IS-迷子の首輪付き-   作:メルチル

10 / 17
打鉄・弐式

「……完成っ!」

 

閑散とした整備室に、簪の嬉しそうな声が響き渡った。目の前にある、専用機『打鉄・弐式』が遂に完成したためである。少し後ろからそんな彼女を微笑みながら見守っていたエレンと本音は、拍手を送った。

 

「おめでとうございます。ですが、クラス対抗戦に間に合わなかったのは残念ですね。まあ、結局有耶無耶にはなってしまいましたが」

 

「かんちゃんおめでと〜!えれち〜に褒めてもらえてよかったね〜」

 

簪は照れ臭そうに顔を赤くして2人に感謝の言葉を送る。元々、一人で作り上げる気でいた専用機だが、この二人の助力がなければ完成がいつになるかもわからなかったのだ。感謝してもしきれない。特に、エレンの齎してくれたデータがなければマルチロックオンシステムなど夢のまた夢であったに違いなかった。

 

「さて、では行きましょうか」

 

「……どこにいくの…?」

 

「折角完成させたんです。実際に、起動させたいでしょう?」

 

悪戯っぽく笑いかけるエレンに顔を赤くした簪は大きく頷く。元々、動作確認や起動データをとるために何度か搭乗はしていたのだが、それだけである。ようやっと完成した自分の専用機。それに乗りたくないわけがないのだ。三人はいつもエレンが一夏達との訓練用に使用しているアリーナへと移動するのであった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「更識、簪です…。よろしく…」

 

アリーナにはすでにいつものメンツが揃っていたので、早速顔合わせを行う。最近になって鈴も参加するようになったこの特訓には、現時点で3名もの代表候補生がいることになる。簪も専用機が完成し、本人の希望もあり今後は特訓にも参加するのが決まった。

 

「では、早速やりましょうか。今日は3対3のチーム戦にします。俺、簪さん、箒さんのチームとオルコットさん、鳳さん、一夏のチームに別れてください。開始は15分後。それまでにブリーフィングを済ませてくださいね」

 

手早く指示を出したエレンは簪、箒ととも一夏達とは反対側のピットへ移動する。簪は初の実戦で心なしか落ち着かない様子だったので、エレンはあやすようにポンポンと頭を叩いた。そんな様子をみて箒が驚きに目を見開く。

 

「珍しいな、エレンがそんなことするなんて。異性との接触は意図的に回避してるように見えたんだが」

 

意外と観察していた箒に苦笑いを零したエレンは手を引っ込める。その手を名残惜しそうに簪が見ていたのだが、エレンは知る由もない。

 

「簪さんは、まあ、なんというか……例外?ですかね。とにかく、ブリーフィングを始めましょう」

 

エレンのいう例外に別段特別な意味などなかったのだが、簪はあらぬ勘違いをしているのか顔を赤らめて俯いてしまう。なんとなく二人の関係を察した箒は思わず苦笑いを零したが、頷く。

 

「では、まずは敵の戦力を分析しましょう。……そうですね、箒さん。簡単に、敵戦力の考察をお願いできますか?簪さんは今日が初めてなので俺達のIS、戦闘スタイルが把握しきれてないですし、出来るだけ細かくお願いします」

 

「うむ。まずは、敵の戦力だな。セシリアのブルー・ティアーズは遠距離特化のISで、本人の射撃能力も高く、距離を置いた射撃戦を好む。中距離になるとビットを駆使して此方の足止めに徹し、その隙をついて距離をとって仕切り直すか、狙撃を加えてくることが多いな。近距離戦になるとミサイル搭載のビットと短剣も使用してくる」

 

ふむ、と簪は真剣に箒の言葉を聞いている。わざわが箒に説明させたのは、彼女が普段からエレンが言っている『敵の力量を見極める所から戦いが始まっている」という教え

を守れてるかを試すためなのだが、しっかりこなしていることが伺える分析であった。

 

