元々血気盛んな連中が集まるここ幻想郷においても、その日、ある初夏の日、山頂に佇む神社の境内は一際過熱していた。
「はぁああああ!!!!!!」
「やるじゃないか博麗の巫女!」
日は徐々に西に傾き、日の位置と共に気温も低くなっていく。
にも関わらず、弾幕と拳が飛び交う守矢の神社はヒートアップを続ける。神奈子と霊夢、お互いの打撃スピードはすでに側から目視できる速度では無かった。もちろん比喩だが、動きについていける速さでないことは確かであった。
いつもの霊夢らしくない、と少々懸念を孕んだ瞳で魔理沙は苛烈な空中戦を慎重に見ていた。
「何やってんだあいつ……」
帽子を目深に被り、ふとした拍子に目が合わないようその様子を見ていた。
しかしそれをもう1人の巫女は許さなかった。
不意に感じ取る気力。
だが魔理沙はピクリとも動かなかった。
目の前が一瞬眩い閃光に包まれたかと思うと、ほんの数センチ先に弾幕が着弾した衝撃が地面を伝い魔理沙の足を震わせた。
「ボーッとする余裕があるんですねぇ」
「あぁ、見えてるからな」
動かずとも躱せる。当てるつもりで東風谷早苗は打ってこなかった。まるで全て見通していたかの様な魔理沙の言動に、早苗は思わずお得意の笑顔を忘れる。
「なら、次も見えるといいですね──!」
ふわりと早苗の髪がうねる。
その特徴的な髪色は良く青空に映え、「あぁなるほど。確かに現人神っぽいわ」と薄い感情を魔理沙は口にした。
先ほどより早い弾幕の展開。
魔理沙は素早く箒に跨ると、閃光と爆煙を置き去りに早苗と同じ視点に移動する。
空中にて、早苗と魔理沙は相対する。
「お前、"慣れ"てないな」
「なっ……!!」
不敵な笑みと共に八卦炉を構え、瞬間、魔理沙の周りには魔法陣が展開される。
「一気に片付けるから」
そう言うと大量の魔法陣は確かな熱量を持って輝き出す。
まるで星の様な瞬きを目前に、早苗は動けずにいた。
「簡単に焼かれんなよ」
魔理沙と早苗。開戦して実に数秒。
妖怪の山において今日一番の爆音が轟いた。
これには白熱していた霊夢と神奈子も一瞬手を止め、赤々と燃える自身の背後を見やる。
中々晴れない白煙。
今のうちに距離を取ろうと魔理沙は少し離れようとした、その矢先。
グッと、箒の柄が引っ張られた。
正しくは押されたと言うべきか。
「!!……くそっ」
正体は激しい突風。空気抵抗の多い魔理沙は数瞬の間コントロールを失う。すぐに思考を切り替える。変に抵抗はせず、風に器用に乗っかって体勢を立て直しながら距離を取った。
風に揺れる前髪の隙間から覗いたのは───
「…はっ、そうこなくっちゃな!」
大量の白い煙が、まるで早苗を守る様に渦巻き、靡き、あっという間に霧散していく。
魔理沙にとっても最大に近い火力を放った。
別にここで終わらせて、圧倒的優位のまま神奈子を相手取っても良かったが、これで終わってしまっては味気ないと思っていたのも本心であった。
しかし、まさか無傷とまでは思っていなかった。
戦い慣れていないと思っていた相手が、想像以上に厄介かもしれない。期待を上回る可能性に魔理沙は笑みを溢す。
初めて、彼女を相手した時と同じ高揚感。
力限りの弾幕を差し向けて、無傷で煙の中から現れた幼き日の博麗霊夢を思い出す。
「巫女ってのは全員浮いてんの?」
「……癪に触る発言ですが、触れないでおきましょう」
魔理沙は小さな地雷を踏んだのか、早苗少し顔を顰める。
顔つきがどうにも変わった。
歳相応な愛嬌のある声質も表情もどこへやら。すっかり本気の顔だった。
「貴女は強いです。確かに。割と全力の速さだったんです」
「え?あ、あー、さっきの弾幕?」
「はい。道中の様子も見ていました」
東風谷早苗は至って素直な少女だった。認めるべきところは認め、だが自我がどうにも強く、ひいてはその行動力故に今回プチ異変みたいなものを起こしてしまった。
誰かの為に動く意思は、非常に強かった。
「弾幕が見切られてしまってはこちらも苦しいものがあります」
「なんだ?降伏すんのか?」
