ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第三十六話 ワイルドホーセズ・バナーヌ&テッポ

 強者がいる。弱者がいる。それは戦場における厳然たる事実である。

 

 したがって人は言うであろう。「強者とはいわば捕食者であり、弱者とはいわば被捕食者である。弱者は強者にとっての養分に過ぎず、戦場という生態系の最底辺で這いずり回る存在でしかない」

 

 だが歴史を(かえり)みれば、この考えがいかに誤謬(ごびゅう)に満ちているかが実感として理解できる。強者とは決して絶対的存在ではなく、弱者とはまったくの被捕食者ではないのだ。

 

 戦争と戦場にまつわる歴史は、強者が弱者を当たり前のように蹂躙・撃砕(げきさい)してきた歴史であるのと同時に、目も当てられないほどの弱者が強者を打ち倒し、奇跡的な逆転勝利を収めてきた歴史でもある。

 

 このハイラルの大地において、強者とはすなわち「騎兵」であった。重装騎士、騎乗兵士、軽装騎士、その種類は多々あるが、その戦略機動性と戦術的打撃力の高さは、あらゆる兵種のそれを懸絶(けんぜつ)していた。騎兵こそ、まさにハイラル王国軍の花形であった。鈍色に輝く鋼鉄の軍勢は幾度となく魔物の群れに突入し、粉砕し、その軍旗を血潮で染めたものだった。

 

 だが、その圧倒的強者たるハイリア騎兵が、取るに足らない圧倒的弱者に無惨に敗北した過去がある。

 

 ある王のある時代のことであった。東ハテール地方で魔物が軍勢を興した。軍勢といっても、(いわお)の如き軍律も、磨き抜かれた武具も持ち合わせてはいなかった。敵は単なる寄せ集めの、群衆のごとき集団だった。つまりそれは、いつものよくある、魔物の大量発生の一つに過ぎなかった。

 

 その場所は東ハテール地方の中央、すなわちヒメイダ山、東のツカイエ台地、南のテルメ山を擁する山岳地帯だった。急峻な隘路(あいろ)がうねうねと山間を走っていた。たまに存在するやや幅のある土地には、トヒキ池やクハン池といった沼沢地帯が広がっていた。そこは、要するに軍事行動をとるには著しく不便な土地といえた。

 

 魔物たちは山々に拠点を築き、見張り台を建て、鹿砦(ろくさい)と柵と門を巡らした。魔物たちはたまに大挙して出撃し、人間の牧場や畑を襲って家畜や穀物を略奪した。警備隊が駆けつけると、魔物たちは一目散に拠点へと逃げ込み、あたかもマックスサザエが(ふた)を閉じたようにして、(がん)として守りに徹した。

 

 当時のハイラル王国は、東ハテール地方にさほど軍勢を駐屯させていなかった。それまで魔物は小規模の警備隊でも充分に対処可能な数しか姿を現さなかったからであった。

 

 そこに、このような異常事態が勃発した。このままでは魔物の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)のままに、豊かな東ハテール地方は荒廃の一途を辿るであろう……そのように懸念した東ハテール軍司令官は、すぐさま中央ハイラルへ援軍を要請した。

 

 要請を受けた中央政府は、その精強さで鳴らすハイリア王国軍騎兵第一連隊の出動を検討した。中央は、最強の戦力で魔物を鎧袖一触(がいしゅういっしょく)すれば、時間も、戦費も、そして被害も低く抑えることができるだろうと判断した。

 

 これに対して、軍人から数多くの反対意見が出された。軍人たちは、「戦場は山岳地帯で騎兵が通行可能であるのは狭い道だけである。沼沢地帯の湿気は馬の健康を害するであろう。(まぐさ)にも乏しい。なにより、山間の魔物の砦の数々を攻略する「攻城戦」を遂行するには、騎兵はまったく不向きな兵科である」と述べた。彼らは騎兵ではなく、歩兵を派遣するべきであると主張した。

 

 軍議は白熱した。議論は進み、最終的には「騎兵ではなく二個の歩兵連隊を派遣すべきである」として話が纏まりつつあった。だが、運命と神々は残酷であった。結局、数々の論理的な反論が押しのけられて、騎兵連隊の派遣が強行されることになってしまった。

 

 その理由は、騎兵連隊の隊長の孫娘二人が、魔物の砦へ拉致(らち)されたことにあった。魔物たちは中央ハイラルが軍議に明け暮れている最中に砦を出撃して長駆ハテノ村を劫掠(ごうりゃく)した。その際、老騎兵連隊長が溺愛する二人の孫娘が、哀れにも魔物に囚われてしまったのであった。

 

 老連隊長は国王に直訴した。「なんとしてでも自らの手で愛する者を救出したい」と彼は国王に言った。また、「伝統あるハイラル王国の騎兵の名誉にかけて、不埒千万(ふらちせんばん)な魔物の群れを撃滅せずにはいられない」と彼は言った。彼は()まず(たゆ)まず、その年老いた顔を真っ赤にして、また汗を滝のように流して、なんとかして騎兵連隊出撃の許可を得ようと必死になって、連日国王に働きかけた。

 

