原作との差異が目立つと思われますが、一応大筋は合わせて行くつもりです(._.)
……今の所は。
IS学園・入学
そびえ立つ巨大な校舎ーーーというよりも、最早一つの街のような外観。昨今の世界に於いて、唯一のIS教育の専門学校、IS学園。
校門の前に立っている一人の青年は盛大にため息を漏らした。
「どうしてこうなったんでしょうね……」
どうしても何も無い。
こうなったのも、何もかもが突如として現れた男性操縦者ーーー織斑一夏のせいである。彼さえいなければ、束から『秘密裏にいっくんの護衛をしてくださぁい!』などという命令は下されなかったハズだ。いや、何方にせよ、彼女の妹である篠ノ之箒の護衛にはつかされていたかもしれない。
もう一度だけ盛大にため息を漏らしたエレンは、観念してIS学園へと足を踏み入れるのだった。
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IS学園は何処の国にも属さないーーーつまり、不干渉地帯と定められている。しかしながら、結局のところ各国の支援により成り立っているが故に完璧な不干渉地帯という訳にもいかないのだ。その裏では、常に各国の策謀が張り巡らされている。
流石に表だって仕掛けてくるという事は無いだろう。そんな事をすれば、他国に侵略の理由を提供するのと同義なのだから。しかし、逆に言えば内通者がいる点には警戒をしなければならない。教師も生徒も、基本的には帰属国家があるのだから、国から脅されてしまえば断れるとは限らない。そんな者たちから織斑一夏と篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒を護る為、束はエレンをIS学園に派遣したのだ。
そんな理由を分かっていても、黒いスーツに身を包む妙齢の女性ーーー織斑千冬は、頭を抱えずにはいられなかった。
「よりによって、お前とはな……エレン。男のお前よりフィオナの方が注目を浴びないだろうが……」
「そんな顔しないで下さいよ、ブリュンヒルデ。俺だって好きで来たわけじゃないですし、そう思います。ただ、俺の存在によって織斑一夏のブランドが下がって、少しでも注意を逸らさせるでしょう?」
「それはそうだが……。お前はそれでいいのか?」
「構いませんよ。そういう命令ですしね」
「……変わってないな、お前は」
一瞬、悲しそうな表情を浮かべた千冬だったが、直ぐにいつも通りの鋭利な刃物のような雰囲気を纏う。
「ともかく、だ。お前は真っ当な教育機関に通った事はあるのか?」
「企業の潜入捜査で二週間ほど。まあ、六年も昔の話ですが」
はぁ、とため息を漏らしてこめかみを抑える千冬。対するエレンも苦笑い浮かべている。
「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。ブリュンヒルデ」
「……学校では織斑先生と呼べ」
「善処します」
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「はぁ……」
織斑一夏は大きなため息を漏らした。自分に向けられる数多の好奇の視線のせいもあるが、根本的な問題があるのだ。
(本当に女の子しかいねええぇぇ……)
内心で頭を抱えてボヤくがそれでも現実は変わらず、相変わらず見渡す限り女生徒しかいない。
現在、彼のいる場所はIS学園。IS操縦者を育成する唯一の教育機関であり、ISの性質上、実質的な女子校であったのだが今年からは織斑一夏というイレギュラーの為に共学、という形になっていた。
「織斑君。織斑一夏君!」
「は、はいっ!?」
完全に上の空であった耳に飛び込んできたその声に、情けない声を上げてしまった。クラスメイトのクスクス笑いに気恥ずかしさから顔を紅潮させつつ、声をかけてきた女性に目を向けた。
何よりも先に目がいくのは、自己主張の激しい胸。幼い顔立ちからは想像出来ない程に発育したその豊満なバストの破壊力に若干頬を赤らめた一夏に、再度声がかけられる。
「あの、自己紹介がね、織斑君の番なんだよね。よっ、よかったら自己紹介してくれないかな?」
IS学園初の男子生徒である一夏の扱いに戸惑っているのか、はたまた異性への免疫が無いのか。兎に角、一夏の前の女性は不安げな表情を浮かべていた。
