ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第二十六話 街道上の化物

 かつて、才能ある人々がいた。その才能とは二通りの意味で説明された。一つは、絵や文や詩を作るといった技術的な才能であり、もう一つは、人を惹き付けるという、いわば人格的な才能であった。

 

 例えば、老いたる神官は信仰の尊さについて荘重な説教をし、若き詩人は麗しい友情を瑞々しく詠い、恋に焦がれる画家は情熱と愛を込めて恋人の像を描き抜いたものだった。

 

 人は、作品の光彩に魅了された。感動と歓喜の感情の渦に身を任せた。更には、その作り手自体に強い憧れと羨望を抱いた。

 

 うっとりとした甘い香りの陶酔感と、我が身と心を忘れるような、音もない没入感を、かつての時代の才能と芸術はもたらした。それはまさしく人間に光を照らし、心に火を灯した。それは世界を黄金に輝かせるものだった。

 

 だが、あの大厄災から、時代は変わってしまった。光は消え去り、時代は闇へ沈みつつある。神殿は荒れ果てて魔物の住処(すみか)となり、詩集は廃墟の中で残骸に埋もれ、絵画は一面の埃と(かび)に覆われて、破り捨てられ焚き付けとなって燃え落ちるのみである。

 

 そして、この黄昏の時代にも、やはり才能ある人々はいる。その才能も、やはり二通りの意味で説明される。一つは、殺しや破壊や略奪といった技術的な才能であり、もう一つは、人を圧伏し畏怖(いふ)させるという、いわば人格的な才能である。

 

 殺し、焼き、奪う。ボコブリンの頭蓋を叩き割る。粗末な拠点に効果的に火を放つ。歯を剥き出しにして、僅かな物資を奪い去る。血の滴るナイフを振るって、魔物の肝を乱雑に剥ぎ取る。

 

 危機の時代にあって、人間はもはやなりふり構ってはいられなくなった。生き残るために、人間も魔物のようになりつつあった。才能は、暴力的な側面において急速に開花しつつあった。

 

 いや、そもそも人間とはそこまで上等な生き物であったのか? 人間は、光に満ちていたあの時代においても、このハイラルの大地に陰謀と策略を張り巡らし、互いに互いを陥れ、血と涙で幼い子どもたちの顔を汚していたのではなかったか? 才能を善用したことなど、歴史上で数えるほどしかなかったのではないか? それこそ、姫巫女や勇者たちといったごく一部の者しか、才能を善く用いることができなかったのではないか?

 

 時代とは? 人間とは? 才能とは?

 

 ともあれ、一つだけ確かなことがある。それはこのハイラルにおいて、人間こそ至弱の存在でありながら至強の存在をも打ち倒すほどの、才能に溢れた戦闘者だということである。

 

 今日もハイラルの何処(いずこ)かで、阿鼻叫喚の戦いの(ちまた)が展開されている。その戦いの勝者はおそらく、魔物のような人間なのだろう。

 

 

☆☆☆

 

 

「準備はできたわ。あなたは?」

「すでにできてる」

 

 バナーヌとテッポは装備を確認し、露営の痕跡を抹消した。軽く体操をしてから、二人は横に並んだ。踏みしめられた地面が音を立てた。

 

 短く、感情を込めずにバナーヌが言った。

 

「では、行くか」

 

 当然とばかりにテッポが元気良く答えた。

 

「ええ、行きましょう!」

 

 颯爽(さっそう)として影もなく、二人は走り始めた。ツルギバナナのような輝く金髪と、ぬばたまの美しい黒髪が、勢い良く宙を踊った。

 

 二人は進路を南へと取り、ハイリア湖を目指した。グンゼからの情報によれば、輸送馬車を取り巻く状況は非常に不安定である。一刻も早く合流しなければならなかった。

 

 充分な睡眠時間、思うがままの水浴び、それにバナナたっぷりの豊かな食事、それらのおかげで、走り出したバナーヌの心身の状態は高い水準にあった。

 

 空は透き通るように青かった。白い雲は焼き菓子のような形をしてふわふわと流れていた。日光は柔らかで、暖かかった。徒歩で強行軍を敢行しようというバナーヌとテッポにとって、なかなか好ましい天候であるといえた。

 

 ふと、バナーヌはグンゼの言葉を思い出した。「魔物共もなぜかは知らないがどことなく興奮しているようですし……」 胸騒ぎというほどではないが、彼女は妙にその言葉が気にかかった。しかし今のところ、魔物の姿は見当たらなかった。

