ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第三章 硝煙に烟る麗しの黒髪
第二十二話 あるいは贅沢という名の罠


 およそ生命体である限り、食という問題から完全に解放されることは不可能である。頑健強壮な肉体と覇気横溢(おういつ)する精神を持つ、まことに望ましい状態にある生命であっても、一食や二食を欠くだけでその活力は簡単に損なわれる。いわんや、三日も絶食となれば、もはや瀕死の重病人と同義である。

 

 このハイラルの天地に棲まうあらゆる生命体は、野獣にせよ魔物にせよ、そして人にせよ、食わなければ生きていけない。そんなことは改めて言われるまでもなく、至極当たり前のことに思えるかもしれないが、その「アタリマエ」を常日頃から、身も切られるような切迫感を持って意識している人が、はたしてどれだけいるだろうか。

 

 だが、大厄災以前のハイラル王国においては、幸いにも人は食の問題から解放されていた。いや、先の記述に従うならば、食の問題を意識する必要がなかった。幾棟の巨大な倉庫には膨大な量の穀物がはちきれんばかりに蓄えられ、市場にはありとあらゆる食物が低廉な価格で取引されていた。冷涼なタバンタ地方や、さらに万年雪で覆われたヘブラ地方から城下町にやってきた人は、豪壮絢爛なハイラル城の建築よりも、食べ物が色とりどりで風味豊かであることにまず驚いたという。

 

 想像してみよう。ある日遠路はるばる、城下町へ二人の若いヘブラ人がやって来る。彼らがここに来るのは初めてである。彼らは地味で野暮ったい防寒着を着ていて、大事な商品であるオオツノサイの毛皮を何枚も背負っている。その雪焼けした黒い顔には常に驚きと好奇心が浮かんでいる。人いきれに圧倒され、辻馬車に轢かれそうになりながら、二人はやっとの思いで毛皮を取引先の商館へ送り届ける。

 

 安心して一息ついた時に腹が鳴った。何か食べないと。目についた食堂に二人はおずおずと入る。二人は元気よく一声かける。「すいません、何か食べ物を!」 なぜかクスクスと笑う声が聞こえる。どうして笑う? 二人には分からない。でも、どうでも良いことだ。何か食べ物を!

 

 ほどなくして可愛らしい女給が運んできたのは、上ケモノ肉をゴーゴーニンジン、リンゴ、ハイラルダケで煮込んだシチューに、タバンタ小麦を使った焼きたての小麦パン、それからコップに一杯の新鮮な水だった。

 

 城下町の住民にとってはなんということはない、むしろ安っぽくて飽き飽きするようなメニューだが、二人にとっては見たこともないご馳走である。

 

「この煮込み料理、えらいうまいなぁ。肉もとろとろで、汁も色んな味がして。舌が痺れるわ。パンも白くてやわこくて、うちらが普段食べてる黒パンとは比べ物にならんわ」

「空腹に任せて考えもせずに入っちまったが、たけぇ店だったら困るなぁ」

「なぁに、さっき商館でもらったルピーがたんまりあるわ。心配せんでええ、もっと食おうぜ。お姉さん、お代わりをくれ!」

「わしも、お代わりじゃ!」

 

 周りの客の生温かい視線も気にせず、二人は食べに食べる。それで、いざ会計となる。さっきはああ言ったが、いったいいくらするんだろう? ドキドキと心臓が高鳴る。タバンタヘラジカの大きな群れに出くわした時でも、二人はこんなにドキドキとはしたことはない……

 

 女給が告げる。四十ルピーです。

 

 えっ、四十ルピー!? そんなら二人で八十ルピーか。あまりにも安い。驚きに震える手で財布の紐を緩めようとすると、女給はにっこりと笑って二人にこう告げる。

 

 いいえ、二人で四十ルピーですよ。一人二十ルピーですから。それから、母がお礼を言っていました。こんなにシチューをたくさん食べてもらえて嬉しかった、最近はみんな隣町のゴロン族がやってるカレー屋さんに行くからねぇ、って……

 

