第5話 プロの時間
殺せんせーが地球を爆破するという3月まで残り11ヵ月、それが暗殺と卒業の俺たちの期限だ。
暗殺を開始してから早1ヵ月、光陰矢のごとしに月日に関守なしとはよく言ったものだ。
始業のベルが鳴ると殺せんせーだけではなく烏間先生と外国人の女性が教室に一緒に入ってきた。すんごい美人な女性は殺せんせーにベタベタとくっついている。なぜ?おそらくクラス全員がそう思っていると烏間先生が話し始める。
「…今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」
「イリーナ・イェラビッチと申します、皆さんよろしく!」
「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ、英語の半分は彼女の受け持ちで文句はないな?」
「…仕方ありませんねぇ」
殺せんせーはそうしてイリーナ先生?だかの胸を見る。
…普通にデレデレじゃねーか。殺せんせーとイリーナ先生はイチャイチャしてるが俺たちはそこまで鈍くない。この時期にこのクラスにやって来る先生は結構な確率で只者じゃない。
昼休み明けの5時間目までは英語がないのでイリーナ先生の授業は午後までない。転校生が来たかのようにクラスは何となく落ち着きがないがHRが終わったのでいつも通り授業が開始された。
――
時間は過ぎて昼休み、今俺たちは殺せんせーを暗殺しながらサッカーをしている。烏間先生に話を聞いたところ今日来たイリーナ先生の本職は案の定殺し屋だった。美貌だけでなく10ヵ国語を操る対話能力を持ち、ガードの高い暗殺対象でも容易に近付き至近距離から殺す潜入と接近を高度にこなす暗殺者らしい。その暗殺者は殺せんせーに手を振って駆け寄ってきた。
「烏間先生から聞きましたわ、すっごく足がお早いんですって?」
「いやぁそれほどでもないですねぇ」
それほどでもある感じの対応ですね。
「お願いがあるの、一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて私が英語を教えてる間に買ってきてくださらない?」
「お安いご用です、ベトナムに良い店を知ってますから」
そう言うや否や殺せんせーはマッハで飛んでいった。…おっぱいか?おっぱいが原動力か?殺せんせーが飛んでいった数秒後昼休みの終わりを告げるベルが鳴ったので磯貝がイリーナ先生に話しかける。
「えーとイリーナ先生?授業始まるし教室戻ります?」
「授業?…ああ各自適当に自習でもしてなさい。それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりもないし "イェラビッチお姉様"と呼びなさい」
…すげー変わり様。空気が一気に凍ったぞ。
「…でどーすんの?ビッチ姉さん」
凍った空気の中カルマが口火を切る。ていうかビッチ姉さんってなんだよ、ただの淫乱な姉さんじゃねえか。
「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総掛かりで殺せないモンスターをビッチ姉さん1人で殺れんの?」
「…ガキが、大人には大人の殺り方があるのよ。烏間に聞いたけど潮田渚ってあんたよね?」
ビッチ姉さんはそう言って渚へと近づく。
その瞬間!やっ、やったッ!!ビッチ姉さんは渚にディープキスをした。キスをされた渚はというと力が抜けたかのように足元から崩れ落ちた。キスで人を気絶させるってどんだけ巧いキスなんだよ。
「後で職員室にいらっしゃい、あんたが調べたやつの情報聞いてみたいわ。…ま、強制的に話させる方法なんていくらでもあるけどね。その他に有力な情報を持ってる子は話に来なさい!良いことしてあげるわよ…あと少しでも私の暗殺の邪魔をしたら殺すわよ」
"殺す"という言葉の重みから彼女がプロの殺し屋だと実感した。…でも同時にクラスの大半が感じた事。この先生は…嫌いだ。
*
昨日の自習に引き続き今日の英語の授業も自習だ。ビッチ姉さんはタブレットをずっと操作している。おそらく暗殺の計画でも練っているのだろう。教室にはタブレットのタップ音が響いている。
「なービッチ姉さん授業してくれよー」
前原がそう言うとクラス中が授業しろよとビッチ姉さんに訴える。
「あー!ビッチビッチうるさいわね!まず正確な発音が違う!あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!…そうだ、正しいVの発音を教えたげるわ。まず歯で下唇を軽く噛む!ほら!!」
促されクラス全員が下唇噛む。
「…そう、そのまま1時間過ごしてれば静かでいいわ」
(((なんだこの授業!?)))
