古のシーカー族の導師、フォノ・セクンは「敵からも利益を得るのが理知的な人間のあり方である」という言葉を残している。
なるほど、確かに人間はこれまでその知恵を以ってありとあらゆるものを、それこそ敵をも利用してきた。たとえ人間の知恵が、その原初の形態においては「それが味方であるか、敵であるか、あるいはそのどちらでもないか」を判断するだけの単純なものに過ぎなかったとしても、人間は時間をかけて知恵を発達させ、分節化させてきた。これによって人間は他の生き物を圧倒し、ついには大地の支配者となったのである。
たとえば、現代の人間は動物を利用し、中には家畜として飼いならしているものもある。その動物も当初は、まさに人間の敵として認識されたに違いない。野生のヤギやウシは鋭い角を持ち、その性質は凶暴である。イノシシには二本の牙があり、人間に対して積極的に襲い掛かる。オオカミやコヨーテの類に関してはいまさら言及するまでもない。
未だ家を持たず、街を持たず、木と森を住処とし、様々な危険の中を掻い潜るようにして生きていた人間にとって、動物たちは紛れもなく害をもたらすものであった。中には無害なもの、鳥やリスといった小動物もいたが、それらも味方と呼ぶには程遠い存在であった。味方とは、こちらに対して積極的に利益を与えるものであると定義できるが、それらの動物は害も与えなければ利益も与えなかったからである。
それでも人間は、それら敵としての動物を観察し、分析し、膨大な試みを繰り返して、最終的には己に利益をもたらすものとして作り変えることに成功した。人間は柵を設けてヤギとウシを囲い、餌を与えて飼育し、望ましい性質を持つ個体を掛け合わせ続けた。その結果、ヤギとウシは温順になり、角が丸くなり、肉と乳という利益を人間に提供するようになった。森に棲む凶暴なイノシシには罠を仕掛け、槍で突き、弓矢で射る。その肉の美味さは家畜に劣らない。狩りの方法を改良し、オオカミやコヨーテを仕留める。その毛皮は最高の素材の一つとして利用される。
敵を利用するという知恵があればこそ、人間は生活の質を向上させ、社会を発展させることができた。その上なお、人間の知恵は決して進歩をやめなかった。ほとんどすべての点において有害で手に負えないような敵、つまり魔物に対しても、人間は「どこかに利用価値がないものか」と観察を続けた。
だが残念ながら、ごく一部の例外を除いて、人間は未だに魔物という敵を利用することに成功していない。
ハイラル世界において最も一般的な魔物であるボコブリンは邪悪にして凶暴で、決して飼いならされることはない。武器を操ることができ、簡単な道具ならば自作することができるほどの知力も有している。感情があり、おぼろげながら理性らしきものがある。
このような魔物を家畜化することは、やはり不可能であった。少なくとも、ヤギやウシを家畜化した時に用いたような手段では、ボコブリンを飼いならすことはまったくできなかった。たとえ家畜化することができたとしても、その肉は臭く、血には毒があり、毛皮は薄く柔軟性に欠けるため、ほとんど得るところはない。わずかにその牙、角、肝などが薬用として利用され得るに過ぎない。
家畜として利用するのが不可能であるのならば、労働力として用いれば良いのではないか。ある時、一人の知恵ある人間がそのように考えた。その人間の名はサンテイといった。彼はフィローネ地方できび砂糖を栽培している農家であった。サンテイの経営するきび砂糖畑は大規模なもので、常に労働力を必要としていた。きび砂糖の植え付け、収穫、圧搾、さらには新規の農地の開墾には、それこそ無限に労働力が必要であり、その労働力はできる限り安価なものでなければならなかった。しかしその労働内容は過酷であり、よほど経済的に追い詰められた人間でなければ、志願してその職に就くものはほぼ絶無であった。
ボコブリンならば、この労働に適しているのではないか。サンテイはそのように考えた。寒暑に耐え、病気になることもなく、
まず、ボコブリンを捕獲すること自体が困難であった。ボコブリンは魔物であり、魔物というものはその本来的な性質からして人間を嫌悪しているため、戦闘においては文字通り死ぬまで戦う。ボコブリンと戦う者に、「捕獲するために手加減をする」という余裕はなかった。運良く捕獲することに成功したとしても、ボコブリンを無害化することがまた難しかった。サンテイは当初、ボコブリンの手足の
それでもなお、サンテイはボコブリンを労働力として組織することに執念を燃やした。もしその試みに成功すれば労働力をただで、かつ無限に手に入れられるということもあったが、おそらく彼は試みを重ねるうちに当初の目的から逸脱し、「魔物を飼いならすこと」それ自体を追究するようになっていったものと思われる。考えられる限りのありとあらゆる手段が用いられた。薬物による精神操作、電気ショック、報酬と罰を用いた条件づけ……そのいずれも上手くいかなかった。数年にわたって実験は継続されたが、やがて伝染病が発生してきび砂糖畑に大損害が発生し、サンテイが破産すると、実験そのものも放棄された。
ボコブリンより体格と力に優れたモリブリンも労働力としての可能性を見出され、サンテイと似たような考えを抱いた者たちによって実験が行われたが、結果はボコブリンと同様だった。