 多少戯画化が過ぎた描写だったかもしれないが、城下町に来れば食に困ることがなかったのは真実である。どんなに恵まれない人々でも、一日の生存に必要なカロリーだけは確保することができた。売れ残りの果物を譲ってもらえば良かったし、慈善団体の炊き出しに並んでも良かった。日雇い労働をしてまかないにありつくのも良かった。贅沢を言わなければどうとでもなるのが城下町という世界だった。

 

 そう、贅沢を言わなければ! それは、人間にとって最も難しい問題かもしれない。人間は、贅沢を言わずにはいられないという厄介な性質を持っているのだ。

 

 彼にとって最低限の必要が満たされれば、その後に来るのは満足ではない。さらなる必要である。昨日には薄いスープで満足していた人間は、今日には上ケモノ肉のシチューを求め、明日にはゴロンの香辛料をたっぷり使った極上トリ肉のチキンカレーを欲している。ちょっとした贅沢がいつしか標準化され、さらにちょっとした贅沢をそれに上乗せし、時々はこんなことはやめて粗食に甘んじようとふと立ち止まっても、結局もはや後戻りできないほどの贅沢を覚えてしまっている。

 

 ゆえに古代シーカー族の賢者は「足ることを知る者は富む」と言った。もっともっとと望めば望むほど、人間は満たされない思いに永遠に苦しむことになる。それを断ち切れ! パン一切れ、スープ一杯、今日も必要なカロリーを無事に得ることができた。それで充分ではないか! そう思えるようになれば、肉だの魚だの果実だの、珍味を欲することはなくなる。

 

 賢者の忠告ほどありがたいものはないのだが、それ以上に、賢者の忠告ほど実行されないものはない。古代から言われ続けているという事実は、古代から人間がまったく進歩していないことを示している。

 

 大厄災以降、いささか飽食気味と言っても良かったハイラルの食事情は、一挙に後退した。ガンバリバチのハチミツをたっぷり塗った極上ケモノ肉の丸焼きなど、かつては毎日のように大富豪の食卓に供されていたが、今では影も形もない。新鮮な果物をふんだんに使ったフルーツケーキは、さる王女のお気に入りの菓子であったが、今ではその作り方さえ失われている。

 

 この時代の人々は、粥一杯、おにぎり一個、パン一切れで満足している。たまに贅沢もするが、それを標準化することなどない。ついに人々は、賢者の忠告した通りに生きていけるようになったのか?

 

 いや、そうではないのだ。大厄災以降の人々が贅沢をしなくなったのは、足ることを知ったからなのではなく、贅沢をすることが物理的に不可能になったからに過ぎない。誰が魔物の跋扈(ばっこ)する山野へわざわざ極上ケモノ肉を、きび砂糖を、マックストリュフを取りにいくというのだ? そんなものに命を懸ける価値などない。田畑は限られているのに、それをわざわざ珍奇な野菜や果物の栽培に割くなど、誰がするというのだ? 余力がないから贅沢ができない。それだけである。

 

 現に、贅沢を可能とする実力を有している者たちは、今もなお贅沢三昧を楽しんでいる。それは整然とした組織体系のもと、魔物をものともせぬ武力を持ち、独自の流通経路を持っていて、なにより、贅沢をすることに執念のような情熱を持つ者たちだ。

 

 贅沢とは言えど、彼らのそれは一つである。それは、黄金の果実を食すること、すなわち、ツルギバナナを食することである。

 

 

☆☆☆

 

 

 平原外れの馬宿近くの、街道から少し離れたところの窪地に、二人の人影があった。人影のひとりが言った。

 

「どうだ、美味(うま)いか?」

 

 もうひとりの人影が、バナナを食べながら答えた。

 

「……おいしい」

 

 ひとりめの人影は言った。

 

「そりゃ美味いだろうな。第一、お前はバナナだったらなんでも良いもんな」

 

 まあそれは俺も同じだが。平原外れの馬宿の常駐連絡員であるゴンクは、黙々とバナナを食べる仲間の女性を、半ば呆れたように見ていた。

 

 ゴンクのイーガ団員歴は三十年と少しに及ぶ。彼は既婚者であった。彼は中肉中背で、髪は黒だった。顔は、やや鼻が低くて少し出っ歯であることを除けば、平凡そのものだった。これと言って特徴のない男であった。

 

