時は少し前に戻る。
月を隠した首謀者を探すべく、偽物の月下を駆ける魔理沙らの前に勇み足で躍り出たのは幽々子と妖夢。
互いに目的を言わずに喧嘩腰なものだから衝突は不可避であった。
開戦からすでに十数分。
「ハァッ!!!」
「チッ……これも斬るのか」
今春以来、二度目の対戦と相なった魔理沙と妖夢は互いに決め手に欠け、もはや消耗線へと縺れ込んでいた。
研鑽を積んだ妖夢の速度は春雪異変の頃と比べると段違いであり、魔理沙は常に自身の周りに弾幕を展開する他なかった。
いわゆる、受け手側へと回った魔理沙のフラストレーションもそこそこに、方や妖夢も迂闊に近づけずにいた。
(なんて弾幕の密度……対処するのにいっぱいいっぱいだ)
せっかく2人いるのだし、と妖夢は応援を呼ぶ。
「幽々子様!こちらから片付けましょう!」
「ごめ〜ん、こっちも大変なの〜」
「ぅええっ」
普段はだらしないとは言え、幽々子の実力を認めていた妖夢はその返事に多少なりとも驚く。
悠久の時を生きた幽々子の戦闘センスと気力は、その雰囲気から想像も出来ないほどずば抜けていた。
それ故に、認めていた故に。
「蓬莱人形、逃がさないわよ」
「あぁ〜手数が多い〜」
魔理沙と共に居た魔女。
侮ってはいけなかった。
「私こんなに早く、動けないっ、」
「もうっ!普段から食べ過ぎるから!太ったんですよ!!」
「妖夢〜〜」
めそめそと効果音を出しながら、起動させている人形の数ほどの弾幕をヒラリヒラリと躱していた。
余裕はありそうだ。だが、防戦一方。
「ど、どうしよ……」
「余所見とは余裕だな?」
「あ゛っ」
妖夢は、徐に手首を掴まれる。この間合いでは刀も振れない。
声が聞こえると同時に顔を上げれば、右手に握った八卦炉を腹に突きつけながら魔理沙は不敵に笑っていた。
咄嗟に妖夢は、体を捻る。
「密接してなければマスタースパークだって当たらないっ!」
「ハナから打たんよ」
私まで燃えるからなぁ?と意地悪そうに笑みを浮かべると、八卦炉がパカっと展開される。ドローンのように妖夢の周りを浮遊する。
まるで鳥籠のように。
「うっそぉ!」
「ジッとしとけ」
魔理沙はパッと手首を離す。瞬く間に妖夢の周りに星型の弾幕が展開される。取り囲む弾幕は正方形にパッと広がったかと思うと、次第に妖夢へと迫る。
「被弾覚悟で動いていいぜ。その前にレーザーで焼くけどな」
「一振りで斬り抜けるか……!」
高火力な魔理沙の弾幕に被弾しようものなら、後の戦況は不利の一択だ。
ましてや動かなかった場合、魔理沙はこの鳥籠目掛けてレーザーを打てば良いだけ。
「あぁ不覚……油断した……ごめんなさい幽々子様……」
自分はまだまだ未熟だと、涙を流しながら空を仰ぎ見る。
その瞬間。
「なっ…!!」
「うわぁ!何急に!!」
妖夢の周りで勢いよく爆発が連続で起こる。
弾幕と弾幕が衝突した時の閃光だ。
互いに視界が遮られる中、恐らくチャンスは今しかないと煙が立つ方向へ思い切って突っ込む。
「幽々子様…!!」
「体制を立て直すわよ」
煙が晴れた先に、まるで妖夢がこっちへ向かってくると呼んでいたかのように幽々子は待っていた。
いつになく真剣な表情に感化されて、妖夢もすぐさま2人の魔法使いへと向き直る。
「ごめん魔理沙。逃げられた」
「まぁ、そんな簡単じゃない事は承知の上だよ」
少し離れた場所で戦っていたアリスも魔理沙と合流する。
「恐らく、あの小柄の子の方を私に当てて来るように動くはずよ」