「一夏の白式は、セシリアとは正反対の近距離特化のISだな。零落白夜による超攻撃が可能で、当たればまさに一撃必殺だ。逆に遠距離武装を一切持てないので、中、遠距離では空気に等しい。ただ、最近は一夏もかなり技量を上げてきているし、瞬時加速による急速接近があるから要注意だな」

 

簪は一夏の話になると不機嫌になる傾向があったのだが、今回は真面目に話をきいている。というより、エレンは彼女の瞳の奥に闘志の炎が燃えたぎっていることに気づき、一夏に心の中で合掌しておく。

 

「最後に鈴だが……最近参加したばかりで、まだよくわからない。とりあえず、近、中距離での戦いを好み、近距離では双天牙月、中距離では龍砲か連結した双天牙月を投擲してくる」

 

どうだ、といってエレンに視線をおくる箒に、よくできました、と言わんばかりに笑顔を返すエレン。欲を言えば、短い時間でも鈴のことを把握して欲しかったが、流石に訓練を始めたばかりの箒にそこまで求めるのは酷であろう。

 

「さて、次に俺達の戦力ですね。先ずは箒さん。ISは訓練機の打鉄。近距離戦闘が得意で、近距離戦闘ならかなりいい線までいくでしょう。アサルトライフルも拡張領域に入っているはずですが、あまり使わないですね。一応、促しているんですが、射撃はまだ不得手のようです。近距離戦闘なら一夏、凰さんとも張り合えるので前衛を担当するのが妥当でしょう」

 

射撃のことを指摘され、うっ!と声を漏らす箒。確かにエレンによく指摘されるのだが、どうしてもブレードを持っているとそれに固執してしまい、切り替えが出来ない。頑固で負けず嫌いな性格のせいでもあるため、エレンとしても早々に矯正出来るとは思っていないが。

 

「次に、簪さん。彼女は俺達のメンバーの中で唯一のオールラウンダーですね。すべての距離に対応可能な武装を有しており、本人の技量もそつなく全距離での戦闘を熟るほどあります。マルチロックオンを併用した山嵐により、一人で多数を相手取ることも出来ますし、今回は箒さんの援護に回ってもらうのがいいでしょう」

 

簪はベタほめである。元々、更識として生きてきた簪は人並み以上に武芸に通じており、またISに関しても代表候補生になれる程度の実力は秘めているので、当然の評価でもある。褒められた簪はやる気十分といった様子で大きく頷く。

 

「最後に俺ですが……基本は近、中距離で戦います。遠距離も出来なくはないですが、拡張領域に入れてないので選択肢から外しますね。視野は広い方なので、今回は最前線に飛び込んで敵の撹乱に徹します。まあ、遊撃、といったところでしょうか」

 

「…私は、篠ノ之さんの援護だけでいいの……?」

 

「彼女、タイマンならばかなり力を発揮できるので、そういった状況を展開できるように場を整えてあげてください。初めての協働ですが、簪さんなら大丈夫ですよ」

 

「…うん!がんばる…」

 

「うむ、一対一ならば、任せておけ!」

 

「よし、ではいきましょう。……簪さんの初陣です。勝利で飾りましょうね」

 

エレン達はISを展開。そのままアリーナへと飛び立ってゆく。そこには既に、一夏達が待ち構えていた。

 

「お、きたな。さぁ、やろうぜエレン!」

 

「ちょっと、一夏!あんた自分の役割忘れないでよ?エレンは私の獲物よ!」

 

「ちょっと、鈴さん!大きな声で作戦言わないでくださいまし!」

 

コントのような反応で彼らの大体の戦術がわかってしまったエレンは苦笑いを浮かべる。恐らくは鈴をエレンにぶつけ、その間に2対2の試合展開を行うつもりなのだろう。分断は戦術のセオリーであるし、悪い判断ではない。彼らの判断ミスは、見ず知らずの簪の力量を低く見積もり過ぎたことであろう。

 

『簪さん、開幕に山嵐を使えますか?』

 