アッカレ地方の鉱山での実験がその象徴的な例である。その鉱山では古代シーカー族のカラクリ技術を転用し、ある種のヘッド・ギアを開発した。これをモリブリンの頭部に被せ、魔物が暴力的な行動をとった場合に直接脳へ電気ショックを加えることにした。結果、モリブリンの凶暴性はある程度抑制された。ヘッド・ギアを装着したモリブリンは単純な力仕事に従事することが可能となった。
だが、不幸なことに、ある日の大嵐の際、空電によってヘッド・ギアの回路が破損した。労働を強いられていたモリブリンたちは監視の人間数人を殺傷すると、すべて逃亡してしまった。これ以降、モリブリンを労働力化する試みが行われた形跡はない。
敵である魔物を利用するという試みは、このように失敗の連続であり、ほとんど益のないものであった。しかしながら、いついかなる時でも幸運な例外というものが存在する。
興行師であったハイリア人ビタタマの魔物利用は、一種の伝説と化している。伝えられるところによれば、彼はある時、巡業旅行の最中に巨大な岩石の魔物であるイワロックと遭遇した。辛くもイワロックを退けることができたビタタマは、巨大魔物が死んで爆発四散する際に、無数の宝石をまき散らしたのに気が付いた。これまでにもイワロックがその死の際に宝石を放出するということは報告されていた。しかしイワロックは魔物の中でも有数の強敵であり、また倒すには大量の火薬が必要であったこともあって、積極的な「狩り」の対象とは見なされていなかった。
ビタタマはイワロックに「儲け」の臭いを嗅ぎ取った。もしイワロックを安定して、かつ安全に倒すことが可能になるなら、もはやデスマウンテンのゴロン族から宝石を輸入する必要はなくなる。いまや、ビタタマの目にイワロックは脅威として映っていなかった。彼はその時すでにイワロックを巨大な「宝箱」と見なしていたのである。しかし、その鍵をこじ開ける方法については、これから見つけ出す必要があった。
彼はイワロックを観察することから始めた。古文書を漁り、文献を集め、辺境警備隊の兵士たちや各種族の戦士たちから話を聴いて、そもそもイワロックとはどのような魔物であるのかを知ろうとした。それに留まらず、彼はしばしばイワロックの生息地へ足を運び、その目で直接イワロックの生態を観察した。
また、彼は興行師としての技能と人脈を活かして、各地から無数のイシロックを集めた。イシロックはイワロックの幼体であるという言い伝えがあった。それを観察し分析することは必ずやイワロックそのものについて解き明かす上で大きな意味を持つはずであった。
ビタタマは調査に励み、数年後に一応の結論を得た。イワロックは巨大な岩石の魔物であるが、その大きさまで成長するには百年単位の時間が必要であることを彼は確認した。他にも貴重な知見を彼は得た。イワロックの幼体はやはり言い伝えどおり、イシロックであること。イシロックは地中に埋まり、大地の養分を吸収して成長すること。養分としてもっとも望ましいのは、魔物の臓物と血から製造される「マモノエキス」であること。地熱がイシロックの成長を促進すること。理想的な条件を満たせば、イシロックは数年でイワロックへと成長すること……
かくして、イワロックを「養殖」する目途が立った。そして彼は、イワロックの養殖にある程度成功したらしい。詳しい記録はビタタマが死去した際にすべて破棄されたためもはや参照することができないが、他に伝えられている断片的な記録によれば、彼はチュチュの養殖業者から具体的な方法に関して多大な示唆を得たようである。チュチュは、他の魔物とは異なり、かなり早い段階から養殖技術が確立していた。土壌を調整することでチュチュを人工的に育成することが可能であった。チュチュゼリーは製薬材料としての需要があり、養殖業者は各地に存在していた。必要な技術の蓄積はビタタマの時代にすでになされていた。
問題は、養殖したイワロックをどのようにして「収穫」するかであった。このことに関しても記録は乏しい。わずかに残された記録を総合すると、どうやらビタタマはかなり後ろ暗い行為に手を染めていたようである。彼はハイラル全土から人間をかき集めた。食い詰めた者たち、借金を背負った者たち、あるいは退役軍人や、引退した闘技場の選手、もしくは世間知らずの若者たちを集め、バクダンとハンマーを持たせてイワロックと戦わせたようである。
イワロックの養殖場は中央ハイラルから遠く離れたタバンタ地方の辺境にあり、人の目に触れることはなかった。どれだけ多くの人命が損なわれたのかは想像する他ないが、少なくともただの興行師にすぎなかったビタタマが城下町随一の「名士」となるほどの宝石が生み出されたのは確かである。
ビタタマには、確かに「敵からも利益を得る知恵」があった。だが、その知恵を無償で他に広めるほど、彼はお人好しではなかった。彼は死を迎えた際、すべての記録を破棄し、養殖場も大量の爆薬で完全に破壊したという。
このビタタマの伝説的エピソードに関しては、異論もある。そもそもビタタマはイワロックの養殖になど成功していなかったというのである。「イワロックの養殖」は投資を集める名目に過ぎず、彼はそれを私的に横領した。最終的にその詐欺行為が露見し、ビタタマは中央ハイラルから逃亡して惨めな死を迎えたと、異説にいう。彼が木賃宿にて客死した記録がヘブラ地方の寒村に残っていると言われている。
