東方弔意伝   作:そるとん

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月灯に誘われて〜東方永夜抄〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と夜は更けてしまった。

 夜明けを待つ間、偽物の月を夜空に掲げていた。その結果がこの騒がしい夜だ。

 いつ彼女らが来るのか。

 動きを止めた月とは裏腹に、胸騒ぎは時間経過とともに増していく。

 

 不意に、勢いよく襖が開かれる。

 既に居場所が割られた。

 輝夜はそう思い、体制を崩さないまま臨戦体制に入る。

 聞こえてきた声は随分と馴染みのあるものだった。

 

 

「よう、随分と気が張ってんな」

「紛らわしい時に来ないでちょうだい」

 

 

 いつにも増して声のトーンが低い藤原妹紅はどうにも張り合う気すら起こらず、一方で来訪者が見知った顔でどこか安堵を覚えていた。

 他人に言われて初めて気づく。

 化粧台の自分と向き合った。顔色がどうにも悪い。

 嫌ね。白けた顔して。

 悪態を心の中で吐く。

 

 輝夜は努めて口調を変えない。

 

 

「それで?何の用?」

 

 

 何となく想定は出来ていたけれど、意味もなく、分かりきったことを聞く。

 

 

「博麗の巫女が竹林を抜けていたよ」

「………どれくらい前の話」

「ほんの数分前」

「いわゆる、時間の問題って奴ね」

 

 

 妹紅に事情は話していなかった。妹紅とは古くからの因縁というもので、輝夜に言わせてみれば妹紅は、この騒ぎに乗じて復讐を果たしてしまうんじゃ無いかと少しばかり懸念だった。

 だからこうして、こちらを気にかけてくれる事がかなり意外だ。

 

 

「私までアンタらの事情とやらに巻き込まれたら殺してたけどね」

 

 

 前言撤回。面倒ごとを避けたいだけのようだ。

 

 

「殺しても死なないけどね」

 

 

 決まり文句のように言い放つ。

 こんな矛盾した文が成立してしまうのだもの、悠久の時を経て、自分という存在が益々分からなくなっていく。

 たかが数百、数千年。

 自分が飽くまでこの幻想郷に留まらせてほしい。

 ほんの数千年さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく正面玄関から入り、かれこれ数十分は経ったかと思われる。外から見ても大きな屋敷である事はよく分かったが、それにしても大きすぎる気がしてならない。

 変わらない景色の廊下をずっと移動しているような。わざとらしく設置された襖は一つも開かない。えも言えぬ違和感の中、ただひたすら、先の暗い廊下を移動し続ける。

 次第に会話も減り、正面切って中に入った時の勢いも徐々に減衰しつつあった。

 

 その時を待っていたかのように───。

 

 

「やっぱ、遠隔じゃこれが限界か……」

 

 

 唐突に響く少女の声。

 暫くぶりに聞こえた、自分達以外の人の声に8人は一斉に振り向く。

 

 振り向くと同時に、8人は思った。

 

 

"私は今、こんな場所を通り過ぎたか?"

 

 

 視界を埋めたのは、紫の髪色をした1人の少女と、大量の鏡だった。

 

 振り向いた時点で、勝負は永遠亭側のペースとなった。

 

 

「正気でいられると思わないでくださいね」

 

 

 ほんの一瞬であった。

 彼女の声が届くと同時に、ただ、本当になんてことはなく、少女自身と、その周りに置かれた大量の鏡に反射した、

 “赤い瞳”を、

 8人は見た。

 ただそれだけの事であった。

 

 

「待て!!!」

 

 

 魔理沙が大きく声を上げる。

 脱兎のごとく駆け出した少女を8人が追う。

 無我夢中で、来た道を戻る。見れば、ビクともしなかった襖が幾つか開かれている。

 

 

「ふん、かくれんぼか?」

 

 