 

 二人が走り始めてから、早くも一時間ほどが経過した。バナーヌは、チラリと横目でテッポの様子を窺った。長身でスラリと長い足をしたバナーヌと、未発達の肉体のテッポとでは、走るペースに自然と大きな差が生まれる。それにもかかわらず、テッポは一歩も遅れなかった。彼女は呼吸も乱さず、声も漏らさずに、ピッタリとバナーヌに追従していた。

 

 テッポは、バナーヌの視線に気づいたようだった。何よ、というような非難がましい目で彼女はバナーヌを見返してきた。

 

 バナーヌは、目線を正面に戻した。内心では、彼女はテッポに感心していた。まだ子どもであるのに、この強行軍にまったく問題なくついて来ている。大した才能だ。生まれ持った素質だろうか、それとも、幹部である父親からの英才教育の賜物だろうか。呼吸が苦しくなるからか、顔に仮面を着けていないのは規律上問題だが、手拭いを仮面代わりに巻いている自分が(ただ)すことでもない……彼女はそう思った。

 

 このまま走り続けても良かった。しかし、バナーヌは小休止を取ることにした。グンゼからはテッポの「お()り」を頼まれていた。ここは、「一時間の行軍ごとに五分間の小休止をとるべし」というイーガ団の戦闘教義に忠実に則るべきだろう。彼女はそう決めた。

 

 バナーヌは街道を少し外れると、背の高い草むらに入って足を止めた。その隣にはもちろんテッポがいた。

 

 命令を下すような断定的口調で、バナーヌはテッポに告げた。

 

「これから小休止。五分間」

 

 テッポは素直に従った。

 

「了解」

 

 テッポはふぅと溜息をつくとそのまましゃがみ込み、地面に直に腰を下ろした。テッポは水筒の水を一口飲んだ。彼女のつややかで健康的な褐色の肌には、キラキラとした汗の粒が張り付いていた。

 

 一息ついて前髪をかき上げた後、ふと横を見たテッポは、何か異様なものを見た。テッポは言った。

 

「……あなた、いったい何をしてるの?」

 

 バナーヌが隣りで、地面に仰向けになっていた。彼女は横になり、足を交互に上げたり下げたりしていた。時々、彼女は手でふくらはぎを揉んだり、足の裏のあちこちを指で押したりしていた。

 

 怪訝そうな声を受けてバナーヌは、テッポを見つめ返した。彼女は言った。

 

「小休止の時は、足のマッサージをしろ」

 

 テッポは納得したように言った。

 

「あ、マッサージだったのね、それ。分かりました、私もやります」

 

 見よう見真似で、テッポも足のケアを始めた。育ちの良いテッポにとって、マッサージとは自分以外の誰か専門家がやるものであった。自分で自分をマッサージするとは思いもよらなかった。だが、パシリで全土を駆け巡っているバナーヌにとってそれは、常識以前の問題だった。

 

 敬愛する父親から授けられた英才教育は、ただひたすら戦闘技術を磨くことだけを重視していた。そのため、徒歩行軍中の小休止に何をすべきか、といった細かい知恵をテッポは教わっていなかった。

 

 変人かもしれないけど、やっぱりバナーヌは実戦経験が豊富みたい。テッポはむにむにと細い足を揉みながら、バナーヌへの評価を改めていた。

 

 五分が過ぎた時に、事件が起こった。

 

 立ち上がったテッポが小さなお尻を(はた)いて、バナーヌに出発を促した。

 

「マッサージ、かなり効果的ね。これからも忘れないようにするわ。さて、そろそろ行きましょう」

 

 しかしバナーヌは立ち上がらなかった。彼女は警戒するような眼差しで辺りを見回すと、すんすんと鼻を鳴らした。

 

 バナーヌは何かを感じたようだった。彼女は短く、小さな声でテッポに言った。

 

「待て。伏せろ」

 

 テッポは即座に伏せた。そして彼女もバナーヌに倣って、空気の匂いを探った。

 

 かすかに、悪臭がした。それは風上から微かに漂ってきた。腐敗した生ゴミのような、夏場のゴミ捨て場のような臭いだったが、ただの悪臭ではないようだった。なにか、独特な意味を持つ臭いだった。

 

 それの正体に思い至って、テッポは呟いた。

 

「これは……ボコブリンの臭い?」

 

 バナーヌが頷いた。この特有の腐敗臭は、間違いなくボコブリンの発するものである。しかも、バナーヌの経験が伝えるところでは、ボコブリンは複数で、だんだんこちらへと近づきつつあるようだった。バナーヌは静かに言った。

