東方弔意伝   作:そるとん

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湧き上がるもの

 

 

 

俺と悪鬼が立ち話をしていた少し先の道の往来で何やら始まろうとしていた。

まぁ、たった今話していた事に違いないだろう。

徐々に周りの鬼も中心の2人を囲うように集まり始めた。

無論、中心の2人は攫われた男性と鬼であった。

今から勝負は始まるみたいで、時間が進むにつれ鬼たちは増え、囃し立てる声も増えていった。

 

「……鬼子母神はよく思ってないんじゃねぇのか?」

「勝負ともありゃ盛り上がらない鬼はいねぇんだよな……もっとも、よく思ってねぇ奴もいる」

「まぁしょうがないか……んじゃ、行くか」

「おう、気をつけろよ」

 

早速、今回の目的を果たしておこうと思う。

道の往来で固まる集団に向かって、足を運んだ。にしても、鬼はデカイな。お世辞にも高身長で屈強と言えない俺からしたら分厚い筋肉の壁は非常に硬そうだ。

それでも引くわけにはいかない。

どうにか、空いているところからちまちま進み、状況が見えるところまできた。

瞬間、すぐ隣に何かが飛んでくる衝撃がした。

 

「ぬおっ!!」

「ぐ……」

 

これ、攫われた男性じゃないか!

しまった、もう始まっている。

男性は既に傷だらけである。鬼が相手ともなれば数分と持たず瀕死にはなるだろう。

本来ならここで止めるはずだが……。

 

「オイオイ!もう終わりかぃ!?」

「ほら頑張れー!立てー!」

 

と、口々に周りの鬼たちは囃し立てる。

ダメだ、止まりそうにない。完全に場の雰囲気に飲まれている。

もう、これ行くしかないだろ!

 

男性と戦っていた鬼を見れば、「よっしゃぁ!」と言わんばかりに腕を回していた。

本当におおごとになってしまう。

鬼は倒れている男性めがけて拳を繰り出した。

 

「うぉらぁぁぁ!!!」

 

その前にっ……!!

 

「ハァッ……!!」

「ぐっ……!?うぉおお!?」

 

拳を繰り出した鬼は何かに弾かれたかのように大きく後方へと吹き飛ばされた。

案外飛ぶもんだね。

鬼を吹き飛ばしたのは他でもない俺だ。信じられない?うん、俺も。

一か八かでアリスを助けた時のように右手に妖力を溜めて、今回は発勁のように力を繰り出した。直撃はさせなかったが集中された妖力は鬼の腹部に直撃し、鬼を吹き飛ばした。

うーん……まさか出来るとは。過去のトラウマ恐るべし。

何て言ってる場合じゃない。手を出してしまったら、本番はここからである。

少しキレた鬼はゆっくりと立ち上がった。

 

「いっ……てぇなぁ……」

「そこまでにしたらどうだ?これ以上は危険だぞ」

 

内心ビクビクだが男性のためにも、地底の住民のためにも、阻止しておかねばならぬ。何でも、ヤンキーが面白半分に犯した罪に過ぎない。

勝負は面白半分ではいかないけどな。

 

「今のてめぇがやったのか……」

「あぁ。それより、見て分かるだろ。この人はもう瀕死だ。死なせてでもしてみろ。おおごとになるぞ」

「へぇ……宣戦布告か?」

「出来れば話し合いで済ませたかったがな……」

「そりゃ、無理だぜ」

 

鬼は獣のように鋭い目でこちらを睨んだのち、猛スピードでこちらに迫ってきた。

!?……速っ

 

「ぐっ……!」

「ほぉ、中々動けるのな」

 

俺の発勁はかなり良いところに入ったと思ったのだが、動きが鈍るどころか闘争心を煽ったようでスピードは増していた。

様子見程度なのか追撃はしてこなかったが、あのスピードで追撃が来たら間違いなく無事では済まない。

早めに終わらせるしか……。

だが、相手は鬼だ。簡単にいくわけ……

と、考え事もする暇はないみたいだ。またしても猛スピードで拳が飛んでくる。同じようにギリギリで左に躱す。

 

「うぉっ!!と……」

「ほぉらもう一撃ィ!」

 

くそっ!やっぱり来るか!

 

「ぅう……らぁっ!!」

「うぉっと」

 

何とか迫ってくるハイキックを妖力放出で防いだが……。

こんなのジリ貧だ。すぐに俺の力は尽きて、成す術無くなってしまう。

 

「ほらどうした?さっきみたいに一撃くれてみろよ」

「少し辛いがな……」

 

能力にも慣れておきたい。どうせ目がボヤけて髪が白くなる程度だし。

ここ数日で俺の能力の上手い活用の仕方を考えていたのだ。

多少の犠牲は覚悟している。能力の練習もそこそこだがしていた。

鬼を何かと入れ替えるぐらいは簡単だ。

 

「おっと、危ねっ」

「うぉっ、気をつけろ。石なんか飛ばすなよ」

 

少しよろけて、道端に落ちていた石を鬼に向けて蹴った。流石の反射神経といえるべきか鬼は何食わぬ顔で飛んで来た石を手で弾き、遠くへ飛ばす。

こんなに上手くいくとは……。

 

