最後に500字程度。
「嘆かわしいな。お前ほどの男がこんな場所で何をしている」
執事服の男――ヒューム・ヘルシングが呆れたように言った。
「なんのようだ?これから可愛い弟子たちと飯なんだわ」
「弟子か…………まあまあなのもいるようだな」
ヒュームの視線が釈迦堂以外に移る。動く視線が識の前で止まり推し量るように見据えていた。
(この金髪のおっさんがヒューム・ヘルシングか、実際に見ると相当ヤバいな…………今の釈迦堂さんより強い?流石学園長のライバルと言われるだけの人物だな)
識はヒュームの実力を肌で感じ取っていた。ただ立っているだけなのに押しつぶされそうな威圧感があった。正確な実力は量り切れないが少なくとも今の識では手も足も出ない高みにいることは間違いなかった。
「まあいい、この地に将来九鬼財閥の重要な方々が住む予定があってな、お前みたいな野獣が街をうろうろしていては危ないだろ。川神院に戻るつもりもないようだし職の世話をしてやる。九鬼財閥とかどうだ?優良企業だぞ」
「なるほど、お前らみたいにスーツきて定時に出勤か……、はん」
釈迦堂は鼻で笑い飛ばした
「就職する気は無いようだな。なら川神らしく腕ずくだ。俺が勝ったら大人しく就職しろ」
「俺が勝ったら、俺やこいつらには干渉するなよ」
釈迦堂が識たちを指さす。
「勝てたらな」
ヒュームはよほど自分の腕に自信があるのか直ぐに了承した。
「お前ら、危ねえから下がってろ」
直後釈迦堂の闘気が膨れ上がり、ヒュームに殴りかかる。恐ろしいまでの破壊力を秘めた拳は腕でガードされるも、そのままヒュームを茂みの奥へと吹き飛ばした。
肉体同士がぶつかったとは思えない衝撃が大気を震わし、川原にいた虫たちが一斉に逃げ出した。
「ヒャッハー!やっぱり師匠は化物だぜ!」
天使が識の後ろから歓声を上げた。
「なるほど、川神院に居たころとは比べ物にならない程強いな。てっきり才能を腐らせていると思っていたのだが」
ヒュームは茂みの中から何事もなかったかのように出てきた。見た感じ身体の動きに不自然な点は無く、重心もブレずにしっかりとしていた。
「流石に強いな。だが昔川神院で見た時ほどじゃねえわな」
釈迦堂が獣のような笑みを浮かべる。威圧感が半端なかった。気の弱い人なら見ただけで取り乱して泣き出しそうなレベルだった。
(野獣とか言われても仕方ないレベルですよ。それにしてもあの一撃で無傷――いやダメージは入っているのか?)
識はヒュームの実力に素直に感嘆する。先ほどの一撃、識でも防ぐことはできる。但しそれは普段から釈迦堂と一緒に修行をしてどつき合っているからだ。初見で防ぐことはできないとは言わないがなかなか難しいことだった。しかも防げたとしてもそれなりのダメージは覚悟するレベルの攻撃だ。
「ふふ……、ハンデに一発撃たせてやったのだが要らなかったな」
ヒュームは不敵な笑みを浮かべていた。
「要らないちゃ要らないな、どっちにしろ倒されるのはてめぇだからな!行けよ!リング!」
釈迦堂がチャクラム状の気を打ち出す。恐ろしいほどの高密度の気で練られたそれは、気を扱える武術家でも生半可な者なら一撃で死に至らしめるほどの威力を誇っていた。壁越えの武術家相手でも練度によっては気の防御の上から手足を落とすぐらいは簡単にできる釈迦堂オリジナルの技だった。
「吠えるだけは有るな。俺でもまともに食らえば痛そうだ」
ヒュームは釈迦堂を相手取りながら、死角から飛来するリングの側面を打ち抜くという離れ業をやってのける。リングはその形状故に側面への攻撃には脆かった。しかし釈迦堂刑部――元川神院の師範代を相手取りながらそれを実際に行える者がどれほどいるだろうか。少なくとも現役を引退した川神鉄心、修行を怠っている川神百代ではなしえないだろう。
「そうかい。じゃあ、食らっときな!」
釈迦堂は再びリングを展開いた。宙に浮くリングが釈迦堂を的確に援護する。
「こしゃくな!」
二人は再び激しくぶつかり合った。
「識今どうなってんだ?師匠は勝ってんのか?」
天使が識に尋ねた。すでに二人の戦いは壁越えの物でなければまともに見ることもできないレベルになっていた。既に天使と亜巳は動きを追えなくなっており、辰子でも気を抜けば危ない状態だった。
「今のところ五分。でもこのままだと釈迦堂さんが先に力尽きる」
識は二人の戦いを観察し、技量ではヒュームの方が勝っていると結論付けた。
「マジかよ!」
釈迦堂は技量の差をリングと言う手数で補ってはいるものの、気を纏うだけではなく放出して操作までしていた。対してヒュームは気の消費を必要最低限に抑えており、全力疾走状態の釈迦堂と比べるとどちらが先に力尽きるかは明白だった。
「くっそ!技がキレまくってやがる。前より強くなってんじゃねーか」
