ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

10 / 54
第十話 死闘

 ドゥランは、ゆったりと椅子に腰掛けて、ビリビリハーブのハーブティーを飲みながら一息ついていた。

 

 彼のすぐそばには、初老の男が蒼い顔をして担架に横たわっていた。その周りを、不安げな表情を浮かべた馬宿の宿長(やどちょう)と、若い店員たちと、興味半分で集まった客たちが囲んでいた。

 

 宿長は担架の傍らに膝をついて、初老の男の頬を(しき)りに叩いていた。

 

「起きろ、起きろ! ちくしょう、起きやがれ、このゴーゴーダケジャンキー!」

 

 ペチペチという音が響いた。やがて、担架の男はうめき声を漏らして、閉じられていた両目をゆっくりと瞬かせた。男はぼんやりとした視線を左右に動かした。そして男は言った。

 

「こ、ここは……」

 

 店員たちは安堵の声をあげた。

 

「おお、目が覚めた、目が覚めたぞ!」

「ピルエが起きたぞ!」

 

 宿長もホッとした表情を一瞬浮かべたが、すぐにそれを隠すと、わざとらしい怒り顔を作って言った。

 

「まったく、このクソジジイが! ついにくたばっちまったのかと思ったぞ! 心配かけやがって!」

 

 担架に横たわっている男、ピルエは、いまだ意識がはっきりしないようだった。彼はうわ言のようにぶつぶつと言葉を発した。

 

「う、うーん……白くて……白くてデカイ……」

 

 宿長が言った。

 

「なんだ!? 白くてデカイのがどうした!?」

 

 ピルエはぽつりと言った。

 

「……おっぱい」

 

 言い終わるとピルエは目を閉じ、ガクリと頭を傾けた。彼は能天気に安らかな寝息を立て始めた。

 

 店員たちは頭の上に疑問符を浮べながら話し合った。

 

「は? おっぱい? おっぱいって、あのおっぱい?」

「なんだ、なんのことだ? おっぱいがなんだってんだ?」

「はぁ、ついにゴーゴーダケの菌糸が脳にまで回ったのか?」

 

 突然、馬宿の入口から凛々しい声がした。

 

こんにちは(サヴァーク)! 宿長はいるか!」

 

 室内にいる全員の目がそちらへ向けられた。赤い髪に褐色の肌、長身で筋骨隆々の肉体、腰には煌めく半月刀……ゲルドの女戦士が、大きな影を室内に投げかけていた。

 

 ピルエのうわ言に首を(かし)げていた宿長だったが、その声を聞くと即座にスッと立ち上がり、素早く女戦士の元へ向かった。彼はうやうやしく頭を下げると、熟練の営業スマイルを顔に浮かべた。

 

「これはこれは、ランジェ様ではありませんか。どうぞどうぞこちらへ。いやはや、三本角の討伐ぶりでございますな。その(せつ)は大変お世話になりました。ろくに気の利いたご挨拶もできず大変申し訳ございません……」

 

 ランジェと呼ばれた女戦士は苛立たしげに頭を振った。どうやら相当気の短い性格をしているようだった。ランジェは言った。

 

「ハイリア流のまどろっこしい口上はいらん! 宿長よ、ゲルド流に単刀直入に言う。今日あたり、いとけなきルージュ様が初めての御旅行よりお帰りになられる。一晩この馬宿でお休みになる御予定だ。貴様には御出迎えの準備をしてもらう」

 

 宿長は嬉しそうな声を出した。

 

「なんと、それはまことでございますか! あのルージュ様がはや大冒険からご帰還とは。さてさて、それでは早速盛大な祝宴の準備をしなければなりませぬな。それでは、いささか無作法にて恐縮でございますがルピーの相談を……」

 

 ハーブティーを啜りながら女戦士と宿長の会話を聞いていたドゥランは、ふと嫌な予感を覚えた。砂に埋もれた怪しげな宝箱を前にした時のような、安物のビリビリハーブティーのような、そういうピリリとする嫌な予感だった。彼は言った。

