※後半グロ注意
(ああ、そうか。私は、負けたのか)
心地よい微睡みに身を委ねていたラウラは、自分の敗北を理解した。勝つために、ただ力を求めた。元々は織斑一夏を叩きのめしたかっただけなのに、いつしかエレン・クロニクルという不可思議な存在に勝とうと躍起になっていた。きっと、自分と同じ造られた命と彼の口から聞いた時から、ライバル視していたのだろう。ラウラの産まれた施設では結果が全てであり、能力がないと見なされた試験体達は処分されていた。故に、恐怖した。エレン・クロニクルに敗北し、兵器として劣っていることを証明されてしまうことを。あの施設が今はもう無いと分かっていても、怖かったのだ。
(私は、結局なんなのだろうな……。わからない、なにもわからない……。もう、どうでもいい)
『深く考え過ぎです、ラウラ・ボーデヴィッヒ』
(……強い貴方には、わからないのだろうな)
『強くなんか無いですよ、俺は。どうしようもなく弱虫で意気地なしです』
(嘘だ。貴方は強かった。現に、訳のわからないシステムを使っても倒せなかったではないか……)
なんとなく、ラウラには顔が見えないはずの彼が、苦笑いを浮かべているような気がした。
『強さというものは、ただ敵を倒す力だけ持ってれば良いというものでは無いんですよ
。それを正しく御しきれなければ、それは強さではなく、ただの災厄だ』
(私達は……戦うために造れられた。ならば、強くなければその存在価値を証明出来ない)
『そればかりですね、貴女は。そんなに、拘らなくてもいいでしょう?兵器としての貴女に』
(……私は、これ以外の生き方を知らないんだ)
『それなら、色々と試してみましょう。放課後に友達と下らない話しをしたり、一緒に甘いものを食べたり。休みの日は買い物に行ったり、映画を見たりーーー貴女の未来には、無限の選択肢があるんですよ?自由に生きなきゃ勿体無いでしょうに』
(貴方も……自由に生きているのか?)
『いいえ。言ったでしょう?俺は弱虫で意気地なしだと。自分の事が怖いんです。誰よりも、何よりも』
(ははは、なんだか……説得力がないな)
『ええ、俺もそう思います。……怖いですか?造られた目的に反して、自分で自分の生きる道を決めることが』
(……怖い。どうしようもなく怖いよ。なにも知らないんだ、私は。何も決めたことがないんだ、私は。正しい選択を出来るか、怖くて怖くて仕方ないんだ)
『ええ、分かりますよ。その気持ち。自分で何かを決定する事は本当に怖いことです。だからーーーかつて、俺がそうしてもらったように、道を示しましょう』
(道……?)
『この学園にいる間、貴女は自由に生きなさい。やりたいことをやり、様々なことを学びーーー自分の進む道を、選びなさい』
(……私が間違った時は、どうするんだ?)
『その時は、責任を取ってあげます。例え貴女を殺すことになっても』
(貴方は……冷たいのか、優しいのかよくわからないな。でも……うん、悪くない)
冷たくも優しい、矛盾した少年は、造られた存在である無知な少女に道を示した。やがて少女が選ぶ道が少年を救うことに繋がるのだが、今の彼らはそれを知る由もなかった。
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「う、ぁ……」
ぼやっとしている光が天井から降りているのを感じて、ラウラは目覚めた。全身が気怠く、すぐには動けそうにはないことを確認すると、辺りを見回す。
「気がついたか」
その声は、ラウラが敬愛して止まない織斑千冬のものであった。ベッドの隣の椅子に腰掛けた彼女は穏やかな表情を浮かべていた。
「私……は…?」
「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。暫くは動けないだろう。無理はするな」
千冬の言葉はラウラの状態を説明してはいたが、ラウラが聞きたいのはそこではない。何が起きたのかを知りたいのだ。
「何が……起きたのですか…?」
「一応、重要案件である上に機密事項なのだがな。……VTシステムは知っているな?」
「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンドグロッソのヴァルキリーの動きをトレースするシステムで、確かあれは……」
