東方弔意伝   作:そるとん

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風神録 まだまだ

 

 

 

 

 

 

 微かに魔理沙の周りの空気が弾けた。

 稲光にも似た閃光が八卦炉を中心に数瞬走るのを見て、早苗は本能的に危険を察知した。

 信仰の数が減っても尚、神の力は健在である八坂神奈子。彼女がその神力を放つ程の火力を霧雨魔理沙は有している。

 早苗は一瞬でそこまで理解する。

 

 次、体が動いたのは、既に魔理沙のマスタースパークが炸裂した後だった。

 紙一重。

 緑の長髪、その毛先を仄かに焦がしてビームは空中遥か先へと伸びていく。

 超高密度にして、高温なレーザーは一瞬にして周りの空気を圧縮させる。まさしく、神奈子と同等程の威力である事を見せつける。

 

 

 まさか、人の身でありながら。

 

 

 早苗は驚きを隠せなかった。

 

 

「まだまだ行くぜ!」

 

 

 早苗は、視界の片隅で黒い魔女服が動くのを捉えた。自分のペースに乗せるためにあの光線を放ったのだと理解できた。体がそれに応じるにはほんの1フレーム時間が足りない。

 なんとも大胆不敵。

 

 

「無茶苦茶な……っ!」

 

 

 すかさず展開された弾幕は規則正しいようで、数秒後の動きが全く予想できない。出鱈目な火力と手数で繰り出されるカオスは、到底この交戦時に処理できるものではなかった。

 境内の草木は高温度に煽られてジリジリと燃えていく。

 早苗も決して余裕ではなく、ほんの微かに覗いた糸口を掻い潜るように避けた先は行き止まり。完全に後手を踏まされていた。

 

 

(圧倒的なスピード感と、膨大な魔力……)

 

 

 噂で聞いていた力量とはまるで違っていた。

 今まで本気ではなかったのか、それとも未だ成長期だというのか。

 大見栄切って、侮って良い相手ではなかった。

 どこか神力を頼りすぎていたのかもしれない。一抹の後悔が早苗の頭を過ぎる。

 

 ただ彼女も、ここで折れるわけにはいかなかった。

 神同等の力。風を起こす力などではない。奇跡を起こすのだ。

 今一度、見せてくれよう。

 どれだけ大きなレーザーだろうが、弾幕の牢獄だろうが、恒星のような熱量であっても、吹き消してみせる。

 

 

「奇跡よ!!」

 

 

 早苗は大きく手を天空に掲げた。

 既に弾幕に囲まれている。躱し続けたところでペースは魔理沙に飲まれている。

 何度だって弾き返す。

 強引にでもこちらに追い風を吹かせる。

 何度だって──────

 

 

「止めろ!早苗!!」

 

 

 微かな風の吹き始め。

 聞こえてきたのは八坂神奈子の声だった。

 なぜ。博麗の巫女と対峙しているはずでは。というか、止めろとは一体。

 まとまらない思考で、微かに捉えたのは巻き上がる炎だった。

 

 

「!?───ッあつ…!」

 

 

 これは。一体。

 私が起こした風に乗って、地上の炎が?

 

 ────やけに弾幕が乱雑だったのは、適当ではなかった?常に私の頭上に魔理沙は位置していた。最初から目的は境内の木々を燃やすことにあったのかもしれない。

 

 

 早苗は一瞬、まるで炎魔法を喰らったものだと思っていた。自身が起こした風は自身に都合の良いように動く。さながら奇跡的に早苗を護ってみせる神風である。

 だとするならば、今し方起こった強い上昇気流のような風は、他でもない。

 

 

「お前が雨を晴らしてくれたからな」

 

 

 魔理沙が狙って起こしたものだ。

 

 

「簡単に火はつくし、こう山の上だと大きな気温差が容易に作れるな」

「うそ……!ぐっ………!」

 

 

 早苗が起こした風も相まって、一度強く吹いた上昇気流はしばらく続いていて。巻き上がる煤が早苗の視界を曇らせる。染みるような痛みに目が開き切らない。

 パチパチと風に乗って舞い上がる炎の奥で、魔理沙は不敵に笑っていた。

 

 

「お前が風を起こしてくれたお陰で延焼したらしい。おまけに火力も上がってくれて良い事づくしだな」

 

 

 既に、─本殿に被害はないが─境内の4分の1は燃え盛っている。さながら焼け野原である。

 