 彼の特技は、バナナのたたき売りだった。彼は口上(こうじょう)をいくつも覚えていて、(ふし)回しも板についていた。彼が売れ残りを作ることはほとんどなかった。しかし、戦闘を事とする男性イーガ団員としては、それはどことなくパッとしない特技とも言えた。

 

 これには事情があった。

 

 もともと、ゴンクは優秀な戦闘員だった。生まれついての才能は平凡だったが、彼は欠かさず鍛錬を重ねたことで並々ならぬ技量を手に入れた。モリブリンが三匹がかりで掛かってこようが、彼はものともしなかった。それになにより、彼は命令に従順で任務の遂行にひたむきだった。彼は幹部たちからは気に入られていたし、同僚たちからの信頼も厚かった。

 

 しかし、彼の戦闘員としての順調なキャリアは、ある日突然終わりを告げた。森の中の開けた広場に築かれたリザルフォスの拠点を隠密裏に偵察中、「少しばかりの」失敗から、彼は膝に矢を受けてしまったのだった。

 

 それほどまでの技量を持った男がどうして失敗などしてしまったのか? 任務を命じられた前日、ゴンクは仲間と、バナナ二十本と百ルピーを賭けた「ちょっとした」博打(ばくち)をした。

 

 それで、彼は無念にも大敗した。真面目だったゴンクはそれまで一度も博打をしたことがなく、したがって博打によって貴重なバナナとルピーを無為に失ったこともなかったのだが、その日の初めての経験はいたく彼を傷つけた。仲間は面白がってこれ見よがしにバナナを彼の目の前で貪り食ったが、それも彼には非常に(こた)えた。

 

 仲間はゴンクに言った。

 

「どうだ、どうだ、悔しかろう、悔しかろう! 博打に負けるってのはそういうことだ!」

 

 ゴンクは悔し紛れに言った。

 

「……博打初心者をいたぶって分捕ったバナナの味はどうだ?」

 

 仲間はいやらしさ極まる声で答えた。

 

「おいしいね、抜群に!」

 

 ゴンクは毒づいた。

 

「畜生!」

 

 仲間は言った。

 

「次はもっと勉強をして、俺からバナナを三十本でも四十本でも取り返せば良いさ。もっとも、それができるまでにはあと何年必要かな、ガハハ……」

 

 気持ちの整理がつかないまま、ゴンクは任務に臨んだ。そんな彼に追い打ちをかけたのが、リザルフォスたちのある行動だった。彼が拠点を偵察した時はちょうど昼だったのだが、リザルフォスたちはギャオギャオと互いに呼びかけ合うと頭を突き合わせて座り込み、思い思いに食事をとり始めた。

 

 食事か、食後は満腹感で奴らの警戒心も薄くなるだろう、そしたらもっと近づいても良いかもしれない。そうゴンクは考えた。だが、次の瞬間、彼は我を忘れた。

 

 リザルフォスたちがバナナを食っている! 貪り食っている!

 

 どういう経緯で手に入れたものかは知らないが、リザルフォスたちは大量のバナナを食べ始めた。皮も剥かずにそのまま一本丸ごと、魔物たちはその牙の生えた大きな口にバナナを放り込んでいた。ギャオギャオと楽しげに呼び交わしながら、魔物たちは狂乱のバナナパーティを繰り広げていた。乱暴で下品で、見ていられない食べ方だった。

 

 そんな光景を見せつけられたゴンクは、思わず体が動いていた。前日、下卑た喜びに顔を歪ませながらバナナを貪り食った仲間の顔が彼には思い浮かんだ。

 

 畜生どもめ、思い知らせてやる!

 

 彼は二連弓に矢を(つが)えて、慎重に音を立てないように引き絞り、リーダー格と思しき青リザルフォスに狙いを定めた。

 

 八つ当たり気味の乱雑な殺意を込めて放った矢は、しかし外れた。一本は青リザルフォスの手前へ、もう一本はその向こう側へ、むなしい音を立てて地面に突き刺さった。

 

 リザルフォスたちは飛来した矢に驚き、バナナを投げ出して、代わりに武器を手にした。魔物たちはキョロキョロとあたりを見回して、襲撃者の姿を探した。投げ出されたバナナは泥水のたまりにぼちゃぼちゃと落ちて、続けて魔物たちによって無惨に踏み潰された。