一夏としては女性が頭を下げた際にぷるんと揺れたある一部に意識が言ってしまい、気が気じゃなくなっていたので逃げるように教壇の前に立った。
「……織斑一夏です。よろしくお願いします」
ぺこりと一礼。クラスからの反応は無かったが、変わりに『お前もっと喋れよ』的な雰囲気が充満していくのがよく分かった。
取り敢えず何か口にしようとした矢先、パァン!と凄まじい衝撃が一夏の脳天を貫いた。
「いってえええぇーーー!?」
余りの威力に頭の一切の感覚が消え去る。本気で頭が無くなったのではないかと錯覚するような一撃。しかし一夏は、その一撃に覚えがあった。
恐る恐る振り向いた先には黒いスーツに身を包む、妙齢の女性がいてーーー。
「ちっ、千冬姉っ!?」
「織斑先生と呼べ、馬鹿者が」
パァン、と最早破裂音と言っても過言では無い音と共に再度鋭い痛みが走る。涙目ながら抗議の視線を向けた一夏だったが、しかし少し開いたドアの先の信じられないモノを見て言葉を失ってしまう。
「あ、織斑先生。遅刻した生徒は大丈夫でしたか」
恐らく、一夏が邪魔で扉の先にいる生徒を見ていない副担任の女性ーーー山田真耶は幾分か落ち着いた声色で問う。そして同時に、あからさまに表情を歪めた千冬に疑問を感じた。
「……まあ、見てもらった方が早いだろう。エレン、入れ」
扉から現れたその生徒を見た真耶は絶句。一夏は驚きの表情に僅かながらの喜色を見せ、クラスの女子生徒の大半が目を輝かせた。
「初めまして、エレン・クロニクルと言います。男ですがISを動かせる事がわかったので、此方に入学する事になりました。何分学校自体久しぶりで皆さんにはご迷惑をお掛けする事になると思いますが、どうぞよろしくお願いしますね」
ニコッと友好的な笑顔をエレンが浮かべた刹那、一年一組に絶叫が響き渡った。
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エレンは首を傾げていた。自分の自己紹介は完璧だったハズだ。愛想の良い笑顔も浮かべたし、言葉のチョイスも間違っていないはず。なのに何だ、この騒ぎは。
割と真剣に頭を悩ませるエレンだったが、クラスの惨状は留まる所を知らない。各自が思い思いの質問を始め、最早収集がつかなくなっている。
苦笑いを浮かべたエレンの耳に、鋭い一喝が飛び込んできた。
「静まれッ!!」
ピタッと、まるで時が止まったかのように止まる女子生徒達。そんな女子生徒達にため息を漏らしつつ、話を始める。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事は必ず聞け。出来なかったら出来るまで挑戦しろ。私が出来るまで付き合ってやる。いいな?」
ああ、そんな格好良い事をいったらーーー。と、内心でエレンが呟いたのとほぼ同時に、再び嬌声が上がった。
「キャーーー!!本物の千冬様よ!今の声、録音しました!目覚ましに使わせて貰いますっ!」
「私、お姉様に憧れて九州から来ました!」
「世界最強の人が教師なんて!友達に自慢出来ますッ!!」
「……相変わらず同性からモテモテですね、ブリュンヒルデ」
「言うな……頭が痛くなる」
再びの大騒ぎの中、エレンは一夏に向き直る。そして状況の把握が出来ていないのか、ポカンとしている一夏に手を差し出した。
「どうも、織斑一夏君。これからよろしくお願いしますね」
「あ、ああ。よろしくな、クロニクル」
戸惑いがちに手を取った一夏と、余裕のある笑顔を浮かべるエレン。対象的な二人の姿を見て、女子の嬌声が倍加したのは致し方無い事ない事なのかもしれない。
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放課後。休み時間の度に迫り来る女子生徒の応対に一夏とエレンは疲れ果てていた。特に、こんなに大勢の人間に声を掛けられる事自体が始めてのエレンには相当な苦痛であった。
そんな二人の元に、長い髪をポニーテールで纏めた女子がやって来た。エレンの記憶が正しければ休み時間中に一夏を何処かに連れ出していた生徒だ。顔見知りらしく、親しげに名前で呼び合う仲のようである。
少女の名は篠ノ之箒。護衛対象の一人である。
「よっ、箒。どうしたんだよ?」
