第12話 仕返しの時間
雨の季節だ。梅雨の6月。殺せんせーの暗殺期限まで残り9ヵ月。
(大きい)
(大きいぞ)
(((なんか大きいぞ)))
今は授業中なのだが明らかに殺せんせーの頭が大きい。頭と体のバランスが悪すぎて遠近感がおかしい。
「殺せんせー、33%ほど巨大化した頭部についてご説明を」
「水分を吸ってふやけました、湿度が高いので」
「「生米みてーだな!!」」
「雨粒は全部避けて登校したんですが湿気ばかりはどうにもなりません」
そう言って殺せんせーは顔を雑巾のように絞る。…すげーバケツが一気に水で一杯になった。
「いくら鵜飼さんが直してくれたからといってE組のボロ校舎じゃ仕方ねーな」
「エアコンでベスト湿度の本校舎が羨ましーわ」
4月に雨漏りがひどいということで一級建築士の資格を持つ防衛省の鵜飼さんが雨漏りがしないように補強してくれたのだがいかんせん、ボロい校舎なので湿度などはどうにもならない。
「先生帽子どしたの?ちょっと浮いてるよ」
「よくぞ聞いてくれました倉橋さん。先生ついに生えてきたんです」
一番後ろの席からだとわからないがどうやら帽子が少し浮いていたらしい。
「そう、髪が」
「「「キノコだよ!!」」」
「湿気にも恩恵があるもんですねぇ。暗くならずに明るくじめじめ過ごしましょう」
明るくじめじめってなんだよ。――でもそうだ、梅雨はじめじめ。人の心もちょっぴり湿る。その事を俺達は体験する。
*
「なー上に乗ってるイチゴくれよ」
「ダメ!美味しいものは一番最後に食べる派なの!」
そう問答している茅野と友人。現在俺達は下校中だ。雨ということでいつもは自転車で通学している岡野も傘をさして一緒に下校している。
「岡野、前原との進展はあったのか?」
「全然。矢田っちみたいにプロポーションがいいわけでもないし」
「中学生なんだから背伸びしない方がいいんじゃね。とりあえず普通に話してみたらどうだ?」
「それができたら苦労しないよ。全くこれだから異性と普通に話せるやつは」
「岡野が今話してるのは異性だぞ」
「訂正。意識している相手だとダメなの」
「うーん…話すときに質問を多くするとか。そうしたら自分は相槌中心というか相手の言うことに反応すればいいから」
「それいいね、実践してみるよ」
「なあ、二人ともあれ見てみろよ」
「ん?…あ、前原だ。相合い傘してやんの」
たった今話題にしていたため気まずく思い岡野をチラと見ると落ち着いた様子だ。春休みには不機嫌になっていたので前原の性格を理解し成長したんだなと思った。
「一緒にいんのは確か…C組の土屋果穂」
「はっはー。相変わらずお盛んだね、彼は」
「ほうほう、前原君駅前で相合い傘…と」
そこには木の陰でカッパを来てメモを取っている殺せんせーがいた。
「相変わらず生徒のゴシップに目がねーな殺せんせー」
「これも先生の務めです。3学期までに生徒全員の恋バナをノンフィクション小説で出す予定です。第一章は杉野君の神崎さんへの届かぬ想い」
「ぬー…出版前に何としても殺さねば」
ノンフィクションと言いつついきなりフィクションじゃあないか。まだフラれてないし。
「じゃあ前原君の章は長くなるね。モテるから、結構しょっちゅう一緒にいる女子変わってるし」
確かにな。前原はスポーツ万能の行動的イケメン。普通の学校なら成績も上位で今以上にもっと人気者だっただろう。
「あれェ?果穂じゃん、何してんだよ」
「あっ瀬尾君!」
土屋は前原を押し退け瀬尾のところに行った。確か瀬尾は…生徒会だったか。後ろにいるのは荒木と…誰だ?
