ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第三十話 ホモ・ルーデンス

 かつてのある王の御代の話である。

 

 一人の有能な男がいた。名を、リーキュといった。彼は城下街の富裕商人の三男として生まれ、幼いうちから父の書斎に入り浸って本を読み、勉学に精励した。長じて学校に入るや、彼はたちまちのうちに学問的才能を開花させた。

 

 その王は、ハイリア王家によくいるタイプの大度量の持ち主で、家柄や年功にこだわらず、能力と才能のみに着目して人材登用を行った。そのため、ハイラル開闢以来の天才と(うた)われたリーキュが、学校卒業直後に王たっての所望(しょもう)で政務補佐官として任用されたのも、至極当然なことであった。

 

 後に主席大臣となるこのリーキュについて、有名なエピソードがある。

 

 任用されたリーキュは、王より「城下町南の治安状況を改善し、経済の活性化を図れ」との命を受けた。当時のハイラル王国は、折しもゾーラ川の大氾濫に見舞われ、流域に大被害が生じていた。生活の場を失った難民たちが、城下町南に押し寄せていた。

 

 難民たちは狭い住宅地にひしめき合っていた。難民たちは路地に粗末なテントを張り、日雇い労働やゴミ拾いなどをして、糊口(ここう)をしのいでいる有様だった。城下町南の衛生状態は悪化し、物取りや殺人、誘拐などの犯罪が横行した。他の地域の住人から、城下町南は「ハイラルの()()め」と呼ばれるようになった。

 

 歴史書によれば、リーキュはこの見るに耐えない惨状を、ある突飛な方法を用いて劇的に改善したという。

 

 彼は自ら城下町南に乗り込み、数週間をかけて下調べをした後、王につぶさに現状を報告し、今後の方策として「ある施設」を建設することを具申した。

 

 その献策のあまりの非常識さに、周囲の宮廷貴族や大臣たちは「なんとも破廉恥な!」と憤慨した。もしくは「所詮は世間知らずな若造の妄言よ」と嘲笑った。しかし王は、即座にその施設を建設するよう命じた。

 

 その施設の建設工事は急速に進められた。リーキュは自ら総監督になると、用地の確保から住人の立ち退き指示、資材の搬入、建設業者の選定、はては設計に至るまで、非常にキメの細かい丁寧な仕事を行った。

 

 一体何を作るのかと、難民たちは日に日に完成に近づく建物を見つめていた。様々な噂が流れた。刑務所だろうか、それとも衛兵の詰所だろうか? もしくは、収容所だろうか? しかしそれにしては建物は小さかったし、建築材は石材や木材などの平凡なもので、なんら特別なようには見えなかった。ただ、その外壁は、ヴェールに隠れていてよく見えなかったが、どうやら色とりどりな絵で飾られているようだった。それがより一層、不思議さを増していた。

 

 建物落成の一週間前になって、難民たちに布告が出された。「二十ルピーの資産がある者は、指定された期日に新施設まで赴くこと」

 

 その当日になった。布告が出されていたにも関わらず、集まった難民たちはごく少数だった。その日暮しをしている彼らにとって、二十ルピーという金は少額とはいえ大金だった。また、これまで何ら有効な施策を打ち出せずにいた政府に対する根強い不信感が、難民たちにはあった。

 

 難民たちは衛兵の指示に従い、施設の中へぞろぞろと入っていった。二十ルピーを係員に納めると、彼らにはあるものが渡された。

 

 それは、鉄とブリキと歯車とゼンマイでできた、からくり細工の青いネズミだった。五匹の青いネズミを、彼らは渡された。それは、王軍の工兵隊から払い下げられた自走爆弾、通称「ボムチュウ」だった。

 

 ざわめく人々へ、リーキュがメガホンを片手に叫んだ。

 

「これから皆さんには的当てゲームをしてもらいます! そのボムチュウを走らせて、奥に開いている穴に命中させれば、豪華賞品をプレゼント! さあみんな、遊んで遊んで!」

 

 リーキュが建てたのは、監獄でも兵舎でも収容所でもなかった。彼は、公営の遊技場を建設したのだった。

 

 思いがけない状況に面食らった難民たちは、当初はおずおずとボムチュウを走らせていた。だが、そのうち彼らは、この新しい遊戯に夢中になった。評判が評判を呼んだ。訪れる人間の数は日ごとに増した。さらには、他の地域の城下町の住人まで城下町南のこの遊技場へ遊びに来るようになった。

 

