この世に不死なるものは存在しない。シーカー族のあの有名な問答、「生あるものは、必ず死す。形あるものは、必ず砕けん」を引くまでもなく、我々は不死という観念が単なる
例えば、女神から直接その血を受け継いだかのように美しい
もしくは天才の手になる素晴らしい彫刻があって、それが「きっと一万年の長きにわたって、いや、この世が終わるまで、ずっと人々を魅了し続けるだろう」と思われるほどの作品であっても、しかしそれもいつか人々から忘れ去られ、風化し、欠けて、崩れ去る。彫刻は、あるいは地の奥底に埋もれ、あるいは魔物の拠点の礎石となってしまう。
このことを理解せずに命知らずで無謀な行動をする者を、我々は狂人や愚か者と呼ぶ。ロクな装備なしに峻険な岩山に挑み、命綱なしで垂直の岩肌を登る者を、我々は勇気ある者とは言わない。そうではなく、その者は思慮がなく、無謀であり、狂っているという。その者が「自分はこの程度のことでは決して死なない、私は不死なのだから」と思い込んでいるのならば尚更である。単なる思い込みで命を懸けてしまう者は、成し遂げることがどれだけ偉大であっても、愚か者であるという
だが、人は何事にも例外を設けたがるものである。不死の観念を抱く者は「例外なく」愚か者であると言ったその口で、別の者を「類稀なる者」として称賛するということを、我々人間は何の躊躇いも疑問もなくやってのける。
我々が称賛するその者とは、兵士である。兵士の無謀は大胆であり、兵士の無思慮は勇敢であり、兵士の抱く不死の観念は狂気の産物ではなく、鍛えられた強靭なる精神のあらわれであると、我々は考えがちである。
その兵士とて、兵士になりたての頃は我々となんら変わりない。恐怖と怯えと強がりがごたまぜになった、ちょっと押されれば脆くも崩れて去ってしまいそうな、そういう
そのうち、初陣の時には震えていた彼の足も、場数を踏めば力強く地を踏み締めるようになる。恐怖に萎えていたその腕も、そのうち鋭い必殺の一撃を繰り出せるようになる。
それは、彼が単に戦場という非日常的空間と、それが醸し出す異常な雰囲気に慣れたからではない。またそれは、彼が戦列を組み、盾を掲げ、槍と剣を振り回すことに熟達したからではない。そうではなくて、「俺は決して死なない」という不死の観念を抱くようになったからこそ、彼は戦えるようになったのだ。兵営にいて教育を受けていた頃には「戦場に出れば俺はすぐに死ぬ」と怯えていた精神は、浴びた血潮の生臭さと敵の肉と骨を斬る不気味な感触を数多く味わうことによって変容する。
林立する敵の刃、
兵士は真っ先駆けて突っ込んで、喚き叫んで剣を振るい槍で突き、前へ前へと敵陣を突破する。やっぱり死なない! 今日も俺は死ななかった! そうだ、死ぬはずがない! なぜなら、こんなことで俺が死ぬはずがないのだから!
兵士がこのように考えるのに、さしたる理由はない。偶然と偶然が組み合わさり、無数の「たまたま」が積み重なっただけのことを、人は特別に「奇跡」という名前で呼ぶ。兵士の考えていることはそれと似ている。隣にいる戦友が流れ矢で脳天を撃ち抜かれて戦死したり、敵の砦から落とされた大岩が自分の数センチ脇のところをかすめたり、不覚をとって敵に斬り殺されそうになったその瞬間に味方の助けが入ったり……これら全ては単なる偶然なのであるが、兵士はそれを己の不死性の証明であると考える。「女神様の奇跡が俺には備わっている」と彼は考える。
かくして兵士たちは今日も明日も、これまでと同じように死へ向かって突撃する。それは本質的には命綱なしで岩山に登るのと同じである。それにもかかわらず、不可解にも我々は、その死への跳躍を羨望と感謝の念を持って眺めずにはいられない。
しかしながら、兵士たちの不死性を木っ端微塵に粉砕するものもまた、この世には存在する。
それは、罠である。
たとえば落とし穴という罠がある。巧妙に地面に隠された悪魔の口は、何も知らぬ兵士を突然飲み込み、意地汚く咀嚼する。穴は垂直に深く掘られていて、底面には竹や木で出来た鋭い杭がギッシリと植えられている。落ちたら最後、華々しさとは対極の無惨な最期を遂げることになる。
あるいは毒を含んだ井戸という罠がある。灼熱の太陽と炎熱の大気に焼かれ、疲れ果てて遠路を越えてきた兵士たちが、打ち捨てられた村に辿り着き、井戸を見つける。指揮官の制止も聞かず、兵士たちは群がり寄って井戸に集り、
ハイラル王国の歴史において、罠が究極の進化を遂げた瞬間が存在した。それは地雷であった。
それまでも火薬は、火砲や火攻めといった戦法に用いられていた。扱いに繊細さと慎重さを要するこの魔法の粉は、それまで戦闘の一局面においてのみ用いられていた。火薬は、危険であるには危険であるが、剣や矢が殺すほどには人を殺さない。そのように考えられていたので、火薬は戦場においては端役としての役割しか与えられてこなかった。つまり火薬は、添え物に過ぎなかった。
そんな火薬を、地雷という無言の殺戮兵器に作り替えた者たちがいた。それは魔物ではなく、悲しいかなハイリア人であった。ハイリア人が同じ血を持つハイリア人を効率よく殺すために、火薬の新しい使い方を生み出したのだった。
