伊達に、数百年生きてきてない。
そう言い切れるだけの人生、否、吸血鬼生を歩んできた自覚はあった。
中には、若者ながら無謀にも、果敢にも、自分のことを狩ろうとしてきた奴らなんて嫌と言うほど見てきた。
だが今はどうだろう。
私だけではない。年齢不詳の魔法使いを初めてして、およそこの幻想郷において超重役的な立ち位置にいる2人すら揃っている。
それを前にして───
「幻波、マインドブローイングッ!!」
果たして、そんな目が出来ようか。
「来るわよっ!!」
レミリアは大きく声を上げた。
先に仕掛けたのは、"優曇華院"と名乗る兎耳の少女だった。
彼女の目が、一層赤く輝き出したのを本能的に捉えると、次の瞬間には体が動いていた。未だ弾幕は展開されていない。技の正体が分からない以上、下手には動けないが、スペカ詠唱から実に3秒、動きはなかった。
(ブラフ…?戦い慣れしていないのかしら)
数は圧倒的にこちらが有利だ。
時間の猶予も余り無い。
(畳み掛けるか……!)
「紅符!不夜城レッド!!」
自身を中心に十字架状にレーザーを発する。ある程度、相手のスペルカードに対してもゴリ押しが効く。
押し通るしか、選択は、
(え、なんで八雲紫が前に……?)
強い衝撃が脳に走る。
外傷では無い。内側で、多量の電気信号が一瞬の間で迸ったかのような衝撃。
「紫!」
「ッ……!!」
グラグラする脳と視界に鞭打って、大きく叫ぶ。紫が避けるのを視界の隅で確認すると同時にスペルカードの展開を中止する。放たれかけた赤いレーザーは残滓だけが尾を引いて次第に消える。
この違和感。
さっきも味わったはずなのに。
えも言えぬ悔しさがレミリアの胸に広がった。
ある程度予想は出来ていた。微かに見えた少女の影は彼女のものだと、確信はないが、そう考えてなんらおかしくはなかった。
とすれば、気付かぬうちに4人ずつに分断されたのも、優曇華院の能力と考えるのは極めて自然である。
(幻覚を見せる能力……?でも、そんな能力今までに何人も…)
レミリアには、軽い念力くらいなら弾けることが出来た。命に関わるやり取りを、悠久にも近い年月送ってきたが故に成せる技だった。
ただ、今回はどこか違った。
違和感がどうしても拭えない。
(技にかかったタイミングが分からなかった)
普通に考えれば、スペルカードを詠唱したタイミングなのだろうけれど、術が展開されると、どうやったって"感覚"が変わる瞬間がある。
ともあれ、
(危険なのはあの目ね……)
「来るわよ!」
アリスの声で再び意識を戦場へと戻す。
優曇華院は右手で拳銃を型取り、まっすぐ伸ばされた細い指はレミリアのすぐ横を指していた。
「バン、」
優曇華院が短く声を発した。
その瞬間、さながら銃弾が炸裂したかのように弾幕が弾け、展開された。
「二手に分かれるわよ!」
優曇華院の狙いが、この4人をさらに分断することだと見抜き、紫は甘んじてその誘いに乗る。
事実、放たれた弾幕は、必然2人ずつに分断されるような位置で展開された。
紫とレミリア、幽々子とアリスで分断されたが、大した痛手ではなかった。
(むしろ、二手に分かれて攻撃が来るのだから、優曇華院にとっては苦しいままのはず)
状況は未だ優曇華院の不利である。
受け手側の優曇華院は、絶えず放射状に弾幕を打ち続ける。
この中でも比較的動きの速いレミリアが懐に潜り込もうとするが、一際速いレーザーが近づいた者を狙い撃ちしてくる。
一定の距離を保とうとしている、レミリアはそう感じ取った。
(目的はやはり時間稼ぎ……?)
頑なに、奥の襖へと近づかせない立ち回りは、優曇華院にとっても苦しいはず。
押し通るのが最善策。
数でも技量でもこちらが一枚上回っている。
(もし、コイツの親玉が咲夜と出会していたら……)
不安が押し寄せる。
今一度、背中の筋肉に力を込めて、優曇華院の喉元まで入り込む決意をする。
その瞬間、微かに心臓が高鳴った。
はっきりと捉えた“違和感の瞬間”。
(術が入ってる!!)