 後年、回想録においてリーキュはこう述べている。

 

「……(中略)……何もかもが欠けていた。視察したところ、城下町南の難民たちは仕事もなく、娯楽もなく、家すらなかった。彼らは日々を無為に浪費していた。私は彼らの欲望を方向づけ、なおかつそれが公共の利益となるような方策を考えなければならなかった。そして私に与えられた資金は、任務に比してごく僅かなものであった。財務大臣の密かな干渉があったものと、私は今では確信している」

 

「……(中略)……監獄を建て、衛兵を増員し、職業訓練場を建てるといった通常の方法を用いることが不可能であることを、私は早期に悟った。そこで私は、ハイリア人の特性に注目することにした。我らハイリア人は勤勉であり、かつ忍耐強いが、それ以上に大変な遊び好きであることを、私は学校時代に経験的に学んでいた……」

 

 この遊技場は、非常に繁盛した。賞品や賞金目当ての客も多かったが、何よりウケたのは、それが純粋に遊びとして面白かったからであると言われている。住民たちの証言が多く残されている。

 

「ボムチュウの爆発は、日頃の鬱屈した思いを発散するうえで、控えめに言っても効果絶大だった。爆音と共に、嫌な気持ちがすべて吹き飛ばされる思いがした」

 

「今から思えば、ボムチュウも賞品もすべて払い下げ品や中古品だったのだろうが、遊びの質自体は非常に高く、十回通っても飽きが来ることが決してなかった」

 

「それまでのサイコロ博打やカード遊びよりも、このボムチュウの的当ては非常に遊び甲斐があった。料金は安く、しかし見返りは大きい。生活用品や衣類、果ては医療品まで手に入ったのだから、老いも若きも、男も女も、みなこの遊びに夢中になったものだった」

 

 収益はすべて城下町南の経済振興のために回され、汚れた街並みや劣悪な設備は急速に改修された。難民たちは、ほどなくして城下町の立派な「住人」となった。他の地域の住人との交流も盛んになり、治安もそれに伴って改善された。城下町南はその後、ハイラル随一の商業地域として発展していくことになる。

 

 無論、この夢物語のような大成功の影では、非合法の賭場の一斉摘発や反社会的暴力組織の覆滅作戦の実施など、流血を厭わぬ強硬策が密かに採られていたのであるが、犯罪者たちを除けば誰もそれを気にする者はいなかった。

 

 ただ、思い違いをしてはならないのは、この公営遊技場という方策が有効だったのは、当時の状況の特殊性に大きく依存しているということである。難民たちは洪水によって生活を奪われただけのいわゆる「良民」であり、もとより勤労意欲と社会への帰属意識は高かった。彼らは、反社会的な活動に対しては正当な嫌悪感を抱く、善良な人々であった。

 

 ゆえに、難民たちが遊びにかまけて生業(なりわい)をおろそかにするようなことはなかった。彼らの生活が安定するにつれて、公営遊技場の人入りは次第に減少していった。事実、後世において、経済振興策の一環として遊技場がもう一度建てられたことがあったが、それは完全なる失敗に終わっている。成功の表面的な理由だけを見た結果であった。

 

 それにしてもリーキュがハイリア人の「遊び好き」に着目したのは、まさしく卓見であった。シーカー族が学問とテクノロジーを得意とし、ゾーラ族が漁業と建築に長け、ゴロン族が採掘に長じているように、ハイリア人は遊びの天才なのである。

 

 ハイリア人はその長い歴史において、ありとあらゆる遊びを考案した。それは軍事訓練にも活用されている。例えば流鏑馬(やぶさめ)は、その主目的は優秀なる軽騎兵を育成することにあったが、一説によるとこれは博労(ばくろう)たちの遊びが元になっているといわれている。また、盾サーフィンは、兵士たちの間で自然発生的に興ったものが、民間に浸透したものであるといわれている。

 

 そして、あの大厄災の後でも、ハイリア人たちの遊びは滅びはしなかった。しかし、過酷な時代の状況を反映してか、その内容は強烈なまでに過激になった。特に、「ハイラル王国が滅んでしまった」という絶望感が世の中にまだまだ色濃く満ち溢れていた頃は、まさに「命がけのゲーム」がいくつも考案された。

 

 例を挙げよう。ハテノ砦周辺をはじめ、各地に大量に野ざらしにされているガーディアンの残骸の中には、比較的長い年月が経過しているにも関わらず、いまだに部分的に機能を保っているものがある。

 

