東方弔意伝   作:そるとん

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竹取翁といふ者〜東方永夜抄〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永い秋の夜。すっかり日も落ちた幻想郷を身一つで飛んでいれば、その肌寒さがよく染みる。

 袖の短い夏用の勝負服───もとい魔女服───がすっかり秋仕様になっていることなどお構いなしと言わんばかりに、七色の魔女は前へ前へと、急ぎ行く。

 

 

「なぁ、本当に月おかしくなってんのか?」

「見てわかる通りよ」

 

 

 七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドは訝しげな目をこちらに向ける。

 数日前から妖怪が騒がしいなとは思っていた。しかし奴らの行動原理なんてそう読み切れるものではないし、特別理由なんてなく、ただそういう時期なのかな程度の認識に留めておいた。

 月がおかしなことになっているなんて、思いもしていなかった。どう足掻いても“人”か“妖怪”か。そんな考えばかり過ぎる。数週間ほど引きこもっていた私を外に連れ出した張本人も、紛れもなく妖怪。しかも、そんじょそこらの有象無象とは訳が違う。彼女から、異変の話を持ちかけられ、自身じゃ感じ取れなかった異質さなるものを、彼女が淡々と伝えていた最中、えも言えぬ明確な差のようなものを感じた。

 

 

「……まぁいいや、アテはあるのか」

「いいえ?さっぱり」

 

 

 私より遥か長く生きていても、突飛なことをするらしい。

 

 

「はぁ……しゃーないな」

 

 

 道すがら、見知った顔に聞き込みながら目的地に向かうとしよう。

 異変の大元へ。

 私はグッと箒を握り直すと、前を飛んでいたアリスを追い抜いて、不気味なほど大きな月を横目に、夜の空を駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────だから、これは火急の案件よ」

「とはいえ、アンタが動くなんて」

 

 

 目の前に降り立った自称大妖怪の引きこもりこと八雲紫は、珍しく大妖怪たる威厳を以て私の前に降り立った。

 夜、穏やかな秋の夜を縁側で楽しんでいたところ、不意に空いた空間の"隙間"から紫は顔を覗かせた。あんまりにも唐突な訪問に少し驚きつつ、紫は要件を話し始めた。まさかその要件が異変の解決依頼だなんて思いも依らず。

 

 ───そうして、今私と紫は目的地に急いでいた。

 

 

「本当に、そこが異変の元なんでしょうね」

「私が思うにね。そこが一番濃厚ってだけ」

「ふぅん、まぁいいけど」

 

 

 私には異変が起こっていることすら気づかなかった。紫から聞けば、月が本物ではないとのこと。目的がさっぱり分からない上に相手側のメリットも分からない。既に異変を認知し始めてから数日経ったらしいが、今に至るまで解決に至っていないのだから、偽物の月を夜空に飾ることに相当強い意志を持っているようだ。

 異変とあれば、易々と野放しにしている訳にもいかない。

 

 

「それにしたって」

「うん?」

「随分と今夜は騒がしいわね」

 

 

 不意に飛行を止め、紫に言うでもなく、そう独り言ちる。

 眩いほどの月明かりに照らされた幻想郷の夜は、提灯が無くとも視界は良好。偽物の明かりに少々ご立腹な低級妖精や妖怪達はそぞろ現れては目に前に立ちはだかってくる。

 

 

「数が多いわね」

「秋の夜くらい静かに過ごしたかったわ」

 

 

 まるで示し合わせたかのように、規則的な弾幕をこちらに向かって射出し始める。蛍のような淡い光と、弾幕の鬱陶しいばかりの鮮やかな色が視界を包む。

 そして光の隙間の先に見えた、一つの人影。

 初戦を彩るのは誰………、

 

 

「あ」

「ん?何よ急に」

「神社に忘れ物した」

 

 

 突然思い出した。

 紫も突拍子もなく、私がそんな発言をするものだから若干呆れた表情を浮かべていたが、目の前の光景を見て、何か察したようだった。

 

 

「あぁ、蚊取り線香?」

「そう」

「私は蛍だ!!!!」

 

 

 リグル・ナイトバグ。

 後にそう名乗った蛍こと彼女と、夜の空中にて、相見えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしたって咲夜、こんな能力の使い方出来るなんて知らなかったよ?」

「ふふ、能力だけではないのですよ」

 

 

 一体、何人がこの異変に気付いているのだろうか。

 我が主人曰く、月の様子がおかしいとの事であるから、今こうしていくアテも無く冷え込んできた秋の空を悠々と飛行している。

 しかし、何よりも大きな変化は現時点においては月ではない。

 日が沈み、月が昇り始めてから何時間経ったか。天高くに位置したまま、月は落ちてこない。

 

 

「夜が明けてしまっては、犯人探しも億劫ですものね」

 

 

 これは自分の能力と結界術を合わせた特殊な帳。流石に、異変解決の瞬間まで、対象を選択したままに広範囲な能力の出力は至難の業というよりか、不可能の領域に近い。

 以前、霊夢から教わった結界のノウハウなんかを活かして、咲夜は至ってシンプルに、かつ強力な能力の出力に成功。

 全ては月を取り戻すため。

 主人、レミリア・スカーレットの意向に添くべく、咲夜は"夜"を止めた。

 

 

「って言っても、あんまり長く止めるわけにはいかないわね」

「先を急ぎましょうか」

 

 

 異変を解決するまで夜が明けることはない。恐らく結界の類だろうとレミリアは推理していたが、それならばこちらも結界を張って対抗する。

 猶予はさほど残されていない。

 

 

