東方弔意伝   作:そるとん

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無理をしてでも

 

 

 

ーーーうるせぇ!何が仕事だ!ロクな稼ぎもねぇくせに!!

 

 

ーーーあなたが全部自分の事に使っているんでしょう!!人の事も考えて頂戴!

 

 

 

聞き覚えのある耳障りな声がして、俺は目を覚ました。

久方ぶりに聞いた雑音は、2人の怒鳴り声だ。

仕事から帰り、ストレスでイライラしている母を迎えるのは、何の役もしない酔った父。母はストレス発散と言わんばかりに父に暴言を吐いては、酔った父は激情し耳障りな声で喚き散らす。

その声で目が覚めた俺の目覚めは勿論、悪い。

急に起きたせいかまだボーッとした感覚がする。

 

「今……何時だ……」

 

薄暗く狭い自分の部屋に飾られている時計を見る。

 

「6時……しまった、ご飯……」

 

外は既に暗かった。

日中の様な暖かな日差しは西の山から微かに空を照らし、花の香りを乗せた暖かな春風は胸を締め付ける様な寂しい香りを乗せ冷たく吹いていた。

涼しく、心地よい風なのに、俺は何も感じる事が出来なかった。

風なんかより、俺の心の方がずっと冷めていた。

 

何でかな……何でこんなに胸が苦しいんだ……

何かを忘れているみたいだ……。

 

「あぁ、ご飯作らなきゃ……」

 

本来ならもう完成していてもおかしくないのだが、ついさっきまで寝ていたのだ。

きっと、イライラした母が八つ当たりするんだろうな。

きっと、酔った父が腹いせに暴力を振るうんだろうな。

 

西の遠い山に沈む光を見ながら、そんなことを思った。

やり返せない事もないが、やり返しても幸せになる人はいない。

そんなの自己満足なんだろうな。

きっと、ばあちゃんが悲しむ。

喧嘩してる2人を見ては悲しい顔をする祖母を、もっと悲しませてしまう。

俺だけは、しっかりしなくては……。

 

「……あれ、何だこれ……どうして泣いてんだろ」

 

目元の違和感に気づき、目元に触れてみると、手が濡れた。

それが涙だと気づくのに少し時間がかかった。

どうして…………。

胸の内から湧いて止まらない悲しみを抑えるために、もう一度遠くの山を見る。

 

ーーばあちゃんは、元気だろうか。

 

 

ーー霊夢は、今何してるかな……。

 

 

……ん?

ばあちゃんは今も家にいるだろう?

何でこんな事思うんだ……?

それに、

 

霊夢って、誰だ……?

 

 

は、はは……頭おかしくなったのかな。

夢の見過ぎか、これはまだ夢の続きか。

 

 

あぁ……もう、いいや……ご飯も何もかも……。

 

再び眠りにつこうと、冷たいフローリングに体を倒した。

冷たいな……

風も、床も、家も、俺も。

誰か溶かしてくれないか……この目障りな氷を。

 

 

「ばあちゃん……」

 

 

完全な眠りにつく前に、微かにその声は聞こえた。

 

 

 

ーーシオン……。

 

 

 

俺はその声の主を知っていた。

必死に叫んだ。

 

ばあちゃん……!

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

ーーーーー

 

 

「ばあちゃん!!」

「誰がばあちゃんだ!」

「えっ、いでぇ!!」

 

何が起こったのか分からなかった。

夢から覚めたと思えば、何者かから強烈な突っ込みを喰らった。

理不尽な。

というか、俺も俺で何か叫んだ気がする。

すると、隣でふと聞き覚えがありそうな無さそうな声がした。

 

「あっ、すまん…で、でもお前が急にばあちゃんとか言うから……!」

「えっ、す、すみませ……って、うん?妹紅さん?」

「妹紅でいいよ……」

 

声のした方を見てみればさっきまで輝夜と激しい殺し合いーーというか喧嘩ーーをしていた、竹林の案内人『藤原 妹紅』。

この人の紹介何回目だろ。結構した気がする。

ともあれ、その人が床に伏せていた俺の隣に座って何事かと思えば看病してくれていたみたいだ。

 

「あれ?もしかして俺気絶してた?」

「え、あぁ、とんでもない氷…のようなものを発生させたかと思えば気絶しててな……お前を早々にここに運んだんだ」

「えぁ……ご迷惑をおかけしてしまって……」

「よ、よせ!元はと言えば私達が、何でそんなによそよそしいんだお前!」

 

謝るときは誠意を込めるもんかと。

ともあれ、氷の様なものね……。

なんか夢を見ていた気がするんだけどな、思い出せないな。

というか、自己紹介がまだだな。

そう思ったら、妹紅がタイムリーな話を振ってくれた。

 

