「――今の映像を見たらわかったでしょ?サマンサとキャリーのエロトークの中に難しい単語は1コもないわ。日常会話なんてどこの国でもそんなもんよ。周りに1人はいるでしょう?"マジすげぇ"とか"マジやべぇ"だけで会話を成立させるやつ。そのマジでにあたるのがご存知"really"、木村言ってみなさい」
ビッチ先生の英語の授業は海外ドラマを主として教材にすることが多く、ドラマ内の会話から実践的な英語を学んでいく。
「リ、リアリー」
「はいダメー、LとRがゴチャゴチャよ。LとRは発音の区別がつくようになっときなさい、私としては通じるけど違和感あるわ。言語同士で相性の悪い発音は必ずあるの。韓流スターは"イツマデモ"が"イチュマデモ"になりがちでしょ。相性が悪いものは逃げずに克服する!これから先、発音は常にチェックしてるから。LとRを間違えたら…公開ディープキスの刑よ。じゃあ今の教えを踏まえて南雲言ってみなさい」
「really」
「あら、やっぱりあんた発音いいわね。ご褒美にキスしてあげる」
なんですと?
「いや、いいです」
「遠慮することないわよ。ほら早く」
「キスって発音間違えたらじゃないんですか」
「発音を間違えたらもちろんするわ。でもこれはご褒美のディープキスよ」
「ちょっとよくわかりません」
「もう!来ないならこっちから行くわよ!」
キーンコーンカーンコーン
「あっビッチ先生ほら!授業終わったよ!」
「くっ。タイミングがよかったわね、今回は見逃すわ」
ふぅ、事なきを得た。
授業が終了したのでビッチ先生はぶつくさと文句を言いながら教材を持って職員室へと戻っていった。
「しっかしヒワイだよな、ビッチ先生の授業は。下ネタ多いし。アレ中学生が見るドラマじゃねーだろ」
「でもわかりやすいよ、海外ドラマは良い教材だって聞いたことあるし」
「確かに。それに潜入暗殺が専門だから話術も上手いし間に挟む経験談も聞いてて飽きないしな」
「たださ」
「「ただ?」」
「正解してもどっちみち公開ディープキスなんだね…」
「ほぼ痴女だからな、あの先生」
ビッチ先生は芸能人以上に美人なんだが、いかんせんあの中身だからな。これで中身が伴ってたら偉い評判になっただろうに。
「南雲君、僕と杉野はもう帰るけど一緒に帰る?」
「いや、今日は帰りに寄るところがあるから。誘ってくれててんきゅな」
「わかったよ。そう言えば南雲君ってサンキューのことてんきゅって言うよね、なんで?」
「あっ確かに」
「うーん…何でだろ。気付いたら根付いてたんじゃね」
「あはは、口癖ってそういうもんだからね。じゃあまた明日」
「じゃあな、純一」
「さいなりー」
さて俺も荷物をまとめて帰るか。
「南雲さん!相談があります!」
「どーしたー律」
「皆さんが帰ってしまわれたらお話しすることができなくてネットサーフィンしかやることがないんですがどうすればいいでしょうか?」
ネットサーフィンって…。だから最近色々と流行の言葉とかも覚えているのか。
「そうだな、ラインって知ってるか?」
「はい、SNSの一種ですよね」
「そうそう、まずはラインを始めよう。俺がグループに招待すればクラス全員の連絡先もわかるし個人チャットもできるしな」
「わかりました!さっそく取りかかりますね!」
「ほいほい。…これが俺の連絡先ね」
「ありがとうございます。…南雲さんの設定しているこの画像はどこの場所ですか?」
「ああ、修学旅行で泊まった旅館の入口だよ。寂れてて風情があるだろ?」
「修学旅行ですか…私も行きたかったです…」
「たぶん卒業旅行とかあるだろうしその時までお預けじゃないか?」
「そんな…!それに旅行だと私はお留守番じゃないですか」
「うーん…そんなこと言ったってなぁ」
「外出方法計算…自己計算フェイズ5-28-02に移行…38通りの方法を算出…38通り中クラス全員とより親密になれる方法…1通り。南雲さん!素晴らしい方法を思い付きました!」
えっなに、このコ今自分の演算能力を暗殺とは無関係なことにフル活用したの?