「やりぃ……!」

「あ?」

 

思わず口角が嫌らしくあがった。

ここ最近で編み出した、簡単かつそこそこに強力な技。

最初の相手は鬼だ。

 

「イリュージョン!!」

「は、」

 

は?と言い切る前に、鬼は俺たちの目の前から姿を消し、

鬼がいた位置には小さな石ころ1つ、転がっていた。

 

「「「え?」」」

 

周りの鬼も口を揃えてそう言った。

すると、すぐ後に、遥か彼方から「うぉおおおおおおお!!!!」という悲鳴がしっかりと届いた。

数秒間の沈黙の後、色々な感情が浮かんだのか周りの鬼たちは口々に疑問やら歓声やら怒号が飛び交った。

 

ふ、ふふ……まさか上手くいくとは……。

既に分かった人もいるかもしれないが、そう、

「飛ばされた石と鬼の位置を覆した」のだ。

どうやらこの能力、物体の場合は目で認識できる範囲なら入れ替える事が可能である事が分かった。

事象においては、それが「起こる」事を予測しなければ覆らない。

つまり、フランの時みたいに「俺は死ぬ」という予測が当たらなければ、発動しない。しかも逆に死なない運命であったならば「確実に死ぬ」ことになってしまう。

事象においては、一か八かな上に妖力の消耗も激しいのであまり使いたくは無い。

が、今回の場合は物体を入れ替えただけなのでそんなに消耗しないし簡単である。

これが数日間の練習の賜物である。すごいしょぼいけど。

だが、この危機から逃れるためには十分だった。

とっとと男性を連れて帰ろう。

 

「それじゃ、俺は帰る。これ以上やったらおおごとになるからな」

「待てや」

 

男性を担いで、帰る気満々だった俺を呼び止めたのは先程吹き飛ばした鬼と愉快な仲間たちのうちの1人。愉快じゃないな……。

完全にキレている。不良って無駄に仲間意識高いんだから。困るぜ。

 

「お前中々強そうじゃねぇか……俺らともどうだ?」

「悪いがこれ以上は……」

「おっと逃すかよ」

 

気にせず戻ろうとしたらまたしても仲間のうちの1人が俺の行く手を阻んでいた。

 

「へぇ……1対2か?」

「まさか……」

 

鬼は厭らしく微笑んで肩を竦める。

……1対2じゃ済まさない、と。そういうことか。

気づけば俺は鬼に囲まれていた。

あの鬼を含め、人間を攫ったのは5人組の若い鬼達。つまり、

 

「1対4か……正々堂々とした勝負を好むんじゃねぇのか?」

「能力持ちに油断は出来ねぇよな……」

 

これは不味いな……。本気でキレた鬼4人を相手にするなんて無理だろう。

周りの鬼達も思う事があるのか若者の鬼に対して文句やケチをつけていた。

狡い手ってのは、たしかに気持ち良いもんじゃないな。

そんなの、フランを相手にした時に十分分かってるっつーの。

だが、今回ばかりは手加減してはいけないし、攻撃をしてはいけない訳ではない。だが、こいつらとやり合うにはどうしても……。

 

「おい!シオン!大丈夫か!」

 

悪鬼が心配して俺に声をかけてくれた。

あいつホントいい奴だなぁ。今回ばかりは頼ってみようか。

地上を巻き込む訳にもいかないし。心強いだろう。

 

「あぁ!すまん悪鬼!頼めるっ……」

 

 

ーー本当に手を出さないのか?

 

「!?」

 

ふいに聞こえたその声は、頭の中に突き刺すように響いた。

思考が完全に止まる。だが、声は止まない。

 

 

ーー何も出来ないからお前は死んだんだろ?

 

 

俺を煽るように心を抉ってくる。

何か癪に障る。

 

 

ーーだから我慢なんかするなよ。

 

 

我慢するな……?

 

 

ーーあぁ、

 

 

あの時みたいーー

 

 

 

心を貫かれたように強い痛みに襲われる。

そう、こいつらを相手にするとなると能力を使わなければならない。

レミリアに使ったみたいに。

だが、それは他人を自分を傷つけるものだ。

もう使わないと決めた。

 

 

 

だが、

 

 

 

 

そうだよな。

 

 

今更、

 

 

何を気にしてんだ?

 

 

もう、

 

 

 

 

殺してた。

 

 

 

 

ただ、今回ばかりは怒りで我を忘れた訳ではない。

誰かを殺された訳でもない。

俺を煽ってきたのは、俺自身だ。

 

闘争心剥き出しの悪い俺だ。

 

 

「ふ、ふふ……悪くないな……」

「シ、シオン……?」

 

悪鬼は俺を心配してくれているが、悪いが今回ばかりは見逃してくれ。

何だか、ここに来てから、

心がふつふつと湧き上がって仕方がない。

 

 

もう一度だけ、

 

人間をやめてみようか。

 

今はちょっと、

 

喧嘩がしたい。

 

 

 

 

 






それは果たして自分の力量への好奇心なのか、シオンの中の猟奇的な感情なのか、
本当のシオンなのか。

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