 

「ボコブリンたちが来る。しばらく待とう」

 

 テッポは答えた。

 

「了解」

 

 二人は、地面に伏せて全身を完全に隠蔽すると、街道方向を密かに窺った。いつ戦闘になるか分からない。バナーヌは首刈り刀を抜き、テッポは爆弾袋の中身をあらためた。

 

 ほどなくして、魔物は現れた。ブヒブヒ、フゴフゴと鳴き声を漏らし、豚のような大きな耳をバタバタと動かしながら、ボコブリンたちは街道の南からやって来た。ボコブリンは五匹いた。手に手にボコこん棒とボコ槍を持ち、それを振り回しながら、どこか楽しそうな様子で歩いてきた。

 

 バナーヌは考えた。ただの通りすがりだろうか? いや、どうにも腑に落ちない。基本的に縄張りと拠点から離れない性質を持つボコブリンが白昼堂々街道を歩いて移動するなど、自分の知識と経験の中にないことだ。ここはもう少し様子を見るべきか……?

 

 小さな声で、テッポがバナーヌに尋ねてきた。

 

「攻撃する?」

 

 バナーヌは言った。

 

「もう少し待て」

 

 二人に監視されていることにも気づかず、赤ボコブリンたちは歩き続けていた。赤いアゲハを追ったり、花を手折って香りを嗅いだり、フゴフゴとおしゃべりをしながら、彼らは二人の目の前までやってきた。

 

 ボコブリンたちは、そこで車座になって腰を下ろした。そして、どこに持っていたのか、各々は大きな焼きケモノ肉を取り出すと、一斉にかぶりついた。魔物たちは昼食会を始めた。

 

 人間の軍隊ならば、食事や大休止の時には必ず歩哨を立てるものである。だが、彼らは所詮、魔物であった。そのような知恵は回らないようだった。襲撃するには絶対の好機だった。

 

 距離はおよそ十五メートルほどあった。バナーヌはテッポに小声で話しかけた。

 

「テッポ」

 

 テッポはバナーヌの意図を正確に察した。

 

「分かったわ。何発必要かしら」

 

 バナーヌは言った。

 

「私が三発、左側に投げる。テッポは右側」

 

 テッポが軽く頷いた。

 

「了解。爆弾は大きく弧を描くようにして投げて。空中で爆発するように導火線を切るから」

 

 伏せた状態でテッポは爆弾の準備をした。数分も経たずして、テッポから三発の爆弾がそっとバナーヌに手渡された。リンゴよりもやや大きい程度の小型爆弾だった。その爆弾は小振りながらも強烈な威力を持っていることを、バナーヌは昨晩身を以て知っていた。

 

 ボコブリンたちは、何も気づかずに食事に興じていた。中には、焼きケモノ肉を放り出して踊り出す者もいた。手折った花を(つの)に巻き付けて、その原始的で稚拙なお洒落を見せびらかす者もいた。魔物たちは、この幸せな時間が永遠に続くと信じているようだった。

 

 バナーヌは火打ち石を取り出した。テッポも身構えていた。バナーヌは言った。

 

「合わせろ……良し、さん、にい、いち……」

 

 カウントが終わると、二人は同時に立ち上がった。テッポが言った。

 

投擲(とうてき)!」

 

 導火線に火が点いた爆弾を、彼女たちは次々と放り投げた。特にテッポは、身につけていた特殊技術によって、三発の爆弾を同時にボコブリンの頭上に降らせた。

 

「ブヒッ!?」

 

 ボコブリンたちは異常に気づいた。だが、すべてが手遅れだった。飛来した六発の爆弾は、精妙に調整された起爆時間の通りに空中で一斉に爆発した。

 

「グギャオォオオッ!?」

「ゴボェッ!?」

「グェッ」

 

 耳を(ろう)さんばかりの大爆発音が響いた。破滅的な爆風が巻き起こった。真っ白な閃光があたりに満ちた。真っ赤な爆炎と真っ黒な爆煙が広がった。破壊の魔手は大小様々な無数の破片となって、無防備な赤ボコブリンたちに容赦なく襲いかかった。

 

 ややあって、爆煙が晴れた。伏せていたバナーヌたちは、立ち上がって状況を確認した。そこに残っていたのは、かつて魔物だった者たちの残骸だった。大きな破片によって首を半ば切り裂かれた者、爆風によって無惨に手足をもがれた者、胴体に大穴が開いた者、五体は揃っているがピクリとも動かない者……魔物の血と内臓の破片が、街道を黒く染めていた。

