ゼルダの外伝 バナナ・リパブリック   作:ほいれんで・くー

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第五話 逃げ出した者

 黎明(れいめい)のゲルドの空に意気揚々と赤い太陽が躍り込むと、夜の冷気はすごすごと退却した。これから日没まで、砂漠は灼熱の大気と凶暴な太陽光に支配される。生命力のなき者、知恵のなき者、忍耐のなき者……こういった者たちは、砂漠の不夜城ゲルドの街に辿り着くことはできない。もっとも、辿り着けたところで掟によりヴォーイ()は街に入れない。だから、男の旅行者たちはせいぜいカラカラバザールへ行って、何となく異国情緒を楽しみ、何日かを無為に過ごしたあと、疲労した体を引きずって砂漠から去っていくのが常であった。

 

 ゲルドキャニオン馬宿は、長いゲルドキャニオン本道を踏破して、それから広いゲルド砂漠へ挑戦する者たちにとっての、いわば中間地点であった。ハイリア人、ゲルド族、ゴロン族、リト族など、様々な人々が集まり、大量のルピー、食料、物資、武器、交易品、宝石、貴金属、馬匹(ばひつ)、スナザラシ、そして何よりも貴重な情報が取り引きされていた。ハイラル各地のどの馬宿も、ゲルドキャニオン馬宿と状況はほぼ同じであった。馬宿には人が集まり、(いち)が開かれ、情報が交換される。

 

 このような重要地点をイーガ団が放置しておくはずはなかった。イーガ団は一般人に紛れ込ませる形で、馬宿に常駐する連絡員を派遣していた。

 

 情報収集は重要な任務である。しかし、イーガ団員において、馬宿に派遣されることは一種不名誉なこととされていた。下級団員たちは、戦闘員として前線に立たず安穏と日々を送る連絡員に羨望と嫉妬と憎悪を抱いていた。また、幹部たちは、連絡員が情報に触れ過ぎることで余計な知恵をつけ、「イーガ団よりも良い世界がある」と考えて出奔(しゅっぽん)するかもしれないと危惧していた。事実、馬宿の常駐連絡員の出奔率は、他の部署に比べて高かった。

 

 出奔、脱走、抜け忍……そのいずれもイーガ団においては最大級の(ばつ)が与えられる罪である。イーガ団が結成された直後の時期は、団の規律を維持するために、極端なまでの厳罰主義が採られていたという。たとえば仲間殺しは、殺された仲間の遺族による(のこ)引き刑と決められていた。命令不服従は、(ひたい)へバツ印の焼印をしたあと、斬首して晒し首にされた。横領は、錆びた刀による斬首とされた。そして、出奔、脱走、抜け忍といった罪を犯した者は、地の果てまで捜索され、追い詰められて捕縛された。脱走犯は総長と全団員の前ですべての衣服を脱がされて晒し者にされたあと、モルドラジークに踊り食いされたという。ちなみに盗みは、軽微なものならばお咎めなしで、むしろ忍びとしての才覚があると褒められ推奨されることが多かったといわれている。

 

 今のイーガ団はかつてほどの厳罰主義ではない。罰としては、訓戒、謹慎、禁錮、強制労働、死刑、この程度に過ぎない。それらに加えて、コーガ様が自ら考案した()()()()()()()がある。だが、出奔者に対する罰はというと、それは昔と変わらず死刑である。さすがにモルドラジークによる踊り食いではないが、見つけ次第即座に処刑することが捜索者には許されている。

 

 それでも、出奔者は絶えなかった。誰も決して口にはしないが、コーガ様が総長に就任してから出奔者が増えたと団員の殆どが感じていた。コーガ様はカリスマ性があり、戦闘能力も歴代最強との誉れが高かった。だが彼は傍若無人のわがまま放題をするばかりで、イーガ団の管理運営をまったく放棄していた。それでも優秀な幹部たちの働きによって、イーガ団は問題なく運営されていた。しかし、こと規律という面においては、ガタガタとまではいえないにせよ、先代に比べ確かに緩んでいた。これでは出奔者が増えないほうがおかしかった。

 

 出奔事件が起こる(たび)に、幹部たちは団員を集めてこう訓示したものだった。

 