 

「まさかな……いや、しかし……」

 

 ドゥランは席を立ち上がり、無言で外へ向かった。取り越し苦労ならば、それで良い。どうせ暇な仕事だ。だが、バナーヌに何かあったとしたら? 彼女のことは、彼女が小さい頃からよく知っている。優しい娘だ。妻や娘とも仲良くしてくれている……

 

 誰にも気づかれずに馬宿の外へ出ると、ドゥランはバナーヌの後を追ってゲルドキャニオンを駆け始めた。彼はその時、剣鬼に戻りつつあった。

 

 

☆☆☆

 

 

 金色に輝く豪奢な馬車の中で、ルージュは、つくねんと座っていた。彼女はピンク色の大きなスナザラシのぬいぐるみを両腕でしっかりと抱いていた。

 

 少しだけ開いた窓からは涼しい風と共に、様々な音が入ってきた。つい先ほどまでは、女兵士たちの喧騒、なにか野太く暑苦しい声、そして岩を砕く音が聞こえていた。今度は隊長チークの鋭い号令と、女兵士たちの怒号が聞こえてきた。

 

 一体、何が起こっているのか? ルージュは確かめに行きたかった。好奇心をくすぐられる。だが、それを満たすことはできない。自分はゲルド族族長の唯一の跡取り娘、ルージュである。自分の身柄の重さは充分承知している。ふらふらと馬車の外に出て、万一のことがあってはならない。そんなことがあれば、優しくも厳格な母はきっと怒るだろうし、なにより責任を問われる護衛の兵士たちが気の毒だ……

 

 それでも、知りたい。うずうずする心をごまかすように、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、ルージュは行儀良く座っていた。

 

 馬車が大きく揺れた。ルージュはビクッと体を震わせたが、すぐに安心した。側近(そっきん)のビューラが扉を開けて馬車に入ってきたのだった。ビューラは言った。

 

「ルージュ様、ご報告します。ゴロン三兄弟の協力を得て落石を完全に撤去することに成功しました。しかしその直後、イーガ団が出現。現在チークの指揮の元、兵士たちが応戦中です」

 

 ルージュにとって、イーガ団という名前の響きは意外そのものだった。彼女は言った。

 

「何、イーガ団? それは(みずうみ)研究所を襲ったという、あのイーガ団に相違ないか?」

 

 ビューラは頷いた。

 

左様(さよう)でございます」

 

 ルージュはまた言った。

 

「もしや、わらわの帰路を妨害せんとの悪しき陰謀か? この落石も、もしや彼らの計略では?」

 

 (あるじ)の懸念に対して、ビューラは答えた。

 

「そうであるかもしれませぬ。しかしながら、出現したイーガ団はただ一人です。ここへ戻る途中、周囲の様子を探りましたが伏兵があるとも見えませんでした。いずれチークたちが討ち取るでしょう。ですが、御身(おんみ)に万一のことがあってはなりませぬ。私が護衛いたしますので、どうかご安心なさいますよう」

 

 だいたいの話は分かった。それでも疑問は残っている。抑えきれぬ好奇心から身を乗り出して、ルージュはビューラに問いを投げかけた。

 

「チークはいまだ若いが、指揮官としても戦士としても、その力量は疑いなきもの。そやつを必ず討伐するであろうが、そも、イーガ団とは何者だ? 古き時代においてはハイラル王国に反抗し、そして近頃においては母様の御病気治癒の手がかりを奪い去った、憎さも憎き敵ということは分かるが」

 

 ビューラは主からの下問に答えて言った。

 

「イーガ団は、カルサー谷に拠点を構える武装集団です。隠密と潜伏を事とし、ハイラル全土に陰謀を巡らせ、闇夜に紛れて破壊と殺戮を行う、卑劣にして非情なる者共です」

 

 ルージュはさらに問うた。

 

彼奴(きゃつ)らの組織の規模は? その目的は? なぜ人心を(いたずら)に惑わすのだ」

 

 ビューラは静かに首を左右に振った。

 