 

 予想以上の、壮絶な光景だった。テッポが呻くように声を漏らした。

 

「うっ……」

 

 彼女はひたいから滴り落ちる汗を、手の甲で拭った。もう片方の手は、帯革(たいかく)を強く握り締めていた。彼女の透き通るような鳶色の瞳は、なぜか少し潤んでいた。放心したように、彼女は爆発地点を見つめていた。

 

 バナーヌはそんなテッポを見て、ごく普通の調子で声をかけた。

 

「よくやった」

 

 隣りから突然発せられた声に驚いたように、テッポはビクリと肩を震わせた。そして、彼女はいつもより大きな声で話し始めた。

 

「……えっ!? あ、ああ、そうね、ありがとう! それにしても、流石はお父様お手製の爆弾ね! 魔物の群れもイチコロよ。ふん、良い気味だわ、良い気味よ……」

 

 一方、そんなテッポの言葉を聞いているのかいないのか、バナーヌは魔物のすべての死体を調べていた。彼女は油断なく首刈り刀を構えて、爪先で蹴飛ばして死体を転がしていた。

 

「むっ」

 

 まだ、かすかに息をしている魔物がいた。バナーヌは容赦なくその首筋へと刀を振るった。コヒュ、というどこか間の抜けた音を最後に、そのボコブリンは生命活動を停止した。

 

 無表情のままバナーヌは、テッポに告げた。

 

「ただのボコブリン。問題なし」

 

 テッポも、表情を見せずに答えた。

 

「分かったわ」

 

 疑問は尽きなかった。なぜこいつらはここに来たのか? ただのピクニックだったのか? 魔物がピクニックなどするのか? しかし、それを究明している時間はなかった。

 

 二人は使えそうなものを拾い集めてから、また街道を南へと走り始めた。

 

 その背後で、赤ボコブリンたちの死体は急速に黒ずんで風化していった。惨劇の痕跡は、きっと雨が洗い流すのだろう。

 

 魔物に()折られた花が、こぼれたピンクの花びらと共に風に乗って、彼方(かなた)へと吹き流されていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 おかしい。バナーヌはそう思った。この街道は、どこかおかしい。いささかも足を休めることなく走り続ける彼女の心の中は、今や強い違和感に満たされていた。

 

 おかしいと思うほど、魔物の数が多かった。魔物は多すぎた。最初に遭遇した五匹の赤ボコブリンの以来、彼女たちはすでに十五匹近くの魔物を倒していた。以前、別のパシリの任務でバナーヌがここへ来た時は、これほどまでに魔物は多くなかった。むしろ、他と比べてもここは平穏なほうだったと彼女は記憶していた。

 

 ついさきほどの戦闘など、彼女の抱く違和感の原因の最たるものだった。新たに出現した三匹の青ボコブリンを倒した後、二人は脇目も振らずに街道を進んでいた。

 

 突然、道の先から叫び声が聞こえてきた。それは女性の声だった。

 

 テッポが首を傾げた。

 

「何かしら? また魔物?」

 

 バナーヌは言った。

 

「行くぞ」

 

 慎重に、なだらかな丘の稜線(りょうせん)で姿を隠しながら、バナーヌとテッポは声の響いてきた方へ音もなく進んだ。その地点に接近すると、二人は密かに様子を窺った。

 

 そこには男と女がいた。二人とも(わめ)いていた。女が泣いていた。

 

「助けて! 誰か、誰かぁ! 助けてください!」

 

 男が叫んでいた。

 

「来るなら来い! ホラ、どうした! かかってこい! 俺が相手だ!」

 

 冒険者の格好をした男一人と女一人が、十匹前後のボコブリンに襲われていた。男はおそらく妻か恋人であろう女を庇って、その細腕で粗末な旅人の剣を必死に振るい、魔物の群れと渡り合っていた。

 

 魔物たちも喚いていた。

 

「ブヒヒッ! ブヒヒィッ!」

 

 だが正確に言うと、男は渡り合えてなどいなかった。ボコブリンたちは戦闘の構えすら取っていなかった。魔物たちはいたぶるように男と女を取り囲み、池の水鳥(みずどり)を虐めるように投石を繰り返していた。

 

 男は息を切らしていた。

 

「はぁっ、はぁっ、どうだ、おい! かかってこい! どうした! おい!」

 

 女は消え入りそうな声で言った。

 

「あなた、あなた、頑張って……」

 