「逃げ出した者には忍耐が足りていない。確かに、イーガ団の生活は優しくない。終わりなき抗争と厳格なる規律生活に、諸君らも時折息が詰まりそうになるだろう。だがそれはすべて、来たるべき魔王様の君臨する栄光の王国にあって、人間の中でも我々イーガ団のみが生存を許され、永遠の幸福を享受せんがためである。一時(いっとき)の苦痛に耐えきれず、永遠の幸福をみすみす逃す者は、すべて忍耐が足りないのである」

 

 バナーヌは、この言葉を聞くたびにいつも疑問に思った。そも、魔王とはなんぞや? その顔も姿も見たことがないし、声を聞いたこともない。ハイラル王国が滅んだのであるならば、今ハイラルの大地を支配しているのは魔王ではないのか? しかし幹部たちは、魔王様の王国はまだ地上に実現していないという。意味が通らないではないか。あと、魔王様はバナナをたくさん食べさせてくれるのか、それも気になる。むしろ、それが一番気になる。

 

 それに、バナーヌはかつて彼女自身の目で見て、彼女自身の耳で聞いたのだ。ハイラル城をグルリと取り巻く、漆黒の瘴気と赤電を纏った巨大な化け物の姿を、彼女は見た。この世の生きとし生けるものすべてを呪うかのような、怖気を震う咆哮を彼女は聞いた。あまりの恐ろしさと禍々しさにしばし呆然とし、立ち竦んでいたところを上空の飛行型ガーディアンに捕捉され、パシリの用事も忘れて彼女は命からがら逃げ出した。今でもその時のことを思い出すたびに、彼女の心に苦々しいものが湧き起こる。

 

 あの後、何回かハイラル城に行ったが、化け物はもう見られなかった。バナナ欠乏による禁断症状からくる幻覚だったのだろうか? しかし、あれは幻覚と言うにはあまりに絶対的な存在感を示していたが……

 

 あんな化け物が魔王なのか? あれがイーガ団に永遠の幸福をもたらしてくれるのか? バナーヌは一晩考えたが、結局、結論は「分からない。だからこれ以上考えない」というところに落ち着いた。彼女はイーガ団の教義を知っているだけで、それを人生の指針としているわけではなかった。だから、他のピュアなイーガ団員ならば悩み苦しむであろうこの問題も、あっさりと捨て置くことができた。もし、バナーヌの教義に対するこの心的態度が幹部に露見したとしたら、バナーヌは思想矯正対象とされただろう。だが、彼女は寡黙な性格をしていたため、そのようなことがバレるおそれはまったくなかった。寡黙さは彼女を守る鎧の役目を果たしていた。

 

 

☆☆☆

 

 

 朝の馬宿はごった返していた。ハイリア人の旅人、四人グループの旅行者、ゲルドの街へ向かう隊商、カブトムシの形をした大きなバックパックを背負った行商人、ヴォーイハントの旅をしているゲルド族などがいた。宝石売りのゴロン族や、吟遊詩人のリト族もいた。様々な人が馬宿のテントを忙しなく出入りしていた。

 

 四人グループの旅行者は朝だと言うのにテーブル席でカード博打に興じていて、おまけに酒まで飲んでいた。既に何本かの酒瓶が床に転がっていた。

 

 一人の男がカードを投げ出して叫んだ。

 

「くそ、また負けた! おい、次は五十ルピーだ! 今度こそ負けんぞ!」

 

 別の男が鼻で笑った。

 

「ははっ、熱くなるなよこのおぼっちゃんが! もうトータルで三百ルピーは負けてるじゃねーか! このままだと尻の毛まで(むし)られちまうぞ!」

 

 他の男が手をあげて馬宿の宿長(やどちょう)を呼んだ。

 

「おーい、おーい! 宿長! リンゴ酒を追加だ!」

 

 四人目の男は酒で顔を真っ赤にしていた。その男もまた大きな声で宿長を呼んだ。

 

「こっちはエールだ、エールを一本!」

 

 呆れ顔をした馬宿の宿長が、片手にリンゴ酒の瓶、片手にエールの瓶を持って、カウンターから出てきた。宿長は言った。

 

