識は街中で川神武闘大会の告知を見た瞬間歓喜に震えていた。周りに人がいなければ喜びのあまり叫び、ガッツポーズを取っていたかもしれない程に。
(来た‼直ぐに帰らないと)
今の時代何を調べるにしてもインターネットが手頃で便利すぎた。九鬼のホームページを見れば申し込み方法など懇切丁寧に書き記されているだろう。
(電車、バス……遅すぎる)
待ち時間や乗り換えの手間を考えると自分で移動した方が明らかに速かった。
識は地面を蹴るとただ一度の跳躍で間近にあった建物の屋根に飛び乗った。十メートル以上の高さが有っても、識にとっては階段の段差と変わりなかった。そのまま次の着地地点を見つけるとまるでバッタのように飛び跳ねて移動していった。
マンションにたどり着くと転がり込むようにして部屋に入り込み、パソコンの電源を入れた。起動するまでの待ち時間でやれることを済ますとパソコンの前に腰を下ろした。
九鬼のホームページに一通り目を通し、見つけた動画を再生する。
(派手なデモンストレーションだな)
動画を見終わった識の正直な感想だった。世間では有名な格闘家であるミスマを生放送で倒す。それも二十そこそこの財閥の令嬢が一瞬でとなるとインパクトは凄いだろう。何も知らない一般人の明日の話題は決定したようなものだった。
(ミスマか…………格闘王を名乗るくせに弱すぎるな。一般的な格闘家はこんなものなのか?揚羽さんが手加減していなければ首から上が吹き飛んでたな)
ミスマとの戦闘で圧倒的な強者に映った九鬼揚羽だが、実は実力の半分どころかほとんど出してないと知れ渡れば世間はどんな反応をするだろうか。
(まあいい。早速申し込んでおくか)
大会への申し込みはホームページから簡単にできた。出場するにあたって事細かに書かれてはいるが要約すると、
・年齢性別不問
・武器の使用可
・優勝賞金十億円賞
この三つだった。
(一つ目はまあ、そうだろうな。九鬼は埋もれた人材を探したいみたいだし。二つ目は俺の全力に耐えられる武器なんてあるのか?真魔剛竜剣さえ有ればな…………)
識はかつての相棒ともいえる剣に思いを馳せる。前世で苦楽を共にした掛け替えのない愛剣だった。識はどんなピンチでも真魔剛竜剣さえ有れば切り開いていけると信じていた。
(三つ目は優勝者以外にも賞金は出るのか……俺には関係ないな)
識は優勝以外眼中になかった。力及ばず結果的に優勝できない可能性は有るだろう。だが最初から負けた時の予定を考えるのは識的には無しだった。
識はパソコンを閉じると立ち上がった。直ぐに樹海に戻って鍛え上げるためだ。今までは心のどこかに迷いがあった。遠い昔の薄れた記憶、本当にイベントは起こるのか?賞金額は十分なのか?小さい頃はずっと引っかかっていた。孤児院時代は忠勝や一子以外にまともに話した記憶が無かった。それもそうだろう、自由時間のほとんどを自己鍛錬費やす変わり者だったのだから。小学生なら近づきたく無く思うのは当たり前だ。識だって前前世の小学校でそんな奴がいたら距離を置いたと思う。むしろ偏見を持たず接してくれた二人は凄いと思っていた。だからこそ数少ない交流の時に識の心は揺れていた。不確かな未来のためより二人との交流にもっと時間を割いた方がいいのではないかと。しかし識は行動を変えなかった。生き方を変えれない頑固な大人の一人だと自分で認識しておきながらも。
(俺はどこまでいける……)
今の識には一切の迷いが無かった。有るのは
七月になり鬱陶しかった梅雨も明け、最高気温も三十度前後という夏真っ盛りの時期に差し掛かってきた。そろそろ熱中症がニュースをにぎわすだろう。社会人も学生も気温と戦いながら活動していた。もちろん識もその一人で期末考査のために久しぶりに学校に向かっていた。期末考査の前にテスト勉強どころか一切の勉学をしないという、Sクラスなら正気を疑うような行動をとっているにも関わらず一切気にしたそぶりは無かった。それでも識の足取りは重かった。
(俺に何が足りない……どうすれば……)
識の思考はずっと同じことを自問自答していた。しかし、明確な答えは未だに出ていなかった。