 男が叫んだ。

 

「オゼーユ! 君は僕の後ろに隠れているんだ! クソ、どうした! かかってこないのか! おい!」

 

 飛んでくる石を男はなんとか払い落とした。女はもう声が枯れてしまったのだろうか、男の背後で蹲ると頭を抱えて動かなくなった。

 

 テッポが声を漏らした。

 

「ひどいわね……」

 

 彼女は、そっと目を伏せた。やや刺激の強い光景を目にしたせいか、その瞳は潤んでいた。彼女は(たま)りかねたように、バナーヌに言った。

 

「どうする? 助ける? 私としては、その……助けてあげたいんだけど……もちろん、任務に支障のない範囲でよ! それに、あれだけ大勢の魔物を放っておいたら、私達の輸送馬車だってきっと襲われるわ。ここで全部倒しておくのが、やっぱり最善だと思うけど……」

 

 どこか懇願するようなテッポの言葉を聞いて、バナーヌは思案した。結局、彼女は攻撃することにした。確かに、あれだけの数の魔物は見過ごせない。それに、任務とは何の関係もないとはいえ、生きた人間を見殺しにするのはやはり気分が悪いものだ。

 

 そしてその戦闘は、案外あっけなく片が付いた。バナーヌはテッポに発煙弾を三発投げさせた。煙に包まれて、敵は混乱した。バナーヌはその中へ一直線に突入した。彼女は煙の中、音もなく魔物に近寄っては次々と首を()ねていった。

 

 リーダー格の黒ボコブリンは抵抗しようとしてバナーヌと数回切り結んだが、やがてあっけなく背後を取られると、半秒後には無念の屍を晒した。

 

 一方、テッポはバナーヌが斬り込んでいるスキに、男と女を救出した。バナーヌの討ち漏らした一匹の魔物が、手負いながらも歯向かってきたが、テッポは手に余る首刈り刀を器用に扱って冷静に始末した。

 

 戦闘は終わった。街道には十体の魔物の死体が転がっていた。それらは次第に黒ずんで、パラパラと細かな粉を撒き散らしながら風化していった。

 

 男と女は、バナーヌとテッポに向かって盛んに頭を下げた。男が言った。

 

「危ないところを助けてもらったね。どうもありがとう! 僕はイムタ。こっちは妻のオゼーユだ」

 

 女が言った。

 

「どこのどなたかは存じませんが、あなた達は命の恩人です! 本当にありがとうございました!」

 

 礼を言う二人の顔色は、直前まで死の恐怖に晒されていたせいか真っ青だった。だが今は、満面の笑みを浮かべていた。

 

 対するイーガ団の二人は、互いに対照的な態度をとっていた。バナーヌは腕を組んで冷たい視線を夫婦に送っていた。テッポは細い腰に手をやっていた。仮面の下の幼い顔には、「ふふん」といわんばかりの得意げな表情が浮かんでいた。

 

 なぜかバナーヌは黙り続けていた。代わりに、テッポが夫婦に質問をした。

 

「まあ、私達にかかればこの程度の魔物共なんて赤子の手を(ひね)るように皆殺しよ! というより、あなたたちが弱すぎなのよ。あなたはイムタさんだったっけ? 敵の数が多かったとは言っても、あなたはちょっと弱すぎよ! そんな貧弱さでいったい何をしようとしてたの?」

 

 男は小さな女の子から「弱すぎ」と言われたことにさして反応しなかった。彼はポリポリと頭を掻きながら答えた。

 

「いやぁ、面目ないです。剣が弱いのは重々承知なんですが、私達夫婦にはある夢がありまして、そのためには魔物なんぞ怖れてはいられないんです」

 

 テッポは、こてっと首を傾げた。黒髪がふわりと揺れた。

 

「えっ、何? 夢? どういうこと?」

 

 男と女は、どこか自慢げに答えた。夫のほうが言った。

 

「伝説の花、姫しずかを見つけ出すのが私たちの夢なんです!」

 

 妻のほうが言った。

 

「姫しずかは、本当に美しい花らしいんですの! それを見つけるためなら多少の危険でも冒さないといけません! 姫しずかは、私達が結婚して以来の長年の夢ですから!」

 

 テッポが、心底呆れたような声を上げた。

 

「姫しずか? それってただの花でしょ? あなたたち、たかが花のために一個しかない命を張ってるの? ちょっと理解できないわ……って、あなた、どうしたの?」

 

