂はどこか楽しそうに言った。
「ちゃんと躾といてくださいよ」
「無理無理、あいつの性だよ」
そう言うと釈迦堂は鍋に視線を移した。肉の色が変わり、動物性たんぱく質の食欲をそそる香りが漂っていた。
鍋に手を出す寸前、識と釈迦堂は同時に振り返った。
「釈迦堂さん飯食う前にお客さんの相手してくださいよ」
「俺、金髪のおっさんなんか呼んでないんだけどな」
二人の視線の先には執事服を着こなした長身の男が立っていた。