ある王の御代、アッカレ地方を治めていたある貴族が、身の程知らずにもハイラル制覇の野望を抱き、中央ハイラルへ侵攻する軍勢を興した。反乱軍は王国防衛の一大拠点たるアッカレ砦に殺到した。王国の討伐軍主力が到着するまでに砦を攻め落そうと、反乱軍は一ヶ月に渡って
結局、攻め落とすことは叶わなかった。逆包囲される危機が生じた反乱軍は、奥アッカレの渓谷地帯へと退却せざるを得なかった。ここに至って登場したのが、地雷だった。
それまでにも反乱軍は火薬を用いた戦法を多用していた。現在見られる難攻不落そのもののアッカレ砦とは異なり、当時はそれほどの築城がなされていたわけではなかった。それでもその地が天然の要害だったこともあり、戦術的常識で言えばアッカレ砦攻略には数万単位の兵力が必要とされていた。反乱軍にそれだけの兵を集めることは到底不可能だった。
反乱の首謀者にして指揮官たるその貴族は、兵力不足を火薬によって補おうとした。彼は秘密裏に火砲を調達し、また、ゴロン族から坑道掘削と爆薬製造の技術を取得して、新戦術によって不利を覆そうとした。
誤算だったのは、その年の異常気象であった。雨の少ない時期を狙って侵攻した反乱軍であったが、季節外れの猛烈な雨に見舞われ、また激しい落雷にも悩まされて、彼らは火薬を有効に用いることができなかった。城攻めは失敗した。討伐軍の騎兵部隊に逆襲された反乱軍は、元の領地すら失って奥アッカレで持久戦を行わざるを得なくなった。
奥アッカレに戦線が移動した頃には、天候は回復していた。反乱軍は森や谷にありとあらゆる罠を仕掛けて、討伐軍の来襲を待ち構えた。
かくして、ハイラルの戦史において最も陰惨な戦いが始まった。そして、猛威を振るったのが地雷だった。
戦後にハイラル王国が地雷製造に関するすべての記録を抹殺したため、今日の我々が参照できる情報は極端に少ない。だが、従軍した兵士の手記には地雷の記述がいくつか残されている。それらを総合すると地雷の構造は以下のようになる。
初期の地雷は至極単純な構造をしていた。木製の箱を用意し、導火線を箱の蓋の裏側に取り付ける。人が蓋を踏むと、導火線が火薬に接して爆発する。製造コストは安く、設置にも手間はかからない。欠点だったのは、導火線を用いている以上、踏まれずともいつかは爆発するという点で、犠牲者を数多く出した討伐軍は、
末期になると反乱軍は、新たな地雷を作り上げた。一度埋設すると、踏まれるまでは爆発しないという地雷であった。その新型の地雷は、貴重な出土品である古代の部品を発火機構に用いていたとも言われている。一発の単価は従来型よりも跳ね上がったが、その戦術的効果は甚大だった。
新型が登場した頃には、反乱軍はドクロ岩に設けられた最後の拠点で絶望的な篭城戦を繰り広げていた。反乱軍は火砲と地雷を有効に用いて、その後一年間に渡って抗戦を続けた。最終的に首謀者が病死し、生き残りが投降したことによって戦闘は終結した。
討伐軍のある兵士は以下のように書き残している。
「……私は兵士であることを誇りに思っていたし、それまで敵を恨んだこともなかった。同じ兵士として敵に敬意すら抱いていた。だが、この戦いを経て私は変わった。いや、私たち全員が変わった。地雷という卑劣な戦法を躊躇なく用いた敵を私たちは憎悪した。それと同時に、私たちは今まで
地雷がなぜ兵士の不死性を破壊したのか。それはまさに、地雷が偶然そのものだったからである。たとえ設置者が殺意と悪意のもとに罠を仕掛けたとしても、地雷そのものには殺意もなく、悪意もない。地雷はただそこに存在し、ただ傷つけ、ただ殺す。偶然という機会を得れば、地雷は感情もなく爆発する。
兵士は、これまで無数の偶然を経験して生きてきた。己を生かし、功績を挙げさせてきたその偶然を、兵士は我が友とも思い、我が救いであるとも考えていた。どんな偶然も、結局はすべて俺に味方する。他の誰が偶然に殺されても、俺だけは偶然に愛されている。あたかも街一番の高慢な美女が、他の男にはつれなく冷淡な態度を見せていても、俺にだけは微笑むように……
地雷は、その甘い思い込みを一変させた。地雷を踏んだ兵士は、ほかの何でもない、偶然によって殺されるのだった。俺は偶然を愛していたのに! 偶然は俺を愛してくれていたはずなのに! 友だったはずなのに! 俺は裏切られた! 無実なる俺は偶然に裏切られた!
信じていたものが崩れ去る。愛されていたはずなのに、本当は愛されていなかったという現実が突き付けられる。抱いていた不死性はただの思い込みだった。己の脆弱な精神性をかろうじて
己が不死であると信じていたからこそ、兵士は死の庭を歩き回ることができた。その信念を失えば、彼はもう二度と以前と同じように歩けない。兵士は精神的に
この戦いの後、地雷はハイラルから姿を消した。地雷は戦術の邪道とされた。その記録がすべて抹殺されたのは前述のとおりである。その後もイーガ団がテロリズムとして地雷を用いることがあったが、それも数えるほどでしかなかった。当のイーガ団もアジト攻防戦に投入した形跡はない。王国の情報統制が奏功したのであろうか……?