 テッポはバナーヌに声をかけた。突然、腕組みをしたまま動かなかったバナーヌが、夫婦に向かってずいっと歩を進めたからである。バナーヌは右手を振りかぶると、男の左頬に向けて思いっきり強く平手打ちを食らわせた。

 

「ふん」

 

 男はぶっ飛ばされた。

 

「ぶぇっ!?」

 

 女が叫んだ。

 

「あ、あなた! ちょ、ちょっと、何をするんですか……!」

 

 しかしバナーヌは、女が抗議の言葉を吐き終える前に、既にもう一度右手を振りかぶっていた。数瞬の間もなく、バナーヌの平手打ちは女の左頬に直撃した。

 

「ふん」

 

 女はぶっ飛ばされた。

 

「ごえぇえっ!?」

 

 テッポが大きな声を上げた。

 

「ちょっと、バナ……じゃなかった! あなた、何してるのよ!?」

 

 テッポはバナーヌの突然の暴力に驚いたようだったが、バナーヌは一切そのことについて説明しなかった。彼女の中では平手打ちの理由は説明の必要のないほど明白だった。

 

 夢を追うのは良い。夢を追うのが人間というものだ。だが、身を守る手段も持たずに冒険するとは、なんという馬鹿者たちだろう。いや、ただの馬鹿者でもここまでの馬鹿者はそうそういないはずだ。この二人は、どうやら死の恐怖に直面したことで頭に血が上っているようだ。ここは一つ、平手打ちでもして頭を冷やしてやろう……彼女はそう思ったのだった。

 

 バナーヌとしては、暴力を振るったつもりはまったくなかった。むしろそれは、イーガ団的な作法に則った、一種の心遣いのつもりであった。それが一般人には少しばかり威力が強すぎるものであったとしても、彼女は彼女なりに二人の男女のことを心配していたのだった。

 

 平手打ちに恐れをなしたのか、夫婦はお礼の品を差し出してきた。男は腫れ上がった頬に手を当てつつ、何かの果実煮込みをテッポに渡した。

 

「あの、これ、つまらないものですが……」

 

 テッポははしゃいだ。

 

「あっ! この香り、マックスドリアンね! やったぁ、私マックスドリアン大好き! ありがとう!」

 

 喜ぶ少女を見てホッとしたのか、男はバナーヌにも同じ果実煮込みを差し出した。

 

「あの、あなたにも差し上げます。どうかお納め下さい……」

 

 ぷんと、忌々しい香りがバナーヌの鼻についた。彼女はドリアンが()()()好きではなかった。気づいた時には、またもや彼女は鋭い平手打ちを男へ向かって繰り出していた。

 

「ふん!」

 

 膨れ上がった男の頬に、再度強烈な衝撃が走った。男はマックスドリアンの果実煮込みを空中に放り投げてしまった。

 

「ごべらっ!?」

 

 ぶっ飛ばされる夫を見て、女が叫んだ。

 

「あぁ、あなた!」

 

 テッポも叫んだ。

 

「ああっ、もったいない!」

 

 テッポは先程もらった果実煮込みの皿を左手で持つと、しなやかな両脚で空中へ軽やかに跳んで、落ちてくるもう一つの皿を右手で華麗にキャッチした。彼女は即座に皿の中身を確認した。多少こぼれていたが、問題はなかった。彼女はほっとため息をついた。

 

「バナーヌ、本当にマックスドリアンが嫌いなのね……」

 

 誰にも聞こえないように、テッポは一人で呟いた。そんな彼女の視界の端では、バナーヌが男に首刈り刀を突きつけて、バナナかルピーかを要求していた。

 

 

☆☆☆

 

 

 ここでの出来事は誰にも口外しないように、と夫婦に固く念を押してから、バナーヌとテッポは煙のようにその場から姿を消した。

 

 無言で二人は走った。バナーヌはもとから無口な性格であるし、テッポはさすがに連戦の疲れが出てきていた。さきほどもらったマックスドリアンの果実煮込みを一気に二皿食べたことも、彼女に影響しているようだった。

 

 しばらく、二人は街道を進んだ。日がやや傾いていた。このまま走り続ければ、日暮れ前にはハイリア大橋に到着するものと思われた。

 

 だが、意地の悪い運命は、どうしても二人に行く手にもう一波乱を起こさないではいられないようだった。

 

 ちょうど、一つの丘に差し掛かろうとしているところだった。

 

 黙々と走っていたバナーヌが、急に足を止めた。疲労感と満腹感のせいでなかば無意識に足を運んでいたテッポは、バナーヌが止まったことに気づくのが少し遅れた。それでも彼女はすぐに立ち止まった。そして、彼女はバナーヌに言った。

