凛香と隣町のワンにゃんショーに行く約束をしたので待ち合わせの場所へと行く。集合の時間より10分ほど早く着いた。どうやら凛香はまだ来てないらしい、そう思っているとポケットの携帯が震えたので確認する。
凛香:12時半ちょうどに着く
純一:了解
純一:黒ぶちの伊達眼鏡してるからいつもと違う
純一:あと白い靴履いてる
凛香:上着とかを教えてくれたほうが見つけやすいんだけど
純一:それは着いてからのお楽しみで
凛香:わかった
凛香の返信を確認して俺は携帯をしまい貸す予定の本を開く。この本の最大の面白さは各短編の最後の一行がどんでん返しとは言わないけどその一行によって作品の全容が明らかになる感じだと思っている。高尚な印象は受けないので本を普段読まない人にも勧めやすい一冊に感じる。気に入ってもらえるといいなと何ページか捲っていると純一と声をかけられた。
「オッス、昨日ぶり」
「ごめんね、待たせちゃって」
「いや時間的に遅れてないから気にしなくていいよ。いつもと髪型違うのな」
「うん、せっかくだし変えてみようかなって。どう?」
「似合ってるし服装にあってると思う」
「そう、ありがとう。純一も眼鏡似合ってるよ」
「それはよかった。似合わないとは思ってないけどそう言われたら安心する」
ジャズダンスという洒落た趣味を持っている凛香は普段の服装もオシャレなので服装を褒められると普通の人に褒められるより嬉しく感じる。ちなみに凛香の髪型はサイドアップにしていて、服装も動きやすい感じのジーパンスタイルだ。服装に安堵していると凛香がところでと話を続ける。
「隣町までどうやって行くの?」
「ああ、あと10分くらい待ってればバスが来るからそれに乗っていく」
じゃあまずバス停に向かうよと凛香が先に歩き出す。男的には先導したほうが良いのかもしれないけれど、これが俺と凛香の距離感。俺が先に立つことがあれば今みたいに凛香が先に立つこともある。それは他の女子にはないものに思える。
バス停はそこそこ混んでいて席に座れるかどうかというものだった。バスが来たので乗り込むと案の定待ち合い客全員が座れなく俺と凛香を含めた5人が立つこととなった。出発時刻となりバスが走り出す、公共機関ということもあり会話はあまりしない。目的地まで約20分、停留所は10個ほどだったか。そんなことを考える。
暇だなーと車内にある看板を目で追っていると目の前に座ってる乗客二人の間の降車ボタンがあり、そのボタンに泥を拭ったような痕がついていることに気がついた。やんちゃな子供でも乗ったかなーと思いながら携帯に目を移す。
5分ほど経過したときにふと目の前を見ると先程の降車ボタンの泥が拭われていた。このボタンを押す可能性があるのは俺と凛香とそのボタンの前後の一人がけに座っている乗客の2人の4人である。
席が空いた場合に残りの時間を凛香に座ってもらうために俺はどちらの乗客が降りるのかを推理して座席をプレゼントしようと考えた。
さて、と情報収集を開始する。前の座席に座っているのはクリーム色のコートにイヤホンをつけ、ポケットに手を入れて外を見ている大人の女性。後ろの座席には車の揺れに耐えるかのように背中を丸めている老女。俺と凛香はまだ降りないので降りるのは2人のどちらかだが2人とも降りる気配はない。本などを読んでいて閉じるなどの行動をしてくれたらわかりやすいのだけど。
ボタンの汚れが拭われているので手袋でもつけているのかと思い2人の手元を見てみると老人は手袋をつけているが女性はポケットに手を入れているのでわからない。
しかしここで俺は考える。別に手袋をしていなくても泥を拭うことは可能なのではないかと。ボタンを押すという行為で汚れが消えるということは落ちやすい汚れであり別に手袋はなくても消えると推測する。
他に何かないかなと女性に目をやるとバッグからマフラーがはみ出ていた。暑い車内では確かにマフラーはしていられない、つまりマフラーをしていないということはまだバスから降りないのでは?…うーん少し弱いな。そもそも狭い車内でマフラーをつけるとは考えにくいし外に出てからつけるかもしれないし、もっと決定的な何かはないか。
