東方弔意伝   作:そるとん

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満月の行方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緩やかに流れる初秋の夜。

 辺りに広がる紅茶の香りと、陶器の発する硬い音と、微かな衣擦れの音以外には何もない。

 永い夜を過ごすには少し物足りないような気もするが、ほんの一時でもこういった時間は大切だ。心にゆとりを持つ事。頭を休ませること。一流であっても、否、一流であればこそ、多忙の中で時間を見つけて、一息吐く時間を上手に見つけられるものだと───

 

 

「最近、何もありませんね」

「……………………」

 

 

 レミリア・スカーレットの脳内で流れていた、ただ悦に浸るだけのナレーションに茶々を入れたのはそんな彼女の従順なメイド、十六夜咲夜だった。

 部屋に木霊するのは、咲夜の声だけ。

 永い夜を過ごすには、あまりにも退屈だった。

 

 

「初夏に起こった異変以来、何もなかったものね」

「えぇ、驚くほどに平和でした」

 

 

 妖怪の山を中心に突如起こった大きな異変は、いつも通り霊夢と魔理沙によって収束を迎え、それからというもの、妖怪達の動きがかなり減った。天魔とはまた違う、信仰対象としての新たなリーダーが幻想郷に現れたのが原因だろうか。ともあれ、治安が驚くほど安定している。

 

 後に風神録と記されたこの異変に、首を突っ込む間もなく、あれよあれよという間に山肌は紅く染まっていった。

 

 

(これだけ長く生きると、数ヶ月なんて数秒ね)

 

 

 咲夜は割と忙しそうにしていた記憶はある。見知った顔がチラホラ顔を出すようになったものだから、咲夜も退屈はしていなさそうであった。地域密着型紅魔館と成り果てた当館ではあるが、それはそれで賑やかな時もあって、幻想郷で生きているなという実感さえあった。

 

 ただ、「ようやく夏も終わりですね」という咲夜の言葉に、ふと、時間の流れの違いを感じてしまった。

 

 200年生きた辺りから漠然とした“飽き”を覚えた。今や生を受けてから500年余り。一年の長さなど感じようと思わなくなってしまった。

 いつの間にか移り変わっていた季節の装いに、不意に感動を覚えて、「あぁ、もう秋なんだな」と思うようになったら、いよいよもう幼い気持ちは無くなってしまったのだと感じる。

 

 

(咲夜は今、何歳だろ)

 

 

 もし、私と出会っていなかったら。

 時々そんな事を思う。

 鬱陶しい日差しが落ち着き始めた頃に「ようやく」と枕詞を付けて空を眩しそうに眺める咲夜を見て、見てきた世界が違う事実をまざまざと突きつけられる。

 咲夜が天寿を全うする頃、私はまだ600歳か。

 たった100年。

 されど100年。

 

 彼女はこれから、どんな人生を歩むのだろうか。

 ふと覚えた寂寥感を、紅茶と一緒に腹の内に押し込んだ。

 

 

「ねぇ、咲夜」

「はい」

「今、退屈?」

「?……いえ、まだお洗濯物等ありますので」

「そう……」

 

 

 親の気持ち子知らずとは言ったものね。

 

 ほんの一時でも、大切にしたいもの。

 心にゆとりを持つ事。頭を休ませる時間を作る事。

 家族との時間を、大切にしたいもの。

 ほんの一時でも。

 

 まだ温度の奪われていない、紅茶に口をつける。

 500年という時間の中で、月を見ながらティータイムなど飽きるほど嗜んできたが、今と同じ気持ちと温度感と、この香りは、500年の中で一度もなかった。

 今日は特別な夜になりそうだ、と。

 

 レミリアは月を見ながら。

 そう、思って──────

 

 

「ん?」

「どうしました、お嬢様」

「き、今日って何日?」

「本日は25日……今宵は満月ですよ」

「そう、よね」

 

 

 答えを聞いて、もう一度窓から見える月を見やる。自室に装飾された大きな窓は、どの季節であっても、月をど真ん中に捉えてくれる。この季節なら、今の時間帯であった。

 今宵は満月。

 その筈なのに。

 

 

「欠けてる……」

 

 

 月は満ちていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことなの……」

 

 

 幻想郷の魔が集まる森、魔法の森。

 夜はいつにも増して不気味なこの森にも、月は平等に灯りを注ぐ。

 空を突くような遥か高い木々の隙間から覗いた中秋の名月は、名月というには程遠く、夜もだいぶ深くなってきた時間だというのにアリス・マーガトロイドは魔法の森の外に出た。

 

 全体像が見えても、やはり満月ではなかった。

 微かに欠けた月から、いつものように優しい月明かりは落ちてこなかった。

 煌々と明るいだけの、ハリボテのように見えて他ならなかった。

 

 

「いつから……誰も気づいてないのかしら」

 

 

 

 

