シオン。
この前幻想郷にやって来ては、早速紅魔館の異変に巻き込まれ、今は紅魔館で私のお手伝いをしてくれている。
今となってはそこそこに仲が良くはなったとは思うから、何かミスでもしたら容赦なく言ってやろう。メイド長として。
と、思っていたのだけど……。
「くすみ一つ無いわね……」
メイド長の立場が危うくなってくるレベルで素晴らしい仕事ぶりである。
絶対出来ないと思ってたのに……ここまで完璧だと悔しいわね……。
試しに料理を作らせてみたこともあったけど、美味しかった。
特別何かしてる訳でもないし、特別美味しいわけでもない。けれど、
何故か美味しかった。妹様もお嬢様もただ静かに「美味しい……」と感動していた。シオンが作ったと知った途端急に絶賛し始めたし。
結構すごいわね…あいつ……。
いつかお風呂あがりにお嬢様や妹様の髪を梳き始めるんじゃないか……!?
と、思うと毎日ヒヤヒヤしている。
メイド長として何か対抗出来るものはないかしらっ……!
「…………紅茶ね」
一番自信のあるもので張り合おう。
そう咲夜は思い立つと、庭の手入れをしているシオンの元へ急いだ。
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「は、紅茶?」
「えぇ、ゆっくり話してみたいと思ってね」
「あー、うん、いいぞ」
庭で妹様に邪魔されながらせっせと手入れをしていたシオンに話しかける。
お茶会でもしましょう、みたいな理由を付けて誘ってみたら承諾してくれた。
さぁ、ここで勝負を仕掛けるっ……!
「それでね、シオンに紅茶を淹れて欲しいの」
「俺がか?お前が淹れた方が美味しいぞ、絶対」
あら、嬉しい。まぁ、確かにいつも必ず「うめぇ……」とほっこりしていた。
そうか、美味しいのか。じゃあ、もういいか……
……いやダメよ!負けてはダメ!メイド長として負けてはいけない戦いよ!
「あなたが淹れた紅茶を飲んだみたいのよ」
「えぇ……慣れてないけどなぁ…保証しないからな。終わったら行くよ」
「えぇ、分かったわ。それじゃあ、待ってるわね」
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咲夜は自室で待っていた。ちょっとだけワクワクしてる自分がいる。
そろそろかしら。まだかなー。
似合わず、足をパタパタとしていた。
ふいに、扉が開く音がする。
「遅いじゃないのぉ」
「怒らんといて下さい……淹れていたんだよ」
「あら、もう淹れてきたのね」
淹れるところから見てやろうと思ったのに……。まぁ、それは全て味が語るのよ……。ふふふ。
「飲むか?まだ熱いかもしれんが」
「えぇ、いただくわ」
「分かったよ」
慣れた手つきでカップを2つ置き、紅茶を入れる。
むむむ……良い色してるわね……。
「はい、どうぞ」
「ありがと。そこに座って」
シオンから紅茶の入ったカップを受け取り、対面の席へと促す。
シオンは特に何も考えていないようで、もう1つのカップを口に付けていた。
対面席で紅茶を飲みながらぼーっとしているシオンを尻目に、私も紅茶を口に運んでみる。
「じゃあ、いただきます」
「不味かったらすまんな」
飲む前にシオンは保険をかけたようだ。
けれどっ!その保険はメイド長の前では無力……!
「美味しいわ……」
「そりゃどーも」
とても優しい味……淹れた人に似たのかしら、と思ってしまうくらいほっこりする味だ。
悔しいけれど、すごい美味しい。
けれど……
「私の勝ちね……!」
「そりゃそうだろメイド長……」
シオンは苦笑した。
確かに美味しいけれど、十数年淹れ続けてきた私には勝てないっ……!
ちょっぴり味は薄いし、香りもあまりしない。
結構狡いけどちょっとした優越感が得られたのでいいとしよう。
けれど……
何故かシオンの淹れた紅茶は今までになく美味しかった。
自分ではない、誰かに淹れて貰えたからだろうか……。
あの時の料理みたい。素朴だけど心に来る美味しさ。
「でも、不思議ね。あなたの淹れる紅茶の方が私は好きだわ」
「そうか?何か微妙な味だが……だったら俺は咲夜の紅茶が良いなぁ」
「やっぱり、誰かに淹れてもらった方が美味しいのかしら」
「そういうもんかもな。淹れてもらったの初めてか?」
「えぇ、初めてよ」
「そうか……」
シオンは薄く微笑みながら月明かりが照らす庭を窓から見つめていた。
ここで手伝い始めてからというもの、お嬢様たちに合わせて夜型の生活を送っている。
どうしてここまでしているのか不思議で聞いてみたら、「楽しいじゃん」の一言だけだった。
何とも不思議な人だ。まぁ、優しさだけでなく、そんな不思議なところもお嬢様たちに好かれる理由かしらね。最近だと美鈴とも仲良さげだし。
あ、さては外で門番やってるやつが心配でそっちを見つめてるんじゃ……。
なんて考えていたら紅茶はいつのまにか全て飲みきってしまった。
「……飲み終わったか?」
「えぇ……まだあるかしら?」
「いいや、俺が作ったのは俺とお前の一杯ずつで終わりだ」
「そう……」
ど、どうしよう。大して話もしてないのに……。
思わぬお茶会終了の危機にシオンの声が聞こえる。
「ただ、生憎な俺はまだ美味しい紅茶を飲めていない」
「?……十分美味しかったわよ?」
「……咲夜のが飲みたいんだが…」
「!!……そっ、そうなのね。すぐ淹れてくるわ」
遠回しにそう言ってたと思うと口角が上がる。
何故だか、気持ちが落ち着かなかった。
こういうのが初めてだから楽しくて、嬉しくて仕方がなかった。
と、友達っていうのかしら……こういうの……!