「はいはい、金を出すんならいくらでも酒はお出ししますがね。アンタ方、今朝は早めに出発して暑くならないうちにカラカラバザールに行くと昨晩言ってたじゃないですか。酒なんて飲んだら砂漠越えは厳しいですよ」

 

 四人組の男たちは口々に言った。

 

「馬鹿を言うな、酒を飲まずに博打なんてできるものか! それに俺はハイラルの近衛騎士の末裔だ! 砂漠なんぞ恐るるに足らんわ!」

「そうだ、馬宿の店員ふぜいが俺達に意見するな!」

「いや、『店員ふぜい』というのはちょっと暴言だが、やはり意見はするな!」

「おい、キノコの串焼きも持ってこい!」

 

 宿長は平然として答えた。

 

「はいはい、悪うございました。キノコの串焼きですね、ただいまご用意します。ではでは、どうぞごゆっくり……」

 

 宿長はカウンターへと戻った。宿長は、ああいった手合いの輩の扱いには慣れていた。言われるままに酒を出して、酔い潰れさせればそれで良い。真面目に説教を垂れて反感を覚えられるより、宿泊費と酒代をふんだくるほうが商売としておいしい……

 

 その点、隣のテーブルの男女はなんとも「旨味のない」客だった。宿長はちらりと視線を向けた。男と女は茶と焼きバナナを頼んだだけで、あとは何かぽつりぽつりとお喋りをしているだけだった。男女のうち、宿長は男についてはよく知っていた。名前は、たしかラウドンだったか? ラウドンは茶色の髪をした目の鋭い中年の男性で、鍛え上げられた筋肉質な体つきをしていた。ラウドンは数年前から隊商や旅行者の護衛役として働いており、この馬宿を寝床としていた。剣術の腕は達人並で、砂漠のリザルフォスを正面から真っ二つにするらしいが、まあ、きっとそれは商売上の宣伝文句だろうと宿長は思っていた。

 

 女の方は、宿長が初めて見る顔だった。女は短い黒い髪をしていた。女は童顔だった。その眉は太く、黒目勝ちの目は少し垂れていた。あまり美しくはないが、かわいいといえる女だった。体つきは女性らしいが、服装の野暮ったさが全体的な印象を台無しにしていた。ラウドンと話し込んでいるということは、彼女はこれから砂漠を越えようという旅行者で、護衛契約の交渉とか内容の確認とかをしているのだろうか……?

 

 最近は単独の女の旅行者も増えてきたと宿長は思った。ゲルド族の奇妙な風習、ヴォーイハントの真似事だろうか。若い娘が、はしたない。俺の娘も自分探しとか言ってハイラル中を遊び回っている……

 

 急に不愉快な気持ちになった宿長は、八つ当たり気味に新人の店員を怒鳴りつけた。

 

「おい、新人! ピルエのクソジジイはまだ見つからねぇのか!」

 

 新人の店員は答えた。

 

「はい、どこにもいません。昨晩寝たときは隣のベッドで(イビキ)をかいていましたから、たぶん夜中にここを抜け出て外へ行ったんだと思います」

 

 宿長は苛立ちを隠さずに言った。

 

「そんなこたぁどうでも良いんだよ! 探せ! 見つけたら奴の鼻の穴にゴーゴーダケを()じ込んでやる! そしたらあのクソジジイもガンバリバチみたいにキリキリ働くようになるだろうよ!」

 

 馬宿は更に混み合ってきた。吟遊詩人の奏でる物悲しげな音色と共に、様々な呼び声が外からも中からも聞こえてきた。

 

「えー、ケモノ肉、ケモノ肉、ケモノ肉はいかがですかぁ! 砂漠越えにはケモノ肉の串焼きですよー!」

「宝石はいらないゴロ? コハク、サファイア、格安ゴロ」

「オーウ、マイドー! イツモオーキニー! ソレ、買ッチャウカ?」

「遠く東のハテノ村で一流の職人が貴重素材で染め上げた反物(たんもの)、今なら安いですよ!」

 

