ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第三話 出国

「さっさと行け」と上役には言われたが、馬鹿正直に今すぐ出発すると、カルサー谷を出てゲルド砂漠にさしかかる頃は暑さが一番厳しい時間帯になってしまう。バナーヌはそれを避けたかった。

 

 ゆえに彼女は、薄暮(はくぼ)から夜半にかけてゲルド砂漠を越えることにした。夜は夜で寒さが厳しく下手をすると凍死する危険性もあるが、彼女は訓練されたイーガ団員であるから問題なかった。簡素な耐寒装備といくらかのピリ(から)薬でもあれば、彼女にとって砂漠の寒さなど大したものではなかった。

 

 上役の部屋を出たあと、バナーヌは装備科へ向かった。団員たちからの装備科の評判は良くなかった。風采(ふうさい)の上がらない偏屈な性格をした中年独身男性の担当者が、いちいち難癖をつけて装備の支給を渋るからであった。「装備の横流しをして結婚できない鬱憤をケチな蓄財で晴らしているのだ」と、口さがない団員たちの間でもっぱらの噂だった。

 

 バナーヌは薄暗い装備科室に入った。彼女は任務の内容を告げた。すると、担当者は露骨に嫌そうな表情をして、嫌味たっぷりな口調で言った。

 

「おう、パシリのバナーヌか。今日も今日とてパシリか? え、何? バナナ輸送の護衛任務だと? また随分とご大層な仕事を(おお)せつかったもんだな。はっ、お前みたいな未熟者にくれてやる装備なんて、本来は小刀一本たりとてないんだがな、バナナのためとあったら文句も言ってられねぇな」

 

 担当者はわざとらしくゴソゴソと音を立てて棚を探った。彼は無造作に武器を取り出すと、おざなりに刃の具合を確かめた。彼は言った。

 

「ああー、まあ、これで良いだろ。ほれ、首刈り刀に、二連弓だ。それと矢が十八本。それで充分だろ。それ持ってとっとと消えな。不景気が移る」

 

 雑音を聞き流しつつ、バナーヌは受け取った武器の状態をさっと確認した。首刈り刀の状態はあまり良くなかった。それは誰かが何かの任務で使った時の中古品で、()ぎが不充分な上に、(つか)も微妙に緩んでいた。二連弓は、なんとも珍しいことにほぼ新品だった。こんなことはほとんど奇跡的ともいえた。しかし、矢の本数が十八本しかない。バナーヌはそれを苦々しく思った。上役は二十本を支給すると言っていなかったか? 二本の違いはかなり大きかった。

 

 だが、バナーヌは武器を受け取ると挨拶もそこそこにそこから退出した。彼女は元来無口な性質で、交渉ごとは苦手だった。あの担当者は偏屈で独身で中年だが、口が立つ。頑張っても勝ち目はないだろうし、勝ったところで矢の本数が二十本以上に増えることはないだろう。

 

 それに、理想的なことを言い出せばきりがなくなる。バナーヌはそう思った。首刈り刀よりも鬼円刃(きえんじん)が欲しいし、二連弓は耐久力に優れたものが良い。本当のことをいうなら矢は五十本だって足りない。工夫と節約でどうにか乗り切るしかないのだ。

 

 装備科を出たバナーヌは、次に資料室へ向かった。それは地図を確認するためだった。年中ほぼ無休でパシリをやらされている彼女の頭の中には、ゲルド地方周辺の地理は完璧に記憶されていた。しかし、覚えていながらなおこの確認という作業を踏むことが、実はとても重要であることを彼女は経験上知っていた。誤った知識や思い込みで道に迷い、自滅した団員はこれまで数知れないほどいた。

 

 地図の上で、彼女は今回のルートを確認した。カルサー谷を出た後は、一路東へ向かい、ゲルドの街北方の遺跡地帯と北ゲルド巨石を経由して、ゲルドキャニオン馬宿を目指す。ゲルドの街とカラカラバザールには近づかない。余計なトラブルを避けるためだ。いくらゲルドの女たちの勘が鈍いとはいっても、自分からトラブルを招き寄せるような真似をするのは賢明とはいえない……

 

 ゲルドキャニオン馬宿付近に常駐している連絡員とバナナ輸送について打ち合わせをしたあと、一気にゲルドキャニオンを抜ける。通過しながら、通行状況、路面の状況、魔物の展開状況、落石、陥没、その他諸々、とにかく色々と確認しなければならない。

 

 場合によっては魔物を排除する必要があるだろう。騎馬ボコブリンの動向には特に注意しなければならない。前回の(てつ)を踏むわけにはいかない。自分にとって総長コーガ様は怖くもなんともないが、お仕置きはやっぱり怖い。裸踊りなど命じられた日にはどうなることか。

 

