ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第二十七話 美々しき策謀

 いったい人間は、この素晴らしくも残酷な世界に発生して以来、どのようにしてそのひ弱な生を長らえてきたのだろうか。細い二本の腕に力はなく、二本の足の歩みは遅い。その皮膚は薄く、破れやすい。人間は飢渇(きかつ)に苦しみ、風雨に苛まれ、本来ならば大地に恵みをもたらす太陽光にすら責めたてられる。人間こそは、その身体的特徴のみに注目するならば、間違いなく最弱の生き物であろう。

 

 しかし、この世の支配者となったのは、人間であった。気の遠くなるほどに長い歴史的な過程を経て、人間はその貧弱な肉体と生命とをいわば元手(もとで)として、次第に自然に適応し、自然を利用し、自然を支配するようになった。広大な森林を伐採し、山を削り川を埋め、城壁と都市と王城を建設した。大地の恵みを収奪し、鳥を落とし獣を狩り、ついには身に数倍する魔物すら倒すことが可能となった。

 

 なぜ、そのようなことが可能になったのだろうか。信心深い者や宗教家は、「これこそ女神様の賜物である」と説く。その一方で歴史家は、「それは人間に与えられた歴史的使命ゆえであった」と説く。しかしながら、観念の上ではなく現実の上で人を動かし人を統べる、王や貴族たちは、そのようには考えなかった。

 

 彼ら支配者たちが人間に固有の力と(たの)んだものは、武器と軍隊であった。

 

 なんと、つまるところ人間の力というものが武器と軍隊に過ぎないとは? あまりにも感傷的な夢想家たちは、これを聞いて何を思うだろうか? 悲哀か、義憤か、諦観か? だが、そのような独りよがりの考え方は、この武器と軍隊という二つが有する威力の前にあって、砂糖菓子のように脆くも粉砕される。

 

 ある人間の群れがある。これは、野獣や魔物の群れと同じではない。なぜなら、この人間の群れには、命令一下整然と機械的に作動するための、ある原理が仕込まれているからである。その原理とはすなわち、規律と号令である。これに上級者への絶対服従の観念と、血が(たぎ)るような国を愛する心とが合わされば、その群れはもはや単なる集団ではなくなる。それは戦闘集団、すなわち軍隊となる。

 

 軍隊が一個の有機的存在であるならば、その鋭い爪と牙になるのは武器である。切れ味の鋭い剣、早く遠く飛ぶ弓矢、長くしなやかな槍、頑丈な盾、敵対者の戦意すら両断する大剣……強力な軍隊は、強力な兵器を飽くことなく欲する。そしてその欲望は、この世が滅び去るまで決して消えることはない。

 

 だが、軍隊と武器とが絶対の力ではないことを人間に思い知らせる事件がかつてあった。

 

 ある時代、ある王の御世のハイラル王国のことである、大きな戦があった。突如、魔物の群れが中央ハイラル地方を脅かした。その群れの長は、ボコブリンともモリブリンとも違う、筋骨隆々の体躯をした緑色の怪物だった。怪物は水牛のように長い二本の角を頭部に生やしており、その手足は丸太のようだった。怪物の胴体は石柱のように太く頑丈だった。大猪にまたがり、戦斧(せんぷ)を軽々と振り回すその怪物は、自ら「キングブルブリン」と名乗った。

 

 キングブルブリンは各地の魔物を糾合(きゅうごう)し、仲間に食を与え馬を与え、武器を与えた。彼は自分たちの「軍隊」を作り上げた。それは今までの単なる寄り集まりではない、確固たる組織構造を有した正真正銘の軍隊であった。装備する武器も、彼らは日々改良を怠らなかった。彼らは各地の武器庫を襲い、人間の鍛冶屋を拉致し、鉱山を占拠した。彼らは既にある種の国家を持っていた。

 

 その魔物、キングブルブリンがなぜそのような高い知能を持っていたかは分からない。なぜ彼が、あえて人間の真似をしてまで地上の覇者たるハイラル王国に戦いを挑んだのかも分からない。しかし、キングブルブリンの戦略は、確かに効果があった。長き平和で士気が弛み、たかが魔物の群れと侮ったハイラル王国軍は、各地で手酷い敗北を被った。

 

 ある大会戦に勝利した後、魔物の王はこう言ったという。「魔物ノ国ヲ作ルノダ。魔物ノタメノ、魔物ダケノ国ヲ」

 