クラス全員同じ事を思った。
――
5時間目の体育では射撃を行っていた。殺せんせーに見立てた的を出席番号順に撃っているとビッチ姉さんと殺せんせーが倉庫にしけこんでいくのを見た。するとクラスの誰かがタメ息を漏らした。
「…なーんかガッカリだな殺せんせー、あんな見え見えの女に引っかかって」
「烏間先生、私達…あの人の事好きになれません」
「…すまない、プロの彼女に一任しろと国の指示でな。…だがわずか1日で全ての準備を整える手際、殺し屋として一流なのは確かだろう」
烏間先生の一言にクラス全員が黙る、確かにその通りだが何か釈然としない思いがある。授業が中断していると倉庫から激しい銃声が聞こえてくる。恐らく殺しにかかってるのだろう。
…銃声が消えた。殺せんせーは死んだのか?俺たちは顔を見合わせていると倉庫からビッチ姉さんと思われる女性の悲鳴が聞こえてきた。
「めっちゃ執拗にぬるぬるされてるぞ!」
「行ってみよう!」
岡島と前原を先頭にクラス全員倉庫の方へと走る。倉庫に近づくと殺せんせーが出てきた。渚が殺せんせーへと尋ねる。
「殺せんせー!おっぱいは?」
「いやぁ…もう少し楽しみたかったですが皆さんとの授業のほうが楽しみですから。六時間目の小テストは手強いですよぉ」
「…あはは、まあ頑張るよ」
そうだった。いくらおっぱいに弱くても殺せんせーは先生なんだ。俺たちを教えるということから逃げないし目を逸らさないということを忘れていた。みんなは殺せんせーが帰ってきたみたいな感じでどこか安心した表情をしている。
その数秒後健康的でレトロな体操服姿になったイリーナ先生が倉庫から出てきて倒れた。…一体どんな手入れをしたんだ。
――
タンッタンッとタブレットをタップする音が昨日の授業より大きく響いている。殺せんせーに手入れをされたという屈辱からかビッチ姉さんは相当に苛立っている。
「あはぁ必死だね、ビッチ姉さん。あんなことされちゃプライドズタズタだろうね~」
「言ってやるなよ…カルマ…」
カルマの言葉に俺が返すと磯貝がビッチ姉さんに話しかける。
「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺ら今年受験なんで…」
「はん!あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機と受験を比べるなんて…ガキは平和でいいわね~。それに聞けばあんた達E組ってこの学校の落ちこぼれだそうじゃない、勉強なんて今さらしても意味ないでしょ」
最後の一言がクラスの大半の越えちゃいけないラインを越えたのか、空気がピシッと音をたててヒビが入った気がした。
「そうだ!じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したらひとり五百万円分けてあげる!あんたたちがこれから一生目にすることない大金よ!無駄な勉強するよりずっと有益でしょ、だから黙って私に従いn…」
そこまでビッチ姉さんが言ったとき誰かが消ゴムを投げ黒板に当たる。
「…出てけよ」
「出てけくそビッチ!!」
「殺せんせーと代わってよ!!」
おーこれが俗に言う学級崩壊か。ペンや消ゴムなどあらゆるものが教室を飛び交っている。茅野だけが脱巨乳という紙を掲げ抗議している。…別に中学生なんだから小さいほうが普通じゃないのかなあと思った。
午後もビッチ姉さんの英語の授業あるけどまた自習かとタメ息をついた。
*
5時間目のビッチ姉さんの授業が始まる時間となったが教室はわいわいと騒いでいる、まあ自習が確定しているみたいなもんだし当たり前だよな。そのまま5分ほど騒がしい状態が続いていると教室の戸がガララッと勢いよく開かれてビッチ姉さんが入ってきた。そしてそのまま黒板に英文を書き始めた。
「You're incredible in bed!リピート!」
クラス全員がポカーンとなっている。
「ホラ!」
「ユーアー インクレディブル イン ベッド」
「これは私がアメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時彼が私に言った言葉よ、意味は"ベッドでの君はすごいよ"」
(((中学生になんて文章読ませんだよ!)))
