ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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プロローグ 鮮烈な印象
第一話 バナーヌのような金髪


 すべては、泡沫(うたかた)のごとく消え去った。

 

 繁栄を謳歌していたハイラルを一夜にして滅ぼした未曾有の大厄災から、すでに百年近くの時が経とうとしていた。

 

 当時、完膚なきまでに打ちのめされ、粉砕されたハイラルの人間社会は、百年にわたって徐々に回復を続けた。文明らしきものが、人々の間に戻りつつあった。

 

 ほぼ百年という時間の長さは、かつての大厄災の記憶を薄れさせるには充分だった。今や当時の状況を直に知っている者は、ゾーラ族などの長命な種族を除けば、ほんの一握りになってしまった。

 

 大厄災など爺さんや婆さんの昔話、絵本のおはなし、簡単な読み物の数ページ……人々はハイラル王国を過去のものとしていた。

 

 だが、そんな一般人たちとは対照的に、いまだにハイラル王国に対し憎悪を燃やし、魔物に(くみ)し、人々に害なす集団が存在した。

 

 それは、イーガ団である。

 

 彼らは臙脂(えんじ)色のスマートな忍び装束に、涙目の逆さ紋様をあしらった仮面を身に纏っている。彼らの身のこなしはしなやかで、洗練されている。彼らは首刈(くびか)(かたな)をクルクルと振り回し、怪しげな術を使い、音もなく忍び寄っては敵の命を奪う。

 

「街道を行く旅人たちよ、注意せよ。(なんじ)の隣をゆくその者こそ、あるいはイーガ団であるかもしれぬのだから」 だが、このような警告は、なんの意味も持たない。彼らはそれほどまでに忍び、忍びきることができる。

 

 イーガ団の目的は? その規模は? 彼らの根拠地は? イーガ団に関する情報はあまりにも少ない。すべてが謎である。

 

 いや、たったひとつだけ、彼らに関して分かっていることがある。

 

 イーガ団は、黄色いツルギバナナに目がないということだ。

 

 

☆☆☆

 

 

 ハイラル西方、ゲルド砂漠のその北方にカルサー谷はあった。そのカルサー谷の奥の奥は、天性の強靭な肉体と、鍛え上げられた武技を誇るゲルドの女戦士たちでさえ、侵入するのに困難を極める難所中の難所であった。

 

 そこに、イーガ団の本拠地(アジト)があった。

 

 その日、アジトの広間には大勢の団員が集まっていた。華やいだ雰囲気だった。広間の中心部には土俵が据えられていた。

 

 その日は、年に数度の相撲大会の日だった。日頃()き使われている下っ端団員たちにとって、その日は合法的に上役(うわやく)を痛めつけられるチャンスの日であった。上役にとっては、その日は自己の強さを総長に直接アピールできる絶好の日であった。老幼、男女の区別なく、相撲の取り組みは行われることになっていた。

 

 広場の上座(かみざ)には絹の(しとね)が敷かれていた。褥の傍には漆塗りの盆が置かれていた。盆の上には酒の(びん)(さかずき)と、黄金に輝くツルギバナナがたっぷりと盛られていた。

 

 でっぷりと中年太りをした男が、見目麗しい女団員を侍らせ、上機嫌な様子で酒を呷りつつ相撲を観戦していた。

 

 この、強くたくましい男が、イーガ団総長コーガ様であった。

 

 先ほど行われた土俵の上のぶつかり合いは、数秒でカタがついてしまった。小さな体格の若い団員が、大きな体格のやや年配の団員を押し倒したのだった。

 

 コーガ様はここぞとばかりに口を開いた。

 

「ハハハハ! 普段大口を叩いているコジローも土俵の上ではまるで羊だな! 俺様もとんだ買い被りをしておったわ! サブはそれに比べて良くやった! ボーナスにバナナ十房をやろう!」

 

 押し倒され、土俵から派手に転落したコジローは、恥ずかしげに苦笑いをすると、自分の座へと戻っていった。小柄なサブは満面の笑みを浮かべ、抱えきれないほどのバナナを持って、ヨタヨタとした足取りで広場から出ていった。