『…うん、大丈夫。…ねらいは?』

 

『一夏とオルコットさんにお願いします』

 

『…了解』

 

『箒さんは一夏の相手を。貴女の近接戦闘の技量ならば、難しくはないでしょう。ただ、零落白夜には十分気をつけて下さい』

 

『ああ、任された!』

 

プライベートチャネルでの通信を終えると同時に、カウントが始まる。

 

3。一夏と箒がそれぞれの得物を構え、お互いを見据える。エレンは両腕に近接ブレードをコール。鈴も双天牙月を二刀状態で構える。簪はいつでも山嵐を使用できるようにマルチロックオンを行い、セシリアはスターライトmk-3の照準をエレンへと向ける。

 

2。一夏と箒のISの背に、エネルギーが収束し始める。エレンと鈴は睨み合ったまま。簪はマルチロックオンを終了し、セシリアもエレンをロックオンする。

 

1。一夏と箒は瞬時加速の目前。エレンがここにきて急激にエネルギーをスラスターに集め始める。鈴は迎撃を選び、背後の龍砲も起動。簪とセシリアは、トリガーに指をかける。

 

そして、0。

 

「「おおおおおぉっ!!」」

 

真っ先に飛び出したのは箒と一夏。ついで、簪の駆る打鉄・弐式のミサイルユニットが火を噴く。

 

「…いけ…!」

 

精密に操作されたミサイルの弾幕が、一夏とセシリアへと殺到する。完全に不意を突かれた一夏は慌ててブレーキをかけようとするが、それはナンセンスだ。セシリアもそんな一夏の援護と、自分に殺到するミサイルの対処に回らざるを得なくなり、止むを得ずエレンからロックを外した。

 

それと同時に、エレンが瞬時加速で飛び出す。狙いは、鈴。

 

「っ!このぉ!!」

 

セシリアの援護がなくなったことに慌てた鈴は、焦って衝撃砲を撃ち出す。それらは瞬時加速を行ったエレンの僅か後ろを通過するだけに終わってしまう。

 

「いきますよ」

 

声をかけると同時に、両手のブレードで挟み込むように切りつける。鈴はとっさに両手を広げるようにしてその斬撃を防ぐが、それと同時に腹部に蹴りを貰ってしまう。

 

「くううぅ!?」

 

すぐに姿勢を制御するも、目前には再びエレン。繰り出される斬撃を受け流すが、それで手一杯。龍砲による反撃を行うほどの余力はなく、剣技でもエレンには及ばずに防戦一方。なす術が無く、着々とシールドエネルギーがのみが削られてく。

 

「あんた、強すぎない!?これ、絶対最近IS乗ったやつの動きじゃないわよ!」

 

「んー、まあ、そこは……才能ですかね?」

 

「こんの……っ!」

 

おどけるように首を傾げたエレンに青筋をたてる鈴。プライベート・チャネルで一夏とセシリアからの報告を聞く限り、向こうも劣勢。援護は期待できない。ならば、自分の力だけで活路を開く他ないと考えた鈴は、賭けに出る。

 

 

「これなら……どうよ!!」

 

龍砲を最大出力で、発射。狙いはほとんど適当だが、この距離なら外れない。暴発とも言えるその一撃でなんとかエレンとの距離を離すことに成功した鈴は、すぐさまPICで姿勢を制御し、エレンの方へ視線を向けた瞬間。目の前に、紫雷が奔った

 

「きゃあぁ!?」

 

「流石です、簪さん」

 

簪の春雷による絶妙な支援により、再び鈴の姿勢が崩される。エレンは瞬時加速を用いて刹那の間に肉薄すると同時に、ブレードを一気に振り下ろす。

 

「ああ、もう!!ちゃんと抑えてなさいよ、一夏あああ!!」

 

そんな捨て台詞ともに緩やかに墜落して行く鈴を尻目に、エレンは対象を一夏へと移す。この時点で、最早勝敗は決していたといっても過言ではなかった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「あー、負けた負けた!」