バスを降りるときには何が必要か、そうICカード又は運賃だ。ポケットに手を入れている女性は定期入れをポケット内で掴んでいるという線はないか。加えて普通は膝に置いているバッグなどは落ちないように手でも添えはしないだろうか?そう考える。
ましてや女性は男性と違い化粧道具などを持ち歩く人が多い。バッグからマフラーが顔を出しているということはそれらの小物が散乱する可能性が非常に高い。つまりバッグを支えずポケットに手を入れているということは定期入れを手で掴んでいるということだ。それに今は信号待ちでバスは揺れていない。
バスが走り出すと女性が降りるのが決定的となった。ポケットから手を出しバッグを落ちないように掴んだのだがその手には定期入れが握られていた。俺は勝利を確信して少し移動をして凛香に声をかける。
「凛香、もう少しこっち側来て」
「どうして?」
「ちょっと良いことがある」
凛香は不思議そうな顔をしながらも少し移動して女性の目の前に立つ形となった。
特に混んでいる訳ではないから普通に席が空いたときに座っていいよと譲ればいいじゃんと思う人もいるかもしれないが、凛香の性格的に目の前の席が空いたら目の前に立っている人が座るべきと座らない可能性が非常に高い。なので俺はどちらの乗客が降りるかを推理して座席の目の前に立つよう誘導して座ってもらおうと考えたわけだ。
運転手が停留所の名前を言い、バスの扉が開く。推理通り女性は席を立ち降りていく。それに付いて行くように遅れて老女も降りていった。
…2人とも降りるのかよ。俺は釈然としない思いを胸に抱えながら席に座る。もちろん凛香も空いた席に座る。
オモイコミ、ダメ、ゼッタイ。外の景色を見ながら俺は今日の出来事を教訓にしようと思った。
*
バスから降りたときに凛香はそういえばと聞いてきた。
「ちょっと良いことがあるって言ってたけど、あれってなんだったの?」
「あーそれはだなー…」
俺はバスの中での推理を話す。それを聞いた凛香はいつものクールさはどこへ?と思うくらい笑っていた。
「別に気にしなくていいのに」
「いやー女子が立って男が座るっておかしいじゃん」
「私は気にしないよ」
「俺が気にするから今後は俺が譲ったら座るようにお願いします」
「わかったよ」
それに推理が無駄になっても困るしねと凛香は悪戯な笑みを浮かべながら言ってきた。くそー悔しいが可愛いので許す。そうこう話していると目的地の会場に到着する。心なしか凛香の頬が緩んでいる気がする。
「聞くのかなり遅い気がするけど、犬猫好き?」
「猫がすごい好き、みんなには秘密にしてるけど」
「ほーん、秘密にしてるのはなぜ?」
「…だって私のキャラじゃないし」
「まあ確かに普段の凛香からは想像はできないな」
そう言えばボウリングのときに猫のぬいぐるみ欲しがってたなと思い出す。あまり猫が好きということは口外しないようにしようと心に誓う。
俺と凛香はまず犬のコーナーへと足を伸ばす。猫を先に行くかと提案したら満足して帰っちゃいそうだからと犬を先にすることとなった。満足して帰っちゃうって猫好きすぎでしょ。俺は犬派か猫派かと聞かれると僅差で犬のほうが好きなので犬派と答えている。両方ともめっちゃ好きなのでワンにゃんショーは天国かな?と思うくらいだ。
犬との触れ合い広場で今は2人共犬と戯れている。猫が好きと言っていたが犬も好きらしく笑顔が眩しい。いや、ほんとに。普段のクールさが微塵もない。凛香と子犬の写真を撮ろうとしたが、撮影はご遠慮くださいという注意書きを思いだし断念した。せめて忘れないようにこの光景を目に焼き付けておこうと思う。
満足したのか、次はお待ちかね猫のコーナーへと行く。犬のときより数倍眩しい笑顔が見れた。太陽かなって思うくらい、猫と凛香が重なったときにようやく直視できる感じ。日食かよ、と心で1人でツッコミを入れる。