「実のところを申し上げれば、イーガ団はまったくの謎です。厄災を魔王として崇め、そのために暗躍しているらしいのですが、組織の規模も、何を目的としているのかも、詳しいことはなんら分かりませぬ。ただ、全団員に共通する特徴として、ツルギバナナに目がないということは知られております」

 

 ルージュは言った。

 

(みずうみ)研究所を襲った連中も、バナナ栽培だのなんだのと言っていたらしいな」

 

 ビューラは答えた。

 

「我らゲルド族には理解のできぬ宗教なり、慣習なりを持っているのかもしれませぬ」

 

 ひととおり話を聞いたルージュは、目を閉じた。神出鬼没のイーガ団、一切謎のイーガ団、そして、愛しき母様の怨敵イーガ団……それが我々の前に現れたという。これは、天の与えた好機かもしれぬ。

 

 確固たる決意と共に、断固とした口調でルージュはビューラに言った。

 

「ビューラ」

 

 ビューラは頭を下げた。

 

「はっ!」

 

 ルージュは言った。

 

「そのイーガ団は、何としてでも捕らえよ」

 

 ビューラは驚きの表情を浮かべた。

 

「なんと」

 

 ルージュはさらに言った。

 

「その者を捕虜としてゲルドの街へ連れて帰り、尋問するのだ」

 

 ビューラは言った。

 

「しかしながら、おそらく口は割らないでしょう」

 

 ルージュは首を少し振った。

 

「だが、手かがりにはなる。(みずうみ)研究所を襲った連中について、わらわは少しでも情報を得たい。母様の御病気の治療にわずかでも関係するかもしれないのだ。ビューラ、わらわの護衛は良い。チークのもとへ行き、『ルージュがイーガ団を生きたまま捕らえよと望んでいる』と伝えてくれ」

 

 お側を離れるわけには、と忠誠心の篤いビューラは難色を示した。ルージュは重ねて命じ、さらには小さく華奢な手を、大きく無骨なビューラの手に重ねて、真摯に目を見つめて静かに頼んだ。

 

「頼む、わらわには情報が必要なのだ」

 

 これ以上はかえって不忠となる。ビューラは、何があっても外には出ないよう、そして決して窓は開けぬようルージュに忠告してから、素早く身を馬車の外へ躍らせると、煌めく宝石も鮮やかな巨大な両手剣を携え、チークのもとへ向かった。

 

 

☆☆☆

 

 

「ふんっ! まさか隊列を突破するとはな! 敵ながらあっぱれと褒めてやる! 隊長としてお前を逃がすわけにいかん! とっととその首を寄越せ!」

 

 刃を振り払うと、バナーヌは後ろへ跳んで間合いを取った。たらりと、彼女の頬に冷や汗が流れた。仮面越しに見るゲルドの女戦士は、赤い髪と褐色の肌をした、筋骨隆々の堂々たる偉丈夫、いや「偉丈婦」で、満身より闘志と殺気を奔流のごとく迸らせていた。

 

 容易な相手ではない。バナーヌは喉を鳴らした。少なくとも、体格面では圧倒的に不利である。剣技も、先ほど打ち込んできた威力から察するに、相手に分があるように思われる。持つ武器も、こちらの中古でガタガタの首刈り刀と比較して、より大きく分厚く重く、切れ味は鋭そうだ……

 

 イーガ団の基本戦術は、潜伏と奇襲である。その戦闘教義は徹底されている。団員は、幼年期にふいうちと奇襲の重要性を鞭の痛みと飴の甘さと共に教え込まれ、過酷な実戦を経てそれを骨肉に染み込ませているのだ。

 

 その点から言うと、今回バナーヌが置かれている状況は最低最悪であった。逃げ場はない。姿を晒してしまった。相手は大軍だ。なんとか切り抜けたと思ったら、自分よりも戦闘技量に優れるかもしれない女戦士と正面対決を強いられている。

 