「まさか」
まるで魔理沙を嘲るかの様に笑った。
「私は守矢神社の風祝!!現人神たる所以をご覧にいれましょう!」
またか、と魔理沙は身構える。
まるでどこから風が吹いてるのかさっぱりわからない。強いて言えば、早苗を中心として吹き荒んでいる、という事だけ。
能力が分からない。風に移動と視界を奪われる中───
「奇跡まで見切れるかしら」
人が変わった様に、早苗はそう言い放った。
○○○
魔理沙のイかれた火力で、霊夢は少し目が覚めた。体内で蓄積された気から作られる弾幕で、なぜあんなにも膨大な熱量を放出するのか。爆発時に肌で感じた熱波は、まさしく兵器並みであった。
ただ、おかげでその後頭はすっきりした。決して穏やかでない風ですら、体温を下げるものとして十分心地よかった。
頬を一度パチンと叩くと、先より幾らか明瞭になった視界で神奈子を見据えた。
「お?目つきが戻った」
「頭に血が上ってたわ」
「あちゃ、さっきのウチに終わらせときゃ良かった」
霊夢の強さを純粋に認めている神奈子は悔いをその顔に表す。しかし、あくまでも飄々としたその態度は余裕綽々である。
その様子も妥当だと霊夢は感じ取っていた。
(さっきの数分間で何となく分かった)
背後で轟く様な爆音が聞こえる数分間は猛打に猛打を重ねる肉弾戦を繰り広げていた。特に厄介なのは石柱だと判断した。見かけ通りの質量を持ったそれを6本自在に操り軽々とこちらへ投げ飛ばしてくる。ただ、かなり大きい。振り回すには小回りが効かないし、近距離で詰め寄られればやはり石柱は機能しない。
あえて使っていない可能性も考慮できるが、使うメリットも少ない。
厄介な立ち回りをされる前に、接近戦でいくらか潰そうと考えた。
頭に血が上っていた分、脳みそもフルに動いていた。この思考に至る時間は刹那に近い。実行に移す頃には魔理沙と早苗に目もくれず、神奈子の喉元にまで迫っていた。
だと言うのに。
(圧倒的なフィジカルね……)
悔しいくらいに埋まらない差であった。
今ここでどうにか出来る差ではない。恵まれた体躯に筋肉量と戦闘センス。弾幕戦ではいざ知らず、肉弾戦ではその経験と技術力がモロに出る。
決して肉弾戦が弱くない霊夢ではあるが、だからこそ、相手の力量が痛いくらい分かった。
(このままでは押し切られる)
血が全身に降りてくる感覚とは裏腹に、脳は未だ思考を止めず、人智離れした第六感は獣並みに研ぎ澄まされていく。
霊夢はその事を未だ自覚していない。
(射命丸の時と同じ様にやってみよう)
脳がそう判断するや否や、フッ、と風を切る音だけを残し、神奈子の視界から外れる。
(速い……!けど、)
神奈子は一瞬拍子をつかれたが、既に何度か見た手。先の肉弾戦でも霊夢は視界から外れる動きを多用していた。技術的には非常に優れたものだが、流石に目が慣れていた。
「後ろか───ッな!?」
(やっぱ、読んできてるな)
このまま反応が遅ければ一撃与えるところだったが、神奈子は対応した。しかし、視界から外れ、2度目のフェイントを与えられたのはこれが最初だった。
神奈子の鼻先に触れるほどの距離で霊夢は猫騙しをした。両手をパチンと勢いよく閉じると同時に神奈子は本能的に顔を遠ざける。
ほんの一瞬生まれた隙。
掌にあらかじめ仕込んでおいた弾幕が光を放ち、あたりに白煙を産み出した。
「煙幕か!小賢しいッ!!」
目を開いた時には辺り一面白い靄に包まれた景色であったというのに、神奈子は一瞬のうちに判断した。
すぐさま石柱を大きく振り回して煙を払う。風を起こすには些か向いていないフォルムだが勢い凄まじく、あっという間に視界は晴れた。
そこに霊夢の姿は無かった。
それどころか、先程まで見ていた景色と一変していた。
自分が今どこを向いているのやら、それすら分からない。
神奈子の見える範囲全て覆う様に展開されていたのは、紛れもない霊夢の弾幕。
膨大な弾幕で形成された球に神奈子は閉じ込められた。
「マジかッ……!!」
体制は整えられていない。防ぎ切ることを神奈子は諦めた。