 いつの間にか人里にまで降りてきていた。この時間ならまだ家の灯りは消え切っていなかった。いやむしろ、少し暗い方がこの異常に気づく。その頃には人は皆寝静まっているのだろうけれど。

 とはいえ、ただの誰1人外に出て空を見上げて、この異変に気付かないのも変な話だ。外の世界ほど娯楽の普及していない幻想郷で、中秋の名月の晩はちょっとしたイベントだろう。月見のお供にススキを飾って団子を頬張るくらいの事は、いつもしていた筈だ。流石に早いのだろうか。

 とはいえ、そうでなくても、月を見るくらいしか娯楽がないだろう。

 

 

「あ、もうススキは飾ってあるわね」

 

 

 玄関先に大きなススキを飾った家屋がいくつか見えて、どうやら中秋の名月が近づいていることに間違いないのだなと再認識する。

 で、あるならば。

 誰1人として気づいていない事実も裏付けられる。

 

 

「少なくとも、人間は気づいてない」

 

 

 どうしたものかしらと、異変に気付けど今から成せる術がないが為に目的を見失う。

 こんな時、いの一番に意気揚々と動き出す奴がいるなぁと、脳内には2人の影が過ぎる。

 自分で調査するのもやる気も自信もない。

 

 

「んー、うん、仕方ないわね」

 

 

 この頃動向が窺えない彼女を訪ねることにしよう。数少ない同類だし近所だし。どうせ家に篭っているに決まっている。

 何より、この手の話に慣れている奴のうちの1人だ。アリスが頼らない訳なかった。

 

 せっかくの満月の夜だと思って、秋の夜長に更けようと考えていたのにこれでは興醒めだと、アリスは少々不服に思っていた。

 こんな穏やかな夜に、月が“ない”のは些か物足りない。

 妖しげな夜に、七色の人形遣いは異変解決に赴くことを決めた。

 

 

 月は未だ満ちない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蝉の鳴き声がしようが、それが鈴虫の鳴き声に移り変わろうが、冥界は変わらず肌寒かった。気温の低下というより、生身を持たない魂の集う場所だからなのか、人肌ほどの温もりは無く、それ故、誰しも近寄り難い寒さを感じる。

 とはいえ、冥界の住人はさほど気にせず、3月の異変以降、のんびりと過ごしていた。

 白玉楼の庭師も、同じくして、静かに流れる秋の夜を楽しんでいた。

 

 

「うぅ……ちょっと夜は冷えるな……」

 

 

 まだ夏の気分が完全には抜けきれず、些か薄着のまま庭掃除に繰り出したのが良くなかった。半分幽霊なのに肌寒いのかという疑問は愛嬌で返事しておきたい。

 

 

「なんか、イマイチ気分が上がらない……」

 

 

 ここしばらくの退屈な期間も相まって、魂魄妖夢はそう独り言つ。

 もちろん、本調子でない理由はそれだけではなかった。

 

 

「妖夢〜、あれ?ようむ〜〜〜??」

「はいはい〜」

 

 

 ぼんやり夜空を眺めていると、建物の中から、間延びした可愛らしい声が聞こえてくる。

 そんな雰囲気に当てられて、妖夢も間延びした返事をする。

 

 

「あ、いたいた」

「何か御用ですか?」

「御用も何も〜。アレはまだ解決してないの?」

「アレ?」

 

 

 西行寺幽々子に、突拍子もなく、思い当たる節のない質問を投げかけられ、少々戸惑う。随分と抽象的なものだから、妖夢は必死で「アレ」について考える。

 答えはすぐに分かった。幽々子は「えぇ、気付いてない訳じゃないでしょ」と驚いたような反応をみせてから、

 

 

「あの月。まだ誰も動いてないの?」

 

と、語気には少し不服のニュアンスを含みながら改めて聞いてきた。

 

 

「あぁ、アレって月のことか……」

 

 

 確かに言われてみれば、と思い、もう一度空を見上げる。

 妖夢も、もちろん気づいていないわけでない。

 むしろ、外に出ることの多い彼女はこの異変に気づくのも早かった。ただ、心のどこかで、彼女らがすぐに動くのだろうな、という思いがあった。

 

 

「確かに、ちょっと動きが遅いような……」

「まぁ、妖夢なんかよりあの人間の方が頼りにはなるかもねー」

「むっ」

 

 

 分かりやすくムクれる妖夢を悪戯な瞳で見やる幽々子。冥界は相も変わらない時間が流れる。

 しかして、今夜は、少し違う夜だった。

 

 

「ちょっと行ってみない?」

「え?」

「異変解決!」

「私がですか!?」

 

 

 突然の提案に再三妖夢は驚かされていた。

 

 

「もちろん、妖夢だけじゃないわ」

「えっ、幽々子様も?」

「妖夢だけじゃ頼りないしね」

 

 

 理由が理由なだけに、えぇ〜、と不服の音を上げる。

 

 

「そんなこと言わないでくださいよ〜」

「ほら、早く支度してっ」

 