 時間は掛けられない。ダラダラと斬り合いをしていれば、いずれ体格差によって圧倒されることは容易に想像できるし、なにより首刈り刀が保たないだろう……

 

 バナーヌは仕掛けることにした。鋭い身のこなしであっという間に間合いを詰めると、彼女は相手の首筋目がけて、必殺必中の気迫を込めて首刈り刀を振るった。

 

「ふんっ!」

 

 だが、それはあっけなく防がれた。バナーヌの耳を甲高い金属音が貫いた。さすがはゲルドの女戦士であった。その反応速度は異常なまでに高かった。広漠たる砂漠で日夜修練に励む彼女らは、優れた視覚と神経系統を有していた。

 

 今度は、チークが月光のナイフを袈裟がけに振るった。リザルフォスのように素早く、明確な殺意の込められた動きだった。

 

「はあっ!」

 

 短く声を発し、バナーヌはそれを受け止めた。

 

「しっ!」

 

 ガッシリと双方の刀がかち合った。バナーヌはチークの動きに完璧に対応できていた。だが、彼女の首刈り刀の細い刀身は、頼りなく大きくたわんでいた。

 

 彼女たちは、互いに弾かれたように距離を取り、すぐ猛然と詰め寄った。それからは激しい打ち合いとなった。裂帛(れっぱく)の気合いとともに怒号を上げ、骨まで断てよとばかりにチークは月光のナイフを振るった。対してバナーヌは、静かな闘志を全身に(たぎ)らせて、流れるように首刈り刀を振るった。

 

 そこで、女兵士たちの声が響いた。

 

「あっ、隊長!」

「おのれ、隊長が!」

「守れ! 隊長を守れ!」

 

 いつしか、女兵士たちが戻ってきていた。疾風のブーメランで遠くに飛ばされたために、武器を持っていない者が大半だったが、それでも女兵士たちは円陣を組んで、打ち合いを続けるチークとバナーヌを取り囲んだ。

 

「武器を持つ者は前へ出ろ! 持たぬ者はイーガ団の周りを固めろ!」

「隊長、お下がりください! あとは私達がやります!」

「イーガ団、今度こそ逃げ場はないぞ!」

 

 ギンッ、と鈍くひときわ大きい音を立てて、また二人は距離を取った。チークもバナーヌも、呼吸をまったく乱していなかった。

 

 突然、チークは意外なことを言い始めた。

 

「お前ら、手を出すな! こいつは私が倒す!」

 

 兵士たちは困惑した。怒りっぽいが冷静で、敵に対してきび砂糖の絞り汁一滴ほどの甘さを見せぬ隊長にしては、あまりに「らしくない」発言であった。兵士たちは口々に言った。

 

「いったい何を言ってんですか、隊長!」

「さっさと囲んで殺しましょうよ!」

「こいつはイーガ団ですよ!? 情け無用です!」

 

 チークは大きな声をあげた。

 

「えーい、黙れ黙れ! 命令だ! お前ら静まれ! 静まれ!」

 

 隊長の命令には絶対服従である。兵士たちは静まりかえった。

 

 チークは、バナーヌを不敵な笑みと共に見つめた。二人の間を一陣(いちじん)の風が砂塵ともに吹き抜けた。油断なく首刈り刀を構える対戦者に、チークは気負うことなく語りかけた。

 

「なかなか良い腕前じゃないか。イーガ団というのは、後ろからでないと人を斬れぬ臆病者ばかりだと思っていたが、ここまで私の剣に正面から打ち合える者がいるとは」

 

 バナーヌは何も答えなかった。だが、チークは気にせずに話し続けた。

 

「ゴロン三兄弟も言っていた。『一人を大勢で囲むのはケンカの流儀に反する』とな。いくらゲルドオオサソリのように卑怯卑劣で薄汚いイーガ団とは言っても、たしかに数にモノを言わせて勝つというのは、戦士としての誇りと体面に関わる。おいっ!」

 

 チークは一人の女兵士に声をかけた。女兵士は答えた。

 

「はっ!」

 

