五月。クラス対抗戦は既に来週へと迫っていた。
対戦表は既に発表され、初戦の対戦カードは一組VS二組の代表。つまり、一夏と鈴の対戦カード。鈴の性格からして宣戦布告やらなんやらに来そうなものだったが、そんな気配は一切見せない。それ所かあからさまに一夏を避け、更には怒ってますオーラを全面に展開している。
心当たりがあるのか複雑そうな表情を浮かべる一夏だが、それでもこれといった行動を起こさずに今日まで過ごしていた。
「待ってたわよ、一夏!」
いつも通り放課後の訓練を行うべく、アリーナへと赴いた一夏達。ピットに繋がるスライドドアが開くと、其処には鈴が待ち構えるように立っていた。
先日まで不満を全面に押し出していた時とは違い、腕組みをして不敵な笑みを浮かべるその姿を見つけて箒とセシリアが顔を歪めたのに気づいたエレンは、一人苦笑いを浮かべる。
「あの、凰さん?一応此処、関係者以外は立ち入り禁止なのですが……」
そうだそうだーと抗議を重ねる箒とセシリアを見て、余裕そうに鼻を鳴らした鈴は自信満々に言い切る。
「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題無いわね」
清々しいまでの開き直りっぷりに呆れを通り越して最早尊敬の念まで感じ始めたエレンは、どうぞお好きにと全てを一夏に丸投げして先にアリーナへと飛び出していく。
「あの男、空気読める奴で助かったわ。其処の二人もそうだと嬉しいんだけど……。まっ、いいや」
元々気の長い方では無い箒は爆発三秒前といった所か、額に浮かぶ青筋がヒクヒクと引き攣っていく。セシリアは何処か余裕さを残したまま、ISを展開した。
「長くなりそうですし、わたくしは先に失礼しますわ。エレンさんが何時までも、わたくし達に時間を割いてくれるとは限りませんし」
「せっ、セシリア!?……わ、私も先に行くからな!いいか、一夏。お前も早く来るんだぞ」
ピットを飛び出したセシリアを追って、箒も訓練用の打鉄を展開するとピットを飛び出す。
残った一夏と鈴の間に、微妙な沈黙が訪れる。
「一夏。反省した?」
漸く切り出されたその言葉に一夏は首を傾げてしまう。その行動は鈴の怒りに油を注いでしまう結果となる。
「俺が悪かったなー、とか!仲直りしたいなー、とか!なんかあるでしょうが!」
「いや、鈴が放っておけって言ったんじゃないか。それに俺の事を避けてたみたいだし、それじゃ無理だろ」
「言うに事欠いてソレ!?信じられない!一夏、あんたそれでも男!?女の子が放っておけって言ったら放っておくわけ!?」
「じゃあどうすればよかったんだよ!?約束だってちゃんと覚えてだろ!」
「約束の意味が違うのよ、意味がっ!!兎に角謝りなさいよ!」
「だから、その約束を説明してくれりゃあ謝るって!」
「出来るわけないじゃない、このバカ!」
一夏と鈴はそれなりに長い付き合いだ。故に互いが譲らない事も分かっているが、二人ともそれで自分の意見を曲げられる程器用な人間ではなかった。
「……そうだ、ならこうしよう。来週のクラス対抗戦で勝負しよう。それで勝った方が負けた方に何でも命令出来るってどうだよ、鈴?」
「へぇ、いい度胸ね。代表候補生のあたしに勝負を吹っかけるなんて。いいわ、買ってあげる」
「俺が勝ったらお前の言う約束の意味を話して貰うからな」
「なっ!?……ふっ、ふん!いいわよ!その代わり、あたしが買った時は誠心誠意謝罪をして貰うから覚悟しておきなさいよ!」
鋭い視線を一夏に浴びせた後、鈴はアリーナから出て行く。そして啖呵を切った数秒後、圧倒的不利な現状を少しでも何とかする為に一夏はエレン達の元へと急ぐのだった。
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そして迎えた試合当日。第二アリーナにて行われる第一試合は学園のーーー否、世界から注目を集める男性操縦者にしてブリュンヒルデの弟である織斑一夏と中国代表候補生である凰鈴音。
その話題性は凄まじく、席は満席。立ち見で見る生徒も多く、更には来賓として各国の重鎮も訪れているため観客席は多いに盛り上がっていた。
控室へと向かった一夏達と別れたエレンはそんな大多数から外れ、人気の無い通路で携帯端末を弄っていた。
「……はぁ。全く、何を考えているのか」
ディスプレイに映るのは今朝届いた彼の飼い主からの指令書ーーーと言うよりは、連絡事項みたいなものである。そしてそれにより、エレンの頭痛は加速度的に増していた。
その内容と言うのが、これである。
『えっくんへ。
はろはろ、えっくん元気かなー?束さん達はみーんな元気もりもりだよ!まあ、強いていうならくーちゃんが寂しがってるぐらいかなぁ。あっ、フィオナちゃんは心配してたよ。生温い環境で弱くならないかってね!
