ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第十一話 デスパレートな女たち

 宝石と化粧品、恋と酒を好むゲルド族であるが、それは彼女らが奢侈(しゃし)惰弱(だじゃく)に流れやすいという意味では決してない。過酷な砂漠に生まれつき、日のあるうちは灼熱の風、月が昇れば荒涼の風にいとも軽やかに命を奪われる環境にあって、いかに儚い生を華やかに謳歌するかという(すべ)を、彼女たちはよく知っているだけなのだ。

 

 ゆえに、ゲルド族には戦士が多い。それも、優れた戦士が多い。あらゆる綺麗なもので身を飾り、見果てぬ恋を追い求め、冷たい美酒で喉を潤すことと同じく、彼女たちは身に横溢する生命力を発散する手段として、鍛錬と闘争を好むのである。

 

 詩情豊かなハイラル王国の騎士は、そんなゲルドの戦士を「可憐なる砂漠の花」と呼んだ。もっとも、言われた当人たちはそれを「耐え難き侮辱」と受け取り、怒ったものであった。

 

 そのような美々しく勇ましい女の園に、ビューラは生まれた。彼女は優れた戦士の素質を持っていた。彼女はカラカラコヨーテの幼獣のように可愛くひ弱な幼い頃より、その身に余る大剣を振り続け、珠玉のごとき才を飽くことなく磨き続けた。(ちょう)じて人並み優れた肉体を手に入れてからも、彼女はそれに甘んじることなく日々の鍛錬を欠かさなかった。

 

 いつしかゲルドの人々は、彼女のことを「ゲルドの至宝」と呼び、讃えるようになった。

 

「あんなに可愛かったビューラちゃんが、まさかこんなに屈強な戦士になるなんて」

「ヴォーイハントには行かないのかしら?」

「ビューラちゃん、族長様の盾になるっていつも言ってるのよ。ヴォーイには興味なんてないんじゃないかしら」

「まさか、ヴァーイズラヴ!?」

「しかも族長との身分違いのラヴ!? キャーッ!! ロマンスよロマンス!」

 

 雑音に耳を貸さず、ビューラは剣を振り続けた。より鋭く、より速く、より美しく! 若く一途な彼女の頭の中には、常に剣を磨くことだけがあった。

 

 ひときわ気温が高く、日差しが強かったある年のことであった。その年、モルドラジークが異常繁殖し、砂漠の各所で大量発生した。

 

 貪欲(どんよく)なる砂漠の支配者、ハイラル最大級の魔物、陸の巨鯨などと呼ばれるモルドラジークの生態について、詳しいことは分かっていない。砂漠の地下奥深くに産み付けられた卵が一万年をかけて温められて孵り、一万年をかけて成長し、そして一万年をかけて卵を産むのだと、古くからの伝承は言う。原因はともかく、その年はモルドラジークがあらゆる場所に蔓延った。

 

 それらは通常種よりやや小ぶりであったが、凶暴性と危険性はまったく変わりなかった。多数の隊商が襲われて物流が途絶し、ついにはカラカラバザールが孤立するという緊急事態となった。これを受けて、若き族長は決然として立ち、自ら兵士を率いてモルドラジーク討伐へ向かった。その軍勢に「ゲルドの至宝」ビューラが、きらびやかな両手剣を携えて従っていた。

 

 豊かな赤髪を軽く靡かせ、絶対の自信と共に晴れやかな笑顔を浮かべながら、若き族長はビューラへ力強く語った。

 

「私もお前も、その才を讃えられたことは数知れないが、その功績を認められたことは一度もない。此度(こたび)はかつてなき国難であるが、私達が歴史にその名を刻み、磨き上げた才がどれほどの功績を残せるのかを確かめる良い機会だ。ビューラよ、存分に働くが良い。私にゲルドの至宝の輝きを見せてくれ」

 

 この族長こそ、後にルージュを産むその人であった。

 

 作戦は順調だった。族長の着実な指揮のもと、モルドラジークの大群は徐々に追い詰められ、その数をじりじりと減らしていった。すべては順調そのものに思えた。だが、予期せぬことが予期せぬ時に起こるのが戦場というものである。

 

 作戦開始から一週間が経った日のことだった。季節外れの大砂嵐がゲルドの隊列を襲った。そして、そのタイミングに合わせたようにモルドラジークの大群が、さながらデスマウンテンの絶え間なき噴煙のように、黒い砂煙を上げて迫ってきた。

 