 

 コーガ様はその様子を見てひとしきり笑ったあと、酒のせいで更に歯止めの効かなくなった持ち前のわがままを周囲にまき散らした。

 

「おい、ただのバナナはもう飽きたぞ! 冷凍バナナをもってこい! 酒も足らん! もっと持ってこい! それから焼き極上トリ肉もだ! 本当にお前らは気の利かん奴らだな! 俺様の食欲を舐めるなよ!」

 

 だが、傍らに控えていた女団員はその大声に気圧されることもなく、コーガ様の肩にしなだれかかると甘えるように言った。

 

「でも、コーガ様。次の取り組みは()()()ですわ。食べ物はそれが終わってからでも良くなくって?」

 

 コーガ様は言った。

 

「むむ!? ああ、そうか、()()()の番か! そんなら良いだろう」

 

 突然、広場が静まり返った。いつの間にか、土俵に一人の女団員が上がっていた。

 

 その女は美しかった。歳はまだ二十歳に少し届かないと思われた。キリッとした怜悧(れいり)そうな顔立ちに、鋭いサファイア色の双眼が光っていた。彼女は女性にしてはやや長身だった。その鍛え上げられた筋肉は、しかし、流麗な身体のラインを乱してはいなかった。その胸には白いさらしをきつめに巻いていた。その下半身には普段の忍び装束ズボンを身に着けていた。

 

 何より目をひくのが、その髪の毛だった。彼女は見事な金髪だった。金糸の如き流れるような豊かな金髪はポニーテールにしてまとめ上げられていた。ほどけば肩の下まで届く長さの髪の毛だった。

 

 ひそひそと、あちこちでささやき声が漏れた。

 

「おお、バナーヌだ……バナーヌが出たぞ……」

「あいつが相撲なんて取るとはな……」

「へっ、どうせ()ちのめされるさ……」

 

 どうやら土俵上の女、バナーヌはあまり好印象を抱かれていないようだった。

 

 バナーヌは、無表情だった。緊張や気負いなどの、そういった感情の動きはまったく見えなかった。

 

 その時、土俵の反対側に男が上がった。途端に周囲から歓声があがった。

 

「おお、バナーヌの相手はイワゾーか!」

「イワゾーなら、バナーヌは勝負にもなるまい!」

「イワゾー! その生意気な冷血女に恥をかかせてやれ!」

 

 イワゾーは、大きかった。その容姿は巨大な岩石を彷彿とさせた。彼は全身が筋肉でできているかのようだった。彼はバナーヌの二倍はありそうな背丈で、その両手両足は丸太のようだった。

 

 岩の割れ目から噴き出す蒸気のような吐息を、イワゾーは盛んに漏らしていた。彼の闘志はばっちりと燃えているようだった。

 

 女団員はコーガ様にささやいた。

 

「コーガ様、ねえコーガ様。聞けばあのバナーヌ、このあまりにも無謀な取り組みを自分から希望したそうですわ。よっぽどの自信があってのことだと思いますけど……万が一彼女が負けたら、これは何かしら(ばつ)を与えないと、彼女は反省しないんじゃないかしら」

 

 その言葉は、ひどくコーガ様の関心を惹いたようだった。彼は持ち前の大声で、広場中に聞こえるように言った。

 

「おお、それもそうだな! じゃあ、裸踊りでもさせるか! おい、バナーヌ! 負けたらお前、土俵の上で裸踊りしろ! 俺様が満足するまでな! ハハハハ!」

 

 総長に倣って、団員たちも騒ぎ立てた。

 

「ヒューヒュー!! 裸踊りだってよ!」

「サイコーだぜ!!」

「イワゾー、なるべく痛めつけてやれよ!」

「おい、バナーヌ! 前からテメエのさらしの下が気になってたんだ! いったいどれだけデケェのを持ってるのかってな! 今日はよく見せてくれよな!」

 

 下卑(げび)た歓声が辺りを包んだ。男も女も、上役も下っ端も、誰も彼もが欲望に薄汚く顔を歪ませていた。普段から彼らの全員がそれほどまでに下卑(げび)ているわけではなかった。今日は特別、そういう日なのだった。

