暗殺教室 28+1   作:水野治

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オリジナル回です。
暗殺教室らしからぬ内容です。なんと登場人物は全3人。


第13話 ある雨の日の出来事

「しっかしこの時期はよく降るなー」

 

「そうだね、6月は祝日もないし何となく気分下がるよね」

 

「あーわかる。ドラえもんでのび太くんも言ってたしな」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 俺と渚は二人で下校している。梅雨の時期ということもあり連日当然のように雨が降っている。

 

「俺雨の日の匂い好きなんだよね、わかる?」

 

「何とも言えないあの匂いだよね。うーん…あまり意識したことないなあ」

 

「そっか、あの匂いって実は正体あるんだぜ」

 

「えっそうなの?」

 

「そう、しかも実は2種類ある」

 

「2種類もあるんだ、ていうことは雨が降る前と降ったあと?」

 

「おっさすが、大正解。解説すると雨が降る前の匂いの正体はペトリコールという物質なんだ。雨が降らない間に植物が土の中で発する油だったかな?それが湿度が高くなると鉄分と反応して匂いを発するんだけど、雨が降り始めると油が流れて匂いがしなくなるんだ。ちなみにペトリコールはギリシャ語で“石のエッセンス”という意味なんだって」

 

「ギリシャ語!…なんだか日本語と英語だけしか習ってないから遠い話みたいだ」

 

「ところがどっこい実は遠い話でもないんだ。雨の季節にちなんだもので言ったらカッパも外来語だ。確かポルトガル語だったかな?」

 

「そうなんだ、僕達が知らないだけで実はそういうの多いんだね」

 

「それで雨が降った後の匂いだけど、これはジオスミンっていう物質で土の中に存在する細菌が出す物質だったかな?これは“大地のにおい”という意味だから土の匂いそのものって言っても過言ではないな」

 

「なんでそんなに詳しいの?」

 

「小説の中に出てきたからかな。本当かどうかはちゃんと調べて裏とってるから大丈夫だよ」

 

「南雲君って隙がないよね」

 

 そうか?とおどけて笑う。

 雨が学校を出たときより強くなってきた。学校を出たときより雨とアスファルトがぶつかる音が激しい。風が吹いているわけではないので横殴りではないが下校するには支障が出るくらいになってきた。

 

「渚、そこの公園のベンチのところで雨宿りしないか?屋根もあるし」

 

「ちょうど僕も提案しようも思ってた」

 

 図らずも同じ事を考えていたようだ。

 小走りで屋根の下のベンチへと向かう。ベンチには先客がいた。傘を杖のようにして顎を置いていて横には本物の補助用の杖が置かれている。年齢は70は確実に越えてそうだ。

 

「おじいさん、横失礼します」

 

「ああ、構わんよ。公園はみんなのものだから」

 

 低く威厳があるような声だと思った、一家の大黒柱のような。おじいさんに対して渚がありがとうございますと言葉を返す。

 

「すごい雨だね、文字通り土砂降りだ。」

 

「ああ。たしか土砂降りって昔違う言い方してたんだよ、なんだったかな…」

 

「南雲君ほど博識じゃないから僕はわからないよ」

 

 なんだっけなと頭を回転させているとおじいさんがもしかしてと話しかけてきた。

 

「滝落としのことかな?」

 

「あっそうです!さすがですね」

 

「これでも長く生きてるからね。では()らずの雨って何のことかわかるかい?」

 

「「うーん…」」

 

 やらず、やらず……もしかして漢字で書くとしたら遣らずか?だとしたらラ行五段活用"遣る"の未然形だよな。遣るは他方に移らせるって意味だから移らないってことか。

 

「降り止まない雨?」

 

「1ヶ所に留まる感じの雨の事ですか?」

 

「惜しいね。正解は来客を帰さないためであるかのように降って来る雨のことだよ」

 

 渚はたぶん遣らずと止まずで聞き間違えたな。

 

「へぇ~、なんかドラマとかでよくあるシチュエーションみたいですね。来客を帰さないだなんて」

 

「ははっ、そうだね。君達は見たところ中学生だけどどこの中学校なんだい?」

 

