東方弔意伝   作:そるとん

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風神録 凪いだ境内

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体は満身創痍。脳みそだって焼き切れてしまうのではないかというくらい働かせた気がする。

 ただ、不思議と、体はいつもより軽い。炎と雨に煙る境内の中でさえ、視界はいつになくクリアだった。

 

 霊夢は、随分と静かになった戦地で1人息を吐いた。

 

 

「さて、どうしようかしら」

 

 

 未だ雨は止まず、早苗と神奈子動く気配がない。

 このまま風邪を引かれても寝覚が悪い。かと言ってどこに運べば。霊夢は1人ぐるぐると思考を巡らせ、最終的には魔理沙だけ回収して帰ることにした。

 

 

「魔理沙にも悪いことしちゃったわね」

 

 

 結果的に異変は万事解決出来たとはいえ、一声くらいかけてあげるべきだったと思いながら、塀に凭れかかるように倒れていた魔理沙を発見した。

 霊夢も霊夢で、あの時は能力の拡張を行ったすぐ後であった。短時間で脳が処理できない程の情報量を注ぎ込んでいた。むしろ、未だにこうして立っていられるのが"奇跡"なくらいである。

 

 霊夢は自分の体調を勘案してはいなかった。

 

 

「───ッ、うそ……」

 

 

 魔理沙に向かって一歩踏み出そうとした足は、想像していた以上に動かなく、脳が命令した程度の幅すら働かなかった。

 蹴躓くと同時に全身から力が抜ける。

 無抵抗なまま、脱力した霊夢の全身は地面へと打ちつける。

 寸前。

 微かに体が浮く感覚がした。

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が動く気配を察して目が覚めた。

 体中どころか、脳髄に至るまで疲弊を感じているが、不思議とえも言えぬ安堵感に包まれていた。畳の香りと、仄かな嗅ぎ慣れない匂い。

 

 未だ覚醒しきらない視界を数回瞬かせて、辺りを見回してみる。どうやら布団に寝かされているようで、御丁寧に治療の施された身体の数箇所を見る限り、あの後誰かに何処かへ担ぎ込まれた事くらい理解するのに容易かった。

 

 問題はその誰かと何処かであるが。

 

 

「おや、お目覚めかい」

 

 

 随分と癖の強い、どこか幼い声が耳に入る。

 瞬間、体が本能の赴くままに声のする方へ体制を整えようとする。

 が、アドレナリンで何とか誤魔化しながら動かせていた四肢はいよいようんともすんとも言わず、仕方がなく、ゆっくりと声のする方へと顔を向ける。

 

 

「そんな威嚇しないでくれよ、博麗の巫女」

 

 

 随分と飄々とした声の主は、印象通り幼い見た目をしていた。腰の少し上くらいまで伸びた金髪にくりくりとした大きな目は、この少女が只者では無いことを現していた。

 とても、幼子が醸し出せる雰囲気ではなかった。

 とはいえ、敵意がない事も事実で、霊夢の勘が働かなかったのもなんとなくは頷けた。

 

 

「アンタ誰よ」

 

 

 端的に霊夢は問いかけた。

 

 

「洩矢諏訪子。この神社の祭神だよ」

 

 

 彼女の淡々とした答えに一度耳を疑い、まぁ確かにただの妖怪とも思えないなぁと納得するまでそう時間は要らなかった。

 

 

「神様が2人ね」

 

 

 あんなのが2人も居るのかと思うと些か気が滅入ってしまう。溜め息混じりにそう呟く。思った以上にめんどくさそうであった。

 

 

「あぁ、安心して。私は神奈子ほど戦えないから」

 

 

 なんで分かったのだろう、とは言わなかった。

 

 

「なら何の用?見ての通り動けないわよ」

 

 

 いつも以上に身体の疲弊を感じてしまっては、どうにも体が言うことを聞かない。一度自覚してしまうと、脳みそが頑なに筋肉の収縮を許さない。頭で指先だけでも動かそうと考えるが、自分でも不気味に思うほどにピクリともしなかった。

 殺すには絶好の機会だが、本当にその気のない諏訪子の目的が分からなかった。

 依然として、諏訪子は態度を変えなかった。

 

 

「いや、怪我人の心配だよ」

 

 

 ごく当たり前のように言い放った諏訪子に、一抹の驚きを隠せなかった。

 

 

(そういえば、神と対峙なんてしたこと……)

 

 

 神同等の力を持つ妖怪なら多く見てきたけど、神そのものとこうして話すことはなかった。話してみれば案外こんなもので、妖怪より話が分かる。妖怪も神も、人間なくしては存在できず、ただ噂されるか、信仰されるかの違い。八雲紫のように、妖怪の身でありながら、強く大きな信仰にも似た人の流す噂でもって、あれほどの力を身につけた者もいる。

 案外、紙一重なんだろう。

 神も、妖怪も、人も。

 

 

「あっ、そうだ。魔理沙……」

「あぁ、あの魔女っ子ね。一足先に起きてるよ」

 

 

 諏訪子とは反対を見やれば、抜け殻となった布団だけが敷かれていた。

 忙しないやつだなぁと思いながらも、彼女の快活さには何かと救われるとこもある。今回は魔理沙には悪いことをしたと感じ、まだ力の入らない体を無理やり起こした。

 

 

「……っ!つぁ」

「まだ無理はしないほうがいい」

「……ちなみに、八坂神奈子は?」

「ん、2人も無事さ。もう起きてるよ」

 