 

 だが、バナーヌはそれに対して、何の表情も浮かべていなかった。ゆっくりと、冷静に周囲を見回すと、彼女はコーガ様のほうへ顔を向けた。

 

 バナーヌは、透き通った声で言った。

 

「総長。もし私が勝ったら、何をいただけますか」

 

 その声には奇妙な迫力があった。しかし、そのサファイア色の瞳に射抜かれても、コーガ様は(いささ)かもたじろぐことがなかった。彼は面倒そうに声を発した。

 

「ああ? お前が勝ったら、だと? そんなことはありえねえと思うが、それなら俺様の秘蔵のツルギバナナ百本をくれてやるよ。さあ、とっととおっ始めろ!」

 

 バナーヌは答えた。

 

「分かりました」

 

 彼女は一礼してから、イワゾーと向き合った。ついに立ち会いが始まった。

 

 イワゾーが知性の欠片も感じられない声で言った。

 

「げへへ、一瞬で終わらせてやるぞ」

 

 バナーヌは何も言わなかった。

 

 両者位置に付き、両手をつけた。

 

 爆発的なスピードで一気に飛び出したのはイワゾーだった。それに対して、バナーヌは一歩も動かなかった。一瞬で勝負は決まったものと思われた。

 

「なにっ!?」

 

 しかし次の瞬間、イワゾーの動きは止まっていた。いや、正確には止められていた。イワゾーは渾身の力でバナーヌの両肩を掴んではいたが、まったく動かすことができなかった。

 

 ざわめきが広場に満ちた。

 

「なんだと! どういうことだ!」

「ありえん! 怪力無双のイワゾーがバナーヌごときに止められるとは!?」

「どんなトリックを使ったんだ!?」

 

 あまりにも意外な事態に誰もが驚愕を隠せなかった。

 

 そこで、誰かがバナーヌの足を()した。ざわめきはさらに大きくなった。

 

「あっ、やつの足を見ろ!」

「いつの間に!」

「やつめ、いつの間にか変な靴を履いてるぞ!」

 

 イワゾーもまた驚いていた。開幕で全力をかけてぶつかり、そのまま土俵外へ吹っ飛ばして勝利を掻っ攫うつもりだったのに、この女はまったくビクともしない……困惑する心のままにイワゾーは、いまだ無表情を保っているバナーヌに問いかけた。

 

「おい、バナーヌ! テメエ、いったい何をしやがったんだ!」

 

 バナーヌは、ポツリと言った。

 

()()()()()()()に履き替えた」

 

 履き替えた? この立ち会いの最中に? いつ? どうやって? それに、()()()()()()()? あいあんぶーつって何なんだ?

 

 様々な疑問がイワゾーの脳内を駆け巡った。しかしその間に、イワゾーの体は宙へと浮かび上がっていた。周囲の者たちが驚愕の声をあげた。

 

「お、おおおっ!?」

「持ち上げた!? バナーヌがイワゾーの体を持ち上げただと!?」

「ありえねえ! イワゾーの体重は百貫(ひゃっかん)もあるのに!」

 

 バナーヌが、そのほっそりとした両腕でイワゾーの体を持ち上げていた。大樽(おおだる)を上に掲げて運ぶように、彼女はイワゾーの巨体を無造作に持ち上げてしまっていた。

 

 今度も、気づくことのできた者は気づけたかもしれなかった。彼女の両腕には、いつの間にか茶色のブレスレットが(はま)っていた。ブレスレットは淡い光を放っていた。

 

 視界が急激に切り替わり、今や背中を土俵上へ、顔を天井へ向けているイワゾーの心の中に、初めて恐怖心が湧いてきた。彼は叫んだ。

 

「おい、バナーヌ! お前、まさか俺をこのまま投げ飛ばすんじゃないだろうな!?」

 

 バナーヌは言った。

 

「そうだけど」

 

 イワゾーは言った。

 

「いや、『そうだけど』ってお前、やめろ! やめガっくわぶへ!!」

 

