ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第一章 ゲルドキャニオンはルージュに燃えて
第二話 バナナ護衛命令


 カルサー谷のイーガ団アジトは、灼熱のゲルド砂漠を幾日もかけて進み続けなければ辿り着けない難所である。アジトは幾世代にわたって入念に防御設備と秘匿工作が施されていた。そこはまさしく難攻不落の要塞であった。

 

 歴史上、ハイラル王国は幾度も精兵を選りすぐってイーガ団討伐軍を編成し、ゲルド族の支援のもとに砂漠へと送り出した。だが、結果はいつも同じだった。カルサー谷に辿り着く前に、王国の兵士たちは昼の炎熱と夜の冷気で消耗し、イーガ団の奇襲により小荷駄(こにだ)を焼かれ、ろくに戦果も挙げられずに無念の屍を熱砂に(うず)めていった。

 

 ゲルド族もまた、イーガ団討伐に手を焼いていた。ゲルド族はカルサー谷の地形的特徴を熟知していたため、イーガ団を相手に積極的に戦いを挑もうとしなかった。彼女たちはイーガ団のことを至極めんどうな勢力だと見なしていた。それはある意味で本質をついた見方であった。イーガ団とはめんどうな、厄介な集団なのである。

 

 大厄災によってハイラル王国が滅んだあと、もはやカルサー谷へ挑むものは存在しなかった。総長コーガ様も枕を高くして昼寝を(むさぼ)ることができるというわけだった。

 

 ただ、何事にも長所と短所があり、それはだいたい表と裏の関係となっている。強大な敵軍が存在した時代に難攻不落と讃えられた地形は、それが存在しなくなった現在、そのアクセス性の悪さでイーガ団幹部たちの頭を悩ませるようになっていた。アクセス性の悪さによってハイラル東部への人員の迅速な展開が妨げられるだけではなく、何よりも、物資の搬出入に莫大なコストを必要とした。

 

 そして、イーガ団にとって最も欠くべからざる物資とは? 言うまでもない。それはバナナである。

 

 

☆☆☆

 

 

 バナーヌの謹慎が明けてから、一日が経った。その日の朝、バナーヌはいつものように朝の鍛錬を終えると、同室のノチと一緒に朝食をとった。

 

 基本的に、イーガ団は一堂に会して食事をとることはしない。各々が何らかの任務を帯びており、また当直制が採られていることもあって、同じ時間に同じ場所で大勢が毎度のように集まるのが不可能だからである。年に数度の祭りやイベントの時などは、数少ない例外といえた。

 

 ノチは、バナーヌのほぼ唯一の友人だった。ノチは女の子で、その歳はバナーヌよりもやや下、十代中頃といったところだった。その短い黒髪と柔和な顔つきから、年相応のあどけなさが感じられた。ノチは背が低く、病気がちで、イーガ団員としては致命的なほどに運動神経が鈍かった。だが彼女は、その持ち前の人当たりの良さと明るい性格で、団員たちから広く愛されていた。

 

 今日の彼女たちの朝食は、タバンタ小麦のパン、フレッシュミルク、ツルギバナナだった。朝食はノチが、バナーヌが朝の鍛錬に出ている間に手早く用意したものだった。

 

 もそもそと、無言でバナーヌは食事をした。ノチも、バナーヌよりは遥かにスピードは遅いながらも、同じようにもそもそと食事をした。

 

 バナーヌは、無口な性格だった。彼女は滅多に自分から話をすることがなかった。あまり彼女のことを知らない者からは、無愛想で人付き合いの悪い奴だと思われがちだった。

 

 しかし、ノチはこの無口な友人との上手な付き合い方を知っていた。バナーヌは話をしないが、人の話を聞かないわけではない。むしろ、他の人よりもよく話を聞いてくれる。だから、どんどんこちらから話しかければ良い。はたから見ると一方的な会話に見えるかもしれないが、ちゃんとコミュニケーションは取れている。

 

 ノチはパンをちぎる手を休めることなく、対面のバナーヌに話しかけた。

 

「バナーヌ、謹慎が明けてから初めての鍛錬だったけど、具合はどう? いつもと同じ?」

 

 バナーヌは答えた。

 

「うん。同じ」

 

 ノチは言った。

 

「今日の鍛錬は何人集まったの?」

 

 バナーヌはちょっと考えてから答えた。

 

「……上役(うわやく)も合わせて、五人かな」

 

 ノチが少しだけ心配そうな顔をして言った。

 

「みんなから意地悪とかされなかった?」

 

 バナーヌは答えた。

 

「大丈夫」

 

 ノチは小さく安堵の息をした。彼女は言った。

 

「それなら良かったけど、これからはあまり無茶をしちゃダメだよ。そういえば、大会の後に没収されたアイアンブーツとパワーブレスレットは返ってきたの?」

 

 バナーヌは頷いた。

 

「返ってきた」

 