 日頃より共に鍛錬を積み、よく気脈を通じている部下は心得たもので、隊長の短い声から何を欲しているかをすぐに察して、腰に下げている月光のナイフを投げて寄越した。

 

 チークはそれを力強く受け取ると、鞘を振り払った。その右手に月光のナイフ、その左手にも月光のナイフがあった。

 

 兵士たちは歓声をあげた。

 

「おお、あれは!」

「あれこそは隊長必勝の構え!」

「古ゲルド剣法奥義、円月(えんげつ)二刀流!」

「本気だ! 隊長が本気になったぞ!」

 

 彼女たちはみんな、滅多に見られない隊長の本気の構えに興奮していた。

 

 左の刀を上段に、右の刀を下段に構えながら、チークは高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名はチーク! ゲルドの戦士! 一族の誇りにかけて貴様を倒す! いざ尋常に勝負!」

 

 名乗るや否や、チークは爆発的な勢いで前方へ飛び出した。瞬く間に距離を詰めると、さながら幾日も砂漠を支配する、雷電を伴った大砂嵐のような勢いで、チークは二振りの月光のナイフをバナーヌへ振り下した。

 

「うおおおっ!!」

 

 目にも止まらぬ連撃であった。チークの円月二刀流は、生まれついての類稀な剣の才能を、血の滲む努力を幾年も重ねて磨き続けた結果習得されたものである。

 

 円月二刀流の始まりは古い。一書によると、それはかつて、ゲルド族が盗賊として生業(なりわい)を立てていた時代、迫り来るハイラルの大軍を少数で迎撃するために考案された剣法だという。二振りの刀は、一つを攻撃、一つを防御と割り当てるのではなく、双方ともにもっぱら攻撃に用い、対戦相手に反撃する(いとま)を与えず、短時間で圧倒圧殺することを目的とする。

 

 その威力は、まさに砂漠に吹く暴風だった。バナーヌは頼りない首刈り刀で必死に防ぎ続けるしかなかった。

 

 チークの戦意に満ちた声が響いた。

 

「どうした、どうした! その程度か! まだまだこれからだぞ!」

 

 チークは両手の刀を思い切りバナーヌへ叩きつけると、不意に後方へ跳んで間合いを作った。そして、左手の刀を前方へ、右手の刀を後方へ向け、あたかもブーメランのような形の構えを取った。

 

 女兵士たちが息を呑んだ。

 

「おお、出るぞ!」

「隊長の必殺技だ……!」

「しっ! 静かに……!」

 

 チークは刀を構えたまま前へ飛び出した。バナーヌは身構えた。一足一刀の間合いに入ろうとする寸前、チークは突如として体を(ひね)り始めた。しなやかで厚みのある豊かな筋肉が生み出す高速回転により、二振りの刀はあたかも円月(えんげつ)のように光り輝いた。

 

 それこそ、円月二刀流の真髄、回転斬りであった。チークはバナーヌに刀を振るった。

 

「どりゃあああっ!!」

 

 思わず、バナーヌの口から苦しげな声が漏れた。

 

「……チィッ!」

 

 圧倒的威力に抗しきれず、バナーヌは空中へ弾き飛ばされた。しかし彼女もまた、よく訓練されたイーガ団であった。

 

 斬られてはいない! 彼女は斬られていなかった。

 

 バナーヌは、間一髪で迫り来る(やいば)の片方を避け、片方を首刈り刀で受け止めていた。彼女は軽業師(かるわざし)もかくやという軽やかな身のこなしで、空中で独楽(こま)のように回転すると、音もなく着地した。

 

 だが、彼女が再度構えた首刈り刀は、真ん中から無惨(むざん)にも折れていた。

 

 勝ち誇ったように、チークが言った。

 

「勝負はついたな。さあ、首を差し出せ」

 

 チークは、勝利を得たと確信していた。強敵を打ち倒した感慨が彼女の全身を駆け巡っていた。なかなか粘り強いやつだった、必殺の回転斬りを受けて生きているとは思わなかったが、武器を破壊されてはもはや抵抗できまい……