 8人の中で一番の速度を持つ魔理沙が先行する。決して目を離さぬよう、逃すまいと必死で喰らいつく。

 

 

(にしても、速ぇな……)

 

 

 スピードには自信があった魔理沙であるが、その差は中々縮まらない。

 チェイスはしばらく続いたが、紫髪の少女が脇の個室へと逃げ込んだ。

 深追いは危険だが、ここで追い込まなきゃ何を仕掛けてくるか分からない。幸い、まだ何も異常は無い。

 早いうちに叩く。

 

 

「もう逃げられないぜ!」

 

 

 閉じられそうになった襖を勢いよく突き破り、すぐさま臨戦体制を取る。

 すでに展開された魔法陣はカウンターの準備も万端で、抜かりはなかった。

 しかし、魔理沙の目に飛び込んだのは、なんて事ない、外であった。

 

 

「おい、どうなってんだ」

 

 

 声は無常にも夜風に攫われていく。

 

 

「アリス?」

 

 

 ただ独り。

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 しまった。

 余りにも情報量が不足していたかもしれない。

 永遠亭の周りには、取り囲むように広大な竹林が自生している。変わらない景色が続く上、道も舗装されていないものだから、幻想郷の住民は畏怖の念を込めて“迷いの竹林”と呼んでいる。下調べの甲斐あって、永遠亭の正面に辿り着くのは容易であった。

 だが、辿り着くのに知っている道はその一本のみ。

 

 

(気でも狂わせる能力かしら。近くに寄られた気配もしなかったし)

 

 

 八雲紫は少し焦りを感じていた。

 魔力探知にも引っかからず、自信のあった察知能力の高さも、永い経験から得た豊富な知識も、ここに誘導されるまでに全く働かなかった。

 一瞬姿を現したあの子が相当手練なのか、それとも。

 

 

(どの道、一筋縄ではいかせてくれなさそうね)

 

 

 面倒臭い。

 一言そう呟いてから、空を目指して上昇を始める。

 

 

 眼下に広がる竹林は鬱蒼としており、空中から逸れた他の7人を探すのは困難であった。

 

 やはり目的は8人を引き剥がすことか。

 

 竹林に散らばしてしまって、自身だけ位置を把握していれば夜風に紛れて始末出来る。

 もっとも、自身含め、この8人を闇討ちできる程の実力者が居ればの話だが。

 

 リミットも近い。時間稼ぎ目的も大いにある。

 

 

「うだうだしてられないわね」

 

 

 相手に時間を与えない事にする。

 紫は単独で永遠亭を目指す。結界を張って、敷地外から目視出来ないようにしている。空中から探して初めて気づいた。

 とはいえ、こと結界において紫の右に出るものは現代にいない。

 

 

「見え見えよ」

 

 

 一度は上手くしてやられたけれど、そう易々と引き下がる訳にはいかない。

 微かに、半球状に歪んだ範囲に向け、強烈な弾幕を一撃放つ。

 

 

「さぁ、姿を現しなさい」

 

 

 煌々とした弾幕は一直線に空を駆け抜け、竹林へと着弾する。

 

 その手前で。

 

 まるで花火のように赤い閃光と轟音を放ちながら砕け散る。

 竹林に擬態するように張られていた結界が光に照らされ、その境が露わになる。

 

 

「あとは、あの子達が見逃さないことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 臆病なウサギは目を見張った。

 

 

 突如、空が赤く光った。

 花火が打ち上がったのかと。

 

 ただ花というにはあまりにも荒々しく、まるで屋敷に枝垂れるように光が尾を引いていく。

 

 夜の終わりを告げる合図だ。そう思った。

 

 あぁ、この月明かりより憎たらしいわ。

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 怒涛の展開だった。

 知らぬ間に右も左も分からない竹林に出たかと思えば、背後で大きな音と光がして、急いで向かってみれば八雲紫が目に入った。

 「あっ、」と声をあげたのも束の間、突然周りが暗くなる。

 次に明かりが目を刺激したかと思えば、永遠亭の中の大きな庭に居た。

 

 賢者“八雲紫”を始めとして、

 華婿の亡霊“西行寺幽々子”

 紅魔館館主“レミリア・スカーレット”

 

 

(全員ちゃんと喋った事ない……っ!)

