そして今回はやや短めです。申し訳ありません。
日が昇っていても薄暗いトンネルの先、コンクリートで舗装された道の途中に建てられた一件の駄菓子屋。二階建ての建物の屋根には瓦が敷かれ、ガラス張りの入り口の前には自動販売機やガチャガチャが並べられた、まさに皆の想像する駄菓子屋の姿をした建物。
この田舎で唯一の駄菓子屋だが、訪れる客といえば片手で数えられるほどの人数しかいない子供くらいなもので。夕方に差し掛かかろうとするこの時間帯、カラスよりも先に閑古鳥が鳴き叫んでいる。
そんな人っ子一人いない駄菓子屋の中、昔ながらの駄菓子が並べられた棚の奥に備え付けられた、レジというにはいささか物悲しいカウンターに座る一人の女性。腰あたりまで伸びた淡い金髪とつり上がった鋭い目が特徴的な彼女の名前は
「はぁ……今日も人来ねぇな」
訪れる気配すらない客の陰に、またか、といった楓に溜息を吐く楓。もはや慣れてしまった光景だが、店を運営する側である以上決して慣れてはいけないものだ。そうわかってはいても、どうすることもできない現状に焦りを通り越し、もはや冷静さすら備わってきてしまった。
あまりにも暇すぎるので、今週この店を訪れた客を頭の中で数える楓だが……右手の4本目の指を立てたところで考えるのを放棄。その結果から逃げるように視線を窓ガラスの扉の向こうへと移す。ちょうど近所のお婆さんがスクーターで通り過ぎていった。
「れんげ達はこの間来たし……こりゃ今週はもう誰もこねぇかなぁ……」
言ってて我ながら悲しくなるが、おそらくこの言葉は真実となるだろう。嫌な自信を胸に抱きながら、楓は暇つぶしに携帯を開き過去のメールを読み返す。メールの受信ボックスに羅列するのは二つ下の後輩のものが大半で、自信の交友の狭さを嫌でも実感させられる。
しかしそんな中、ぽつぽつと定期的に名前が表示される人物が。楓は適当にその人物からのメールを開くと『あぁ、随分大きくなったね。そっちに戻った時が楽しみだよ』という文字が。
「戻った時、か……」
頬杖をつき、均等に刻まれた無機質な文字へと目を向け小さく言葉を漏らす。
「あれから6年……ったく、いつになったら帰ってくんだよ」
あの日、自分より先に卒業した彼と交わした約束。絶対に守ると疑ってはいないが、それでももう6年だ。さすがにこの無機質なやりとりだけでは寂し……
「いやいや、何考えてんだ! ったく、柄にもなくメールの読み返しなんてすっから……」
ブンブンと頭を振り、無意識のうちに頭に浮かんだ考えを振り払う。
そして少し冷静になったところで再び、楓はその人物から送られたメールを読み返していく。メールを開くたび「あぁ」や「ははっ」といった、その当時を懐かしむような声を漏らす。
そうして15分ほど、メールを読み返した楓は
「ちょっと喉渇いたな……」
渇いた喉を潤すため、後ろにかけられた暖簾をくぐり抜け奥の部屋へと向かう。
それと時を同じくして、一台の車が駄菓子屋の前に止まり中から一人の青年が姿を見せる。そのまま青年は駄菓子屋のガラス戸を横に動かし中へと足を踏み入れ
「あぁ……本当に懐かしいなぁ」
どこか懐かしむように店内を見回しながらしみじみと呟く。
「すいませーん」
そして青年はこの場にいない店主を呼ぶと、暖簾の奥から「今いきまーす」と返事が返ってくる。すると青年は笑みを浮かべ、暖簾へ視線を向け店主の登場を待つ。
ドタドタ、という足音が徐々に大きくなりながら近づき、そして暖簾を捲りながら楓が姿を表す。