 

 幽々子は口調は努めて飄々としていたが、胸の内が騒々しかった。ザワザワと騒ぐようで、妙に閑散としていて、違和感が拭えなかった。

 ただならない予感がした。

 月を隠すような奴が相手だ。

 

 

(頼りないのは本当だけどね)

 

 

 妖夢はモゾモゾと不満気を顔に現して準備を進める。

 

 

(2人で動いたほうがいいわ)

 

 

 冥界の領主が赴く異例の異変。

 心が騒がしいのは、幽霊としての本能か。月が満たない夜に居心地の悪さを覚えている。

 しかして、

 相反して、

 

 

「随分と、今日は静かね」

 

 

 月は欠けたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで“あのまま”なのかしら」

 

 

 幻想郷の夜更けに、八雲紫は自身の式神を連れて、独り言ちるようにそう呟いた。

 

 

「霊夢の動きがだいぶ遅いですね」

 

 

 八雲藍も、紫に釣られて月を見やる。

 数日前から突如として起こった『満月の喪失』。妖怪にとって月明かりが存分に浴びられないのは割と死活問題で、紫も、最近はもっぱら眠れない日々を送っていた。

 藍も懸念の声を上げるが、正直霊夢が動かないのも説明がつく。

 前述したとおり、満月が何かしらの方法により失われて“数日”経った。

 この間、人間に於いた話だが、誰の1人としてこの異変に気付いていない様子だった。

 それもそうだ。

 ほんの一欠片、失われてしまっただけなのだから。

 

 

「月の灯りが偽物だなんて、気づかないのでしょうね」

「…………人間だもの」

 

 

 きっと、人の身体にも作用する日光に何か異変が起これば気づくのではないのだろうか。明確にそうとは言えないが、妖怪が本能的に、その日の月に違和感を覚えるように、人間の生命活動の一役を担う太陽に異変があれば、きっと本能的にその違和感に気づく。

 大きく違うようで、根底にある本能の部分で繋がっている。

 

 そんな想いはおくびにも出さず、皮肉めいて、そう吐き捨てる。

 

 

「んー、仕方ない」

「紫様?」

 

 

 こうなってしまっては、恐らく、本当にいよいよ、霊夢は気付きそうにない。

 ここは一つ、自分から異変解決の話をすることにしよう。

 紫は、手に持っていた埃の被った分厚い本を、これまた今にも崩れそうな木の棚に戻す。

 全体的に“ここ”は埃っぽい。紫は早々に出たかった。

 

 

「大した手がかりはありませんでしたね」

 

 

 藍も既に帰る気なのか、その自慢の尻尾を翻して、来た道を戻ろうとしていた。

 

 

「そうね」

 

 

 とだけ返して、紫もその後ろを歩くことにした。

 その矢先だった。

 

 

「ん?」

 

 

 埃と塵が積もりに積もった汚い床は、鮮明に、敷地内に踏み入ったものの存在を残してくれていた。

 

 

「藍」

「はい?」

「…………やっぱり、私達のモノじゃないわね」

「え、なんの話……」

 

 

 紫の話を聞こうと、近づいた藍もすぐさま痕跡に気づいて「あ、」と声を上げる。

 

 

「足跡……」

「誰か、幻想郷の近くにまで来てる」

「明らかにブーツというか……幻想郷じゃ見ない靴の形をしてますね」

 

 

 ここは幻想郷の境に位置する、古ぼけた、しかしやけに立派なお屋敷だ。

 壁は蔦の緑に染まってしまっているようなもので、内装も期待を裏切らない侘しさを放っていた。

 “本来”、誰も立ち入ろうとしない場所だ。

 

 

「……行きましょう」

「えっ、もう良いんですか」

「もう十分。それよか、私はあの月が気掛かりだわ」

 

 

 廃屋の、やけに豪華な窓から臨める月をじっと見つめながら、静かに歩く。

 正直言って、懸念は山ほどあるが、今回のこの異変は生半可な気持ちで挑んで良いものではない。

 なんせ、月を隠してしまうほどの存在が相手だ。

 

 

「さて、どう攻めるか……」

 

 

 

 夜は続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠居の身だというのに、相変わらず立派な露天風呂だな、と呑気な事を考えていた。

 それも、随分と贅沢な思考回路だなと思う。

 この時期の、この時間。

 決して小さくない竹林の、その遥か上から見下ろすように照りつけるは月。

 偽物の月。

 満ちることない月。

 

 なんてことはない、ほんの数日で勝手に終わる異変である。

 それまで耐えること。息を潜めて、隠れ忍ぶこと。

 私はもう、月には帰らない。

 地上に降り注ぐ月明かりから逃げるように、照らされぬように。

 たとえ、本物の夜が来ないことになっても。

 

 

「私を、助けてくれるかしら」

 

 

 月が、満ちて尚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










本当にごめんなさい。年度末は死屍累々としております故。何卒ご容赦を。。。!!
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