「誇るがいい。本気を出した俺とここまで戦えるなんて鉄心以来だぞ。まだ鉄心には及ばんがな」
互いに有効打が有るものの、ヒュームが余裕そうな表情でいるのに対し、釈迦堂の息は若干乱れていた。
「まったく嫌になるね。上の連中は先を行ってるし、下からは追い上げてくる奴がいる」
識は釈迦堂の視線が一瞬こっちを見たような気がした。
「でもまあ、今回で頂がどれくらいか見当がついたわ」
押されていてなお釈迦堂は笑みを浮かべた。それは頂がけっして手が届かない場所ではないと確信したような表情だった。
「…………、俺も何かと忙しい。決着をつけてやる」
「奇遇だな。こっちも飯前だから早めに片付けたかったんだわ!」
「川神流・無双正拳突き!」
「ジェノサイドチェーンソー!」
釈迦堂の拳とヒュームの足が交差し互いに吹き飛んだ。血しぶきが舞い砂煙が巻き起こる。
先に立ち上がったのはヒュームの方だった。流石に無傷ではなかった。左足から血を流し、胸の下を押さえて苦痛に顔を歪ませていた。
「まさかリングとやらをノーモーションで発動できるとは。俺としたことが不覚を取った」
釈迦堂は互いの必殺技がぶつかる寸前、回避のできない距離でヒュームの軸足にリングを打ち出した。無双正拳突きとリング、一切の防御行動を捨てた超攻撃的な釈迦堂らしい選択だった。
「くっそ……化物が……」
釈迦堂は地に倒れ伏せた状態で悪態をつく。喋るたびにヒューヒューと息が漏れ、胸が激しく動いていた。
辛うじて立ち上がったものの、満身創痍と言うのが相応しい状態だった。
「大抵の奴が俺から見たら赤子に等しいがお前は違ったようだな」
もはや構えることが精一杯の釈迦堂にヒュームの蹴りが直撃した。普段のヒュームからは考えられないようなキレのない蹴りだったが、今の釈迦堂を倒すのには十分だった。
「ちくしょう……」
釈迦堂が再び地に倒れ伏せた。意識を失ったのかピクリとも動かず、起き上がることは無かった。
「師匠が負けるとかマジありえねえ……」
天使が呆然とした表情で呟いた。
亜美が辰子の本気を出させるそぶりをするも、
「止めておけ、いくら才能が有っても磨き足りない状態では何もできん。何よりその男が動かない時点で察しろ」
ヒュームにタイミングを潰された。
「…………」
識は何も言い返せなかった。なにより戦闘をしなくても済みそうなことに安堵してしまっていた。ヒュームは足が負傷し肋骨が折れた状態ですら識より格上であった。
「お前は学校に行っているようだしまあいい、後の奴はまとめて面倒見てやる」
ヒュームは識たちのことをお構いなしで話を進めていった。
「げぇ!うちも働くのかよ」
天使が悲鳴を上げた。
(ここでヒューム・ヘルシング喧嘩を売っとくか?経験値としては悪くない。何より上から目線が気に食わないしな)
識は理屈をこねて戦う理由を探した。まるで心の靄を振り払うように。ヒュームのことが気に食わないのは確かだった。しかし、心の奥底では戦闘を回避して安心した自分が許せなかったのだ。
「…………」
識は無言で一歩踏み出すと、刺すような闘気をヒュームに向けた。
「いい闘気だ」
ヒュームは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「…………」
識は拳を握りしめ構えた。前傾姿勢になり足の筋肉が極限まで収縮し軋みを上げた。まるで獲物に飛びかかる寸前の肉食獣だった。
「俺も忙しいんだがな」
ヒュームは言葉とは裏腹に臨戦態勢にはいった。
「ウォォ!!」
識は雄叫びを上げヒュームに飛びかかった。
竜闘気を全開にした識の拳がヒュームの蹴りとぶつかり大気を震わせた。
「悪くない動きだった及第点をやろう」
ヒュームは増えた傷をさすりながら嬉しそうにしていた。
識の動きは悪くなかった。しかし僅か三手で決着がついた。最初の激突で押し込まれ、二手目で態勢が崩されると三手目で積みだった。しかし最後の一手、勝ち筋が無いと悟った識は防御や回避を捨てヒュームに一撃を入れることだけに専念した。竜闘気を身体から放出して無理やりヒュームの顔面を殴れる態勢に持って行ったのだ。
「…………」
識は腹を抱ええて地面にうずくまっていた。その表情は苦痛をごまかす為に歯を食いしばり強張っている。識は経験から、猛烈に痛いが傷自体はそれほどまでではないと理解していた。しかし痛いものは痛いのだ。ヒュームの体調が万全で、蹴りの威力が落ちていなかったら、あばら粉砕コースは確実だっただろう。
「近いうちに活躍する機会があるだろう。研鑽を怠るなよ」
ヒュームは識にとって衝撃的な発言をするとその場から消え去った。
活動報告に現時点での強さの設定を書きました。気になる人はよろしく!
20180222(加筆修正)