「何者なんだ?お前」

「最近?幻想郷入りした人間『シオン』だ」

「とてもただの人間には思えないけど……」

「あぁ、俺もちょっと不安になってきた」

 

主に、人間かどうかについて。

ただの妖力とか能力ならまだしも、氷まで出せた日には疑わざるを得ない。

てか、疑わずとも怪しい。

どうしよう……ある日突然翼とか生えたら。怖い。

じゃねぇわ、話を戻そう。

 

「……って、あれ?鈴仙達は?」

「あぁ、薬とかを持ちに、輝夜は永琳に怒られている」

「輝夜……」

 

苦笑い混じりにぽそっと言った。

まぁ、庭とか結構荒らしてるもんな。

荒れた庭を「うわーっ」といった感覚で見ていると、襖が開く音がした。

 

「あっ、シオンさん!起きたんですね!」

「おぉ、鈴仙。生きてたんだな」

「えぇっ!おかげさまで!」

 

気絶する前に、巻き込まれてなきゃいいけど、と考えていたが無事で良かった。妹紅の弾幕も防げたんだな。

鈴仙がよく笑う様になっていて少し安心した。

 

「良かった……」

「で、でもあそこまで無理しなくても……」

 

まぁ、確かに1個の弾幕に無理し過ぎたかもしれない。

けどな……

 

「目の前で女の子が『慣れてるんで』なんて悲しい顔して言ってたら、そりゃ助けるっつーの」

「!!……そ、そうですか……」

 

鈴仙は頬を赤らめて、俯いた。

感謝させるのは慣れていないんだろうか。

あれ、もしくはなんか言っちゃったかな、俺。

 

「え、どうした……」

「いえ……こう、誰かに助けてもらえたのって初めてで……」

「あぁー……」

 

そういや、月では玉兎っていう労働力扱いとか言ってたっけ。

それも兵隊のような仕事であったとか。

自分の身は自分で守るのが当たり前で、多分使い捨てのような存在だったんだろうな。

そういうのに慣れてはいけないよ!

勝手に解釈してなんだけど励ましとこ。

 

「1人で抱え込むなよ?」

「え?……」

「その、人並み以下ではあるかもしれんが、力にはなる」

「……はい」

「もし困ってたら助けるよ。誰かが困ってるのは嫌なんでな」

「!!……はっ、はいぃ!!」

 

俯いた顔を勢いよくあげ、鈴仙は笑顔を見せてくれた。

まだ頬の赤みは治ってないが、笑顔ならいっか。

今は、ふへへへ……と少々気持ち悪…不気味な笑みを浮かべてる鈴仙だが、俺の近くに座っている妹紅も妹紅でニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべていた。

 

「シオン、中々かっこいいじゃないか……!」

「茶化すなよ……俺なりの感謝だよ」

「素でそれならお前は本当に良い男だよ」

「そりゃどーも……」

 

俺も俺とて褒められるのに慣れていなかった……。

するとまたしても襖の開く音がした。

未だに襖の前で立ってくねくねしながらふへへへと笑っている鈴仙の後ろからひょこっと顔を出したのは永琳だった。

 

「あ、永琳さん……」

「あら、起きたのね」

「はい。おはようございます」

「えぇ、おはよう。ところでシオン」

「はい?」

「泊まっていくわよね?」

「……はい?」

 

 

ーーーーーーーーーー

ーーーーー

 

 

 

「でけぇな……露天風呂……」

 

そのまえに露天風呂とは……。流石の俺でも一般家庭に露天風呂が無いことは知っている。まぁ、ここお屋敷だもんね。

 

俺が目を覚ましたのは、ついさっき。とはいえ、もう夕暮れだった。

その後色々話して、永琳さんから泊まっていけと言われ、妹紅が帰り、今や月の輝く時間帯であった。

 

「風呂だけじゃなく、月もでけぇな、幻想郷」

「綺麗でしょう?」

「あぁ、最高だ」

 

こんな贅沢できるとは思わなかった。

幻想郷に感謝、感謝……。

ん?