「全員の携帯に私の端末をダウンロードするんです!そうですね…"モバイル律"と呼称しましょう。モバイル律があればみなさんの携帯のカメラから私は外の景色を見ることが可能になりますし、何より皆さんとの距離がグッと近くなります!どうでしょう?」
そうだね、距離は物理的に近くなるね。まあ、でも気軽に外出することができない律にとってモバイル律は願ったり叶ったりの機能だろうな。
「ああ、いいと思うよ。さすが律だな」
「えへへ、ではさっそく準備に取りかかりますね!」
「了解、じゃあ俺はこの後用事あるし帰るから。また明日」
「さようなら、気を付けてお帰りください!」
*
翌日。今日は1時間目から体育で烏間先生のナイフ術の授業だがいつもと様子が違う。
(狙ってる…)
(狙ってるぞ)
(((なんか狙ってるぞ!)))
木の陰からこちらの様子を窺うようにビッチ先生と…誰だろう?外人のおじさんがナイフ片手に見ている。誰もなぜかを聞かないのでしびれを切らしたのか倉橋が烏間先生に尋ねる。
「先生、あれ…」
「気にするな、続けてくれ。…と言っても気になるし集中できないだろうから説明する。昨日の放課後にイリーナの師匠であるあそこにいる男性が訪ねてきた。名前はロヴロ、通称"殺し屋屋"だ。腕利きの暗殺者だったが現在は名前の通り暗殺者を斡旋している。用件はイリーナのこの教室から撤収だが
苦労が絶えないな、烏間先生は。肩揉みとかしてあげたほうがいいのだろうか。
「今日の体育はこれまで!解散!」
「「「ありがとうございましたー」」」
「カラスマ先生~」
なんだこの猫撫で声は。クラス全員が声をしたほうを見る。
「おつかれさまでしたぁ~。ノド渇いたでしょ?ハイ、冷たい飲み物!」
「「「…………」」」
烏間先生を含めクラス全員言葉を失う。見知った相手に色仕掛けはいくらなんでも意味ないでしょ。
「ホラ!グッといってグッと!美味しいわよ~」
(なんか入ってる)
(絶対なんか入ってるな)
「はぁ。おおかた筋弛緩剤だな、動けなくしてナイフを当てる。…言っておくがそもそも受けとる間合いまで近寄らせないぞ」
「あ、ちょっと待って。ここに置くから…、あっ」
するとビッチ先生はズルッ、ベシャッとリズム良く滑って転んだ。トムとジェリーみたいなコケ方をしたなと思った。
「いったーい!おぶってカラスマおんぶ~!」
色仕掛けダメなら駄々っ子かい、暗殺の幅よ。ビッチ先生を見かねたのか磯貝と三村が起きるのに手を貸しに行く。
「ビッチ先生…」
「さすがにそれじゃ俺等だって騙せねーよ」
「仕方ないでしょ!顔見知りに色仕掛けとかどうやったって不自然になるわ!キャバ嬢だって客が偶然父親だったらぎこちなくなるでしょ!?それと一緒よ!」
(((知らねーよ!)))