 

「ま、まさかここまでお強いとは……。とんだダークホースがいたものですわね」

 

「くうぅ!もう一回よ!!エレン、タイマンでやるわよ!」

 

合計で5戦したもの、結局のところ勝敗はエレン達が全勝。最初の方こそまさしく瞬殺されていた一夏のチームであったが、後半ではだいぶ簪のISの特徴を観察したのか、いい試合をしていた。それでも勝てないのは、偏に簪の能力が高く、また、連携もそつなくこなす器用さがあるからだろう。

 

「簪は強いな!私もとてもやりやすかったぞ!!援護、感謝する」

 

簪の援護の恩恵を受けていた箒が、簪の技量の高さは1番理解している。常に箒が敵と一対一になるように場をととのえ、さらに不利になるとすぐさま援護射撃を飛ばしてくれる。さらに、セシリアに箒が接近できた際には、残された前衛担当の一夏だったり鈴だったりを近接戦闘で分断することまでしてくれた。お陰で、この試合において唯一訓練機である箒がもっとも撃墜数が高いという異例の結果を叩き出していた。

 

「…ううん。箒こそ、とっても近接戦が上手い…」

 

だいぶ打ち解けた二人はもう名前で呼び合う仲のようだった。今まで打鉄・弐式の開発にかかり切りで、交友関係があまり広くないことを知っていたエレンとしてもそんな簪の様子は喜ばしいものであった。

 

「さて、今日は解散です。一夏達は時間があるときでいいので、なぜ負けたのかを三人で分析してみて下さい」

 

各々の返事をし、その場を解散になる。それぞれピットに戻る中、簪とエレンだけがアリーナに残った。

 

「…エレン。…いろいろ、ありがと」

 

「いいえ。こちらこそ、久々に楽しかったですよ。まるで、リリウムと協働した時のことをーーー」

 

にこやかに笑いかけて、思わず口から出た言葉。それに気づいたエレンは言葉を飲み込むと同時に、戦闘中感じていた既視感の理由にようやく気づけた。そうだ、この痒いところに手の届くような援護は、彼女に似ていたのだ。今はもういない、二人の妹の面影を感じさせる少女の頭を、誤魔化すようにエレンは撫でる。

 

「…むぅ。…子供あつかい…」

 

「あはは。簪さんを子供扱いだなんて、とんでも無い。貴女は充分魅力的な女性ですよ」

 

「…エレンは、いっつもずるい……」

 

頬を赤らめて視線を落としていた簪だったが、やがて何かを決めたような表情を浮かべ、顔を上げる。

 

「…エレン。私と…戦って…」

 

「ええと……理由を伺っても?」

 

「…貴方と私の間にある力の差を…理解しておきたい……」

 

何となくだが、エレンは察してしまった。簪が、自分の隣に立って戦いたがっていることを。いつもなら笑って流し、誤魔化すところだが、目の前の少女には誠実でいたいと思うエレンは直ぐに応えることができなかった。それが裏切ってしまった二人の妹への償いだとわかっていても、もう2人が戻ってこないとわかっていても。

 

エレンはプライベート・チャネルで千冬に現在使用中のアリーナのロックを依頼すると、簪へと向き直った。

 

「わかりました。俺も、正真正銘本気でやります」

 

「……うん!」

 

嬉しそうな簪の声と同時にアリーナがロックされる。それを確認したエレンはアルファートを待機状態にし、ストレイドを展開する。白と黒のモノトーンカラーに、鋭角的なフォルム。この世で最も有名といっても過言ではない、黒騎士と呼ばれるISがそこに出現する。

 

「え…?」

 

「黙っていてすいません。俺が、黒騎士です」

 

簪が呆気にとられたのは、ほんのすこしの間だけ。直ぐに気を引き締めた彼女は、鋭い視線をエレンへと向ける。

 

「…私のワガママに付き合ってくれて、ありがとう。……期待は、裏切らない…」

 