 

「常に噴き上げるような風が吹くなぁ。風を起こせばお前の神社がより燃えるし、また同じような風が吹くだけだぜ」

 

 

 奇跡からなら神風を常に起こせる早苗を相手として数十分。不利な状況を理不尽に産み出される状況下で、魔理沙は圧倒的なアドバンテージを確保してみせた。

 

 

「ふ……ふふっ……」

 

 

 笑うほかなかった。

 

 

「悪魔のようなやつね」

 

 

 早苗は吐き捨てるように言った。

 

 

「手こずらせやがって。観念しな」

 

 

 魔理沙は決着をつけるつもりで、八卦炉を構えた。早苗の視界は未だ晴れず、炎も乾いた空気中では中々消えない。襲いかかる熱波で呼吸も上手くできず、

 

 

「はぁ……すみません、神奈子様…諏訪子様」

 

 

 己が信じる神に後を託すことしかできなかった。

 祈りにも似た独り言。すぐその後には魔理沙の周囲が光り輝く場面を見た。

 

 

 エネルギーを貯める音が八卦炉から消える。

 

 

「は?」

 

 

 同時に、素っ頓狂な魔理沙の声が聞こえた。

 

 

 早苗が何事かと目を開けてみれば、炎で揺蕩う空気を押し除けて御柱が魔理沙めがけて飛んできていた。

 

 

「───チッ!」

 

 

 すぐさま箒の絵を握った。

 魔理沙は思わず舌打ちと共に顔を歪め、後方へ飛び退くが、無慈悲にも箒の柄をへし折りながら魔理沙のほんの数十センチ前方を通過した。

 

 魔理沙と箒を合わせても到底及ばないほどの重量を持つ石柱は、意図も容易く魔理沙のコントロールを奪う。

 直撃を免れたとは言え、箒ごと、魔理沙は体を持っていかれた。

 

 猛スピードで地上へと落ちる制御不能の魔法使いは、

 

 

「──────ぁだぁっ!!………ッ」

 

 

 石塀に頭を打ちつけた。

 流石に数十分にも及ぶ戦闘の直後、魔理沙も体力切れが近かった。

 薄れゆく意識の中、なぜ八坂神奈子が自由に動けているのか気になって、その方向に目をやれば、力なく倒れる紅白の巫女装束が目に映った。

 

 

「くそ……なにやっ、てんだ…」

 

 

 悪態を一言吐くと、魔理沙は意識を宙に投げ出した。

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 霧雨魔理沙の気絶を確認した早苗は、フッと力が抜け、重力に従って落下を始めた。

 神奈子は『早苗!』と張りのある声で彼女の名を一度呼ぶと雷の如き速さで早苗の落下地点まで迫り、大事そうに抱き止めた。

 頭をしっかり右手で守りながらしばらく転がり、早苗の体温を腕の中に感じながら塀に背中を打ち付ける。

 

 

「おい!大丈夫か!」

「神奈子様……すみません、お手を煩わせました」

「いい、こっちも思いの外時間がかかった。よく頑張ってくれたよ」

 

 

 まだ微かに気力がある早苗は起き上がろうと神奈子の首に手を回しグッと上半身に力を入れる。

 初の弾幕ごっこ──というよりほぼ殺し合い──でかなりの実力者を相手にしたのだから、その疲弊は凄まじい。起き上がってもなお、神奈子の肩に手を置いておかなければ倒れそうでならなかった。

 

 一息ついた2人は、一部分とは言え戦火に燃える神社を目の前に、大きく深い呼吸を続ける。

 

 

「まぁ、これだけ抑えられたんだ。大したもんだろ」

 

 

 ふっと神奈子は笑みを浮かべながらそう言うと、静かに両手を前に差し出し、掌を擦り合わせる。

 一際深く息を吸って、

 

パァン!