「そう、IS条約でどの国家、組織、企業においても研究、開発、使用全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」
ラウラ自身、システムの起動時からロクなものでは無いだろうとは思っていたが……まさか、違法なシステムが自分のISに積まれていたことには驚きであった。思わず、息を飲む。
「操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意思……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」
「私が……望んだからですね」
貴女に、なることを。口にはしなかったが、千冬には伝わった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!!」
「は、はい!!」
いきなり名前を呼ばれたラウラは釣られて勢いよく返事をしてしまう。全身に引きつったような痛みが走るが、今は気にならなかった。
「お前は誰だ?」
「わ、私は……。私……は…」
ふと、先ほどまでの夢を思い出す。彼が道を示してくれたことを。兵器としてでは無い、ラウラとして生きる道を示してくれたことを。
「……私は、ラウラ・ボーデヴィッヒです。自分が何をしたいかもわからない、小娘ですが……これから、探して行きたいと思っています」
「そうか。あいつが、道を……」
織斑千冬のようになりたいと願っていた自分との決別。金と赤のオッドアイの双眸が真っ直ぐと千冬の姿を捉える。千冬はラウラの変化と、そして恐らく影響を与えたであろう少年のことを思い出すと、笑みを零して席を立つ。
「……あいつは、何時になったら救われるのだろうな」
誰に問うでもない、そんな言葉がラウラの耳に届く。それは懐かしむような、それでいて後悔を感じさせるような不思議な声色に感じられた。
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ラウラが目を覚ましたちょうどその頃。彼女のいる隔離された医務室ではなく、一般生徒用の医務室のベッドに二人の少女が横になっていた。遅れてそこに到着したエレンは事の顛末を話し終えると、不貞腐れた様子のセシリアと鈴に苦笑いを零した。
「べつに、エレンが入ってこなくてもよかったのに。あそこからあたしたちの華麗なる大逆転劇が始まる予定だったんだから!」
「そうですわ!日頃の特訓の成果をお見せしようと思っていましたのに」
「こっ酷くやられているように見えたので、つい手を出してしまいました。それで、二人のISの損害状況は?」
鋭いエレンの指摘に思わず言葉を詰まらせた二人。顔を見合わせると、二人は観念したようにため息を漏らした。
「あたしの甲龍はしばらく使えないわよ。おかげでトーナメントも見送りね」
「ブルー・ティアーズも同じくですわ。はぁ、折角一夏さんとタッグを組めるチャンスでしたのに……」
二人からの簡単な報告は概ね予想通りであったが、一つだけ引っかかることがあった。
「一夏とタッグ……ですか?」
「ええ。今回のトーナメント、タッグ戦らしくて。先ほどここに一夏さんとシャルルさんとペアを希望する方々が殺到しましたの」
「まあ、結局一夏は男同士ってことでシャルルと組むらしいんだけどね〜。あたしとしては一安心よ」
「なるほど……。一夏とシャルルのタッグですか」
まだシャルルが女だということは知られていない。ならば一夏のその場しのぎの言い訳としてはシャルルと組むのが最も違和感のない展開だったのだろう。トーナメント後にはシャルルが女子であることがバレるので一波乱ありそうではあるが、そこまで関与するつもりはエレンにはさらさらなかった。
「ま、せいぜい気をつけなさいよ。残った男はあんた一人なんだから」
「そうですわね。しかも、男子の中でもーーーというより、一年の中で間違いなくトップクラスの実力をお持ちなのですから引く手数多ですわ」
「えっと。それはつまりーーー」
嫌な予感がしてきたエレンは言葉を続けようとして、それを飲み込んだ。常人離れした聴力が、こちらに向かって駆けてくる複数の足音を捉えたからだ。