 

「どうしたの、バナーヌ?」

 

 バナーヌは、何かを注意して聞こうとしているようだった。ややあって、バナーヌは言った。

 

「……何か聞こえる」

 

 テッポは思わず言った。

 

「何ですって?」

 

 テッポはウサギのように耳をそば立たせた。すると、彼女の耳にも何か妙な音が聞こえてきた。音にはリズムがあった。どうやらそれは、歌のようだった。しかしテッポは首を左右に振って、言った。

 

「いえ、歌じゃないわね、これは。何かの鳴き声のような……でもリズムがある。変ね。こんなの聞いたことがない。いったい何なのかしら?」

 

 腕を組み、同じく音を探っていたバナーヌが、ポツリと言った。

 

「これは、リザルフォスの鳴き声だ」

 

 そう言われると、テッポにも思い当たることがあった。

 

「あっ、そうかも」

 

 バナーヌは歩き出した。

 

「遠くない。行こう」

 

 鳴き声は丘の反対斜面から聞こえてくるようだった。二人は街道を行かず、ほぼ駆け足に近い早足で、丘の外周部の右側へ回り込んだ。彼女たちは、草の茂みからそっと街道方向を窺った。

 

 しばらくして彼女たちの目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。二人はほぼ同時に声を漏らした。

 

「えっ」

「なっ」

 

 呆然とした表情をテッポは浮かべた。バナーヌも表情には出さないながらも、滅多にないほどの驚愕の感情を心中で抱いていた。

 

 テッポが言った。

 

「な、なにあれ……?」

 

 バナーヌは低い声で答えた。

 

「……知らん」

 

 魔物たちは、いずれもリザルフォスだった。前に二匹、真ん中に五匹、後ろに一匹がいた。魔物にしては秩序だった隊列を彼らは組んでいた。ただのリザルフォスと比較すれば、そのことだけでも驚くべきものであると言えた。

 

 しかし、それ以上に変わっていることがあった。それは、リザルフォスたちが輿(こし)を担いでいることだった。

 

 輿を担ぐリザルフォスたち! まさしく前代未聞であった。髑髏(どくろ)の紋章があしらわれた木製の大きな輿を、四匹の緑リザルフォスが担いでいた。輿の上には、一匹の大きな白銀リザルフォスがでんと腰を据えていた。

 

 白銀リザルフォスがリズムを取るように、その長い舌をビュンと伸ばしてまた引っ込めた。それに合わせて、輿を担ぐ四匹のリザルフォスたちが鳴き声を上げた。

 

「ゲッ・ゲッ・ゲゲゲ・ン・ゲ」

「ゲゲーゲ・ゲゲゲゲ・ゲーゲーゲー」

 

 白銀リザルフォスが、突然下にいる仲間をぶん殴った。

 

「グギャア!」

 

 殴られたリザルフォスが悲鳴を上げた。

 

「ギョごぇっ!?」

 

 白銀リザルフォスは、仲間の歌う歌に気に食わないところがあるようだった。三又リザルブーメランで、白銀リザルフォスは死なない程度に仲間を殴り続けた。殴られたリザルフォスは悲痛な叫びを上げ続けた。

 

 一方で、前衛を務めている二匹の青リザルフォスは、至極気楽そうにぶらぶらと歩いていた。彼らは重い輿を担ぐ必要もなく、歌うことも強制されていなかった。彼らは時折舌を伸ばして、飛んでいるアゲハやヤンマを捕食していた。

 

 一番悲惨だったのは、隊列の後ろを歩いている一匹の緑リザルフォスだった。彼は見るからに痩せ細っていた。彼は傷だらけで、手足は枯れ木のようだった。彼は弱々しい足取りで、フラフラと隊列に付いて歩いていた。彼は薄汚れていて、その体色は緑というよりは茶色に見えた。

 

 彼は前を歩く二匹の青リザルフォスと、輿を担ぐ四匹の緑リザルフォスの武器をすべて抱えていた。時折、彼は手に持っているリザルスピアや双頭リザルスピアをポロリと地面に落とした。そのたびに、彼は輿の上の白銀リザルフォスに怒鳴られていた。

 

 未だに驚愕から覚めないままのテッポは、大きな目を更に大きく見開いていた。彼女は眼前で繰り広げられている、あり得べからざる光景を目に焼き付けようとしているようだった。

 

 やがて、テッポはバナーヌに言った。

 