凛香は満足したのか猫のコーナーを後にする。犬は時間にして約30分、猫は約1時間。単純な話、犬の倍は猫のことが好きらしい。さて次はどうするかと凛香に尋ねる。
「うーん…確かカフェあったよね?そこで休まない?」
「そうだな、一度休憩するか」
ということでいざカフェへ。
「本当に猫が好きなんだな、いつもの凛香と180度違ってビックリしたわ」
「…忘れて」
今ごろになって恥ずかしくなってきたのか顔が赤くなっている。
「あれが世間でよく言われているギャップ萌えと言われるものかと実感したよ」
「忘れて」
「…はい」
有無を言わさない凛香の言葉に思わず返事をしてしまった。くそー、もうからかうことができない。
「あれ?純君と凛香ちゃん?」
「あっほんとだ、おーい!」
声のした方を見ると倉橋と矢田がいた。
「おー倉橋と矢田か、倉橋はやっぱりと思ったが矢田も来てたのか」
「うん、陽菜ちゃんに誘われてきたんだ」
「桃花ちゃんと来たから誘ったんだ~、凛香ちゃん犬とか猫好きだったの~?」
「うん、そうだよ」
「凛香は俺が誘ったんだ、一人で回るのもなんだし」
「そうだったんだ、てことは南雲君と凛香はデート?」
「すまん、その辺りは全く考えもせず誘ってしまった」
「気にしなくて大丈夫だよ、私も犬と猫楽しみだったし」
倉橋と矢田はなんだーと言っている、意識してなかったが確かにデート言われればデートだ。なんかそう思ってたらちょっと恥ずかしくなってきた。凛香の方をちらと見ると凛香も恥ずかしいのか少し俯き気味な気がする。
「ところで2人はどこに行くの?」
「ああ、俺たちは一度カフェで休憩しようかなと思って」
「そうなんだ、もしよかったら一緒に回らない?人が多いほうが楽しいと思うし」
「俺はオッケーだけど、凛香は?」
「うん、それでいいよ」
「じゃあカフェへと行こう~」
了承の返事をすると倉橋を先頭にカフェへと移動する。俺は凛香にだけ聞こえるようにこそっと話しかけた。
「ごめんな、考えなしに誘っちゃって。今度から気をつけるよ」
「さっきも行ったけど気にしなくていいよ、私は誘ってもらえて嬉しかったし。また遊びに行くとき誘ってよ」
「そう言ってもらえると助かる、ていうか俺からも誘うけど凛香からも誘ってくれよ」
気が向いたらねと凛香は笑う。話ながら移動しているとカフェに到着した。席に着いてメニューを開く。ワンにゃんショーが開催に合わせて開かれたカフェなのでメニューは多くはないがオーソドックスなものは一通りあった。
俺はコーヒーで女子3人は紅茶、あとはそれぞれ違う味のケーキを頼んだ。こうすれば違う味も楽しめるからな。
「俺の家は特にペットは飼っていないんだが3人は何か飼ってたりするの?」
「私の家は両親二人とも働いてるから飼ってないよ」
「私は弟の体が弱くてペットどころじゃない感じかな?」
「私は可愛い犬飼ってるよ~、ドーベルマン!」
「ド、ドーベルマン…。可愛い…のか?」
「カッコ可愛いよ~お兄ちゃん代わりだから!」
ドーベルマン飼ってる人っているんだな~、警察犬とかのイメージしかないからビックリだ。倉橋のペットトークを聞いていると店員さんが飲み物とケーキを持ってきたのでそれぞれ食べ飲み始める。
「へ~純君コーヒーブラックで飲むんだ」
「ああ、甘いものを食べるときだけな。普段はもっぱら雪印かマックスコーヒーだよ」
「雪印のコーヒー美味しいよね~」
「それでもブラックでコーヒーを飲めるのすごいと思うな」
「苦いだけならいいけど酸味が強いのはダメなんだよ。だから缶コーヒーとか買うときはちゃんと文字を見てから買ってる」
「なに、缶に書いてある文字見たら酸味あるかとかわかるの?」
凛香の問いに俺はウンチクみたいなこと言うの好きくないけどと答える。
「大雑把に言うと粗挽きが酸味、細挽きが苦味がそれぞれ強い。豆によって違いはあるけど」
「へ~南雲君よく知ってるね」
「酸味が少ないのを選ぶために色々調べたからな、まあこの話は置いといてケーキ食おうぜ」
「そうだね~」