 戦場は、またたく間に混沌と狂乱の巷と化した。伝令が次々と急報をもたらした。

 

「視界がまったく得られず、接近を確認できません!」

「第二、第三分隊が消えました! 敵に呑み込まれた模様!」

「スナザラシがパニックを起こしました! 輜重隊(しちょうたい)を維持できません!」

 

 族長は的確に指示を出し続けた。

 

「目だけに頼るな、耳も使え! 聴音手を配置せよ!」

「隊列の間隔を広く取って攻撃を避けよ!」

「荷物は捨てよ! だが、火薬樽だけは放棄するな!」

 

 吹き荒ぶ砂の暴風に負けず、族長は声を枯らして指揮をとった。麾下(きか)の隊長たちと兵士たちは、ここを先途(せんど)と死力を振り絞って戦った。

 

 戦いが始まって、どれだけ経ったのだろうか。族長を守って奮戦していたビューラは、いつの間にか孤立していた。あたりにはモルドラジークの気配が五匹、すべてこちらを狙っていた。いわゆる、絶体絶命の状況であった。

 

 絶望と死の予感の次にビューラの胸中を満たしたのは、意外なことに、火のような闘争心と、今まで感じたことのない歓喜だった。彼女は笑っていた。

 

「は、はは。ははははっ!」

 

 彼女は、噛み付かれ弾き飛ばされ、全身が血塗れになりながらも、笑顔を浮かべてモルドラジークを屠り続けた。これまでいくら鍛えてもそれ以上速くならなかった剣は、いとも簡単にその壁を乗り越え、あたかも柔らかな木綿の布を断つように、モルドラジークの硬い表皮を切り裂いた。

 

 いつしか、砂嵐は晴れていた。大量のモルドラジークの残骸の中に、ビューラは放心したように佇立(ちょりつ)していた。

 

 あらゆる賞賛がビューラへ投げかけられた。

 

「おお、ビューラちゃん、生きてて良かった!」

「さすがはゲルドの至宝!」

「これだけのモルドラジークの肝と背びれ、ルピーに換算したらいったいどれほどの値が付くことか。でかしたな、ビューラ」

 

 それでも、ビューラが一番大切にしたのは、彼女自身がこの戦いで得た一つの「悟り」であった。

 

 確実な死を飛び越え、歓喜に満ちた新たな生を得るために、絶望の中で剣を振り続ける者、それこそが真の戦士である。そのことを彼女は悟った。

 

 若き族長は、笑顔を浮かべて死線を乗り越えたビューラが、以前とは比較にならないほど著しく成長したことに気づいた。そして族長は、主君と臣下という関係を超えた、一種の親愛の情を抱くようになった。子をなしてからもそれは変わらず、族長は愛しき娘を預けるに足る人物として、ビューラを信頼し続けた。

 

 

☆☆☆

 

 

 ビューラは、目の前のイーガ団を見つめた。イーガ団はオルディンダチョウの卵のような白く大きな胸部を隠しもしなかった。そのしなやかな体は、もはや役に立たぬ折れた刀を持って油断なく身構えていた。断ち割られた仮面の下から現れた素顔は、無表情ながらも、夜空の冷たい月のような美しさを持っていた。澄んだサファイア色の瞳は、まだ闘志を失っていないようだった。

 

 ビューラは言った。

 

「抵抗は無駄だ。一緒に来てもらうぞ」

 

 イーガ団は、ちらりと折れた武器を見た。そして次に、ビューラへ静かな視線を向けた。その無表情に、本当に微かであるが、笑みが浮かんだように彼女には思われた。ビューラはまた言った。

 

「笑うか、イーガ団」

 

 ビューラは、かつての自分を重ね合わせていた。死地に陥ってなお、諦めぬ。この者にとって、今この時この場こそ、新たなる生へと跳躍する瞬間なのかもしれぬ。

 

 ならば、自分のやることは決まっている。ビューラは軽く頷いた。この者をこれ以上さらなる死地へと追いやらないこと、それが肝心だ。追い詰められれば追い詰められるほど実力を開花させる者には、蜜のように甘い言葉で、とろけるような安心感を与えてやれば良い。ビューラはよく選んで言葉を投げかけた。

 

「どうした、来ないのか。安心せよ、決して命を奪うようなことはしない。練達の戦士であるチークを倒した勇士として、お前は我らの街で然るべき歓待を受けるであろう。ツルギバナナ、だったか、それを山のように積んでお前に提供してやろうではないか」

 