 

 

 七色の魔法使い“アリス・マーガトロイド”

 の4人は、

 

遥か頭上、偽物の満月を背に、まるで銃口を突きつけるように指先をこちらに向けるウサギを見上げていた。

 

 

「ちょっと、八雲紫。どういう状況よ」

「強いて言えば、嵌められたわね」

「妖夢ちゃん達は〜?」

「ここに居ない事が、嵌められた何よりの証拠」

 

 

 なんでそんなすぐ話せるんだろう。アリスはとりあえずそれっぽい神妙な表情を作って3人の話に耳を傾ける。

 この場にいないのはそれぞれの相方計4人。

 逆に、この4人をまとめて相手にするのだから、あのウサ耳は相当な手練なのだろう。

 とはいえ、恐らく勝負を一瞬で────。

 

 

「竹林……」

「ん?」

「ひぇっ!あだ、いやっ、何も!」

 

 

 うっかりアリスはぼそっと言葉を漏らすと、レミリアはすかさず反応する。

 「いや、そんな怖がんなくていいから……」とレミリアはアリスを宥めながら、言葉を待つ。

 

 

「あ、同じ竹林に出たんなら、魔理沙、えと、残りの4人があの光に気づかない訳ないんじゃ、という、か、その……」

「つまりこの組み合わせでハナから分けるつもりだったってこと〜?」

「あっ、はい、そうで、そう…………」

 

 

 レミリアと幽々子が優しく聞いてみればアリスはそう答えた。

 紫もアリスをじっと見つめる。

 

 

「そう、つまり嵌められたの」

「すると、あのウサ耳は私達をボスのとこまで行かせない要員ってことかしら」

「えっ、じゃ、じゃあ魔理沙達の方には……」

 

 

 しまった。今更思惑に気づいた。アリスの額に冷や汗が伝う。

 魔理沙達の方に強敵が当たっている。

 真にこの異変に気付いたのは今ここでウサギを相手にしている4人。月の異変に気づかない4人が固まると、先のように気が狂わされた事に気づかないまま片される。いくら数的有利と言えど、ここは相手のテリトリー。唯一の頼みは半人半霊の魂魄妖夢くらいだ。

 容易には勝てない。

 

 

(さっきの、気が狂わされたような感覚……相手は相当策を練ってる)

 

 

 夜明けまでも時間は少ない。

 一刻も早く彼女達を見つけ出さなくてはいけない。

 鼓動が早くなっていく。焦りに思考が埋め尽くされていく。

 その中で、

 

 

「あそこ!!」

 

 

 よく通る幼い声はレミリアのものだ。皆一斉に指さされた方を向く。

 随分と長い廊下も、相手の幻術だったらしい。

 綺麗に磨かれた廊下の行き着く先。

 大きな襖がゆっくり閉まっていく様子が見えた。

 襖の先は、奇妙な事にまた同じような廊下であった。

 

 

「あんなところに襖を作ると思う?」

「唯一開いている上に、ウサギちゃんの背後の扉、ね」

「押し通るわよ〜」

 

 

 すぐさま3人は臨戦体制へと入る。遅れて、レミリアの声で正気に戻ったアリスも蓬莱人形を展開する。

 

 

「話は終わった?」

「えぇ、今から貴女ごと襖をぶち抜く事にしたわ」

「全会一致よ」

 

 

 紫とレミリアは随分と物騒だ。押し通るって言葉の通りだったんだとアリスは口角を引くつかせる。

 ウサギの少女は、どこか覚悟を決めたような声をしていた。

 

 

「扉が閉じきるまで。誰一人通しません」

 

