東方弔意伝   作:そるとん

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才能

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初夏の幻想郷に起った異変から数ヶ月。

 すっかり山際も夏の装いとなり、日差しがジリジリと肌を焼くような気温が続くようになっていた。

 照りつける日光の下を歩く甲斐性などもなく、差し当たって特に出かける必要もないのだから、必然的に霧雨魔理沙は家の中に篭っていた。魔法の研究をするのに、この殺人級の外気温は良い言い訳だった。

 ただひたすらに、毎日机に向かい、時に試薬を手に取り、失敗を重ね、、、。

 

 側から見れば常人の為せる事ではなかった。本人も重々承知していた。

 キャパシティを遥かに超えた作業量であったと気づいたのは、しっかり体調を崩してからだった。

 魔理沙は、見事に夏風邪を患った。

 

 

「あ゛ー、くそ」

 

 

 止まらない咳と鼻水に悪態をつく。

 こんな時ばっかり人間らしくなるのは勘弁してほしい、と、自分の体にすら文句が出てくる。

 

 霧雨魔理沙の人生は膨大な努力で紡がれてきたものだ。遙か上空を箒で飛び回る魔理沙だが、その実、同じくらいの高度に積み重ねられた参考書があって、その上で彼女は箒に跨っているようなものだった。

 同じような理由で体調を崩すのも、今回が初めてなどではない。

 もう慣れたこと。布団の中でジッとしていれば、数日で治る。ほんの数日だけ。大人しく眠ればまた研究に没頭できる。

 あぁ、ほんとう。不便な体だ。意識を手放すほんの数秒前まで、脳裏の文句が尽きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 微かな物音に目を覚ました。

 随分と額はヒンヤリとして、嗅ぎ慣れない仄かな花の香りに、誰か勝手に入って看病してくれてるのかと把握に至るには易かった。

 幾分スッキリした脳内と、ぼやける瞳を瞬かせて、正体を探る。勝手に人ん家に入り込んでせっせと片付けをする女を、魔理沙は1人しか知らなかった。

 

 

「あら、魔理沙。お邪魔してるわよ」

「……不法侵入なんですけど」

「自分の不用心さを恨みなさい」

「あんま下手に動かさないでくれよな」

 

 

 最近遠慮がなくなってきたアリス・マーガトロイドは尚も掃除を続ける。

 話し始めたのはほんの少し前からだった。住むところを同じくして、また同じ魔法使いと来たもんだから、魔理沙も一度は顔を見ておきたかった。出会いは突拍子もなく、人里の子供相手に人形劇をやっている彼女を見かけた。人形を1人で操る技術もさることながら、本人もさながら人形の様な容貌をしていて、魔理沙も女ながら思わず息を呑むような美麗だった。

 何とはなしに話しかけてみたものの、想像とはおよそ遠く、その口下手さたるや。今でこそ慣れたものではあるが、最初は会話すら苦労した。引っ込み思案で、人との関わりを数百年単位で避けてきた魔女なのだから、納得出来る。

 それも、いつの間にやら遠慮というものがなくなって、かなりズバズバと意見は言うし、こうして───魔理沙も自負はしているが───自堕落な同じ森の住民の生活を気にかけるようになった。

 器用に上海人形を複数体操りながら、アリス自身、せっせと膨大な量の書籍をまとめていた。

 

 

「なぁ、アリス」

「ん?なぁに」

「その技術って何年モノだ?」

「は?……あぁ、人形のこと?」

「ぉん」

 

 

 アリスは目を丸くして魔理沙を見つめた。魔理沙自身変なことを聞いているなぁという自覚はあった。アリスは少し驚いているのだろう。

 

 

「別に人形を遣うことに興味を持ったわけじゃねぇよ…」

「あ、なんだ、方向性を変えるのかと」

「そんな器用なマネ出来ないな」

 