 これは、人間を絶滅させるまで戦いを止めないという、彼の確固たる意思表示だった。ここに至ってハイラル王国は、眠っていた本来の力を発揮した。真に優秀な人材が指揮官に登用され、軍隊は鍛え直され、都市は武器を山のように生産した。

 

 人間の力と、魔物の力が激突した。激戦に激戦が続いた。屍山血河が築かれた。火花と血しぶきを迸らせて、両者は完全に拮抗した。だが、戦争がもはや数十年に及ばんとした時には、流石に両者ともに疲れ始めていた。ハイラル王は講和の可能性を探り始め、魔物の側も、戦いの止め時を見極めようとしていた。講和の機は熟していた。

 

 使者が何度か両陣営を行き来し、無数の書簡がやり取りされた。その結果、講和会議がついに開かれることになった。両軍の境界線の中間地点に場が設けられ、ハイラル王国側からは主席大臣が、魔物側からは、なんとキングブルブリンが本人が出席した。一書によれば、キングブルブリンが出席することを魔物たちは涙を流して諫めたが、彼は「オレハニンゲンニ会イタイ。オレハ、ニンゲンガ好キニナッテキタノダ」と言ったという。

 

 張り詰めた緊張感に包まれた会場で、ハイラル王国と魔物との会談は始まった。史上初の、人間と魔物との会談であった。しかしその事実の割には、なぜか人間側の随員は少なかった。大臣が一名、補佐官が一名、書記が三名に過ぎなかった。たったそれだけであった。キングブルブリンは、特に信頼している屈強なモリブリン三名の他、一個小隊もの護衛部隊を率いていた。

 

 当初は先行きが危ぶまれた会談であったが、大臣の話術とキングブルブリンの大きな度量によって次第に打ち解けた雰囲気となった。ついに両者の講和の意図がはっきりと確認された。そして、今後の具体的な進展について話し合いがされたあと、記念の祝宴が執り行われた。

 

 キングブルブリンたちは、人間たちの用意した上等な料理と濃い酒に熱中した。それまで彼らは粗末な食事に耐え忍んでいたからである。キングブルブリンも、護衛のモリブリンも、護衛部隊も、すっかり上機嫌になって満腹の腹をさすっていた。彼らは酩酊し、座にどっかりと身を沈めて動かなかくなった。

 

 いつしか、楽隊の演奏が止んでいた。そして、人間たちの姿も見えなくなっていた。だが魔物たちは、安心しきっていた。これで戦いは終わる、これで俺たちだけの国ができる、これでもう、ニンゲンに脅かされることはなくなる……

 

 突然、祝宴の場は大爆発を起こした。巨体を地面に横たわらせていたキングブルブリンは爆風によって空中に放り上げられ、続いて起こった二回目の爆発で、肉体は四分五裂し、木端微塵になった。モリブリン達も同じ運命を辿った。護衛部隊も、突入してきた騎兵隊によって一切の仮借(かしゃく)なく皆殺しにされた。

 

 言うまでもないだろう。その地下には、超大型の地雷が何発も周到に準備されていたのだった。ハイラル王国の指導者層は、最初から魔物の国など認める気はなかった。

 

 人間たちにあって、魔物達になかったもの、それは陰謀と策略だった。信義を餌にし、友情を仮面とし、にこやかな表情の裏で刃物を研ぎ、火薬を混ぜ合わせる。これは、魔物たちの知らない「力」だった。

 

 そう、陰謀と策略こそ、剣よりも弓よりも大砲よりも、ガーディアンよりも神獣よりも、どんなに強力な武器よりもさらに優れる、人間の持つ最大の武器である。

 

 騙し討ちにしてキングブルブリンを葬り去ったハイラル王国は、余勢をかって魔物の軍勢を殲滅した。こうして、王国を脅かした一大勢力は、たった一つの策略によって、春の夜の夢のように地上から消え去ったのであった。

 

 陰謀と策略を駆使したこのような例は、事の大小を問わなければ、ハイラルの歴史においては無数にある。そして、実に悲しいことではあるが、その内訳としては、魔物に対して人間が策を仕掛けた例よりも、人間が人間に対して仕掛けた例が圧倒的に多い。

 

 それでは、魔物が人間に策を仕掛けたならば、いったいどうなってしまうのか? 人間は魔物の策略に打ち勝つことができるだろうのか?