「はぁ……こういう役目は一夏でしょうに。嗅ぎつけられたようなのでそろそろ行きますね。お二人とも、お大事に」
手早く別れの言葉を告げたエレンはさっさと移動を開始する。デザインベイビーとしてのスペックをフルに活用して、誰にもバレないように自室を目指すエレンであった。
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我輩は猫である。そう名付けられたのは天災科学者、篠ノ之束の移動研究拠点。エレンよりVTシステムが積まれていたという報告を受けるや否や、ドイツにおける関連施設を潰した束は満足そうに伸びをしていた。
つい先ほど、千冬から連絡があったのも束が上機嫌な事を助長させている。内容は叱責に近いものであったのだが、それでも久しぶりに聴く親友の声は変わりなく、束を安心させた。
「はぁー。随分ご機嫌ねぇ、博士は」
鼻歌まで歌い出した束を尻目に、黒髪に真紅の瞳をもつ美しい少女ーーーフィオナはため息を漏らす。というのも、VTシステムに関するドイツの関連施設を潰して回ったのは彼女なのだ。特に、最重要施設にはドイツのIS部隊、黒ウサギ隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)が待ち構えており、止むを得ず交戦になってしまい、想像以上に手間取ってしまった。
そんな気苦労を知ってか知らずか、束は能天気な笑みを浮かべている。
「束様。姉さんのヴァルプルギスのチェック終わりました。特に異常はないようです」
『ヴァルプルギス』。フィオナのためだけに用意された、篠ノ之束に手がけられたワンオフの第四世代機である。企業からは篠ノ之束の飼い犬ーーー『首輪付き』、その片割れの『魔弾』として疎まれている機体でもある。 ストレイドがエレンの規格特性とも言える『運命の瞳(フォルトゥナ・オルクス)』を用いることで十全なスペックを誇るのと同様に、ヴァルプルギスはフィオナの規格特性である『支配者の瞳(インペラトル・オルクス)』を最大限活かすことのできるISへと仕上がっていた。
「おつかれ、くーちゃん!えっくんが大元のシステムは破壊してくれたみたいだし、当分はあの不愉快なシステムを見なくて済みそうだねぇ。そろそろ、本腰入れて造っちゃおうかな!」
ものすごくいい笑顔を浮かべる束を見て、そこはかとなく嫌な予感がしつつもフィオナはそれをスルーした。どうせこの天災の事だから、なにを言っても無駄なのだと諦めているからだ。エレンならば、小姑のように小うるさく口を挟むのだろうが、フィオナとしてはそんな面倒なことは御免であった。
「んふふー。待っててね、箒ちゃん!お姉ちゃんが箒ちゃんだけの特別なISをプレゼントしちゃうんだから」
凄まじい速度で作業を開始した束を見て、フィオナは「これは一波乱くるわねぇ……」とどこか他人事のように呟いたのだった。
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「はぁ……。ついてねぇ」
無骨な通路を食事の載ったトレーを持った男が歩いていく。彼は企業に入ったばかりの研究員の一人であり、上司に命じられた厄介な仕事を済ますべく施設の奥の奥まで進んでいるところだった。目的となる場所は隔離区画の最奥にて軟禁されている企業の最高傑作、アインの居室である。
企業に所属するデザインベイビーの中で最も優れていて、そしてPS(パーフェクト・ソルジャー)に近いと言われるのがまだ幼い少女であるのは有名な話であった。しかし、それ以上に耳にするのは、彼女の異常性。いるはずのない兄を執拗に探し続け、兄以外の人間はゴミとしか見えていないような態度をとるだけでなく、気に入らない人間はすぐに殺してしまう異常者。妄想に取り付かれた最強の兵士は敵味方の区別がつかないが故に疎まれ、軟禁状態が続いていた。
「本当についてねぇ……」
男は目的地に近づくにつれ、重くなっていく足を引きずるようにして進む。そうして人気のない通路の最果てにある分厚い金属製の扉の前まで辿り着く。近くの壁には赤黒い染みが残っており、そこでアインが昔、部屋の前にいた見張りをいきなり千切り殺した話を思い出した。
ゴクリ、と唾を飲み込んだ男はゆっくりと扉を解錠してゆく。そして、様子を伺う為に少しだけ扉を開けて部屋の中を見渡してみる。