さて、では本題にはいりまーす。実はね、今日そっちに束さん制作の無人機試作型『ゴーレム』を送っちゃいました!いっくんとチャイニーズの試合中に乱入させるけど、最初は邪魔しないでね~。束さんはいっくんの成長具合が気になるのですよ!いっくんが撃破したらゴーレムはIS学園に回収させちゃっていいからね~。もしいっくんが危なくなったら助けてあげてね!
らぶりー束さんより』
「はぁ。何で俺がこんな尻拭いまで……」
一応、ゴーレムのスペックデータも送られて来ている。それを見る限り、恐らく今の一夏なら十分対応出来るだろう。
と言っても過信は禁物。一夏は大事な場面で小さなミスをする傾向が多々あり、それはエレンも訓練を通して把握している。故に、万が一に備えて準備をしなければならない。
その時、エレンの携帯端末が無機質な着信音を告げた。懐から取り出したのは主に学園で使用している携帯端末。見れば、簪から一件のメッセージが届いていた。
『今何処にいるの?よかったら一緒に観戦しない?』
それは実に珍しく、簪からお誘いのメールだった。エレンからして見れば、一夏を毛嫌いしていた簪が今日の試合を見に来ている事自体が意外である。普段の彼ならば二つ返事で了承するのだが、如何せん今日に限っては仕事がある。簪に謝罪のメッセージを転送し、携帯端末の電源を落とした。
結局、簪の打鉄弐式は完成していない。厳密にはギリギリで完成したのだが、キチンとした作動テストが行えなかったので今回の対抗戦は見送っていた。まあ、どちらにせよ、これから起きるイレギュラーのせいで対抗戦は中止になるのだろうが。
「……イレギュラーが一つならばいいのですがね」
何処か憂いを帯びた言葉を残し、エレンは通路の暗がりへと消え行った。
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人、人、人。生徒のみならず教師や何やらお偉いさん方までもがいる。初めての大規模な観衆に、ISを展開した一夏は震えていた。
目の前でISに身を包む鈴は何時もと同じように不敵な笑みを携えていて、そんな彼女を羨ましくも感じてしまう。
『両者、規定の位置に着いて下さい』
コールに従い、二機のISは高度を上げる。一機は一夏の駆る、表面上は日本によって開発された事になっている純白の機体、白式。そしてもう一方は、中国の第3世代型IS、
セシリアのブルー・ティアーズやエレンのアルファート・カスタムとはまた違った様相の機体。近接戦に特化しているのは手元の巨大な青龍刀から察せられるが、気になるのは妙に刺々しい形状の
そう目星を付けた一夏の思考は、しかしそれよりも気になる点へと移る。
(しかし、シェンロンって……。流石中国というべきなのか?ややこしいし、俺は
上昇停止。規定位置につく。両者の距離は10m。ISの速度なら瞬く間に潰せる距離だ。
一夏が第一手をどうしやうかと思案を巡らせていると、不意に鈴からの
「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげてもいいわよ」
「鈴、これは勝負って言ったよな?……手加減なんかしたら承知しねぇぞ」
「っ!?うっさいわね、分かってるわよそんな事!お望み通り、全力で叩き潰して上げるわ!!」
鈴は一瞬、得体の知れない威圧感を放った一夏に怯えたモノの持ち前の胆力で直ぐに啖呵を切る。そして一夏はニヤリと笑みを浮かべ、それに答えた。
「ああ、そうじゃないと意味がない。自分が何処まで成長してるのか……悪いが、鈴で試させて貰う」
セシリアとエレンと行った最初のバトルロワイヤル。一夏が真っ先に撃墜されなかったのは色々な条件が折り重なり、そこから生まれた奇跡によってだ。それは誰よりも一夏がよく分かっていた。
しかし奇跡は二度も続かない。ましてや今回は完璧なタイマン勝負。以前の様にさりげないエレンのカバーを受ける事も出来ない。頼れるのは己自身の能力だけ。
この状況の全てが、一夏を高揚させた。
熱を帯びてきた思考を冷ますべく、一度深呼吸。そして雪片弐型を正眼に構える。
そしてーーー。
『試合開始』
ほぼ同時に、両者が瞬時加速を発動。刹那の間に距離を詰め、互いの得物を振るう。
ガキィン!