 アイアンブーツに、パワーブレスレット……バナーヌが多くを語らないため、それらの不思議なアイテムについてノチはあまり知っているわけではない。アイテムはどうやら魔法の力が用いられているようで、バナーヌはそれらを任務でハイラルのあちこちへと派遣されている間に手に入れたのだという。他にも何点か似たようなモノをバナーヌは持っているという噂もある。

 

 不思議なのは、それらを誰にも気づかれないうちに装備できるというバナーヌの特技だった。相撲大会の時も、バナーヌは衆人環視の中でいつの間にかアイアンブーツを履いていたし、パワーブレスレットを腕にはめていた。

 

 以前ノチは、どうやったらそんなことができるのかと訊いてみたが、バナーヌが言うには、「なんとなく」だった。答えになっていなかった。

 

 他にもバナーヌには特技があった。まず、一瞬で着替えを完了するという、(はや)着替えがあった。しかしこれは、変身術を身につけているのが常識であるイーガ団員たちからすればさほど驚くものでもなかった。ただ、ノチからすると、寝間着からほんの一瞬でいつもの忍び装束に着替えるのは、変身術と少し違うような気がしてならなかった。

 

 バナーヌの他の特技としては、早食いがあった。今でこそバナーヌはノチに合わせてゆっくりと一緒に食べてくれるが、出会った頃は食卓に着いたと同時に皿が空になっていることなどザラだった。

 

 そんなに早く食べて口の中を火傷しないのか心配になったノチが訊いてみると、バナーヌが言うには、「全然平気」とのことだった。火傷が平気でもそれは早食いの理由としては十分ではないことに気づいて、ノチは頭を抱えたものだった。

 

 それにしても、今回の件にかこつけて不思議なアイテムがずっと没収されたままになるかも、と内心で危惧していたノチにとって、すんなりとアイテムが返ってきたのは意外だった。彼女は言った。

 

「アイテム、ずいぶんとあっさり返ってきたね」

 

 バナーヌは言った。

 

「任務だからって」

 

 ノチは驚きの声をあげた。

 

「えっ、任務!? バナーヌ、また任務に出るの? どんな任務なの?」

 

 バナーヌは静かに首を左右に振った。

 

「今日、これから、上役に会って聞いてくる」

 

 ノチは言った。

 

「そっか……詳しい話はこれからなんだね……」

 

 任務は長くなるのかな、また一人でご飯を食べるのかな……ノチはそう思った。いつもノチが任務に同行することはなかった。彼女は体が弱いため、外に出る任務に就いたことがなかった。ノチはいつもアジトで裁縫や矢の製作などをして過ごしていた。

 

 一方、バナーヌは戦闘員としては優秀そのものだった。彼女は性格と対人関係に難があるが、その戦闘能力は折り紙付きだった。彼女が任務に失敗したことは今までに一度もなかった。彼女はボコブリンなど物の数としなかったし、モリブリンも苦もなく倒せた。砂漠に数多く生息するリザルフォスは、擬態を得意とする魔物であるが、彼女は逆にリザルフォスにふい打ちを食らわせることもできた。

 

 幹部たちからしてみれば、扱いづらいが、扱いやすくもある人材、それがバナーヌだった。()き使っても、彼女は文句の一つも言わなかった。そんなわけでバナーヌはしょっちゅうどこかへと駆り出されていた。先日の謹慎などは、彼女からしてみればむしろ、突然手に入ったような休日のようなものだった。

 

 バナーヌはすでにパンを食べ終えて、ツルギバナナの皮を剥いていた。バナナの皮は少し黒ずんでいた。どうやら、一番美味しい時期は過ぎているようだった。

 

 ノチは努めて明るい声でバナーヌに話しかけた。

 

「バナナ、だいぶ古くなってるね。貯蓄(ストック)が減ってきてるのかな?」

 

 バナーヌは答えた。

 

「そうかも」

 

 バナーヌは、相撲大会の景品としてバナナ百本をたしかに貰っていた。だが、結局それは没収されてしまった。「いくらイーガ団員とはいえ一人でそれだけの量のバナナを食べるのは贅沢がすぎる」「コーガ様に怪我を負わせた者がバナナを独占するなど許せん」という意見が幹部の間で噴出したためであった。バナーヌは「バナナ百本を食糧庫に寄付する」ことを命じられた。

 

 ノチは言った。

 

「バナナは黒ずみ始めてるのが良いっていう人もいるし、黒ずみきってるのも乙な味がしてまた最高だなんていう人もいるけど、私は普通のバナナのほうが好きだな。黒くなったバナナも嫌いじゃないけどね。バナーヌはどう?」

 

 バナーヌは軽く頷いた。

 

「私も同じかな」

 

 明るい声でノチは答えた。

 

「ふふ……そう、私と同じ好みなんだね。なんだか嬉しいな。あっ! もしかしたら、バナーヌの今回の任務ってバナナ関係かもね! なんだか、そんな気がするよ!」

 