最後の言葉は自分に言い聞かせるようにして、簪は目をつむり、大きく深呼吸。そんな姿を見て、エレンは手元に黒刀をコールする。

 

「「…………」」

 

カウントは敢えてしない。先手は、簪に譲ると決めていた。簪は精神を統一し終え、目を見開く。同時に、数多のロックオンアラートが鳴り響いた。

 

「…いって、山嵐…!!」

 

間違いなく、今までで最大の量のミサイルが展開される。対象をエレン一人とすることで緻密な操作を可能にしたその一撃はそれぞれが違う軌道を描いてエレンへと殺到する。エレンは薄く笑みをうかべると同時に、上昇瞬時加速を発動。ミサイルが軌道を変更するや否や、急制動、鋭角に瞬時加速。それを瞬く間に繰り返したエレンはミサイルを置き去りにし、簪へと接近。黒刀を振り下ろす。

 

「…っ!?」

 

世界最高といっても過言ではないスピードを誇るストレイドの繰り返すデタラメな機動。稲妻瞬時加速(ライトニング・イグニッションブースト)と名付けられた、エレンとストレイドのみが行えるその超機動に、何度も何度も黒騎士と企業の三機の戦闘動画を見返した簪だからこそ辛うじて反応することができ、何とかその一撃を夢現で受け止めることに成功する。しかし、それが限界だった。

 

エレンは受け止められると同時に脚部にビームブレイドを展開。簪に蹴撃を叩き込むと同時に弾き飛ばす。直ぐさま追撃のために瞬時加速を発動するエレンだが、簪は迎撃のカードを切る。一連の動作を見てから反応することは凡そ不可能に近いが、エレンに近づきたいと願い、そして黒騎士に憧れや畏怖を抱き、その戦闘を見ていた簪は次の行動を予測することが出来た。

 

「これなら……!」

 

山嵐をはなつ。今度は精密な操作はしない。等間隔にミサイルを置いて質量の壁の構築するだけだ。エレンは感心したように一人バイザーの中で笑みを浮かべると同時に、さらなるカードを切る。

 

「PA、起動」

 

ある程度の攻撃ならば完全に無効化できる粒子膜を形成、強引に突破を試みる。爆煙とともに、シールドエネルギーが削られるがその威力のほとんどは減衰されている。爆煙を突破した先では、紫電がエレンに向けて奔っていた。

 

「……っ!!」

 

エレンが驚いたのは一瞬。ほぼ反射的に黒刀で受ける。それにより減衰された紫電がさらにPAにより削減され、エレンにはほんの雀の涙ほどのダメージしか届かない。しかし、久方ぶりに喰らう直撃に面喰らったエレンは、自分が簪を侮っていたことに気づき、気を引き締める。

 

距離を詰め、黒刀を一閃。簪が選んだのは迎撃だった。一見後退がいい手にも見えるが、ストレイドのスピードとエレンの力量を踏まえれば、迎撃一点に絞って集中したほうが望みがある。

 

初撃を夢現の中程で受け止める。すぐ様繰り出されるビームブレイドを展開した蹴りを機体を後退させて回避。同時に瞬雷を放つが、エレンは脚部ビームブレイドの一撃で相殺。近距離で射撃武器を撃ち落とすなど信じられない光景だが、簪は目の前の男の実力把握してる。蹴りを繰り出したエレンにすぐ様夢現を突き出す。

 

「狙いはいいですね」

 

しかしエレンは脚部のビームブレイドを消すと同時に、脚部ブーストの出力を展開装甲を用いて引き上げ、強引に体勢を変える。その勢いのまま夢現の側面を蹴りとばして矛先を逸らすと同時に、黒刀の一撃を簪へ見舞った。

 

「っあ……!?」

 

簪は衝撃を受けてわずかに後退すると同時に、エレンの次の行動を推測する。彼の場合、確実に追撃を仕掛けてくる。このままでは黒刀、脚部ビームブレイドの乱舞で瞬く間に撃墜に追い込まれる未来が目に見えている。瞬間的に判断した簪は、自爆覚悟で山嵐を発射した。

