High School (IF)leet.   作:神田猫

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入学式〜出航

 坂本龍馬は暗殺を逃れ、ライト兄弟は飛行機の開発に失敗し挫折した。

 坂本龍馬は世界を相手にする貿易企業を起こし、姉の乙女や志士たちの妻女を連れ世界を見聞した。その時、後のブルーマーメイドの前身にあたる女子海援隊が発足する。

 三百年以上栄えた江戸幕府は終わりを迎え、日本は近代国家への道を歩み始める。明治政府から下野した西郷隆盛や明治維新に貢献した五代才助らは、坂本龍馬とともに日本の海運会社『坂本商会』を設立し、海運業を中心とした世界各国との貿易で日本最大の貿易会社へと成長させた。

 明治政府は日露戦争による講和条約の影響で大陸侵略への足がかりを失い、追い討ちをかけるように地下資源の採掘の余波を受け、平野部の多くは海の底へと姿を消した。

 かつての移住地を失った人々は海の上に巨大フロート艦を建造。日本人の生活の場は陸地から海の上へと移り変わった。

 日本は陸軍の増強を図っていたが、地盤沈下による生活の変化に対応するため政策を転換。海軍の増強を図り、坂本商会や各国同盟を重視した政策も功を奏し海洋国家として強い優位性を生み出した。

 第一次世界大戦を機に世界情勢は著しい変化を遂げ、疲弊した欧米諸国に変わり日本・アメリカ・イギリスを中心とした海洋国家の協力体制が力を確立。シーレーン、つまり輸送路などを守るため国際機関を設立し、それ以来、世界を巻き込む大きな大戦は起こっていない。

 日本は世界戦争を起こさないため、軍を解体し軍艦を民間に転用。その過程で、男性ではなく女性が艦長を務めるようになった。これがブルーマーメイドである。

 なお、艦艇の技術が著しく発展を遂げた今日でも、レオナルドダヴィンチが考案したヘリの理論は完成されておらず飛行船のみが空路で利用されている。

 

 『ブルーマーメイドの歴史』と書かれた本とコラムの『空路の歴史』を読み終え、ホッと一息つく一人の男性。

 男性と言ってもまだ非常に若く、外見年齢は大学生や大学院生に見える。だが、海上安全整備局で使われる制服を着ており階級を表す肩章は現場の最高位に当たる一等保安監察官のものだ。

 

「教官職の大変さが分かったかしら? 柊教官」

 

 ホッとした男に一人の女性が声をかける。柊と呼ばれた男に驚いた様子はない。

 

「古庄教官、お疲れ様です」

「お疲れ様。明日からの実習、気が重いわ」

 

 古庄教官は横須賀女子海洋学校の教職員を束ねる存在で、教職上では男の上司にあたる。

 

「古庄教官が弱音を吐くなんて珍しいですね。お疲れの様子ですし」

「ええ、今年から教務主任になったのだけど仕事の量が破格に増えたわ。生徒の船には乗船しないけど、第一集合地点の西之島新島まで文科省や海上安全整備局の研究員を連れて行くことになって気が重いのよ」

「官僚やそれに近い人たちですから事実上上司みたいなものですしね」

 

 古庄は顔に手を当て深いため息をつく。それを見た柊は給湯室でお湯を沸かしお茶を入れる。カップに注がれたお茶からは華やかな花の香りが漂ってくる。

 

「これは……ラベンダー?」

「はい。精神的に疲れた時に飲むと落ち着きますよ」

「ありがとう」

 

 ハーブティーは嗅覚から不安を抑えたり気持ちを落ち着かせることができる。

 ハーブの中では有名なラベンダー、カモミールなどは不安に効果があり、どちらもほのかに甘く飲みやすい。

 

「意外と甘いのね」

「かすかに甘い、という程度ですが飲みやすいですよね」

「このところ、コーヒーや紅茶ばかり飲んでいたからこういう優しい味も新鮮でいいわ」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 笑顔で返す柊。彼は飛び級で大学、しかも海洋医大を卒業した経歴を持ちハーブティーなどにも詳しい。