 

 その答えは、百年前の大厄災で端的に示された。人間は魔物に完敗したのである。

 

 

☆☆☆

 

 

 バナーヌとテッポがハイリア湖へ向かってひた走っていた、その日の昼過ぎのことであった。

 

 カルサー谷のイーガ団のアジト、上級幹部のウカミの部屋に、三人の女性の姿があった。

 

 薄暗い室内では上質の(こう)()かれていた。馥郁(ふくいく)たる香りが部屋に満ちていた。じりじりと音を立てて、燭台に細い火が(とも)っていた。

 

 音楽が奏でられていた。それは琴の音だった。若く瑞々しい、しかしどこか棘を持った音曲(おんぎょく)が、室内にいる三人の聴覚を刺激していた。

 

 しばらく耳を傾けていたウカミは、やがて、感嘆したように声を上げた。その声はどこまでも(なま)めかしいものだった。

 

「ふぅ……なかなか良い演奏じゃない、サミ。腕を上げたわね。ああ、ノチ、もうちょっと右側をお願い。うふふ、とっても上手……」

 

 ウカミはノチに背中を揉ませていた。サミとノチは口々にウカミに対して礼を述べた。

 

「ありがとうございます」

「あっ、ありがとうございます!」

 

 衣服をすべて脱ぎ去って、ウカミは絹の(しとね)にうつ伏せになって横たわっていた。彼女はきめ細かな肌の、美しい白い背中を晒していた。れっきとした上級幹部の一人である彼女は、下っ端のノチの手によるマッサージを堪能していた。愛用の蜂蜜色をしたバナナオイルは、ノチの小さな手でたっぷりと背中に塗り込められ、肌は怪しげな色気を放って輝いていた。以前ならば、その役目はサミのものだった。だが昨日から、それはノチが担当するようになっていた。

 

 サミは、自分の主の言葉に違和感を感じた。おかしなこともあるものだ、ウカミ様が自分の演奏を褒めるなど。いつもならば、一つや二つ駄目出しをされるところだが、今日のウカミ様は奇妙なまでに優しい。彼女はそう思った。ノチはいつもウカミから褒められているが、サミはあまり褒められたことがない。違和感はなおさら大きかった。

 

 端正な顔に怪訝そうな表情を浮かべたサミに、ウカミはどこか気だるげに言った。

 

「さっきね、あの人に怒られちゃったの。『最近バナナがマズくなってるが、管理はどうなってるんだ!』ってね。じきにフィローネ支部から補給が届きますって伝えても、なんだかご機嫌斜めだったわ。『あんな連中、信用できるものか』って」

 

 ウカミの背中の上にいるノチは、息を呑んだ。総長とウカミとの会話の内容を聞くなど、下っ端の自分に許されることなのだろうか。ノチはそう思った。彼女のあどけない顔に緊張が走った。冷や汗が彼女のひたいに(にじ)んだ。

 

 だがそんなノチに構うことなく、ウカミとサミは会話を続けた。サミは琴の演奏を止めて、やや吊り目勝ちの涼やかな目をウカミに向け、いつも通りの冷静な声で言った。

 

「しかしながら、バナナの輸送をフィローネ支部に命令したのは他ならぬコーガ様ではありませんか。ウカミ様はその実行を命じられただけです。しかもウカミ様は作戦遂行のために日夜邁進しておられます。私ごときが申し上げるのは些か分を越えておりますが、コーガ様のおっしゃりようはあまり理が通っていないと思われます」

 

 サミの慰めるような言葉を真面目に聞いているのかいないのか、ウカミは軽く欠伸をした。彼女の眠たげな目から、涙がほんの少しこぼれていた。ウカミは言った。

 

「ふあぁ……うん、まあね……そうよね。サミの言うとおりだわ。あら、ノチ。ちょっと手の動きが固くなっていない? うふふ、私たちのお話に緊張しているのかしら。安心しなさい。これはあなたの勉強にもなることよ。さあ、次はもっと、そう、背骨のほうを揉んで頂戴」

 

 ノチは返事をした。

 

「はい!」

 

 返事をすると、ノチはウカミの背骨に沿って力を入れた。ウカミは満足そうな声をあげた。

 

「んーん……いい感じよ、とっても上手……ふぅ、あんまり胸が大きいのも考え物ね。あの人は喜んでくれるけど、肩が凝って仕方がないわ。もう少し小さくても良かったのに」

 

 初心(うぶ)なノチは、ウカミのあけすけな言葉を聞いて顔を赤くした。それでも言いつけ通り、彼女は手を休めずにウカミの玉の肌をさすり続けた。その豊満な見かけによらず、皮膚の下にはしなやかな筋肉があった。ノチは手に伝わる感触からそれを悟った。