「どっ、どうせなら一緒に寮まで行こうと思ってな。どうだ?」
妙に上擦った声。それを聞いて、箒の抱く一夏への思いに気づいたエレンはそこはかとなくその場を後にしようとするのだが、予想外の伏兵が現れる。
「おう。じゃあエレンも一緒に行こうぜ。どうせ俺達同じ部屋だろうしな!」
二カッと爽やかな笑顔を浮かべる一夏に呆れたようにため息を漏らしたエレンだが、当の本人は何処吹く風か、さあ行こうぜと号令を出す。
あからさまにテンションが下がった様子の箒に少し同情しながら、彼らは寮へと足を向けた。
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とてもじゃないが学生の寮とは思えない其処に辿り着いた時、偶然遭遇した山田真耶ーーーエレン達のクラスの副担任に出会い、部屋の割り振りを聞かされた。
「「えぇ!?」」
揃って声を上げたのは一夏と箒だった。何とこの二人、同室なのだ。箒としては好都合だし、これを気に二人の距離が縮まるかもしれないのは良い事だ、などと考えれたエレンはニヤニヤしながら二人を見送る。
そして、山田先生から部屋を聞いた刹那。自分でも表情が凍りついたのがよく分かった。
「クロニクル君は更識簪さんと同室ですね」
「は?」
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エレン・クロニクルは悩んでいた。この扉を開けるべきか否かを。
一夏と箒が同じ部屋な事には別段驚かなかった。十中八九、束の厚意と言う名の余計なお世話だろうだから。しかし、自分の部屋までもが見知らぬ女子と同室とは予想外である。というか、任務の実行の為に一人部屋が用意されていると思い込んでいた。
「……まあ、いいでしょう」
まあ、どうにでもなるかと結論づけたエレンはため息を一つ漏らし、意を決して扉を開いた。
部屋には既に人がいた。内側に跳ねた癖のある水色の髪に赤い瞳という、何処か浮世離れした容貌の少女である。眼鏡越しに見える瞳は少し垂れ目気味で、隈が残っていた。
少女はエレンの入室に別段驚く素振りも見せず、眈々と、事務事項を読み上げるように話し始める。
「……貴方の事情は学園から聞いてる。私の事は気にせずに活動していい。シャワーは私が先に使いたい。いい?」
「勿論、構いませんよ。此方としては異性を受け入れてくれるその寛容な姿勢だけでも有り難いですから。それよりも、貴女は知っているのですか?」
あからさまに表情を歪めた少女は、忌々し気に吐き捨てる。
「……私の姉さんが、更識楯無だから」
それを聞いて、エレンは束から渡されていた情報端末を開いた。其処にはIS学園に於ける彼の協力者のリストが載っており、其処には確かに『更識楯無』の名前がある。
「成る程。ではこれからよろしくお願いしますね、更識さん」
「……簪でいい。名字は嫌いだから」
「わかりました、簪さん。では俺の事も、エレンと呼んで下さいね」
何か事情があるのだろうと察したエレンだが、必要以上に深入りするつもりもない。気付かないふりをして、笑顔を浮かべるのだった。
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「皆さんは既に知っていると思いますが、篠ノ之束博士の開発したISは既存の兵器を凌駕する性能を持った、マルチフォーム・パワードスーツです。本来は宇宙空間での運用を視野に入れて開発されていましたが、現時点では各国の軍事戦力としての中核を担っていて、ISの性能が国力を表すと言っても過言ではありません。その為、アラスカ条約でISに関する様々な協定が設けられーーー」
教科書を片手にスラスラと授業を進めて行く真耶。何時ぞやの狼狽えっぷりがまるで嘘であるかのようなその姿に、クラスの者達も熱心に耳を傾ける。
そんな中、織斑一夏は焦っていた。
(やべぇ。何言ってんのかまったくわからんぞ……)
机の上の分厚い教科書をペラペラとめくって見るも、その内容は殆ど理解出来ない。キョロキョロと辺りを見渡すも、皆熱心に講義を聞いていて、一夏のような人はいそうも無い。
(いや、待てよ。エレンだって俺と同じ男。ISの事なんて知ってるはずーーー)
「ーーーでは、クロニクル君。ISの運用には何が必要か分かりますか?」