 周囲の喧騒の中、二人の男女のテーブルだけは異常に静かだった。男が地図を広げ、そこここを指で指し示し、小声で説明を加えていた。女は地図を凝視し、たまに頷いていた。

 

 男が言った。

 

「昨日、大規模落石があったのはこの地点、ウメタケ台地の北の突端付近です。なんとかして岩を撤去しない限り、馬車の通行は不可能です。理解しましたね、プラタノさん」

 

 女は頷いた。

 

「うん、確かに」

 

 男は話を続けた。

 

「それからご懸念の騎馬ボコブリンですが、馬宿が金を払ってゲルドの戦士を招聘し、また有志が力を合わせて義勇団を組んだこともあって、この一ヶ月でほぼ全滅させることに成功しました」

 

 女はまた頷いた。

 

「うん」

 

 男はさらに言った。

 

「ですから、プラタノさんとしては魔物の討伐はお気になさらず、落石の撤去にのみ注力されるのが良いと思います。例の不思議なブレスレット、あれを使えば良いのではないですか? その他、路面の状況ですが、大規模な陥没などの情報は入っていません。こちらも問題ないでしょう」

 

 女は短く答えた。

 

「うん」

 

 男は話をまとめるように言った。

 

「以上がゲルドキャニオンの状況の概要です。ご理解頂けましたか?」

 

 女はどこか満足そうに返事をした。

 

「うん、ありがとう、ドゥラ……ラウドン」

 

 男は言った。

 

「礼には及びませんよ。仕事ですからね、プラタノさん」

 

 プラタノと呼ばれた女は居心地の悪そうな顔をした。やはり、偽名で呼ばれるのは何度経験しても気持ち悪い、とプラタノ――つまりバナーヌは思った。

 

 バナーヌはぬるくなった茶を飲んだ。茶は、乾燥させたビリビリハーブの葉を煮だしたハーブティーだった。一口含むたびに、彼女の舌にピリピリとした感触が走った。ビリビリハーブのハーブティーは、上等な品ならば舌が痺れるようなことはない。つまり、これは安物だった。茶と一緒に注文した焼きバナナも中身がスカスカで、とても美味しいと言える代物(シロモノ)ではなかった。

 

 バナーヌは目の前の男を見た。この男はどうなんだろう? いや、茶や焼きバナナの話ではない。()()()()()()()()()()についてだ。ドゥランという本名を隠し、ラウドンという偽名で護衛役として活躍し、人に感謝され記憶されていくのは、とても気持ちの悪いことなのではないか?

 

 バナーヌの視線に気づいたドゥランは、穏やかな口調で彼女に話しかけた。

 

「いかがなさいましたか?」

 

 バナーヌは言った。

 

「ラウドン」

 

 ドゥランは答えた。

 

「はい」

 

 バナーヌはドゥランの顔を見つめつつ、言った。

 

「奥さん、お腹どんどん大きくなってる」

 

 ドゥランの目が一瞬光ったのが、バナーヌには分かった。ドゥランは言った。

 

「……そうですか。元気でしたか」

 

 バナーヌは頷いた。

 

「とても元気」

 

 ドゥランは溜息をついた。

 

「それは良かった……」

 

 ドゥランは目を閉じて、天井を向いた。こみ上げる思いを抑えているのだろうか。それとも、数ヶ月に一度しか会えない妻の面影を懸命に思い描いているのだろうか。あるいは、これから生まれてくるであろう赤子のことを想っているのだろうか……? いずれにせよ、ずいぶん印象が変わったなとバナーヌは思った。

 

 アジトで剣術教官をしていた頃のドゥランは、まさに勝負の鬼だった。常に彼の眉間には深い(しわ)が刻まれていて、(ひたい)には青筋が浮かんでいた。彼はどんな相手でも、そう、たとえ相手がコーガ様であっても決して手加減せず、容赦なく木刀を振り下ろした。そんな彼についたあだ名は「剣鬼」だった。彼の得意技は居合抜刀術だった。神速の速さで振るわれる彼の風斬り刀は、一撃で鋼鉄リザルシールドごとリザルフォスを真っ二つにすると評判だった。

 