いや、そうではあるまい。おそらく、人々は理解したのだ。地雷が人間の肉体をどれだけ残酷に損壊するのか、またそれ以上に、どれだけ人間性を破滅へと追いやるのかを、人々は知ったに違いない。
不死なる観念を持つことは罪ではない。それは生きる原動力であるともいえる。罪なのは「自分はこれからも生きていける」という希望を、問答無用に奪い去ることである。地雷はその罪の象徴だった。
かくして、地雷という罠は消えた。だが、罠そのものは消えない。偶然を武器とする罠そのものは、今もなおこの世に存在する。
それでも、兵士たちは歩むことをやめない。もはや偶然に愛されていないとは知りつつも、己は不死ではないと知りつつも、兵士たちは
彼らはもはや兵士ではない。今や彼らはそれ以上の存在である。恐れを知りつつも恐れに立ち向かうもの、それを戦士という。
☆☆☆
バナナ輸送部隊の指揮官たるサンベの性格的な特徴としては、鬱屈、極端なまでの上昇志向、そしてなにより、強固な不死の観念が挙げられるだろう。
彼はイーガ団員でありながら、イーガ団で生を受けたわけではなかった。彼はイーガ団に祖先を持たなかった。彼は捨て子だった。両親の顔も名前も彼は知らなかった。
先代のフィローネ支部長が、ある任務の帰りに密林を歩いていたところ、朽ちた大木の中から小さな泣き声が漏れてくるのを聞いた。彼が見てみると、汚物と泥で茶色く汚れた産着に包まれた、生後数週間も経っていないと思われる赤子がいた。あまりにも赤子は醜かった。一瞬、先代はサルの赤子かと思った。
ウオトリー村の人間が、望まれない子をフィローネの密林に「おかえしする」ということはよくある。この赤子もそのようなものだろうか? 先代は捨ておこうかとも思ったが、彼は直前の任務で多くの人間を殺し、生命の儚さを思い知っていたところでもあった。彼はその子を連れて帰って育てることにした。
その子はサンベと名付けられた。サンベは時には病気も怪我もしたが、それ以上に元気よく健康に育った。サンベは、勉強はまったくできなかったが、戦闘技術は存分に習得した。十歳の頃に彼は初陣を迎えた。それ以降、彼は先代支部長の
ある時、サンベは、輸送馬車の護衛隊員としてカルサー谷へ行った。初めてサンベが見た本部は、豪華で、豊かで、華やかだった。今の総長である若かりし頃のコーガ様にも親しく声をかけられて、サンベはすっかり舞い上がってしまった。サンベはカルサー谷に憧れるようになった。彼は、カルサー谷のためには命を捨てても粉骨砕身努力しようと思った。
彼の性格がねじ曲がってしまったのは、数々の不幸な事情が重なってしまったためだった。
第一の不幸は、先代のフィローネ支部長が
サンベが成人してしばらく経った頃、カルサー谷は突如、フィローネ支部へ命令を発した。「フィローネ支部は部隊を編成して、カカリコ村へ奇襲攻撃を行え」と言うのである。密かにシーカー族の隠れ里に侵入して、族長の屋敷を焼き払う作戦だった。
先代支部長は準備不足を理由に作戦を延期させようとした。だが、結局は押し切られる形で作戦は実施された。滅多にないことに、支部長が攻撃部隊を直接指揮することになった。サンベも作戦要員として選抜された。彼自身は無邪気にも成功を信じていたが、支部長の顔は暗かった。
結果は、大失敗だった。準備不足ということもあったが、それ以上にシーカー族の迎撃が的確かつ効果的だった。里に近づく遥か前に攻撃部隊はシーカー族に捕捉された。彼らは散々に悩まされ、散々に討たれた。数多くの隊員が傷つき、倒れ、逃げ惑った。
先代支部長も重傷を負った。サンベは先代を背負って逃げた。だが、ようやく一息つけるところに到達したところで、サンベは先代の息がとっくに絶えていることに気付いた。敗残という恥辱と、なにより育ての親である先代の死という深い悲しみを抱いて、サンベは泣きながらフィローネ支部に帰った。
帰ってしばらく経った頃に、サンベは妙な
先代はカルサー谷に殺されたも同然だ。そう知ってサンベは、悲しみを憎悪に転化させた。いつかカルサー谷に復讐してやる。今は隠忍自重しつつフィローネ支部で力を蓄えて、将来はカルサー谷の本部に総長として君臨し、この陰謀の首謀者たちに然るべき報いを与えてやる。気の遠くなるような道のりだが、必ず成し遂げてやろう。それが亡き先代の望むことでもある……
だが、もう一つの不幸が彼を襲った。それは、フィローネ支部で彼が孤立してしまったことである。そもそもイーガ団は実力主義を
サンベは捨て子であったところを先代に拾われた。普通、単なる捨て子ならば一生下っ端のままか、下級幹部になるかがせいぜいのところであった。だが彼は、先代支部長という強力な後ろ盾を有していたために、
サンベは、次第にフィローネ支部そのものに
ダラダラと日々を過ごし、何事にも手を抜いておきながらも、サンベの上昇志向だけは消えなかった。彼はあらゆる任務に名乗りを挙げ、熱烈に参加を表明しつつ、だが任務そのものを誠実に果たそうとする努力は欠かすようになった。そんなわけだから、支部の中では「サンベの参加する作戦は