 情に厚い性格というものは、為政者にとって時に致命的となる。その国王は温厚で、臣民の苦しみに深く共感する性格の持ち主だった。国王は、理屈の上では騎兵派遣は決して許してはならないと分かっていたが、孫娘救出に(はや)る老連隊長を前にしては、それをひっこめざるを得なかった。国王は出撃を許可した。老連隊長は涙を流して国王に感謝の言葉を述べ、「誓って醜敵(しゅうてき)を撃滅する」と宣言した。

 

 かくして、騎兵連隊は出撃した。だが、その戦闘結果については、言うまでもないだろう。騎兵連隊は、大敗北を喫した。騎士五百名、従士千五百名、合計およそ二千名からなる連隊は、作戦終了時点で半数以下にまで数を減らしていた。当然、その作戦目的を達成することはできなかった。

 

 当初、老連隊長は(みなぎ)る戦意と決死の覚悟を秘めて、己が半生をかけて鍛え上げた部下たちを率い、歩武(ほぶ)堂々と東ハテール地方へ進軍した。精悍な馬にまたがった鋼鉄の軍勢が、続々と街道を進んでいった。彼は山岳戦に対応した作戦計画も怠りなく準備した。そこまでは順調といえた。

 

 しかし、これからいざ山間部へ侵入という日の前の晩になって、老連隊長が突然倒れてしまった。彼が倒れた原因に関しては諸説ある。「宿営地を出て偵察がてら馬を慣らしていたところをリザルフォスに狙撃された」とか、あるいは「脳卒中に襲われた」とか、もしくは「孫娘二人がすでに殺害され、死体が砦の門前に晒されていると聞いて卒倒した」などという説がある。いずれにせよ、もはや彼には指揮能力がなかった。

 

 翌日、作戦は予定通りに決行された。老連隊長に代わって指揮を執ることになった副隊長は、貴族出身の若く熱意に溢れた男だったが、いかんせん実戦経験が不足していた。彼は致命的なミスを犯した。彼は斥候(せっこう)も放たぬままに全部隊を隘路(あいろ)に入れて、縦一列で進軍させてしまった。それは愚劣極まりない指揮であった。大渋滞を起こしている縦列を目にして、魔物たちは出口に障害物を設置すると通行不能にした。さらに魔物は入り口側にも障害物を素早く設けた。こうして、騎兵連隊をまるごと山中に閉じ込められてしまった。

 

 両側は急峻な崖であった。超人的な身体能力の持ち主でもなければ、登ることなど思いもよらなかった。ましてや、騎兵が馬を捨てることなど許されなかった。包囲を脱出するためには、どうしても入り口か出口の障害物を破壊しなければならなかった。幾度となく突撃が繰り返された。そのたびに騎士たちは魔物から雨のように矢を射掛けられた。そして、彼らがどれだけの死体を積み上げ、大地を赤い血で染めても、状況はまったく好転しなかった。

 

 数日が過ぎ、数週間が過ぎ、一ヶ月が経過した。兵糧(ひょうろう)は枯渇していた。その代わりに死体袋が増えた。騎士と兵士たちは飢えていた。彼ら以上に、馬たちも飢えていた。

 

 それから更に一ヶ月が過ぎたあと、ようやく解囲(かいい)部隊が到着し、二ヶ月の戦闘で半壊した騎兵連隊の救出に成功した。包囲された連隊の馬はほとんどが死に絶えていた。騎士たちの甲冑は泥と(さび)によって醜く黒ずんでいた。兵士たちはスタルボコブリンのように痩せ細り、血走った目だけが動いていた。彼らはもはや戦闘部隊ではなくなっていた。

 

 彼らはなぜ敗北したのか? 魔物が知恵において人間を上回ったからであろうか? そうではなかった。魔物たちに知恵や軍略があったわけではなかった。ただ魔物たちが知っていたのは、人間の強さ、なかでも騎兵の強さであった。それゆえに魔物たちは進軍してきた騎兵たちに恐怖を抱き、正面からの戦闘を避けた。魔物たちは、「怖い相手は、閉じ込めてしまえば良い」と考えた。彼らはそのとおり実行した。

 

 それが、数々の要因が複合したとはいえ、至弱(しじゃく)の存在が至強(しきょう)の存在を打ち倒すという結果に繋がったのだった。

 

 この歴史的な大敗北の後、ハイラル王国軍は騎兵以外の兵科を増強しようと努力した。軍は特に、国土の半分以上を占める山地での戦闘に対応した山岳部隊の育成に力を入れた。この軍事改革は、後にゲルド地方のカルサー谷のイーガ団アジトを攻略する作戦において、失敗こそしたものの実に有効に働いた。

 

 戦いの技術とは、弱者が強者を打ち倒すことによって発明される。敗北した強者は、その発明された技術を学習する。技術は広く用いられるようになり洗練されていく。このサイクルこそが、戦いの歴史の原動力といえるかもしれない。

 

 最後に、一つの逸話を紹介しておこう。山間部で魔物に包囲された騎兵連隊は、ついに最後の一粒まで兵糧を食べ尽くしてしまった。彼らはゴーゴーハスの実や木の根、チュチュゼリー、ゴーゴートカゲ、ガッツガエルに至るまで、その地で得られる食べ物はなんでも食べてしまった。