「それにしても、なんだか数が多いわね」

「えぇ、ほんと。蛍か敵か分かりませんわ」

「蛍増えたわよね」

「あーあ、蛍がたくさんいて綺麗ですね」

「感嘆符と内容が合ってないわよ」

 

 

 しかし、本当にうんざりもしてくる。

 これが全部蛍なら───それはそれで嫌か、とは思うが、全部蛍でない分、よりタチが悪い。

 いつにも増して敵の数が多い。本物の月が消えてからしばらく経つ。妖怪達も随分殺気立っている。

 初手から高い密度と圧力で四方から飛んでくる弾幕をいなしつつ、目的地へ向かうのは中々に手を焼いた。

 

 

「少し、スピードを上げるわよ」

「はい、お嬢様」

 

 

 タイミングを合わせ、一気に敵の密集地帯を振り切る。遥か雄大な偽物の月に向い、蝙蝠の羽を大きく広げたその様は夜を征する王と呼ぶのに相応しかった。

 だからこそ、ここで"消耗"するわけにはいかない。

 敵がこの結界に気づくまでに、夜が明けるまでに本物の月を取り戻す必要がある。

 幻想郷一帯に、結界を張りめぐさせるような奴が相手だ。

 

 

「油断はしないこと……」

 

 

 いつに無く、妙な緊張に駆られていた私は、自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああッ!!」

 

 

 凄まじい迫力を放ちながら次々と低級妖怪を斬り伏せていく。弾幕を躱し、時に斬り、一息も吐かぬ間に間合いにまで近づいて一撃で仕留める。一体屠ったすぐ後にも周りの警戒を続け、弾幕による攻撃も駆使して攻めの手に緩急をつける。

 

 随分とこの数ヶ月で実戦慣れした自覚があった。

 思わず「ふふひ…」と我ながら気持ち悪いなと思えるだけの笑みが溢れる。ここ最近、夜に現れる妖怪の数の平均を遥かに上回る敵が眼前に広がっていた。

 しかし、この数を前にしても怯むことなく、私は上手く立ち回れている。

 再度「うひひ…」と笑みが溢れる。

 

 自分の成長の実感から生まれるトリップ状態から現実に引き戻したのは一つの爆発音だった。

 私のすぐ後ろだった。

 

 

「うわぁ!」

「置いてかないでよ〜」

「幽々子様!」

「もう〜、後ろ取られてるし」

 

 

 のらりくらりと掴みどころのない我が主人───というか私はただの庭師なんだけれど───は、私の後をついてくるが、どこかぼうっとしていて、この状況下においても普段と同じ調子で居られる事に、ふと感心する。

 流石大妖怪。伊達に数多の経験を積んできたわけではない。

 

 

「なんだか月見団子に見えてきた……」

 

 

 お腹が空いているだけだったかもしれない。

 しかし、現にまだ助けてもらってばかりで、幽々子様は1人でも恐らくこの調子で異変解決に赴きそうだった。2人行動を取ったのは賢明な判断だったと、過去の自分を褒めてやりたくなる。

 ただ、解決に動いてまだ序盤。

 だというのにこの量は。

 

 

「大量の月見団子が空飛んでるわけないでしょ。ほら、先を急ぎますよ」

「分かってるわよ〜、妖夢いったん落ち着いて」

「うん?何か考えがあるのですか」

 

 

 逸る気持ちは主人ののんびりした声に幾分解かれ、顔を見れば、どうやら本当にのんびりしていたいだけでなさそうなのは窺えた。

 

 

「考えっていうか、流石におかしいと思わない?」

「まぁ……異変で妖怪達が荒れているとはいえ」

「ここにそんな集まるかしらね〜」

 

 

 話をしてようやく思考がまとまる。

 迫り来る数々の弾幕やらを迎え撃つのに意識が削がれていたが、確かにこう俯瞰して見れば、やけに多い。何故かここに“集まって“来ている。

 一体──────

 

 

「妖夢!」

 

 

 珍しく幽々子様が大きな声をあげたかと思ったら、それは私の名前だった。

 慌てて振り返れば、

 

 

「え、」

 

 

 突然目の前に現れたかのようだった。

 暗闇からぼうっと現れたそれは、迷うことなく、一直線に私へと向かって来た。

 至極冷静に、斬魄刀を鞘から5寸ほど抜き、向かって来た鋭い爪をいなして、すぐさま体勢を整える。

 

 

「集まってたのは彼女のせいね」

「夜雀……」

 

 

 細く伸びる、小鳥のような歌声が辺りに響く。

 

 

「あなた達には私の歌声が聞こえなかったのかしら」

「雀が鳴いてるわねぇって」

「まともに聴いたらいけませんよ。不吉の事の前触れです」

「夜、幽霊に会う方が不吉でしょ……」

「間違い無いわね〜」

 

 

 否定しないんだ、と思った。

 とはいえ、軽口も叩いてられない。彼女の歌声は不思議な力がある。妖怪達が彼女を取り巻くように徐々に集まってくる。

 呼び寄せていたのか。

 

 

「私はミスティア・ローレライ!人間がいなくて残念だけど、この際半分幽霊でもいいわ」

「えっ」

「妖夢?先を急ぎましょ」

「行かせないんだから!」

 

 

 夜雀は人を食べる。

 そうか、他でも無く、不吉の象徴は目の前の少女そのものだったか。

 

 

「とりあえず、目の前の鳥を落としますか」

「小骨が多いから食べるのは大変よ?」

「食べませんよ!」

 

 

 幽々子様じゃあるまいし。

 

 一度覚悟を決めれば、斬魄刀を鋒まで抜き出す。秋の長い長い夜の幕開けを告げるのは、雀の歌声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







本当にいつもごめんなさい。
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