「あれ、そいつ確かE組のやつだったか?」
「ち、違うの瀬尾君、そーゆーのじゃなくて…たまたま傘がなくてあっちからさしてきて…」
「今朝持ってたじゃん」
「学校に忘れて…」
俺達は何を見せられてるんだ?そう思っていると前原が口を開く。
「あーそゆ事ね。最近あんま電話しても出なかったのも急にチャリ通学から電車通学に変えたのも。で、新カレが忙しいから俺もキープしとこうと?」
「果穂、お前…!」
「ち、違うって、そんなんじゃない!そんなんじゃ…」
これ修羅場ってやつ?そんなふざけたことを考えていると土屋は表情を一変し前原に向き直る。
「あのね、自分が悪いってわかってるの?努力不足で遠いE組に飛ばされた前原君。それにE組の生徒は椚ヶ丘高校内部進学で進めないし、遅かれ早かれ私達接点無くなるじゃん。E組落ちてショックかなと思ってさ、気遣ってハッキリ別れは言わなかったけど言わずとも気付いて欲しかったなー。けどE組の頭じゃわかんないか」
いきなり自分の正当化を始める言葉に俺は言葉も出ない。土屋の演説を聞いて前原は少し怒ったのか本校舎の面々に詰め寄る。
「…おまえなぁ、自分のこと棚に上げて…」
すると瀬尾が前原を思い切り蹴飛ばす。今の瀬尾の行動で俺の怒りゲージが跳ね上がったのを感じる。
「岡野、ちょっと傘持っててくれ」
「ちょっと!南雲!」
土屋の言葉に関しては呆気に取られて怒りも起きなかったが仲間が暴力を振るわれて我慢できるほど俺は人間ができていない。
「わっかんないかなぁ。同じ高校に行かないって事はさ、俺達お前に何したって後腐れ無いんだぜ」
「じゃあ俺がお前等に何したって後腐れはないんだな」
「じゅ、純一!」
「な、何だこいつ。…南雲か。おい、前原より先にこいつやるぞ」
すると3人は俺を囲み始め攻撃を仕掛けてくる。…俺がいつも誰に稽古をしてもらっていると思っているんだ。3人とは言え素人の攻撃など食うか。
「こ、こいつ!動きが!」
「よ、避けるので精一杯だ!一気にやるぞ!」
攻撃が単調なんだよ。瀬尾が次に蹴りを入れてくるから俺はそこに合わせて一歩踏み出して一撃入れて沈めてやる。…きた。前原の痛みを知りやがれ。
「やめなさい」
俺のパンチが瀬尾に当たる前に止められた。小さくも大きくもない、威厳のある声だった。この声は――
「りっ…理事長先生!」
「ダメだよ、暴力は。人の心を…今日の空模様のように荒ませる」
「はっ…はい…」
そう言った理事長は俺を一瞥したあと地面に膝をついて前原にハンカチを差し出した。
「これで拭きなさい。酷い事になる前で良かった」
そして理事長は俺と前原の顔を交互に見ると機械のように冷たい笑顔で告げる。
「危うくこの学校にいられなくなる所だったね、"君達が"」
…さすが理事長だ。この場の空気が既にこの人の物になっている。
「じゃあ皆さん、足元に気をつけて。さようなら」
「は、はい!さようなら!」
「…人として立派だなぁ理事長先生。膝が濡れるのも気にせずにハンカチを…」
「あの人に免じて見逃してやるよ、お前等。感謝しろよ」
「…嫉妬してつっかかって来るなんて、そんな心が醜い人だとは思わなかった。二度と視線も合わせないでね」
土屋の一言を最後に本校舎の面々は笑いながら去っていく。
「平気か、前原?」
「ああ、サンキュな純一。見てたのか?」
「ああ…、俺一人じゃないけど」
「えっ?」
「前原!へーきか!?」
「…おまえら見てたんかい」
瀬尾の行動に怒った俺だけが動いていて渚達は車道を挟んだ歩道から今のやり取りを見てたのだ。
「ふー。…上手いよな、あの理事長。事を荒立てず、かといって差別も無くさず、絶妙に生徒を支配してる」
「そんな事よりあの女だろ!とんでもねービッチだな!…いやまぁ、ビッチならうちのクラスにもいるんだけど」
「違うよ。ビッチ先生はプロだから…ビッチする意味も場所も知ってるけど彼女はそんな高尚なビッチじゃない」
「…いや、ビッチでも別にいーんだよ」
「いいの!?」
「好きな奴なんて変わるモンだしさ、気持ちが冷めたら振りゃあいい。俺だってそうしてる」
「中三でどんだけ達観してんのよ」
「…けどよ、さっきの彼女見たろ?一瞬だけ罪悪感で言い訳モードに入ったけど、その後すぐに攻撃モードに切り替わった。『そーいやコイツE組だった、だったら何言おうが何しようが私が正義だ』ってさ。後はもう逆ギレと正当化のオンパレード、醜いとこ恥ずかし気なく撒き散らして。…なんかさ、悲しいし恐えよ。ヒトって皆ああなのかな。相手が弱いと見たら…俺もああいう事しちゃうのかな」