 謙遜などでは無い。事実を述べただけだった。

 アリスはその性格ゆえ、異変で見かけることはまず無いし、人里の住民ですらその友好度は高い。争いは好んでしているところなど見たことがない。

 

 しかし、一度敵対すればその圧倒的な技量の前に圧倒される。

 どう足掻いても数的不利から始まる。戦場がどこであろうと完全アウェイの状態を作られるのは心身共に苦しい。

 加えて、彼女の操る人形は、個々で動いても十分強い。妖怪の山に蔓延る低級妖怪より断然。

 

 故に、アリスが一体何百年自己の研鑽に積んだのか、興味本位もあったが、聞いてみたかった。

 アリスは、ただ淡々と、日常のように語る。

 

 

「ん〜、分からないわね」

「長すぎて?」

「まぁ、そうね。少なくとも、子供の頃から人形と一緒だったわ」

「子供って……お前今いくつだよ」

「さぁ?」

 

 

 途方もない時間なんだろうな、と察するには容易だった。もっとも、アリスが何歳の時に魔法使いになったのかは分からないし、魔法使いになってから何年経ったのかも定かじゃない。少なくとも、本人も年月を忘れるくらいには永い。

 

 

「やっぱ、短いよな」

「えっ、いや、自分で言うのも何だけど結構長い方だと…そりゃ!まだ他の魔法使いに比べたら新人というか、若手というか……」

「そうじゃねーよ。こっちの話だ」

「は、はぁ……」

 

 

 最大で見積もって100年。

 あまりにも短すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身から血の気が引く。

 

 この感覚だ。ここまでは常に保てるようになった。"気"の消費量を最小限に抑えながら、自身の能力を常時展開出来る。単純な攻撃ならフルオートで躱せる。

 

 今までこんな使い方が出来るだなんて思いもよらなかった。能力の性質の把握はしていた。宙に浮くのは言葉の通り。存在すら浮かせられるのも話は聞いていた。実際に使うことは少なかったが、概要は知っていた。

 ただ、いかんせん霊力の消費量が凄まじく、持ち前の勘の良さもあって早々使うことがなかった。

 しかし、八坂神奈子と戦って、フィジカル面の限界をどうしても感じた。まだ年端も行かない少女が、2倍くらい背丈の違う(ように思える)、ましてや神様相手に真っ向から殴り合えば、その結果は火を見るより明らかであった。

 

 かくして、自身の限界を越える必要があった。霊夢にのみ適用されていた能力の拡張。注ぐ霊力を増やせば増やすほど、適用範囲が広域に及ぶ。広がる先から、落ちる木の葉が音もなく消える。徐々に広げ、しばらくしたらその範囲を維持するように耐える。目を瞑ったまま、力を注ぐ依代にでもと握ったお祓い棒に一層力をこめる。

 

 

「…………………」

 

 

 ゆっくりと、力を抜き、目を開く。

 

 

「っ……ふぅ…」

 

 

 能力はまだ継続している。

 どういうわけか、使用中は非常に頭が冴える。疲労感はなく、かなり自然な状態でいる。

 上々だな。霊夢は確かな手応えを感じていた。

 霊夢の側を落ちる木の葉も、今度は消えることなく、ハラリと足元へ着地した。常時、自身にのみ能力が適用されている。少なくとも、歩くだけで周囲を微粒子レベルに分解する新兵器になることだけは避けられたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、脳みそが電気信号を流した。

 死角から何か向かっている。

 刹那に筋肉は収縮する。

 

 

(ナイフ……ッ!?)

 

 

 振り返る頃には、目の前に迫っていた鋭利な切先。

 

 

(躱せないか……!!)