 

「カフェインは取りすぎると体に悪いのでほどほどに、時には寝ることも大切ですよ」

「ええ、そうさせてもらうわ。明日からもっと忙しくなるだろうし、休まないと」

 

 壁にかけられた時計を見ると、時刻はすでにてっぺんに差しかかろうとしていた。もうすぐ入学式当日になってしまう。

 ハーブティーをぐっと飲み干し、古庄は職員室を出て仮眠室へと向かう。

 

「明日からよろしくお願いします。現場での実績はかねがね。頼りにしているわよ」

「頼りにしていただけて光栄です。こちらこそ、古庄教官の経験を学ばせていただきます」

 

 柊は丁寧に礼をして再び机に向かう。

 入学式まで十時間を切り、これから始まる教官の業務に胸を踊らせるとともに不安もほのかに感じる柊であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長、号令」

 

 入学式が終わり、晴風の食堂に一同が集合した。遅れて入ってきた柊が艦長に号令の指示を出す。

 横須賀女子海洋学校では入学式当日から実習を行う。『海で必要な知識は海で学ぶべし』というような感じで遠洋実習での技能取得を大事にしている。受験勉強で初めて知識を身につけたものが多い最初の実習は教員が乗船する。

 

「起立––––礼!」

 

 艦長、岬明乃の号令で乗員が揃って礼をする。

 晴風乗員、総員三十一名。まだシワのない新しい制服に身を包んだ生徒たちの目はこれからの学校生活への期待から輝いている。

 

「晴風乗員の諸君、初めまして。私が担当教官、柊だ 」

 

 生徒の目つきが変わる。まるで『お前が教官? 男なのに?』と言いたげな目をしている。

 ブルーマーメイドは無論、女性の職業だ。そんな職場で男性というのはイレギュラーな存在。

 海上安全整備局の上層部は官僚なので男性が多いが、現場職員は女性が多い。教官職も女性が多く、横須賀女子は名前の通り女子校になるので教職員はほぼ女性だ。当然。生徒たちも教官は女性だと思っていた。

 そんな生徒たちを気にせず話を続ける。

 

「まず、入学おめでとう。これからは高校生、そしてブルーマーメイドの卵として秩序を守り行動して欲しい」

 

 柊の言葉にさっきまで目を輝かせていた生徒たちに緊張が走る。生徒が初めて目の当たりにする現職のシロイルカの迫力は想像よりずっと強い。多くの海難現場を見てきた、プロ中のプロ。その覇気の強さは尋常じゃない。

 柊も緊張感を高めるために真剣な表情を作る。ここでしっかりと緊張感を持たせないと事故に繋がったりする恐れがあるからだ。

 

「君たちのこれから歩む将来は死と隣り合わせだ。同僚、先輩、後輩、要救助者。現場では誰が命を落としてもおかしくない。それは今日かもしれないし明日かもしれない。岬、分かるか?」

「は、はいっ!」

 

 急な問いかけに岬は驚くが、大きな声で答える。

 

「良い返事だ。一人のミスが誰かの命を奪う、一瞬の迷いが、ほんの数ミリの誤差が。だが、ブルーマーメイドの殉職者は非常に少ない。宗谷、なぜだと思う?」

「はい、厳しい訓練を積み互いを認め合う信頼があるからだと思います」

 

 宗谷の目はまっすぐ柊を見つめていた。迷いのない、自信に満ち溢れている。さすがはブルーマーメイドの名家、宗谷家出身なだけはある。

 

「そうだな。そのために見ず知らずの新入生が演習で生活をともにする。その意味をよく頭に入れて取り組んで欲しい。将来、この晴風での経験は君たちの役に立つ」

 ふぅ、と大きく息を吐き、前のスクリーンにスライドを映し出す。

「見せるか迷ったがこの写真はブルーマーメイドの救助風景。巨大タンカー船座礁の時のものだ」

 