前原はそう言って俯く。俺は今の話を聞いて考える。E組じゃなかったら俺はE組の皆にどう接していただろう。意にも介さず学校生活を送っていたのだろうか。
「うわぁ!殺せんせーふくらんでるふくらんでる!」
渚の声で我に返る。
「仕返しです」
「「「へ?」」」
「理不尽な屈辱を受けたのです。力無き者は泣き寝入りするところですが…君達には力がある。気付かれず証拠も残さず標的を仕留める暗殺者の力が」
「…ははっ、何企んでんだよ殺せんせー」
「屈辱には屈辱を。彼女達をとびっきり恥ずかしい目に遭わせましょう」
殺せんせーは暗い笑みを浮かべる。何やら大事になってきたなと前原と目を合わせ互いに苦笑いになる。
*
「さて仕返しの件ですが先生が考えようと思いますが、みなさん明日の放課後は大丈夫でしょうか?」
みんなは大丈夫だと言っているが俺は、
「すみません、前原のために何かやりたいですが明日の放課後は予定が入っています」
「そうですか、それでは南雲君は先生と一緒に作戦を練りましょう。他の皆さんは帰って大丈夫ですよ」
「先生さようならー」
「ええ、さようなら」
「純一…とびきりいいの考えてくれよ!」
「お、おう」
被害者にあんな笑顔で言われたら考えるしかないな。そうでなくても考えるけど。
「では南雲君、一度学校に戻りましょう。なに、帰りは送ってあげるので一瞬ですよ」
「わかりました」
ここで俺は殺せんせーのマッハを体験することになるのだが速すぎてよくわからなかったっていうのが感想だ。瞬きしたらそこはもう学校だったし。
「さて、南雲君。先生は恥ずかしい目に遭わせると言いましたが南雲君が恥ずかしいと感じた体験はありますか?」
「そりゃありますよ」
「ほう、具体的には?」
「それは…いや言うのやめときます。殺せんせーに知られたらクラス全員に広がりそうなんで。代わりに別の話をしますが、幼稚園の時にお漏らししちゃった子がいたんですけど、俺があの子の立場だったら恥ずかしくて幼稚園に行かなくなったと思います」
「お漏らしですか。いいですね、その路線でいきましょう」
「えっいいの?先生、あいつら中学生ですよ?いくらなんでも漏らすことはないんじゃ…」
「ヌルフフ、南雲君。世の中には下剤というものがあるんですよ」
「あーその手がありますね。でもああいうのってすぐに効くんですか?」
「速効性は期待できないですね。なので市販のものを強力にする必要があります」
「強力にする……、それは奥田担当ですね」
「ええ、そうです。奥田さんに頼みましょう」
殺せんせーは黒板に化学担当 奥田と書き込む。
「そうすると下剤を飲ますシチュエーションが必要ですね」
「その辺りは先生に考え、もとい計画があります。彼等は明日喫茶店に行くようです。そこで何かしら飲み物を頼むはずなのでその飲み物に仕込みましょう」
「てことは仕込む担当が必要か。一番はあいつらの卓に運ばれる前に混入させることだけどそれは難しい…。従業員に化けるのも現実的じゃない…」
「さすが南雲君。頭の回転が早く合理的に考えている。なのでヒントをあげましょう、調合した下剤はちょうどBB弾と同じ大きさにすることが可能です」
「…そうか!遠くから狙撃すればいいんだ。てことは…飲み物から注意を逸らすために撹乱する役も必要だな」
「ええ、そうです。ここでクラスの射撃の成績を思い出してみましょう」
俺の成績の前後は…
「千葉と凛香ですね」
「ええ。ところで南雲君は速水さんを名前で呼んでいるようですが何か深い意味があるのでしょうか?」
「ありません、今は計画に集中しましょう」
「…はい」
「撹乱役だけど生徒ではバレるから誰かに頼むべきか…。鵜飼さんとか鶴田さんは…」
「いいえ、ダメです。烏間先生に怒られてしまいます。なのでここは菅谷君の力を借りましょう、パーティー用のマスクを改造してもらうんです。彼は一度その手の暗殺を仕掛けてきましたから」
「へぇ、じゃあ撹乱役は今日いたメンバーで言うと…渚と茅野辺りはどうでしょう」
「あの二人ならおそらく大丈夫でしょう」
「あっ忘れてたけど狙撃場所どうしよう。殺せんせー、喫茶店の名前は?」
「はい、それでしたら…」
殺せんせーに言われた喫茶店の名前をスマホに打ち込み地図を確認する。えーと…民家の中にある隠れ家的な喫茶店なんだな。
「うーん…民家しかないのでどこかにあげてもらえるよう頼むしかないなー…」
「南雲君がE組の中でお願い事をされて断りづらい方は誰ですか?」
「断トツで神崎ですね。次点で倉橋と矢田です。交渉事で言ったら倉橋と矢田のほうが適任なのでその二人で。神崎はあまりこういうのに巻き込みたくないですし」