人間は知恵のある生き物である。その知恵は敵にすら利用価値を見出し、これまで数々の利益をもたらしてきた。しかしながら結局、繁栄が絶頂に達した大厄災前のハイラル世界においてすら、人間は魔物という最大の敵を利用し尽くすというところまでには至らなかった。
魔物はどこまでいっても魔物に過ぎない。当面の間、人間はその影に怯えて生きていかねばならないだろう。
だが、もし、魔物を自由自在に操ることができる者がいたならば? もし魔物を手駒のように扱い、意のままに動かし、存分に利益を得ることができる者がいたならば? そのような者がいるとは到底思えない。
しかし、いるのだ。その者の姿は見えない。その者は影すら踏ませない。しかし、いる。確かにこの世にその者は存在していて、敵対者に魔物をけしかけている。
その戦いは、凄惨なものとなるであろう。
☆☆☆
そのイワロックは、長い間そこに埋まっていた。
彼がこの世界に発生し、意識を持ち始めたのがいつであったのか、それを正確に知ることはもはやできなかった。あまりにも長い時間が経っていた。それは当のイワロック自身の記憶を薄れさせるのに充分なほどだった。
だが、記憶が薄れていようが今を生きることはできる。魔物にとって、過去や過去の記憶などといったものはまったく重要ではない。魔物にとっては今しか存在しないからだ。彼らには寿命などという、天地の理によって強制的に割り当てられた時間の制限はなく、ゆえに過去を顧みる必要もなければ未来を想う必要もない。
彼もやはりイワロックであるから、その初めはほんの小さな石から出発したのであった。石は宿場町の中、宿屋が立ち並ぶ通りのすぐ脇に落ちていた。その宿場町は古くから栄えていた。ハイラル王国発祥の地として名高い始まりの台地へと向かう旅行者たちが、引きも切らずその宿場町を訪れた。石は、その旅行者たちに踏みつけられた。蹴とばされ、馬車に轢かれ、気まぐれに投げ飛ばされた。しかし、石がそのことについて何かを感じることはなかった。その頃の石は、まだ単なる石に過ぎなかったからであった。
いくつもの季節が巡り、去ってまた来た。その間に、石はたっぷりと人間の情念を吸収した。宿場町では、様々な人間模様が繰り広げられた。出会い、別れ、恋、喧嘩、誕生と死、およそ人間の社会において起こり得るすべての出来事がその町の中で生じた。
石は、今や単なる石ではなくなっていた。情念を吸収した石は、意識を持つようになっていた。
また時間が経った。石はますます成長し始めた。次第に、石には手と足が生えた。石はその手足を動かしてみた。「何かを動かすことができる」というその実感が、さらに石の意識を拡張させた。石は、今や単なる石ではなくなった。石は魔物となった。それは一般的に、イシロックと呼ばれる魔物であった。
単なる石かられっきとした魔物として生まれ変わったイシロックであったが、まだまだ彼は弱かった。金属製のハンマーならば、容易く彼を破壊することができただろう。そのことを自覚していたのか、イシロックはいつまでもじっと動かなかった。あるいは、彼は魔物とはいえやはりその本質は石であったので、動くということにさほどの重きを置いていなかったのかもしれなかった。その頃の彼は土に半ば埋もれながら、時折もぞもぞと手足を動かすだけだった。
彼には他のイシロックとは異なった点があった。彼は攻撃性に乏しかった。他のイシロックならば、人が接近するや否や起き上がって、その小さな石の手足を振り回して襲い掛かるのが常であるが、彼はそうしなかった。彼は人が近づいても動くことはなく、その身を踏まれるに任せていた。
彼の攻撃性が乏しかった理由は分からない。しかし、いずれにせよそれが彼を救った。彼は魔物ではなく単なる石と見なされていたため、いつまでもその命を保ち続けることができた。彼はますます大きくなっていった。
彼はまだ宿場町の中にいた。彼はだんだん、宿場町が嫌いになっていった。そこはあまりにもうるさい場所だった。人間はいつまでも消えることがなく、いつまでも同じことを繰り返していた。いつまでも同じ情念を振りまいていて、それがいつまでも彼に降りかかってきた。人間と、その人間模様は、彼にとってあまりに煩わしかった。
ある日、ふと思い立って、彼は宿場町を離れることにした。彼はやはり他のイシロックとは異なっていて、賢明だった。彼は人目につくことのない夜を利用して、少しずつ移動していった。彼は一ヶ月をかけて数メートルを移動し、一年をかけて数十メートルを移動した。それはまことに遅々とした移動だった。だが、イシロックである彼には無限の時間があったため何も問題はなかった。そして人間たちは、変わり映えのしない人間模様を繰り広げるのに忙しかったため、夜ごとに石が少しずつ動いていることに気付かなかった。
ついに彼は宿場町の外に出た。彼はなおも移動を続けた。そして彼は、ある丘の上を安住の地として見出した。そこはまことにけっこうな場所と言えた。丘には穏やかな風が吹いていた。全体を丈の高い緑の草が覆っていた。宿場町からは適度に離れており、人はまったく寄り付かなかった。時々キツネがふらっと姿を現すだけだった。彼はそこで地面に埋まり、また長い時間を過ごすようになった。