「外国語を短い時間で習得するにはその国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ、相手の気持ちをよく知りたいから必死で言葉を理解しようとするのよね。私は仕事上必要なときにその方法で新たな言語を身に付けてきた。だからは私の授業では外人の口説き方を教えてあげる。プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツを身につければ実際に外人に会ったときに必ず役立つわ。受験に必要な勉強なんてあのタコに教わりなさい、私が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ」
ど、どうしたビッチ姉さん。まるで先生みたいに授業をしている…。
「もし…それでもあんた達が私を先生と思えなかったらその時は暗殺を諦めて出ていくわ。…そ、それなら文句ないでしょ?…あと悪かったわよ色々」
急にしおらしくなったビッチ姉さんを見てクラス中が笑い始める。これはギャップとかいうレベルじゃない、ジキルとハイドみたいだ。
「なにビクビクしてんだよ、さっきまで殺すとか言ってたくせに!…なんか普通に先生になっちゃったな」
「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」
前原と岡野がそう言うとビッチ姉さんは手を口に当てて感動し始めた。
「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね」
「うん、呼び方変えないとね」
「じゃ"ビッチ先生"で」
ビッチ先生の表情が固まった。
「えっ…と、ねぇキミ達?せっかくだからビッチから離れてみない?ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ?」
「でもなぁ、もうすっかりビッチで固定されちゃったし」
「うん、イリーナ先生よりビッチ先生のほうがしっくりくるよ」
「そんなわけでよろしくビッチ先生!」
「授業始めようぜビッチ先生!」
「キーッ!やっぱり嫌いよあんた達!」
*
放課後になり俺は烏間先生から防御術を学んでいる。最初に教わったときに烏間先生から筋が良いと褒められ嬉しくなった俺は鼻先に人参をぶら下げられた馬のごとく頑張っている。
休憩に入ったので烏間先生にビッチ先生のことを聞いてみる。
「ビッチ先生が午前と午後で180度違ったんですけど烏間先生なんか言ったんですか?」
「…そんな大それたことは言ってない。ただあのタコの教師としての仕事振りや君たち生徒の努力している姿を見せただけだ。だからイリーナが変わったとしたらそれはあいつや君達のおかげだろう」
「そうなんですか。でも烏間先生のおかげでもあると思いますよ」
「俺はなにもしていないぞ」
「だってビッチ先生が烏間先生と話したとしたらあの時間的に昼休みくらいですよね?僕たちは直接的な努力なんてしてなくて昼休みにやってたことっていったら"暗殺バドミントン"なんでそのトレーニングを教えてくれた烏間先生のおかげですよ」
「ふっ、そういうことにしておくか」
烏間先生もなかなか強情だなと思う。暗殺バドミントンは遊びの中で腕を磨けるものだがやはり遊びの側面が強い。その遊びを烏間先生は努力と言ってくれた。あと烏間先生は口にはしていないが殺せんせーや俺達のことをビッチ先生に詳しく説明しているはずだ。だからビッチ先生が改心したのは一重に烏間先生のおかげだと思う。
太宰治は言った。"人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない"と。
でも太宰は嘘つきだ、人は人に影響を与えるし受ける。現にこのE組がそうじゃないか。友人もカルマも、先生であるビッチ先生だって変わっている。
「そろそろ訓練を再開するか、今日の君は調子が良さそうだからもう少し厳しくいくぞ」
「…お手柔らかにお願いします」
俺は烏間先生の期待に応えなければならぬ。今はただその一事だ。
太宰治の言葉を引用したので締めの一言も太宰治にしました。走れメロスの一文をもじったものなので覚えのある方が多いと思います。