 人々はそれを見つけだし、遊びの一つとして利用した。俗にいう、「オクタおどり」である。挑戦者は下着一枚の恰好になって鍋蓋(なべぶた)を一枚だけ持ち、飛んでくるビームを紙一重でかわし続ける。連続して何回避け続けられるかで挑戦者の優劣が競われる。マナーとして、見物人たちは挑戦者が成功しようが成功しまいが、大声で笑って挑戦者を讃えなければならない。かわし続けるその体の動きがまるでオクタのように見えることから、「オクタおどり」という名がつけられた。

 

 さらに命知らずな遊びとして、飛行型ガーディアンを利用したものがある。これは「リトの英傑ごっこ」と呼ばれた。華麗なる弓術の使い手であったリトの英傑にちなんだ命名である。下準備として、ゲームの参加者たちはまず、飛行型ガーディアンの周回ルートを把握する。次に、そのルートに沿って退避壕を掘る。挑戦者は弓と矢を手にしてわざとガーディアンのサーチライトに当たる。後は単純で、ビームを避けながら矢を何本当てられたか、退避壕に逃げ込むまでにどれだけ頑張れたかで優劣が競われる。

 

 これらの遊びに参加したのは、主に大厄災を生き残った兵士たちや王国騎士たちだったと言われている。守るべき城、国王、王女、そして民を失い、故郷を追われ、日々挫折感と無力感に苛まれていた彼らは、せめてもの慰めとして、そして場合によっては死に場所を得るため、遊びと笑いという諧謔(かいぎゃく)を纏って、命がけのゲームに興じた。

 

 世代が下るにつれて、これら「オクタおどり」と「リトの英傑ごっこ」などの遊びは、禁忌として封印された。ハイリア人の精神状況が明らかに退廃していくのを見かねたシーカー族の長インパが、この手の遊びをすることを強く戒めたからだと言われている。

 

 我々は命の大切さを身にしみて知っている。我々は命を賭して世界の危機に立ち向かった英傑たちや戦士たちの尊さを知っている。我々が、命知らずの無謀な遊びに興じた者たちを愚かだと断じることは容易い。

 

 確かに、彼らは愚かであったかもしれない。だが、残酷苛烈な現世においていかに「楽しく愉快に」生命力を発散させるかについて考えた、彼らなりの真剣な態度をそこに見出すことはできないだろうか? 遊びの面白さとは人間に独自のものであり、人間の文化の根幹たる美的形式を支えるものである。ハイリア人の文化は遊びのなかで生まれ、遊びの中で育まれ、そして発展してきたのではないか。

 

 先述のリーキュは言う。

 

「ハイリア人の強さとは、経済的営為にかける情熱の強さでも、戦場にあって艱難辛苦に雄々しく耐える勇敢さでもない。我々の強さとは、いかなる状況にあっても常に物事を楽しむ心意気、いうなれば、困難を遊びへと変える心の余裕にあるのではないか。私が施策をする上で心掛けたのは、いかにして民衆たちの心の余裕を生み出し、至難な事業でも彼らが『遊び半分で』『楽しく』推進していくような状況を作り出せるかという、この一点にあった……」

 

 実に、遊びとは人間の真なる行為に他ならず、余裕とは人間の真なる財産に他ならない。畢竟(ひっきょう)、生きることとは余裕を以て遊ぶことであり、死ぬこととは人生を余さずに遊び尽くすことに過ぎないのではないか。

 

 この荒廃した大地がいつか厄災の(くびき)から解放された暁には、ハイリア人たちは余裕を取り戻し、新たな遊びをいくつも生み出すであろう。それは命を懸けない、安全で、スリリングさに欠けたものとなるかもしれない。ただ、一つ確実に言えるのは、その遊びは、滅びの時代における「当たり前」を見直したものであるのに違いないということだ。

 

 そして、その豊かな余裕と、遊びの文化とに浴することができるのは、明日と希望を信じて戦い抜いた者たちだけだろう。魔王を信奉し、その手先となり、大地に陰謀と策略を巡らせ、闇から闇へと暗躍する者たちは、真なる遊びを決して知ることはない。

 

 彼らは遊ぶことを知らない。彼らは遊びを遊び以上のものと考えることができない。彼らには、勝敗という目的しか存在しないからだ。目的しか知らない人間は、決して楽しむということを知ることができない。

 

 いつか、彼らも真なる遊びを知るのだろうか? それとも、知らぬままに朽ち果てるのだろうか?