 

 一方、ゴンクの精神は混乱していた。外れるくらいなら撃たなければ良かった。このことに対する後悔の念があった。弓の腕には絶対の自信を持っていたが、それが外れた。このことに対する落胆の念があった。偵察任務を台無しにしてしまった。このことに対する失望の念があった。

 

 暗い感情が彼の心を支配した。精神は正常な判断力を失い、そして彼は二度目の、致命的なミスを犯してしまった。

 

 ゴンクは、もう一度射撃をしてしまったのだった。

 

 隠密と潜伏を基本的な戦闘スタイルとするイーガ団員にとって、それはあるまじき失態であった。こちらの存在を悟られたならば、どんな理由を()いてもまずはその場を離脱し、再度の機会を待たなければならない。そのような教育と訓練をゴンクは受けてきたはずであったし、事実今までもそのようにしてきたのだ。

 

 それが、射撃続行であった。漫然とした、考えなしの、甚だしく惰性に満ちた射撃だった。おまけに彼は、さらに視界を得ようと、身を隠していた茂みから立ち上がってしまう始末だった。いくら動揺していたとしても、彼はあまりにも無様であった。そんなことがうまくいくわけがなかった。彼は矢を放ったが、矢はまたもや命中しなかった。

 

 まるで戦闘の素人のように支離滅裂な行動をとるゴンクに対して、拠点のリーダーである青リザルフォスは冷静そのものだった。一度目の射撃で何となく襲撃者の所在に当たりをつけていた彼は、二度目の射撃の際に姿を現したゴンクをいち早く発見すると、その自慢の鋼鉄リザルボウで必殺の一矢を放った。

 

 メシャ!という音を立てて、矢がゴンクの右膝に命中した。矢は膝頭(ひざがしら)に直撃し、その勢いで以て膝蓋骨(しつがいこつ)をめちゃめちゃに粉砕し、そのまま裏へ貫通していった。傷口からは真っ赤な血が噴出し、砕かれた骨の白い破片が飛び出していた。

 

 ゴンクは苦痛の叫び声をあげた。

 

「ぐぁああっ!!」

 

 それは、三度目のミスだった。イーガ団員たるもの、攻撃を受けて悲鳴をあげるような軟弱さは絶対に許されない。それはこちらの所在を敵に知らせるだけではなく、こちらの「攻撃を受けて弱っている」という状態をも知らせることになるからだ。

 

 リザルフォスたちは今や完全に襲撃者を捕捉していた。魔物たちはリザルスピアやリザルブーメラン、リザルボウをひっつかむと、リーダーを先頭に立てて、地面に張り付くほどの低い姿勢で大地を疾走してきた。その目は殺意と食欲に燃えていた。捕食者に特有の目の輝きだった。

 

 そして、ゴンクも走り出した。彼が逃げ込む先は森の中だった。彼の右足は完全に動かなくなっていた。彼は残った左足でとび()ねるようにして逃げた。着地するたびに、彼は耐えがたい激痛に襲われた。彼の貴重な血液が滝のように流れ落ちた。彼は目に涙を浮かべ、顔にべっとりと脂汗をかいていた。彼の口はカラカラになっていて、心には恐怖が満ちていた。

 

 背後にリザルフォスたちが迫った。ギャオギャオという叫び声がした。体のすぐそばを掠めて幾筋もの矢が飛んでいった。死が、迫っていた。ゴンクは懸命に逃げ続けたが、追い付かれるのは時間の問題だった。絶望感で彼の足がもつれそうになった。

 

 その時、力強い男の声が頭上から響いた。

 

「伏せろ!」

 

 言われたとおり、ゴンクは力を振り絞ってパッと前方へ跳び、両手で頭を守って伏せた。

 

 突如、森中に大爆発の音が響き渡った。ゴンクの背中の上を爆風が通り抜けた。リザルフォスたちの断末魔の悲鳴が聞こえた。さらに爆音がし、ややあってからもう一度爆音がした。何か切り結ぶ音も聞こえたが、それもやがて聞こえなくなった。

 