 映し出されるのは黒煙を上げて炎上するタンカー、油まみれになりながら要救助者を探索するブルーマーメイド隊。どの写真も報道される花々とした理想とはかけ離れたものだった。

 

「驚いたか? 今までテレビで見ていた、聞いていたブルーマーメイドの姿は現実じゃない。この事故ではタンカー乗員が何人か死亡した。残念なことにブルーマーメイド隊の一人も怪我により除隊を余儀なくされている」

 

 この事故で柊率いる特務艦ひたちは後方で重症者の手当を行っていた。除隊を余儀なくされたブルーマーメイドの隊員は腕に倒れてきた鉄骨が当たり出血多量、神経も傷ついてしまっており左腕を切断した。

 

「救助以外の場で殉職する奴もいる。海賊との戦闘、スキッパーの実技訓練、潜水訓練、君たちが渡る未来は一歩踏み外すだけで死に直結する」

「教官、僭越ながら申し上げます。教官は我々の恐怖心を煽っているのですか? 先ほどからブルーマーメイドの負の面を伝えていますが、そればかりではないのでしょうか?」

 

 あまりの空気の重さに宗谷が話に割って入る。柊がハッとして周りを見ると顔色を悪くした生徒もいる。

 

「宗谷の言う通りだな、少々周りが見えていなかったようだ。重い話をしてすまなかったな。楽にしてくれ。ここからは普通のホームルームだ」

 

 柊の言葉に戸惑う生徒たち。教官に楽にして良いと言うが、どのくらい楽にしていいのか掴めない。

 

「各自自己紹介をしてもらう前に、改めまして私が担当教官の柊蓮一等保安監督官だ」

「「「「えー!?」」」」

「えーってなんだ、えーって」

 

 先ほどまで顔色を悪くしていた生徒たちも含め満場一致の驚きに対して柊がツッコむ。ここの乗員たちは一つのネットワークで共有されているのではないのかというほど反応が揃っている。

 

「一等保安監察官って軽く言いますけどブルーマーメイドでもホワイトドルフィンでも最高位の階級なんじゃ……」

 

 宗谷が驚きながら全員の気持ちを代弁する。

 

「まあそうだな。一応十八で海洋医大を卒業している。今二十五だから––––」

「「「「えー!!」」」」

「……今度は何だ」

「二十五歳!?」「嘘、嘘でしょ!」「私のいとこと同い年だよ」「一等保安監督官なのに二十代なんて……」「医大卒だからお医者さんなんじゃ」

 

 一つのネットワークで構成されているかのように揃った反応をする生徒たちは、今日初めて会ったとは思えない。統一された表情を見せる。

 

「確かに医者で専門は循環器。オールマイティーに診れるけどな。ん? 宗谷。そんなに考え込んで何か信じ難いことがあったか?」

「いえ、航洋艦の教官なんかに現役トップクラスの方が任官されるなんて聞いてことなくて」

 

 指導教官の多くはブルーマーメイドを早期退職して教官の道へ進んだものなので階級はさほど高くない。教官を束ねる古庄でも二等保安監督官。他の教官はせいぜい保安正、高くて三等保安監督官だ。

 上官より部下の方が階級が高いという通常では考えられない状況が出来上がっているが、古庄教官には宗谷校長が話を通してくれた。

 

「”なんか”という表現はあまり良くないな。自分たちの力を低く見積もりすぎだ。現役とは言っても任官されたからもうホワイトドルフィンじゃない。俺に自己紹介は終わり、次は岬」

「はい! 艦長の岬明乃です––––」

 

 最前列に座っていた岬が勢いよく立ち上がる。一人終わると次の一人、というように進んでいく。

 

「副長の宗谷ましろだ––––」「書記の納沙幸子です––––」「水雷委員の西崎芽衣よ––––」

 

 一人一人自己紹介を終え、最初のホームルームを終える。

 

「では、ホームルームはこれまで。各自、出航準備のため持ち場に移れ。以上!」

 艦橋組は艦橋へ、機関科は機関室へ、航海科や主計科は各自の持ち場へ散る。

 柊が艦橋へ向かおうとすると、岬に呼び止められた。

 