 

 それが判明するその時は、ゆっくりと、しかし着実に近づきつつある。

 

 

☆☆☆

 

 

 輸送指揮官サンベは、絶え間なく腹部を襲う鈍い痛みに一人耐えていた。

 

「あーいてぇ……クソ……いてぇ……」

 

 サンベはまだ若かった。だが、もはや若くはなかった。彼は結婚はしていなかった。彼の血色は薄く、神経質な目つきは常にぎょろついていた。醜男揃いとカルサー谷の連中から揶揄されるフィローネ支部の男性団員の中では、顔かたちは秀でているほうだと、彼は思い込んでいた。鼻が陰気に尖っていて顎が細長いのを美形というのならば、彼の考えは正しいといえるだろう。彼は日々の鍛錬にはそれなりに熱心だったし、そのうえ、幾度も実戦に参加していたため、筋骨は鍛えられていた。だがそれも、彼の小うるさい上司の幹部ハッパと比較すると見劣りするのは否めなかった。

 

 先ほどまで夜空を覆っていた雲は晴れていた。煌々(こうこう)たる月が、限りなく光をあまねく地上へ降り注いでいた。虫たちの涼やかな鳴き声が聞こえてきた。今のサンベにとっては、それすらも耳障りだった。

 

 腹を押さえながら、一人、サンベは虚空へと毒づいた。

 

「クソ……クソ、クソ、クソ……なんでこうも上手くいかねぇんだ……」

 

 腹痛はいっこうに収まる気配がなかった。彼は強いストレスを覚えていた。彼はイラついていた。月光によって三台の輸送馬車がぼんやりと照らし出されていた。彼は馬車を見た。馬車の惨状を見ると、彼の焦燥と憤懣はますます募った。それがなおさら腹の不快感を増幅させた。

 

 三台の輸送馬車は、湖へ向かって傾斜している斜面に、一列縦隊で停めてあった。街道に停めていないのは、言うまでもないが、魔物の攻撃を防ぐためであった。

 

 街道は、魔物どもの射線の管制下にあった。魔物どもはこの二晩にわたって、飽きもせずに遠矢(とおや)を射かけてきた。そのほとんどは馬車に到達する前に地面に落ちたが、魔物どもはそれにも構わず、少しでもこちらが動きを見せると手当たり次第に乱射してきた。馬車を移動させるなど、思いもよらない状況だった。

 

 痛みをごまかすように、サンベは叫んだ。無意味な行為であると知りながらも、彼は叫ばずにはいられなかった。

 

「この、(くさ)れボコブリン共がっ!」

 

 彼の叫び声が響くと、それに答えるように、遠くで魔物たちがフゴフゴ、ギャオギャオと鳴き声を上げた。その数秒後には、何本かの矢が飛んできた。鋭い矢じりが月光を反射してキラキラと光り、こちらへと真っすぐ飛んでくるのがサンベには見えた。

 

 サンベは首を引っ込めた。鋭い唸り声を上げて矢が彼の頭上を通過していった。

 

 その途端、激しい腹痛の波が打ち寄せてきた。あまり愉快ではない音が彼の腹から漏れた。彼は呻いた。

 

「クソ! クソ……あ、いててて……」

 

 腹を押さえて彼は(うずくま)った。土の匂いが妙に彼の鼻についた。彼の気に入らないのは、なにも防御態勢を取ることを余儀なくされている輸送馬車や、しつこく嫌がらせをしてくる魔物たちだけではなかった。

 

 身を隠しているこのタコツボ、これも彼の気に入らなかった。彼はすべてが気に入らなかった。

 

 なぜこのような逼塞した状況となってしまったのか? サンベは腹痛を忘れようと、あえて思考にふけった。

 

 明け方、サンベは部下たちに、馬の調達と行方不明のテッポの捜索を命じた。彼は馬の調達には二人の部下を送り出し、テッポの捜索にはグンゼを送り出した。彼は、残った部下の一人ヒエタと三人の馭者と共に、遅れがちな行程を少しでも取り戻そうと馬車を出発させようとした。

 

 そこで、彼らは再度、魔物の襲撃を受けたのであった。彼らは口々に叫んだ。

 

「まただ! また左手の高台から来るぞ!」

「馬を守れ! 斜面に隠れろ!」

「指揮官殿! ご命令を!」

 