 

「いい判断です…っ!」

 

エレンは先頭のミサイルを両断すると同時に、後方瞬時加速。連続する爆風から遠ざかり、わずかに届いた爆風もPAがかき消す。簪も後方に移動していたものの、エレンのように後方瞬時加速を行うことはできないので爆風に吹き飛ばされる。それも予測の範囲であり、簪はすぐ様PICにて姿勢を制御し、前を見据えた。

 

「簪さん。貴方は、強い」

 

エレンは攻撃ではなく、言葉をかけた。素直な賞賛の言葉にいつもの簪であるならば喜んでいたに違いないが、彼女はエレンを警戒しつつも、機体の状況確認を行っていた。

 

(エネルギー残量、10%弱。被害状況はスラスターの出力が21%低下、パワーアシストも12%低下。山嵐は残弾ありでも、半壊で使用不可。春雷は運用可能。夢現は爆発の衝撃で紛失。……取れる選択肢は、迎撃のみ)

 

マルチロックオンというシステムを使いこなしている以上、簪の脳処理速度は常人より遥かに高い。すぐ様状況を確認、さらに次の一手を導き出した簪だが、違和感を感じる。

 

(なにか……音が?)

 

ーーーーキイィィィィン。

 

ハイパーセンサーが捉えた雑音。初めは小さかったそれがやがて大きくなる。そしてその頃には、エレンの黒刀から発せられる音だと気付いた。

 

「だから、本気で行きます。ーーー|LUNATIC(ルナティック)、機動」

 

黒刀が哭いていた。そして、エレンが居合の構えを取る。この構えはエレンが勝負を決める必殺の一撃を放つ兆候。それを知る簪はギリギリまで引きつけたのちに、春雷の一撃を叩き込もうとしたのだが……。

 

「え……?」

 

気付いた時には、簪の駆る打鉄・弐式のエネルギーはゼロになり、墜落していた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

(……負けた…)

 

シャワー浴びながら、簪は先ほどのエレンとの戦いを思い返していた。内容的には、自分の全力を出すことが出来たと自信を持って言える。しかし、その結果はエレンのシールドエネルギーの1/10も削れぬうちに終わるという、残酷なものだった。

 

エレンの使っていたISは篠ノ之束によって作られたものであり、確かにそこには埋めがたい性能の差があるのは間違いない。だがそれと同じくらいにエレンと簪の操作技術に差があるのも痛感させられた。仮にエレンが普段のアルファート・カスタムを使っていたとしても、大して結果は変わらなかったように感じる。

 

エレンは戦いのあと、簪を賞賛していた。その言葉に嘘がなかったのはある程度付き合いのある簪には理解できる。簪も、黒騎士と企業の三機の戦闘動画を見ているから、自分がどれだけ奮戦出来たのかも理解できる。しかし、それでも。

 

(今の私じゃ……足手まといだ)

 

今回は偶々奇襲が功を成し、攻撃を当てることができた。運の要素が大きい。戦いの中で運というものも重要であるのも承知だ。しかし、次にエレンの駆るストレイドと戦った時には通じない。今度は恐らく、完封されるだろう。

 

策を弄するのは大切なことだ。だがそれ以上に、実力が足りない。簪にも、打鉄弐式にも。

 

「…つよく、ならないと……」

 

初めはただ、憧れであった。巧みな操作技術を持ち、心優しい彼に少しでも恩返しがしたいと思った。しかし、今は違う。彼の力になりたいと思う。彼の敵を討ちたいと思う。彼に必要とされたいと思う。

 

気がつけば彼のことばかり考えてしまう。頭を撫でられて、心地よかった。褒めてくれて、嬉しかった。隠し事を教えてもらえて、安心できた。でも、時折寂しそうな笑顔を浮かべる訳をまだ教えてくれなくて、モヤモヤとした感情が溜まっていく。

