6月も最終週に入り、遂に学年別トーナメントが始まる。話に聞いてはいたが、やはり実際に多くの人々が所狭しとアリーナに詰め込まれているのを見てみれば驚きもする。ISを兵器として転用しようとしている社会全体が、それを忌避する所かスポーツの観戦のような気楽さで覗きに来ているのには歪みを感じざるを得ない。知らずのうちに顔を顰めていたエレンに、声がかけられた。
「どうした、クロニクル。何か、不審な点でもあったか?」
「ああ、いえ。何でもないですよ、ブリュンヒルデ。今回はあの駄兎は何も仕掛けて来ませんし、一夏達にも異常は無いようです」
薄暗い部屋の中で行われる、そんな二人の会話。学園の中でも秘匿された区画のブリーフィングルームにて、千冬とエレンは至る所に設置された監視カメラからの映像を見ていた。千冬としては不安要素である束が大人しくしてくれるのは好都合であったが、しかし懸念はまだある。
「……企業は、何か仕掛けてくるかと思うか?」
「いえ、流石に無いでしょう。今回はスカウト目的で世界中からIS関係者が来ていますし、あまりにあからさまな仕掛け方はしてこないでしょう。それに今回はクロエが事前に情報の洗い出しを済ませてくれているので、後ろ暗い目的を持っていた方々はフィオナと俺で事前に排除してあります」
「……あまり無茶はしてくれるなよ。お前もフィオナも、そしてクロエもまだ、子どもだ。少しは私たち大人のことも頼れよ?」
不敵な笑みを浮かべてそんなことを言ってのけた千冬に、エレンは自分を掬い上げてくれた女性の姿を幻視した。どこか彼女に似た雰囲気、そして容貌を持つ千冬にそんなことを言われて、少しだけ嬉しくなると同時に寂しくもなった。
「……まったく、ウチの駄兎にも見習ってもらいたいものです」
そんな感情を紛らわすように肩をすくめて見せたエレン。千冬はそんな微妙な変化を見抜いたが、問いただすことはしなかった。
「失礼します。織斑先生、観客の誘導、無事に終了しました。……って、エレン君!?」
報告のために入室した楯無はエレンの姿を見るや否や酷く狼狽えてしまった。件の悪戯からお互い気まずく、顔を会わせることをしなかったのだが、タイミングとしては最悪である。
最初はそんな楯無の様子を物珍しそうに見ていた千冬だが、やがてニヤリと不気味な笑みを浮かべるとポンポンと楯無の肩を叩いて耳元に口を寄せる。
「ようやくお前にも春が来たか。何、エレンはああ見えて意外と情が深いし、気遣いも出来る。見てくれもいい部類だしな。まあ、家族構成が些か……いやかなり面倒ではあるが、優良物件だぞ?」
「なっ!?なにを言ってるんですか織斑先生!べつに、そんなんじゃ……っ!」
「良い良い、みなまで言うな。……さて、私はそろそろアリーナへと向かうことにする。クロニクル、更識姉も試合に遅刻はしないようにな」
千冬は意地の悪い笑みを浮かべてエレンを一瞥すると、そのままブリーフィングルームを後にする。デザインベイビーであり、過剰発達しているエレンの聴力を知っている彼女は、会話が筒抜けになるのは百も承知で散々煽り、去っていた。沸々と怒りが込み上げてくるが、それよりも眼の前で顔を赤らめてあたふたする学園最強様をどうにかしなければならないだろう。
「生徒会長。この間は大変申し訳ありませんでした」
とりあえず、素直に謝罪をすることにした。釘を刺すのが目的とは言え、うら若い乙女の柔肌を覗き、あまつさえ押し倒して迫るなどーーーフリとはいえ、流石にやりすぎである。というかフリというのもまた、ある意味女性に対して大変失礼であると今更ながら思い至ったエレンは、深々と頭を下げた。
「ふ、ふん……お姉さん、誰にもあんな姿見せたことなかったのになー。エレン君に汚されちゃったなー」
「いや、人の部屋で水着エプロンで待ち構えていたりした人が汚されたって……」