日が昇り、日が沈み、それが繰り返されて時間が経った。いつの間にか人間はいなくなっていた。いつでも喧騒に包まれていた宿場町は荒廃し、骸骨のような廃墟と残骸を一面に広げていた。宿場町を離れた時にはまだほんの小さなイシロックに過ぎなかった彼は、今や小屋よりも大きくなっていた。今では彼は丘の一部ではなく、丘そのものであった。彼はイシロックではなく、イワロックになったのだった。
彼の表面には苔が生え、その苔を足がかりにして雑草が根を伸ばしていた。彼は、自分の背面に何か大きなものが生え、成長しているのを感じていた。それは植物ではなかった。それは彼の内側から発生したものであった。それは鈍く輝く、青黒く光った鉱床であった。鉱床は奇妙な形に尖っていて、まったく異質な存在感を放っていた。まるで岩にできた吹き出物のようだった。
もちろん、彼はそれを見ることができなかった。彼の体はあまりにも大きかったし、そもそも彼には振り返る首がなかった。彼はそれで構わなかった。背面の鉱床の成長を感じ取ることができるだけで彼には充分だった。鉱床は日々大きくなっていった。鉱床は彼に、こそばゆくも心地良い感覚を伝えてきた。彼は鉱床を、もはや自分の一部とは見なしていなかった。鉱床は一部ではなく、全体と化していた。ここに、自分の存在と命のすべてが詰まっている。彼にはそう感じられた。
いつまでも大地に埋まり、鉱床が成長するのを感じ続ける。彼にとってはそれで充分だった。もし敵が来れば魔物としての本能に従って戦うだろうが、これほどまでに成長して大きくなった自分にとって敵と呼ぶに値する存在がまだ残っているとは考えられない。彼は静かに大地の中で眠り続けていた。
だがその日、彼の平穏な生活は突如として終わりを告げた。
その日はよく晴れていた。前日、天は雨を注いで彼の体の表面を潤し、苔と雑草の生育を促したが、今日はその同じ天が、強烈な陽ざしによって彼の体を焼いていた。
彼は、何かが音もなく近づいてくるのを感じた。それは、一人の人間だった。奇妙なマスクを被っていた。それはボコブリンの顔を模したブサイクなマスクだった。その腰には長い刀をさげていた。人間の手足は細長く、しなやかだった。人間は素早い動きで彼の上へと登った。そして、低い声で言った。
「起きろ、イワロック。お前にはひとつ仕事をしてもらう」
彼は起きなかった。近頃ではまったく見かけなくなった人間であるが、やはり彼にとってわずらしいものであることに変わりはなかった。言うことを聞いてやる必要はまったくない。どうして自分のことを岩ではなくイワロックであると見破ったのかは少しばかり疑問ではあったが、結局のところそれもどうでも良いことだ。彼はそう感じた。
沈黙を保ち続ける彼に対して、ボコマスクの人間はまた口を開いた。冷ややかな口調だった。
「その気がないのならば、こちらとしても考えがある」
そう言うと、人間は懐から一枚の札を取り出した。札の中央には涙目の逆さ紋様が描かれており、その周囲にびっしりと謎の文言が書かれていた。人間はそれを、彼の表面に貼り付けた。
人間は両手をぴったりと組み合わせて印を結ぶと、唸るような声でなにやら呪文を唱え始めた。人間からオレンジ色と黄色の色彩を持つ魔力が放出され、札に注ぎこまれていった。
その途端に、彼の中に何か痺れるような感覚が走った。それはまるで落雷のようだった。札から電流のようなものが流れ出て彼の体の中枢を侵し、さらに彼が大切に成長を見守ってきたあの鉱床にまでそれが届くのが感じられた。
このままでは、大変なことになる。彼はそう思った。具体的にどう大変なことになるのかは分からなかった。とにかく彼は体を持ち上げた。地面が波のように揺れた。起き上がった彼は、家一軒を遥かに凌ぐ大きさだった。彼は身を揺すって、自分の上に立っている不埒な人間を落そうとした。しかし人間は平然としていた。人間は言った。
「無駄な抵抗をするな。もう逃れることはできん」
人間はさらに札を貼った。一枚を追加し、二枚を貼り、三枚を重ねるようにした。そのたびに彼の感じる苦痛はより激しくなった。彼は身を
人間はそんな彼の様子を見て、微かに頷いた。ボコマスクの向こうからまた声が発せられた。
「イワロック、ここから移動しろ。移動して、街道の合流点へ行け」
その声に操られるように、彼は動き始めた。彼の足取りはおぼつかなかった。岩の足が一歩一歩を踏むたびに大地が振動し、草が折れ、花が散った。虫たちが追われ、草むらに隠れていたキツネが逃げ去った。
やがて、彼はそこに到着した。人間は言った。
「地面に埋まれ」
彼は言われたとおりにした。そうせざるを得なかった。というよりも、そのようにすることがごく自然なことであるように感じられた。今やその人間は、彼の代わりに物事を考えてくれているかのようだった。土煙が巻き起こり、彼は地面に潜った。
彼が地面に潜っていくのを、人間はじっと見つめていた。ボコマスクの作り物の目が、まるで生きているように輝いていた。人間は言った。
「ここで待て。そのうち馬車が来る。馬車が来たら戦え。おそらくお前は死ぬだろうが、戦いはきっと楽しいものになるだろう」
また印を結ぶと、人間は短い呪文を唱えた。呪文が終わると、彼の体表を覆っていた札のすべてが音を立てて燃え上がり、一瞬で灰となって消えた。
人間はその場を去った。彼は、これまで過ごしてきた長い時間の中で一度も経験したことのないある情念が、自分の中で湧き起こるのを感じていた。
