かなり遅めですが第2話です。
「さて、これで最後かな」
最後の段ボールを開き、中に入っていた荷物を棚へと移し替え終えた。これにて引越しは完了、明日からは本格的に店が始まる。
ぐっと背伸びをし、壁に掛けてある時計へと目を向けると時刻はお昼を過ぎた頃。お腹もいい具合に減ってきたので一階へと降り、事前に作っておいたサンドイッチを平らげる。
昼食を終えた後、再び二階へ上がり紙袋を二つ持って降りる。紙袋の中身にはお菓子がいくつか入っており、それらを家の庭に駐車している車の後部座席へ。
これからやるのは挨拶回り。とは言っても全ての家をまわるわけではなく、昔馴染みの家へ行くだけだ。
「それじゃ、行きますかねぇ」
シートベルトよし、バックミラーよし、それじゃあレッツゴー。
「〜〜〜〜♪」
田んぼに挟まれたアスファルトに車を走らせる。
いやぁ、昔は徒歩や自転車で走った道だけど、車で走ると新鮮に感じるねぇ。
「それにしてももう6年か。ここは何にも変わらないなぁ」
この土地を離れ都会の料理専門学校へ進学したけど、思い返してみればあっという間だったなぁ。
窓の外に流れる、けれど変わらず続く田園へと視線を移し、自然と笑みがこぼれる。
「さーて、最初に尋ねるのはっと」
車を走らせること数分、一軒の平家へと到着。車を止め、袋の中からお菓子を一つ取り出すと玄関へと向かう。
あぁ、ここに来るのも久しぶりだなぁ。あの人……のことだからどうせ元気だろうけど、ぐーたらしすぎてないか心配だ。
インターホンを鳴らし住居者を待つ。
「はいはーい、ちょっと待ってねー」
扉の向こう、足音とともに聞こえてくるのは間延びした女性の声。懐かしい、耳を擽るその声に思わず笑みがこぼれてしまう。
ガラガラ──そんな音を立てて引き戸が開き、出てきたのはポニーテールの女性。引き戸に手をかけ、こちらを見上げる彼女へ一言、微笑みとともに告げる。
「お久しぶりです、
「…………」
「一穂先輩?」
「…………」
返事がない、まるで屍のようだ。
なんて言う冗談は置いておき、表情を崩さずこちらを見返してくる先輩へもう一言、言葉を付け加える。
「笹山です。忘れちゃいましたか?」
「…………あー、公樹かぁ。うんうん、憶えてるよー。久しぶりー」
あぁ、絶対忘れてたなこの
「何年ぶりだっけー? 三年ぶり? いやー、変わらないねー」
「最後に会ってから6年ですよ。先輩も相変わらずですね」
「あっはっはー、そうかなー?」
頭を掻きながら呑気に笑う一穂先輩。別に褒めたつもりはないのだが……やはりこの人のマイペースさには敵わないなぁ。
昔っから呑気でいい加減でやる気が感じられなくて。悪いところばっかり目立つ人だったけど、どこか憎めない。
……まぁ、忘れられていたことにはショックを受けたけれど。
「思い出した思い出した。確か中学卒業して出て行くって聞いたけど、今日は里帰り?」
「いえ、実はこちらに帰ってくることにしまして。もう引越しも終わったので挨拶に来たんです」
「あーそういうことかー。それで、家はお祖父ちゃんの家に?」
「はい。とは言っても改装しまして、喫茶店として営業しようかと」
喫茶店の話を出すと、先輩は少し表情を崩す。
「喫茶店? こんな田舎に作って大丈夫かねー」
「ははっ、そこはまぁ、なんとかやっていきますよ」
「まぁ頑張りな、今度顔見せに行くねー」
ポンポンと肩を叩かれる。
「立ち話もなんだし上がってくー?」
「今日は挨拶だけ予定ですので、また今度改めてお邪魔させてもらいますね」
「いつでもおいでー。今度はひかげも交えて三人で話でもしましょうや」
ひかげちゃんかぁ、会うのも久しぶりだなぁ。あのときはまだ幼かったし、どれくらい成長したんだろうねぇ。確か今年で中学三年生だったかな。もう立派なお姉さんになっているんだろうなぁ。
なんて、現在のひかげちゃん想像してみるがなぜだろう、一穂先輩のイメージが頭から離れてくれない。いやいや、きっと先輩とは違ってしっかり者のはず。きっと、たぶん、メイビー……。
「なんか失礼なこと考えてるでしょ?」
「そんなわけないじゃないですか。僕は一穂先輩をそんけーしてますから」
「ほんとかなぁー」
なんて久しぶりに会った先輩との話は盛り上がり、気づけばだいぶ時間が過ぎていた。ざっと三十分ぐらい。
「それじゃあ、挨拶もまだ途中なのでこの辺りで失礼させてもらいます」