極限まで身体を疲弊させても、時間を忘れて瞑想しても進歩は微々たるもので、未だに属性変換は不完全なままだった。
しかし、精神面では成果を上げていた。長期間樹海に身を置くことで以前にあった底知れぬ殺気を取り戻しつつある。日本野生動物の雄である熊ですら今の識には一切近づこうとしなかった。いや熊どころか識が拠点にしている周囲には一切の野生動物がいなかった。
野生動物だからこそ敏感に感じ取ってしまうのだ、識の力が自分たちを容易く屠れることを。
(…………)
識はSクラスに着いた後も思考の海に沈んでおり、自分の席で一切喋らず座っているだけだった。
「ずっと休んでいたのに随分余裕そうだね」
識の態度が気に食わなかったのか、クラスメイトの一人が話しかけてきた。
(…………)
「だんまりかい?君がSクラスから消えるのは勝手だけど、あんまり無様な点数を取らないでくれよ。Sクラスの品格が落ちる」
口調を聞いただけで見下しているのが分かる嫌なしゃべり方だった。残念なことに彼は野生動物に比べて鈍感だった。
彼はマウントポジションを取ったつもりで意気揚々と喋っている。しかし、クラスの何人かは識の様子がいつもと違うことに気づき始めた。
「若、あれ止めた方がよくないか?」
「なんか、嫌な感じがするー」
感が良い者たちが止めようとするも少し遅かった。
「だいたい君は…………」
それ以上クラスメイトの言葉が続くことは無かった。識の漏れ出した殺気に当てられたからだ。識にとって不快感を表して程度の認識だった。しかし、命のやり取りをしたことのない一般人には少々濃すぎた。クラスメイトの顔色は蒼白に変わり、ガタガタと震えだした。
「すまんな竜野。ちゃんと言い聞かせておくからここは我の顔に免じて矛を収めてくれないか?」
場を収めるため委員長である九鬼が間に入ってきた。
「危ないです!英雄様!」
忍足が声を荒げる。
「ああ」
識は九鬼に一言呟くと再び思考の海に沈んでいった。
その後今までの緊張感が嘘のように期末考査が淡々と進んでいった。
放課後、識は無意識のうちに河原へと足を運んでいた。
(明日もテストなのに何やってんだろ……)
「識じゃん!久しぶり」
「天ちゃんか」
「どうした?なんか元気ないけど。まあいいや、ウチの新技ちょっと見てよ」
識はいつも通りのペースである天使を見て少し癒された。
「いいよ」
「いくぜ!炙り肉」
掛け声とともに天使の腕が紅蓮の炎に包まれた。
「…………」
識は目の前の光景に唖然となった。
「どうよ!最近師匠から教わったんだ。かっこいいだろ。今は無理だけどそのうちゴルフクラブに纏わり付かせようかなって」
「…………」
「どうした?さっきから無言だけど」
「ちょっと自分の不器用さに嫌気が差してた」
「ああ!そういえば識ってこないだ失敗してたっけ?まだできないの?」
「ああ」
「面倒なことせずにそのまま変換すればいいじゃん」
「面倒なこと?」
「うん。変換の変換なんてなんでしてんの?」
「えっ……まさか、そういうことなのか⁉」
識の中で一つの答えにたどり着いた。馴染みがありすぎて疑問にも思わなかったが、もし竜闘気が気を無意識のうちに変換していたとしたら辻妻が合う。目の前の天使で言えば炎から雷に変換しようとするのと同義だ。成功するはずがない。
識は直ぐに答え合わせを行った。
「こんな簡単に……」
識の右手には綺麗に変換された電気が纏わりついていた。
今までできなかったのが嘘のようにあっさりと成功した。変換後の竜闘気も分類上は気に含まれる。そのため不完全ながらも変換が行えてしまったのだ。
識は変換をやめた後も自分の手をずっと見ていた。
「やったじゃん」
天使は嬉しそうに言った。
「ありがとう!」
識は感激のあまり天使に抱き着いた。このまま踊りだしたい気分だった。
「うわ!」
天使が驚きの悲鳴を上げた。
「最高だ!」
「分かったから離せよ!」
天使は識の腕の中でじたばたと暴れる。
「すまんすまん」
識は天使を直ぐに解放した。いきなり抱き着かれた恥ずかしさ故か、天使の顔にはうっすらと赤みがさしていた。
「たく、晩飯は識のおごりな」
天使はそっぽを向きながら言った。
「お安い御用さ」
識は満面の笑みで頷いた。