 

 私が一番最後か。

 なんだか負けた気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れた体を引き摺って辺りを歩いていた。

 倒れる直前、戦火をかき消すように降りしきっていた雨は晴れ上がり、しかし未だに激しく戦闘をした痕跡は痛々しく残る。

 

 

「むしろこの程度で収まって良かったよ」

 

 

 何故かずっと後ろをついてくる諏訪子がそう言い放つ。

 

 

「どの程度を覚悟してたのよ」

「全壊」

「あ、そう……」

 

 

 ケロッと返答する諏訪子のその態度は器の大きさからか。やはり神様なのか、心が広いのか、能天気なのか。

 

 

「神奈子が前線に出て戦うなんてあれば、それくらいは予想の範疇だよ」

 

 

 先から思考を読まれているようで気分が悪かったが、随分と気になる発言であった。

 

 

「長い付き合いなのね」

「長いなんてレベルじゃ無いかもね」

「ふぅん……」

 

 

 神社の焼け跡が散らばる境内を、縁側から眺めては、諏訪子はどこか遠い景色を眺めるかのような瞳をしていた。

 

 

「悪かったわね。ここまで運ばせて」

 

 

 なぜか無性に申し訳なさを覚え、諏訪子にそう話しかける。倒れる直前、微かに体が浮く感覚を覚えたが、紛れもなく、地面に叩きつけられる前に諏訪子に抱き上げられたのだろう。小言の一つでも言われるだろうか、それくらいは覚悟の上だった。

 

 

「うん?私じゃ無いよ」

 

 

 返事は予想外のものだった。

 やけに人気が見えないものだから、早苗と神奈子の他には諏訪子しかいないものだと勝手に思っていた。

 今更信仰なんて集めなくたって、ウチより人気があるじゃないか、ちくしょう。と心の中でボヤいていると、

 

 

「みんなを運ぶだけ運んでどっか行っちゃったみたい」

 

 

 まるでこの神社とは無関係のような口ぶりに再び耳を疑う。

 確かに、諏訪子は霊夢と比べても頭ひとつ分以上小さい。そう軽々と、ある程度の余裕を持って抱き上げられるのか疑問が湧いてくる。

 

 

「さっきまで誰かいたの」

「うん。アンタらがやり合ってる間にね」

 

 

 まさか。

 自分でもかなり都合の良いことを考えている自覚はある。ただこんな状況下で黙ったままのやつじゃない事はよく知っていた。

 やけに動きが見えなかったのも、自分達とは別行動を続けていたから。

 

 何故だか、そう思いたかった。

 彼が諏訪子と会って何を話していたか、決して矮小とは言えぬ彼女を前に何を思ったか。

 

 

「そんなに気になる?」

 

 

 不意に聞かれて「えっ、」と気の抜けた声をあげる。

 さっきから、本当に心を読んでいるのか。というより、やはりここに来ていたのは彼なのか。

 

 

「さっきまでいたのね」

「いつの間にかいなくなってたけどね。名前も思い出せない存在」

「聞かなかったの?」

「グシオンと名乗っていたよ」

 

 

 グシオン。

 やっぱり、そちらを名乗るのか。

 

 悔しさが胸を締め付ける。紅魔館の魔法使いから大方の話は聞いた。彼の存在について───未だ不自然で不明確な部分は多いが───分かったことは多い。

 そして、緩やかに、霊夢等から遠ざかっていることも。

 西方において語られてきた悪魔の名前。

 彼がもう、人として生きる気はない事を突きつけられたようで。

 ひどく苦しかった。

 

 

「それで、何を話したの」

「えー、気になっちゃう?」

「いいから」

 

 

 白々しい諏訪子の態度に若干苛つきを覚えながらも、彼が神と接触した意図を探りたかった。

 諏訪子は調子を変えることなく、ただ淡々と述べ連ねる。

 

 

「信仰集めもロープウェイも好きにしてくれりゃ良いけど……」

 

 

 いや、好きにされちゃ困るけど、というツッコミは一度置いておいた。

 

 

「居場所までは奪わないでほしい。だってさ」

 

 

 諏訪子の言葉を最後まで待って、霊夢はしばらく呆然とした。ぼうっとしていたとの表現が適切か、夕陽に照らされた視界ではどうにも考えがまとまらない、なんて意味の分からない誰も聞いていない釈明でもって自己完結させて、ようやく言葉の意味を噛み締める。

 

 私達にとっての居場所なのか、彼にとっての居場所なのか。

 どちらでも良い。どちらでも嬉しかった。

 

 

「私はずっと、アンタが安心できる場所を、」

 

 

 声が震えているのが分かった。

 前、彼に大胆なことを言ってしまったような記憶があるが、それはそれとして、自分がこんな想いを抱いていたなんて口にするまで気づかなかった。言葉にしなくては伝わらないのは自分も同じ事だった。

 霊夢は、初対面のましてやさっきまで敵対してたやつの親玉の前で泣く訳にはいかないとグッと堪えた。

 

 そうだ、私はずっと。

 お賽銭をしてくれたあの日から。

 悲しそうな目をした少年が、私達の幸せを願うように。

 

 

「で、博麗の巫女?肝心の神社買収の件だけど……」

「次は全壊まで目指すわ」

「勘弁してください……」

 

 

 私も、彼の居場所でありたいと。

 柄にもなく考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 








ほんとごめん。
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