 これ以上馬が減るのは何としてでも避けねばならなかった。サンベは部下たちと共に、必死になって矢を払った。まさに獅子奮迅の働きだった。それ自体は褒められるべきものだった。しかし、そもそも事前に偵察をして魔物の動向を探っていれば、戦力を分散させた上に奇襲を受けるという失態など犯さなかったはずだった。サンベは戦術常識と判断力と指揮能力に些か欠けていた。本人はそのことを決して認めようとしない。

 

 彼らは、何とか馬と馬車を無傷で守りきった。彼らは馬車を攻撃を受けない地点まで移動させた。その後、サンベは怒りに任せて「魔物のいる高台へ攻撃をかける!」と言った。

 

 その得物(えもの)鬼円刃(きえんじん)とエレキロッドを両手に持って、彼は怒号を上げた。

 

「魔物どもに目にモノを見せてやるぞ! おいヒエタ、それにお前ら! 武器を持って集合しろ!」

 

 頭に血が上っているサンベに対して、部下のヒエタはいつもどおり冷静だった。シツゲンスイギュウの大角から削り出した特注の仮面を日光で輝かせて、ヒエタは呆れたようにサンベに言った。

 

「ええ? そりゃ無茶ですよ。考え直してください。ボコブリン共は高所にいて、しかも数が多い。こちらの動きは常に敵に丸見えですよ。攻撃したって上手くいきっこない。それに万が一馭者がやられたら、馬車が動かせなくなる。やめといたほうが良いと思いますがねぇ」

 

 三人の馭者たちも、ヒエタの言葉に乗った。

 

「そうだそうだ!」

「指揮官殿、もうちょいわしらを労ってくださいよ!」

「わしら、戦闘は本務じゃないんで!」

 

 サンベはキレた。元から堪え性のない男であった。

 

「貴様ら! 反抗する気か! 命令不服従で処刑するぞ!」

 

 その時であった。高台から一本の矢が、激昂して喚き散らすサンベの横顔へ向かって一直線に飛んできた。「あっ」とヒエタが声を上げた時には、サンベの自慢の(まげ)に矢が突き刺さっていた。

 

 落雷を受けたヤシの木のように、サンベの髷は真っ二つに裂けた。しかも、サンベはそれに気がついていなかった。

 

 密やかな笑い声が漏れた。

 

「髷が……サンベ殿の髷が……」

「真っ二つ……カッコ悪……ぷぷぷ……」

「しかも、まだそれに気づいてねぇし……」

 

 ヒエタと馭者たちは笑いを堪えて身を捩らせた。その様子を見て、サンベはさらに怒りを募らせた。

 

「貴様ら! 何がおかしいんだ!」

 

 そうサンベが一声(ひとこえ)叫んだ、その瞬間、嫌な音を立てて彼の足元に矢が二本突き刺さった。はっとしてサンベが高台を見ると、仲間を呼び集めて大勢になったボコブリンたちが、こちらに弓矢を向けていた。

 

 一斉射撃が行われた。サンベを目掛けて無数の矢が殺到した。サンベは狼狽して声を上げた。

 

「なっ……!」

 

 突如、不快な音が鳴り響いた。それは腹から鳴っていた。鋭い痛みも腹に走った。激昂と緊張と、そして死の恐怖によって、サンベは脆くも腹を壊した。

 

 それからは、攻撃など到底不可能になってしまった。サンベはヒエタに命じてタコツボを掘らせた。彼は、常備していた薬を飲んで、じっと体調が回復するまで耐えていた。しかし、彼がタコツボに(こも)っている間にも、貴重な時間は空しく過ぎ去っていった。太陽は東から西へどんどん天空を行進し、次第に日が暮れて、そしてついに夜になってしまった。

 

 無為のままに時間が経過するのに比例して、サンベの余裕はますます失われていった。ヒエタが魔物の射撃の合間を縫って、夕食の「バナナの果実煮込み」を持ってきても、彼は一匙(ひとさじ)すら口にしなかった。

 

 派遣した部下が一人として帰って来ないことも、サンベの腹痛をさらに深刻にさせた一因だった。彼はタコツボにヒエタを呼び寄せて状況を尋ねた。

 

「代替馬を取りに行った、モモンジとヒコロクはどうした。もう帰って来ても良い頃じゃないのか」

 

 ヒエタは、あまり関心のなさそうな声で答えた。

 

「さあ……? 案外、手間取っているのかもしれませんね。ここらで良質な馬を手に入れられるのは、フィローネの支部以外だと高原の馬宿しかないですからね」

 

 サンベは怒りの混ざった声で言った。

 

「なんだと、高原の馬宿!? なんでそんなに遠いところへ行くんだ! もっと近いフィローネに行けばいいじゃねえか!」

 