 

 そして、ついにそれらすらも消え果ててしまった時、副隊長はある決断を下した。「馬を殺し、それを(かて)とせよ」と彼は部隊に命じたのだった。

 

 命を繋ぐためには、それしか方法はなかった。しかし、ハイラル王国開闢(かいびゃく)以来、馬は人間の友とされていた。ましてや、彼らは騎兵であった。彼らは馬とはまさに一心同体の存在だった。いくら飢えているからといって、愛馬に(やいば)を突き立てて皮を剥ぎ、肉を焼くなどというのは彼らにとって思いもよらぬことだった。

 

 しかし、やはり飢えとは恐ろしいものであった。飢えとは、人間からありとあらゆる人間性を容赦なく奪い去るものである。ついに飢えに負けて、無二の友である馬を殺してその肉を食べる者が現れた。その数は日を追うごとに増えていった。ある生存者の証言によると、「隠している者もいるかもしれないが、その場にいたほぼ全員が何らかの形で馬の肉を口に入れた」とのことである。

 

 戦いの後、生き残った副隊長はアラフラ平原の軍馬徴用官付きの監査役に任命された。つまるところ、それは左遷であった。彼は、軍馬徴用官に対して以下のように言った。

 

「私は取り返しのつかない過ちを犯しました。伝統あるハイラル王国騎兵の誇りを失墜させ、軍旗を汚泥(おでい)(まみ)れさせました。それは、決して許されざることです。ですが一つだけ、たった一つだけ、この私にも誇れることがあります。それは、部下を餓死から救ったことです。友である馬たちは実に気の毒な目に遭いました。私が馬たちを殺したのです。それは、部下たちを救うために必要なことでした。馬の神は、はたして私を許してくださるでしょうか、それとも許さないでしょうか……?」

 

 その数ヶ月後のことであった。アラフラ平原の奥にある馬神湖の水面に、一人の男の死体が浮かんだ。それは、あの副隊長だった。その死に顔は恐怖と絶望で奇妙に歪んでいたという。その前日、彼は「馬神湖を越えた先にある、馬の大妖精マーロンの泉に参詣する」と言っていたという。彼は足を滑らせて橋から落下したのか、それとも魔物の攻撃を受けたのか、結局、その死因は分からずじまいだった。

 

「その副隊長は天罰を受けたのではないか」と、ある手記は述べている。「一度友と信じ、生死を共にすると誓った相手を、いくら己の生存のためとはいえ、殺して肉を剥ぎ喰らうとは、馬の神と大妖精マーロンの激怒を招いてもおかしくはない」とその手記の著者は言う。

 

 それは真実かもしれない。現在、ハイリア人が馬の肉を口にすることはない。

 

 

☆☆☆

 

 

 虫のざわめき、(こずえ)のざわめき、風のざわめき……どれもカルサー谷では聞くことのできない、水気(みずけ)と活力を伴った瑞々しい響きだった。夜のフィローネの大気は、その響きで満ちていた。

 

 馬上で手綱を捌きつつ、周囲を警戒しながら、バナーヌはそれを楽しんでいた。自然の何気ないおしゃべりやため息が、彼女にとっては心地良かった。彼女の好きなものはまず第一にバナナだったが、彼女はアジトの部屋で本を読むことと同じくらい、野生の息吹を直に感じることも好きだった。

 

 だが、その楽しみは突如として終わりを告げた。バナーヌの後ろで行儀良く(くら)に腰掛けていたテッポが、彼女へ静かに語りかけてきた。

 

「バナーヌ、もうすぐ日が昇るわ。そろそろアラフラ平原に到着よ。着く前に、あなたと情報を共有しておこうと思うの。私の話を聞いて。質問はいくらでも挟んでくれて構わないわ」

 

 バナーヌは答えた。

 

「分かった」

 

 テッポは髪をかきあげて、目の前のバナーヌを見つめた。二連弓を背負ったその背中は鍛え上げられた筋肉が隆起していた。バナーヌに戦闘者として一流の力量があることを、テッポは改めて感じた。彼女は言った。

 

「アラフラ平原は、昔から馬の産地として有名なの。私達フィローネ支部も馬の確保は重要視してて、支部はアラフラ平原の『高原の馬宿』に人員を送り込んでいるわ。他の馬宿には常駐連絡員しか派遣されてないけど、あそこの馬宿ではそうではなくて、イーガ団員の一人が店員になりすまして潜り込んでる。それがジューザよ」

 

 バナーヌは静かに話を聞いていた。彼女は答えた。

 

「うん」

 

 バナーヌの目線はチラチラと周囲へと走っていた。どんな時でも、警戒は些かも怠らない。それがイーガ団員の鉄則であった。

 

 同時に、彼女はバナナを一本だけ腰のポーチから取り出して、食べ始めた。どんな時でも、バナナは食べなければならない。それがイーガ団員の鉄則であった。

 

 テッポも周囲への警戒をしながら話を続けた。

 

「ジューザは馬の専門家でね。フィローネ支部が必要とする馬の調達と調教を一手に引き受けてるわ。私達が今乗ってるこの『バナナ・ゴーゴー』も、ジューザが手ずからアラフラ平原で捕まえた子なの……と、話が()れたわね」