 

 と、一拍、掌を打ちつける。

 

 不思議なくらいに破裂音は空気を伝い、

 

 

「あら……」

 

 

 雨を降らした。

 

 

「放っておけば消えるさ」

 

 

 戦いの末に、土まみれ煤まみれになった2人の汚れも洗い流すかのように、穏やかな雨が降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに締めようとしてんのかしら」

 

 

 神奈子は思わず呼吸が乱れる。ヒュッと喉が鳴る。悍ましい気配を目の前に感じた。到底、さっきまで相手をしていた少女とは思えない……否、人とは思えぬ、只ならぬ雰囲気。

 

 

「……つくづく、アンタは……」

 

 

 神奈子も先の戦闘でかなり消耗していた。

 雨を降らしたもので、視界が雨に煙る。今一度意識を覚醒させるべく、グッと目を閉じてから、カッと見開く。

 

 

「…………本当に人間か?」

「勝手に帰ろうとしてんじゃないわよ」

 

 

 話は終わっていない。そう言わんばかりに博麗霊夢は2人の目の前に立っていた。

 未だ霊夢の瞳は澄み切っており、体の軸にブレはない。全身痛々しい傷が目立つが、本人は至って余裕綽々と言った喋りを続ける。

 まるで、無傷であるかの様に振る舞う。

 

 

(割と本気のインファイトをしたはずだ……)

 

 

 様子がおかしいことに気づいたのは弾幕の牢獄を打破したすぐ後だった。

 妙なやりづらさを常に感じながら戦闘を続けていた。神奈子側から攻撃を仕掛けても、なぜかペースがこちらへ向かない。終始後手を踏まされていれる感覚に陥った。

 

 神奈子も伊達に経験を積んではいない。違和感の正体にはすぐ気づいた。

 何も、博麗霊夢の能力など関係はなく、単純に、彼女がこの短時間で『八坂神奈子』に対処する術を身につけ続けていた。

 ただそれだけの話であった。

 

 だから、慣れる前に叩き潰すことにした。

 息を吐く間もない接近戦闘で、戦闘不能にまで持ち込めれば十分であった。

 急所を的確に狙った。早くても数十分は身動き取れないようにしたはずだ。

 それなのに──────

 

 

「なぜって顔してるわね」

「!!」

 

 

 図星を突かれる。戦闘直後、一息ついてしまったことも相まって思考が上手くまとまらなかった。

 霊夢は既に、いや、常に臨戦体制だ。

 

 

「早苗、まだ行けるか」

「っ……はい!補助します!」

「無理はするなよ」

 

 

 グッと地を踏み締め、立ち上がった早苗に神奈子はそう声をかけ、再び霊夢の前に立ちはだかる。

 

 

「簡単な話よ」

 

 

 変わらぬ口調、歩調、表情で彼女は淡々と語る。

 

 

「アンタずっと空気殴ってただけだもの」

「……まさか本当に……」

 

 神奈子は感心するほかなかった。

 

「えぇ、良い練習になったわ」

 

 

 浮く程度の能力。

 神奈子は少々侮っていた。

 

 宙に浮くだけの能力。一見そう捉えられるものだし、事実ただの人間の彼女が空中を自在に動き回れる理由はこの能力だ。

 決して間違いではない。

 

 ただ恐るべきは、その"拡大解釈"による。

 

 

 浮く程度。存在が浮く程度。

 

 彼女は現世から一際浮いた存在になれる。

 

 

(ずっと掴めない。雲を相手にしてるみたいだ)

 

 

 神奈子は気づいた。気づいてしまった。

 違和感の正体。

 

 

(そうか。私の戦い方に慣れてきただけじゃない)

 

 

 神奈子の速さ、思考、戦術、全て把握した上で、

 

 

(能力の拡張を戦闘中にやってみせるか……!)

 

 

 思わず顔が引き攣る。

 神奈子の『乾を創造する力』により天候を意のままに創れる。まさしく"天"の"気"分。とはいえ、自在に雨を降らし、雲を作り、雷を起こし、風を吹かせるようになるまでには、それこそ神であれど年月を要するものだった。

 早苗の現人神の力でさえ同様だ。

 

 それを、この少女は。

 博麗霊夢は。

 

 

「確かに殴った感覚だけは与えるために、自分を中心に大体2mmくらいの幅で能力を展開したの。私の実態はそのままに」

 

 

 周りの空間を、現世から浮いた存在にした。

 確かにそこにあるのに、博麗霊夢には触れられるのに、まるでこの時空から切り取られたかのように、物体は霊夢に当たらない。

 塊となって触れられる"空気"を殴らせた。

 

 今までのように、擦り抜けるだけでは神奈子のインファイトは凌ぎきれなかった。

 だから、当てさせる必要があった。

 

 

「めちゃくちゃむずいわね。コントロールが」

 

 

 右手をグーパーしながら、まるで感触を確かめるように語る。

 

 

「でも、なんか掴んだ」

 