「ぐっ……!?痛いところを突いてくるわねっ」
本当に手強い相手である、と楯無は内心毒突く。ここは勢いで押し切り、責任とってくれないと困っちゃうなーみたいな流れでエレンに対してアレコレと要求を突きつけていこうと思ったのに、早速思惑が大外れである。というより、楯無はまったく懲りて無いようであった。
「どうせ、勢いで押し切ろうとしていたんでしょうが、そんなの一夏ぐらいにしか通用しませんよ。悪戯好きも結構ですが、時と場所、あとは相手もよく考えてくださいね」
「ふーんだ」
「はぁ……生徒会長、意外にも男慣れしてないみたいですし、本当に気をつけて下さい」
「い、意外って、エレン君はお姉さんのことどう思ってたのか甚だ疑問ね!!」
「兎も角、今後は気をつけて下さい。生徒会長、お綺麗なんですから。あまり男に過激な悪戯を仕掛けないように」
「……ふん、わかってるわよ」
不貞腐れて見せるものの、本当に心配してくれているようなエレンを見て、楯無は内心で非常に浮かれていた。更識楯無の名を背負ってから、自分を女の子扱いしてくれた人はどれぐらいいただろうか。その上、楯無の身を案じてくれた人など果たして存在しただろうか。
楯無だから、出来て当たり前。楯無だから、男になど遅れをとらない。楯無だから、楯無だから、楯無だからーーー。そんなしがらみを乗り越えてくれた彼が、とても尊い存在のように思えてきて、楯無は顔が熱くなってくるのを自覚する。
「ーーー貴女に何かあったら、簪が悲しみます」
夢心地だった楯無は一気に現実に引き戻された。結局、彼にとって大事なのは自分ではなく妹で、あくまで付属品なのだ。今まで簪が、自分に対して抱いていたであろう感情を図らずとも自覚させられた楯無は、情けなくて、悔しくて、悲しくて。
「……っ!」
気がつけば、唇を固く噛み締めていた。瞳から涙で零れ落ちないように、そしてそんな自分のみっともない姿を見られないように、楯無はエレンに背を向けた。
「……わかってるわよ。簪ちゃんのことを悲しませるなんて、もうごめんだもの」
確かにそう思っていたはずなのに。仲直りできて、もう二度と喧嘩なんかしたく無いと思っていたはずなのに。楯無はやり場の無い鬱屈とした思いを押さえつけると、部屋を後にした。
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「しっかし、凄いなこりゃあ」
更衣室に設けられたモニターから観客先の様子を覗き見て、一夏は思わず声をもらした。
「3年にはスカウト、2年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年にはあまり関係はないと思うけど、それでもやっぱり、上位に食い込めたらチェックが入ると思うよ。……まあ、今年は一夏とエレンっていうイレギュラーがいるから、去年よりもだいぶ人が多く入ってるらしいんだけどね」
「あ、そういえば一応、まだ僕も男性操縦者ってことになっていたね」とシャルルがはにかむ。シャルルはISスーツに着替えているのだが、偶然、シャワーを覗いてしまった時に見えた結構な豊かさを誇る胸部は完全に潰されている。果たして痛くないのだろうか?などと、胸をガン見したまま考え始めた一夏を咎めるように、シャルルが唇を尖らせた。
「もう、一夏。これから試合だっていうのに、気が抜けすぎだよ!」
「ああ、悪い。そういや、初っ端だったな、俺たちの試合」
一夏達は仕組まれたかのように第一試合であった。まあ、話題の男性操縦者二人のペアには観客の多くが期待しているはずだ。勿体ぶって観客に無用なフラストレーションを溜めさせないための処置でもあるのだろう。
「まったくもう。対戦相手がクラスメイトだからって気が抜けすぎだよ、一夏は」