甲高い音と共に雪片弐型と甲龍の持つ青龍刀ーーー双天牙月が激突。火花を散らす。鈴がもう片方の青龍刀を振るうよりも先に剣を引いた一夏は、そのまま上昇して距離を取った。
すかさず追撃する鈴。手数の多さもさることながら、持ち前の操縦技術により繰り出される流麗な連撃。しかし一夏はそれらを雪片弐型と回避起動を交えて上手くやり過ごして行く。
暫くして、鈴が距離を取った。
「……へぇ、あたしの連撃を凌ぐなんてやるじゃない」
「エレンのヤツ、俺とやる時大抵二刀流だからな。手数の多い攻撃には大分慣れたよ。……それに、あいつの攻撃に比べれば全然楽だしな」
無意識に口にした一夏に悪気は無かったが、それは鈴のプライドを多いに傷付けた。
鈴とて血の滲むような努力をして現在の立場を手に入れたのだ。そんな自分が最近現れたという二人目のイレギュラーに劣ると言われて憤りを感じないはずが無い。
「舐めた口聞いてくれるわね……。なら、これでどうよ!」
双天牙月の柄の部分を連結。それをバトンのようにクルクルと回しながら鈴が迫る。
回転する刃の動きを読むのは容易では無い。しかし一夏は鈴の繰り出す斬撃を雪片弐型で的確に受け流して行く。ただ、それが精一杯。流石に反撃までは行えない。
(このままじゃ埒があかない。……まだ見せたく無かったが、仕方ないか)
「鈴。行くぞ」
「はぁ?攻めてんのはあたしーーー」
次の瞬間、一夏が目の前から消えた。一瞬惚けた鈴だが流石は代表候補生。20m下方向34°ーーーハイパーセンサーに一夏を捉える。それは本当に一瞬の隙であったが、しかし一夏にはその一瞬さえあれば良かった。
「うおおおおおぉっ!!」
零落白夜起動。青白いレーザーブレードを手に、下方向からの瞬時加速による急速接近。
あまりに予想外のその挙動に、鈴の表情が驚きに染まった。
(ーーー獲った!!)
一夏が勝利を手にしたと感じた刹那、白式からロックオンアラートが鳴り響く。そして次の瞬間には凄まじい衝撃を感じた。
「ぐあっ!?」
地面に叩きつけられた一夏は一瞬何がが起きたか理解出来なかった。直ぐにISの状態を確認。エネルギーシールドが減っている事に気づく。
(今の攻撃が甲龍の第三世代兵器か?見えない衝撃……ダメだ、さっぱりわからん。分かったのは非固定浮遊部位がスライドしてから衝撃が来た事……あれが砲口なのか?)
「一夏……今あんた、何したの?」
攻撃が決まったはずなのに、逆に追い込まれたかのような表情の鈴に一夏は首を傾げてしまう。
「何って……瞬時加速して零落白夜で切りかかっただけだろ?」
「違う、その前よ!」
「前?……ああ、アレは下方向に瞬時加速したんだよ」
その言葉には鈴だけで無く、観客達すら絶句した。さも当たり前のように言い放った一夏だが、下方向への瞬時加速など誰が考えをしたか。その発想もそうだが、それを成す技量にも舌を巻く。
一夏からしてみればエレンの真似をしてみただけ。しかも、毎日こんなレベルの機動技術を見せつけられている彼からしたら、そんなに驚く意味も分からないのだが。
「お喋りは終わりにしようぜ、鈴。再開だ」
「ふっ、ふん!ここからは一方的な展開になるわよ、一夏!」
「望む所だ!」
甲龍の非固定浮遊部位がスライド。エネルギーが収束されるのが視認出来る。その瞬間に一夏はハイパーセンサーの感度を引き上げる。
ーーー21m前方42°にて大気の歪みを感知。
白式から告げられた情報に従い、一夏はほぼ直感的に機体を動かす。先程のような衝撃は無い。
鈴は一瞬驚いたように表情を変えたが、次の瞬間には再度エネルギーをチャージ。第三世代兵器『龍砲』が牙を剥く。
しかし同じ要領で一夏はそれを回避して見せる。四回目の攻撃が失敗に終わった時、鈴は思わず声を上げた。
「一夏、あんた『龍砲』が見えるの!?」
「見えねぇよ?だからハイパーセンサーで大気の歪みを感知した瞬間に動いただけだ」
「……そうね、あんたは世界最強の弟だもんね。そのぐらい出来ても不思議じゃないわ」
はぁ、とため息を漏らす鈴。しかし顔を上げた彼女の顔には落胆は無く、寧ろ先程までより更に闘志が感じられる。
「けどね、こっちだって代表候補生としてのプライドがあんのよ!IS動かして一ヶ月そこらのあんたに負けるわけにはいかないわ!! 」
一般人ならすくみ上がるような闘気を発する鈴に、一夏も不敵な笑みを返す。
「一ヶ月もあれば人間変わるもんだぜ?見せてやるよ、今の俺の全力……」
お互いが瞬時加速で距離を詰めようとした刹那。
一条の光が、アリーナに降り注いだ。
次回はVSゴーレムの予定です。
多分、一週間ぐらい間が空いてしまいますがf^_^;