その部屋からはまるで生活感が感じられなかった。ほとんどモノが置かれておらず、いっそ場違いにも見える大きなベットが置かれているだけ。そのせいか、床に散らばる綿がむき出しになっている山のような熊のぬいぐるみが異様さを際立たせている。
男は人気のない室内の観察をほどほどに、天蓋まで付いている仰々しいベッドに目を向ける。みるからに値の張りそうなシーツががせり上がっており、そこに人がいることを示していた。
「し、失礼します……」
消え入りそうな声で呟き、男は入室する。視線はシーツかのふくらみに向けられたままだが、反応はない。このまま気づかれないことを願いながら、男は恐る恐る進んで行く。ベッドの近くにゆっくりとトレーを置き、内心安堵の息を漏らした直後のことであった、
「ん……ふぁ、ぁん……にい、さぁん……」
艶かしい嬌声。幼さを感じさせる声色によって奏でられるそれに、男は思わず息を飲んだ。視線をベッドへと向ける。
「…にいさぁん……そ、そこはぁ……んんぅっ…」
気がつけば、男の足はベッドに向かっていた。ゆっくりと、しかし確実に心を覆ってゆく歪んだ劣情。醜く歪んでゆく顔を自覚しながらも、男は足を止めなかった。
やがて、ベッドの横へと佇む。ゆっくり、ゆっくりと、激しくなってゆく動悸を悟られないように気をつけながら、男はシーツへと手を伸ばしてゆく。そして、シーツを掴んだその時。
「……にい、さん?」
ドクン、と男は自分の心臓が跳ねるのを感じた。しかし、同時にチャンスだと思った。この狂った少女に、自分を兄と誤認させることができたのならばアインという最強の武力をその手に出来る。それに、アインが空想の兄の存在に劣情を抱いてるのは明白だ。ならば、その身体を貪り尽くすことだってーーー。
「ああ、そうだよ。兄さんが迎えに来たよ」
そこまで考えると、半ば無意識のうちにそんな嘘を吐いた。狂った少女の描く、空想の兄に成りすまそうとした。少女は、そんなことを露とも知らず嬉しそうに声を弾ませた。
「にいさん!やっときてくれたんだ!!なかなかきてく」ないからさびしかったんだよ?でもひとりでがんばったんだぁ。だからね……ごほうびちょうだい?」
シーツから顔を覗かせたのは、漆黒の艶やかな髪と黄金の瞳を持った作り物めいた美貌を持った少女であった。病的なまでな白い肌を持ち、アンティークドールのように整った顔立ちは美しさと可憐さを備えている。赤らんだ笑顔を向けてくるが、ハイライトを失ったその瞳に狂気を感じたのは一瞬。すぐに欲望が押し勝った男が少女に手を伸ばした。
「ああ、もちろんだ。たくさん、ご褒美をあげよう。いっぱい、してあげよう」
男はシーツを引き剥がす。白い貫頭衣のような服から覗く、白い肌に顔を近づけようとしたその時だった。
「……ごほうび、は?」
抑揚の無い少女の声が聞こえる。男が思わず顔を上げると、そこには能面のような表情でジッとこちらを見つめる少女がいた。男が臆したのはほんの一瞬。すぐに劣情が打ち勝った。
「ああ、いまから上げるとも。だから、大人しくーーー」
「ごほうび、は?」
少女の言葉に構わず、手を伸ばす。しかしその手は少女の手に止められてしまった。男は舌打ちを漏らすと、焦ったさから声を荒げた。
「だから、今からご褒美をやるっていってんだよ!!大人しくしてりゃあいいんだよガキが!!」
頭に血が上った男はすっかり忘れていた。目の前少女は狂っているが、アインの名を冠する最強の兵士であることを。
ボキッ。
何かが折れたような音。男がどこか他人事のようにそんな感想を抱いたのとほぼ同時に、燃えるような激痛が少女に掴まれている腕から迸った。感じたことの無い痛みに絶叫する男を気にもとめず、少女はぶつぶつと言葉を発し始める。
「にいさんなんでごほうびくれないのいじわるはやだよいつもやさしくしてくれるのにどうしたんだろうまさかわたしのこときらいになったのかなそんなことないよねだってわたしのことがせかいよりもたいせつだっていってくれたもんねうんそうだよねうたがってごめんなさいでもにいさんにいじわるされたらかなしいのつらいのくるしいのだからごほうびちょうだいいつもみたいにねぇはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさん」