 

「ん!?!?」

「わわっ、急にお湯をかけるとはいい度胸じゃない」

「あっ、ごめん。じゃねぇよ!何ナチュラルに風呂入っとるんだお前は!」

「いいじゃない。ゆっくり話ししたいのよ」

 

俺の隣で一糸纏わぬ姿で湯船に浸かるのは、絶世の美女かぐや姫、

……いや、元気100倍輝夜マンだな。姫じゃないわ。

 

「何か失礼なこと考えてるでしょ?」

「……いや、別に」

 

女の勘って怖いわ。

ともあれ、なんだか冷静になってきた。お互い裸ではあるけれど、湯に浸かっているわけだし、お互いゆっくりした時間を過ごしたいのも同じだ。

永遠亭に来てからこういう時間はなかったから貴重だろうな。

輝夜と少しだけ距離をとったところでゆっくりと湯に浸かる。

ふぅ、と一息つくと、輝夜が口を開いた。

 

「あなた、中々男らしいのね」

「聞いてたのか……」

「聞こえちゃったのよ」

 

盗み聞きとは良い気はしないな……。

どうせなら入ってきてくれれば。

輝夜は昼間とは違った、落ち着いた雰囲気で、優しい笑みを浮かべながら静かにポツポツと喋った。

 

「無理してまでイナバを助けたのなんて、あなたが初めてよ」

「イナバ…あぁ、鈴仙か。苦労してんのな、あいつ。労ってやらなきゃな」

「優しいのね」

「そんな事はない」

「謙虚なのね」

「違うよ。自己満足なのかもしれん」

 

これは本当だ。俺が優しいわけでも、謙虚なわけでもない。

じゃあ、何で俺はこんなにも助けたがるんだろうな。

と、誰かから聞かれれば『自己満足』と捻くれた答えしか出せない。

自分でも自分の感情がよく分からない。

すると、輝夜は言った。

 

「ーー救われたいの?」

「は……」

 

思わぬ発言にぶっきらぼうに返事をしてしまった。

救われたい。

それがなどういう意味か理解するのに時間がかかった。

理解したとしても、認めたくなかった。

これは、意地を張ってるだけなんだろうか……。

まぁ、自分でも分かっていないんだ。誰かを助ける理由なんて。

もしかしたら、救われたいのかもしれない。というより、間違いなくそういった感情に近い。

言い方を変えれば……

 

「報われたい?」

「……かもしれない」

 

本当に心でも読めるのかっていうくらい的確だ。

俺への返答が、怖いほどに、的確だった。

まるで、

 

「まるで、俺と一度会ってるみたいだ」

「……あなたに似た人なら話した事があるわよ。ずっと昔に」

「……そうか」

 

多分、俺もその人に会った事がある。

それどころか、いつもその人といた気がする。

その人も、理由もなく優しかっただろうな。

もしかして、優しいことに理由なんていらないのかもな。

 

「じゃあ、そうだな」

「ん?」

「その人の優しさが移った、とでも言っておこうか」

「……あら、知ってるの?」

「あぁ、多分な」

「何それ」

 

輝夜はふっと微笑んだ。

その笑顔は、いつもとは違った雰囲気で……

 

「綺麗だな」

「ふぇっ!?」

「え、あぁ、声に出ちゃったか」

「え、えぇ……そ、そうね!本当に綺麗な月ね!」

「……あぁ」

 

輝夜の初めて見せるその表情を、どこか懐かしく思った。

遠い昔に見た事があるみたいに、その笑顔は胸の片隅をきゅっと締め付けた。知ってる、この感覚。

遠い山を見た時、沈みかける日を見てる時、どこか寂しさを感じさせる景色を見た時のあの感覚。

そう、さっきの夢で見たように。

夢……で見たように。

ボーッとした俺の耳に、輝夜の柔らかい声が入った。

 

「あの、月が満ちた時……」

「……あぁ」

 

その声も、どこか切なげであった。

 

 

「ーー私を助けてくれる?」

「……無理をしても、な」

「ふふ…変なの」

 

そのひと時は、

何故だか、とても懐かしく思えた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

話せば話すほど、あいつに似てくる。

似るどころか、本人なのではないかと思うくらい。

シオンはヴィネアにそっくりだった。

 

 

ーー無理をしても、な。

 

 

ヴィネアも同じ返答をした。

明るく照る月を見上げて、微笑む彼は、ヴィネアにそっくりで、私の胸を締め付けた。

懐かしいわね。

でも、やっぱり人間だった。

 

 

あなたは、助けてくれないのね……。

 

 

 

あの時の約束を守ってはくれないのかしら。

 

 

 

ーー守るよ。私は今でも無理をしているさ。

 

 

 

ふと懐かしい声がした。

気がしただけかもしれない。

けれど、不思議と私は笑ってた。

 

 

「ふふ…変なの」

 

 

 

シオンは無理をしてでも救ってくれるって約束してくれた。

彼にヴィネアを重ねているだけかもしれない。

それでも、

どうか、そのままで。

離れていかないで。

 

 

 

輝夜は、欠けた月を見て、悲しく微笑んだ。

 

 

 

 






鈴仙と輝夜と良い雰囲気になってんじゃん……!
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