 

 ウカミはなおも話し続けた。

 

「あーあ……私、いつも一生懸命頑張ってるのに。そう、サミの言うとおりよ。あの人ったら、いっつも適当なことしか言わないの。昨日は『あれをやれ』と言ったのに、次の日には『それはやるな』なんて言うの。そんなことばっかり。それにどんなに頑張っても、あの人が私を褒めてくれたことなんて数えるくらいしかないのよ」

 

 サミは琴から離れて、ウカミのもとへ飲み物を持ってきた。飲み物はよく冷えたバナナシェイクだった。一本のストローが刺さっていた。

 

 それを恭しく差し出した後、サミは口を開いた。

 

「私もウカミ様から褒められたことなど、数えるほどしかありませんが」

 

 どこか()ねたような言葉を聞いて、ウカミは微笑んだ。彼女は横になりながらバナナシェイクを一口味わうと、優しい口調でサミに話しかけた。

 

「でも、さっきは褒めてあげたでしょ? 今日から私、今まであの人から褒められなかった分だけ、逆に人を褒めてあげることにしたの。ほら、ことわざでも言うでしょ? 『愛と真心こそは何にも優る策略と知恵』って」

 

 サミは言った。

 

「では、私を褒めてくださるのも策略の一環ということですか」

 

 ウカミは少しだけ声をあげて笑った。彼女は言った。

 

「あらやだ、私は本心からあなたを褒めるのよ。サミ、あなたはいつもよくやっているわ。サミだけじゃない、ノチ、あなたも褒めてあげる。あなたのマッサージ、本当に上手ね。身も心も溶けちゃいそうだわ」

 

 ノチは感激して、答えた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ウカミは身を起こした。今まで潰されて平たくなっていた大きな白い両の乳房が、はっきりとした形をとって、燭台の僅かな光に照らし出された。その長い艶やかな黒髪は肌に張り付き、得も言われぬ色香を発散していた。

 

 ウカミはノチの方へ体を向けると、彼女は両胸を手で示して、言った。

 

「次は、()()()のほうをお願いしようかしら」

 

 ノチは脆くも動揺した。

 

「え、ええ!? でもそれは、あの……」

 

 ウカミはからかうように言葉を続けた。

 

「あら、恥ずかしがってるの? ふふ、可愛いわね。でもいつもバナーヌにはしてあげてるんでしょう? こっちのマッサージは」

 

 ノチの言葉はしどろもどろだった。

 

「あ、いえ、そんなことは……」

 

 ウカミとノチは、しばらくはしゃぎ合った。そんな二人から視線を外すと、サミは立ち上がった。彼女は琴の前に戻り、再度(げん)をポツンポツンと(はじ)き始めた。

 

 ここ数日で、ノチはすっかりウカミに惚れ込んでいた。サミはその純粋さに半ば呆れ、半ば憧れを抱いていた。実に単純だが、その単純さが好ましい。彼女はそう思っていた。

 

 早くに両親を亡くしたサミをウカミは引き取り、手ずから教育と躾を施し、一人前のイーガ団員として育て上げた。そんなウカミに対して、確かにサミは例えようもないほどの尊敬の念と恩義とを感じていた。ウカミのためならば水火も辞さず、身命をなげうって奉仕をする気構えが彼女はできていた。死ねと言われれば、即座に死ぬことができるだろう。

 

 だが、ウカミを母とも思い師とも思い畏れ敬う気持ちはあっても、サミとしてはどうしても彼女に対して、無条件に愛情を抱くことができなかった。

 

 琴の音が、わずかに乱れた。サミはその柳眉をひそめた。だが、それが聞き咎められることはなかった。ウカミは相変わらず、ノチをからかって遊んでいた。

 

 サミは、そっと溜息をついた。

 

「ふぅ……」

 

 彼女がウカミに愛情を抱くことができないその理由は、(おそ)れであった。あまりにも大きすぎる(おそ)れだった。

 

 ウカミの内奥に、漆黒の鱗を持つ毒蛇のごとき謀略家としての姿が潜んでいることを、サミは知っていた。

 

 まだサミが修行に明け暮れていた頃から、ウカミは彼女に「仕事」の話をしたものだった。食事中に、湯浴み中に、散歩中に、もしくは寝物語の代わりに、サミはウカミから陰謀と策略の術を教え込まれた。時には断片的に、時には最初から最後まで、ウカミはサミに、人が人を陥れ破滅させる物語を語った。ウカミはそれを、まるで食事や化粧の話であるかのように語った。