 普通この手の質問にはまともに取り合わない、なぜなら不審者かもしれないからだ。でもこのおじいさんはそんな気が微塵もしなかった。年長者だからだろうか、始めて話すのに固くならずに話すことができる。

 

「椚ヶ丘中学校です」

 

「おー椚ヶ丘学習塾の生徒か。きっと頭がいいんだろうね」

 

「いえいえ、僕はそんなことないですよ」

 

「謙遜しなさんな、近所でも評判なんだから。何でも若い先生がすごい分かりやすい授業をしていてみるみる頭がよくなっていくとな」

 

 俺達の中学校に若い先生なんていたかなと思い出すがこのおじいさんから見たら殆どが若い先生の範囲に入るだろうから考えるだけ意味がないな。

 

「おじいさん、学習塾じゃなくて中学校ですよ」

 

「あれ?そうだったかな。いやぁどうにも記憶力がめっきり悪くなって。君達はまだまだそんな心配はいらないけどね」

 

 そうおじいさんは自虐的に笑った。まだまだ雨は止みそうにないし自己紹介しようと思った。

 

「俺、南雲純一っていいます」

 

「僕は潮田渚です」

 

「南雲君に潮田君か、最近の中学生なのにしっかり挨拶ができるね。私が話しかけても無視する子が多くて…」

 

 あー本校舎のやつらか?まあなんにせよ、同じ中学校の不始末なので謝罪をしておくか。

 

「すみません、それたぶん同じ学校のやつかもしれません」

 

「いやぁいいんだよ、仕方ないからね」

 

「仕方ないってそんな。おじいさんのことはなんて呼べばいいんですか?」

 

「年寄りはどこ行ってもおじいさんとしか呼ばれないよ」

 

「「えぇ…」」

 

 俺と渚の声が揃う。まあでも本人がそう言うのなら無理に聞けないな。

 

「おじいさんは何か用事とかですか?生憎の天気ですけど」

 

「いや、雨の音が好きでね。いつもってわけじゃないけどたまにこうやって公園に来て雨音を聞いているんだ」

 

「そうなんですか」

 

 老後のささやかな楽しみなのかなと少し失礼なことを考える。

 

「家内とはもう長いこと会ってないからね、一年に一度顔を合わせる程度で。人と話すこともほとんどないからこうやって話すのは久しぶりだよ」

 

 年配の方が長いこと会ってないとか言うと病気なのかなとか考えてあまり突っ込んだ話ができないなと思った。

 

「へぇ~、じゃあ色々とお話を聞かせてもらっていいですか?」

 

「こうやって会ったのも何かの縁ですし」

 

「もちろんいいよ、こっちから頭を下げてお願いしたいくらいだ。何を話そうか…そうだ、君達は大切な人はいるかい?」

 

「家族とか友達…かな?」

 

「僕も同じです」

 

「そうかい、じゃあその人達を大切にするんだよ。顔を知らない他人ですら"袖振り合うも多生の縁"っていう言葉があるくらい宿縁があるって言われてるんだから」

 

 袖振り合うも多生の縁…か。中学生で意識するには早すぎる気もするが先人の言葉なので覚えておこうと思った。

 

「15年…、いや20年くらい前かな。みんなが私のために集まってくれたんだけどあれは嬉しかったなぁ。君達もそういう風になってほしいな」

 

「おじいさんは良い友達がたくさんいるんですね」

 

「それが私の自慢だからね、さっきも言ったけど人との出会いは本当に大事にするべきだよ。特に好きな人なんかはね」

 

「うーん…僕はまだいないかなぁ」

 

「俺もいないです」

 

「そうかい。でもこれから生きていく中で絶対にそういう人と巡り会うんだよ、もしかしたらもう出会ってるかもしれない。その人との会話や思い出が蓄積していって好きだということに気が付くんだと私はそう思ってる。一目惚れだったり自分の心の琴線に触れるものがあって突然意識することだってあるけどね」

 

「へぇ~」

 

「まだまだ難しいですね」

 

「君達は既に中学生だしそう遠くない内にそういうことを考えるようになるさ」

 