「あん?私がアリスに速度で劣ってると?」
「……私の人形に対応出来るからよ」
あぁ、なるほど。煽られたかと思った。と魔理沙は納得する。
「ただ、そんな見え見えな戦略で奴らが動くとは思わない」
「え?」
「なんたって、あの桃色髪の方は───」
不意に悪寒が走る。
魔理沙は本能的に思い出す。あの時と同じ。まるで死が目の前にまで迫ってきたかのような、威圧感。あの春雪異変の時と同じ。
アリスもそれを感じ取ったか、冥界の2人の方を向く。
そうだ、なんたって西行寺幽々子の魔力は、
「一気に終わらせるわよ」
「はい!幽々子様!」
底の見えない、死にも良く似た膨大なモンだ。
「退くぞ!アリス!」
「っ、えぇ」
あまりにも距離が近すぎる。
魔理沙とアリスは間合いを取るため、大きく後方へ飛び退く。
それとほぼ同じタイミング。
パッと花が咲いたように、はたまた、爆発的な膨張のように蝶が四方へ広がった。
間に合わない。そう判断した魔理沙は後退りながら弾幕を展開して応戦する。凄まじい圧力と密度の弾幕を前に、また一つ、速度のギアを上げる。
「相変わらずッ、イカれてるな!」
先程まで幽々子を防戦一方に持ち込んでいたアリスからしても、彼女の底無しの本性を目にするのは初めてで、蓬莱人形をフルに使って防御体制を取る。
そこにすかさず飛び込んできたのは、魂魄妖夢だった。
舞うような速度の蝶と、時折焦らせるように迫ってくる大きな弾幕との、その合間を縫うようにアリスへ接近していた。
アリスの読みは当たっていた。
しかし誤算なのは鬱陶しいくらいの蝶だった。
弾幕の処理のため展開させた蓬莱人形へと、凄まじい速度で刀を振り抜く。
キンッと甲高い金属音と火花を散らしながら、妖夢は止まった。
「ぐっ、斬魄刀を止めるなんて……貴女ただの人形に何を持たせているのですか……!」
「ただの人形じゃないわよ。蓬莱人形ッ!」
致し方なし。アリスは蓬莱人形を妖夢の処理へと当てた。数は沢山あるが、幽々子の弾幕を避けながら10体以上扱い切るのは骨が折れる。
出した蓬莱人形は合計5体。その全てを妖夢へと当てがい、アリスは自身の身体能力のみで幽々子の弾幕を避ける。
「えっ、5体も……!?どうなってんの……」
妖夢は初めて見る技術と魔法に一抹の焦りを浮かべたが、すぐさまもう一本を抜刀する。
4名とも既に消耗はしている。
しかし、戦闘開始から数十分経った今になって、4名全員が本気のステージに躍り出ることとなった。
○○○
「師匠!いよいよ近づいてますよ」
作業部屋の引き戸を勢いよく開けたのは鈴仙だった。
彼女の波長を操る能力は自身の視力に作用する事も可能。それ故に、景色の波長を自身に合わせてしまえば、さながら千里眼のように働く。
鈴仙には、今日の夜は勝負になると言って、外の様子を注視してもらっていた次第であったが。
「そう、分かったわ」
思いの外、お早い到着のようだった。
流石に、実力者が8人も揃えば、この首謀者も目的も不明な異変の真相に辿り着くのもこの程度の時間で足りるというのか。
「ウドンゲ、監視はもう良いわ。貴女の能力を永遠亭を対象に使用してくれる?」
「……分かりました」
最初から、真正面でやり合うつもりもない。
目的は時間稼ぎと、あの8人を固まらせないこと。
それから。
「あと、3時間の辛抱よ」
我儘な姫を見つけさせないこと。
○○○
このままじゃ、埒が開かない。一番にそう思ったのはアリスだった。