「現時点では帰属国家の認証が必須とされています」
スラリと答えたエレンにより、一夏の儚い希望が粉々に砕かれた。神は死んだ!などと内心で叫ぶ一夏の異変に気付いたのか、クラスメイト達の視線が集まる。
「どうしかしましたか、織斑君?もしかしてわからない所とかありますか?でしたら、私に聞いてください。何せ、先生ですから!」
人並み以上に成長を遂げている真耶の胸が更に強調される。普段の一夏なら鼻の下を伸ばすのは必死であろう光景だが、それどころではないのか冷や汗を流しながら、申し訳なさそうに答えた。
「ほっ、殆どわかりません……」
「えっ……?」
流石に予想外だったのが、山田先生も絶句してしまった。そんな中、授業風景を見守っていた千冬が立ち上がる。
「織斑。お前、入学前に貰ったISの入門書は見なかったのか?」
「ふっ、古い電話帳と間違えて捨てました」
「……直ぐに新しいモノを用意してやる。一週間で全て叩き込め。分かったな?」
「いや、千冬姉。幾ら何でもーーー」
「わ か っ た な?」
「はっ、はいいいぃぃ!!」
直立不動で敬礼する一夏にため息を送る千冬。クラス中からクスクスと笑い声が聞こえて来て、居心地の悪さが加速度的に増して行く。
それとほぼ同時に、終礼のチャイムがなった。
千冬と真耶が教室を後にすると、女子達は楽しそうに雑談を始める。一夏も唯一の男子生徒、エレンの元へ向かう。
「おい、エレン。お前、もしかしてIS関係には詳しい系かよ?」
「まあ、人並みには知っているつもりですよ。……それにしても一夏は大物ですね。まさか、参考書を捨てるとは……流石はブリュンヒルデの弟と言った所ですね」
「……すげー良い笑顔のせいで嫌味に聞こえないけど嫌味だろ、それ」
下らない事で談笑する二人の元に一人の女子生徒が歩み寄ってきていた。豊かな金色の髪を少し巻いている白人の女子生徒であり、その表情は自信に満ち満ちている。身に纏う雰囲気も、最近の女性には有りがちなーーー所謂、女尊男卑を思わせる高圧的なものであった。
「ちょっと、よろしくて?」
「ええ、勿論ですよ。イギリスの代表候補生、そして入試主席のセシリア・オルコットさん」
口を開こうとした一夏を目線で制して、代わりに対応したのはエレンである。一夏も直ぐにエレンに任せた方が良い事に気づき、黙りを決め込む事に。
「あら、今時の男には珍しく礼節のなっている方ですわね。褒めて差し上げますわ」
「いえ、滅相もない。それよりも、オルコットさんは何かご用でしょうか?」
「ええ。本来なら色々と言いたい事があったのですが、貴方の対応に免じて良しとしましょう。それに、どうしてもいうのなら代表候補生にして入試主席。正にエリート中のエリートであるこのわたくしがISの事を教えて差し上げてもよろしくてよ」
「それは光栄な申し出ですね。しかし、その様な俗事でオルコットさんの手を煩わせるのは言語道断。自分達で何とかして見ますよ。……どうにもならなかったら、その時は是非ともお願いしますが」
「ふふふ、お上手ですわね。では、気が変わったらわたくしに教えを乞いなさいな。特別にレクチャーしてあげますわ」
そう言って満足気な様子のセシリア・オルコットは自分の席に戻ってゆく。そんな背中を見送り、一夏は呆れた様に呟く。
「エレンってスゲぇな。俺、あーいう子苦手だから助かったわ」
「そうですか?あの手の輩は適当に持ち上げてやれば直ぐに満足してくれるので楽な方ですよ。単純で助かりました」
心無しか、笑顔が黒いエレン。偶々周囲で聞き耳を立てていた女子生徒達の背中に薄ら寒いモノが走ったのは言うまでもないだろう。
暫くして、チャイムがなる。授業の開始を表すソレと同時に千冬が教室へと入り、途端に楽し気だった雰囲気が引き締まった。
「よし、では授業を始める。……いや、その前にクラス代表を決めなければならないな」
クラス代表。所謂、学級委員みたいなモノだ。近い行事としてはクラス対抗戦での代表という役割もあり、割と重要な役目でもある。
「立候補者はいるか?自薦他薦は問わないぞ」
「はーい。織斑君がいいと思います!」
「私もそれがいいと思いまーす」
「えー?私はクロニクル君を推薦します!」
「あっ、じゃあ私もクロニクル君を!」
「ふむ、織斑とクロニクルだな。他にはいないか?」