「お、お待たせ……」
「そんなに急がなくて良かったのに……」
何故かさっきからふわふわした気分で、何かと急いでしまった。
だ、大丈夫かしら…紅茶美味しく出来てるかしら……。
先程まで使っていたカップに良い色のした紅茶を注ぐ。
何かと忙しない心を座って落ち着かせると、紅茶を口に運んだ。
……うん、いつも通りね。良かった、不味くなってなくて。
でも、誰かに淹れて貰うとより美味しい事を知ると、シオンの紅茶が少し恋しくなる。
そうだ、シオン!どうだろうか……美味しいかな……。
チラッとシオンを見てみる。
「ど、どうかしら……」
「相変わらず美味いよ。すごいな、ホント」
「そう……良かったわ」
小さな微笑みを浮かべて、彼は優しく言った。
お互い無口なままで、紅茶を飲む、ゆったりとした時間が流れる。
……久しぶりね、この感じ。
シオンが紅魔館に来てからというもの、毎日が騒がしかったから、2人でゆっくりしている時間は中々貴重だ。
この時間が止まったような感覚、心地が良い。
能力を使ったわけでもないのに、まるで止まった時間の中で2人だけのようだ。
そう思えば、不思議と話をしたくなる。
「貴方って案外、家事出来るのね」
「あー、まぁ、そこそこだな。咲夜ほどではないが」
「くすみ1つない窓を毎日見せられたら自信も無くすわよ……」
「掃除は得意だからな」
最近では紅魔館中の掃除をしてくれているから私自身とても助かっているし、とても綺麗だ。
そこで、ふと疑問に至る。
何でこんなに出来るのかしら……?
「ここに来る前は何か執事でもしていたの?」
「う〜ん、執事っていうか従者っていうか……」
「……?」
シオンにしては要領の得ない返答だ。
ふとそう思った後に、シオンは一息おいて、ゆっくりと話をしだした。
「従者より酷い何かだったな」
「何よ…?それ」
「そういや、レミリア以外の人には何も話してないのか……」
その話がいったい何なのか分からなかったが、とても重要な話である事ははっきりと分かった。
「出来る事なら、聞かせてくれるかしら?」
「……紅茶が不味くなっても知らないぞ……」
シオンは少し困ったような笑みを浮かべると、ポツポツと話し始めた。
「俺がここに来る前の話だーー」
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シオンから聞いた話は決して良いものではなかった。
執事でも、従者でもなかった。存在すら認識されない「下僕」。
聞いてるだけで辛くなってくるものだった。
「だから言ったろ…紅茶が不味くなるって……」
「あら、私の紅茶は如何なる時でも美味しいわ。それよりも、その……」
「おっと、謝るなよ?お前を信じて話したんだ。謝罪でもして、これ以上俺を惨めにさせてくれるなよ」
「わ、私を信じて……?」
「あぁ」
酷い仕打ちを受けて、耐えられなかった彼が、私を信じてくれている。
それだけで、とても嬉しい。
とても人なんて信じられないだろうに。
「ありがとう……」
「え?何でだ」
「そういう風に思われるの、初めてなのよ」
お嬢様からの信頼とは別の、また別の温かさ。
それを感じさせる「信頼」。今はっきりとその信頼が伝わった。
「私もね、最初からどこかで貴方を信頼してたと思うの」
「そうなのか?」
「えぇ、最初に心配してくれた時から、妹様を助けるって言っていた時から」
「バレてたのかよ……」
「もちろんよ。あの時の私の返答だけで私の中の『忠誠心』を見抜いたんでしょ?」
「……あぁ、まぁな。頑なにフランについて何も言わなかったのは俺以上にフランを信じていたから、そうだろう?」
「えぇ、そうよ」
でも、今は違うわよ。
「でも今は……」
「ん?」
「……貴方も同じくらい信頼出来るわ」
「……そう真正面から言われると照れ臭いな」
照れ臭そうに、顔をそらす。
もしかしたら、その苦しみあってこその優しさなのだろうか。
だからこそ、霊夢に怪我を負わせたお嬢様を怒ったのだろう。
だからこそ、フランの苦しみを分かってあげられたのだろう。
そんな彼の優しさにお嬢様達が惹かれるのも分かる気がする。
もっとも、今は信頼という言葉で誤魔化したけれど……。
すると、シオンがふいに口を開いた。
「だからまぁ、今の話聞いてわかると思うが……」
「?」
「俺も誰かに何かをして貰ったのが初めてなんだよ。例えるならこの紅茶とか」
そうか……だからシオンは私の淹れた紅茶を好いてくれたのか。
私と同じ気持ちだったのか。
「だから、この紅茶みたいに…誰かの温もりを感じれるのが、すごい好きなんだ」
「そ、そう……嬉しいわ」
「あぁ、ありがとう……咲夜の紅茶、とても温かいよ」
目を閉じて、ポツポツと言ってくれた。
どこか寂しそうに俯いて、
口だけは笑っていて、
それでも心から私の紅茶を愛してくれている、そんなシオンが、
何故だか今はどうしようもなく愛おしい。
「!?……さ、咲夜?」
「……ちょっとくらい良いじゃない…」
気づけば、椅子に座るシオンを正面から抱きしめていた。
それは彼への同情だろうか?