それぞれの選んだケーキは俺がチョコレートケーキ、凛香がチーズケーキ、矢田がシフォンケーキ、倉橋がショートケーキとなっている。
女子同士はお互いに食べさせあい、所謂あーんをして食べてるわけだが俺は恥ずかしくて絶対に無理なので押しに負けず皿に分けて渡すという方式にしようと思っている。そんなことを頭で考えていると凛香が自分のケーキを切ってこちらの皿に乗せてきた。さすが凛香。
「てんきゅ」
「純一のも頂戴よ」
「もちろん…ほれ」
「ありがとう、…甘くて美味しい」
「チーズケーキは甘すぎなくていくらでも食べれるな」
「ふふっそれは無理でしょ」
「純君の私にも頂戴~」
「私も南雲君のチョコケーキ欲しいな」
「おー今切るから暫し待たれい」
俺はフォークで食べやすい大きさにカットしてそれぞれの皿に乗っける。矢田も自分のケーキを切ってこちらの皿に渡す。よし良い流れだと思っていると倉橋があーんとこちらに向けてケーキの刺さったフォークを差し出している。
「あのー倉橋さん?恥ずかしいのでお皿に乗っけていただいてよろしくて?」
「何その喋り方~いいから食べなよ~」
倉橋が意識していないものを俺が断るのもおかしいかとあーんともらう。…ショートケーキのほうがチョコケーキより甘いな、いやそんなはずはないんだけど。雰囲気か?倉橋のゆるふわ雰囲気が足されて甘くなっているのか?甘党の方は倉橋と付き合えば将来安泰じゃないか。
「美味しいけど同級生のあーんは恥ずかしいので次からはもうやらないからな」
「食べさせてもらったほうが美味しいんだよ~、私の家の犬も手であげたほうがよく食べるんだよ」
「…俺は犬と一緒か」
倉橋はそれほど異性を気にせず接してる感じだな。なんか慣れてる雰囲気から察するにおそらく男兄弟がいるなと推測する。
俺も普段は異性は意識しないが、あーんなど一歩踏み込んだような感じのアクションに関してはてんで弱い。そういう自己分析をする。だって男の子だもん。しゃーない。
ある程度休憩もできたので店を後にする。女三人寄れば姦しいという諺があるがこの三人にはそれは当てはまらなかった。ちゃんと節度を持って行動しているというか話のボリューム調整が上手いのか。単純にお喋りなやつがいないのか。そこはわからないがとりあえず静かに行動している。無言というわけではないが。
俺は3人の一歩後ろに付いていくように歩いている。方向的にどうやら猫の触れ合い広場に行くようだ。猫のコーナーへと再度訪れると先程よりやや空いている位だったので色々な猫と3人は触れあっていた。俺はというと近くのベンチで座っている。遊園地で遊び疲れたお父さんみたいだなと思った。
凛香は最初に来たときみたいに笑顔ではなく凛とした感じで猫を抱っこしている。どうやら倉橋と矢田には見られたくないらしい、まあ俺もデレデレしてる顔とか他人に見られたくないから当然だなと思う。
「ひょっとして南雲か?」
「そういう君は磯貝悠馬」
「何でフルネームなんだよ」
そう言って磯貝は笑う、ふと見ると後ろに子供がいたので磯貝に尋ねる。
「弟と妹?」
「うん、ほら兄ちゃんの学校の友達の南雲お兄ちゃんだよ。ちゃんと挨拶して」
「「南雲お兄ちゃんこんにちは!」」
「おーこんにちは!元気で良いな」
「元気すぎて困ってるくらいだよ、今日は一人で来たのか?」
「子供は元気すぎるくらいがちょうどいいんじゃないか?俺は凛香と2人で来たんだけどさっき倉橋と矢田と偶然会って一緒に行動している」
「そうなのか、じゃあ3人にも声をかけてくるかな」
そう言って磯貝は弟たちを連れて3人のところへと行った、雰囲気から察するにおそらく磯貝の弟たちを含めて猫と戯れるみたいだ。…と思っていたら磯貝だけがこちらに戻ってきた。
「どうした、こっちに戻ってきて」
「いや、南雲が1人で寂しいかと思ってさ」
磯貝はカッコいいとか抜きに良いやつだ。それに頭もいい、この間クラスで行った小テストでも満点を取っていた。E組に落ちる要素がないだけになぜ落ちたのか不思議に思ったので聞いてみることにした。