このようなやる気のない態度で戦いの場に出れば、普通は数年も経たずして死ぬことになる。だが、サンベは強運に恵まれていた。そう、彼の三つめの不幸とは、運が強すぎることだった。思えば先代が戦死したあの作戦でも、彼は傷一つ負うことなく生還した。彼はその後も大きな負傷をすることなく、今日まで身を保っていた。
そういうわけで、サンベは四つめの不幸を抱え込むことになった。それは、彼が頑固なまでの「不死の観念」を抱くようになったことだった。「何をやっても死なない、努力しようがしまいが関係ない。修行も学問も意味がない。俺はどうせ死なないのだから」 このような考えを持つに至って、彼は自己革新の機会を放棄してしまった。新たに赴任してきた幹部であるハッパが、「お前はもっと変わらなければならない」と言っても、サンベは余計なお世話だと
サンベという男について要約すれば、彼は、カルサー谷を恨んでいるがカルサー谷に君臨する夢を捨てきれず、フィローネ支部で孤立しながらもフィローネ支部から抜け出ることはできず、上昇志向を持ちつつもそのための努力はせず、「どうせ死なないから」と思っているゆえに自分を変えることすらしないという男であった。サンベの性格はまことに屈折していた。
「ウッホ……」
そんなサンベは今、ハイリア湖南岸の小高い丘の中で、最大ともいえるような危機に直面していた。
その日の午後、状況を打開するために何かをするでもなく、タコツボにこもってボンヤリとしていたサンベは、突然頭上から投げかけられた言葉に意識を覚醒させた。言葉の主はヒエタだった。
「指揮官殿、朗報ですぜ」
ヒエタは話し始めた。聞けば、先ほど高原の馬宿の宿長ジューザが到着し、代替馬を連れてきたということだった。
サンベは狂喜した。その朝まで腹痛に呻いていたとは思えぬほどの喜色を彼は示した。
「見ろ、やはり俺はツイている! 何もせずとも状況が勝手に好転するんだ、ガハハ! これも
サンベも内心、一時はどうなることかと思っていたのだが、彼はそれをおくびにも出さなかった。
ヒエタはそれに反応せず、淡々と言葉を続けた。
「それで、話はそれだけではなくてですな……次の作戦について話がありまして……」
次にヒエタから告げられたことに、サンベは露骨に眉をしかめた。それはあの金髪碧眼のカルサー谷の女団員、バナーヌからの伝言だった。伝言によれば、「薄暮を期してこの目の前にある丘を攻略する」とのことだった。バナーヌたちは別方向から攻撃するから、サンベたちも同時に出撃して欲しいとの要請であった。
ヒエタは言った。
「テッポと、モモンジと、あのバナーヌが三人で南側から攻撃するそうです。俺たちも時間を合わせて丘に突入しろと、それがあの娘っ子たちからの注文でして」
サンベは疑問の声を上げた。
「おい、ちょっと待て。三人だと? ヒコロクはどうした、ヒコロクは」
ヒエタは答えた。
「あれ? 言いませんでしたっけ? ヒコロクの奴、アラフラ平原で重傷を負って戦線離脱だそうですよ」
サンベは少しばかり
「なっ、なんだと!?」
ヒエタはなんということはないというふうに答えた。
「まあ、そんなに心配しなくてもいいですよ。命に別状はないらしいですから」
サンベは憤然として言った。
「誰もヒコロクの心配なんてしてねぇぞ! まったく、ヒコロクは口ほどにもねぇな。使えねぇ野郎だ……それにしてもどうしたものか……」
戦術的な常識からすれば、バナーヌの作戦計画は至極真っ当である。本来ならば断る理由などない……だが、サンベは渋った。魔物を恐れるわけではない。たしかにここ数日、あの丘の魔物は弓矢でこちらを大いに悩まし、馬を傷つけ、自分をタコツボに押し込めてしまった。
それでも本気を出せば一掃することは容易い。今までは代替馬が手に入るか気を揉んでいたから動けなかっただけだ……考えつつ、サンベは言った。
「だが、あのバナナ女の言いなりで動くってのがどうにも気に入らねぇんだよな……」
カルサー谷の、それも下っ端の言うことなど聞けるか。仮にこの作戦が成功したとしても、アイツの手柄になってしまっては
渋るサンベにヒエタが言った。
「しかし、指揮官殿、いつまでもここでウダウダとしてるわけにもいきませんぜ。遅延はそろそろ許されないくらいになってます。積んでるバナナだって青から黄色に
サンベは叫んだ。
「うるせぇな、
ヒエタはわざとらしく手で口をおさえた。
「おっと、口が滑りました。とにかく、ここは発案者が誰であれ、とっとと目の前の丘を攻略して魔物を排除しないといけませんぜ。それに、指揮官殿が丘の頂上に真っ先に辿り着いたら、貢献度だって第一ってことになりませんか? いくら娘っ子共が強いと言っても所詮は女ですから。指揮官殿が本気を出せば及ぶところではないでしょ」