 

「…頑張らないと……」

 

強くなれば、その理由も教えてくれるだろうか。隣に立つことを許して貰えるだろうか。もっと彼のことを教えてくれるだろうか。もっと、もっとーーー。

 

その感情が何なのか、簪はまだ理解していない。ただそのもどかしくも心地よい感情が、好きであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

エレンは簪との戦いを終えると、千冬に礼と共にアリーナのロックを解除しても良い旨を伝えた。野暮用があると簪を先に部屋に返し、今は人気のないピットに独り佇んでいた。

 

「……で、どうでしたか?妹さんは。姉の貴女から見て」

 

その問いは、今までの戦い全てを覗いていた者に告げられてた。問いかけられた主は苦笑いと共に、姿を現わす。

 

「お姉さん、バレてない自信あったんだけどなー。黒騎士さん」

 

現れたのは簪とよく似た容貌の少女。水色の髪が外側に跳ねていて、人好きのしそうな笑みを浮かべていた。バッと開かれた扇子には流石!、とやけに達筆な文字で描かれていた。

 

「まあ、だいぶ前から監視には気づいていましたしね。結構なお手前でしたよ」

 

監視対象から褒められ、苦笑いを返す少女。その少女が誰なのかは、エレンもよく知っていた。

 

「それで、学園最強でもあり、更識家の現当主、楯無さん。どうでしたか、妹さんは」

 

「随分と強くなったのね、簪ちゃんは。でも、複雑な気分よ。目標が私ではなく、貴方になっているのは」

 

本当に不本意そうな楯無に今度はエレンが苦笑いを返した。それにしても、と楯無が話を切り出す。

 

「良かったのかしら、あのISを簪ちゃんに見せてしまって?一応、最高機密だと伺っていたのだけれど」

 

「ええ。元々、俺の裁量で正体をばらしても構わないと言われていたので。それに、簪さんは口外しないでしょうしね」

 

「あら、そうかしら?あの子、随分と黒騎士にご執心だったから、案外友達とかに自慢しちゃうかも」

 

「その時はその時ですね」

 

「……ふーん。簪ちゃんに甘いっていうのは、本当だったみたいね」

 

少しだけ、楯無から送られる視線に敵意が混じっていることにはすぐに気付いた。それが嫉妬であるのは彼女達姉妹の関係から直ぐに理解出来るので、エレンも戦闘態勢をとったりはしない。微笑ましいと思う一方で、羨ましいな、とエレンは感じた。

 

「……一つだけ、忠告です。貴女と簪さんの間にあるすれ違いは、早めにどうにかしたほうがいいですよ。いなくなってからでは遅いですから」

 

「どう意味かしら、それは」

 

「別に、特に深い意味はないのですが……先日、企業の私兵が襲撃してきたのはご存知ですよね?」

 

「ええ……。衛星が『偶々』不具合を起こしていたせいで、揉み消されたけれどね」

 

「あの時は偶々被害がゼロでしたが、もし次に同じようなことが起きたらどうなるかはわかりません。此処も、完全に安全とは言い難い」

 

「……耳に痛い話ね。でも、黒騎士様がなんとかしてくれるんでしょう?」

 

「俺の任務はあくまで一夏達の護衛です。出来る範囲で力は貸しますが……企業が本腰を入れてきたら、被害0でというのは難しいでしょうね」

 

企業は国家でないにも限らず、下手な国家よりも多くのISコアを所持している。おまけにそのパイロットはエレンと同じく、戦うためだけに作り出されたデザインベイビーと、戦闘に長けた傭兵だ。エレンは強いが、独りだ。守れる範囲にも限度がある。

 

「……情けない話ね、貴方に頼りきりなんて。兎も角、ご忠告ありがとう。少し考えてみるわ」

 

「ええ。それでは、失礼します」

 

神妙な顔付きの楯無と別れ、エレンも部屋へと戻るのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。