シャルルの言う通り、彼らの第一試合の相手はクラスメイトのペアであった。鷹月静寐と四十院神楽。エレンから常日頃から言われているので、二人に対する分析は既に済ませている。とは言え、些か気が抜けすぎているようにシャルルは感じていた。
「心配性だなぁ、シャルルは。それよりエレン達は、と……お、この組み合わせなら準決勝で当たるな!」
目先の戦いより、一夏の気は既にエレンとの再戦にある。そんな姿に一抹の不安を抱えるシャルルを嘲笑うかのように、学園側からの通信が入る。どうやら、出番のようだ。
「うし、いくか。シャルル、作戦通りに行こう」
「うん、わかったよ。でも一夏、油断しないようにね」
「ああ、勿論。……こんなところで躓いてられないからな」
自分に言い聞かせるように、一夏は呟く。シャルルはどこか焦りを感じさせる一夏の背を追うように、ピットから飛び立つ。
ーーーそこは、まるで別世界だった。人々の熱狂が空気を震わせ、熱い眼差しがアリーナに入場した四機のISへと向けられ、そして最早音として捉えられぬような歓声が轟音となり脳髄に響く。
一夏が今まで感じたことのある中学時代の剣道の大会とは比べ物にならない熱量は、その奥底の闘争心を滾らせるには十分であった。シャルルの方を見やると、緊張はしていそうだが、真剣な眼差しで向かい側のピットから飛び出してきた二機のISを見据えている。どこか夢心地だった一夏も、目線を向ける。そこには二機のラファール・リヴァイヴがいた。
『一夏、四十院さんが打鉄じゃなくてラファールなのは妙だ。彼女の今までの記録から見ても打鉄を使っての近接戦闘が得意なのは確実。なのに、ここにきて変えてきてるのはーーー』
プライベートチャネルからシャルルの声が聞こえてくるが、一夏はそれが酷く遠くに感じた。止むことのない歓声、そして好奇の視線が一夏とシャルルに向けられている。織斑千冬の弟としてじゃない、織斑一夏としての価値を見定めようと数多の視線が向けられている。それが一夏は堪らなく嬉しくて、そして、ようやく姉と同じ舞台に立てたような気がした。
「俺は……やれるんだッ!」
3。シャルルは返事のない一夏に不安を抱きつつ、武装をコール。事前に決めた手筈通り、アサルトライフル『ヴェント』を二挺構える。一夏は手を握り、そして開く。対する静寐と神楽はギリギリまで戦術を読ませないためか、武装はまだコールしない。
2。一夏は雪平弐型を握り直し、背部のウィングスラスターにエネルギーを充填させる。シャルルはロックを神楽のラファールへと向ける。対する静寐と神楽も武装をコール。光が手元に収束して行く。
1。一夏は突撃態勢へと移行する。同時に静寐の両手には
近距離で取り回しにくいが、一発の大きいアサルトカノンと近距離で真価を発揮するフルオートショットガン。神楽の両手には同じくフルオートのショットガンと、かなりの大型物理シールドが握られている。彼女達の意図に、シャルルだけが気づく。
0。シャルルが制止の声を上げる間もなく、一夏の駆る白式が飛び出した。静寐は神楽の後ろへと下り、アサルトカノンの引き金を引く。神楽は前面に盾を構えて一夏の初撃とその後を追いかけつつライフルを乱射するシャルルの攻勢に真っ向から耐えることを選んだ。
(四十院さんは剣道部にも所属していて、近接戦もそつなくこなせる。鷹月さんは良くも悪くも普通。座学の成績はいいが……狙うなら、鷹月さんだ)
そんな思考を一瞬で済ませて、一夏は狙いを静寐へと定めていた。零落白夜は必中の場面でのみ、使う。武骨な太刀のままの雪平弐型を水平に構え、瞬時加速の中で一夏は静寐のラファールを見据える。アサルトカノンから放たれる弾道をハイパーセンサーが予測、瞬時加速のせいで計算が遅れているのか、それは一夏の少し手前に着弾することが見えた。
(残る兵装はショットガン……四十院さんはシャルルのライフルで釘付けになってるからーーーッ!?)