「ひいいいいい!!」
少女の狂気に、男は耐え切れなかった。兄を演じるのも忘れて掴まれた腕を振りほどくことに必死になる。だから、乱雑に振り回した男の腕が少女の頬を叩いたのは単なる偶然だった。
「……いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいにいさんにぶたれたいいこにしてたのにまってたのにしんじてたのにわるいこだとおもわれたんだきらわれたんだすてられたんだわたしはこんなにすきなのにあいしてるのにしんじてるのになんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……あ」
呆然と、叩かれた頬を撫でながら呟いていた少女が何かに気づいたように顔を上げた。同時に、だんだんと男の腕にかかる圧力も増していった。折れた骨がさらに細かく砕かれてゆく痛みに絶叫する男を尻目に、少女は笑った。
「あなたはにせものだ。だってだいすきなにいさんはわたしにひどいことをしないもの」
ブチブチブチ。
肉を引きちぎるような音が聞こえたのはほんの一瞬。続いた絶叫がすべてをかき消した。目の前の少女が人間の腕らしきものをそこらへんに放り投げた瞬間、男は自分の考えの浅はかさにようやく気づいた。続いて掴まれたのは残ったもう一つの腕。同じように砕かれ、そしてちぎり捨てられた。
「にいさんだったらわたしのあたまをなでてくれるはずだもんぶったりなんかしないもんどなったりしないもんしたうちしたりしないもんいやらしいめでみてこないもんわたしをまもってくれるもんわたしをたすけてくれるもんわたしをほめてくれるもんわたしをあいしてくれるもんわたしをだましたりしないもんにいさんはあなたなんかよりもっとかっこいいんだよあでもかっこいいっていうよりきれいなのかなむかしよくおとこのひとにこくはくされてたもんねおとこのひとでもしっとしちゃったなあのひとどうしてるかなころしにいきたいんだけどああでもそれよりもにいさんにまとわりついていたあのごみみたいなおんなたちをさきになんとかしないととしまのくそばばあにわたしをじゃまものあつかいするくそがきあとあのじいしきかじょうそうなたかびしゃおんなもにいさんをいやらしいめでみてたなぁゆるせないねつぎあったらただじゃおかないんだからうでをちぎっていのちごいさせてうるさくなったらのどにあなをあけてあげるのそのあとはあしをもいでおなかにてをつっこんでなかみをぐるぐるかきまぜてあげるのあいつらがにいさんをだましておかそうとするかもしれないからねさきにおなかをかきまわしてあかちゃんつくれなくしてあげるんだからだいたいにいさんはわたしのなのにあいつらはきやすくさわるのなんでなのにいさんはわたしのわたしだけのわたしのためのにいさんなのにゆるせないよねゆるさないよねゆるせないよじゃまものばっかりみんないなくなればいいにいさんもそうおもってるよねわたしのためにいっぱいころしてくれたんだよねしってるよやさしいにいさんがだいすきでもあいつにだまされたんだよねだからはなればなれになっちゃったんだもんねぜったいにゆるさなさいあのうらぎりものわたしたちのじゃましないでよこんどはちゃんとやるもんころすもんいらないもんわたしとにいさんだけのせかいつくるんだえへへたのしみだねにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさん……」
貫手が、喉を貫く。さらなる痛みに声をあげるが最早その機能を失った喉からは不恰好な風音が漏れ出すだけだった。
少女の両腕が、男の腹を突き破った。グチャグチャと中身をかき混ぜられるたびに声にならぬ絶叫を挙げ、身体を痙攣させる。
「あは、あははははは!!れんしゅう!いっぱいれんしゅうさせてね!!ここ?ここをまぜまぜするといいのかなぁ!?」
緩急をつけて、腹を掻き回す少女。痙攣する男の身体を楽しげに見つめていたが、やがて動かなくなったことを確認するとつまらなそうに身体を二つに引裂き、部屋の隅の方へと投げ捨てた。
「はやくあいたいなぁ、にいさん。こんどはぜったいにはなさないから」
鉄の匂いが充満した紅い部屋で少女は兄を待ち続ける。今度こそは二人だけで幸せになれると信じて。