刹那でも、状況を理解するのには足りた。
強く意識を保つ。覚醒しきっているが「目覚めろ」と自分の脳みそへ向かって叫ぶ。
大量の血が頭へと流れ込むと同時に、パァンと視界が開ける感覚と共に意識が引き戻される。
幸い、紫に斬りかかってはいなかったようで、力を込めた右手はそのアクションを終えることなく止まる。
しかして、再度意図も容易く術をかけられたレミリアは、齢を若干にしてこの技術の高さを持つのかと優曇華院に感心を持つとともに、
「………………。」
そうはいっても面白くなかった。
「初見殺しで?ひたすら能力をかけ続けて、それで時間稼ぎなんだ」
「は、はぁ?何よ急に」
「いいわよ。それが貴女の覚悟なら。残念ながら、こっちも耐性がついてきたわ」
嘘ではなかった。
何度も術中を経験すれば、何となくその違和感に気づくようになっていた。
しかし、能力の練度は高く、打ち破るのも簡単ではないが、流石にそこは生きてきた年数分、胆力が凄まじかった。
「伊達に数百年生きてないのよ」
レミリアの目は鋭く兎を見つめる。脳への負担が大きいのか、鼻から音もなく血が流れる。
お嬢様と言うには、あまりにも荒々しく、獣と言うには、やはりどこか品があった。
「紅魔館の吸血鬼……」
思わず優曇華院は呟く。
「2組に分断すれば、それぞれ1人ずつ術中に入れる。そうすればもう1人はその相方の対処に追われるもの」
「!!」
「少ないコストで必要以上のパフォーマンスが出来る。貴女、私のところで働かない?」
「生憎、主人はもう決まっていますので───ッ!」
「あらそう、残念。ここの主人が、貴女を近くに置いた理由も分かるわ」
優曇華院は三度距離を置く。
目的の襖まで追い込んだ。もうあとはない。
「こっちの思惑が分かったからと言って、そう易々と破られてたまるものか!!」
再び、赤い弾幕が、より密度と速度を増して展開される。
「来るわよ、紫」
「レミリア、そろそろ決めましょう」
「えぇ、もう大丈夫」
「え?」
「あちらを信じましょう」
アリスと幽々子の方を見やる。2人とも致命傷は負っていない。動けそうだった。
一瞬、4人の視線が交差する。
その一瞬で十分であった。
すぐさま視線の間を赤い弾幕が通り抜ける。
展開された弾幕とは違うスピードだった。
「弾丸……!?」
「やっぱり、命賭けないと止まらないみたいだから……!!」
『ラストワード!ルナティックレッドアイズ!』
優曇華院の切り札のようだった。
赤い目が光ったかと思えば、予測不能位置から放射状に弾丸が展開される。
再三に渡る能力の使用に、気力量を遥かに超えた弾幕の展開。
優曇華院の覚悟は本物だった。
「打開するわよ。ここから」
「生憎と私らはあの子より鈍足だわ。何か手立てはあるの」
「懐に潜り込めるのは、この中じゃ私が一番向いてる。その隙を作れればいい」
絶えず飛んでくる弾幕を避けながら話す。
優曇華院の気まぐれで、他の弾幕を押し除けて放たれる銃弾は回避のリズムを崩してくる上、他の弾幕の軌道をも変える。
非常に厄介だった。そう時間もかけられない。
「そしたら、また能力を使うわよ。あの覚悟はホンモノ」
「懐に潜り込ませるには、最適な能力者がいるでしょ?」
「………随分な信頼ね?」
「貴女1人なら瞬殺でしょう?」
紫はふと黙る。
「そうしないのは、派手な攻撃をするとここに居るかもしれない彼女達に当たるかもしれないから?」
「…………。」
「それとも、あの優曇華院に博麗の巫女が重なったのかしら?」
「……さっさと終わらせるわよ」
「素直じゃないとこも似たのね」
紫があからさまに会話を切るので、レミリアはもう一度幽々子達を見やる。
同じことを考えていたようだった。あとは仕掛けるタイミングを合わせるだけ。
レミリアは、自分の胸に手を当て、顎をクイと前に動かす。
『私が行く。』
ジェスチャーで理解した2人は、静かに頷く。
それを確認して、もう一度ジェスチャーで伝える。
手を拳銃の形にして、一回、撃つような仕草をする。
狙い澄ましたかのように、乾いた銃声が響く。
刹那、弾丸が幽々子の髪を撫でたと同時に、4人が一斉に動く。
「死蝶、華胥の永眠」
静かに響く声が、反撃の合図となった。
瞬間、視界を覆い尽くしていた赤い弾幕はみるみるうちに大量の蝶に押し返されていく。
西行寺幽々子の切り札。その威力はただならないものだった。
「ぐぅっ……!!」
優曇華院は歯を食いしばりながら体勢を立て直す。彼女の目的は時間稼ぎ。後ろの襖を通さなければ勝利だが、それを許すはずはない。
戦況はアウェイである為、チャンスはこの一度きり。
完璧なタイミングで上がった反撃の狼煙を逃さぬよう、他3人も同時に動き出す。
優曇華院は見逃さず、距離を取ろうと動く。
「逃がさないから……ッ!」
それを咎めたのはアリスだった。
蝶に紛れ込ませて優曇華院の背後に忍ばせた複数の上海人形は、優曇華院の手足を押さえつける。
「しまっ……!」
優曇華院はハッと気づく。
動けるのはレミリアと紫のみ。あの数秒の間でここまで完璧な打ち合わせをしたのだと。
「吸血鬼さえ抑え込めば……!」
逆に考えれば、一度歯車がズレればこのチャンスを不意にできる。
瞬く蝶の視界の隅で、レミリアのグングニルが見えた。
視線が噛み合う瞬間、
「動かないでッ!!」
優曇華院の能力が発動した。
これはかかった。手応えがあった。
しかして、彼女の腹部には、
「紫の能力はあんまり使いたくなかったのよ」
赤く巨大な槍が貫かれていた。
「ズルになっちゃうから」
すみません、生きてます。