それじゃあな、桜花。
と、数分前に桜花に別れの挨拶を済まし、朝の地底ーー朝日は差し込まないがーーをぼんやりと歩いていた。
日差しが差し込まないだけあり、いつまでも夜のような感覚だが、今はそこそこに早朝であるはずで、昨日のような騒がしさは無かった。
立春が過ぎ、地上よりも暖かい地底はいくらか過ごしやすかった。
桜花にやられた傷はまだ痛むが、地底の暖かな風が傷口を優しく包んでくれる。この空気感といい静けさといい、何とも心地がいい。
地中はどうにも冷たいイメージがある。故に、啓蟄とかいう現象が中々に理解出来なかったのだが、たしかに暖かいな。これなら虫も寝るわ。
うぅ〜ん……。
「何であったかいんだろ」
マグマが近いとか?いやいやいや、そんな深くには潜ってないはずだが……。
さてはすぐ下がブラジルだとか!?だから暖かいのか!?
……なんてな。
静かな地底をとことこ歩いているとふいに聞き覚えのある声がした。
「よお、シオン。早いな」
「お、悪鬼。お前寝たのか?」
「おう、寝た寝た」
キリッとした目は暗闇でもよく見え、よく通る声の中に眠気も感じられない。
桜花との戦いが終わった後いくらか看病してくれたみたいで、その後すぐに帰ったらしい。詳しい住まいは分からないが。
んで、何の用なのだろうかと。
「もう元気なのか?」
「あぁ、まだ少し痛むがな」
「そうか……なぁ、シオン」
「ん?」
「これからどうすんだ?その……ヴィネアばあさんの事とか」
なるほどな。鬼の中でも知名度のあった祖母は悪鬼にも知られていたのか。
まぁ、それもそうか。桜花に俺の事を話したのはどうやら悪鬼みたいだ。
俺の戦いっぷりがどうたらこうたらと色々言ったらしい。
まぁ、んな事言ってくれたもんだから桜花と友達になったり殺されそうになった訳だけど。何でも拳を交わせばみんな友達らしい。
ともあれ、こいつは心配してくれてんだな。
「あぁ、全部思い出すつもりだ。ちゃんと弔ってやらんとな」
「大丈夫なのか?その……色々苦しいんだろ?」
「あぁ、何だかな。余計なモンまで思い出してしまいそうでな」
その代わりに何かを忘れてしまいそうなんだけど。
あえて言わないでおこう。
「無理すんなよ?俺を頼れよ?」
「あぁ、いずれそうさせて貰うよ。ありがとな」
「おう、気をつけてな」
本当にこいつはいい奴だなぁ。また会いにくるとしよう。
そこでふと思い出した。
パルスィの奴にも会いに行こう。友達になりたいみたいな事言ったっけ?言ってないか。ともあれ、地底は大変面白いところだ。まだ行けてないところもあるから近いうちにまた来よう。
そう決めて、地底を後にし……
「あ」
「よぉ、昨日ぶり……」
「何だか騒がしかったけれど……」
そうだそうだ。来るにも帰るにもこの橋は通らなければな。
噂をすれば影とやら。さっそく目にした嫉妬姫。だっけ?
とまぁ、橋姫ことパルスィさんとエンカウント。
「色々あったんだ。にしても朝早ぇえな」
「早起きが癖になっちゃったのよ」
「へぇ〜健康なんだな。妬ましいわ」
パルスィがピクッと反応した。どうだ、先手を打ってやったぞ。
少し間を空けて、川に垂らす釣り糸を見つめたまま言った。
「……何だか気に食わないわ」
「あれ?嫉妬しないのか……」
「ふん、妬ましいわねっ……!」
「おぉ……!」
どうしてもこのセリフを聞きたかった自分がいる。
地上に行く前に聞けてよかった。
「あら?もう行っちゃうの?」
「あぁ、地底の探索はまた今度だな」
まずは地上から。地底という存在が知れただけで大きな収穫である。
ちょっとした寄り道だったんだぜぃ。
「そう……また来るのね」
「おう、またパルスィに会いに来るぜー」
「だっ!わっ……!そういう所が妬ましいわ!」
素直な気持ちに弱い捻くれ姫は愛らしさがあるね。
妬め妬めー。
と、良い反応が見れたところで入口へと向かう。
「それじゃあな、パルスィ。また今度」
「…………」
「パ、パルスィさん?」
「いっ、言ったからにはちゃんと来なさいよ!」
……はぇ〜。
別れ際にみせた素直さには、少々驚いた。
そこまで言われちゃすぐ来なきゃな!