サンベは少し唸った。
「うむ……そうかな。そうかも……」
ヒエタは言った。
「それに、俺も指揮官殿と一緒に行きますし」
サンベはまた大きな声を上げた。
「当たり前だ! 指揮官だけを戦わせるイーガ団員がどこにいる……! よし、決めたぞ! 薄暮を期して丘を攻撃する! 魔物共は皆殺しだ! ヒエタ、俺の武器を磨いておけよ!」
ヒエタは言った。
「はいはい。そんで、指揮官殿はこれから日没まで何をするんです? 偵察はしますか?」
サンベは答えた。
「俺は英気を養うために少し寝る! ヒエタ、お前が偵察に行ってこい!」
ヒエタは露骨に嫌そうな声を上げた。
「ええー……」
そんなこんなでサンベはたっぷりと昼寝をした。日没頃に、彼はヒエタを引き連れて出陣した。その手にはピカピカに磨かれた鬼円刃とエレキロッドがあった。
三人の
「頑張れー、ご武運をー」
「胃腸薬は飲みましたかー。もし腹を下したら、その時はヒエタに頼るんですよー」
「ちゃっちゃっと終えて帰ってきてくださいよー。うちらは指揮官たちがいないと丸裸なんですからねー」
サンベとヒエタは丘に侵入した。折からの雨でサンベたちの行動は秘匿されていた。街道側の射撃台にいた魔物たちも、ちょうど交代の時間だったのか一匹も姿を見せなかった。ヒエタは「魔物がいないというこの機会を活かして、馬車を出してしまえば?」と提案した。だが、サンベは
通路は狭く、人が横に並んで歩けるだけの幅はなかった。要所要所に盾が置かれており、
ヒエタが言った。
「魔物ども、ずいぶんと手が込んでますな。一丁前に罠まで仕掛けてやがるし……それにしても、姿を一切見せないのが不気味だ。指揮官殿はどう思いますか?」
サンベが答えた。
「そんなこと、知るかよ。ちょっと知恵のある奴がいるだけだろ。それともまさか、ヒエタお前、ビビってるのか?」
ヒエタが言った。
「ビビっちゃいませんがね、なんかこう、誘い込まれてるような気はしますね」
サンベが大きな声を出した。
「それをビビってるって言うんだよ! まったく、どうして俺の部下はみんなこう使えねえ奴ばかりなんだ……」
侵入してから数十分後、予想外の出来事が起こった。
サンベは甲高い声を張り上げた。
「おい、ヒエタ! くたばってねえだろうな!?」
ヒエタの声はいつも通りだった。
「大丈夫ですよ、なんともないです……あっ、コラ、やめろ! 畜生、敵が出てきた! 応戦します! 指揮官殿は俺に構わず先に進んでください!」
岩の向こうからボコブリンの醜悪な鳴き声と、
「まあ、ヒエタなら大丈夫だろ、たぶん」
あっさりとサンベはヒエタを捨て置き、先に進むことにした。どうせ後から追いついてくるだろうし、それにグズグズしていたら女どもに先を越されてしまう。特にあの小娘のテッポに先んじられるわけにはいかない……彼は通路を進んだ。
すると、彼の目の前の地面に黄色いバナナがポツンと落ちていた。
「ウッホ……」
サンベは思わずサルのような声を上げた。のみならず、彼はウキウキとした足取りでそれに近づいていった。
フィローネではバナナなどはありふれていて、普通の支部の人間ならば間違ってもバナナを見て「ウッホ」などとは言わない。しかし、サンベはバナナジャンキーであった。
「ウッホ」
「ウホッ」
「ウホホッ」
バナナは数メートルおきに置かれていた。明らかに何者かによって誘導されているのに、サンベはそれに気付かなかった。
そして、彼が上り坂の頂上に置かれたバナナに近づき、手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
反対側の斜面に、妙な人間がいた。その者は白いシーカー族の忍び装束を身に纏っていて、ボコブリンの顔を模した不格好なマスクを頭に被っていた。
その人間は、坂の頂上に姿を現したサンベに向かって、何かを横薙ぎに振るった。
サンベの口から言葉が漏れた。
「ウッホ……なに!?」
その何かは、雨に濡れた
☆☆☆
バキバキッと破壊音がして、坂の上に積み上げられていた木箱の山が粉砕された。バナーヌ、テッポ、モモンジの三人は、三者三様の叫び声を上げた。
「あっ」
「ああっ!」
「あああっ!!」
奥から姿を現したのは、巨大な丸い岩石だった。岩石は猛スピードで転がり落ちてきた。もう一回も瞬きもしない間に、岩石は三人を圧し潰すだろうと思われた。
しかしバナーヌは慌てなかった。
「ふんっ!」
バナーヌは瞬時にパワーブレスレットとヘビーブーツを装備すると、突進してくる岩を真正面から止めた。
目を瞑っていたテッポは、おそるおそる目を開けた。彼女は自分たちが無事であることに気がつくと、放心したように言葉を漏らした。
「た、助かった……ていうか、バナーヌ!? あなたどうやって岩を止めたの!?」
モモンジも驚きの声を上げた。