一夏が抗議しようとした瞬間、バン!と机を叩く様な音が響き渡った。
「待ってください!納得がいきませんわっ!」
勢いよく立ち上がったのは先程一夏達に絡んでいたセシリア・オルコットであった。どうやら異議申し立てらしく、凄い剣幕でまくし立てる。
「そのような選出は認められません!本来ならクラス代表とは実力トップの生徒がなるべきです。そしてそれは、わたくしですわ!物珍しいというだけで、どこの馬の骨とも分からない男を代表にするなど言語道断ですわっ!大体、文化的にも後進的な日本で暮らす事自体、わたくしには耐え難い苦痛でーーー」
いいぞー、もっとやれー!と内心でエールを送るエレンだったが、対する一夏の表情に陰りがあるのに気づいてしまっていた。直ぐ様フォローに回ろうとするも、それよりも一夏が食ってかかる方が早かった。
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ!?あっ、あっ、貴方ねぇ!わたくしの祖国をバカにしますの!?」
「先に言ってきたのはそっちだろ」
「もう我慢なりませんわ!わたくしと決闘なさい!!」
非常に面倒くさーい予感がエレンの脳裏に過る。いや、予感というより最早確信であった。
「オルコットの言う事にも一理ある。という事で、来週月曜の放課後にクラス代表を決定する為に実戦形式の模擬戦を行うぞ。三人とも異存はないな?」
「勿論ですわ!」
「おう、望む所だ」
「……はぁ。了解です」
「では、授業に入る。教科書六ページを開け」
パン、と手を叩いて話しを纏めた千冬による授業が始まる。エレンは気怠さを隠そうともせず、盛大なため息を漏らすのであった。
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「はぁ……」
ベッドで仰向けに寝転がるエレンはため息を吐いた。部屋には簪もおり、その目は手元のパソコンのディスプレイに釘付け。キーボードを打つカタカタという音が部屋に響き渡る。
「はぁ……」
数にして、21回目のため息。簪はディスプレイを一旦閉じると、鬱陶しさを隠そうともしない視線をエレンへと向けた。
「……どうしたの?」
「え?いや、大した事では無いんですが……」
クラス代表の件を話そうか考えた刹那、エレンの脳裏に一つの考えが浮かんだ。
「……簪さんは日本の代表候補生でしたよね?」
「それが……なに?」
このIS学園に於いて、エレンは誰よりもISでの戦闘経験があると自負している。しかも、相対してきたのは世界最強のブリュンヒルデを筆頭に、各国指折りの猛者と『企業』のデザインベイビー達。正直、代表候補生程度ならば赤子の手を捻るように始末できる。
しかし、基本的に面倒ごとはノーウェルカムなエレンにとってクラス代表など願い下げしたい仕事だ。勿論、試合は負けるつもり満々だが、セシリア・オルコットの性格からしてわざとらしく負けたら突っかかってくるのは火を見るよりも明らか。
ならば、代表候補生のレベルを図る為に簪に話しを持ちかけたのだがーーー。
「……私、専用機が無いから無理。……織斑、一夏のせいでっ」
どうやら地雷だったようである。それと同時に、エレンには心当たりもあった。
(確か、日本の企業が一夏の専用機を急遽作る事になって、大量の人員を割いたとか言ってましたね……。まあ、結局頓挫して、ウチの天災が引き取って楽し気に改造してましたが。兎も角、それが原因みたいですね)
さて、どうしたものかと思考を巡らすエレンの耳に、簪の言葉が入り込んでくる。
「……でも、別にいいの。専用機は…一人で作る。……お姉ちゃんだって……っ!」
あからさまに表情を歪めた簪。その表情から子供っぽい反抗心と、そしてコンプレックスを抱いている事に気付いたエレンは、気づけば小さく笑みを零していた。
「……なっ、なに?」
「いえ。簪さんを見ていたら、少し思い出してしまいましてね」
それは、もうずっと昔の記憶。エレンがエレンになる前の、そして『ストレイド』になる前のーーー恐らく、最も幸せだった頃の記憶。兄であった自分と意地っ張りだった妹との懐かしく、そして暖かな記憶。
そんな懐かしい記憶が思い起こされ、エレンの心に一つの願望が生まれた。自己というモノを呪い、誰よりも恐れているエレンが、自分の意思で簪を手伝ってやりたいという、そんな願望がーーー。