 バナナと聞いて、イーガ団の表情に考えるような色がうっすらと見えた。だがそれは、厚い雲に遮られた太陽が一瞬だけ顔を覗かせてまた隠れてしまうように、またたく間に掻き消えてしまった。

 

 ビューラは言葉を続けた。聞き分けのない(かたく)なな子どもに説き聞かせるように、彼女は言った。

 

「もしや、捕虜となることを仲間に知られるのを恐れているのか。ならば、それについても心配はしないで良い。決して、お前の仲間に通報するようなことはしない。我々を除いて、お前が敗北し囚われたことを知る者は誰もいないのだ。安心して我々に身を委ねるが良い」

 

 やはりイーガ団は何も答えなかった。表情も変わらなかった。イーガ団は、じっとビューラを見つめるだけであった。決死の覚悟に身を強張らせている者には、言葉は届かないのか。ビューラは溜息をついた。

 

「どうしても来ないのか」

 

 ルージュ様は連れてこいとは(おお)せになられたが、五体満足で連れてこいとは命令されなかった。腕か足の一本でも奪えば、さすがに抵抗できまい。彼女はそう考えた。

 

「ならば、力づくだ」

 

 そうビューラが言った瞬間、イーガ団は動いた。イーガ団は腰のポーチへ手を伸ばすと、白いブーメランを素早く放り投げた。

 

 あっ、と女兵士たちが叫んだ。

 

「ビューラ様!」

「お気をつけください!」

「武器を手放さないよう!」

 

 放たれたブーメランは突風を纏って光り輝きながら、ビューラの周りを目まぐるしく飛び回った。巻き上がる砂塵で視界は遮られ、襲いかかる疾風は彼女の手から両手剣をもぎ取ろうとした。

 

「子ども騙しか」

 

 だが、ビューラはまったく動じなかった。北ゲルド巨石のように、彼女は(いわお)のごとく(げん)として揺るがなかった。鷹のように鋭い視線は、依然として敵を見据えたままだった。

 

 ブーメランを放った直後、イーガ団は間髪を入れずに次の行動へ移った。ゲルドの弓とはまったく異なる、独特な形をした弓に矢を(つが)え、次々とビューラへ放ってきた。番えられた矢は一本だったはずだが、なぜか二本が一度に飛来した。

 

「ふん」

 

 ビューラは、ハイリア人には身に余るほど長大で重厚な両手剣を、あたかも片手剣を振るうかのごとく軽やかに振り回して、顔面めがけて殺到する幾筋もの矢を撃ち落とした。一回、二回、三回、四回……

 

「む!」

 

 五回目の矢を払った直後、ビューラの懐を目掛けてイーガ団が飛び込んできた。優美なシルエットが走り、跳んだ。金髪のポニーテールが揺れ、白く大きな胸が揺れた。

 

 武器がないのだから、必然的にそれは徒手空拳であった。短い掛け声と共に連撃が放たれた。固く握られた拳による鋭い突きと、細く優美な脚からは想像できぬほどの重みを持った蹴りが連続した。

 

 無数の打撃に見舞われたビューラであったが、しかし、彼女はまったく(こた)えていなかった。

 

「こそばゆいわ!」

 

 ビューラの鍛え上げられた筋肉は、さながら鋼鉄のように硬く、若竹のようにしなやかで、イーガ団の渾身の連撃をすべて受け流した。彼女は、目障りなふさふさと揺れる金髪のポニーテールへ重い手刀を振り下ろすと、両手剣の幅広の腹で横あいから思い切り殴りつけた。

 

「むんっ!」

 

 イーガ団は叫び声をあげた。

 

「ぐはっ!」

 

 血反吐(ちへど)を吐いて、イーガ団はふっ飛ばされた。イーガ団は空中を数瞬飛翔したあと、ぐちゃりとバナナが潰れるような音を立てて地面に墜落した。

 

 周りを囲んでいる女兵士たちが口々に喝采をあげた。

 

「さすがは『ゲルドの至宝』ビューラ様!」

「イーガ団をまったく寄せ付けないわ!」

「身のほど知らずめ! 徒手空拳でビューラ様に(かな)うわけないのよ!」

 

 イーガ団は落ちた直後、すぐに体勢を立て直した。

 

「ぐっ……む……」

 

 だが、その口からは血が垂れていた。血が白い胸を鮮やかに赤く染めた。サファイア色の瞳は光を失ってぼんやりと弱々しかった。イーガ団は荒々しい呼吸をして、片膝をついていた。

 