もうかれこれ10分は変わらず拮抗した戦闘を続けている。幸い、どういう訳か夜は止まっているもので、夜明けまでの解決に若干の猶予は生まれたが、これもいつまで続くか分からない。
ましてや、犯人が冥界の2人ではない事は薄々気づいていた。大方、あちらも解決する側だ。
(そんな事、あの幽々子とかいう人も気づいていそうなのに……)
手柄の独り占めかとも考えたが、相対して、そんな画作をするほど愚かしい人でもなさそうだった。
やはり、情報収集の為と考えるのが妥当。
そうと分かれば早かった。
話し合いが落ち着いてできる状態に、他の3人を誘導すれば良い。弾幕がひしめき、火花が散るようなこの環境ではまず無理だ。みんな頭の中が目の前の処理に手一杯である。
ちょっと待って、と大きな声で止めるしか方法は───
(えぇ、いや無理無理無理無理!声なんて張れないし、というか大きな声出した事ないし急になんだアイツみたいに思われて、冷める事すんなよなとか皆んなから白けた視線を向けられるかも……)
お忘れかもしれないがアリスは人付き合いが苦手であった。こういった場面で大胆に行動するのは、ちょっと難しかった。
だが、きっかけが欲しかった。
(ま、魔理沙に頼ろう……!!)
すぐさま魔理沙の元へと向かう。彼女も変わらず苦戦しているようで、話しかけるのは少々気が引けた。
幽々子と同じ手を使おう。
「魔理沙!」
「うぉっ!?なんでお前ッ」
「こっち!!」
すぐさま弾幕を展開させて、周りの幽々子の弾幕を誘爆させる。蓬莱人形の対応に回っていた妖夢も、アリスへの反応が遅れた。
「逃がさない!!」
5体全てを切り伏せる事は諦め、トップスピードで戦場を切り抜ける。
2人まとめて斬れれば大きい。まとまった今がチャンスだった。
煙が立つ先へと向かい、大きく居合の姿勢に入───
「妖夢!!」
珍しく、幽々子の大きな声が聞こえたと同時に、激しい閃光が煙の奥から見える。
しまった、頭がいっぱいになっていた。
魔理沙の、一瞬見せる爆発的な気力とレーザーをすっかり、
「マスタースパーク!」
大きく広がる蝶の群れもろとも極太レーザーが飲み込んでいく。
秋の夜空が、一層明るく光った。
ただ、大きく方向は外れていて、直撃はしなかった。しかし、動きを止めた一瞬で、
「動かないで」
蓬莱人形の槍が喉元に食い込んでいた。
いつの間にやら、幽々子の元にまで。
レーザーが次第に消えていく。それに呼応するかのように、また夜の静けさがやってきた。
聞こえるのは風で木が揺れる音と、鈴虫の声。
それから、
「話をしましょう」
休戦の申し出であった。
○○○
「いや、最初のエンカウントが間違いじゃないの」
一連の話を聞いた霊夢がそう一蹴する。
お前も似たようなモンだろと、紅魔館組と八雲紫は思ったが口にはしなかった。
現在、8人は消耗こそすれど、一人欠けることなく合流を果たした。
目指す先は、どうやら固まったみたいだった。
「それで?ここで間違いないのね」
霊夢の呼びかけに紫は答える。
「えぇ、少し前に幻想入りしたみたい。放っておいたツケがここで回ってくるなんてね」
8人の目の前に広がるのは随分と大きな屋敷。
永い竹林を抜けた先に見つけた、得体の知れない屋敷一つ。
まるで遥か昔からあったかと錯覚させる程、荘厳で、馴染んでいて、ずっと見ていると気が触れてしまいそうだった。
恐らく、これからが本番だ。
「さ、入るわよ」
その名を"永遠亭"。
随分と永かった、偽物の夜を明かすため、8人は屋敷へと乗り込んだ。