「……うん、そうですね。簪さん、専用機の設計、俺も手伝います」
「……いい。一人でやらなきゃ、意味が無いから…」
「簪さんは頑固ですねぇ。でも、それじゃあダメです。ほら、今貴女の目の前にいるのはISの産みの親と行動を共にしていた男ですよ。利用し無い手は無いですよ。それに……どうせなら、お姉さんに勝ちたいでしょう?」
「姉さんに……勝つ?」
何時もの作り笑いとは違った、柔らかな笑みを浮かべているエレンの言葉は正しく雷のように凄まじい衝撃を与え、心を打った。
ーーー初めは唯々憧れた。何をしても完璧な姉は簪の自慢であった。同時に、姉のように成りたいと願い努力を重ねた。しかし努力を重ねれば重ねる程に姉と自分との距離が浮き彫りになり、代わりに酷く醜い感情が自分の中に溜まって行く事に気付いてしまった。
いつしか姉は、絶対に越えられない壁として立ちはだかっていた。
何時だっただろう。その背中を追う事を辞めたのは。姉の顔を見る度に苦痛を感じるようになったのは。姉と同じ名を名乗る事に酷く抵抗を感じるようになったのは。それはずっと前の様な気もするし、ごく最近のような気もする。
完璧な姉が、大好きだった。そして姉と同じに成れない自分が、大嫌いだった。姉に絶対に勝てないとわかっていながらも姉と同じ道を選び、このIS学園に入学し、更に日本の代表候補生にまでなった。そんな未練がましい自分が、大嫌いだった。
ゴチャゴチャになって行く思考の中、簪はエレンのその言葉を理解するのに幾ばくかの時を有した。
そんな簪の葛藤を知ってか知らずか、エレンは言葉を続ける。
「もう、お姉さんの背中を追うのは終わりです。簪さんは簪さん。決してお姉さんにはなれません。同時にーーー貴女は、お姉さんを超える事だって出来るんですよ」
何時の作り笑いとは違う、優し気で、何処か超俗的な笑顔を浮かべているエレンが手を差し出す。
簪はその手を取ろうと手を伸ばすがーーーしかし、取ることが出来ない。今までの失敗から来る確信にも似た直感が、それを拒否していた。
「頑固で臆病なんですね、簪さんも」
一瞬、此処にはいない誰かを見るように目を細める。そんな神秘的な美しさを感じさせるエレンの表情に、簪は頭の中が真っ白になるのがよく分かった。だからかもしれない。普段の自分なら考えもしない、姉を超えるなどという妄想を実現しようと思えたのは。
「大丈夫。貴女ならやれますよ、簪」
(その笑顔は……ズルい)
顔を紅潮させた簪はコクンと頷くと、エレンの手をギュッと握り締めた。
ーーーーーーー
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翌日。昨日から剣道の特訓を始めたという一夏と箒に付き合って、エレンは剣道場へ訪れていた。そしてたった今終わった二人の試合を見て、純粋な感想を零す。
「弱いですね、一夏」
「うっ!」
率直な、しかし的を得たその言葉に何も言い返せない一夏。箒の実力は一般人からしたらかなりのレベルであろうが、エレンからして見ればまだまだ不満が残るレベルであった。
束からの依頼を完遂するに当たり、この二人の強化は必須となるだろう。幾らエレンと言えども、四六時中彼らの身を守れる訳では無い。必要最低限の自衛能力ぐらいは持って貰わなければ話にならない。
「にしても、本当にコレがIS操縦に役立つのか?」
「昨日も言っただろう?お前は、IS以前の問題だと!どうしてそこまで腕が鈍っているのだ」
「そんな事言ったってなぁ。中学三年間は帰宅部だった訳だし……。なあ、エレンはどう思う?」
「箒さんの着眼点は素晴らしいですよ。結局、ISを動かすのは人間ですからね、操縦者の技量を上げるという考えは的を得ています。しかし、剣道というチョイスがいただけない」
「……なに?」
僅かに眉を釣り上げた箒を宥める様にエレンは言葉を続ける。
「結局、剣道はルールに縛られたスポーツですからね。しかし、ISの戦闘に求められるのはより実戦的な戦闘技術ーーー敵を打ち倒す為の技術です。ソレを培うには、やはり実戦が一番何ですよ。……という事で、二人とも防具を外して下さい」
エレンの言わんとしている事が理解出来てない二人を首を傾げながらも、防具を外した。そんな二人に竹刀を投げ渡し、自身は上着を脱いでネクタイを緩める。
