今回の宴会は守矢神社で行われることとなった。
明らかに人里の様子がおかしいと気づき異変を感じ取った妖怪達は、騒ぎが収まるや否や、待ってましたと言わんばかりに、頼んでなくとも酒やら寿司やらを持ち寄っては、多少瓦礫の残る神社にゾロゾロと入ってきた。
異変が終わったのついさっきだよなぁと若干の驚きを隠せなかった神奈子も、今や一升瓶を片手に初対面の妖怪その他大勢と肩を組んでは大きな口を開けて楽しそうに笑っていた。
霊夢を少しずつ口に酒を含んではキリッとした香りごと喉の奥に押し込んでいた。
結局、異変は何ら霊夢に影響を与えず解決に至った。
ただ、幻想郷には、人里と妖怪の山の頂上───つまりは守矢神社───を繋ぐロープウェイが建設されることとなり、文化的にもかなり大きな変化を与えそうだ。
神奈子らが今回異変を起こすに至った「信仰集め」については、妖怪の山の住民達を対象にすることで足りるから良いと守矢神社が譲歩する形で落ち着いた。ただ、諏訪子曰く「神様も世知辛い」とのことで、もっぱら事務方を取り扱う諏訪子の苦労は中々のものらしい。需要がなければ物は売れず。信仰宗教でも同じ話である。
霊夢は、私の神社の神も苦しんでいるのかしら、と、ふっと湧いた懸念を再び酒と共に流し込む。
きっと、弾幕ごっこ───と呼ぶには些か白熱しすぎだが───の勝敗からしても、今回のこの異変は、今と同じ結末を辿っていたのだろう。
彼が居ても、居なくとも。
不意に、形容し難い、ただし虚しさの輪郭は確かに象った感情が起る。
(いけない、悪酔いしてしまう)
理性があるうちで良かった。
霊夢は、お猪口に残ったほんの一口をグイッと煽り、喧騒を尻目に、1人夜風を浴びに外へ出た。
───
──────
山の天辺に位置する神社に吹く夜風は、5月半ばでは些か冷たかった。
とはいえ、日中の人為的暴風に比べれば生ぬるいもので、如何に現人神の力が絶大であるかを語っているようだった。
人1人程度簡単に吹き飛ばせるほどの強風。奇跡と称されたそれは、決して過言ではなく、いずれは八坂神奈子と洩矢諏訪子の力をそのまま継承するにまで至るのかもしれない。
神と同格以上の力を有せるポテンシャルが彼女にはある。
では、博麗霊夢は。
戦闘中に、時間が経過するにつれて脳が覚醒していく感覚は初めてであった。
体は間違いなく疲弊しているはずであったのに、脳細胞はフルに回転を続けていた。
その結果が能力の拡張発現。
霊夢に触れようとした物体は、彼女をすり抜けるか、触れる前に散りと化す。厳密には塵すら残らないようだった。
今でもこの感覚は残っていた。
試しにと思い、真っ黒になり散らばった瓦礫が残る参道に立った。
「すぅ…………ふっ……!!」
深く息を吸い、日中の戦闘を思い出す。
あの時の緊迫感、温度感、心臓の早さと見える景色。
全てが、ひどく鮮明に。
血が引いていく感覚がした。体内が冷え切っていく。
ゆっくりと目を開くと、全て見えるような気さえした。
止まった呼吸に、耐えきれない肺を解放するように息を吐いた。
同時に、能力を発現させる。
─────────。
霊夢を中心に風が吹いた。ザワッと木々が響めく。半球体状に膨張した霊夢の能力は仄かに暴走し、霊夢を浮かせる。
「っ、うわわっ……!」
自分の能力が暴発する事を初めて経験した霊夢はバランスが取れずに尻餅をついた。
集中が切れるのと同時に能力も途切れた。
「っいたぁ〜……」
これはこれで初めて掴んだ感覚だった。意識を研ぎ澄ます訓練は再三積んできた。それはもう幼い時から。しかし、今こうして、能力を使っただけで息が切れるなんてことはなかった。暴走することはなかった。道の真ん中で、座り込んだまま肩で息をする。太ももの間に汗が一滴落ちる。