「ふええ……死ぬかと思った……ていうかバナーヌ先輩って怪力なんですねぇ……まさか岩を受け止めるなんて。あ、もしかしてあれですか!? バナーヌ先輩には伝説のゴリラパワーが備わってたりするんですか!? 禁じられた力のゴリラパワー!」
そういえば、二人にはまだパワーブレスレットとヘビーブーツを見せていなかった。だが、バナーヌは説明しなかった。
「待って、話は後で」
正直、彼女としてもモモンジのゴリラパワー云々には反論したいところだった。だが、今はやるべきことがあった。岩は雨で濡れていたが、持ち上げられないほどではなかった。バナーヌは手と腕に力を込めると、それがあたかも空の大樽であるかのようにヒョイっと持ち上げた。
「ブキッ?」
持ち上げた巨岩の先には、竜骨ボコ槍を構えた青ボコブリンがいた。
「あっ」
一瞬の間、沈黙があった。その後に響いたのは、魔物の叫喚だった。
「ブキィイイ!」
巨岩を受け止め、持ち上げるというバナーヌの予期せぬ行動に驚いたのか、はじめボコブリンは頭の上に「?」を浮かべて困惑する様子を見せていた。だが魔物はすぐに気を取り直し、一直線に勢いよく、その
岩を抱えているバナーヌは一切身動きができなかった。それを救ったのはテッポだった。
「危ない!」
テッポはバナーヌの
「テッポ! ありがとう」
テッポは言った。
「バナーヌ、ここは私に任せて! ていうかバナーヌは何もしないで! もしあなたが岩を落っことしたら、私死んじゃうから!」
バナーヌは頷いた。
「分かった」
テッポは言葉を繰り返した。
「いい? 落とさないでね!? 絶対に落とさないでね!?」
バナーヌはまた頷いた。
「大丈夫、落とさないから」
その時、後方でも声が上がった。それはモモンジだった。
「テッポ殿、バナーヌ先輩! 後ろからも敵が来ました! 私が迎撃します!」
直後に魔物の叫び声が響いた。どうやら、三匹か四匹はいるようだ。バナーヌはそう推定した。
それにしても、魔物のくせに凝った作戦を組み立てたものだ。バナーヌは内心で舌打ちした。魔物も時には作戦らしきものにのっとって戦闘行動をとることがある。ボコブリンが二匹一組になり、一方が囮になって他方が主攻を担当するとか、モリブリンがボコブリンを投げて距離を急速に詰めたりだとか、リザルフォスが退却するフリをして得意の水場に誘い込んだりだとか……そういう作戦をとることはある。
だが、このような二段構えの作戦は今まで体験したことも聞いたこともない。バナナで釣り、岩を転がす。それだけで必殺の威力があるのにも関わらず、なお受け止められるという事態すらも見越して、前後に兵力を配置しておく……
バナーヌは、この魔物の作戦になんらかの違和感を感じた。
まさか魔物の背後に人間がいるのか? その考えに至った時、バナーヌの脳髄は一つの推定を導き出した。あの、アラフラ平原でモモンジとヒコロクを襲ったという謎のシーカー族、顔にボコブリンのマスクを被っていたという、あの謎の人間、それがこの丘にもいて、魔物を手引きしているのだろうか……?
あり得ない話ではない。バナーヌはそう思った。距離的にも時間的にも、アラフラ平原からこちらへ移動してくるのは、途中で昼休みを少し挟んでのんびりと歩いたとしても間に合う。魔物を殲滅したあの戦いを、例の謎の人間がじっくりと見ていたとしても、迅速に移動すれば問題はない。
しかし、そんなことよりも気になるのは、このバナナを用いた罠だ。バナーヌは考え続けた。そういえば、モモンジがアラフラ平原で対峙した時も、謎の人間はツルギバナナを投げつけて気を
知識として「イーガ団がバナナに弱い」ということを知っているだけで、はたしてこのような罠を構築できるだろうか? 実感としてバナナの持つ魔力を知っていなければ、イーガ団員をバナナを用いた罠にかけることなど不可能なのではないか?
まさか? その時、バナーヌの脳裏に閃くものがあった。いや、そんなはずはない。このハイラルの大地でバナナを知っているのはイーガ団員以外にはあり得ないとしても、まさか「イーガ団員がイーガ団員を罠にハメる」など、そのようなことがあってはならない。
ましてや、あの人が?
そう思いつつ、バナーヌはある人物の顔を思い浮かべていた。その人物の顔には、右頬から首筋にかけて醜い傷跡が走っていた。あの娘は、寂しそうな、しかし時折見せるはにかんだような笑顔が印象的だった。個人的な幸せよりも、他者の幸せを達成するためにこそ自身は存在しているとでも言うかのような、危ういひたむきさをあの娘は持っていた。厳しい養成訓練の最中、あの少女と自分は肩を貸しあった……
彼女は、不思議にも魔物と心を通わせることができた。彼女は自分と同じようにイーガ団に
バナーヌは首を振った。そんなはずはない、そんなはずはない! イーガ団は家族、イーガ団は兄弟姉妹。互いに頼り、互いに助け合い、互いに支え合う。だからこそ今まで生き延びてくることができたのだ。それなのに、イーガ団員が同じイーガ団員を陥れるなど、あってはならないことだ!