 

 敵は、クルリと背を向けた。観念して首を打たせるようだった。チークは言った。

 

「殊勝なやつではないか。安心しろ、お前は優れた戦士だ。痛みは与えぬ」

 

 チークはつかつかと近寄った。敵は、やはりピクリとも動かなかった。イーガ団は生き汚く、卑劣で、ふいうちを得意とする。最後まで決して油断はしないが、容赦もしない。

 

「むんっ!」

 

 得難い強敵を失うという哀しみをどこかで感じながら、チークは月光のナイフを振り下ろし、白く細い首を斬り落とした。

 

 そのはずだった。

 

「なにっ!」

 

 確かに首を落としたと思ったその直後、予想だにしない硬い衝撃が、鈍い金属音とともにチークを襲った。これは、何か岩を斬りつけたような感触だ!

 

「ゴロぉ……」

 

 目の前のイーガ団はいつの間にか、ゴロン三兄弟の長兄バケットにすり替わっていた。硬いゴロンの頭にぶち当たった刃が、ねじり鉢巻を両断していた。

 

「これは!?」

 

 いかん、後ろだ! ハッとして後ろを振り向くチークの鳩尾(みぞおち)に、強烈な衝撃が走った。発射された大砲の砲弾のように彼女はぶっ飛び、ゴロン三兄弟の長兄バケットをついでに巻き込んで、長い距離を飛んだあと、激しく砂煙を上げながら地面に突っ込んだ。

 

 そこには、バナーヌがいた。長く優美で、しなやかな片足を、彼女は前に突き出していた。彼女はチークへ渾身の蹴りを放ったのだった。その首筋にはごく浅い切り傷があり、赤い血が滲んでいた。

 

 変わり身の術、それはイーガ団流戦闘術「オ・クノテ」の一つである。その術は本来ならば重装甲の敵に対して用い、変わり身には火薬樽を用いる。それはどれだけ修練を積んでも、才なき者は一生身につけることができない高等技術である。たとえ身につけたとしても、日々弛まぬ研鑽を重ねて技量を維持しなければ実戦で生かすことはできない。

 

 女兵士たちが悲鳴を上げた。

 

「隊長!」

 

 女兵士たちがチークへ駆け寄った。長兄バケットがチークの上にのしかかっていた。彼女たちは邪魔なゴロンを押しのけて、隊長が死んでいないか確かめた。死んではいない! だがチークは頭から星を出し、完全に気絶していた。

 

 女兵士たちの血管がブチ切れた。

 

「おのれ、よくも隊長を!」

「許さん!」

「殺せ、イーガ団をぶち殺せ!」

 

 怒り狂った女兵士たちが、バナーヌを取り囲んできた。折れた首刈り刀を、バナーヌは静かに構えた。そして彼女は、いつもと同じ冷静な声で言った。

 

「次は、だれだ」

 

 あえて挑発的なことを彼女は言った。なんとか隙を作らなければならなかった。

 

 答える声があった。

 

「次は、私だ」

 

 突如、バナーヌの背後に巨大な影が現れた。咄嗟に振り向いたバナーヌを、鋭い斬撃が襲った。彼女の仮面は真っ二つに縦に両断され、キツく巻かれていたさらしも断ち切られた。オルディンダチョウの卵のように白く大きな彼女の胸が、勢いよくまろび出た。

 

 バナーヌの新たな敵は、ビューラだった。ビューラは低い声で言った。

 

「ルージュ様が貴様をご所望だ」

 

 兵士たちが歓声を上げた。

 

「ビューラ様!」

 

 ビューラは言った。

 

「抵抗は無駄だ。一緒に来てもらうぞ」

 

 新たな強敵の出現に、バナーヌの胸が早鐘を打った。彼女はじっと、折れてしまった首刈り刀を見つめた。

 

 どうする? 武器はもう、どこにもない。




 任天堂さん、リンクさんにも大破絵実装して下さい!

※加筆修正しました。(2023/05/06/土)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。