 伏せたまま、ゴンクはじっと様子を窺っていた。その近くへ、誰かがやってきた。ゴンクは警戒したが、その顔を見てほっと安堵の息を漏らした。

 

「ああ……ハッパ様……」

 

 そのイーガ団員は、筋骨に優れた立派な体格をしていた。その男は、椰子の木のごとくそそり立つ黒い(まげ)を結っていた。彼は白い仮面と、臙脂色(えんじいろ)の忍びスーツを身につけていた。その手には血の滴っている鬼円刃(きえんじん)があり、腰には爆弾(バクダン)袋を下げていた。それは、幹部のハッパであった。

 

 ハッパはゴンクに応急処置を施しながら、なんていうことはないとばかりに気楽に話しかけた。

 

「どうした、ゴンク。お前らしくないじゃないか。死にかけのゴーゴーカエルのように這いつくばるなど」

 

 ゴンクは苦しそうに答えた。

 

「……まことに、申し訳ありません」

 

 ハッパは手当てを続けながら言った。

 

「今朝から様子がどこかおかしかったからな。気になったから後を追ってきたんだ」

 

 ゴンクの目から涙がこぼれた。それは痛みのためばかりではなかった。

 

「……本当に、助かりました」

 

 ハッパは明るい声でさらに言った。

 

「それにしても失態だな。おまけに傷も重い。矢は動脈を傷つけてはいないが、これでは今後歩くことも難しかろう。なに、心配することはない、俺が面倒を見てやるよ……」

 

 こうして、ゴンクの戦闘員としての経歴は、無様な敗北という字句を書き加えられて打ち切りとなった。彼は戦力外とされ、アジトでの療養とリハビリを終えたあとは、不人気なポストである馬宿の常駐連絡員として働くことを命じられた。

 

 もともと彼は努力家の男であった。まさしく血の滲むほどのリハビリを重ねたことで、彼は何とか歩行には問題がなくなるまでに回復した。跳んだり走ったりはもうできなかったが、彼はそのことに折り合いをつけた。彼は偽の職業としてバナナの行商人を選んだ。彼は行商の口上の研究と練習を欠かさなかった。

 

 リハビリの最中にも、幹部ハッパはよく顔を見せて、時には彼を励まし、時には彼に訓戒を与えた。彼に「バナナの行商人になれ」と言ったのも、ハッパだった。

 

「お前はバナナのせいで今回の任務に失敗したと言うが、それは間違いだ。お前は常日頃からバナナへの祈りを怠っていた。だから、今回バナナの神がお前に罰を下したのだ。それに、バナナを賭け事の対象にするなど言語道断だ。お前はバナナに対して犯した罪を清算しなければならないぞ。だから、バナナに奉仕する仕事をしろ。『汝らバナナの恩恵深きを思い知れ、バナナにより頼むものは幸いなり』と言うだろう」

 

 ハッパはなにくれとゴンクの面倒を見てくれた。ハッパはゴンクの病気がちの妻に薬をくれたし、子どもたちが高度な教育が受けられるように手を回してくれた。ゴンクが平原外れの馬宿に着任するのに前後して、ハッパもフィローネの支部へ転勤していったが、そこから新鮮なバナナを定期的に送ってきてくれていた。そのおかげでゴンクは常に良いバナナを売ることができた。

 

 左遷され、妻子は遠いカルサー谷にいるとはいえ、ゴンクは非常に恵まれていた。バナナの行商人はやっていて楽しい職業だった。練習に練習を重ねた口上と節回しで、大好きなバナナを次々と売り飛ばしていくのは爽快だった。万一売れ残りが出たとしても、それはそのまま彼の贅沢となるのだから、これほど素晴らしいことはなかった。

 

 そんなふうにここ数年を毎日楽しく暮らしていたゴンクだったが、ここ最近の彼は少しピリピリとしていた。まず、先頃(さきごろ)のバナナ輸送の失敗が彼を苛立たせた。輸送隊はゲルドキャニオンで魔物に荷物を焼かれたらしい。それから、(みずうみ)研究所襲撃の失敗も腹立たしかった。いずれもフィローネの支部が犯した大失態であった。

 