ふと声が聞こえた。弾幕で仕切られたリングの外側。神奈子は自身の頭上を見やると、弾幕の隙間から紅白の巫女装束が見えた。
「これはどうかしら」
「化け物か」
開幕数十分でこの成長速度とは、神奈子は一抹の恐怖を覚えた。せまりくる弾幕の壁の内、久しぶりに己が生命の危機を肌身に感じていた。一筋の汗が頬を伝う感触だけが、ヒリつく様な緊張感の中最後まで残っていた。
至って冷静に働く脳みそから、霊夢は現状を俯瞰していたが、また再び、唐突な破裂音に意識を覚醒させる。
「──────神穀」
神奈子はパァン!!と掌を合わせた。
窮地の中、目を閉じ、ゆっくりと手と手を重ね、静かにその時を待つその様はさながら祈りの様であった。
彼女の神たる所以が垣間見えた様な、そんな一瞬。
「ディバイニングクロップ───!!」
その瞬間、御柱は神奈子の背後へ整列する。まるで後光の様に円を成し、次第に輝きを増していく。
霊夢は、バチッと静電気の様な痛みと音を鼻先に感じた。霊夢が想像しているより、大きな力が動いていた。自慢の第六感も、ほんの少しの解れから反応に遅れてしまった。
「しまった───」
霊夢が防御姿勢に入り、陰陽玉を前衛に持ってくるのと大凡同時。
赤と紫の弾幕が霊夢の弾幕を押し除けて一気に広がっていった。
先にも感じた、魔理沙の大出力と同じ熱量。
鼻先に走った稲妻も気のせいなんかではない。一気に膨大な熱量が発生したのだ。雷が音を発する原理と同じだと思えば納得してしまう。
否、神鳴りというべきか。
弾幕と弾幕の衝突。それなりに硬度と強度を持った2つの質量が一気に爆散を始めていく。
再び、霊夢は大きく吹き飛ばされる。
弾幕に直撃すれば、弾かれる様に吹き飛ぶより先に身体に直接ダメージが入る。その分衝撃による飛距離というものはさほど生じない。
辛うじて、防御は成功していた。
ただその爆風凄まじく、敷地外とを仕切る塀の瓦屋根に不時着する。
悪い足場でなんとか踏み止まる。
「ほんと、イかれた火力2人とか……勘弁してよ」
少し離れた場所から神奈子のスペルカードを見つめる。一体神奈子のどこからこの無尽蔵な力が湧いて出ているのか。信仰はさほど無かったから幻想入りしたのだろう。ならすでに山の妖怪たちは手中にあるとでもいうのか。この間にも布教活動を行なっていれば……いや、そんなすぐに直接的な効果は現れないはずだ。なら元から持ち合わせていた能力だと考えるのが───
「あぁあぁあ……ダメね〜……」
ハッと意識が元に戻る。また一時的に思考が何処かへと行ってしまっていたようだ。霊夢は先ほどから、度々五感が底上げされるような感覚に陥っていた。ボーッとしてしまっていると霊夢は感じ、己を律する様に頬を軽く叩く。むしろ極限とも呼べる環境において、とんでもない速度で成長を続けている事に気づかず。早苗と魔理沙は変わらず交戦中、神奈子はそろそろカードを使い切るだろう。そしたら再び交戦に入る。
(どうしてしまったのかしら)
やはり、自分ではない誰かを感じる。
今までの敵より遥かに強敵。おまけにアウェイで、どうにも神奈子と近しいところにいる東風谷早苗もおり、2対2とはいえ不利と言える。
だと言うのに。
(体が動こうとして止まらない)
足場の悪い瓦にヒビを入れる程右足が踏ん張っている。今にも、あの空中から高く見下ろす神にどんな一撃を加えてやろうか、そんな事を無意識に考えてしまっている。
試してみたいことが増えていく。
久しぶりに、それも唐突に、能力を使用したからか、脳汁が溢れて止まらない、そんな感覚。
今はただ、限界を超えてみたいだけの様だ。
○○○
どうにも自分に不利に働く環境だ、と魔理沙は心の内で愚痴を垂れる。
早苗の瞳が決意で満たされた後から、かなりやりづらい戦況が続いている。
例えば、先ほどから絶妙なタイミングで吹く風。やけに見栄えの良い弾幕を展開しながら距離を保つのは、弾幕ごっことしては限りなく理想に近い戦い方だが、言ってしまえば距離を詰められる事を極端に嫌がっている様に見える。