匿ってくれそうな友達が地底にもいっぱいできました。まる。
「おう!またな!」
静かな地底に俺の声が少し響く。
朝の地底に残響を残し、地上へと向かった。
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
「のわぁ〜……!陽の光ぃ〜……」
地上から地底に続く大きな穴をそこそこ速いスピードで上り、途中にあった桶をぐらぐらと揺さぶり、穴を抜け、洞窟を抜けると、そこは幻想郷でした。
当たり前だな。
空気に塵1つ感じさせない澄んだ空気に、太陽は暖かな光線を満遍なく降り注いでいる。紫外線のヒリヒリ感は無く、温もりの感じる赤外線が身に染みる。
この陽の光を地底の奴らにも浴びせてやりたいな。いずれ出来るだろう。実際、星熊さんは宴会に来ていたし、他にも地上に出て来ている鬼もいるだろう。会ってはみたいが、戦いたくは無い。
そう言ってしまうと会いたくないと言ってるみたいだが。
ともあれ、春が香る幻想郷は散歩するのに申し分ない心地よさだった。
そうぼんやり考え、人里目指してふわふわ飛ぶ。
行ってないところはどこだろうかと、考えてみる。
……あの大規模な竹林に、射命丸の住む妖怪の山ーー行ってみたいとは思えないーーと、何やらお花畑もある。
色々な人から聞いた話によれば地獄と称される地底の他にも冥界だとか、彼岸だとか無縁塚とか何やらおどろおどろしいところもある。
それは……また今度で。決して怖いわけではない。
ぼそぼそと予定を立てていたら人里についた。人々はもう活動し始めていて活気が出てくる少し前みたいだった。
もう大体の人が出て来たということは早起きな甘味屋のおばちゃんは既に起きているはずだ、と考え甘味屋に足を運ぶ。
……お、いたいた。流石おばちゃん。動いてんのかなあれ。あれが修行の賜物というものか。
とにかく、現状報告しておこう。
「やぁ、おばちゃん」
「あれ〜!シオン君!大丈夫だったかい?」
「あぁ、何とか丸く収まったぜ!安心せい!」
自信満々にそう言うと、おばちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
人思いなおばちゃんが困っているんだもの!助けるのが男ってもんよ。
なんて調子に乗ってみる。
「ありがとうね。ホント助かるわ〜」
「いやいやぁ!また何かあったら言ってな!」
「頼もしいわ〜」
おばちゃんと談笑に花を咲かしたところで、1日ぶりの甘味を嗜む。
「……誰だあれ?」
甘味屋の外に置かれた椅子に座りながら団子を頬張っていると、視界にチラチラと入るものがあった。
気になって見てみれば、動いているのは道沿いの木造の家の壁に生えているウサギの耳だった。
何だ、ウサギの耳か。
……団子美味しいなぁ。
「いや、まてまてまてまて」
そういう建築デザインである事を考えたが絶対違う。センス悪いぜ。
しかも動いてるし。結構忙しなく家の影で動いているし。
え、じゃあ、あのウサ耳は何?
と、疑問を浮かべてから、ここが幻想郷である事に気付いた。
そっか、ウサ耳生えた人くらいいるか。
…………。
やっぱり出てきた好奇心。
団子のお題をおばちゃんに払い、そろりそろりとウサ耳に近づく。
ある程度近づくと何やら少女の声が聞こえてきた。
「……このままじゃ師匠に怒られるいやでも出たら出たで怖いしそもそもあまり人と話した事無いしそれどころか幻想郷の人とも関わり持ててないしあ、それに目を合わせたらどうなっちゃうかーー」
ブツブツとずぅーっと喋っている。
え、怖い怖い。どうしたの?何か嫌なことでもあった?
ともあれ、何やら尋常ではないコミュ障かな、この子。
すっごい親近感湧くぅー。
じゃねぇや。話しかけていいか分からんけど話しかけてみよう。
「あ、あのー、何かあったの
「う?うぇええええええええあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ゴフッ……!」
俺の声が聞こえるなり、何やら手に持っていた木箱を叫び声と共に振り回した。
結果、桜花との戦いで負った傷にクリーンヒット。
け、結構力強いのね……。
少女の「あわわわわわ」という、漫画のような焦り声を聞きながら、
意識が消えた。
首を突っ込むなシオンこの野郎。