 

 バナーヌは先を促した。

 

「続けて……むっ?」

 

 バナーヌは怪訝な声を上げた。突然、金色のカブトムシが飛んできて、彼女の右肩に止まったからだった。その虫はマニア垂涎(すいぜん)の希少昆虫、ガンバリカブトだった。テッポはそれに素早く手を伸ばすと、いとも容易く捕まえてしまった。彼女はどこかおどけた声を上げた。

 

「じゃじゃじゃじゃーん! 『ガンバリカブトを手に入れた!』……なんてね、はぁ。馬鹿馬鹿しい。話を続けるわ」

 

 わしわしと六本の脚をばたつかせるガンバリカブトを細い指先で(もてあそ)びながら、テッポは淡々と説明を続けた。

 

「とにかく、高原の馬宿にはフィローネ支部の保有する馬が預けられてるの。かなりの数よ。あそこにいけば確実に代替馬は調達できる。だから、サンベがヒコロクとモモンジを派遣したのは間違いではなかったと思うわ。たとえ魔物が出てきても二人とも強いから、たぶん大丈夫だろうって判断だったんじゃない?」

 

 実際のところ、ヒコロクとモモンジがアラフラ平原へ向かったのは彼らの独断であった。サンベはただ「替えの馬を持ってこい!」と命じただけであった。そのことをテッポは知らなかった。

 

 バナナを食べ終えたバナーヌが、テッポへぽつりと質問した。

 

「その二人について教えてくれ」

 

 テッポは頷いた。

 

「分かった」

 

 そう答えつつ、テッポは元気良く暴れるガンバリカブトを目の前に垂れている金髪のポニーテールにくっつけた。別に深い意図があったわけではなく、彼女はなんとなくそうしたのだった。ガンバリカブトは一瞬戸惑ったようだったが、そこを安住の地と見出したのか、脚を僅かずつ動かして、てっぺんへ向かって登り始めた。

 

 ガンバリカブトがバナナを登っていく……なんか、面白いわ。そう思いながらテッポは、バナーヌの質問に答えることにした。

 

「ヒコロクは、まあ優秀な団員よ。彼は既婚者で、顔立ちが良くて、首刈り刀の扱いが上手いわね。あと、状況判断力に優れてて、機転が利くわ。長期間の単独行動を命じられてもまったく問題ないでしょう。それで、もう一人のモモンジのほうなんだけど……」

 

 テッポは言いよどんだ。バナーヌは声を発した。

 

「どうした?」

 

 バナーヌはさきほどから自分のポニーテールに何らかの違和感を感じていた。虫でも這っているのか? だが、それよりもそのモモンジという人物について彼女は気になった。

 

 やがて、テッポが言った。

 

「モモンジはね、フィローネ支部の剣術特練生(とくれんせい)なの。彼女は綺麗な桃色の髪をしていて、とっても可愛くて、まだ若いわ。モモンジは、私とは歳が二つか三つしか離れてないんだけど、剣の腕前は一流よ。古代から伝わる密林仮面剣法の流派『オド・ルワ』の継承者ということらしいわ、その真偽は不明だけどね。もしかしたら、私のお父様より剣技は上かもしれない」

 

 バナーヌは感心したように答えた。

 

「すごいじゃないか」

 

 しかし、テッポは低い声で言った。

 

「でもね、彼女にはちょっと問題があって……あの子、剣の腕は立つんだけど、ちょっと頭が悪いの。いえ、頭が悪いというのは彼女に失礼ね。頭が悪いんじゃなくて、戦いとかで興奮状態になると、頭に血がのぼるせいか視野が狭くなるの。端的に言うと彼女、状況判断が苦手なのよ」

 

 テッポは言葉を切ると、また話を続けた。

 

「これはヒコロクから聞いた話なんだけど……前に一度、二人でリザルフォスの拠点を攻撃した時、モモンジは抜刀したまま正面から拠点に突撃したらしいわ。彼女は十匹以上の敵に囲まれたんですって。でも、モモンジはそのすべてを斬り倒したんですって。大したものだと思うけど、でもイーガ団でありながら正面攻撃をするなんて、私としてはどうかと思うわ。ヒコロクも『あんな視野狭窄ならそのうち大怪我するぞ。悪くすりゃ死ぬ』って嘆いていたわ」

 

 バナーヌは短く言った。

 

「そうか」

 

 彼女には、テッポの話を聞いて思うところがあった。つまり、ヒコロクとモモンジが組まされてアラフラ平原へと派遣されたのは、モモンジ単体では独立任務を遂行できず、かと言ってヒコロク単体では戦闘力に不安があるからだろう。それだけ、アラフラ平原では戦闘が起こる可能性が高いということだ。他の土地と同じく、アラフラ平原にも魔物が跋扈しているに違いない。

 

 これは、平原に入る前に一度馬から降りて、徒歩で偵察をする必要があるかもしれない。バナーヌはそう思った。突然騎馬ボコブリンかなにかに遭遇して矢でも撃ちかけられたら厄介だ。この馬を失うわけにはいかない。

 

 そのことをバナーヌが言おうとした矢先に、テッポが「あっ!」と叫んだ。その声に驚いて、今やポニーテールのてっぺんまで登りつめていたガンバリカブトが、耳障りな羽音を立てて飛び去っていった。