 

「最も麗しいものは、愛と友情よ。だからこそ、それを信じる者を陥れるのは簡単だわ。彼らは情念の泥沼にはまりながら、最後まで光を見つめていた。希望に満ちた目が絶望に塗り替えられていく様は、ちょっと滑稽だったけど、美しくて悲しかった。結果は上々だったわ。今でも忘れられない大切な思い出よ……」

 

 今回のバナナ輸送についてもそうだ。どことなく、陰謀と策略の香りがする。サミはそう思った。カルサー谷は今、バナナの補給の話題でもちきりである。どうも様子を見るに、ウカミ様はまた何か別の意図をそれに込めているようだ。決して表には出さず、総長にすらそれを秘匿しているようではあるが……長年侍女として(そば)仕えをしているサミには、なんとなくそう感じるところがあった。

 

 輸送馬車護衛計画の素案がウカミのもとへ上がってきた時に、サミは後学のためということで、それを見せてもらった。ウカミは彼女に意見を求めた。

 

「どう? あなたの目から見て、何か言うことはないかしら?」

 

 サミは言った。

 

「前回の失敗を鑑みて、今回は護衛部隊の数を倍増し、カルサー谷の精鋭をできる限り動員して事に当たるべきではないでしょうか。場合によっては馬車に頼らず、臂力(ひりき)による担送(たんそう)も視野に入れるべきでは」

 

 ウカミも、表面上はサミの意見に同意するようだった。

 

「ふんふん……なるほど、そうね。私もまったくあなたの言うとおりだと思うわ」

 

 だが実際に護衛としてカルサー谷から派遣されたのは、あの「パシリの」バナーヌただ一人だった。しかも、バナーヌの上役に聞いたところ、それはウカミ自身による指名だったという。

 

 意を決して、サミはウカミに質問をした。あのパシリのバナーヌたった一人で、いったい何ができるのですかと。

 

 ウカミは、こともなげに言った。

 

「そうね……私が思うに、フィローネ支部はもう少し苦労をしたほうが却って彼らのためになるんじゃないかしら。そう、言うなれば、これは私なりの愛と真心というやつよ。それに、バナーヌだって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それなのにウカミ様は、他の子飼いの部下を走らせて、何か別の動きもしているようだ。サミは不可解な気持ちだった。仲間たちは、どうやら砂漠を抜けて中央ハイラル方面へ行ったらしい。サミはそれを察知していた。

 

 いったい、ウカミ様は輸送作戦を成功させる気があるのだろうか? 自分の主人の思惑が奈辺(なへん)にあるのか、サミには全く見当もつかなかった。

 

 ふと、サミは顔を上げた。仰向けになったウカミに、顔を真っ赤にしたノチがまたがり、懸命にオイルを塗り込んでいるのが見えた。

 

 ウカミはうっとりとした声をあげた。

 

「ああ、気持ち良いわ……あら、ノチ、ちょっと手が当たってるわ。もう、そんなに私の胸に興味があるの?」

 

 ノチは慌てて答えた。

 

「いっ、いえ! そんなことは! そっ、それよりウカミ様、どうかこれ以上動かないでください! 手が、手がどうしてもお胸に当たっちゃって……」

 

 ウカミは微笑んだ。

 

「うふふ、いっそのこと、もっと触ってみる? 柔らかさとハリにはまだまだ自信があるのよ……」

 

 サミの指の運びが乱れた。琴が、悲鳴を飲み込んだような音を立てた。

 

 

☆☆☆

 

 

 天の頂きで神々しいばかりの存在感を放っていた太陽は、徐々にその輝きを失っていた。太陽は、次第に地上へと力なく落ちつつあった。冷涼な夕方の風が吹き始めていた。

 

 その付近に、醜悪な魔物たちの大合唱が響き渡った。魔物たちの傍若無人な行進(パレード)に、鳥や獣はただ逃げ惑うだけだった。

 

 奇怪なパレードだった。不揃いな隊列だった。四匹の緑リザルフォスが気息奄々(きそくえんえん)として掲げる輿(こし)の上に、その白銀リザルフォスは鎮座していた。

 

 彼はリズムを取るように長い舌をビュンと伸ばしてまた引っ込めた。それに合わせて、下の四匹が鳴き声を上げた。

 