「さっ、全力で打ち込んで来て下さい」
「いや、エレン。防具無しじゃ、流石に危ねぇよ」
「一夏の言う通りだ。それに二対一では勝負にならん」
「大丈夫ですよ、二対一だろうが一対一だろうが勝負になりませんから」
何時もの様に笑顔を浮かべて挑発してくるエレンに、箒は青筋を浮かべる。
「そうかそうか。では……行くぞッ!!」
一夏の制止を振り切り、箒が踏み出す。一瞬で距離を詰めた箒は竹刀を上段から振り下ろしたーーー。
「はい、一回死亡です」
チョン、と背中を竹刀で突かれた。目の前にいた筈のエレンは何時の周りか背後に回り込んでいて、同時に竹刀を突き付けて来ている。
「……さ、わかったでしょう?では次は二人で掛かって来て下さい。全力でね。あっ、此方からは手を出さないのでご安心を」
カチンと来た一夏と箒だったが、甘んじてソレを受け入れる。目の前の男と自分達の間にある力の差を理解してしまったから。例え、これだけのハンデがあってもこの剣が届くかどうか怪しい事に気づいてしまっているから。
二人の表情に闘志が宿った事に気づいたエレンの口元には、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かんでいた。
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一夏達との実戦形式の組み手を終えたエレンは、更衣室に備えられていたシャワーで汗を流した後、自室へと向かっていた。
結局、組み手を二時間ぶっ続けでやっていたのだが二人はエレンに有効打を与える事が出来なかった。負けず嫌いの二人の提案により、この組み手は定期的に行われる事になった。それを見越してあの勝負を吹っかけたエレンからしてからみれば、作戦成功と言えよう。
そんなこんなで少し上機嫌なエレンが自室のドアを開けると、Tシャツに短パンという非常にラフな格好の簪がパソコンのディスプレイ相手に睨めっこをしていた。昨日の一件以来、少しばかり距離の縮まった二人は簡単に挨拶を交わす。
「遅くなってすいません。簪さんはご飯はまだですか?」
「……うん」
「では、一緒にどうですか?」
コクンと頷いた簪に少しだけ待つようにお願いしたエレンは手早く制服からスウェットに着替える。
「さ、行きましょうか」
「……うん。食事終わったら、手伝ってね?」
「ええ、勿論ですよ」
談笑しながら食堂へ向かう二人の背中を物陰から覗き見る視線があったのだが、それは知らない方が幸せなのかもしれない。
ーーー簪の強い要望により、手早く食事を済ませた二人は早速部屋に戻って専用機の開発に取り掛かっていた。
「……一応、基礎データは送られてきてるの。後は細かい稼働データとか…エネルギーの分配に…あっ、武装は手付かず……」
「ふむふむ、成る程……」
簪の専用機ーーー『打鉄・弍式』は第二世代型『打鉄』の改良系のようであった。防御力の高さが特徴の打鉄とは打って変わり、高速戦闘を意識している機体構成になっているのが特徴か。そして第三世代兵器として積まれる予定であったのが『マルチロックオン・システム』。これにより、打鉄・弍式に搭載されている連装ミサイル『山嵐』による精密爆撃が可能になるらしい。
「武装の方のデータは心当たりがあるので俺に任せて下さい。細かい調整は簪さんにお任せしても大丈夫ですか?」
「……うん」
「じゃあ、俺の端末に武装データを転送しておいて下さいね。あっ、それと第二整備室の貸出申請も受理されたので、明日からは放課後に其処に集合しましょう」
自分の知らない所でテキパキと物事を進めていたエレンに簪は驚く。そして同時にこの人となら姉に勝てるかもしれないと、何故かそう思えてしまう。期待に満ちた簪は一度だけ大きく頷き、そして打鉄・弍式の調整を始める。
そんな簪の様子に気づいたエレンも、より一層のやる気が出てくる。自分から何かをしたいと思うのは一体何年振りだろうか。しかしこういうのも、偶には悪くはない。いや、寧ろ良いモノである。
彼も武装データのサンプル入手の為に、早速数少ない知り合いの元へと通信を送るのであった。
お楽しみ頂けましたでしょうか。
次回はVSブルー・ティアーズ戦でお送り致します。