 

 バナーヌはテッポに言った。

 

「どうした」

 

 テッポはしばらく「うーん……」と唸っていた。言うべきか言わざるべきか、あるいはどのように言うべきか、彼女は迷っているようだった。やがて、テッポは言った。

 

「……うーん……やっぱり、バナーヌには話しておきましょう。大事なことだし」

 

 テッポは言葉を続けた。

 

「バナーヌ。あなたは、この世にバナナが食べられない人がいるって聞いて、そのことを信じられる? その『食べられない』っていうのはね、好みとか経済的な理由とかそういうのじゃなくて、身体的に受け付けないという意味での『食べられない』よ。あなたはバナナが食べられない人間の存在を信じられる?」

 

 バナーヌは即答した。

 

「信じられない」

 

 バナーヌは、この広いハイラルの大地でバナナほど優れた果物は存在しないと思っていた。バナナは栄養に溢れ、生命力に溢れ、美しさに溢れている。限りなく完璧で、限りなく万能な食物、それがバナナだ。それに、バナナの神は魔王様と同じくらい偉い。それほどまでに恵まれたバナナを食べられない人間が存在するわけがない。

 

 より正確に言うと、そんなにも不幸な人間が存在するわけがない。人間とは大なり小なり不幸を抱えた存在であるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抱えた人間などあり得ないはずだ。彼女はそう考えた。

 

 だが、テッポは驚愕すべき事実をバナーヌに告げた。

 

「でもね……バナナが食べられない人はこの世に存在するのよ。モモンジが、その『バナナが食べられない人間』なの」

 

 思わずバナーヌは手綱を引いていた。馬が(いなな)いて、脚を上げた。突然の急ブレーキにテッポは声を上げた。

 

「うわっ、うわわっ!」

 

 テッポは姿勢が傾き、(くら)からずり落ちそうになった。彼女はバナーヌの細い腰に手を回して、なんとか転落を免れることができた。

 

 そんなテッポに構わず、バナーヌは強い調子で尋ねた。

 

「詳しく聞かせてくれ」

 

 テッポは、はぁ、と溜息をついた。彼女は言った。

 

「モモンジはね、本当にバナナが食べられないの。本人が言うには、小さい頃は大のバナナ好きだったそうよ。『一日に三十本は食べていました!』とか、そんなことを言ってたわ。でも、彼女の父親が亡くなって、彼女が密林仮面剣法『オド・ルワ』の継承者となってからは、急にバナナが食べられなくなったらしいの。『食べると蕁麻疹ができて、顔が腫れ上がって、呼吸が詰まってしまうんです』って言うのよ。ある日、サンベが『そんなのは嘘だ、単にバナナ嫌いなのをごまかすために嘘をついてるんだ』って騒ぎ立てて、支部長を動かして、彼女に無理やりバナナを食べさせたことがあったの。でも……」

 

 バナーヌは相槌を打った。

 

「どうなった?」

 

 テッポは、力なく首を振りつつ言った。

 

「バナナを食べさせられたモモンジは、心肺停止したわ。モモンジにとって、バナナは毒物以外のなにものでもないみたい。その時はエレキロッドで心臓マッサージをして、それからモリブリンの(きも)から抽出した催吐(さいと)剤を投与して胃の中を空っぽにしたから、彼女はなんとか助かった。でもやっぱり、その時のことがトラウマになってるみたいで……可哀想にモモンジは、今でもバナナを見ると悲鳴をあげるわ」

 

 そこまで聞いて、バナーヌはそのモモンジという女団員に心から同情の念を抱いた。彼女は嘆息するように言った。

 

「そうか……」

 

 イーガ団員として生まれながら、バナナが食べられないとは! それはなんと悲しいことだろう。それはまるでゾーラ族として生まれながら水に濡れると皮膚がかぶれてしまうようなものではないか。もし、自分が彼女の立場だったら、三日間も生きていられるだろうか? バナーヌはそう思った。

 

 バナーヌは、何よりもバナナが好きである。以前、彼女はノチから訊かれたことがあった。

 

「もしもね、もしもの話よ? 私とバナナの神様の二人が崖っぷちにぶら下がっていて、バナーヌが助けなきゃならないってことになったら、バナーヌはどっちを先にする?」

 

 可愛い顔をしたノチは究極の選択をバナーヌに突き付けてきた。バナーヌはしばらく悩んだ。彼女は相当悩み、悩み抜いた末に答えた。

 

「バナナの神、かな」

 

 そう答えたくらいには、バナーヌはバナナ好きなのであった。ちなみにバナーヌとしてはその時、次のように考えていた。自分には膂力(りょりょく)があるから、バナナの神様を助けたあと、すぐにノチを救うことなど容易い。ノチは優しいから後回しにされても決して怒らないだろうが、バナナの神様は後回しにされたら怒るかもしれない。それで祟りでもあったら大変だ……だが、彼女は結局ノチにポカポカと叩かれてしまった。

 

 バナナの神は、どうしてそのような不幸な人間をこの世に生み出したのだろうか? バナーヌはモモンジについて、そう思った。彼女は一人、バナナの神の恩寵と祝福の平等性について沈思黙考した。