「いらっしゃい……って……」
青年の姿を目にした楓の動きが静止する。
まんまると開いた目は彼女の驚きを表し、そんな楓の姿に青年は笑みを深め
「公樹……?」
「うん。久しぶり……楓」
青年──笹山 公樹は静かに、されど万感の思いを込め、幼馴染へ再会の挨拶を告げる。
☆★☆★☆★☆
「うん。久しぶり……楓」
ぽかんと目と口を開ける楓へと告げる僕、笹山 公樹。
実を言うと、楓には帰る日にちを教えてはいなかった。だから彼女がこうして驚くのも無理はないと思う。
なんで黙っていたかって? ははっ、ちょっとしたサプライズだよ。楓が驚く顔が見たかったけど、まさかこんなにいい反応を見せてくれるなんてね……やっぱりものは試してみるものだねぇ。
このまま驚いた楓の顔を眺めるのもいいけれど、積もる話もしたいから正気に戻ってもらおうかな。
「楓、ほら正気に戻って」
「はっ!……って公樹、なっ、なんでここに⁉︎」
正気には戻ったけど冷静さは取り戻していないらしい。楓は僕を指差し、視線を頭・胴・足の順に動かしながら質問してくる。
「だから言ったじゃないか、ただいまって」
「……本当に? 嘘、じゃないよな……?」
「そんな嘘、僕が君に言うと思うかい?……大丈夫、本当だよ」
なんだか妙にしおらしいっていうか、こんなに弱々しい感じだったっけ? 昔からこう、男勝りって感じだったけど……。
なんて、昔と雰囲気が変わった幼馴染に疑問を浮かべていると
「……え……れん……」
「うん? なんだい?」
「帰ってくるならっ……連絡ぐらい入れろ馬鹿野郎っ!」
怒声とともに駆け出した楓は僕の懐へと入り、プロレスラー顔負けなコブラツイストをかけてくる。
「いたっ、いたたたたっ! か、かえで、ちょっと本気で痛い!」
「知るか! とりあえずあたしの気が収まるまで我慢しろ!」
ちょっ、本当に痛いから! 背骨が出しちゃいけない音だしてるから!
楓の驚く顔が見れたのはいいけれど、ほんの少しだけ後悔をした僕だった……。
あれから数分、楓からプロレス技をかけられ続けようやく解放された。しかしすでに僕の体はボロボロで、お店の床に大の字になって倒れ伏している。
しかし楓の気はまだ収まってはいないらしく、ふんっ、と鋭い瞳で倒れる僕を睨み下ろしてくる。
「ったく、せっかく6年ぶりだってのに……お前は普通に帰ってこれねぇのか!」
「ごめんごめん、僕的に喜んでくれるかなと思っての行動だったんだけど……嫌だったかい?」
「嫌っていうか……連絡してくれないと、こっちの心の準備が……」
尻窄みになっていき最後の方はゴニョゴニョと聞き取りづらくなるが、楓の表情を見るにどうやら嫌ではなかったようだ。
それにしても、昔と変わらずわかりやすいなぁ楓は。まぁそういうところが可愛いんだけどね。
っと、ふざけるのもここまでにして、取り敢えずはちゃんと言わないとね。
「あの日の約束、守りに来たよ……だいぶ時間がかかっちゃったけど」
「ほんとに遅すぎだっての……待ちくたびれたじゃねえか」
ははっ、本当だね……まったく耳が痛いよ。
でも、だからこそ、これだけはちゃんと伝えないとね。
「ただいま、楓」
「あぁ……おかえり、公樹」
夕焼けが郷を茜色に染め上げ、入り口から入り込む光が僕たちを優しく包み込む。
あの日、約束を交わしてから6年。僕も楓もすっかり大人になった。
だけどあの頃と同じように、これから僕たちは思い出を刻んでいくんだろう。
何気ない小さな思い出を。誰も知らない、僕たちだけの思い出を、この胸に──。