「…でもまずいわ。一刻も早く殺さないと」
「ビッチ先生。あの…ロヴロ?って人はそんなに凄いんですか?」
「ええ、
「「足りないもの?」」
「卓越した技の精度とスピードよ。そりゃ私だってプロだから射撃に関してはあんた達やタコにいつもやっているように命中させたりわざと外すくらい訳ないわ。でも仕留め損ねたときの決定打にかけるの、だからこそ私の暗殺スタイルは潜入・接近なのよ。」
いつもビッチ先生は俺等にいじり倒されているが本業は殺し屋、客観的に見ることで自分の能力を把握している。ビッチ先生の自己分析・評価を聞いた俺達はビッチ先生のプロとしての顔を垣間見た気がした。
「…でも、だからと言ってそれが諦めることにはならないわ。アンタ達に偉そうに苦手を克服しなさいって言ってる私がこの暗殺を投げ出すわけにはいかないわ。それに…先生も辞めたくないし」
そうだ、E組の中で俺だけが知っていることがある。放課後に烏間先生と訓練をしていたときにビッチ先生を見かけたのだ。それは生徒達には絶対に見せない隠れた努力だった。
ふとビッチ先生と目が合った。俺が考えていたことがわかったのか、柔らかく笑うとそのまま職員室へと戻っていった。
*
午前の授業も終わり俺達は昼食をとっている。
「渚君に南雲、見てみあそこ」
カルマに声をかけられ一緒に弁当を食べていた俺と渚と茅野は外を見る。
「…ああ、烏間先生ってよくあそこでご飯食べてるよね」
「しかも大抵ハンバーガーかカップ麺だよな」
「その烏間先生に近付いてく女が1人。殺る気だよ、ビッチ先生」
するとその様子に気付いたのかE組全員が教室の窓に張り付いてビッチ先生の暗殺を見守る。
声は聞こえないが何をしているのかは大体わかる。今は烏間先生に上着を脱いで色仕掛けをしている。
「烏間先生には色仕掛けは通じないんじゃないかなー…」
「うん、でも正面からいっても防がれるよね?」
「でも色仕掛けはなー…」
一見したらただの色仕掛けだ、しかし実際は違う。
烏間先生とビッチ先生はなにか話しているのか少し間が空いたあとにビッチ先生が一歩、また一歩と距離を積める。それと共に烏間先生の警戒が強まるのが見て取れる。
しかし次の瞬間、予想もしないことが起きた。ビッチ先生が腕を素早く引いたかと思うと脱いだ上着が烏間先生が背中にしている木を支点として動いて烏間先生の脚を払ったのだ。
そう、これがビッチ先生の見えない努力である"ワイヤートラップ"だ。誰にも知られたくなかったのかE組校舎から離れたところで行っていたので当然烏間先生も知らない。
罠にはまり対応が遅れた烏間先生を追撃するビッチ先生。ついにはマウントポジションを取った。
「すげー!」
「うおお!烏間先生の上を取った!」
「やるじゃんビッチ先生!」
格闘技の試合の観戦客のように一挙一動盛り上がるE組の面々。ビッチ先生もプロだが烏間先生もプロ。そんな2人の模擬暗殺が面白くない訳がない。
マウントポジションを取ったビッチ先生は流れるようにナイフで烏間先生に止めを刺しにいく――決まったか!?…いや烏間先生が防いでいる。しかし膠着状態が数秒続いたかと思うとビッチ先生のナイフが烏間先生に当たる。
「当たった!」
「すげぇ!」
「ビッチ先生残留決定だ!」
俺はビッチ先生が言っていた言葉を思い出していた。
"苦手を克服しなさいって言ってる私がこの暗殺を投げ出すわけにはいかないわ"
本校舎の先生達は授業の中で出来ないなら出来るまでやれとか言うだけで具体的なことは何も示してくれなかった。だがビッチ先生は違った。決定打に欠けていると言っていた自分の暗殺の欠点を補うように技術を磨いていた。今回のワイヤートラップについては俺しか知らなかったことだが、これからクラスのみんなもビッチ先生の苦手なものでも一途に挑んで克服していく姿を目にするだろう。
それを見て挑戦をすることを学べば俺達に今まで以上の向上心が生まれ、暗殺のみならず勉強のレベルも上がっていくと思った。
卑猥で高慢。けれど真っ直ぐ。ビッチ先生は俺達E組の自慢の英語教師だ。
*
~放課後~
「俺の攻撃を防ぐことが出来てきたな。やはり筋が良い」
「防ぐだけだったら確かに大丈夫になってきました。でも反撃したら烏間先生に防がれたあとに必ずカウンターを食らっちゃうのでそこが駄目ですね」
「ふっ。俺の攻撃を防ぐなんて並みの一般人ならできない、君は誇っていい。…そうだな、俺がアドバイスするとしたら攻撃と防御は表裏一体だ。2つに分けて考えないことだ」
「攻撃は最大の防御ってことですか?」
「考えとしては間違っていないが少しニュアンスが違うな。確かに攻撃をしている間は相手が防御してくるから同時に防御をしていることにもなる。でもそこでカウンターを合わせられたら?防御を頭に入れていないと対応できず不意の一撃を食らうことになる。心がそのどちらかにとらわれれば負ける。…ある古人の言葉を借りるなら"水になれ"、だな」
…どういうことだ?