 

 そんな彼女に対して、テッポは話しかけた。

 

「というわけでバナーヌ、彼女に会ってもバナナをあげるのはやめてちょうだい。バナナを贈り合うのはイーガ団員の(たしな)みだけど、モモンジには不要だわ。というより、お互いのためにならないから。お願いね」

 

 バナーヌは頷いた。

 

「分かった。ところで……」

 

 彼女はテッポに、アラフラ平原に到着した後にとるべき行動について話し始めた。

 

 

☆☆☆

 

 

 それから、半時間が経った。二人は無事にアラフラ平原に辿り着いていた。

 

 二人は乗ってきたバナナ・ゴーゴーを安全なところに置いた。そして二人は、その身に染み付いた隠密技術を十全に発揮して、背の高い草むらの中に潜伏した。

 

 隠れつつ、バナーヌとテッポは状況を確認していた。しばらくして、テッポが口を開いた。

 

「黒ボコブリンが一騎に、青ボコブリンが四騎……徒歩のボコブリンも四匹ほどいるわね。それに、ここからは見えない向こう側にも、たぶんもう数騎がいるでしょうね」

 

 その声には緊張感が滲んでいた。

 

 古代シーカー族の兵書によると、「騎兵は平地において歩兵八人分の戦力を発揮する』と述べられている。この文言をどう解釈するかはさておき、それだけ騎兵は歩兵にとって脅威なのだ。

 

 できれば魔物たちとは戦わずに、迂回して高原の馬宿へ行きたい。でも、そうするわけにもいかない。そうテッポは思った。彼女はバナーヌに言った。

 

「ヒコロクとモモンジは、きっとあの騎馬ボコブリンたちと戦ったのね。いえ、今もどこかで戦っているのかも……二人とも、魔物がいなければ馬を連れてとっくの昔に戻って来ているはずだもの。あるいは……」

 

 そこまで言ってから、テッポは嫌な想像にしてその小さな体を震わせた。いや、きっと無事のはず。ヒコロクもモモンジも強い。いくら敵の数が多いといっても、命を落とすなどということはないはず。きっとそうよ……彼女はそう考えなおした。

 

 バナーヌの冷静な声が響いた。

 

「あの敵は排除しなければならない。馬が襲われる」

 

 テッポは鳶色の瞳をキラリと輝かせて、バナーヌに答えた。

 

「それは当然ね。奴らを皆殺しにしてから、私達はヒコロクとモモンジと合流して、代替馬を手に入れる。それが既定路線よ。それで、何か作戦はある?」

 

 うーむ、とバナーヌは腕組みをして、しばらく唸った。草原を吹き抜ける夜風が、彼女の金色のポニーテールを撫でつけていた。

 

 やがて、バナーヌの中で答えが出たようだった。彼女は言った。

 

「テッポ、少し危険だが……」

 

 バナーヌは低い声で話し続けた。その作戦案を聞いたテッポは、力強く頷いた。彼女は元気に満ちた声で言った。

 

「分かったわ、それでいきましょう。ひとつ、やってやろうじゃない!」

 

 会話を終えると、二人は地面に(ひざまず)いた。困難な戦いを前にした時、イーガ団員はバナナの神に祈りを捧げることになっていた。彼女たちはポーチからバナナを取り出すと、地面に安置した。彼女たちはそれに向かって両手を合わせた。二人は(こうべ)を垂れて、祈りの言葉を(つむ)ぎ始めた。

 

「……バナナの神よ、我、汝の他に望みなし。汝はくすしき形と色と味を以て、かつて我らに示し給う、『この(しるし)によりて汝らは勝利すべし』と。今また、我は(いくさ)に臨まんとす。願わくばバナナの神よ、どうか我に力を授け給え……」

 

 

☆☆☆

 

 

 静寂に包まれていたアラフラ平原に、突如爆音が響いた。

 

 馬に乗ったボコブリンたちは、一斉にその頭上に「?」の文字を浮かべた。ボコブリンたちは何事かと疑うような表情を浮かべていた。その大きな耳をバタバタとはためかせて、鼻をフゴフゴと鳴らしていた。

 

 再度、爆音が響いた。今度は、その後に「おーい!」という声が響いてきた。声はニンゲンのものだった。若い(メス)の声だった。若い女ならば、その肉はきっと柔らかいはずだ。単純な思考力しか持たない魔物たちは、そんなことを考えていた。考えている間にも、若い女の声は続いていた。

 

「おーい! 知能低劣なイノシシのなり損ないどもー! あんたたちのところに、イーガ団フィローネ支部幹部ハッパの一人娘、テッポがわざわざ来てやったわー! 早く出てきて私の相手をしなさーい! 皆殺しにしてやるからー!」

 

 それを聞いて、ボコブリンたちは声のする方向へ馬を走らせ始めた。疎林の中に逃げ込んだ大人のオスと若いメスのニンゲン二匹は後回しだ。早くしないと、仲間が先に新鮮な肉を取ってしまう。魔物たちはそう考えた。それに、言っている意味はよく分からないが、あの叫びはなんとなく自分たちを馬鹿にしている……魔物たちは馬を走らせた。

 