「ゲッ・ゲッ・ゲゲゲ・ン・ゲ」

「ゲゲーゲ・ゲゲゲゲ・ゲーゲーゲー」

 

「グギャア!」

「ギョごぇっ!?」

 

 叱責と共に、白銀リザルフォスは三叉リザルブーメランで下の手下を殴りつけた。この馬鹿共は、どうしてこういつも音程を外すのか。彼はそう思った。まあ良い。馬鹿な子ほど可愛いものだ……

 

 彼は上機嫌だった。今だけではない、ここ数か月、彼はずっと上機嫌だった。今回の旅は順調そのものだった。自分の足も使わず、邪魔も入らず、悠々と輿の上でバナナやリンゴを齧っていれば勝手に進む旅行は、今までに経験したことがないほど楽しかった。

 

 もともと、彼はラネール湿原のコポンガ島の縄張りのヌシをしていた。彼は今から少し前に、ある知らせを受け取った。ハイリア大橋に拠点を構える遠縁の親戚が、褐色の肌と赤い髪をしたニンゲンの群れに襲われ、ほとんどが戦死するという大打撃を受けたという。やせ衰えて、ボロボロになった使いの緑リザルフォスは、どうか逆襲のために力を貸してくれと懇願した。

 

 もちろん、白銀リザルフォスは快諾した。しかし彼としては、素直に援軍になってやるつもりなどなかった。そのままニンゲン共を蹴散らした後は、元々いた連中も追い出して、そこを自分の新たな拠点の一つにしよう。彼はそう考えた。

 

 以前ならば彼は、コポンガの拠点から離れて外の世界へ足を踏み出そうとは考えもしなかっただろう。だが、最近の彼はなぜか妙に調子が良かった。寝て、食って、殺して、また寝るだけで、力がいや増しに増してくるのを彼は実感していた。その体色も、いつしか白銀に輝くようになっていた。原因はどうあれ、強くなったという実感は彼を気宇壮大(きうそうだい)にした。

 

 ギャオギャオと、彼は笑った。彼は傍らからバナナを摘まみ上げて、皮を剥かないでそのまま牙の生えた口に放り込んだ。彼はグチャグチャと下品な音を立ててバナナを咀嚼し、グビリと嚥下した。

 

「ギャ?」

 

 一瞬、彼は殺気のようなものを感じた。気のせいだろう。彼はそれを黙殺した。この隊列に敢えて挑んでくる馬鹿もおるまい……

 

 一方、隊列のリザルフォスたちは空腹のまま旅を続けていた。先払いを務める青リザルフォスの二匹は白銀リザルフォスの古くからの仲間で、重い輿を担ぐという重労働からは解放されていた。だが、彼らは手持ちの食料を考えなしに貪り食ってしまったため、いまや虫を食べてわずかに飢えをしのがねばならなかった。

 

 輿(こし)を担ぐ四匹はさらに哀れだった。もちろん、彼らは食事など満足にとっていなかった。さらに悲惨だったのは、後方で武器を運ばされている緑リザルフォスだった。

 

 緑リザルフォスは、また双頭リザルスピアを取り落とした。彼は焦ってそれを拾おうとした。すると、また別のリザルスピアを落としてしまった。

 

 怒声が浴びせられた。

 

「ギャギャギャ! ギャギャゴゴ!」

 

 怒声の主は、白銀リザルフォスだった。白銀リザルフォスは彼の失態を見逃さなかった。白銀リザルフォスは彼を口汚く罵ってきた。仲間たちも彼を嘲笑った。フラフラとおぼつかない足取りで、彼は武器を拾った。

 

 その武器運びの緑リザルフォスは、今回の旅の発端となった知らせを持ってきた、あの使いのリザルフォスだった。白銀リザルフォスが手下たちに「ハイリア大橋の拠点乗っ取り」を宣言した後、彼は猛烈に抗議したのだが、やはり多勢に無勢で、彼は袋叩きにされてしまった。彼は全身に怪我を負った。必死に命乞いをした結果、彼はなんとか殺されずに済んだ。だがその代償として、荷物運びとしてこき使われることになってしまった。

 

 むろん、彼は食事も水も与えられていなかった。彼は夜中にそっと逃げ出そうとしたこともあった。しかし、そのたびに見つかっては袋叩きにされてしまった。彼は、もはや身も心も奴隷そのものになっていた。

 

 そんな荷物運びを一瞥(いちべつ)して、白銀リザルフォスはフンと鼻を鳴らした。あんな情けない奴だから、大事な拠点をニンゲンなどに取られたのだ。だが俺は違うぞ。俺は最強のリザルフォスだ。ニンゲンなどモノの数ではない……