 

 霊夢はこの悪天候に見合わないほどに爽やかで不敵な笑みを浮かべた。

 何か霊夢の中で目覚めてしまったような。

 晴れ切った気持ちがその笑みから窺えた。

 

 目覚めさせてしまったのか。

 神奈子は初めて、自分が怖気付いていることに気がつく。

 

 

「っっしゃぁ!!!」

「ひゃぁ!」

 

 

 誤魔化すように、自分の頬を強く叩き、覚悟を決める。早苗は突然の破裂音と大声に驚きながらも、すぐさま視線を霊夢に戻す。

 

 

「ご丁寧に説明どうも!すぐ終わらせる!畳み掛けるぞ早苗!!」

「はい!!」

 

 

 神奈子は強く地面を蹴った。既に1時間近く戦闘を続けていた後とは思えないスピードであった。

 早苗は神奈子のサポートに回った。手をかざし、いつでも神奈子に追い風を吹かせられるように。予測不能な神風に煽られて仕舞えば、霊夢も能力使用の余地すら与えず、押し切れる。そう考えた。

 風はこちらに吹いている。2人は確信していた。

 

 

 凄まじい高速度、圧倒的な御柱の重量に、重たい一撃。また、神奈子の周りで稲光がパチっと弾けた。

 

 

 近距離の打撃に石柱を乗せた一撃。

 まだ能力の使い始めの霊夢に防ぎきれない衝撃をもって、文字通り叩き潰す選択をした。

 

 

 霊夢は、神奈子が目の前で拳を振り翳してもなお、棒立ちであった。

 

 

「ぁぁああああッ!!!」

 

 

 霊夢の胸元目掛けて繰り出した拳と御柱は、バチッと強い閃光を放ち、霊夢に届かずに止まった。

 

 

「チッ!防ぐか!!」

「なるほどね」

 

 

 霊夢は未だ笑顔を崩さず、自分の能力の拡張について楽しんでいる様子であった。

 霊夢は、目の前で静止した御柱を意図も容易く脇に抱えると一方的に神奈子の腹部へ蹴りを一撃喰らわせる。

 なぜか一撃が重たい。神奈子は大きく吹き飛びながらこのことに気づく。

 ダメだ、これ以上は。まだ成長を続けている。

 直感で神奈子はその危機を感じた。

 

 

「神奈子様!」

「気を抜くな!やつを捉え続けろ!」

 

 

 自分の方へと飛んできた神奈子の身を案じた早苗は不覚にも霊夢から目を逸らしてしまった。

 神奈子に指摘され、ハッと前を向けば既に一寸先に霊夢が迫っていた。

 

 

「余所見とは舐められたもんね」

「早苗!!」

 

 

 神奈子は起き上がるより先に柱を一本霊夢へと放った。

 どうせ当たらない。だが距離を詰めて、今にも満身創痍な早苗から引き剥がす。というより、早苗を遠ざける。

 一瞬でもこちらに視線を向けてくれれば早苗を抱えて距離を取るくらいは出来る。或いは、能力ですり抜けるか、静止させてくれれば、どちらにせよ早苗への攻撃へ意識は向かない。神奈子はそう考えた。

 

 まだ体は動く。すぐさま利き足を踏み締め、地面を蹴り抜く。

 

 

(よし、こっちを向け……!)

 

 

 御柱とほぼ同時に間合いに入る。

 すり抜けようが、止めようが、早苗には触れられない。

 どうにか、距離さえ取れれば────!!

 

 神奈子の目論見は、この瞬間石柱と共に砕け散る。

 

 

「まだ、まだ……!!」

「……何が…!」

「使えるじゃない……!」

 

 

 何が起こったんだ。神奈子はそう言い切る間もなく、大きく弾き飛ばされる。今までの無い手応えや、突然見えない壁に当たる感覚などではない。

 明確に、“何かに”弾かれる感触がした。

 もし、これも霊夢の成長による能力の拡張使用なのであれば、恐らく、既に、神奈子と早苗に勝ち目はない。

 この数ターンの攻防で、神奈子は悟ってしまった。

 

 

(これほどまでとは……)

 

 

 まだ脳が処理しきれず、視界がチカチカと瞬く中、見えたのは徐々に砕けていく石柱と、霊夢の前で膝から崩れ落ちる早苗だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たくさん書くって言って、書けなくて、すみません。
来月は頑張ります。
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