 

 

 驚きこそしたが、能力の展開を続けていた霊夢にとっては、無意味な攻撃だった。

 恐ろしいほど正確に、眉間を目掛けて飛んできたナイフは霊夢をすり抜け、境内の木に突き刺さった。

 霊夢は、今のナイフに覚えがあった。

 

 

「随分なご挨拶ね、咲夜」

「人間辞めた噂は本当だったのね」

 

 

 本殿の影からスッと姿を現したのは、紅魔館のメイド長だった。

 常に余裕を崩さない彼女も少々驚きを隠せなかった。半分、霊夢だしな、という思いもあった。

 霊夢としては、既に自分の事が噂されているのが気に食わなかったが覚悟の上だった。こんな小さな世界じゃ、話はすぐ伝わる。厄介な新聞屋もいる事だし、と霊夢は若干うんざりしていた。

 

 

「それで、何か用?」

「顔を見にきただけよ」

「あら、随分好かれたものね」

「元々嫌いだなんて言ってないわ」

 

 

 そういえばそうだったっけ、とどうでもいい記憶を手探る。ちなみに、探ったところで答えは出ない。覚えていないから。

 とはいえ、流石に咲夜が冗談を言っていることは明白だった。

 

 

「本題は何よ」

「つれないわね。魔理沙を最近見た?」

「あー、会ってないわね」

「?……何よその反応」

「え、まぁ、何というか……」

「喧嘩中?」

「うっ」

 

 

 霊夢はこういう時の正しい反応が分からない。悟られたくない気持ちは大いにあるが、隠すのが下手であった。霊夢より遥かに対人経験のある咲夜には一瞬でバレる。

 

 

「珍しいわね」

「そうでもないわよ。小さい頃から喧嘩ばかり」

 

 

 これは事実だった。どういう訳か、小さい頃から幻想郷で顔馴染みだったモノで、ここまで歳を重ねれば幼馴染とも言うべきか。ともあれ、付き合いが長ければそれなりに喧嘩もする。

 ただ、今回は何だかいつもと違う気がしていた。

 漠然と、「いつもと違う」と、訴えかけられているような。

 そんな気がしていた。

 

 

「……もしかしたら、魔理沙にとってはコンプレックスだったのかも」

「え?」

「アイツ、常人離れした努力家だから」

 

 

 霊夢には、自分が他人と一線を画している自覚があった。幼い頃から、博麗の血統として、天才と呼ばれ続けてきた結果だった。この評価には一寸の狂いもない。ただの事実であった。

 そんな霊夢と、十数年を共にしてきた魔理沙は。

 魔法に魅せられ、果てしない道を進む事にした彼女は。

 

 

「私を見てどう思ったのか」

「まぁ、心中穏やかじゃないわよね」

 

 

 咲夜は非常に聡かった。よくもまぁ今の会話だけで察せたものだなぁと、霊夢は感心する外なかった。

 

 

「にしても、アンタも魔理沙の心配だなんて、珍しいわね」

「パチュリー様が寂しがってるのよ」

「えっ」

「最近来ないわね……って。強がってるけどアレ絶対寂しがってるわ」

 

 

 動く魔導書だか、何だか言われてたけど、随分と可愛いものね、と霊夢は苦笑するしかなかった。

 

 

「見かけたら伝えといて、パチュリー様が会いたがってるわって」

「え、いやだから今……」

「仲直りは早い方が良いわよ」

 

 

 それだけ言い残して、咲夜は消えるように去った。

 このまま放っておいてはいけない気がする、と、霊夢も何となく感じ取っていた。咲夜の言葉も、妙に刺さっている自分がいた。

 ちゃんと話をした方が良い。いつものように、しばらく時間をおけば、またフラッと現れて、まるで何事もなかったかのように話をしてくれるのかもしれない。

 けれど、ちゃんと話をしておきたい。

 何についてかは分からない。会って、何を話して良いのか。

 ただ、彼女の胸の内を、ちゃんと聞いておきたい。

 聞かねば。

 

 

 

 

 

 果たして、山際が赤く染まり始める頃まで、一度として魔理沙を見かけることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










みなさん、明けましてメリークリスマスおめでとうございます。
良いお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。

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