 呆れたようにヒエタは答えた。

 

「そりゃ『フィローネに戻るなよ』と言ったのは、指揮官殿、あなたでしょう。『支部の連中にバレると厄介だ』とか、なんとか言って……もうちょっとこう、自分で自分の発言に責任を持って……」

 

 ヒエタの言葉を搔き消そうとするかのような大きな声をサンベはあげた。

 

「ああ、ああ! そんなことはどうでも良い! ヒエタお前、ちょっと行ってモモンジとヒコロクの二人を探してこい!」

 

 ヒエタは冷たい声で答えた。

 

「日が暮れてて、魔物に半包囲されてて、こんな状況でこれ以上さらに戦力を分散させるんですか? ちょっと意味が分かりませんね。腹痛で冷静な判断力を失っているんじゃないですか? お薬、もっと飲みます?」

 

 仮面越しに鼻をつまむような仕草をして、ヒエタはタコツボから去っていった。タコツボが臭気芬々(ふんぷん)たる便壺(べんつぼ)であるかのように、ヒエタは思っているようだった。

 

 サンベは、目でヒエタの去った先を追った。ヒエタは三人の馭者たちと談笑しながら、新鮮なバナナの皮を剥いていた。

 

 余裕を楽しむような、サンベを完全に埒外(らちがい)に置いた様子だった。サンベはまたもや毒づいた。

 

「クソ……どいつもこいつも、俺の言うことを無視しやがって……命令不服従は処刑だぞ、処刑……」

 

 痛みはやや和らいでいた。激しい痛みと、それが嘘のような平穏の繰り返しだった。サンベは脱力したようにタコツボの壁にもたれかかった。

 

 サンベは、何としてでもこの任務に成功しなければならなかった。

 

 前回の任務、(みずうみ)研究所の襲撃は、はっきり言って完全な失敗だった。襲撃へ出発する時、サンベは幹部たちに言った。

 

「必ずや任務を遂行し、フィローネ支部へこれまでに類を見ないないほどの多大なる貢献をすることを約束する」 彼は、何ら成果を得られずに帰った。その時に幹部たちが浮かべた表情を、彼は屈辱と敗北感と共によく覚えていた。

 

 幹部たちは口を揃えてサンベを無能と罵った。下級団員たちも、表には出さなかったが、幹部たちと同じ思いであるようだった。だが、サンベは反省のそぶりすら見せなかった。彼は見栄を張った。ありもしない剛毅さを誇示するために、彼は襲撃作戦に参加した部下たちを、ねぎらいのバナナパーティに招いた。だが、参加者の誰一人として喜んでいなかった。やや勘の鈍いサンベでも、それはよく分かった。

 

 今回の任務にはサンベのプライドだけではなく、支部長のメンツもかかっていた。周囲の反対を押し切ってまでサンベを指名した支部長のメンツがかかっている。いや、フィローネ支部の独立性すら、この作戦にはかかっているのだ。もし失敗したら、支部は「取り潰し」になるかもしれなかった。

 

 ぎゅうとサンベの腹が鳴った。ふと、彼はテッポのことを思い出した。彼は恨みのこもった声を漏らした。

 

「テッポめ、いったいどこに消えやがったんだ……勝手に敵を深追いしやがって……面倒なやつめ……」

 

 サンベがテッポの行方を案じていたのは、つまりは自己保身のためであった。テッポは、あのいけ好かない幹部ハッパの大切な一人娘である。ハッパは有能で、高潔で、厳格で、それでいて面倒見が良い。ハッパはカルサー谷の本部から単身、ほぼ敵地と言っても同義なフィローネ支部に派遣されてくると、すぐに支部長の信頼を得て、他の部下たちからも愛されるようになった。サンベにとっては、ハッパはどうしても気に入らないやつだった。

 

 そんなハッパが、もしテッポが失われたと知ったらどうなるか?

