えっ!?二度目の転生は真剣恋ですの!   作:鶏肉&人参

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七話

 放課後の進路指導室で識と宇佐美教諭は対面していた。

「宇佐美先生、明日から体調が悪くなって休みます」

「急だな。休むって何時までよ?」

 宇佐美教諭は質の悪い冗談と受け取らず、識の話に耳を傾けてくれた。一般的な学校の教員なら怪訝な顔の一つもしそうだが、良くも悪くも川神学園に一般的な常識はあまりなかった。 

「来学期までは学校に来れないです。七夕辺り(期末考査)には一度体調が回復すると思います」

「その言葉聞いて一安心。でもSクラスから外れるかもよ」

 宇佐美教諭は少し心配そうな表情をする。識の成績は学年で言えば上位だがSクラスの中では決していい方ではない。テスト前にそれだけ休めば今までの貯金があったとしてもSクラスから外れる可能性は十分にあった。

「承知の上です。この数か月に人生賭けてますから」

 識は今まで見せたことのない真剣な表情だった。

 ヒューム・ヘルシングと邂逅した直後、識は有ると予想される大会に備えて行動し始めていた。既にアパートには山籠もりをする準備が整えられており、学校から帰宅すると直ぐにでも出発する予定だった。

 既に前前世の話で記憶もだいぶ薄れては来てはいるが、九鬼財閥が主催した大会には莫大な賞金が掛けられているはずだった。K-1で数千万円の賞金、格闘技の大会の中には百万ドル(日本円で約一億一千万円)ものもあるのだ、天下の九鬼財閥主催の大会でそれらを下回るとは考え難い。文字通り一生遊べる大金が手に入る可能性が高いのだ。すなわち、

 “高等遊民に成れる!”

「…………決意は固いみたいね。家庭訪問とかは上手いこと言いくるめておくから安心しといて。これで貸し借り無しね」

「恩に切ります」

 識は宇佐美教諭に深々と頭を下げた。

 

 識は巨大な登山用のバックパック(容量六十リットル)を背負って樹海の入り口に立っていた。中身は主に食料と水だった。

 識は樹海の前で物思いにふけっていた。

(始まりは確か……九鬼の姉ちゃんがミスドだかなんだか言う、そこそこ有名な格闘家をテレビで瞬殺して開催を宣言するんだったよな)

 普段の識なら余計なことを考えずに直ぐに樹海に入っていたはずだ。識は柄にもなく緊張していた。それは本人が緊張と認識しない程度だが、心の隅にしっかりとあった。

 識は前世、前前世をふくめて山籠もりなどと言う本格的な修行は経験していない。最初の人生はごく普通の一般人で格闘技の経験も殆んどなかった。二度目の人生は竜の紋章に刻まれた戦いの遺伝子(代々の竜の騎士の戦闘経験)が有ったため問題にならなかった。

「山籠もりか……昔みた漫画の主人公みたいなことしてるな……」

 識は周りが聞き取れない程度の小声で呟いた。呟いて認識した、自分の声が少し震えているのを。

(柄にも無く緊張しているのか……)

 識は心の中で自嘲気味に言った。

 識は目を閉じ一度深呼吸すると、

「突撃!」

 大声で叫び樹海に飛び込んでいった。

 

 鬱蒼と茂る広葉樹林の奥深く、地元の猟師でもまず訪れないであろう場所に識はいた。舗装の舗の字もないようなむき出しの地面の上で目を瞑り座禅を組んでいた。ひたすら自分の中にある力の流れを感じ取り、気の属性変換を模索していた。

(…………)

 “ぐぅ”

 識は腹の虫で座禅を中断することを決める。食事は武術家……いやそれ以外の人にとっても最も重要なことの一つだ。

 開始から数時間は立っており辺りは闇に包まれていた。街中の夜とは違い人口の光が一切ない本当の夜。光源は月明かりと星のみで、数メートル先すら未知の領域と成っていた。

(初日から上手くいくとは思っていなかったが……全然だめだな)

 識は持ち込んだサンドイッチを齧りながら眉を潜めた。いつも通り気の属性変換が上手くいかなかったからだ。

(こんな時は師が欲しいと切実に思うな。できればアバン先生みたい人が……。うろ覚えだけど修行法真似てみるか?こんな場所じゃないとできないし)

 識はサンドイッチの最後の一欠けらを水で流し込むと立ち上がった。荷物を巻き添えにならない場所に避難させると傍にある木に拳を叩き込む。大人の胴回りほどもある樹木は叩き込まれた場所が木っ端みじんに砕け散り上下に分断されると音を立てて崩れ落ちた。

「やっぱり地面とか岩の方がいいかな。手ごたえが無さすぎる」

 識は木こりが聞いたら目を見開くようなセリフを呟くと再び動き始めた。ただひたすら自分の肉体を疲弊させるために。

 人間は無茶苦茶疲れると一番楽な動作をしようとする。つまり一番自然な動きで無駄が無い動作だ。勇者ダイは無駄な動きを排除するだけで最初は切れなかった大岩を叩き切った。識もそれに倣って無駄を排除しようとしているのだ。基礎能力は問題なく、きっかけが有ればできると識は考えていた。

 

 見事に生い茂っていた樹海の一角は無残にも岩盤がむき出しとなっていた。識はできるだけ周囲の被害を抑えるつもりで範囲は一軒家程度に収まった。しかしその範囲内は月面のクレーターよりはましかな?というレベルの破壊跡だった。たとえ一軒家程度の範囲とは言え、環境保護団体が見たら騒ぎだすのは確実だった。いや、個人が徒手空拳で引き起こしたと知ると一周回って黙るかもしれないが。

「はぁはぁ……ダメかぁ……」

 識は荒い息遣いで地面に仰向けに倒れこんでいた。視線を動かし自分の手を見るも、そこには漏電したような光景が広がるだけだった。

 立ち上がるのも億劫になるほど気と体力を消費しても普段より若干ましかな?という程度だった。

「あかん、今日はもうあかん」

 識は身体を引きずりながら荷物の場所にまでたどり着くと、一気にペットボトルの水を空にした。疲れた身体に水分が染み渡る心地良い感覚に身を委ねた。

「うまいなぁ」

 識は水分を補給して一息つくと、用意していた寝袋にくるまりそのまま意識を手放した。明日は少しでも前進すると信じて。

 

 識は久しく感じたことのない痛みとともに目覚めた。盛大な筋肉痛だった。ここ数年は味わったことのない感覚だった。普通筋肉痛は限界を超えて筋繊維が切れることによって感じる。しかし識は持ち前の身体能力の高さのせいで筋繊維が切れるまでいかなかったのだ。正確に言うと、釈迦堂と殴り合った後は筋肉痛が起こることもあるが、どつかれた痛みの方が圧倒的に大きくて気づいていなかった。

(……痛い)

 目覚めた識は無言でほほ笑んでいた。はたから見ると危ない人に見えなくもない。しかしそれにも理由があった、超回復が起こるからだ。トレーニングで筋肉は切れた後より強靭になって再生する……つまり以前より強くなれるのだ。識にとって筋肉痛の痛みとは強くなる実感だった。

 この後食料が無くなるまでの約一週間、識はひたすら同じことを繰り返した。

 座禅を組み、寝る前には気と体力を使い果たす、普通なら苦痛に感じる生活を淡々とこなしていった。

 識は食料補充と情報収集のために樹海から出ると、早速お目当ての情報が舞い込んできた。

 “川神武闘大会・優勝賞金十億円”

 

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