それは殺意だった。
彼は馬車を待った。しばらくして、地面が振動を伝えてきた。それは、何両かの馬車がこちらへと走ってくることを意味していた。
その時、彼は生まれて初めて、人間を殺してやりたいと思った。強くそう思った。思う存分、殺してやりたかった。
☆☆☆
突如として姿を現した敵を前にして、テッポは少なからず動揺した。
この宿場町跡地に来たのはわずか数日前だ。その時はこんなところにイワロックはいなかった。絶対にいなかった。それなのに、どうして? なぜ今、目の前にそれがいる? 巨大な岩石の魔物は、今では完全にその身を起こしていた。未だ実戦経験に乏しいテッポであったが、そんな彼女でも眼前の敵が強い殺意を抱いているのは分かった。
隣に立つバナーヌに、テッポは思わず声をかけていた。
「バナーヌ! どうしよう!?」
テッポはバナーヌの顔を見た。バナーヌはイワロックを見つめていたが、テッポの声を聞いてちらりと視線を向けてきた。その顔は冷静そのものだった。バナーヌは何も言葉を発さなかったが、その澄んだ青い目で「落ち着け」と言っているのが分かった。テッポは頷いた。まずは心を平静にしなければならない。
心と呼吸には強い繋がりがある。テッポは深く息を吸い込み、吐いた。それを何回か繰り返しているうちに、テッポは自分の精神が研ぎ澄まされ、集中力を取り戻していくのを感じた。そう、大丈夫だ。テッポは自分に言い聞かせた。
テッポは改めてイワロックを眺めた。思わず声が漏れた。
「大きいわね……」
イワロックは大きかった。平均的な個体よりも一回りか、二回りは大きかった。倒せるだろうか? テッポは自分自身に問いかけた。倒せるはずだ。自分はそのための訓練を受けている。
父の教えを思い出すことにテッポは努めた。イーガ団フィローネ支部幹部である父、ハッパは、娘であるテッポにイワロックに関してなんと言っていたのか。
「イワロックは所詮岩石に過ぎないから」と、かつてハッパはテッポに言った。
「我々が岩石を除去する時に用いる道具が効果的だ。これからイワロックとの戦い方について教えてあげよう」
ハッパは魔物図鑑を指し示しながらテッポに説明を続けた。
「魔物には必ず弱点がある。イワロックの場合は、ここだ。この鉱床だ。イワロックには例外なく鉱床が生えている。ここを重点的に攻撃すれば良い。攻撃するにはハンマーが一番良いが、ハンマーでなくとも攻撃は通る。鉱床は岩と比べて柔らかいからな。ただし、刃物を使う場合は刃こぼれに気をつけないといけない。矢を撃つのも良いが、あまり効率的ではないだろう」
「でも、お父様」とテッポは父に尋ねた。
「弱点をつくにも、まずは相手に隙を作ることが肝要だと思います。敵はきっと戦闘中、弱点を晒すまいとするはずですから。それにはどうしたら良いのでしょう?」
ハッパは嬉しそうな顔をした。利発な娘を愛らしく感じているようだった。
「そうだ、お前の言うとおりだ。戦闘においては相手の隙を窺うだけではなく、こちらから働きかけて隙を生じさせることも重要だ。だが、イワロックの場合それは容易い。特に、私とお前にとっては特に容易い。なぜか分かるかな?」
しばらくテッポは考えたが、答えはおのずと分かった。「分かりました!」とテッポは言った。「爆弾を使えば良いんですね!」
ハッパは頷いた。
「そうだ。イワロックには爆弾、その他爆発物が非常に効果的だ。まずは爆弾を使い、イワロックの腕を破壊する。やつらの腕はあまり頑丈ではない。一発の爆弾で簡単に壊すことができる。イワロックは腕を破壊されると必ず体勢を崩す。その隙をついて、上部にある鉱床を攻撃すれば良い……」
一通りの解説を終えると、ハッパはテッポに向かって締めくくるように言った。
「テッポ、どんな時でも冷静に、平常心を保て。そうすれば必ず勝てる。もし一人では手に負えないと思ったら、その時は仲間に頼りなさい。仲間に頼ることができない者は、一人前のイーガ団員とは言えないよ……」
テッポが父の教えを思い出して反芻するのには、ほんの数秒もかからなかった。その数秒の間に、モモンジがやってきていた。モモンジは長大で鋭利な風斬り刀を鞘から抜き払い、脇構えの形をとった。強敵を前にしているにもかかわらず、どこか能天気な声でモモンジは言った。
「なんでこんなところにイワロックがいるのかなぁ。でも、私たち三人でかかれば
「そうね」とテッポは言った。「相手はただのイワロック。私たちの手にかかれば瞬殺よ。こいつがここにいる限り、私たちは前に進めない。さっさと倒して先に進みましょう」
しかし、バナーヌは首を左右に振った。
「テッポとモモンジがイワロックを。私は、あれの相手をする」
バナーヌは別の方向へ目を向けていた。テッポは彼女の視線の先へ目をやった。そこには高い旗竿が立っていた。破れて半ば朽ちた旗が幽霊のようにはためいていた。
その旗竿の上に、何かが逆光を背負って立っていた。それを見たモモンジが「あっ!」と声を上げた。
「あっ、あのボコマスクを被ったあいつ! あいつがアラフラ平原でヒコロク先輩を……!」
モモンジは身構え、今にもその敵に向かって駆けだそうとした。バナーヌはそれを手で抑えた。モモンジが抗議の声をあげるまえに、バナーヌは言った。
「モモンジはテッポをサポートしろ。やつはお前の弱点を知っている」