 なにより彼にとって気がかりなのは、今度のバナナ輸送作戦だった。フィローネの支部としては一刻も早く先の二つの失態によって地に堕ちた名誉を挽回し、カルサー谷の本部からの信頼を回復しなければならない。そのためには、今回のバナナ一万本の輸送には絶対に成功しなければならない。

 

 それなのにもかかわらず、本部から応援として派遣されてきた人員は、パシリのバナーヌたった一人であった。

 

 いまだに無口で無表情のまま、もぐもぐとバナナを食べ続ける仲間を、ゴンクはチラリと見た。彼は言った。

 

「そんなに食って大丈夫か? もう十五本は食ったみたいだが」

 

 バナーヌは口の中のバナナをゆっくりと、しかし素早く咀嚼すると、ゴクリと飲み込んだ。彼女は何も感情を乗せない声で言った。

 

「まだ足りない。あと、眠い」

 

 ゴンクは言った。

 

「ああ、そうかよ」

 

 ここまでの道中、ゲルド族の精鋭と戦い、二体のウィズローブを退けたというから、その戦闘力は折り紙付きと言って良い。だが、所詮はパシリの雑用屋だしなぁ。ゴンクは嘆息した。任務に失敗したことはないそうだが、それはせいぜい子どものお使いレベルの、安い簡単な仕事ばかりだったからだろう。あまり彼女のことを知らないゴンクは、漏れ伝わってくる噂を(もと)にして、バナーヌの実力をこのように低く見積もっていた。

 

 彼は呟くように言った。

 

「ああ、心配だ……」

 

 ゴンクとしては、このバナナ輸送作戦は絶対に成功して欲しかった。弱い自分の後ろ盾となってくれていて、なおかつ深く敬愛している幹部ハッパが勤めているフィローネ支部が、もしこれ以上の失敗を積み重ねたらどうなるか?

 

 コーガ様は短気なお(かた)である。失敗の原因を支部長や幹部の怠慢であると決めつけて、重いお仕置きを命じてくるかもしれない。そうなればハッパ様もタダではすまないだろう。ハッパ様の一人娘も、路頭に迷うかもしれない。

 

 そう、ハッパには一人娘がいる。一度だけゴンクはその娘に会ったことがあった。いかつい父親に似ず、大変可愛い娘だった。褐色の肌に小さな体躯、元気いっぱいの溌溂さと年齢に見合わぬ聡明さ……たしか、名前はテッポと言ったか? 今回のバナナ輸送作戦が彼女の初陣だという。初めての任務で張り切っていると、ハッパからの手紙には書いてあったが……

 

「まだ来ねぇんだよなぁ……」

 

 不安と焦燥感がゴンクの心中を満たしていた。本来なら、とっくにこの平原外れの馬宿にバナナ輸送馬車が来ていてもおかしくはない。それが、影も形も見えない。行程が遅延しているのならば、一人や二人の伝令が来て、その旨を連絡してきても良いはずだが、それもない。自分から迎えに行っても良いが、足が不自由だし、任務の関係上、あまり馬宿から離れるわけにもいかない。

 

 もう一回、ゴンクはバナーヌを見た。バナーヌは二十本目のバナナを食べ終え、目を瞑って手を合わせていた。どうやら彼女はバナナに祈りを捧げているようだった。こういうところは素直に感心できるな、と彼は思った。

 

 バナーヌが到着して以来考えていたことを、ゴンクは告げることにした。

 

「おい、バナーヌ、どうやら輸送馬車に何か問題があったようだ。昨日の夜には着いていてもおかしくなかったんだが、今になっても来ない。そこでだが、お前、ちょっと街道を東へ行って、輸送馬車を迎えに行ってくれないか? できれば、ハイリア湖のほうまで」

 

 無表情のバナーヌの顔に、少しばかり不満げな色が浮かんだ。そして彼女は短く、断固とした調子で答えた。

 

「嫌だ」

 

 ゴンクはなおも言葉を続けた。ここでバナーヌを何としてでも動かさなければならなかった。

 

「『嫌だ』も何も、任務だろうが。お前は任務を放棄するのか」

 

 バナーヌは抗弁した。常にないほどに彼女は多く言葉を発した。

 

「本部では『平原外れの馬宿からアジトまでの道中を護衛しろ』と命令された」

 

 ゴンクは言った。

 