クロスレンジまで残り僅か。そこで一夏の目前に広がったのは白煙であった。発生地点は先ほどのアサルトカノンの着弾点だ。
『スモーク弾頭!?一夏、罠だ!』
「ッ!!ぜえぇぇええい!!」
プライベート・チャネルを通してシャルルからの警告が聞こえるが、瞬時加速の急停止など一夏には出来ない。せめてもの抵抗として、目測で静寐がいたであろう場所に零落白夜を振るった。
「この感覚ーーーシールドか!」
鈍い手応えは、ISの絶対防御領域を切り裂いた感触とはまた違うものであった。即座に失敗を悟った一夏はそのまま切り抜けるように離脱を行おうとするが、その背を凄まじい衝撃が襲う。
「織斑君、覚悟!!」
白煙を割いて現れた二機のラファールによる連装ショットガンの嵐。近距離ではそのダメージ量もさることながら、それ以上に凄まじい衝撃による硬直が驚異となる。加えて雪平弐型しか武装を持たない白式では、反撃に転ずることが出来ない。ゴリゴリと削られてゆくシールドエネルギーに焦りが加速していく。
『一夏、出し惜しみしたら負けちゃう!僕の切り札で鷹月さんを抑えるから、一夏は四十院さんを』
『わかった!!』
シャルルは、瞬時加速を人前で使ったことが無かったし、使えなかった。しかし今は使える。このカードはもっと後半ーーー出来ればエレンとの対戦まで温存していたかったが、最早そんな余裕は無い。一夏とシャルルはお互い抱いていた慢心に漸く気づき、そして切り捨てたのだ。
「これで、お終いよ!……きゃあっ!?」
「静寐さん!?デュノア君は瞬時加速を使えなかったのではーーーくっ!」
「使えなかったさ!使ったのは今日が……初めてだッ!」
ラピッドスイッチでヴェントから連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』に切り替えたシャルルが通り抜けざまに神楽のラファールに連射、その体勢を崩すと静寐のラファールに、もう片方の手にコールしていた近接ブレード『ブレッド・スライサー』を振るう。静寐ではシャルルの卓越したIS操作技術を超えることは叶わない。不意打ちまで決められた状態ならば、よほどの事がない限り負けはしないだろう。
「……格好悪いなぁ、俺」
皆と訓練をして、強くなった気がしていた。実際に操作技術は目を見張るほどの成長ぶりを見せていた一夏だが、戦闘経験という面ではまだまだだ。二ヶ月と少ししか戦いに身を置いていない一夏には戦術はまだ身についておらず、またそれに対応する術を持ち合わせていない。今回にしてもシャルルがいなかったらなす術なく撃墜されていたのは目に見えていた。
以前、シャルルのことをエレンに相談した時。力の必要性を教えられた。一夏が自分の力とその力で守れる範囲を考えてみると、それはとてもちっぽけで小さいものであることに気づかされることになった。自分の周りにいる大切な人達を守りたい。ならば強く、もっと強くならないと。訓練にこれまで以上に熱と、焦りが混じるようになったはその頃からだろう。それを誤魔化すように慢心を抱くようになったのも、きっと同じ時期であるのは間違いない。
グルグルと回る思考を打ち切ると、一夏は雪平弐型をしっかりと握り直す。見据えるのは、相棒から任された神楽の駆るラファールだ。ここから先は、慢心などせずに全身全霊で向かう。そして試合が終わったら、礼を失していたことを二人には謝らなければならない。苦笑いを浮かべ、一夏は白式のスラスターを起動した。
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「今日はお疲れ様でした」
「うむ。お疲れ様、だ」
カチン、とジュースの入ったグラスを合わせる。いつもならマナー的に咎められてもおかしくないのだが、今日に限ってはそのぐらい見逃してくれるだろう。食堂のあちらこちらで祝勝会や、少し早いお疲れ様会などが催されているのだから。エレンとラウラは、勿論前者である。
「私達のタッグはどうやら最有力の優勝候補として挙げられているみたいだ。まあ、私とエレンなので優勝するのも当然ではあるがな!!」
「へー、そうなんですか。でもラウラ、油断してると足元を掬われちゃいますよ」
負けず嫌いであるらしいラウラはふんす、と鼻息荒くやる気を見せている。普段ならやる気を見せないエレンであるが、今回は割と本気で望んでいたりする。というのも、見物に来ているであろうIS委員会と各国の有権者達に自身の存在とその力を見せつけることで、一夏と箒の護衛としての力を示すと同時に、シャルルの件のような茶々を入れられないように牽制するつもりだからだ。上層部ならエレンが束の回し者であると気づいているだろうし、敵に回したいとは思わないだろう。