 

 突然、手下たちが騒ぎ始めた。何か、興奮しているようだった。

 

「ギャオギャオ! ギャオギャオ!」

「ギョギョギョ!」

 

 物思いにふけっていた白銀リザルフォスは、いきなり上下に揺れ始めた輿の振動によって、意識を現実へと強引に引き戻された。何が起こっているのかと、彼は視線を前方へ走らせた。

 

 そこには、食べ物があった。道からやや外れた草原の中に、ツルギバナナとマックスドリアンと焼きトリ肉、それに焼きケモノ肉が山積みになって置かれていた。前を歩いていた二匹の青リザルフォスが、それに駆け寄った。輿を担ぐ四匹のリザルフォスたちも、足を速めてそれに殺到しようとした。

 

 輿の上の白銀リザルフォスは、内心で舌打ちをした。ここは、ヌシとしての統率力を見せなければ。彼は一声(ひとこえ)叫んだ。

 

「ギャオ!」

 

 鋭い叫びを聞いて、手下たちは硬直した。白銀リザルフォスは、威厳ある態度で輿から飛び降りた。そして、彼はノシノシと歩いて食べ物の山に向かった。彼はマックスドリアンを取り上げると、それに齧り付いた。

 

 美味い! こいつはご馳走だ!

 

 それを見て、手下たちはもうじっとしていられなかった。全員が食べ物の山の周りに集まった。めいめいが食べ物を手に取って、ガツガツと意地汚く咀嚼音を立てて食べ始めた。

 

 白銀リザルフォスは山を掻き分けて、もっと大きくてもっと美味しそうな食べ物を探した。この緑色の果物は一口食べたら飽きてしまった。やはり肉が食べたい、肉!

 

 目当てのものは、山の一番下にあった。血の(したた)るようなミディアムレアの焼きケモノ肉、おそらく若いヤマシカのもも肉があった。彼はそれを持ち上げて、大口を開けて齧りついた。やはり美味い! 彼は叫んだ。

 

「ギャオ! ギャオ!」

 

 こういう美味いものは、やはり高いところで食べるに限る。偉くなった気分がして最高だからだ。白銀リザルフォスは地面に置かれた輿の上に座ると、手下の食事を中断させて、またそれを担ぎ上げさせた。ただ、彼なりの恩情として、食べ物の山の側まで寄ることを手下には許してやった。

 

 四匹の緑リザルフォスたちは片手で輿を担ぎ、もう片方の手で食事をした。すると、その中の一匹が、何か妙なものを見付けた。肉を取り除けた地面に、何か黒いものが埋まっていた。

 

 固そうな、金属でできている、球形をした黒い何かが、一個、二個、三個……

 

 シュッ、と音を立てて何かが飛来した。その次の瞬間だった。

 

 食べ物の山は、猛烈な大爆発を起こした。リザルフォスたちは爆風に吹き飛ばされた。輿は白銀リザルフォスを乗せたまま打ち上げられて、天高く勢いよく昇っていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 離れた茂みから様子を窺っていたテッポが歓声を上げた。

 

「やった! 作戦大成功よ! バナーヌ、見た!? あの青いやつ、十メートルはぶっ飛んでいったわ!」

 

 それをバナーヌは(いさ)めた。

 

「油断するな」

 

 バナーヌの手には、弓と矢があった。

 

 つまり、それはバナーヌとテッポによる仕掛け爆弾だったのである。

 

 がっちりと隊列を組んだ魔物に対して正面攻撃をすれば、なにがしかの損害を受けるのは必定である。かと言って、隊列がハイリア湖のすぐそばまで来ている以上、援軍を呼ぶのは時間的に厳しい。必然的に待ち伏せ攻撃を選択することになるが、二人だけでは兵力はまったく足りない。ならば爆弾を有効に使うしかない。そしてそれは、地雷という形で用いるのが望ましい。

 

 輿に乗ったリザルフォスとその隊列という光景の印象の強さに、当初テッポは面食らった。だが、冷静になってその様子を観察してみると、魔物の隊列の歩みはとても遅かった。青リザルフォスはしょっちゅう虫を食べているし、輿を担ぐ連中はどこか疲弊していた。テッポは、魔物たちは食べ物に飢えているのではないかと考えた。

 

 テッポはバナーヌに言った。

 