 そう言っておじいさんは顔をクシャッとさせて笑う。俺はその笑顔を見てなぜだかわからないけど安心した。渚も俺と同じことを感じたのか力が抜けた顔をしている。

 

「ん、雨も弱くなってきたし私は行くよ」

 

「ちょっと待ってくださいね、雨雲を確認しますから」

 

 俺はそう言ってスマホを取り出して現在の雲の動きを気象庁のサイトで確認する。するとおじいさんは感心したかのようにスマホを見てる。

 

「?、どうしたんですか?」

 

「その小さい機械はなんだい?」

 

「あっこれですか?これはスマートフォンっていって携帯電話の一種です」

 

「ほー、電話ってこんなに小さくなったのかい。古いタイプの人間だから知らなかったよ、恥ずかしいなあ」

 

「いえいえ、持ってない方もいるので大丈夫ですよ」

 

「雨雲も薄くなってきたのでしばらく小降りが続くみたいです」

 

「電話なのにそんなこともわかるんだね、いや勉強になったよ。それでは帰ろうかね」

 

「俺達も帰るか、渚」

 

「そうだね。おじいさん、道が悪いので気を付けてください」

 

「ありがとね、南雲君に潮田君。こんな老人の話に付き合ってくれて」

 

「いえ、僕達も楽しかったので」

 

「俺達はこっち方面なんですけどおじいさんはどっち方面なんですか?」

 

「私は君達とは反対だよ。君達も気を付けて帰るんだよ」

 

「はい、ありがとうございます。では」

 

 俺と渚は手を振っておじいさんと別れる。公園の出口に差し掛かったときにおじいさんが何かを忘れていたかのように声をかけてきた。

 

「君達はサザンクロスや石炭袋で降りないようにね」

 

 何を言っているんだ、あのおじいさんは。俺と渚は顔を合わせて笑ったあとに再度手を振って公園を後にした。

 

 

 

 

 少し歩いた後に渚が口を開く。

 

「なんだか少し不思議なおじいさんだったね」

 

「そうだな、それに最後に言ってた言葉なんだったんだろうな」

 

「うん。確か…石炭袋とサザンクロスって言ってたっけ?」

 

「ああ…」

 

 …………ん?石炭袋にサザンクロス?ひょっとして――

 

「渚、おじいさんの最後の言葉をもう一度言ってくれないか」

 

「えっ?"君達はサザンクロスや石炭袋で降りないようにね"って」

 

「…」

 

「どうしたの?急に?」

 

 もしかしたらと思ったが言ったところで信じてもらえるだろうか。頭のおかしい奴だと思われないか? おじいさんが会話の中で言ってたことがどんどんと繋がっていく。

 

「なあ、今から俺が考えたことを言うけど最後まで聞いてくれるか?」

 

「えっいいけど、どうしたの?」

 

「結論から言う。あのおじいさんはたぶん既に亡くなっている」

 

「えっ!」

 

「まあ、待て。ちゃんと説明する。俺がそう考えたのは最後のおじいさんの言葉だ。渚は石炭袋、サザンクロスって聞いたら何が思い浮かぶ?」

 

「うーん…特に何も思いつかないよ」

 

「そうなんだ、普通じゃ何言ってるんだろうで終わるんだ。でも宮沢賢治の銀河鉄道の夜を読んでたら話が変わってくる。銀河鉄道の夜を俺なりの解釈で簡単に説明すると"死後の世界へと旅立つ友達と旅をする"っていう話なんだ。話を戻すが"サザンクロス"、これは天上の世界のことだ。次に"石炭袋"、これは多くの解釈があるが俺は冥界へと続く深く暗い穴だと思っている」

 

「えっと…つまり、おじいさんは僕達に死ぬんじゃないよって忠告したってこと?」

 

「そうだ。『君達は』って言葉から察するに既に亡くなっている」

 

「そんな…僕達は幽霊と話してたってこと?」

 

「他にもまだ気付いたことがある。妻とはしばらく会ってないって言ってたがおかしくないか?人との繋がり、特に好きな人は大切にしろって言ってたおじいさんだ、別居の可能性は低い。そして友達が多いのも自慢とも言っていた、仮に亡くなっていると仮定した場合の話だが20年くらい前におじいさんのために友達が集まってくれたってのはおそらく葬式のことだ」