違う。
慰めのつもりだろうか?
違う。
ただ私は、
シオンの向けてくれる温もりが、私を揺さぶってきたんだ。
真正面から不器用に伝えてくれた温かさが、どうしようもなく愛おしいのだ。
もっと強く、温もりを感じようとしたら、
抱きしめていた。
「…………あったかいな…」
シオンは震えた声でぽそりと言った。
「シオン……泣いてるの?」
「あぁ……何でだろうな……込み上げてくるんだ…」
やっぱり、我慢していたのだ。
心の拠り所を無くし、我慢の日々を過ごした挙句、愛を感じる事も出来ず、ここへ来たのだ。
それは、酷く辛かっただろう。
「私ね…親に捨てられたんだ……赤ちゃんの頃」
「え……?」
「生まれてすぐ捨てられて……そしたらお嬢様が拾ってくれた。十六夜咲夜って名前をくれて、立派に育ててくれて、いっぱい愛を貰った」
「……咲夜は、幸せか?」
「えぇ……とっても幸せ。愛を貰えたから。だからね」
だから、今度は私があげる番。
シオンをより一層強く抱きしめた。
「今度は私が貴方にいっぱい愛をあげるわ。温かい愛を」
「……あぁ」
私より多くの時間を苦しんで過ごした彼のポッカリ空いた穴を埋め合わせるとなると時間がかかるかもしれないけれど、それまで、ずっと信頼しつづけてあげる。
いや、もはや信頼なんかじゃない。
これは1つの愛の形だ。
少しすると、シオンからも強く抱きしめてくれた。
「……あぁ、ホント…温かいよ……」
シオンが心から笑えるように、時間がかかるかもしれない、けれどゆっくりでいい。
シオンの胸に空いた穴が埋まるまで。
ずっと、愛し続けよう。
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「…………」
「…………」
冷静になった私達は、結構気まずい感じになっていた。
それもそのはず、ついさっきまで私達は熱い抱擁を交わし、
あぁあぁあぁあぁ!!!!思い出してしまった!!
い、いやたしかに、ちょっとやり過ぎてしまったかもしれないが、でも私の紅茶及び温もりがたまらなく好きだと言ってくれたシオンがとてつもなく愛おしくなってしまったのだ。私自身、初めてお嬢様以外の他人から温かい愛情を貰ったものだから、仕方がないと思う!!
だ、だからちょっとくらい……
「咲夜」
「はい…ごめんなさい……」
すみませんやり過ぎました。言わずもがな分かるよ。勝手に抱きついてごめんなさい。
「いや、そうじゃなくて……」
「え……?」
じゃ、じゃあ何だろう…偉そうに愛をあげるわとか言っちゃった事かな……。
「あの、ありがとな」
「……へ?」
な、なんでお礼?私自分勝手な事しちゃったのに…?
シオンは薄く微笑みながら言った。
「何というか…初めて……愛情を肌で感じたから…少し嬉しくてな……」
照れ臭そうにシオンは言った。
何でだろう。すごい動悸がする。何故かまたしても抱きつきたい衝動が芽生えた。
けれど、必死に抑え、シオンの話の続きを聞く。
「こうまでして伝えてくれたのが咲夜が初めてだったから、まぁ、なんだ……こんな俺を受け止めくれてありがとうっていう……」
「………えぇ」
…分かった。私も嬉しいのだ。正面から愛情をくれるのが。ドキドキの正体が何かは分からないが、彼みたいな存在が初めてだから多分緊張しているのだろうか。私と同じように愛情を知らず、飢えていた彼がくれる感情が、
たまらなく嬉しい。
これは…家族愛とは違うのかしら……?
その正体にいつか気づくのだろうか……?
それでも、咲夜とシオンの距離は、
確実に近くなっていた。
気づけば、東の方から紅魔館を照らす、
温かい光が溢れていた。
伊達に青春なんかしてないもんだから恋愛が全然分からない。
こんな簡単でいいのかな…?
口調とかも困ります。少し砕けた咲夜さんがいいな……。
次回、本編に戻ります。