 ゲルドキャニオンを抜けてもまだ難所が残っている。デグドの吊り橋だ。あそこは橋の幅が狭く、大型の馬車の通行には適していない。魔物が襲ってきたら苦戦は免れないし、悪天候で視界不良にでもなったら転落の危険すらある。幸い、近頃魔物が出たという話は聞かないが、何が起こるか分からないのが大厄災以後のこのハイラルの大地だ。気を抜くことはできない。

 

 デグドの吊り橋を抜けたら、あとは特に何もない。平原外れの馬宿まで街道沿いに進めば良い。途中モリブリンやウィズローブがうろついている地帯があるが、そこは街道から外れている。馬車が襲われることはないだろう。

 

 おおまかな見当はついた。バナーヌは資料室を後にした。

 

 

☆☆☆

 

 

 彼女が資料室を出た頃には、時刻は昼になろうとしていた。バナーヌは調理場へ向かい、簡単な昼食をとることにした。ピリ(から)薬も調達しなければならなかった。

 

 調理場にはノチがいた。ノチは団員たちの昼食用に、古くなったバナナをひたすらあげバナナにしている最中だった。ノチはその小さな手を懸命に動かして黒ずんだバナナの皮を剥き、きび砂糖の汁に浸し、タバンタ小麦の小麦粉をまぶして、料理鍋に放り込んでいた。

 

 手を軽く挙げて、バナーヌはノチに挨拶をした。ノチは見るからに忙しそうだったが、バナーヌに気づくと途端に嬉しそうに頬をほころばせた。ノチは言った。

 

「バナーヌ! まだ出発したわけじゃなかったんだ!」

 

 バナーヌは言った。

 

「今から出ると暑いから」

 

 ノチは作業の手を休めることなく答えた。

 

「そっか、そうだよね。私、アジトから出たことないからそこらへん(うと)くて……」

 

 ノチの手は小麦粉で真っ白だった。顔に小麦粉がつかないように、彼女は器用に汗を拭った。

 

「ふぅ、もうそろそろ終わりそう。量が多いから、途中からやっつけ仕事になってないか、ちょっと心配だよ」

 

 ちょうど空腹だったバナーヌの視線は、できあがったあげバナナに釘付けになっていた。彼女が「食い意地だけは一人前だな」と揶揄されたことは数知れなかった。バナーヌは言った。

 

「あげバナナ、美味しそう」

 

 ノチはにっこりと笑って言った。

 

「バナーヌ、あげバナナ食べたい?」

 

 バナーヌは神妙に頷いた。

 

「食べたい」

 

 ノチも頷き返した。

 

「じゃあ、ちょっと待ってね! 今、あげたてを作るから……」

 

 ノチは手を動かし始めた。彼女の手つきは鮮やかで、丁寧だった。鍋の中で油が鳴った。

 

 

☆☆☆

 

 

 一時間ほど後、バナーヌはすっかり満足して調理場を出た。いや、厳密に言うと彼女は「すっかり」満足したわけではなかった。「出発を控えているんだから、腹八分目にしたほうが良いんじゃない?」とノチに言われた彼女は、本当はもっと食べたかったのを我慢したのだった。ノチはさらに言った。

 

「アジトを出たあとは走りっぱなしなんでしょ? たくさん食べたらきっと脇腹が痛くなっちゃうよ」

 

 たしかにそのとおりだとバナーヌは思った。だから彼女は我慢したのだった。彼女に我慢をさせられるのはノチだけだった。

 

 バナーヌとノチの二人は、一緒にあげバナナを食べながら色々とお喋りをした。装備科のおっさんが中古の装備をよこした上に、矢の本数をケチったことをバナーヌが言うと、ノチは「自分が作った員数外(いんずうがい)の矢があるよ!」と言って、それをわざわざ部屋から持ってきてくれた。

 

「これで足りるか分からないけど、ないよりはマシだと思うよ」

 

 それは色とりどりの鳥の羽がついた、丁寧な作りの矢だった。おかげで矢の総数は四十本に増えた。これで道中ボコブリンの拠点を襲撃して矢を略奪する必要はない。余計な労力が減るに越したことはないし、なにより純粋にありがたい。バナーヌはそう思った。

 

 食後に、バナーヌは手持ちのポカポカヤンマとリザルフォスの(つの)を用いて、ピリ辛薬を四つ作った。ピリ辛薬は夜の寒い砂漠を越えるには必須のものだった。

 

 別れ(ぎわ)、ノチは数食分の焼きトリ肉とビリビリフルーツをバナーヌに持たせた。ノチは言った。

 

「お礼なんていいよ。友達だもん」

 

 気をつけて、と言って、ノチは微笑んだ。

 

 バナーヌの乾いた心にノチの優しさが沁みた。本当に良い友達を持ったと彼女はしみじみと思った。無表情で、無口で、妙な特技を持っていて、うだつの上がらない下っ端ではあるが、ノチという友達がいるだけで自分は他の団員よりも遥かに恵まれている。彼女はそのように感じた。

 