そのとおりだった。アラフラ平原で戦った際、あの敵はモモンジにバナナを投げつけ、その隙をついて斬りかかってきたのだった。単純な剣術の技量ならばモモンジも決して劣らないだろうが、戦闘という観点から見ると、向こうが一枚
「ぐぬぬ……」とモモンジは唸った。数秒唸った後、モモンジは言った。
「分かりました、ここはバナーヌ先輩にお譲りします! ちゃんとあいつをやっつけてくださいよ! さあ、テッポ殿、行きましょう!」
モモンジの言葉が終わるのと同時に、三人は別々の方向へ走り始めた。バナーヌは一直線に旗竿へ、モモンジは刀を持ってイワロックの正面へ。テッポはイワロックの左側面へ回り込んだ。イワロックは大地を揺らして体の向きを変えようとした。どうやら魔物は、同時に向かってくる二人の敵のうち、どちらに対応しようか迷っているようだった。
そして、イワロックはまずモモンジを標的に定めた。イワロックは左腕を振りかぶると、勢い良くモモンジに向かって振り降ろした。モモンジは軽く横方向へ跳んでそれを避けた。岩の腕が地面をえぐり、土と泥が飛び散った。
その間にもテッポはイワロックの側面を取るべく走っていた。彼女はちらりとバナーヌの方へ目をやった。バナーヌは旗竿の下に辿り着くと弓を構え、上にいるボコマスクの敵を撃とうとした。敵は旗竿の上から飛び降りた。バナーヌはそれを追っていった。二人は宿場町跡地の奥へと走って消えた。
バナーヌなら、たぶん大丈夫だろう。テッポはそう思った。彼女の実力ならこれまでの戦いでよく知っている。テッポは腰の爆弾袋に手を伸ばすと一発の爆弾を取り出し、導火線に点火してそれを投げた。一連の動きは流れるような手つきで行われた。爆弾はイワロックに飛んでいき、その右腕に命中すると爆発した。
「命中!」とテッポは叫んだ。岩の破片が周囲にまき散らされた。
イワロックは腕を粉砕され、体勢を崩した。瞬間的に重量バランスが変化したことで姿勢を保てなくなったのだった。轟音を立ててイワロックが地面に倒れ込んだ。
モモンジが叫んだ。
「もらった!」
モモンジは走り、イワロックの体の上に駆け上がった。だが、彼女は叫んだ。
「あれ!? 弱点がない!? 弱点はどこ!?」
テッポもそのことを認めた。おかしい。普通、弱点である鉱床はイワロックの上部に生えている。その上部に、なにも生えていない。しかし、弱点のない敵など存在するわけがない。彼女は素早く視線を動かし、イワロックの全体を観察した。ほどなくして、テッポはそれを見つけた。テッポは叫んだ。
「モモンジ! 弱点は背中にあるわ! 背中の下の方!」
モモンジが驚きの声を上げた。
「えっ!?」
ほどなくして、モモンジも弱点を見つけたようであった。鉱床は、実に攻撃しにくい位置にあった。テッポは父の言葉を思い出した。
「まれに、本当にごくまれにだが、鉱床が背中に生えているイワロックがいる。そういうイワロックを相手にする時には、長い武器を用いなければならない。こちらがイワロックの上に乗ることができても、武器が届かないからだ」
だが、モモンジの得物は風斬り刀であった。それは、このハイラル世界に存在するありとあらゆる武器の中でも、特に射程の長い武器として知られていた。イワロックの上に立ったモモンジは、刀を上段に構えた。しかし、彼女はすぐに刀を振り下ろさなかった。彼女はどこか弱ったような口調で言った。
「それにしても、岩か……岩を斬ると
テッポが叫んだ。その声音は叱責する調子を帯びていた。
「この
モモンジははっとしたようだった。「分かりました!」と答えると、「はああっ!」と掛け声を出し、彼女は風斬りを振り下ろした。その直後、ガラスとガラスが擦れるような音が響いた。モモンジの斬撃は流石に鋭いものだった。刀は鉱床の中ほどに傷跡を残した。傷跡は水平で、一直線だった。体勢を立て直しかけていたイワロックはモモンジの斬撃を受けて、また地面に崩れ落ちた。
「おっと、危ない」と言うと、モモンジは軽くジャンプして衝撃をいなし、また風斬り刀を振り始めた。数秒の間に五回も攻撃が繰り返された。それまで美しく、しかしどこか暗さを伴って輝いていた鉱床は、今や無数の傷跡をつけられていた。鉱床から宝石が飛び出した。それは夜光石だった。夜光石が血液のように地面に落ちた。
モモンジの桃色の髷が揺れていた。彼女は的確に、そして冷静に攻撃を繰り返していた。その様子をテッポは油断なく見ていた。攻撃されるがままだったイワロックが体勢を立て直そうと腕に力を入れるのが見てとれた。テッポはモモンジに叫んだ。
「モモンジ! 跳んで!」
即座にモモンジは跳んで、イワロックの上から地面へと降りた。モモンジが跳んだ直後、イワロックが大きく体を揺らし、腕を振り回した。あとほんの半秒でも遅れていたら、モモンジはなにがしかのダメージを受けていたであろう。
また、状況は睨み合いへと戻った。それは一見すると単に元に戻っただけのようだったが、その実テッポたちは今や圧倒的に優勢の立場にいた。イワロックはかなりの体力を失っており、鉱床はボロボロになっていた。その足取りは弱々しくなっていた。
モモンジが明るい声でテッポに言った。
「この分なら、あと一回か二回同じことを繰り返せば倒せます! さあ、テッポ殿、爆弾をもう一発……」
モモンジの言葉が終わる直前、甲高い悲鳴が響いた。