「教官、ちょっとお聞きしたいことがあります」

「なんだ? 各乗員のスリーサイズとかは教えられないぞ?」

「い、いえ、そうではなく……」

 

 岬は教官の発言にドン引きした。柊もそれを察する。『やばい、セクハラになる』というので頭がいっぱいになった柊に、岬が問いかける。

 

「なぜ私が艦長なのでしょう。私が艦長になれるほどの成績だとは思えないのですが」

「ああ、そんなことか。入学時の試験なんてきにするな」

「えぇ!?」

 

 教師としてテストの内容を気にするなという発言はいささかどうなのだろうと思う岬。

 そんな岬をよそに柊は確信を持って続ける。

 

「あのテストはあくまで基礎学力を図るテストだ。入学時成績が良い生徒が首席になるというわけではない。艦長とは特に異質な職業で、部下への信頼、戦況を見る目、冷静な判断とか、普通じゃ見れないような能力が必要なんだよ」

 

 艦長適性と基礎学力は全く違う分野だ。基礎学力があっても艦長としての素質が低い人間は艦長にはなれない。だが、基礎学力が低くても艦長適性が非常に高ければ艦長になれることがある。余は、才能。艦長になれるものとなれないものの差が何かと究極的に追い求めると才能にたどり着いてしまう。

 

「どの能力も自分で測るんじゃなくて他人が見て判断するものだしな」

「でも、ペーパーテストだけでそんなこと分かるんですか?」

「そんなわけないだろう? 試験が学校だけで済むわけがない。ブルーマーメイドは将来日本を守る職業だ。警察官とかと同じで身辺調査などはしっかりと行われている」

「そ、それは知らなかったです」

「知られたら詐称したりする人が出てきたり、宗教や国家に利用されたりするだろう? あ、これは機密事項だから内緒な」

 

 あっさりと国の将来にすら関わりかねない機密事項を生徒に漏らして良いのだろうかと思う岬。

 

「もちろんです。こんなことは口が裂けても言えません!」

「そう言ってもらえると安心するよ。君達はすでに特殊ではあるが公務員なんだよ。で、話を戻せば岬は身辺調査で問題はなかった。まあ、心配要素ならいくつかあったんだがな」

「心配要素、ですか?」

「『精神的に未熟』、『突発性な行動が多い』とかかな? 他の適正は比叡や武蔵クラスに乗艦できるレベルだったようだが、その辺の不安要素を治すためにもこの船になったんだろう」

 

 武蔵クラスに入る生徒は、座学実技ともに最高レベルであり尚且つ精神的に成熟した優秀な生徒で泣いとけない。年によって優秀な生徒が少ないと、武蔵クラスは作られない。

 精神的に未熟だと、洗脳をされたりストレスの負荷に弱かったりしてしまう。これらは早めに治さないといけないため学校側も『精神的に未熟』とされた生徒は、教官に気を配るよう通達している。

 

「それは……」

「自分の過去があるからしょうがない。とか言うなよ」

 

 見透かされたような発言にドキッとする岬。

 岬は幼い頃、海難事故で海上安全整備局に勤めていた両親を失っている。

 

「それは甘えだ。過去であれ未来であれ生あるものは死ぬんだ」

「柊、教官……?」

「すまない。配慮が足らなかった。嫌なことを思い出させたな」

「いえ、大丈夫です」

「ならいいんだが……岬、時間大丈夫か?」

 

 懐中時計を取り出して見れば時間はすでに出航時間ギリギリ。

 

「本当だ! 教官失礼します!」

 

 慌てて環境へ向かう岬明乃。そのあとを追うようにゆっくりと艦橋に向かう柊であった。




二度も間違えて投稿してしまいました。
こんにちは、神田猫です。

無計画に作品を広げていますが、ガルパンの方は数ヶ月に一度の更新なので問題ないでしょう。Maybe…

こちらも更新は非常にゆっくりになる予定ですが、頑張ります。

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