「それは命令の曲解だ。お前の第一の任務は、バナナ輸送の護衛のはずだ。護衛の区間だとか範囲だとかは問題じゃない。とにかく、輸送馬車に何か異常があったら、お前が出向いて何とかするのが使命のはずだ」

 

 ゴンクの言い分にはちゃんとした理屈が通っていた。バナーヌは言葉を返しかねた。

 

「……まあ、うん」

 

 ゴンクはさらに言った。

 

「そして俺はここから動けない。お前も知っての通り、膝に矢を受けてしまったからな。自由に動けるのはバナーヌ、お前だけなんだ」

 

 バナーヌは唸った。

 

「……うーん」

 

 ダメ押しのようにゴンクは言った。

 

「頼む、行ってくれ。なんだか嫌な予感がしてならないんだよ」

 

 バナーヌは、諦めた。彼女は言った。

 

「それなら、こちらからも頼みがある」

 

 太陽はすでに、やや傾きつつあった。

 

 

☆☆☆

 

 

 数時間が経過した。遠くに見えていた噴煙たなびくデスマウンテンの威容は、日が暮れたことにより、もはや暗闇のうちに隠されていた。虫たちがリンリンと声を上げ、夜の風がさわさわと草原を撫でていた。

 

 時折、サンゾクオオカミの遠吠えが聞こえた。ザワザワ、キィキィと鳴き声を上げて、キースの群れが上空を乱舞した。一般的な旅人には、いずれも危険な兆候であった。だが、訓練されたイーガ団員にとっては何ということもなかった。

 

 バナーヌはその時、ハイラル宿場町跡地の一角にいた。

 

 ゴンクに説得された彼女は、不承不承ながらではあったが、結局出発することにした。彼女は平原外れの馬宿から街道を東へと進路を取り、順調に道中を消化した。

 

 百年前は殷賑(いんしん)を極めたであろう宿場町には、往時の面影の一片すらなく、不気味な廃墟の群れとなっていた。噴水の跡地で朽ち果てて残骸となっている歩行型ガーディアンが、おそらく破壊の下手人であった。

 

 かつて宿場町一の大きさを誇った宿屋の廃墟の一室で、バナーヌは小休止をしていた。その手にはバナナがあり、傍らには新たに手に入れた首刈り刀が置いてあった。

 

 あの後、彼女はゴンクと交渉をした。元来彼女は無口で交渉事は不得手ではあったが、どうしても手に入れておきたいものがふたつあった。それは、武器とバナナだった。「右手に刀を、左手にバナナを持て」という言葉の通り、イーガ団にとって刀とバナナは必須であった。

 

 だが、バナーヌには首刈り刀がなかった。装備科のおっさんが寄越した中古の首刈り刀はゲルドの戦士に叩き折られてしまった。そのせいで、ウィズローブたちと戦った時は、彼女は選択できる戦術の範囲を著しく制限されたのであった。

 

 口の達者でないバナーヌの交渉は、交渉というより、ただの買い物に近いものだった。彼女はゴンクに言った。

 

「ゴンクの首刈り刀をくれ。あとバナナをありったけ」

 

 ゴンクは困ったように言った。

 

「おいおい、そりゃバナナはいくらでもくれてやっても良いが、俺だって刀はこれ一振りしかないんだぞ」

 

 バナーヌはなおも言った。

 

「どうしても要る。くれ」

 

 ゴンクは答えた。

 

「そんなら、何かと交換だ」

 

 バナーヌは、先の戦闘で分捕ったメテオロッドをくれてやろうとした。だが、そんな大仰(おおぎょう)なものを持っていても何の役にも立たない、俺は戦闘者ではないからな、膝に矢を受けてしまったし、とゴンクは言った。それなら、彼女に残っているのはルピーしかなかった。大工の棟梁から報酬としてスリ盗った財布の中身は千二百ルピーほどもあったが、馬宿に到着した後にバナナを大量に買ったせいで、それは半分ほどに減っていた。

 

 彼女はそれをすべて払ったのだった。値切ろうと思えば値切れたはずだが、相手はイーガ団員のくせに商売人でもあった。バナーヌは言われるがままにルピーを差し出すしかなかった。

 

