とある次元世界。
ミッドチルダと呼ばれる街に璻の髪を持つ美女がいた。ただし成熟したと思われる容姿は仮初のものであり、実態はまだまだ思春期真っ盛りの少女であった。
名前をハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルドと言った。
(今日の相手も強敵でした)
彼女の中身の年齢、十を僅かに過ぎたばかりの子供が出歩くには咎められる時間。暗闇が辺りを支配する深夜の空気を取り込み深く吐き出す。
目の前には既に気を失った精悍な男が横たわっている。
(呼吸もしていて問題ない、後は救急隊に連絡して――)
既に何度も行っているかの様な手馴れた風に、情報偽装状態で自身がそうだと思い込んでいるだけの責務を果たそうとする。
その瞬間。
「物騒なことしてんな」
呟かれた声の方向へと過剰な警戒と共に振り向き即座に構える。疲労が残るものの、寧ろ強者との戦いでアドレナリンは溢れ気が満ちている。
反して声の主である男は、少女の仮初の肉体より遥かに逞しいものであるが足元はおぼつかない。恐らく飲酒をしているのであろう、顔に赤みがさし重心が常に前後左右とっちらかっている。
もし何かの武術を修めているにしてもとても腕前を発揮できる状態にない、つまりは相手にならない。
そう判断すると彼女は息を吐いて少しの逡巡の後に逃げ出そうとする。
(変身魔法の上に仮面をしていて身元がバレる心配はない、この人に後は任せよう)
一般人からするととてもろくでなしな判断だが今の彼女にとっては倫理観抜きにすると最適な思考だ。
ストリートファイトの相手の身柄を結果的には病院に運ぶことが出来、自分も補導されない。最適解と言えるだろう。
ならばと踵を返そうとした瞬間に紡がれた言葉には、思わず身動きを止めるだけの響きがあった。
「覇王流かー」
さっきの闘いを見られていたのか。
いや、それよりも気にすべきことはあの酔っぱらい男が覇王流について知っている事だ。
古い時代に置いて、覇王と呼ばれた者が使用していた武術こそが覇王流だ。一般においそれと伝聞された武術ではないので自然と知っているものは限られている。
その上実際に覇王流を見たものもいない、ないしは極々少数な筈だ。直系である自分も、突然変異じみている継承された覇王の記憶で動きを知ったのでそれ以外で覇王流の言葉しか聞いたことがない。
どういうことなのだと酔っぱらい男を見詰める最中、ふと男が構えを取る。
それは毎日鏡の中に見ている覇王流の構えであり、しかし――。
「俺も覇王りゅー、ただし頭に酔拳が付く」
苛立ち。
好んで読む小説に怒りで目の前が真っ赤に染まる、と言った表現があるが今、この瞬間に、身を以て体験する。
構え自体、見事なものだ。何故その構えを修めているのかは分からないが、この男は自身よりも高みにいるのが理解出来る。
だが、何なのだ、その動きは。
重心は不規則にぶれて折角の構えが台無しだ。
まるで覇王流が、覇王が、クラウス・G・S・イングヴァルトが、彼が汚されているようだ。
「や」
感じたことのない魔力が駆け巡る。その魔力を糧に染み付いた動作で体を前身させる。
「め」
過剰な推進力を全て拳に乗せ変える。流麗な技術はまるでないが、恐らく自身で放つ最高の破壊力になる確信がある。
「ろォォォ!!」
覇王断空k―酔・旋衝破。
消える。
相手へ目掛けて振り下ろされた拳から勢いが消されて。
気付いた時には自身の身体が宙へと投げ出されていた。
「魔力量も充分、まだ中学生位か?年の割にはいい感じだ、才に恵まれてる」
呆然とした耳に言葉が流れて来るが理解出来ない。そんなことよりも先程の動きは何だ、覇王流を知っている自分はあんな技知らない。違う、あの技はこんなこと出来ない。旋衝破は遠距離攻撃に対する技の筈。
何で拳を無力化して、投げる事が出来る。
「ちっちゃい覇王にいいものを見せてあげよう」
混乱する頭に酒を飲んだ時の父と被る、アルコールで理性が緩んだどうしようもない笑みが映る。
真っ白な意識には相手の一挙一動が刻まれる。
そんなこと有り得ないが、一瞬で酔いが覚めたかのようにふらつきが消え構えを取る。立ち姿はまるでクラウスのようで、いや、あれは、それ以上だ。
源流である覇王以上の構えは次第にまたふらつきを取り戻していき――。
放たれた。
酔・覇王断空拳――
荒々しい絶大な威力を秘めた拳が、宙から落ちる自分に襲いかかって来る。
すごい、あれはすごい。あんなものに自分の身体は耐えられっこない。ああ、死んでしまう。
――・滅
次に目を覚ましたのは翌日の朝だった。
いつもより遅い時間目覚ましが鳴る。
その時間は通常通りの登校をするには丁度いい時間で、早朝のトレーニングする分には遅い。どう考えてもトレーニングを諦める他ない。
そんなことを寝ぼけた頭で判断しているとふと昨晩の記憶が蘇る。
それから。
目覚めた身体には、必殺の拳を受けた形跡がないことが全裸になって確認して分かり。それだけならあの男が加減、もしくは技をわざと空振らせたのだろうと推測出来る。
分からないのが、最近の実践訓練などで溜まっていた疲労もすっかりなくなっていた。驚く程に身体が軽くなっている。治癒魔法な何かを掛けられたのかと思うが、あの男が私に施した理由が不明だ。
結果として私はあの男に意識を刈り取られた後に治癒を施され、何かしらの手段で自宅を調べてから送り届けられた、と言うことになる。
朝まで放置されるよりも女という意味でも学生という意味でも随分と良い対応をして貰ってなんだが、納得が出来ない。
これらのことをした・できた理由、まぁそれはスルーするにしても。
覇王流を知っていること、扱えることはどうしても見逃せない。
詰まる所。
(今日からは実践訓練を人探しに変えましょう)