「言いたくなかったらいいんだけどさ、どうしてE組に落ちたんだ?」
「うーん…簡単に言うとアルバイトしてるのが学校にバレてそれで落ちたんだ」
「重度な校則違反で落ちたって感じか」
「うん。…俺が中学1年生のときに父さんが交通事故で他界しちゃってさ、それで家計の足しにでもなればと思ってバイトしてたんだ」
「そうだったのか…ごめんな嫌なこと聞いちゃって」
「いいんだ、俺は気にしていないから。ただ弟たちに寂しい思いさせてないかってことが不安で…。母さんは働いて弟たちは甘えたいのにあまり甘えられないしさ」
「見てる感じだと弟さんたちが寂しそうには見えないな。ほら、倉橋とかと話して屈託なく笑ってるし。寂しいやつはもっとそういう笑い方するから大丈夫じゃないか?」
「そうかな…うん、そうだな!」
これだけじゃ言葉が足りないというか弱いと思ったので俺は磯貝に意を決して打ち明ける。
「…磯貝だから言うけどさ、…実は俺母親がいないんだ」
「えっそうなのか?」
「話でしか聞いたことがないんだけど、俺の母さんは体がかなり弱かったらしくて俺を出産した数日後にそのまま体力が低下して亡くなったらしい」
「…」
「さっき磯貝がさ、弟たちは母親に甘えたいと思うって言っていたけどきっと大丈夫だと思う。俺もそうだったから」
「俺も、というと?」
「誰かに甘えたいっていうときに父さんがいたんだ。磯貝の弟さんたちでいうと磯貝、お前と同じだよ。父さんが俺を構ってくれたから俺は腐らず成長できたと思う。だから磯貝の弟さんたちは大丈夫だ、俺が保証する」
「そうだったのか、ありがとな。俺を元気付けるために自分が辛いことを話してくれて」
「別に辛くないから大丈夫だ」
「嘘つけよ、涙落ちそうだぞ」
「えっ」
目に触れてみると確かに涙が零れる一歩手前だった。俺は慌ててハンカチで涙を拭く。
「これは寂しいからとかじゃなくてあれだ、雨だ」
「そっか、傘持ってきてないから止むことを願うよ」
「ああ、これ以上降らないように祈っててくれ」
磯貝はティッシュ使うかと差し出してきたがハンカチで事足りるので断った。とりあえず凛香たちにはバレたくないので俺は逆側を見て落ち着くのを待つ、その間磯貝は黙っていた。俺は落ち着いてきたので再度磯貝には話しかける。
「…寂しくないとかは嘘じゃないんだ。…ただ、1度くらい母さんに甘えてみたかったなって」
「そうだよな、俺の弟たちも1度も甘えたことないってことではないからな。…南雲辛いことがあったらいつでも頼ってくれよ、こういう話をした間柄だしさ」
「おう、磯貝もな」
「もちろん」
「さて、湿っぽい話も終わりにして猫と戯れるか」
「そうだな、行くか!」
磯貝と二人でみんなのところへと向かう。
俺は母親が早くに亡くなってからずっと父親と2人だった。最初から母親がいなかったが磯貝はどうだろうか?中学1年生という多感な時期に父親を亡くしている。最初からいないものならそういう風に変換できるが、今までいた人がいなくなるというのはかなり辛いはずだ。ましてや大黒柱である父親。俺も母親がいなくて辛いが磯貝はもっと辛いはずだ。けど泣き言を一切言わず前を向いて生きている。俺が後ろを向いているとは思わないが、磯貝に対してただのクラスメートというだけではなく尊敬の気持ちが生まれてきた。どうか俺たちがこれからも前を向いて生きていけますように、それを願わずにはいられない。
*
この日の夜、月の直径の7割は消し飛んだ。
バスの中の降車ボタンが誰が押したかという件は米澤穂信さんの「秋期限定栗きんとん事件」に出てくるもののオマージュですね。
色々と観察して推理した南雲君ですが二人とも降りるという落ちをつけています。米澤さんの作品の方ではきちんと、より詳しく推理してますので興味がある方は手に取ってみてください。
月が爆発したのをたった一言で終わらせましたが、身近で起きなかった大きな出来事って大抵ニュースとかで結果だけ聞くことが多いというかほとんどです。なので簡素な感じで一言にしました。