 イワゾーの言葉が終わる前に、バナーヌは彼を土俵の下へと投げ落としていた。轟音と砂煙が巻き起こった。地震のような振動がアジト全体を揺さぶった。アジトのあちこちに設置されている棚の上で、バナナが()んで()ねて踊って、バラバラと落下した。

 

 やがて、振動は収まった。だが、広場は静寂を保ったままだった。誰も彼もが意外な結末に唖然とし、呆然として声が出せないでいた。

 

 しかし、その事態を引き起こした当の本人であるバナーヌは、落ち着き払っていた。彼女は軽く手を叩くと、次に肩についたホコリを払い、前髪をかきあげた。彼女は身だしなみを整えてから、土俵(ぎわ)へと歩いていった。

 

 彼女は土俵下を覗き込んだ。彼女の口から声が漏れた。

 

「あっ」

 

 イワゾーは頭から星を出して気絶していた。それは良い。それは彼女にとって予想通りだった。だが、そこにはイワゾーだけではなく、酒瓶や砕けた盃の破片もあった。どうやらイワゾーがそこに落ちる直前まで、誰かがそこにいたようだった。イワゾーのすぐ横で、バナナが潰れていた。潰れたバナナはフレッシュな香りを放っていた。

 

 女団員が、呆れたような顔をして座っていた。バナーヌが視線を送ると、女団員はイワゾーの下へと指をさした。

 

 バナーヌは尋ねた。

 

「総長?」

 

 無言で女団員は何度も頷いた。すると、地獄の底から響いてくるような怒りと恨みの籠もった声が、イワゾーの下から発せられた。

 

「よくも、よくもこのバナーヌ野郎がぁっ! テメエ、わざと俺様の上にイワゾーを落としやがったな!」

 

 その声には並の人間ならば失神するほどの迫力があった。それでもバナーヌはいささかも表情を変えなかった。彼女は言った。

 

「いえ、そのようなことは決して」

 

 体重百貫もあるイワゾーを布団のようにはねのけると、コーガ様は勢いよく立ち上がった。人差し指をバナーヌに突きつけて、コーガ様は一気に捲し立てた。

 

「なにが、『いえ、そのようなことは決して』だ! こちとらテメエのクール気取りにはいい加減うんざりしてるんだよ! テメエ、内心では俺様のことを見下してるだろ! 俺様を甘く見るなよ! 団員のことなら俺様は何でも知ってんだ! なにせ、俺様は強くてたくましいイーガ団の総長だからな! お前、『いい機会だから相撲にかこつけて恥をかかせてやろう』と思ってただろ! いや、弁解しなくて良い! すべては明白だ! おい、罰としてコイツを牢にぶち込んでおけ!」

 

 今まで呆然としていた他の団員も、総長の怒声によって我に返った。

 

「ははっ!」

 

 彼らはバナーヌをあっという間に簀巻(すま)きにすると、そのまま担ぎ上げて牢へ猛スピードで運んでいった。

 

 ミノムシのようになったバナーヌが、ぽつりと呟いた。

 

「こんなはずでは」

 

 それでも、三日間の牢内での謹慎を終えた後、バナーヌのもとへ木箱に詰まったツルギバナナ百本が滞りなく届けられたのは、総長コーガ様の流石の采配(さいはい)といえた。




 ほいれんで・くー、人生初の小説執筆、人生初の投稿です。

 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 2017年の年末、念願叶ってようやくニンテンドースイッチとブレスオブザワイルドを手に入れることができました。年末年始はゼルダ世界にどっぷり浸かってました。

 好きなプレイは、ウオトリー村付近でひたすらカニとヤシの実を集めること。私は旧軍の兵隊さんロールプレイと勝手に呼んでいます。あとはパパイアとマンゴー、タロイモがあれば完璧だった……

 続きはゆるゆると上げていく予定です。

※前書きの内容を後書きに移動。かつ、その内容に加筆と修正を行いました。(2018/03/11/日)
※加筆修正を行いました。(2022/05/24/火)
※さらに加筆修正をしました。(2023/05/06/土)
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