 

 出発前、密かに呼び出された時に、ハッパが見せた物凄い形相をサンベは思い出した。ハッパは物凄い形相で、物凄い声を出した。

 

「よいか、初陣で経験不足のテッポに何かあったら、それは全て指揮官たるお前の責任だぞ。このことを忘れるなよ、決して。決して。決して忘れるなよ……」

 

 サンベは身震いをした。もし、このままテッポが戻ってこなかったら? もし、シーカー族に生け捕りになどされてしまったら? きっと俺はハッパに殺されちまう! それは予想ではなく、もはや確信だった。喉元にぴったりと突き付けられた、金属質な冷たい確信だった。

 

 突然、ぐずぐずと考えに沈んでいるサンベの耳を、ヒエタの鋭い声が貫いた。

 

「雷鳴!」

 

 少し舌足らずの少女の声が、それに呼応して響いてきた。

 

「スイートスポット!」

 

 サンベの喉から、虫のようにか細い声が漏れ出た。

 

「あれは……あの声は……」

 

 少なくともサンベは、幹部に殺されるという懸念からは解放されそうだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 闇と溶け合った湖水は夜空の無数の星々を映し出していた。かすかな波は、白い月の光を受けて微細な輝きを放っていた。

 

 見えざるバナナに向けてバナーヌが弓を乱射するという異常事態を潜り抜けて、二人はついに、ハイリア湖の対岸に辿り着いた。

 

 馬の嘶きを聞いたテッポが、嬉しそうな声を上げた。

 

「やっぱり、あれはきっと輸送馬車よ! さあ、行きましょうバナーヌ!」

 

 だがバナーヌは、駆けだそうとするテッポを手で押さえて言った。

 

「待て」

 

 バナーヌは訓練されたイーガ団員である。それゆえ彼女は、ハイリア大橋の塔門の向こう側に輸送馬車らしき気配を感じても、即座に駆け出すようなことはしなかった。

 

 逸るテッポを押さえて、バナーヌは辺りの様子を窺った。朝方にグンゼから聞いたとおり、輸送馬車はその場から動いていないようだった。これは、やはりなにかあったということだ。敵襲を受けたと考えるのが妥当だ。彼女はそう思った。

 

 そう考えて、バナーヌは高台の方向へ目を凝らした。暗闇の中で、多数の何かがうごめいていた。バナーヌに倣って索敵をしていたテッポが、小さく呟いた。

 

「あれは……魔物ね。ボコブリンかしら。数が多いわね。いち、にい、さん……」

 

 バナーヌは言った。

 

()っていこう」

 

 月は明るすぎた。その上、魔物たちが警戒していた。二人は隠密に長けたイーガ団員であるのだから、そのまま通り過ぎても何も問題はないかもしれない。だが、不明確な状況下においては、念には念を入れるのが重要である。臆病なくらいに慎重を期すのが生存の秘訣である。そのことをバナーヌは、これまでの経験により身に沁みて知っていた。

 

 匍匐して、二人は前へと進んだ。先頭はバナーヌで、後方はテッポだった。じりじりと音を立てず、眠っている虫すら起きないような静穏さで、二人は焚き火と輸送馬車の方へと近づいていった。

 

 そこに、突然、若い男の声が聞こえてきた。

 

「雷鳴!」

 

 テッポが反射的に答えた。

 

「スイートスポット!」

 

 誰何(すいか)をした若い男は、テッポの声を聞いて驚いたようだった。

 

「おお、テッポか! よく戻ったな。こっちに来い。ここら一帯は魔物が狙ってるから、姿を晒さないように、静かにな……」

 

 それから数分後、二人はついに輸送馬車に辿り着いた。テッポはどこか決まりが悪そうだった。それに対して、バナーヌはバナナを食べながら三台の輸送馬車を眺めていた。

 

 ヒエタと三人の馭者が、二人をどこか感心したように見つめていた。あたかも遠い土地の親戚が危険を冒して訪ねて来てくれたかのような、そんな感慨を彼らは抱いていた。

 

 しばらく沈黙が続いた後、ヒエタがテッポに話しかけた。

 

「テッポ、よく戻ってきたな。作戦中の合流はもう無理じゃないかと思っていたぜ。もしかしたらシーカー族に返り討ちにされたんじゃないと思っていた。心配させやがって。ところで、途中でグンゼには会ったのか?」

 

 テッポは頭を下げた。

 

「ヒエタ、それにみんな。心配をかけてごめんなさい。グンゼには会ったわ。あのね、あの襲撃の後なんだけど、私は……」

 

 話を続けようとするテッポを、ヒエタが手で制した。彼は言った。

 

「おいテッポ、待った、待った! 俺たちより先に、指揮官殿に帰隊を申告しろよ。指揮官殿は今日一日、お腹を痛めてうんうん唸りながらテッポの行方を心配してたんだからな」

 

 馭者たちが合いの手を入れた。

 