 今度は、魔物たちの目に閃光が見えた。その次に赤い炎が見えた。そして、黒煙が噴き上がるのが視界に入った。直後に、また爆音が響いてきた。

 

 火が、草に燃え移っていた。それはあたかも炎の壁となって、騎馬ボコブリンたちの行く手を阻んでいた。

 

 炎の輝きと熱に馬が怯えた。魔物たちは舌打ちをした。クソッ、こっちには行けないぞ。

 

 魔物たちが炎に目を奪われているうちに、何かが草むらの中を走っていった。魔物たちはそれに気が付いた。今度こそ逃すまいと、彼らはそれを追いかけた。

 

 再度爆発が起こった。そして、新たな炎の壁が立ちのぼった。若いメスの声が相変わらず響いてきた。

 

「おーい、おーい! こっちよ、この間抜けどもー!」

 

 いつの間にか、ボコブリンたちは一箇所に集まっていた。声を追い、爆発を避け、炎の壁に沿って馬を走らせていたら、なぜかこんなことになっていた。だが、彼らはそんなことを気にしなかった。ついに彼らの目の前に、探し求めていた獲物が姿を現していた。

 

 獲物が声をあげた。哀れっぽい声だった。

 

「あー、かこまれちゃったー。あーあー、どうしましょー、あー」

 

 獲物は、彼らの予想よりもだいぶ小さかった。ぷにぷにとした褐色の肌だ。肌のツヤと輝きからみて、たぶん病気ではない。というより、健康そのものだろう。きっと、肉は極上の旨さだろう。極上ニンゲン肉を手に入れるチャンス到来だ。ボコブリンたちは舌なめずりをした。

 

 恐怖のためだろうか、その若いメスはへなへなと地面にへたり込んだ。若いメスは追い詰められたヤマシカのように、身をブルブルと震わせていた。若いメスは口を開いた。

 

「や、やめてー。さっきのは冗談、じょうだんだったのよー。た、食べないでー。わたし、きっと馬糞ばふん()みたいな味がするわー」

 

 魔物たちはその四方を囲むと、じりじりと距離を詰めた。それぞれがトゲボコ槍や、トゲボコこん棒や、弓矢を手にしていた。だが、彼らはそれを使わなかった。じわじわと追い詰めて、恐怖で動けなくなったアイツに、生きたままかじりつく。それが良い。それが一番だ。踊り食いはなによりも美味しい食べ方だ……彼らの口の端から汚い涎が垂れた。

 

 あと七メートル、五メートル……新鮮な極上ニンゲン肉まで、あと少し……彼らは近づき続けた。

 

 突然、若いメスは声を上げた。

 

「はっ!!」

 

 若いメスは声と共に、何かを地面に投げつけた。直後、夜目にもはっきりと分かるほどの灰白色(かいはくしょく)をした煙が、濛々(もうもう)とその若いメスを包み込んだ。

 

 畜生、見えなくなった! 魔物たちは口から泡を飛ばし、叫び声を上げて狼狽した。

 

 その時、煙の中のニンゲンが、鋭く叫んだ。

 

「今よ! バナーヌ!」

 

 突如、空を切り裂いて飛来した二本の矢が、騎乗した一匹の青ボコブリンの後頭部と頚椎(けいつい)を貫いた。魔物は悲鳴を上げた。

 

「ぶぎぃいいっ!?」

 

 叫び声を上げて青ボコブリンは落馬した。それを仲間が見届ける(いとま)もなく、別の青ボコブリンの背中へまたもや二本の矢が突進していた。矢は必殺の意志を纏っていた。半秒後に矢は青ボコブリンの肉を貫き、骨を砕いた。

 

 忌々しい灰色の煙幕の中から、黒いものが三つ四つ飛び出した。それらは丸く、紐のようなものがついていて、紐の先端には小さな火が着いていた。

 

 若いメスの声が響いた。

 

「これでも食らいなさい!」

 

 黒いものは、空中で爆発した。馬に乗っていないボコブリン二匹が爆風によって即死した。騎乗していた青ボコブリン二匹も、炸裂した爆弾から唸り声をあげて飛んできた無数の鋭利な破片によって、全身をズタズタに切り裂かれた。

 

 馬の悲鳴、魔物の断末魔の叫び、爆音……数分前まで惰眠(だみん)を貪っていたアラフラ平原は、一瞬にして戦いの(ちまた)へと変貌した。

 

 

☆☆☆

 

 

「よし、作戦成功ね!」

 

 向こうで手を振るバナーヌを見て、テッポは会心の笑みを漏らした。こうまで上手くいくとは、自分たちはよほど運に恵まれているのに違いない。もしくは、バナナの神が祈りを聞い届けてくれたのだろうか? テッポはそんなことを考えた。

 

 事前に彼女たちが立てた作戦は、シンプルそのものだった。まず、テッポが爆弾を使って騎馬ボコブリンの注意を引きつける。それと同時に、バナーヌは草むらに身を潜めつつ魔物たちに接近し、その背後を取る。テッポは逃げながら爆弾を使って草に火を放ち、魔物たちが一箇所に集まるように誘導をする。あとは、煙幕を使ってテッポが身を隠したあとに、バナーヌが弓で敵を撃ち落とすだけ。