解放と共に一気に熟した体温が、涼しい夜風に冷やされていく感覚に、深く深く息を吸って、顔を上げた。
「〜……ふぅ……」
「……えっ、なにこれ」
落ち着いた思考で辺りを見渡す。
これは片付けが大変そうだ……と神奈子が嘆いていた瓦礫の山は何処へ。辺りに聞こえるのは木が風に揺れる音と、喧しい宴会の声だけ。
霊夢も、自分がやった事だと一瞬信じられなかった。ゆっくりと立ち上がり、広く見渡そうとした。ふと、上手く立てない事にも気づく。
「……石畳も所々欠けてる」
まさしく、自分の足もとにあった石畳も、近くの砂利も、点々と欠けていた。まるでずっとここには何も無かったかのように、淡々と静寂が流れていた。
やはりこれは私の能力。まだ扱いが甘いから使用範囲がブレているのかも。と、頭は至って懸命に働く。
だがしかし、心のどこかで自分の力なのかどうか疑わしかった。
ふと、霊夢は自分が恐ろしくなった。
「うぉ、やべぇな」
不気味なくらいの静けさを不意に破ったのは魔理沙だった。
「いつから見てたの」
「なんか、1人でこそこそ外出ていくところから」
「最初からじゃない」
「後ろに気づかないとは、堕ちたもんだね」
わざとらしくジェスチャーと共に、挑発するように言い仕向ける。
仄かに、いつもの彼女とは様子が違うと霊夢は感じる。
「……なんか、イラついてる?」
「何が」
妙に腹立つ仕草も言葉もいつも通りと言えばそうなのだが、今はやけにぶっきらぼうに思えた。
とは言っても、無理矢理にでも首を突っ込もうという考えは霊夢にはなかった。魔理沙も、「霊夢はそういう奴だ」ということは十分理解していた。
十数年来の付き合いであるものだから。
ここはほっとこうと、霊夢が思った矢先だった。
「……やっぱ、天才様は違うのかね」
「はぁ?何よそれ」
魔理沙は、いつにもなく暗い顔をしていた。それは諦観のようで、嫉妬のような、そんな仄暗い感情の奥底に見えるのは、覚悟のようなものだった。
「ますます人間味がなくなってくな」
「魔法使える奴がよく言うわよ」
いつか捨虫の術でも会得してりして。と、冗談めかして霊夢は言い放つ。いつもの軽いノリで返してくれると思って。
「あぁ…………アリかもなぁ、結構」
表情も声のトーンも変わらず。
返ってきたのは予想外の返事だった。
「ちょっと、冗談なら笑えないわよ」
「…………そうだな、冗談だよ」
魔理沙はそれだけ言って、また宴会へ戻ろうとする。
このまま行かせたら後悔する。霊夢は、確証はないが、不意にそう感じた。
「何があったのよ、本当に」
らしくないな、と霊夢は思った。自分でもそう思っていたし、魔理沙も感じていたはずだ。
いつもみたいに、他人の生き様に深く首を突っ込まないようにしてれば良い。過干渉は以ての外で、霊夢としてもそれは楽だった筈だ。
ただ、一抹の不安が霊夢を動かした。
「だから何もないって」
魔理沙の態度は依然として変わらなかった。
「何もない奴の顔じゃないわ」
ここまで食い下がるのも初めてだった。
「………………………………はぁ……」
魔理沙は、深く、深く息を吸って、浅く溜息を吐く。
体ごと、目線をまた霊夢へと向けた。
「最近、バランスが崩れてきているような気がする」
「は、え?幻想郷の話?」
「それ以外に何があんだよ……」
意を決して、心中語ってくれるのかと思っていたら、返ってきたのはそんな言葉だった。
一瞬拍子抜けして、とはいえここで苦し紛れの話題を持ち出すとは思えなかった。
魔理沙の言葉を待つことにした。
「立て続けに起る異変に、妖怪たちの力も強くなってきている」