「きゃあああっ!」
それは若い女性の悲鳴だった。それは馬車の方から聞こえてきた。テッポとモモンジは驚いて、そちらへ目をやった。
「あっ!」とモモンジが声をあげた。テッポも息を呑んだ。意外な光景がそこに広がっていた。車列は襲撃を受けていた。赤ボコブリン、青ボコブリン、赤モリブリン……無数の魔物たちが手に手に武器を持ち、車列に向かって押し寄せていた。
「てめぇら! この魔物共が! とっとと死にやがれ!」
輸送指揮官のサンベが、丸い刃の鬼円刃と電光を発するエレキロッドを振り回して、魔物たちを相手に奮戦していた。サンベの隣ではヒエタが首刈り刀を持ち、指揮官の背後をとろうと接近してくる敵を防いでいた。普段は冷笑家的な態度をとっているヒエタも、今はその表情に決死の気迫を漲らせて戦っていた。しかしその口調はいつもどおりだった。
「いや、いやいや! ちょっとこれは数が多すぎるな! 手に負えんぞ」
あるいは、ヒエタはいつもどおりなのかもしれなかった。サンベを援護するという
サンベとヒエタだけではなく、
また、悲鳴が響いた。
「きゃあああっ! 誰か助けてーっ!」
その声の主が誰であるかを悟って、テッポは叫んだ。
「フララットさんだ!」
ここからは見えないが、おそらく車列の最後方にある馬車が襲われているのだろう。その中には檻に囚われたゾーラ族の女性、フララットがいる。テッポはそう思った。
「助けなきゃ!」とテッポは言うと、そこから駈け出そうとした。しかし、彼女は足を止めた。
フララットさんを助けないといけない。でも、イワロックを放っておくわけにもいかない。どちらをとるべきか? これからモモンジと協力してイワロックを大急ぎで倒し、それからフララットさんを助けに行こうか? でも、あの悲鳴は本当にギリギリという感じがする。イワロックを倒している間に、フララットさんは魔物に殺されてしまうかも……
でもでも、とテッポはさらに考えた。だからといってここでフララットさんを助けに行ったら、今度はイワロックを放置することになる。敵がいなくなったイワロックは悠々と馬車を攻撃するだろう。そうなったら一巻の終わりだ。馬車は粉砕され、馬は殺され、バナナは潰れて地面にまき散らされる……
人間の精神はさほど強靭にできていない。それによってここまでのし上がってきた人間にとってはまったく皮肉なことだが、人間の弱点はまさに精神にある。人間の精神は繊細にして霊妙であるが、突発的事態に対して充分な備えを有していない。特に、二者択一を迫られるような、突発的事態に対しては脆弱である。
だが、テッポは違った。彼女は幼いながらも充分な訓練を受けていた。彼女には切迫した事態に直面しても適切に対処ができる心構えがあった。また、彼女には天分があった。彼女の心は生まれつき豊かだった。その豊かさのおかげで、彼女は緊急事態というショックに動じることがなかった。
彼女は決断した。彼女はモモンジに言った。
「モモンジ! あなたはフララットさんを助けにいって! 私はイワロックを倒す!」
「ええっ!?」とモモンジが声をあげた。「いくらテッポ殿でも、さすがに一人でイワロックを倒すのは……!?」
モモンジの懸念はある程度正当なものだった。テッポとイワロック、あまりにも大きさに違いがありすぎる。しかし、テッポはさらに言った。
「でもモモンジ、爆弾が使えるのは私だけなのよ! さあ、はやく行って!」
そうまで言われてはモモンジにとっても
「分かりました! さっさと向こうを片付けて、またこっちに戻ってきます! テッポ殿、くれぐれも無理はしないでくださいね!」
モモンジは一つの影となってその場から去った。その影に向かって、イワロックは腕を振り上げた。それは岩を飛ばして攻撃しようという構えだった。
「あなたの相手はこの私よ!」
テッポは爆弾を投げて、それを妨害した。爆弾はまたもやイワロックの腕を破壊した。イワロックは姿勢を崩した。テッポは長い黒髪を風に靡かせ、倒れているイワロックへ走り寄ると、その小さな手足を駆使してよじ登り始めた。
イワロックの表面には苔が生えており、手で掴もうとするとぬるぬると滑った。それでもテッポはよじ登ることに成功した。彼女は自分の得物である首刈り刀を抜いた。弱点の鉱床は彼女の真下にあった。予想されたことではあったが、やはり距離があった。ここから首刈り刀を振っても届かない。そう判断した彼女は、鉱床そのものに乗ることにした。鉱床はイワロックの背面から空中に突き出すようになっていた。彼女は飛び移った。
「食らえ!」と叫んで、彼女は足元の鉱床へ刀を振るった。だが、すでにモモンジから攻撃を受けてダメージを負っていたとはいえ、鉱床はやはり岩であることに変わりなかった。テッポの首刈り刀は、音を立てて弾き返された。傷ひとつついていなかった。まったく攻撃が通っていないことに、テッポは内心で舌打ちをした。
「硬いわね……」
テッポは何度か斬撃を繰り返した。結果は変わらなかった。テッポの
「首刈り刀は通じない……よく考えないと……どうやって倒す?」
彼女の頭脳は高速で稼働した。必ず手立てはあるはずだ。これまで自分は、ありとあらゆる状況に対応できるように父から教育を受けてきた。こういう時、自分の手に負えそうにない敵をどうしても自分の手で倒さなければならない時について、父はなんと言っていたか?