「ね、ねえ、バナーヌ……? あなた、今までにあんな魔物見たことある?」

 

 バナーヌは答えた。

 

「……ない」

 

 テッポはまた言った。

 

「あれの倒し方、分かる?」

 

 バナーヌはまた答えた。

 

「……さあ?」

 

 しかし、奴らはなんとしてでも倒さなければならない。バナーヌはそう思った。奴らが向かっているのは自分たちと同じ方向、つまりハイリア湖だ。何が目的かさっぱり分からないが、ここで奴らの進行を阻止しなければ、輸送馬車の安全は確保できない。

 

 バナーヌは、思案した。何だか得体の知れない連中だが、どうやら指揮を執っているのは輿の上の白銀リザルフォスのようだ。他の奴らはいずれも緑リザルフォスと青リザルフォスで、はっきり言えば雑魚敵だ。その行動を見るに、さして知恵も回るまい。

 

 考えているバナーヌの隣で、テッポが声をあげた。

 

「あっ」

 

 バナーヌは考え続けた。つまり、第一に仕留めるべきは白銀リザルフォスである。奴を後回しにすると、妙な指揮をされて思わぬ苦戦をするかもしれない。逆に、奴さえ最初に仕留めることができれば、たとえ残りの魔物が輸送馬車に到達したとしても、大した脅威にはならないだろう。

 

 考えているバナーヌに、隣からテッポが声をかけた。

 

「ねぇ、バナーヌ」

 

 バナーヌは考え続けていた。だが、どうやって白銀リザルフォスを倒す? 奴は輿の上にいる分だけ、広い視界を持っているだろう。迂闊に爆弾の投擲距離まで接近すれば、気取られるかもしれない。自分は隠密と潜伏に自信がある。だが、テッポの潜伏の腕前はまだよく分からない。二人で近づかなければ戦力不足だが、二人で近づくと察知されかねない。彼女は唸った。

 

「うーむ……」

 

 唸っているバナーヌに、テッポがさらに言った。

 

「ねぇ、バナーヌったら」

 

 バナーヌは唸り続け、考え続けた。いっそのこと、この際リザルフォス達はいったん無視をして、先に大急ぎで輸送馬車の仲間たちに合流するべきか? 増援を得て正面から攻撃したほうが安全な上に確実ではないだろうか? いやしかし……それはイーガ団としてはあまりに消極的に過ぎる。

 

 テッポがまた声をあげた。

 

「ねぇ、バナーヌ! ちょっと聞いて!」

 

 バナーヌは、いくら頭を働かせても最善策が思いつかなかった。運を天に任せて二人で接近し、テッポの爆弾の援護のもとで真っ直ぐに輿の上へ斬り込もうか? 考えなしの強攻だが、一番それが手っ取り早い気がする……

 

 テッポが大きな声を出した。

 

「バナーヌったら! 聞いて!」

 

 ついにバナーヌも気が付いた。

 

「うわっ」

 

 突然肩を掴まれた上に、耳元で大きな声を出されたことで、バナーヌの心臓は一瞬だけ早鐘をついた。ほんの僅かに不機嫌そうな表情を浮かべて、バナーヌはテッポへ氷のような眼差しを向けた。彼女は言った。

 

「なに?」

 

 テッポが囁くように言った。

 

「あっ、あのね、私にいい考えがあるんだけど……ちょっと耳を貸して。えっと、こういう作戦なんだけど……」

 

 ゴニョゴニョとテッポは言った。バナーヌはそれを聞いて、得心したというように頷いた。

 

 やがて二人はそっとその場を離れ、作戦の準備に取り掛かった。

 

 街道上を、狂気のパレードが進んでいく。

 

 ハイリア湖まで、距離はあとわずかだった。




 才能はあってもテッポはまだまだ小さな女の子です。そして、戦闘とはいつでも過酷なものです。輿に乗ったリザルフォスのイメージは、私の中学時代の友人の話がもとになっています。その頃、私はピクミンにハマっていました。私はピクミンの楽しさを盛んに友人へ吹き込んでいたのですが、その友人が言いました。
「ピクミンは、隊長ピクミンを出して、そいつを輿に乗せて、あとは仲間がワッショイしてたほうが絶対に面白いはずだ」
 割と意味不明な言葉ですが、なぜか今に至るまで、その言葉はさながら棘のように心に刺さって残っています。
 今回は他にも色々ネタを密かに混ぜました。と言っても二つ三つですが。

※加筆修正しました。(2023/05/08/月)
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