「うぅん、確かに?」
「おまけに神様すらポッと現れて暴れていく始末だ」
「様子がおかしい事は徐々に分かってきていた」
ここ1年での出来事を振り返るように、魔理沙は淡々と話をしていた。
「前から妖怪と人間が共存してて、上手く均衡を保つための調律師のお前が居て」
「ただ、それでも、帳尻が合わなくなってきた」
言われて、霊夢はあまり考えないようにしていたことを思い出す。
確かに、弾幕ごっこにおいて、今まで負けそうになることなどなかった。霊夢は、人としては規格外の強さを持っている。魔理沙も、ただの人というにはあまりにも強すぎた。
だというのに、ここ最近ではそう上手くいくことが少なくなってきた。
「何が言いたいのよ」
今度は自分の声が冷たくなるのを、霊夢は感じ取っていた。
「霊夢、お前は今どこに向かっているんだ」
昔から、言うと決めたものはハッキリと言う奴であった。
随分と、言い回しが遠回りになったものだが、言わんとしている事はよく分かった。
「人と妖怪のパワーバランスが何故か崩れつつある幻想郷において」
「お前は人のままで生きているのか」
先に、能力を使った時、もしかしたら、神奈子らと戦闘していた時に目を覚ましていたのかもしれない。
言われて改めて実感してしまう。霊夢は、自分がいかに“規格外”かを。
今日、この時を以て、自覚してしまう。
「現人神なんているんだなと思ったよ」
「んで、ここにもう1人。もう人の範疇とは呼べなくなった奴が」
「……退治してやろうってこと?」
「まさか、言ってみただけさ。バランスを取るために、お前はそうなったんかね」
魔理沙は再び、踵を返す。
「結局、アンタは何が言いたいのよ」
「追いつけねぇなぁ、と、思って」
「は?」
「別にいいよ、お前が人だろうが神だろうが」
「変わらず、空いた実力差を何が何でも埋めてやるさ」
「そのためには、捨虫の術だって喜んで使える」
「は、!?ちょっと!!」
それだけ言い放って、また扉の先の喧騒へと消えた。
霊夢は、初めて見る幼馴染の表情に、ただそこに立ち尽くしていた。
きっと、本当に比喩のつもりだとは思う。ただ、魔理沙にはそれをやってのけるだけの覚悟があったように見えた。
魔理沙の言う通りだった。
均衡が崩れてきていたのは、何よりも妖怪退治に向かっていた霊夢が強く感じていた。
バランスを取るために、帳尻を合わせるために、天秤を並行にする為に、霊夢は着実と人を遥かに超えた存在に成ろうとしているのかもしれない。今日の異変を経て、魔理沙の言葉を受けて、微かに自覚に至った。
では、それを見て魔理沙は。
かつてはただ好奇心旺盛な良家のお嬢様であった人の子が、誰にも負けぬ努力を重ね、博麗の巫女と負けず劣らずを力を身につけた彼女は、何を思ったのか。
目の当たりにした“埋まらぬ差”を、魔理沙はどう捉えたのだろうか。
彼女の覚悟は、人を捨てることにあるのか。
はたまた、人として妖怪を──────。
「ダメね、埒が空かないわ」
どこか最悪のケースばかり想定してしまう自分がいたと思い、霊夢は思考を止めた。先の懸念を考え続けたところで仕方がない。
霊夢は少し冷えた体を引きずって、また宴会場へと戻る。
冷えた体を温めるように酒を煽る。
「あら、どこ行ってたのよ」
「ちょっと外に。レミリアこういうの来るのね」
「フランが行きたいって」
「あぁ……」
視界の奥で楽しそうに笑う吸血鬼(妹)が映った。
その後も、他愛もない話を出来たと思う。
当たり障りなく、笑えたと思う。
魔理沙との距離は空いたまま。
溢れそうな、えも言えぬ感情を、また酒と一緒に流し込んでいく。
次こそたくさん投稿頑張ります(n回目)。