 

 突きつけられた指先は、確かにアリスに向いていた。

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙の後を着いて行った先にあったのは外だった。

 ただ外というには、自分の勘がしきりに異常を伝えてくる。

 

 違和感はあった。

 確かな違和感が。

 

 

「ちょっと、闇雲に深追いしないで」

「き、霧雨魔理沙……恐るべきスピード」

 

 

 後から咲夜と妖夢が襖を通る。

 

 

「深追いした先にあったのが外って、そんなオチあるか?」

「外から見た時は、そんな大きく見えなかったわよね、このお屋敷」

 

 

 2人の言う通りだ。違和感が徐々に輪郭を帯びていく。

 

 

「というか、ここ本当に外ですか?」

「どういうこと?」

 

 

 妖夢の発言が妙に引っかかった。

 

 

「いや、だって、屋敷の周りって竹林だけでしたよね?」

「確かに……」

 

 

 今、眼前に広がるのは恐ろしいばかりの更地で───

 

 

「夜明けってこんなに暗かったかしら?」

「何が?」

「空」

 

 

 と、咲夜と会話をしているうちにハッと気づく。

 

 

「月……ッ!!」

「…………なんか、デカくないか?」

 

 

 間違いない。霊夢の違和感が決して勘違いでない事が確実となった。

 

 大気を纏った空の色ではない。

 凍えそうなほどの暗い、昏い、空の色。

 そして何より、恐ろしいほどに大きな“偽物の月”。

 偽物とはいえど、さっきはここまで大きくなかった。

 

 これは、

 

 

「嵌められた」

「ご名答ね。まさかここまで上手くいくだなんて」

 

 

 不意に声が聞こえる。

 同時に、月明かりに一つの影が落ちる。

 人影だ。

 

 

「突然現れたように見えたが、どんなカラクリだ?」

 

 

 魔理沙が尋ねる。

 

 

「あら、もうじきに貴方達には退場してもらうもの。教える必要ないわ」

 

 

 返答は攻撃的なものだった。

 

 

「貴方達は、この偽物の月と永い廊下に誘われていたの。ここは地上と偽物の月の狭間。満月に辿り着くことは出来ない」

 

 

 まるで“諦めろ”と言うふうに聞こえる。

 ただ、それでも、相手の目的が分からない。

 

 

「ハナから満月に行くつもりないわよ。返してもらえれば、それだけで」

「それなら夜明けを待つことね」

「今すぐよ」

「せっかちねぇ」

 

 

 どこまでも悠然としていて、まるで流れている時間が違うような話しづらさがあった。

 紫なら満月に行くことは可能であろうが、霊夢達のような生身の人間が満月だからと言って月に行けるものでもない。

 ましてや、幻想郷から頻繁に月に向かった事実もない。霊夢の知る限りではあるが。

 

 

「満月は唯一、地上と月面とを繋げる鍵なの」

「鍵?」

「さて、お話はここまで」

 

 

 ダメだ、追えば追うほど思考が纏まらなくなって──────

 

 

 キィン、と甲高い音が耳を劈いた。

 ハッと目の焦点が合う。

 

 霊夢の前に見えたのは、妖夢の愛刀と、それに弾かれたのか、大きく回転しながら地面に刺さる矢であった。

 

 

「───っあ、ごめ、」

「気を保ってください博麗霊夢!難しい事は今考えないで!」

 

 

 珍しく妖夢が大きな声を上げる。

 確かに、らしくなかった。なんだか、妙に頭が回らなくなる感覚が否めない。

 ここは奴らの結界の中なんだ。

 まだ、術中から抜け出せていない。

 

 

「気を引き締めるわよ」

「お前ら足引っ張んなよな」

 

 

 咲夜と魔理沙が前に躍り出る。

 霊夢は大きく息を吐いた。

 

 

「一矢報いてやるわ」

「来なさい。人間」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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