「なんだか、こういうのは新鮮だな!軍属であったので形式ばった会は割と縁があったのだが……その、友人と一緒というのは初めてだ。中々、良いものなのだな!」
「トーナメントが終わったら、今度はいつものメンバーでもやりたいですね」
「おお、それはいいな!とても楽しみだ!」
嬉しそうに笑うラウラに釣られ、エレンも笑顔を浮かべる。1日目突破のご褒美として、エレンがラウラに奢ることになったのは懐石料理だった。食堂のメニューとしてそんなものが存在するとは流石IS学園である。ちなみに相応のお値段もするのでとてもじゃないが学食で食べるものではない、というのがエレンの感想だったりする。
最近和食にハマっているラウラはいつもより豪華な食事に舌鼓を打ちながら、幸せそうに吐息を漏らしていたのでそんな野暮なことは口に出さないのだが。
「それで、だ。エレンから見て、トーナメントはどうだった?」
一通り食べ終え、暖かい緑茶で一息ついたラウラはエレンの方へ視線を向ける。エレンもチーズケーキの最後の一欠片を飲み込むと、少し考える素振りを見せて、今日見た様々な試合を思い返していた。
「一年生は、専用機持ちとそうでない生徒で大分差が出てるように感じましたね。まあ、入学して3ヶ月も経ってないですし、一般生徒はISの操縦に慣れる時間が足りてないので仕方ないのかもしれないですが。逆に二、三年生の試合は中々見ごたえがありましたね。特に、何人かかなり戦い慣れしている生徒もいましたし」
実際、エレンの目から見てもそこそこのやり手は何人かいた。特に気になったのは楯無以外に二名ほど、試合ではなく戦うことに慣れている様子の高学年の生徒だが、生憎と名前までは分からなかった。
「確かに、2年生で生徒会長もやってる更識楯無はIS学園最強に相応しい戦いぶりだったな。ロシアの国家代表を務めているだけはある。機会があれば、是非とも手合わせ願いたいものだ。……因みに、エレンと更識楯無が戦ったら、何方が勝つ?」
「それは勿論、生徒会長でしょうね」
正直な話、アルファートを使っている今のエレンでも楯無に勝つのはそう難しいことではないが、勝ったら色々と面倒なことが起きてしまう。元々、楯無はエレンが万が一の事態を起こした場合の抑止力としての存在でもあるのだ。その楯無がエレンに負けてしまえば、IS委員会からの要らぬ茶々が入ってしまうだろう。それは非常に好ましくないため、IS学園にいる限りはエレンが楯無に勝つことはあり得ないことである。
少しだけ残念そうなラウラを見て、「でも」とエレンは言葉を続ける。
「ラウラと二人で戦えるのなら、もしかしたら勝てるかもしれないですね」
「む、そうか。それは中々、私達のタッグも捨てたものではないな!」
ラウラからしたら、憧れの象徴でもある織斑千冬をーーーVTシステムという劣化コピーだったとは言え、打ち負かしたエレンが負ける姿は好ましくなかったのだろう。そんなフォローを入れると本当に嬉しそうにうんうんと頷いている。
「それは、ともかく。明日の準決勝について、少し話しておきましょうか」
「準決勝の対戦相手は織斑一夏とシャルル・デュノアだったな」
「あはは。この組み合わせはまるでいつかの再現みたいですね。あの時のラウラの悪役っぷりは中々のものでした。今の貴女と比べると、殆ど別人のようにも見えますけど」
「さ、さすがに恥ずかしいから、あんまりからかわないでくれ。……あの時の私はその、色々と軽率であったのだ」
ラウラも過去の反省はしっかりしている。セシリアと鈴には謝罪をしているが、なんだかんだ一夏とシャルルとはまともに話す機会がなかったのであれっきりだ。顔を赤くして俯いてしまったラウラの頭をポンポンと優しく撫でる。小柄な身体つきもあってか、心地よさそうに目を細めて息を漏らしたその姿はまるっきり仔犬のようであり、数週間前の尖っていた彼女の面影はどこにもない。
周りの生徒達がヒソヒソとそんな二人の和やかな光景を眺め始めているのを察知したエレンはラウラの頭を撫でるのを止め、話しを戻すことにする。その際、ラウラが捨てられる寸前の仔犬のような面持ちを浮かべていたのはあえて無視する。これ以上は、変な噂が立ちそうだからだ、