「そだねー。話はまた今度じっくりとしようか」
「はい。それでは先輩、また後日」
そう告げ、会釈をし背を向ける。そして車へ向けて歩みを進め、ちょうどたどり着いた頃
「あぁそうだったそうだった。おーい、公樹ー」
なにか忘れていたことがあったらしい。先輩の間延びした声に呼ばれ、振り返る。
視線の先、距離が離れ少しばかり小さくなった先輩は、俺が振り返るのを確認するや否やおもむろに右手を上げ
「おかえりー」
一言、たったそれだけを口にすると、踵を返し家の中へと入って行ってしまった。そんな先輩の背中を見送りつつ、ふと思う。
おかえり、か。そういえば、帰ってきてから言われてなかったな。
「やっぱり変わらないなぁ、先輩は」
どれだけ月日が流れようと、先輩は先輩だった。マイペースでダメなところが目立つ、だけど大事な場面では頼りになる
うん、最初に来たのがここでよかった。
「さて、次は雪子さんの家にでも行こうかな」
次なる目的地を定め、車に乗りエンジンをかける。
次もきっといい再会になる。そう考えると、気持ち分だけアクセルを踏む力が強くなった。
☆★☆★☆★☆
「あら、公樹くん? 久しぶりねぇ、元気にしてた?」
「お久しぶりです雪子さん。人並みには健康のつもりですよ」
越谷家。現在はこの家のヒエラルキートップである雪子さんと話をしている。
小鞠ちゃんに夏海ちゃん、そして長男の卓の三児を持つ母なのだが、これがまたどうして、6年前と変わらず別嬪さんだ。
「公樹くんもかっこよくなって。これなら小鞠も夏海も安泰ね」
「ははっ、何言ってるんですか。小鞠ちゃんは中学生、夏海ちゃんに至っては小学生じゃないですか」
「あら、だったら高校を卒業すれば貰ってくれるのかしら?」
「ははっ、その時にはきっと素敵な彼氏さんができてますよ」
「その言葉、あの二人に聞かせてあげたいわ」
快活に笑う雪子さん。やはりこの人は話していて気持ちがいい。竹を割ったようなさっぱりとした性格をしているからだろう、言葉を交わすだけでなんだかすっきりとした気分になれる。
とはいえこの雪子さん。普段は優しい人なのだが、一度その逆鱗に触れてしまうと般若へと変貌。その怒りはまるでかのアルマゲドンを彷彿とさせるほど。簡単に言うと、決して怒らせてはいけない女性なのだ。
「そうそう、夏海たちから聞いたわよ。なんでも喫茶店を開いたって」
「はい。もう数日後には営業を開始する予定です」
「そう。でも都会だったらいざ知らず、こんな田舎じゃかなり大変よ?」
「承知の上です。でも必ず成功させてみせます」
僕を育ててくれたこの土地に恩を返すためにも、きっとやり遂げてみせる。
僕の気合を感じ取ったのか、雪子さんは満足げに笑みを浮かべていた。
「ふふっ、気合は十分そうね。私も偶にはだけど顔を出すわ」
「はい。いつでもお待ちしてます」
「楽しみにしておくわ。……それにしても、もう六年も経ったのねぇ。お祖父さんの所にはもう行ったの?」
「いえ、祖父の元へは最後に行こうかと」
それだけ聞き、「そう」と雪子さんは話を切る。そして何かを思い出したかのようにぽんっ、と手を合わせ
「ああそうそう、駄菓子屋の楓ちゃん。確か仲が良かったわよね、もう挨拶は済ませたの?」
「いやまだですね。まぁこのあとにでも行こうかなとは思ってます」
楓か……懐かしい響きだ。いや、別にこれまでずっと疎遠だったわけじゃない。ただ、他の人からその名を聞くのが久しぶりだった。いつもは携帯の小さな画面に映る文字でしか見なかったから。
「そう……だったら、早く行ってあげなさい」
そう言い、優しい笑みを浮かべる雪子さん。その言葉に甘え、最後に挨拶をすませると車へ向かう。キーを挿しエンジンをかける。
目的地は僕と彼女が長い時を過ごした場所。六年という歳月が経っても色あせない、僕の記憶に鮮明に残った思い出の地。
「ああ、なんだかかなり昔のように感じるなぁ」
行くのは六年ぶりだけどまるで十年経過したかのようだ。きっとそれだけ待ち遠しかったのだろう、この土地に帰ってくるのが。そしてあの場所へ行くのが。
はやる気持ちを抑え、ゆっくりとアクセルを踏み込む。そして車は豊かな自然に囲まれた景色を置き去りにしながら、目的地へと向かって走りだす。
「さて、それじゃあ行くとしますかね」
彼女が、楓がいる────駄菓子屋『かがや』へ。