 ビューラは感心して、声を発した。

 

「ほう、まだ意識があるか」

 

 たしかに意識を刈り取るつもりで殴ったのだが……これほどの戦士はなかなか見つかるものではない。彼女はそう思った。チークが(おく)れを取ったのも分かる。優れた戦士を見ると興奮しすぎるのはやつの悪い癖だが、私もルージュ様のご命令がなければ戦いを楽しんでしまったかもしれない……

 

 圧倒的強者の風格を伴って、ビューラはイーガ団のもとへ歩いていった。イーガ団は意識がはっきりしないようだった。イーガ団は近づいてくる影に何も反応を示さなかった。

 

 ビューラは言った。

 

「お前は実によく戦った。だが、ここまでだ」

 

 午後の日差しを受けて、両手剣にあしらわれた宝石が色とりどりの輝きを放った。特にどうという感慨もなく、ビューラはその両手剣を振り上げた。頭蓋を砕かないように、だが今度こそ意識を確実に奪うように。磨き上げられた技術によって、巧みに力を調整された大剣が振り下ろされた。

 

 イーガ団の頭部へ、光り輝く無慈悲な鉄塊が迫った。

 

 そこで、金属音が響いた。その直後、男の声がした。

 

「いや、ここまでではないさ」

 

 低く、深みのある声だった。何者かが、細く長い片刃の刀で、両手剣を受け止めていた。

 

 

☆☆☆

 

 

「なんとか、間に合ったな」

 

 ビューラとイーガ団の間に割り込んだその人物は、筋肉質で、肩幅の広い体格をしていた。椰子の木のような一本の黒い髷と、臙脂色(えんじいろ)の頭巾と臙脂色の忍び装束、そして涙目の逆さ紋様を刻んだ白い仮面は、その人物が紛れもなくイーガ団員であることを示していた。

 

 意外な展開に女兵士たちは騒いだ。

 

「なっ!? イーガ団!?」

新手(あらて)だ! 新手のイーガ団だ!」

 

 対してビューラは、特段の動揺を見せなかった。両手剣へ込める力を些かも緩めることなく、彼女は目の前の闖入者(ちんにゅうしゃ)へ言葉を投げかけた。

 

「救援か」

 

 新手のイーガ団は答えた。

 

「そうだ」

 

 イーガ団は刀を素早く振ってビューラの両手剣を跳ね除けると、蹴りを放って無理やり間合いを作った。男は仲間の金髪のイーガ団を庇うように、長く繊細な作りの刀を下段に構えた。

 

 ビューラは言った。

 

「たった一人で救援か」

 

 イーガ団は答えた。

 

「そうだ」

 

 その返答を嘲笑うように、ビューラはまた言った。

 

「無謀だな」

 

 どこか不敵な口調でイーガ団は答えた。

 

「そうでもない。ゲルドの至宝、お前さえ倒せばあとはどうとでもなるさ」

 

 ビューラは少し意外そうな顔をした。

 

「ほう、大した自信だ。できるのか」

 

 男は短く答えた。

 

「できるさ」

 

 そう言うと男は、刀を鞘へと戻した。その左手は刀の鯉口(こいくち)に、その右手は泳がせるように腹の前へ。男は体を低くし、独特の構えを取った。

 

 居合いか。ビューラは相手の意図をすぐに悟った。ゲルド族の剣法にはない、一種の抜刀術と聞く。鞘の中で刀身を滑らせることで神速の斬撃を生み出し、その威力は分厚い鋼鉄の鎧兜すら切り裂くという。

 

 ビューラとイーガ団は、痛いほどの緊張感を伴って対峙していた。固唾を飲んで、取り巻きの兵士たちがそれを見守っていた。白い肌を鮮血で染めた、上半身裸の金髪のイーガ団は、いまだ上の空といった感じだった。

 

 乾いた風がその場を吹き抜けた。

 

 勝負は、一瞬。

 

 突然、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。女の子の悲鳴だった。

 

「ぴぎゃーー!!」

 

 声を聞いて、ビューラは明らかに狼狽した。

 

「ルージュ様!?」

 

 次の瞬間、風を斬るような鮮烈な斬撃が、ビューラの両手剣を薄氷を割るように真っ二つに両断していた。




 次回、ゲルドキャニオン編完結!(たぶんやでー)
※サブタイトルを、「死にもの狂い」から「デスパレートな女たち」に変更しました(2018/02/04 23:27)
※加筆修正しました。(2023/05/06/土)
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