 それから彼女は、少し昼寝をして休み、できれば顔も洗ってから出発しようと思った。だが、それは果たせなかった。ゴンクに止められたからだった。寸時を争う事態が起こっているかもしれない、お前が暢気(のんき)に昼寝をしたせいでとんでもないことになったらどうするつもりだ。疲れているのは分かるが、すぐに出発してくれ。その代わり、残ったバナナはお前に全部やるよ……

 

 そんなわけで、バナーヌは疲れた体に鞭を打って街道をひた走り、この宿場町跡地にたどり着いたのだった。

 

 彼女は祈りを込めて、バナナをゆっくりと咀嚼していた。だが、眠気が凄まじかった。半分夢の中にいるようだった。思えばゲルドキャニオン以来、デグドの吊り橋の下の祠で数十分に満たない過眠をとった他、彼女は満足な睡眠をしていなかった。幸い、彼女はここに来るまでに大量のバナナに恵まれ、それによってある程度疲労を癒すことができたが、それにも限度というものがあった。

 

 加えて彼女は、宿場町跡地を縄張りとしているモリブリンたちと戦闘しなければならなかった。いずれも赤色の弱いモリブリンだったので、戦闘巧者たるバナーヌにとってまったく脅威にならず、ふいうちの連続で三匹全部を屠ることができたが、彼女の疲労と眠気は募る一方だった。

 

 うつらうつら、こっくりこっくりと、バナーヌの首が不安定に揺れ動いた。

 

 あれ、おかしい。彼女は思った。目の前にノチがいる。ノチはにこにこと、いかにも楽しそうな表情を可愛い顔に浮かべていた。ノチは焼きたてのバナナのチカラフルーツケーキと、揚げたてのチカラあげバナナ、さらにでき立てのバナナの果実煮込みを食卓に並べていた。ノチは元気良く言った。

 

「バナーヌ! 任務達成お疲れ様! バナーヌの大好きな料理をいっぱい作ったよ! こんなに贅沢をしたら幹部様たちに怒られちゃうかもしれないけど、今日は特別! これ、全部バナーヌが食べて良いからね! さあ、たーんと召し上がれ!」

 

 ありがとう、ノチ。バナーヌは早速ご馳走を食べることにした。贅沢三昧などいつ以来のことか。まず、どれから食べようか? 良し、ここはやっぱり、揚げたてのチカラあげバナナだ。揚げ物は揚げたてが最高に美味しい。

 

 バナーヌは、銀製の立派なナイフとフォークを手に取った。あれ、こんなものあったっけ? まあいいや。彼女は気を取り直した。彼女はフォークであげバナナの端を抑え、ナイフでサクリと真ん中に切れ込みを入れようとした。

 

 そこで、ノチが言った。

 

「バナーヌ! せっかくの狂乱のバナナパーティなんだから、ここは手づかみでガッと食べちゃおうよ! こう、ガッと!」

 

 行儀の良いノチとしては何だか「らしくない」発言だったが、それもそうかとバナーヌは思った。彼女は湯気が立ち上る熱々のあげバナナを素手で持って、口元へと運んだ。彼女は万感の思いを込めて言った。

 

「いただきます」

 

 あげバナナに、彼女は齧り付こうとした。ここで、何か妙な音が聞こえてきた。シューっと言う、蛇の鳴き声のような、そしていつかどこかで聞いたことのあるような音だった。ほのかに火薬の匂いがした。

 

 はっとして、バナーヌの意識が一挙に覚醒した。

 

 彼女が手に持っていたのは、黒々とした輝きを放つ、ヒンヤリメロンほどのサイズの爆弾(バクダン)だった。爆弾の導火線には火がついていた。

 

 次の瞬間、宿場町跡地に大爆発の音が響きわたった。




 今回の話を書くにあたり、ハイラル宿場町の跡地へロケハンに向かいましたが、そういえば始めたての頃はここを闊歩する赤モリブリンに恐怖して迂回しながら進んだことを思い出しました。
 それで、迂回した先の丘の上で、イシロックに遭遇したのです。慌ててリモコンバクダンを設置し、そして自爆しました。いやあ、懐かしいです……みなさんもこのような体験をされたことがおありなのでは?

※加筆修正しました。(2023/05/07/日)
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