 バナーヌは答えた。

 

「そうかも」

 

 ノチは言った。

 

「でも、私の予想ってよく外れるからなぁ」

 

 しばらく、沈黙が辺りを包んだ。窓から柔らかな朝の日差しが入り込み、バナーヌの金髪のポニーテールを優しく照らしていた。ノチは、それがなんだか大きなバナナのように見えた。ノチは言った。

 

「とにかく、危険な任務じゃないといいね」

 

 ノチがバナナを食べ終えたのは、それから十分も経ってからだった。バナーヌはノチが朝食を食べ終えるのを待ってから、上役のもとへと出向いていった。

 

 

☆☆☆

 

 

「来たか。ま、お前とは世間話をするまでもない。任務の内容だけ話すとしよう」

 

 やや禿げ上がった額に汗を浮かべつつ、ひっきりなしに書類をめくりながら、その上役はやる気を感じさせない声で言った。彼はバナーヌのほうを見ることすらしなかった。

 

「お前も勘付いたかもしれんが、アジトのバナナの貯蓄(ストック)が底を尽きかけている。割と緊急事態だ。前回の補給のときは、道中で輸送部隊が魔物に襲われてな。そのせいで必要量を貯蓄できなかった」

 

 バナーヌは頷いた。あの時は随分騒ぎになったものだった。ゲルドキャニオンの中ほどで、輸送部隊は騎馬ボコブリンの襲撃を受けた。魔物たちは谷の上から奇襲をかけてきた。三分の一のバナナが魔物によって焼き払われたという。「ここは自分たちの勢力圏内だからもう安全だ」と輸送部隊の指揮官が油断したことが原因だった。コーガ様は大層ご立腹で、その指揮官はキツイお仕置きを受けた。熱い岩盤の上に正座で五時間座らされたとかなんとか。

 

 汗を拭い、書類仕事をしながら、上役は話し続けた。

 

「コーガ様に古いバナナをお出しするわけにはいかん。それに団員たちの士気にも関わるからな。早速、次の補給をフィローネ支部に命じた。南国の気候で頭の緩んだ連中でも、コーガ様のためならば仕事は早い。すぐにバナナを送ると言ってきた」

 

 バナーヌもフィローネには何回か行ったことがあった。そこは砂漠とは違う、湿気で茹だるような暑さだったのを彼女は覚えていた。猿と極楽鳥の奇妙なコーラス、虫の大群、緑また緑の尽きることなきジャングル……それから、そこら中に勝手に生えているバナナが彼女には特に印象的だった。

 

 上役はさらに言った。

 

「バナナ一万本を搭載した輸送馬車が、三日後に『平原外れの馬宿』に到着することになっている。お前の任務は輸送馬車の護衛だ。今度こそボコブリンごときに遅れをとるわけにはいかんぞ」

 

 ようやく上役はバナーヌのほうを向いた。彼は小皿に盛った乾燥バナナチップに手を伸ばし、見せつけるように口に入れてゆっくりと咀嚼し、飲み込むと、意地悪そうな声で言った。

 

「欲しいか? バナナチップ」

 

 バナーヌは短く答えた。

 

「いりません」

 

 上役は言った。

 

「ふん、そうか。まあそうだろうな」

 

 上役はやや不機嫌そうな表情で、さらにバナナチップを口に入れた。バリバリという音があたりに響いた。上役はバナーヌに言った。

 

「それで、何か質問はあるか」

 

 バナーヌは尋ねた。

 

「任務は単独で(おこな)うのですか?」

 

 上役は頷いた。

 

「そうだ。他の奴らは次期作戦でハイラル東部に出払っている。お前くらいしか空いている奴がいないし、お前の実力なら充分だろう」

 

 バナーヌはさらに尋ねた。

 

「装備品の支給は?」

 

 上役は答えた。

 

首刈(くびか)り刀に、二連弓。矢は二十本。あとは自分でなんとかしろ。お前は重いブーツだとか変なブレスレットだとか、妙なモノを持ってるから、それで充分だろう」

 

 バナーヌは最後の質問を発した。

 

特別報酬(ボーナス)は?」

 

 上役は鼻で笑った。

 

「はっ、馬鹿を言うなよ。ぜんぶ給料のうちだ。まあ、バナナの二、三本をつまみ食いしても大目に見てやる。さあ、もう質問は良いだろう、さっさと行け」

 

 上役は話は終わったとばかりに、書類に目を落とした。こうなったらもういっさい話をしないというのがこの男だった。

 

 バナーヌは律儀に一礼をすると、音も立てずに部屋から出て、装備科へと向かった。




 ところで、私は食べたことないのですが、揚げバナナって美味しそうですよね。今度作ってみようかな。

※加筆修正を行いました。(2022/05/24/火)
※さらに加筆修正をしました。(2023/05/06/土)
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