「もし一人では手に負えないと思ったら、その時は仲間に頼りなさい。仲間に頼ることができない者は、一人前のイーガ団員とは言えないよ」と父は言った。
その時、テッポは父に尋ねた。
「でもお父様、その仲間に頼ることができない時はどうしたら良いのでしょう? 常に仲間が傍にいてくれるとは限りません」
そんな問いを投げかけたテッポに対して、父はニッコリと笑った。そして言った。
「その時は、爆弾を使いなさい。一発の爆弾が通じないなら、十発の爆弾を使いなさい。爆弾が通じないなら、爆弾が通じるようになるまで爆弾を投げ続けなさい」
父はテッポの頭を撫でた。大きくて、分厚くて、暖かい手だった。そして、今度は揺るがぬ確信を込めたように、父は力強く言った。
「そう、
テッポは目を見開いた。そして叫んだ。
「そうよ、
ちょうど、イワロックが岩を飛ばしてきたところだった。テッポは右方向へと横っ飛びに跳んだ。彼女は爆弾を投げた。今度は二発、左腕と右腕に着弾するように彼女は投げた。二発の爆弾はほぼ同時に爆発した。腕は粉砕され、イワロックは倒れた。
テッポは走った。彼女は走ってイワロックへと飛び乗り、さらにその上でまた跳んだ。彼女は垂直方向に跳んだ。彼女は高度を稼ごうとしていた。彼女は空中で札を取り出すと指に挟み、両手を組み合わせて印を結んだ。彼女は短い呪文を唱えた。その瞬間、軽い音を立てて、彼女は姿を消した。花吹雪のように札の破片が舞った。
テッポが姿を消していたのは、ほんの瞬き二回ほどの時間に過ぎなかった。次に姿を現した時、彼女はさらに高いところにいた。沈みかけた太陽が、空を舞う彼女の黒髪を朱色に照り染めた。今や彼女はリト族のように空を飛んでいた。
彼女は叫んだ。
「これで終わりよ!」
すでに彼女はその両腕に大量の爆弾を抱えていた。彼女はイワロックに爆弾を降り注いだ。その狙いは正確だった。爆弾はすべてイワロックの鉱床に命中した。猛烈な爆発が連続し、鉱床は粉々に爆破された。
イワロックから、これまでとはまったく異質な音が響いた。それは、彼の本体にひびが生じた音だった。それまで鉱床が存在していた箇所から本体にかけて、縦に一本の太いひび割れが走った。そこからあたかも植物が根を張るように、無数の小さなひびが縦横に向かって伸びた。イワロックは苦痛に耐えかねたかのように、その巨大な体を
テッポが地面に降り立ったその時に、イワロックは脆くも弾け飛んだ。その瞬間、イワロックが何を感じていたのかは分からない。爆風が生じ、イワロックの中に詰まっていた宝石がボトボトと音を立てて周囲に落ちた。それはコハクだったり、オパールだったり、夜光石だったりした。宝石たちはキラキラと、しかし無意味に光っていた。
これまで長い間生き続けてきたイワロックの生命の価値は、つまるところ宝石数個分でしかなかった。
強敵を独力で仕留めたという感慨は、テッポにはなかった。それよりも彼女は、これまで練習を重ねてきた術を実戦で成功させられたことに、深い満足感を覚えていた。イーガ団戦闘術のひとつ「ゾタエ・オチノリ」は魔力を用いた瞬間移動の技であるが、これと爆弾を組み合わせた爆撃殺法「キキ・ゲクバ」は、父ハッパの独創によるものだった。テッポはそれを受け継いでいた。
テッポはそれまでイワロックが存在していたところへ目を向けた。もう何もいなかった。宝石だけが転がっていた。テッポにとって、宝石はやはり何の価値もなかった。
「お父様に助けていただいたわ……」
彼女はそう独り言を言った。夕方の風が吹き、その場に立ち込めていた硝煙を払った。風が、彼女の後方から戦闘の音を運んできた。
「いけない!」
テッポは我に返った。まだ、馬車の方では戦いが続いていた。テッポは走って車列へと向かった。その手には首刈り刀が握られていた。彼女は仲間たちに加勢しなければならなかった。
バナーヌは、大丈夫かしら……? いえ、きっと、絶対に、大丈夫。
走りながら、今もひとりで戦い続けているであろう金髪の仲間のことをテッポは想った。
あと一ヶ月で続編が来るというこのワクワク感! たまりませんね。
なにげに今回初めてテッポ視点で書いたかもしれません。次回もお楽しみに。
※加筆修正しました。(2023/05/23/火)