「幸い、シャルルの隠し玉であろう瞬時加速は彼らの第一試合で見せてくれました。そして、そのあとの試合でも何度か使用していましたね。シャルルが瞬時加速を使える、というのを印象づけたいかのようにも感じましたが」
「うむ、それは同感だ。つまり奴らにはーーー」
「「まだ、隠してるカードがある」」
軍属なだけあって、ラウラの戦闘に関する洞察力は同年代においてはズバ抜けている。同じ結論にたどり着いた二人はその先ーーー彼らの隠しているカードについて考えを巡らせていく。
「元々シャルルが隠していた瞬時加速は、意表を突いた奇襲を目的としたカードでした。つまり、彼らの目的はこちらの予想外の一瞬を作ること。そして、恐らくはそこから狙うのは一撃必殺でしょう」
「ふむ、一撃必殺となると、織斑一夏の白式、その象徴たる零落白夜が思い浮かぶが……ああ、そうか。それもブラフなのだな?」
「ええ、恐らくは。初見の相手ならまだしも、俺たちは零落白夜の効果も、その弱点も知り尽くしている。ラウラと俺の戦闘能力を知っている一夏とシャルルなら、一瞬の隙を生み出せたとしてもそれだけで俺たちに零落白夜を当てることが出来るとは思ってはいない筈です」
「と、なると仕掛けてくるのはデュノアの方だと言うのか?しかし、奴の専用機は第二世代型だ。そのような火力はどうやっても……あっ」
「えぇ、公式試合で使える中で最高峰の火力は、第二世代機でも出せます」
「灰色の鱗殻(グレー・スケール)……つまり、盾殺し(シールド・ピアース)か」
パイルバンカーと呼ばれる非常に癖の強いカテゴリーの武器だが、その威力は折り紙つきだ。しかし近接武器でありながらその使いづらさも有名であり、それこそ相手の一瞬の隙を正確につかなければ当てることすら叶わないだろう。
ラウラとしても朧げながらその威力を身体が覚えている。エレンがVTシステムに呑まれたラウラに使ったのもパイルバンカーであったのだから。ただ、エレンが使った9連装電磁パイルバンカー『セラフ』は公式試合では使用禁止を食らうほどに威力と破壊性能が高い、とんでもないものなのでそれに比べると『灰色の鱗殻』は幾分か格落ちする。それでも、まともに食らえば致命傷になる程度の火力は備わっているのだ。
「まあ、あくまでも可能性の話です。さらに裏をかいて、シャルルが特殊な拘束系の武装を使って一夏の零落白夜を確実に当てにくる可能性も否定しきれませんし」
「それもそうだな。どちらにせよ、デュノアの動きには要注意といったところか」
「そうですね。単純に、瞬時加速が加わったことで彼女の『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』もより磨きが掛かってます。シャルルに細心の注意を払いつつ、一夏の挙動にも目を配るのが妥当なところでしょう」
どちらにせよ、埋めがたい自力の差がある以上、一夏達のチームは圧倒的な瞬間火力でこちらを落として少しでも有利な戦況を作る他ないのだ。しかし狙いがわかっていれば、未だに見えない何かしらのカードが切られても対応はそう難しいことではない。
「準決勝を突破したら、インターバルを挟んで決勝か。……簪が上がってくるだろうな」
「ええ、間違いなく」
そして決勝戦で当たることになるのは簪と箒のペアであると二人は確信していた。これまでの試合を順当に勝ち上がっているのは勿論のこと、いままでエレンが見た以上の手札は切って来ていない。恐らく準決勝でも隠し通して、万全の状態でエレンとラウラの前に立ち塞がるだろう。
「簪の支援の手厚さも見事だが、篠ノ之箒の近接戦闘技術も相当なものだ。その一点だけなら、代表候補生と比べても遜色がないようにも見える」
「ええ、俺も驚いてます。元々素質はありましたが、ここに来て一気に化けましたね」
今の箒は近接戦闘という括りならば訓練機である打鉄で専用機持ち達とも対等に渡り合えるだろう。エレンというイレギュラーがいなければトップに位置するであろうラウラにさえ、食い下がれるというのがエレンが今の箒への評価だ。
欠伸を噛み殺しているラウラを見て、エレンも時間確認する。そろそろ食堂が閉まる時間だ。明日に備え、早めに休んだほうがいいだろう。
「簪達のペアの対策は、明日のインターバルにでも改めて話しましょう。無論、準決勝を勝てたらの話ですけど」
「うむ、そうだな。目の前の試合に集中しよう。油断は大敵だからな」
食堂でラウラと別れたエレンは真っ直ぐに部屋へ帰ると、すっかり一人であることに慣れてしまった部屋で眠りにつくのだった。