「心配してたのは自分の首じゃて。ハッパ殿にスッパリとやられる瀬戸際だったからな」

「首じゃなくて腹を心配してたのかもな。臭いがここまで漂って来やがるわ」

「頭だけではなく腹まで(ゆる)いと来てる。うちの指揮官はまっこと行き届いたお(かた)よ」

 

 明らかに指揮官を侮辱する言葉に、テッポは憤然とした表情を浮かべた。口をとがらせて彼女は言った。

 

「ちょっと、口が過ぎるんじゃない!? サンベは私たちの指揮官でしょ!?」

 

 ヒエタが仮面の下で苦笑を浮かべながら、テッポをなだめた。

 

「まあまあ、そう(りき)むなって。余裕を持ちなさいよ、余裕を……ところでテッポよ」

 

 ヒエタは言葉を区切ると、また口を開いた。

 

「さっきから俺たちの会話に参加もせずに、バナナを食いながら馬車ばっかり見てるこの綺麗なお姉さんは、いったい誰なんだい?」

 

 バナーヌはテッポたちに背を向けて、じっと馬車を眺めていた。

 

 テッポは髪をかきあげてから、答えた。

 

「彼女はバナーヌ。カルサー谷からの援軍よ」

 

 男たちは口々に驚きの声を上げた。

 

「バナーヌ!? あの『パシリの』バナーヌか! ほう、こいつが……」

「バナナみたいな金髪のポニーテール、噂の通りだわな……」

「バナーヌといや、パシリの天才なんだろ? 今回もパシリなのかいな」

「いいケツしとるなぁ……」

 

 バナーヌはむっとした。彼女は声をあげた。

 

「おい」

 

 彼女はポニーテールを揺らして振り返ると、そのサファイア色の鋭い眼差しで男どもを睨みつけた。月の光のような美貌に無表情が張り付いていた。男たちは静かな迫力に()されて、一斉に口を(つぐ)んだ。

 

 無粋なやつらめ、とバナーヌは思った。彼女としては、もう少し感傷に浸っていたかった。ようやく、やっとの思いで、輸送馬車に着いた。カルサー谷からここまで長かった。輸送馬車は、確かに目の前にある。その荷台には、自分の給料の何十年分かに相当する、大量のツルギバナナがぎっしりと詰まっている。カルサー谷の仲間たちが夢にも待ち望む、新鮮で滋味の豊かな、生命の源のバナナが詰まっている……

 

 視線を男たちから外すと、バナーヌは腕組みをして、再度馬車を眺め始めた。彼女はもう一本バナナをポーチから取り出して、皮を剥いた。

 

 今はこの感動を大事にしたい。面倒なことは後回しにしたい。彼女はそう思っていた。

 

 テッポが咳払いをした。

 

「じゃ、じゃあ、私たちはサンベに申告に行くから。で、サンベはどこにいるの?」

 

 ヒエタが親指で指し示した。

 

「あそこのタコツボだ。俺がわざわざ指揮官殿のために掘ったんだ。戦闘の指揮が執りやすいように、最前線にな。ああ、指揮官殿は今、だいぶご機嫌斜めだからな。気を付けるんだぞ」

 

 テッポは答えた。

 

「ありがとう。さ、バナーヌもいきましょう」

 

 バナーヌは行きたくなかった。どうせ面倒なことになると彼女は思った。だが、小柄なテッポに引きずられるようにして、結局彼女はその場から離れていった。心なしか、ポニーテールが悲しげに揺れていた。

 

 それを見て、ぼそぼそと声量を落として男たちは話し合った。

 

「テッポが無事で良かった。しかし、バナーヌってのは随分変わり者なんだな。無口だし」

「あの目を見たか。宝石みたいに青かったぜ」

「それに、金髪だしな。まるで、ハイリア人みたいだったな」

「でも強そうだな。歴戦の風格がある。余裕たっぷりって感じだ。胸の膨らみもな」

 

 あっ、とヒエタが声を漏らした。

 

「そういや援軍っていってたが、もしかしてカルサー谷からきたのは、あの女一人だけなのか?」

 

 どうしても認めたくない事実を前にして、男たちはただ黙り込むしかなかった。




 遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。

※まことにありがたいことに、『ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック』も三十話目に到達いたしました。バナーヌをカルサー谷から旅立たせたのが2018年1月末ですから、既に半年以上が経過したわけです。そして、今回ついに、ようやく、彼女は馬車に辿り着きました。作者としては少しホッとしております。これからもお見捨てなく『ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック』をお楽しみいただければ、作者として何よりの喜びでございます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

※加筆修正しました。(2023/05/09/火)
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