「すみません、よくわからないです。なんとなく言いたいことはわかるんですけど…」
「言葉全てを言うならば…『心を空っぽにして、形も捨てて水のようになれ。水をコップに注げば水はコップとなるし、水をティーポットに注げば水はティーポットになる。水は流れることも出来るし、激しく打つことも出来る。だから友よ、水になるんだ』そうブルース・リーは言葉を残したそうだ。つまり形にこだわることなく流れに身を任せるようにするべきってことだ。例えば見るという行為。見るともなく全体を見る、それが見るということだ。南雲君、わかったか?」
「個にとらわれず臨機応変に対応するっていうことで大丈夫ですか?」
「ああ、その認識で概ね間違っていない。ここらで一度休憩にするか」
放課後の烏間先生との防御術の訓練は始めは稽古のようにやっていたが、俺のレベルが上がってきたからか最近は模擬戦闘というか組手のような形となっている。おかげで授業では烏間先生にナイフを多く当てることが出来ているが、プロと一般人のレベルの差、もっと言うならば生きている世界の違いを実感する。
休憩中に色々と考えていると今日のヒーローがやって来た。
「あら、今日もカラスマと訓練してるのね」
「ハイ、自分から頼んだことですので」
「ふーん、カラスマも教えるの満更でもない感じだしアンタ達って人としての相性がいいのかもね」
「そうなんですかね」
「きっとそうよ。それとアンタって基本的に敬語よね、みんなといるときは普通にいじってくるのに二人きりとか個人的なことになると一歩引いて接してるような。なんで?」
「なんでって…うーん…。たぶん尊敬の気持ちがあるからだと思います。みんなといるときは一緒にばかやったりビッチ先生のこといじったりできるけど、個人での関わりとなるとその人の意思というか立場を尊重しないとって考えるからだと思います」
「ふーん、やっぱり日本人ね。何となくわかるけど外国人としてはわからないわ」
「文化の違いってやつですかね。それよりビッチ先生今日は大活躍でしたね」
「そうなのよ!本当はワイヤーアクションはあのタコに決めたかったけどアイツにはバレてたし、カラスマに決まってよかったわ。…それより、私の見えない努力についてクラスのみんなに言ってくれた?」
「えっ」
「えって…アンタまさか…」
「ビッチ先生が言うなって言ってたので誰にも言ってないですよ」
「なんで言わないのよ!アンタが言うことでクラスのみんなから尊敬されると思ってたのに!」
えぇー…そんな理不尽な。
「だって言うなって…」
「それは言葉の綾よ!女心が全くわかってないわね~。これだから無自覚でモテる男はダメね」
女心関係なくね?と思ったがここでツッコミを入れたらもっと言われると思ったのであえて何も言わなかった。
「全く、次は頼むわよ。…あ、あとこれ。アンタ訓練で疲れてるでしょ?これ差し入れよ」
そう言ってビッチ先生は水筒を差し出してきた。飲み物もなくなったのでありがたくもらう。
「ビッチ先生ありがとうございます。やっぱさすが、デキる女性は違いますね」
「でしょでしょ!」
ビッチ先生は腰に手を当て誇らしげにしている。そんなビッチ先生を見ながら俺は水筒の蓋兼コップに中身を注いで飲む。…なんか苦い。
「このお茶なんか苦いんですけど体にいいやつですか?」
「あーそれは麦茶に筋弛緩…あっ!!」
時すでに遅し。プロ御用達の筋弛緩剤だからか即効性が違う。
「ちょっと南雲!アンタ気合いで動きなさい!カラスマが来たら何を言われるか…」
「俺ならもう既にいるぞ」
ビッチ先生の背後には烏間先生が立っていた。このあとビッチ先生には当然雷が落ち俺はVIP待遇で家へと送り届けられた。
もう1年の1/3が終わりますね。4月から新生活始まる人は頑張りましょう。そうでない人も頑張りましょう。作者も頑張ります。
ただ頑張りすぎると張った糸が切れるようにモチベーションの糸が切れるらしいので息抜きも忘れずやっていきましょう。”目標の階段を上がっていないように見えても実は螺旋階段で確実に上がっているから大丈夫”っていうセリフを何かの漫画だか小説で見たのを覚えています。タイトルが思い出せないですが。