 

 対騎兵戦において最も重要なことは、相手の機動力をいかにして奪うか、これに尽きる。かつてハイリア騎兵たちが魔物を相手にして無惨な敗北を喫したのも、山中で包囲されて機動を極端に制限されたからである。イーガ団の戦闘教義にも、対騎兵戦については「……充分な障害物を予め整備して敵の機動に掣肘(せいちゅう)を加える。射撃に際しては騎乗者ではなく馬を狙う……」とある。足を止めた騎兵は単なる「大きな標的」になるのだ。

 

 テッポはひとりごちた。

 

「お父様も仰っていたわ……『騎馬ボコブリンは目が良く、遠くからこちらを見つけてすぐ駆け寄ってくるが、その馬術は大したものではないし、何より頭も良くない。奴らを相手にする時には、頭を使え』……さすがはお父様だわ。今回もお父様の教えに助けられた……」

 

 向こうで、またバナーヌが敵を仕留めた。それは徒歩のボコブリン二匹だった。テッポは言った。

 

「これで討ち取ったのは、騎馬の青ボコブリンが四匹に、徒歩のボコブリンが四匹……」

 

 ゾワッと、テッポの背筋に冷たいものが走った。まだ一匹、倒してない! 騎馬の黒ボコブリンは何処(どこ)に行った!? そう思った瞬間、彼女は半ば反射的にその首刈り刀を腰から抜いて、咄嗟に頭上に掲げた。

 

 直後、彼女の両腕に凄まじい衝撃が伝わった。耳を貫く甲高い金属音がし、魔物の叫び声が聞こえた。

 

「ぶぎぃいあぁっ!」

 

 醜悪な叫び声を上げてテッポの背後から槍を振り下ろしたのは、ひときわ体格の立派な、竹炭のように真っ黒なボコブリンだった。

 

 白と茶のまだらの馬に跨った魔物は、最初の一撃が防がれた後、その場に立ち止まることはしなかった。魔物はそのまま前方へと駆け抜けて、鋭く馬首を返すと、今度はテッポの正面から突進してきた。その槍はどこで拾ったのか、立派な造りの騎士の槍だった。あんなもので突かれたらひとたまりもない。やっかいね……テッポは舌打ちをした。

 

 バナーヌの叫ぶ声が聞こえた。

 

「テッポ!」

 

 バナーヌは二連弓から矢を放った。それは正確に騎馬ボコブリンへ飛んでいった。だが、魔物はクルクルと騎士の槍を回転させると、矢を叩き落としてしまった。

 

 テッポはそれを見て、思わず毒づいた。

 

「ちっ、厄介な奴ね……いいわ、やってやろうじゃない!」

 

 戦意を漲らせて、テッポは首刈り刀の(つか)を握り締めた。テッポは立ち上がると、構えを取った。この距離と相対速度では、爆弾はもはや役に立たない。刹那(せつな)の攻防、決死の接近戦こそが、自分の運命を拓くただ一つの道だ。テッポは覚悟を決めた。

 

 両者の距離が見る見るうちに縮まった。テッポの目に映る騎馬ボコブリンの姿がみるみるうちに大きくなった。血管を浮かべ、目を血走らせ、口から泡を吹いている馬が見えた。目を赤く光らせ、ピタリとこちらの心臓に向けて槍を構えているボコブリンが見えた。倒せるかしら? テッポはふとそんなことを思った。倒すのよ、とテッポは思い直した。

 

 その時だった。テッポの背後から、気迫のこもった声が響いた。

 

「テッポ殿、伏せてください!」

 

 即座にテッポは地面に腹這いになった。その頭上を、なにかが飛び越えていった。それは影だった。空中で影が叫び声を上げた。

 

「でやぁああっ!」

 

 その影は、長く繊細な造りをした大太刀(おおたち)を構えていた。影は正面から突進してくる騎馬ボコブリンに飛び掛かると、その次の瞬間には、騎乗者の胴を水平に真っ二つに斬り裂いていた。影の顔面に装着された白い仮面に、魔物の体液がびちゃりと音を立ててかかった。仮面には涙目の逆さ紋様が刻まれていた。

 

 テッポが叫んだ。

 

「モモンジ!」

 

 影は、モモンジだった。モモンジは風斬り刀を脇構(わきがま)えに構えると、テッポに向かって深々と頭を下げた。彼女は言った。

 

「テッポ殿、モモンジがお迎えに参上しました! ですが、まだまだ敵がこっちに来るようです。ここは私にお任せください!」

 

 遠くからまた新手の騎馬ボコブリンがこちらへ駆けてくるのがテッポに見えた。モモンジが自信満々な声で叫んだ。

 

「さぁ、魔物共! 密林仮面剣法『オド・ルワ』の正統継承者、モモンジが相手をつかまつるわ!」

 

 戦いは、ますます混迷を極めつつあった。




 密林仮面戦士オドルワさんって、言うほど剣技凄いですかね? 変な踊りをして虫を呼び出すくらいしか特技がないような……(暴言)
 モモンジの活躍はまた次回ということになってしまいました。今回はバナーヌとテッポを久しぶりにたっぷり書けて満足です。

※加筆修正しました。(2023/05/11/木)
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