 

「そ、そんな…」

 

 渚は所々相槌を打っていたがついに茫然自失といった様子になっていた。俺だってこの話が真実だとは思いたくない。あんなに人のいいおじいさんなのに。だが渚に説明していく中で否定する材料がないということに気付いた。

 

「でも…いい人だったよね?呪いとか祟りとか、そういうのとは無縁そうな」

 

「…ああ。全て俺の妄想だといいんだけど」

 

「でも、話しかけても無視されること多いって…。それに人と話すのも久しぶりだとも言っていたよ…一年に一度しか会わないってひょっとしてお墓参りのことじゃ…」

 

「…」

 

 考えれば考えるほど不思議に思える。おじいさんは本当に幽霊だったのか、俺達は答えを出せない。出す術がない。だが――

 

「幽霊かどうかは置いておくとしておじいさんの言葉はその通りだと思ったよ。大切な人の話とか」

 

「そうだね、僕もそう思う」

 

「案外枯れ尾花かもな」

 

「かれおばな?」

 

「ああ、"幽霊の正体見たり枯れ尾花"っていう慣用句だよ。幽霊かと思ってよく見ると枯れたススキの穂で、実体を確かめてみると平凡なものだったって意味。まあ、今回は実体も何もわからないけど」

 

「だといいね」

 

「渚は幽霊が怖いか?」

 

「うん、それはそうだよ」

 

「俺は全く怖くないんだけど…どうしてか説明した方がいい?」

 

「せっかくだしお願い」

 

「これは小学生のときの話なんだが俺は夢枕に亡くなった人が立つっていうことを聞いたんだ。いや、何かの本で読んだんだっけ?まあ置いておくとして、家に帰って父さんに聞いてみたんだ。父さんは母さんの幽霊が枕元に現れたことがあるかって。父さんは笑いながらあるわけないよって答えたんだ。それで俺は続けて質問したんだ、どうして母さんは出てこないのかって。そうしたら父さんは笑ってるような悲しそうな、そんな顔で説明してくれたんだ。 『幽霊ってのは、どうしても何か言いたかったり、どうしても誰かと会いたかったりするから出てくるんだよ。死んだら、みんないつかはその人のこと忘れちゃうでしょ?でも幽霊は忘れてほしくないんだよ。母さんは、父さんや純一が母さんのことを忘れてないから出てこないだけだよ。だから、もし出てきたとしても、きっと思い出してほしいだけなんだ。大事な人を忘れてないか?ってね』 そう父さんは言ってた。だから俺は怖くなくなったんだ」

 

「確かにそう考えたら怖くないね」

 

「それにおじいさんは"遣らずの雨"の話をしてたろ?おじいさんはきっと俺達と話をしたくて雨を強くして公園に引き止めたんじゃないかな」

 

「そうだね…、そうに決まってる」

 

「この事は俺と渚だけの秘密にしようぜ、きっと信じてもらえないだろうし」

 

「変に話が広がってもおじいさんに迷惑がかかるだろうしね」

 

「じゃあ俺はこっちだから。明日また学校で」

 

「じゃあね、南雲君」

 

 渚と別れたあと俺はおじいさんがなぜ俺達を呼び止めたのかを考えたがこれこそ枯れ尾花のように難しくもなく単純なことだと思った。

――きっとおじいさんは寂しかっただけなんだ。




銀河鉄道の夜についての解釈は作者のものですのでこれが全てではないです。色々な解釈が多数存在します。

ドラえもんで有名な"藤子・F・不二雄先生"はSFのことを
S=少し
F=不思議
と略していて本来の意味であるサイエンスフィクションではなくありふれた日常の中に紛れ込む非日常的な事象として描いています。今回の話も少し不思議を意識して書きました。
ちなみにおじいさんのモデルは実在します。作者が小学生の時に通学路の途中にある公園に雨の日だけいるおじいさんがいたんですが、その事を思い出したときにこの話を思い付きました。実際は犬が一緒にいたので散歩の途中で休憩をしていただけだと思います。
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