「食べ物で誘って、地雷で一掃しましょう。イーガ団流戦闘術『オ・クノテ』の一つ、火攻『キーク・ライーン』よ。これでどうかしら」

 

 バナーヌは即座に頷いた。

 

「そうしよう」

 

 彼女たちは大急ぎで先回りをして、地雷を埋めた。街道上から少し離れた所に彼女たちは罠を設置した。その爆弾の数は、合計十二発だった。その地雷の上に、囮として果物と肉を置いた。果物は手持ちのものから、肉は道中の戦闘でボコブリンたちから奪い取ったものを使用した。

 

 バナナを置くことにバナーヌは難色を示した。だが、テッポがドリアンを置くのを見て、彼女もしぶしぶながらポーチからバナナを取り出した。バナーヌはどこか情けない声を出した。

 

「……うう」

 

 テッポはバナーヌを慰めた。

 

「ほら、バナナならまたあとで買ってあげるから、ね?」

 

 バナーヌはしぶしぶ頷いた。

 

「……うん」

 

 あとは簡単だった。敵が密集したのを見計らって、火矢を打ち込むだけだった。(やじり)におがくずを巻き付けて、火打石で火花を飛ばせば、簡単に火はついた。

 

 吹き飛んで身動き一つしなくなったリザルフォスたちに、彼女たちは近寄った。バナーヌは脅威度の高い青リザルフォスに優先的にとどめを刺した。テッポも今日一日の一連の戦闘によってすっかり慣れた手つきで、倒れている緑リザルフォスたちの喉を素早く切り裂いた。

 

 突然、テッポが声を上げた。

 

「あっ!」

 

 バナーヌは言った。

 

「どうした?」

 

 身を翻して、バナーヌはテッポの方へ向いた。そこには、痩せ細った緑リザルフォスが、放心したようにテッポの前に佇んでいた。魔物はそれまで手に持っていた武器をすべて取り落とし、光のない目でぼんやりとテッポを見つめていた。

 

 バナーヌは軽く跳んでテッポとリザルフォスの間に立つと、首刈り刀を構えた。

 

「テッポ、さがれ」

 

 テッポはすぐに言われたとおりにした。

 

「了解」

 

 リザルフォスはまったく動かなかった。武器も手に取らず、鳴き声すら上げなかった。だが、バナーヌとしては見逃すつもりはなかった。

 

 冷たい風がその場を吹き抜けた。バナーヌの金髪のポニーテールがふさふさと揺れ動いた。

 

 その時、急に影が差した。テッポが叫んだ。

 

「バナーヌ、さがって!」

 

 魔物の悲鳴が響いた。

 

「ギョゴエ!?」

 

 テッポの叫びを聞くや否や、バナーヌは反射的に後ろへ跳び退いていた。直後、空からなにやら巨大なものが降ってきて、轟音と共に哀れな緑リザルフォスを真上から圧し潰した。

 

 落下の衝撃で吹き上げられた砂塵が、あたりに垂れ込めた。

 

 バナーヌとテッポは油断なく構えた。

 

「グギュルルル……」

 

 目の前に現れたのは、白銀リザルフォスだった。彼は粉々になった輿の上で堂々と屹立していた。彼は先ほど輿ごと天高く飛ばされて、そして今無事に帰ってきたというわけだった。その目は殺気で赤く燃えていた。その手には、夕陽を鋭く反射する三叉リザルブーメランがあった。

 

 テッポが緊張した声を発した。

 

「バナーヌ、こいつは……!」

 

 バナーヌは短く答えた。

 

「分かってる」

 

 陰謀に打ち勝つのはいつでも、意地の悪い運命の女神なのかもしれない。




「リンク! アイツ…… 喋れたんだな……」
 なお、冒頭のキングブルブリンとトワイライトプリンセスのキングブルブリンとは何らの関係もありません。あの時のミドナ様の反応可愛かったな。
 書けば書くだけ、まだまだブレスオブザワイルドについて自分は何も知らないのだと思い知らされます。ただ漫然とプレイしていても面白すぎるくらいに面白いのがブレスオブザワイルドですが、いざ取材してその成果をお話として纏めようとすると、ビックリするくらい何も見ることができていなかったことに驚きます。例えばリザルフォスの生態だったり、動きだったり、鳴き声だったりです。自然学者のような鋭く注意深い観察力を持たなければ、私の書きたい理想には届かないようです。
 とか言ってますけどね! 楽しんで書いてますから!

※加筆修正しました。(2023/05/08/月)
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