バナーヌの思考は次第に拡散し、集中力はまとまりを欠いていった。そんなバナーヌを
モモンジが声を上げた。
「……よし、まず一匹! テッポ殿、そちらは大丈夫ですか!?」
テッポは答えた。
「大丈夫よ、モモンジ。こっちはなんとかなってるわ……あっ!……くっ、なかなかやるわね……」
後方にいるモモンジは複数の敵を相手にしていた。彼女が対峙しているのは三匹のボコブリンだった。魔物の手には兵士の剣やこん棒があった。いずれも赤や青色の、取るに足らない実力の魔物たちであった。だが、この狭い通路ではなかなか危険な相手といえた。
モモンジは呻いた。
「くっ、この通路は狭いから……風斬り刀だと戦いづらいっ……!」
モモンジの得物は長大な風斬り刀であった。彼女は決して魔物に
意のままに刀を振るうことのできないモモンジを見て、魔物たちは
そんな魔物たちを見て、モモンジは頭に血が上った。彼女は叫んだ。
「ああーーっ!! もう、じれったい!!」
幸いなのは、敵が通路に沿って縦一列に並んでいることだった。モモンジは風斬り刀を構えて呼吸を整えると、一つ大きな気合いの叫びを上げて、機を見て一気に敵に向かって突撃した。
「おりゃああーーっ!!」
イノシシの突進もかくやというほどの、目にも止まらぬ強烈な一撃だった。魔物たちは断末魔の悲鳴を連続させた。三匹のボコブリンはモモンジの力づくの突進攻撃を受けて、出来の悪いキノコの串焼きのように、各々が中心部を串刺しにされた。数秒も経たずして、魔物たちは肝や牙や爪を残し、黒ずんで風化していった。
モモンジは勝ち誇ったように言った。
「魔物どもめ、思い知ったか! 密林仮面剣法伝承者を
後方の危険は取り除かれた。だが、前方においてはいまだに激戦が続いていた。
テッポは幼い手には余るほどの首刈り刀を器用に操って、前方の青ボコブリンと対等に渡り合っていた。彼女は叫んでいた。
「このっ! いい加減にくたばりやがりなさいっ!」
テッポは敵の槍を、あるいは払い、あるいは
それが体格的に劣るテッポに幸いした。テッポはスキを見て一気に間合いを詰めると、そのままの勢いで対戦者たるボコブリンの首を跳ねた。
「トドメっ!」
魔物が声にならない声を上げた。
「ブッ!?……ブッ……グ……」
筋力の少ないテッポでは、完全に敵の胴体と頭部を切り離すことはできなかった。それでも彼女は、敵の首筋の半ば以上まで斬ることができた。青ボコブリンはブクブクと口から青紫色の体液を吐き出し、数秒後には黒く風化していった。
テッポは胸をなでおろした。彼女は言った。
「よし、これで片付いた……って、危ない!?」
一つの勝利を得たテッポは、しかし安心する間もなく次なる敵の一撃を避けねばならなかった。振るわれた一撃を、テッポは間一髪のところで回避した。斬られた彼女の髪の毛の先が宙に舞った。
青ボコブリンの後ろに控えていたのは、黒いリザルフォスだった。その手には
テッポは独り言ちた。
「新手か……厄介ね……」
しばらく睨み合いが続いた。魔物は目でテッポを威圧してきた。だが、テッポも負けてはいなかった。テッポは叫んだ。
「このっ……舐めんじゃないわよ!!」
テッポは臆さずに距離を詰めて、果敢にも接近戦を挑んだ。打ち合い、受けて、避けて、テッポと黒リザルフォスは決死の戦いを繰り広げた。だが、それも数分の間だった。いくら戦意旺盛とはいえ、幼いテッポの有する体力には限界があった。魔物の
バナーヌはその危険な兆候を見逃さなかった。彼女はテッポに鋭い声を上げた。
「テッポ、下がれ!」
このまま戦ったら、テッポはやられてしまう。その前に手を打たねばならない。そのバナーヌの意図を、テッポは正確に察した。彼女は答えた。
「了解!」
軽やかなバックステップを打って、バナーヌの真正面へとテッポは後退した。次の瞬間、それまで彼女がいた場所に三叉リザルブーメランが振るわれていた。後退が遅れていたら、テッポは
テッポは肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ……」
これまでの数日間で濃密な戦闘経験を積んだとはいえ、テッポが魔物を相手にして一対一で打ち合いをし、勝利するには、まだまだ歳月が必要なようだった。
下げさせて良かった。そのように思うバナーヌに、突如閃くものがあった。バナーヌは叫ぶように言った。
「テッポ、私の下に入れ!」
テッポは答えた。
「分かった!」
テッポは素早くバナーヌの股下に潜り込んだ。それは小柄な彼女ならではだった。モモンジならばこうはいかないだろう。
それを見逃す黒リザルフォスではなかった。魔物は一声叫ぶと、三叉ブーメランの白刃をきらめかせ、岩を頭上に掲げたまま動かないバナーヌへ向かって急速に距離を詰めてきた。
バナーヌは、魔物がそうするのを待っていた。
「ふんっ!」
バナーヌは、持ち上げていた巨岩を無造作に下ろした。黒リザルフォスはそれを避ける間もなく、「グゲッ」と鳴き声を上げて、岩の下敷きになった。
岩の下から魔物の体液がじわりと
「終わったわね……」
バナーヌも一息ついた。
「うん……む?」
岩の下から飛び出ているリザルフォスの手が、ピクピクとわずかに動いていることに、バナーヌは気がついた。
「トドメだ」
バナーヌは再度岩を持ち上げると、またそれを元の場所に戻した。ズシンズシンと音を立てて、彼女はそれを二回繰り返した。魔物の腕が黒く風化するのを見届けた後、ようやく彼女は一連の動作を終了した。
後ろで見ていたモモンジが感心したような、呆れたような口調で言った。
「うっわ……バナーヌ先輩ったらパワフルですね……やっぱり、禁断のゴリラパワーなのかな……」
テッポも言葉を発した。
「相変わらず、バナーヌは魔物相手には容赦しないわね……ともあれ、これで一段落かしら……?」
バナーヌは
三人は少し休憩してから、また暗くて狭い通路を進み始めた。
☆☆☆
バナーヌは静かに口を開いた。