 そう、恵まれている。たとえ自分が、人が人として生きる上でなくてはならない、記憶を失っているとしても、やはり自分は恵まれている。

 

 バナーヌには記憶がなかった。もっと正確に言えば、イーガ団で生活を始める以前の記憶、十歳より前の記憶がバナーヌにはなかった。

 

 イーガ団に入ってからのことは、かなり鮮明に彼女は覚えていた。厳しい戦闘訓練、退屈な座学、ひもじい夕暮れ、理不尽な暴力、ノチと友達になったこと、相撲大会、初めての任務、パシリ、初めて魔物を殺した感触……

 

 だが、バナーヌにはどうしてもその前が思い出せなかった。大きな胸に手を当て、真摯に精神を集中させても、どうしても彼女は思い出すことができなかった。

 

 イーガ団に初めて来た日のことも、彼女は思い出せなかった。ノチが物語るところによると、ある日、まだ総長就任前の上級幹部時代のコーガ様が「拾い物だ」と言って、突然アジトに小さな女の子を連れてきた。その女の子は痩せていたが、色が白く、綺麗な金髪で、何より澄んだサファイア色の瞳がとても印象的だったという。

 

 ポニーテールに編んだ髪の毛がまるでツルギバナナのようだったことから、コーガ様はその女の子を「バナーヌ」と名付けた。コーガ様は言った。

 

「名前がシーカー族のろくでなし風なのも、この鬼っ子にはちょうどお似合いだろ? 俺様のネーミングセンスもあながち捨てたもんじゃねえな!」

 

 しかし、連れてきた張本人であり名付け親であるコーガ様は、ほどなくしてバナーヌに興味をなくし、その教育も生活の面倒も他の幹部に任せてしまった。バナーヌについて尋ねられると、コーガ様はこう言うのだった。

 

「バナーヌ? そんなシーカー族のことなど俺様は知らんぞ。俺様は今、スナザラシのアラちゃんの調教で忙しいんだ。向こうへ行け」

 

 おかげでバナーヌは、愛のない、さながらガーディアンのごとき殺戮マシーンを作り上げるような苛烈な戦闘訓練漬けの毎日を送るはめに陥った。

 

 同じ教育を受けた子どもたちは順調に冷酷な殺戮マシーンとして完成していった。

 

「俺、人体の効率的な破壊の仕方がやっと分かった!」

「ふいうちってスリルがないからつまらない! 正面から殴り合いがしたい!」

「ああぁー、殺してぇ!! 敵を殺してぇよおおお!」

 

 幸か不幸か、はたまた天分だったのか、バナーヌの性格には少し抜けたところがあったため、彼女は幹部たちが理想とするような殺戮マシーンにはならなかった。幹部たちは口々に言った。

 

「こいつには殺戮者に必要な緊張感がまったく足りてない」

「とんだ期待外れだ。無愛想と早食いだけは一級品だな」

「今までかけたルピーと労力とバナナを返してほしいよ、まったく……」

 

 そんなこんなで、期待を裏切られた幹部たちはコーガ様と同じようにバナーヌに興味をなくし、どうでもよい一山いくらのパシリとして彼女を()き使うようになった。

 

 バナーヌとしては、別にこの境遇を不幸だとは思っていなかった。ノチという友達がいたから、彼女は(つら)い境遇も割と能天気に乗り切ることができた。それに、やや成長してモノの分別がつくようになってから(パシリの一環としてではあったが)ハイラル各地を巡ったことで、彼女は世の中には色んな人がいることを知った。

 

 自分には衣食住が保証されていて、なおかつ、たまにバナナが食べられる。それはとても恵まれているのではないか? 彼女はそう思うようになった。

 

 それに、彼女が昔のことを思い出そうとすると、決まって鋭い頭痛がした。頭痛を我慢してさらに頑張ると、彼女は吐き気を催した。「記憶喪失者は、何かの呼び水があれば思い出すことがないでもない」彼女はイーガ団の医師に言われたことがあった。だが、彼女はわざわざその呼び水を求めるための旅に出るほど暇ではなかったし、自由でもなかった。

 

 どうしても思い出せないものは、きっと思い出せないのだ。数年前、彼女はきっぱりと諦めることにした。それに、たとえずっと今のままだったとしても決して不幸ではない……

 

 いつの間にか、バナーヌはアジトの入り口まで来ていた。日暮れまであと三時間はあった。カルサー谷を抜けてゲルド砂漠に差しかかる頃には日没になるものと思われた。

 

 さあ、仕事の開始だ。

 

 逆さの涙目の紋様が刻まれた仮面を装着すると、バナーヌは音もなくアジトから走り去った。




 スナザラシに乗りながらカッコよくモルドラジークさんを倒したい! → リモコンバクダンと蛮族装備最高や! スナザラシなんかいらんかったんや!

※加筆修正を行いました。(2022/05/24/火)
※さらに加筆修正を行いました。(2023/05/06/土)
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