「ほうほう、つまり神崎さんは大事にしたいってことですね」
「先生、俺帰っていいですか?」
「にゅやーッ!ダメです!先生ふざけすぎました!」
全くもう、全くもうだよ。
「…よしこれで狙撃場所は確保できましたね。民家からの見張り役に友人を置いて撹乱役の二人と連絡を取ってもらえばよりバレずに動きやすくなりますね」
「はい、ではここで一度整理しましょう」
事前にやること
・奥田による下剤の調合
・菅谷による変装マスクの作成
当日の動き
1.矢田と倉橋が狙撃兼見張り場所である向かいの民家を確保。
2.友人が瀬尾たちの動きを確認、それを撹乱役の渚と茅野に連絡して動いてもらう。
3.渚たちが陽動しているときに千葉と凛香が下剤を飲み物に狙撃で混入させる。
「こんなところでしょうか。岡野と前原本人が役どころないですが」
「おおむねいいでしょう。でもまだ加えられますね」
そう言って殺せんせーは書き加えていく。…うわぁ、先生がこんなこと考えるなんてちょっと引くわ。自分のことを棚に上げて俺は思った。それと同時に俺が作戦を立てたというより殺せんせーにヒントを与えたりなどされてこの作戦になるように誘導されてたような感覚を覚えた。
殺せんせーが加えたことにより計画も完成したので俺は実行メンバーにメッセージを送る。菅谷と奥田には今日中に必要な物を作ってほしいこと、そしてみんなに明日の朝に計画を説明するから早めに登校してほしい、と。
*
そして翌日。
「みんなに集まってもらったのは他でもない。これは弔いだ。前原のために一矢報いるんだ」
「純一、俺死んでない」
「考えてみれば前原はいいやつだった。ボーリングをやったことがない俺に教えてくれたり…、他には…えーと……ドリブルが上手い」
「純一、思い付かないんだったら言わなくていいよ。あと俺死んでない」
俺の小ボケに対して当事者でありツッコミを入れている前原以外は笑っている。みんな朝から反応しづらいのにボケちゃってごめんな、笑ってくれてありがとう。
「よし、じゃあ計画について話すぞ」
俺は黒板にそれぞれの担当を書き込んでいく。
化学担当:奥田
偽装担当:菅谷
交渉担当:倉橋、矢田
連絡・見張り担当:友人
撹乱担当:渚、茅野
狙撃担当:千葉、凛香
木こり:磯貝、前原、岡野
1.矢田と倉橋が狙撃兼見張り場所である向かいの民家を確保。
2.友人が瀬尾たちの動きを確認、それを撹乱役の渚と茅野に連絡して動いてもらう。
3.渚たちが陽動しているときに千葉と凛香が下剤を飲み物に狙撃で混入させる。
4.腹痛を訴えるはずなので事前に茅野がトイレを占拠。
5.プライドが高く民家のトイレを借りる発想の無い彼等はコンビニへと走る。(事前にコンビニの存在を匂わせておく)
6.コンビニの途中に木の枝を切る予定の家があるので木こり達は瀬尾たちが木の下を通過するときに枝を切り汚れさせ追い討ちをかける。
7.汚れた姿で大慌てでトイレに駆け込む中学生爆誕。
「――っていう流れだけどわかった?」
「おもしろそー!」
「なんかワクワクするね!」
「イタズラなんて久しぶりだ!」
おお、結構反応いいな。安心した。
「純一…本当にありがとな。みんなも俺のためにありがとう」
「いいっていいって」
「まずはこの作戦を成功させよう」
「…まだ実行してないけどさ、俺みんなの活躍が目に浮かぶよ。一見おまえらって純一みたいに強そうじゃないけどさ、皆どこかに頼れる武器を隠し持ってる。そこには俺が持ってない武器も沢山あるんだろうな」
「強い弱いはひと目見ただけじゃ計れないからな。強さっていうのは肉体に対してのみ使う言葉じゃないし」
「そういう事です」
気が付くと殺せんせーが教室にいた。なんかいきなり現れても驚かなくなってきたな。
「E組で暗殺を通して強さというものを学んだ君達は…この先弱者を簡単に蔑むことは無いでしょう。だから今日は自信を持って作戦に臨みましょう!」
「「「ハイ!」」」
この作戦は無事に成功する。がしかし、この復讐がバレて烏間先生のカミナリが落ちることを俺達はまだ知らない。
鵜飼さんがE組校舎を直したことにより雨漏りがしなくなるという改変をしました。本編には何も影響はないです。雨の日の授業大変だろーなーと思ったのでそうしただけです。
岡野さんが矢田さんのことを矢田っちと呼ぶのは公式です。名前の呼称については"公式キャラクターブック名簿の時間"に載っているものにしていますが全員分載っていないので公式じゃない呼び方もあります。
ちなみに倉橋さんの家族設定が"名簿の時間"と"卒業アルバムの時間"で異なっているので、一人っ子のほうを採用しています。