体格も、魔理沙より上背はあるが、かなり華奢だ。
魔理沙は霊夢の様な肉弾戦を得意としない。何と言っても魔法使いであるのだから、魔法で倒してなんぼだと思っている。
ただ、魔理沙が狙いを定めようとすると。
(ッ……また……)
下から横から、時には上から、箒が煽られる様な風が吹く。
おまけに、それで弾幕の軌道がよく変わる。魔理沙だけでなく、早苗の真面目な性格がよく現れた規則正しい綺麗な弾幕も、ホーミング機能でもあるのかと思ってしまう程度には早苗にとって都合が良い動きを突然する。
(ただの風でこうはならんな)
数十分弾幕を交えて正解に近づく。やはり厄介なのは東風谷早苗。魔理沙の中で仮説が整う。
「まさか、本当に奇跡を起こせるなんてなぁ」
「当然ですっ!」
「そうやって時間を稼ぎつつ、あの神様の手助けしてるわけだ」
早苗は分かりやすくバツの悪そうな顔をする。どうやら図星らしい。
「そんな便利能力あるんなら、さっさと終わらせられるだろうにって思ったんだが……」
そういうことね、と。
そうしなかったのは、やはり戦闘慣れもあるのだろうか。能力で押し切って、魔理沙を先に倒す選択をしなかったのは自信がないから、か、本当に倒せないか。恐らくどっちもだろう。でなきゃ、魔理沙を相手取っていながら、遠くから牽制と妨害の様な動きを繰り返す意味がない。強いて意味を言うとなれば、先に魔理沙が言った事の通りだ、ただ、魔理沙にはどうでも良かった。
強いて、早苗と神奈子の動きは「先に霊夢を倒す」動きをしている。
魔理沙にとってはそれが気に食わなかった。
「舐めてると痛い目見るぜ」
「っ!!へぁ……!!?」
開幕後、初マスタースパークを早苗に向けて放つ。
開始時点では、ノーモーション。マスタースパークの始まる瞬間さえ認識できないまま、早苗は極太レーザーを真正面から迎え入れる形となる。
思わず間抜けな声を上げてしまった早苗は、再び能力を使う。
一直線に向かってくる特大レーザーの進行を変えるなどまず不可能であった。
しかし早苗は奇跡を起こしてみせる。
彼女はそういう存在なのだ。
「やぁぁっ!!」
出鱈目にお祓い棒を振り上げれば仄かに早苗は輝く。
次の瞬間。
「うおっ……!?」
魔理沙は一際強く横へ流される。まだ出力を上げられるのか。はたまた偶然なのか。
八卦炉ごと横に流された上、直径が人の全長程あるビームが微かに横へズレる。
「神風ってやつです!!」
自慢気に語る早苗に若干のイラつきを覚えつつ、ただ彼女の息が切れている事を魔理沙は見逃さなかった。
まぁ、確かに神風だろう。早苗を守る様に風が吹いている。
「それってコントロール出来てんのか?」
「はい?」
「その風」
魔理沙は、早苗が奇跡をどこまで操れるのか気になっていた。
どうにも、吹く風が全て乱気流の様で、下手したら早苗自身も風に煽られている気さえした。
単刀直入に聞いてみれば早苗は「え、まぁ〜」と目を泳がせていた。非常に分かりやすい奴、と魔理沙は苦笑した。
「いいか、守矢の巫女」
「え?」
「奇跡は文字通り"起こす"もんさ」
吹き荒む強風の中、魔理沙は不敵に笑って見せた。
早苗は魔理沙の言うことがさっぱり分からなかった。だが魔理沙はそんなこと気にかけることもなく、再び八卦炉を構える。
「お前の使う風は、偶発的に起こる自分に都合の良い事象だ」
だから"奇跡"なんだ。
魔理沙は続けた。
「私は偶然なんかじゃないぜ」
右手の八卦炉が機械的に変形を始める。魔理沙の体内に流れる気の形に沿って形を変える。今は最も出力を簡単にさせる形だ。
開戦一番の爆炎も、さっきのマスタースパークも、魔理沙にとっては何ら特別でない弾幕である。最大量の火力ではないから。
勝負はここから、魔理沙はそう言い放った。
「なんたって、私のは魔法だからな」
魔理沙の周りの空気が、微かにバチッと弾けていた。
昨日書いてる途中で寝てしまいました。月一投稿守れずすみません。
今月たくさん投稿します。許してください。