 だが、結婚してから、ドゥランは猛々しさを失った。彼の口調は丁寧になり、その表情から皺と青筋が消えた。幹部たちは、剣鬼が惰弱に堕したと失望した。彼は剣術教官の任務から外されて、ゲルドキャニオン馬宿の常駐連絡員という不名誉な職業に左遷された。

 

 バナーヌは、つい尋ねてしまった。無口な彼女が自分から質問するなど珍しかった。

 

「ねえ、ラウドン」

 

 ドゥランは答えた。

 

「なんですか、プラタノさん」

 

 バナーヌは言った。

 

「奥さんに会いたい?」

 

 ドゥランは深く溜息をついた。

 

「……会いたい。会いたいですなぁ。最後に会ったのは三ヶ月前です」

 

 バナーヌはさらに尋ねた。

 

「ラウドンは今、不幸?」

 

 ドゥランは少し驚いたような顔をした。しかし、彼はすぐに笑みを浮かべると、静かに首を左右に振った。

 

「プラタノさん。どうやら私が左遷されてこんな場所でつまらない仕事に右往左往し、妻にもロクに会えない状況をあわれんでくれているようだね」

 

 バナーヌは答えた。

 

「いや、あわれんではいない」

 

 ドゥランは少し笑いながら言った。

 

「いえいえ、あわれまれてもそれは当然です。でも、それは以前の私に対してであって、今の私を不幸だとか惨めだとか思われるのは心外です」

 

 確信に満ちた表情で、ドゥランはそう断言をした。それがバナーヌには不思議だった。彼女は問いを発した。

 

「どうして?」

 

 ドゥランは言った。

 

「剣鬼と言われていた頃の私は、本当に鬼そのもので、人間的な愛や優しさというものを知りませんでした。興味のあることといえば、いかに早く剣を振り、いかに早く獲物を仕留めるか、そういったことだけでした。無論、我々の組織にとってはそれが一番の貢献だったということは分かっています。ただ、そこに私の心の安らぎはなかった。剣が私の孤独感を癒やしてくれることはなかった……」

 

 言葉を一度切ると、ドゥランもまたハーブティーを一口、口に含んだ。露骨に渋い顔をしてから、彼はバナーヌに微笑んだ。やはりここの茶は安物のようだった。

 

 ドゥランはまた口を開いた。

 

「妻は私にはもったいないほどの女性です。彼女のおかげで、私は人間として生まれ変わることができて、自分の中に棲む鬼を斬ることができました。その代償なのかは分かりませんが、妻とはなかなか会えないようになりました。ですが、この仕事だってけっこう悪くありません。色々な人に出会って、色々な人生があることを知ることができたのですから」

 

 ちょうどその時、馬宿の時計が午前十時を示した。そろそろバナーヌは出発しなければならなかった。ドゥランが言った。

 

「世間話が過ぎましたな。私が喋る一方でしたが」

 

 バナーヌは答えた。

 

「楽しかった」

 

 ドゥランは頷いた。

 

「それは何よりです」

 

 バナーヌは席を立った。今からゲルドキャニオン本道を駆け、問題の落石現場に行き、それを処理することを考えたら、あまりモタモタしていられない。

 

 それでも、ドゥランの話を聞けて良かったと、彼女は素直に思った。

 

 バナーヌが馬宿から出た時、彼女と入れ違いになるようにして、馬宿の店員が血相を変えて駆け込んできた。

 

「おーい、おーい! 見つかった! ピルエが見つかったぞ! 崖上の祠のそばでぶっ倒れてやがった! 早く担架を持ってきてくれ!」

 

 馬宿の中は、途端に大騒ぎになった。

 

「何だと! 死んじゃいねぇだろうな!」

「分からねぇ、とにかく早く、早く!」

 

 店員の一人がドゥランに声をかけた。

 

「ラウドンさん、アンタも俺たちと一緒にいって、手伝ってくれ!」

 

 ドゥランは答えた。

 

「はい、それならば一緒に行きましょう」

 

 バナーヌは、ピルエという名前を聞いて少しばかりギョッとした。彼女は足早に馬宿から立ち去ると、人目のつかない岩陰で変身術を解いた。それから彼女はゲルドキャニオン本道を走り出した。




※加筆修正しました。(2023/05/06/土)
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