「はじめに断っておくが、あれはゴリラパワーではない」
モモンジが驚いたような声を上げた。
「えっ!? ゴリラパワーじゃないんですか!?」
テッポが言った。
「それはそうでしょう。モモンジったら、何を考えていたの? ゴリラパワーなんてあり得ないじゃない」
モモンジが答えた。
「だって、あんなに大きな岩を正面から受け止めたのですから、それはもうバナーヌ先輩が、あの『フィローネの森に棲む伝説の聖獣ゴリラ』のゴリラパワーを授かってるとしか考えられなくて……」
テッポが呆れたように言った。
「え、嘘っ!? あなた、もしかしてあのゴリラの伝説を信じてたの!? あの話って、どこかの旅行作家が捏造したものらしいわよ。前にお父様からそう聞いたわ」
モモンジが大きな声で言った。
「ええーっ!? あれ、ウソ話だったんですか!? うぅ、なんだか、すごくショックなんですけど……ゴリラ……ゴリラパワー……信じてたのに……」
バナーヌがまた口を開いた。
「……話を進めるぞ」
暗い通路をなお進みつつ、バナーヌは言葉少なに、テッポとモモンジに自分の不思議アイテムについて説明をした。
「……パワーブレスレットとヘビーブーツ。あと疾風のブーメラン。それが私の持つアイテム」
モモンジがいかにも感心したような声を上げた。
「へぇー、バナーヌ先輩って不思議なものをたくさん持ってるんですねぇ。私、そんなものがあるなんてこれまで聞いたことすらなかったです」
二人の会話を聞いていたテッポは、髪をかき上げつつ言った。
「まるで、あの勇者リンクみたいね」
バナーヌは怪訝そうに言った。
「勇者?」
そのように言われるのはバナーヌにとっては初めてだった。テッポはさらに言葉を続けた。
「前に、お父様が言ったのよ。『伝説の勇者は多彩なアイテムを使いこなしたが、実のところはさほど強くなかった』って。『勇者は
バナーヌは答えた。
「なるほど」
テッポが慌てたように言った。
「あっ、もちろんバナーヌのことを言ってるわけじゃないのよ! アイテムを使いこなすのが勇者みたいって言ってるだけで、アイテムがなければ役立たずだなんて言おうとしてるわけじゃないから!」
モモンジがテッポに賛同した。
「そうですよ! バナーヌ先輩はアイテムなしでもすごく強いのは私たちよく分かってますから! 密林仮面剣法を伝授したくなるくらい強いですから!」
テッポも言った。
「そうよ、そう! バナーヌの強さはよく知ってるわ! あなたはアイテムなしでも強い!」
そんな二人の言葉を、バナーヌはやんわりと否定した。
「だが、今回はアイテムに救われた」
そう、今回こそはアイテムがなければ死んでいた。死地を切り抜けたのだという実感がいまさらながら彼女の中に湧いてきた。
バナーヌは、自分が不死であるとは毛頭思っていなかった。まだ背も低い少女の頃から戦いを始めて、そして今に至るまで、彼女は真正面から死を見つめてきた。常に「死ぬかもしれない」という、恐れとも諦観ともつかぬ、いわく形容し難い観念と共に彼女は生きていた。
彼女はこれまでに何度も怪我をしたし、罠にハマったことも多かった。その
なぜ、そうなのか? 彼女には分からなかった。自分自身がそこまで強靭な精神をしているとは彼女は思わなかった。それでも彼女は、死を意識しながらも死地を恐れはしなかった。
なんとなく、バナーヌは「この程度は」と思っていたりもした。遠い遠い過去、気の遠くなるほど過去に、死などどうということもないと思えるようになるほどの体験をした気がする。十歳ごろにイーガ団に連れてこられ、それからずっとイーガ団で生きてきた自分に、そのような体験があるわけはないのだが……だが、彼女はそんな気がするのだった。
罠はある。この先も、きっとあるだろう。ならば、それを踏み破れば良いだけだ。もしかしたら、いつか死ぬかもしれない。でも、死なないように手を打つことはできるはずだ。やれるだけのことをやってから、死を受け入れれば良い……彼女はそう考えていた。
不死なる兵士は存在しないが、生き抜こうとする戦士になることはできるのだから……
彼女たちは口を閉ざすと、しばらくの間、先へと進み続けた。また上り坂になっていた。今度はバナナなどは置かれていなかった。
それでも、三人の心にきざした疑念は強いものだった。バナーヌが言った。
「怪しい」
テッポが頷いた。
「怪しいわね。何かありそうだわ」
モモンジも頷いた。
「坂を登りきったところで何かが待ち構えてるとか、また岩が転がってくるとか、そういうのがありそうですよね」
しばらく相談してから、三人はそろりそろりと気配を消しながら坂を登っていった。
雨は止まず、それどころかますます強くなるようだった。闇は一層深まり、特別な訓練を受けた人間でなければ一歩も動けないほどになっていた。
先頭を歩くのはバナーヌだった。彼女は坂の頂上にたどり着くと、無防備に上半身を晒した。
ビュンと音を立てて、闇の中から何かが飛来した。
鈍い音を立てて、バナーヌの豊かに膨らんだ胸に一本の矢が突き刺さった。
テッポ「イーガ団は兄弟! イーガ団は家族!」
バナーヌ「嘘を言うな」
明けましておめでとうございます。今年一年の読者の皆様のご健康とご活躍を心よりご祈念いたします。
なんとか大晦日の間に書き上げることができました。投稿はキリが良いので元旦の0時となりましたが。何しろ大急ぎで書いたものですから、後から修正を加えるかもしれません。8時間で1万8千字書くとは思ってもみませんでした……
2020年も『ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック』をどうぞよろしくお願いします。
今年一年もゼルダの伝説シリーズがますますの発展を遂げますように!
※追記 ブレワイ二次創作の新シリーズを始めました。『ハイラルぐでぐで紀行』もどうぞよろしく!
※加筆修正しました。(2023/05/20/土)